「いずくぅ……でくぅ……いずきゅ……」
「爆豪! 緑谷がもうすぐ来るからな!」
部屋の壁に向かって膝を抱え、僕の名前を呪詛のようにつぶやき続けているかっちゃん。その両脇で、切島くんと上鳴くんが懸命に宥めている。
「ナニコレ……」
異様な光景に、僕は思わずつぶやく。
数時間前、雄英で残業中に上鳴くんから「できたら今から爆豪の家に来て欲しい」というメッセージを受け取った。かっちゃんとは最近会えてなかったし、上鳴くんの文面がどこか切羽詰まっていたから来てみたのだが……。
迎え入れてくれた瀬呂くんがリビングの扉を開けた途端、ムワリとした熱気と甘いアルコール臭に襲われる。普段は綺麗なかっちゃんの部屋が雑然としていて、いつもとは違う様子に僕が中に入るのをためらっていると――
「あっ! 緑谷来た! 助けてぇ! ヒーロー!!」
かっちゃんの背中をさすりながら、上鳴くんが半べそで助けを呼ぶので、僕は腹をくくって部屋の中に踏み込んだ。
「これ一体どういうこと?」
顔を引き攣らせ尋ねると、瀬呂くんがソファに勧めながら説明してくれた。
「ここ最近、爆豪ずっと元気なくてさ。聞いても教えてくれないし、俺ら三人家に押しかけて酒を飲ませたら……コレ」
「みんな心配してのことだとは分かるけど、無理に飲ませるのは見過ごせないよ、教師として」
成人してみんなで飲む機会は増えたが、かっちゃんがお酒を飲むところは見たことがない。好きじゃないか、アルコールで判断能力が下がるのを嫌がってるんだろうなと勝手に思っていた。
「かるーーく煽ったのは確かだけど、ほんのちょーーっとしか飲んでないよ。……でも、コレ」
そう言いながら、瀬呂くんはワンフィンガーぐらいの量を指先で表す。どうやらかっちゃんはお酒が激弱だったらしい。そりゃあ人前で飲まないか。
「こいつ弱音とかグチとか吐けない奴だからさ。お酒で少しは楽にならないかと飲ませたんだが、緑谷botになっただけだった」
二人でかっちゃんをチラリと見ると、「いずくぅ……でくぅ……デクシープぅ……」とずっと繰り返している。
「――なんか僕じゃないの混ざってない?」
「何日か前に、爆豪がクレーンゲームで取ったぬいぐるみ。緑谷に似てるとか言って、デクシープて名前付けてた」
よく見ると、かっちゃんは緑色のヒツジのぬいぐるみを抱えていた。ヤバイな、酔っぱらっちゃん。いや、ぬいぐるみを取って名前を付けたのはシラフっちゃんなのか……どういうこと!?
「多分さあ、緑谷の報道が原因だと思うんだ。落ち込み始めたの、その頃だから」
「あー、あれはね……」
「ちょい待ち。俺たちへの説明は後で良いから、爆豪に直接話してやってよ」
瀬呂くんは、飲みかけのお酒を一気にあおると立ち上がった。
「緑谷に押し付けるみたいで悪いけど、俺たちは居ないほうがちゃんと話し合えると思うからさ。先に帰るわ」
「頼む! ごめんな」
「悪りぃ、緑谷」
上鳴くんと切島くんが、両手を合わせて謝る。みんなはザッと周囲を片付けて、「じゃあな」と帰ってしまった。
二人だけになった部屋は、かっちゃんが僕の名前をつぶやく声だけが響く。一つ息を吐き、かっちゃんの隣にしゃがみ込んだ。
「かっちゃん、大丈夫?」
かっちゃんはフッと静かになって、僕を見る。
普段は色素の薄い面差しが、桜色に染まっていた。初めて見るかっちゃんの姿に、こっそり見惚れる。けど、腕には緑色のヒツジのぬいぐるみ。シュールだ。
「……でくの幻覚だ」
「本物のデクだよ、かっちゃん」
かっちゃんは、ぶすっと唇をとがらす。
「ほんもののワケねーよ。アイツが俺んとこ来るワケねーもん」
