Novel15 days ago · 9.7k chars · 1 pages

初心が真心

薄荷薄荷

アーマーを渡して二週間、いい感じまでいってるけどまだ付き合ってない勝己一人称勝デク小話。個性で眠らされて「キスで起こせる」というど定番ネタをやらせて貰いました。こちら「君のふわふわを撫でたい」と同じ時系列の二人ですが単独でも読めます。

青い空だった。久しぶりに並んで空を飛ぶ感覚は、たまに見る夢よりも自由だった。

「最初から飛ばしすぎんなよ」
「『緑谷青年の身体能力を考慮したありとあらゆる補助機能がついてるから最初から感覚で操作して構わない』ってオールマイトに言われたよ」
「使えてんな」
「そうなの?まだ付いてる機能の1/3も使ってないよ」

 青空をバックに出久が笑う。逆光でも太陽に負けないくらい輝くこの顔を見るのに、八年の歳月をかけた甲斐があった。まぶしい。

 駅前でひったくり騒ぎを起こした雑魚ヴィランのせいで、タクシー待ち列から飛び出して応戦する羽目になったが、アーマーの実戦テストにはちょうど良かった。いや、ちょうど良くはねぇな雑魚すぎた。OFAヒーローデクのキレキレの動きがもっと見たかったのに、あまりに瞬殺すぎて敵に援護射撃を送りたくなったほどだ。ほぼ体術のみで制圧したザコを警察に託して、騒ぎを躱すように二人で空に駆けたのは実に爽快だったが。
 天気も快晴、初夏の風も爽やか、このまま講演会場まで飛んで行くのも悪くねぇな、と思ったら前を行く出久はビルの隙間に降りて、アーマーを解除し始めた。こういう時嚙み合わねぇんだよな、知ってた。戦闘になったら阿吽の呼吸でいけんのになんでだ?

「飛んでったらすぐだろ?こっからタクシー拾うんかよ」
 仕方なく俺も地面に降りてコスチュームをしまい、ついでにサングラスをかける。今更顔バレを気にするわけではないが「話しかけんな」という雰囲気を醸すためにかける。イキッたチンピラに因縁つけられたり、警察に職質されたりする確率は上がるが、モブに無断で写真撮られるよりはマシだ。
「アーマーじゃ目立ちすぎるよ。敵を追ってるのかって不安になる人もいるかもしれないだろ。時間に余裕持って出てきたし、ここからなら歩いて行けるよ」
「どんどん目立ってけよ。デクがパトロールしてんのが抑止力になんだろうが」
「抑止力になるかな?僕のこと覚えてる人そんなにい…った!お尻はたかないでよ」
 信じらんねぇコイツ!アーマー渡して半月