「来てるじゃん、君のところならいつでも。君の家だって、何回も来てるでしょ」
「こねーよ。最近、何度誘っても、断られる。――結婚相手ンとこ行ってんだ」
かっちゃんは小さくつぶやくと、ぬいぐるみに顔を埋める。
一週間ほど前、週刊誌で僕の結婚報道が掲載された。
相手は、雄英普通科の女性教員。勤務後何度も二人きりで食事をし、女性の自宅に通い、実家に挨拶も済ませ、結婚も秒読みだという報道内容だった。
フワフワなぬいぐるみのせいで、後頭部しか見えないかっちゃんに真相を説明する。
「誤報だよ。彼女、かなり執拗なストーカー被害に遭っていてね。ずっと相談にのってたんだ」
つきまといや待ち伏せなども頻繁で、僕がさまざまな証拠を調べあげて警察に届けた。盗聴器の確認で部屋に入ったことや、実家への避難に同行したところを撮られたらしい。
かっちゃんはちょっとだけ顔を上げて、すねたように口を曲げる。
「うそだ。報道されたのに、否定しなかったじゃねえか」
「嘘じゃない。被害者を守るために、諸々の事情で対応を保留していたんだ。昨日逮捕されて、さっき全部終わったから、明日正式に否定文を出す予定だったんだよ」
僕の説明を聞いても、かっちゃんはぐっと押し黙り、納得のいかない様子で顔を背けた。
「信じらんねえよ! だっていずくは俺になんでも秘密にするから。オールマイトのことだって、OFAのことだって。――いつだって出久は俺をだますんだ」
かっちゃんの声は、少しかすれて震えている。初めての対人訓練で、「個性が発現してたのに俺を騙した」と逆上したかっちゃんを思い出す。
「『結婚』なんて大事なこと、そんな相手がいたことも、ひとっことだって聞いてねえ。いずくは俺のことなんて、どーでも良いんだ!」
「どうでも良い訳ないだろ? 君のこと」
まるでヤキモチを焼いているようなかっちゃんの姿に、つい口元が緩みそうになる。
「OFAのこと、最初に話したの君だよ? お母さんにも話してなかったのに。いつだって秘密を打ち明ける相手は君だ」
真剣な表情を作りながら話しかけると、かっちゃんはようやくちゃんと顔を上げて僕を見た。
「ほんと?」
「ほんと、だよ」
「結婚決まったら、まず俺に話す?」
「いや、だから結婚しないって」
疑わしそうに、かっちゃんが睨みつけてくる。
「じゃあ、もう二度と、俺に秘密は持たねえって約束する?」
返答に困ってしまう。
「それは……無理だよ、僕たちは違う人間なんだから。君に秘密を持たないなんて、約束はできない」
だってもうすでに、僕は君に一生言えない秘密がある……
かっちゃんは唇を噛み締めて、下を向いた。
「わーっとる、そんなこと。自分勝手なワガママだってことも。でもイヤなんだ、お前になんか隠されんの」
その言葉で、僕は自分の勘違いにやっと気が付く。
「かっちゃんが嫌なのは、僕が君に秘密を持つこと、なの? ――僕が誰かと結婚することじゃなくて」
こんな質問を、酔って素直になっている君にするのは卑怯なのは分かっている。けど、聞かずにはいられなかった。
かっちゃんはしばらく俯いて考え込むが、ゆっくり確かめるように口を開く。
「お前が誰かと幸せになれるなら、その方が……良い。そしたら自分のこと、少しは大事にできんだろ。そうなった方が……俺は嬉しい」
さっきまで高揚していた気持ちが一瞬で静まった。「そっか」と打つ相槌が小さくなる。
そうだよね、かっちゃんにとって僕は大事な『幼馴染』なだけだもん。――僕と違って。
僕の秘密なんて、君に言えるわけがない。
「でも……。お前の中に、俺が一欠片もないのは耐えられない」
迷い子のような途方に暮れたかっちゃんの姿に、僕は諦めと共に苦笑が浮かぶ。
「僕の中に君がいなくなることは、ないよ。一生変わらず居続ける。これは絶対約束できるから」
力強く言い切ると、かっちゃんはへにゃりと笑った。
今まで見たことがない無邪気な笑顔に、胸がギュッと締め付けられる。
「幻覚のいずくはイイな。俺が喜ぶことばっか言う」
現実の僕は、そんなにかっちゃんに酷いことを言っていたのだろうか? へこむ僕をよそに、酔っぱらっちゃんはすっかりご機嫌だ。
「なあなあ、俺に都合がイイいずく」
「ひどい枕詞だな」
小さな子みたいに呼びかけてくるかっちゃんが可愛く見える。こんなこと思ってるのを知られたら、殺されるな。
「嬉しいからキスしたい。して良いか?」
「……ハイ!!??」
突然のセリフに驚いて聞き返すと、ガッと胸ぐらを掴まれ、ガツンと唇に強い衝撃を受けた。
「イッッタ!!」
あまりの痛みに口を押さえる。鉄の味が少しだけにじむ。涙目で見上げると、かっちゃんが真っ青な顔で固まっていた。呆然と開いた唇は赤い血に染まり、足元にさっきまで抱えていたぬいぐるみが落ちている。
その様子に、すうっと冷静になった。
「酔いは醒めた?」
「――ハイ」
「今のキスだよね?」
「ハイ……」
正気に戻った目が、泳いでいる。
「なんでキスしたの?」
「……」
かっちゃんは無言を貫く。そんな態度にムカムカしてきた。
「僕に秘密を持つなって言っておいて、君は僕に秘密があるんだ」
つい恨みがましい言葉が出る。かっちゃんはギュッと目をつぶり、左頬を差し出した。
「悪かった。殴ってくれ」
答える意志のない態度にカッと頭に血が上る。そんな言葉を聞きたかったわけじゃない。
かっちゃんの襟を乱暴に掴んで引き寄せ、頬に優しく――――キスをした。
唇に温かい柔らかさを感じ、顔が熱くなってすぐに離す。かっちゃんは頬に手をやり、呆然としていた。
「今のはキス、か?」
「そうだよ」
「なんで……キスしたんだ?」
かっちゃんの質問には答えず、僕は立ち上がって、部屋の扉に向かう。
「出久! 待ってくれ!!」
呼びかける必死な声に、顔だけ振り返る。
「僕は、酔っぱらいとの『アテにならない約束』なんて嫌なんだ。君との関係を今夜限りになんてしたくはない。これ以上は、アルコールが抜けてからにしてね」
固まったまま、耳をピンク色に染めていくかっちゃんを置き去りにして、リビングを出た。ひんやりした空気に気持ちもスッキリとする。
「明日! 迎えに行くから!」
背中を追う約束に、口角を上げながら玄関で靴を履く。
「飲み過ぎで記憶消えなかったら、ね」
ひらりと手のひらを振って、かっちゃんの家を後にした。
次の日の放課後、生徒たちがざわつく雄英高校の門の前。かっちゃんは大量の赤いバラの花束を抱え、鬼の形相で立っていた。徹夜をしたのか、目の下に酷いクマがある。
記憶を飛ばすのが怖くて眠れなかったの? かっちゃん。僕も君のせいで全然寝られなかったよ。
じゃあ、シラフでお互いの『秘密』を打ち明けあったら、今日は一緒に――寝よっか。
おまけ①
↓
「ガチでタダ寝るだけかよォ!」
「……だって……昨日ぜんぜん眠れなかった……から……」
「洗いざらい他人に告白強要しといて寝るなーー! せめて返事ぐらいしろーー!!」
※かっちゃんがデクシープをクレーンゲームで取るオマケ②がキャプションにあります























미치겠다 너무 귀엽다. 너네는 천생연분이다. 사랑스러운 글 감사합니다!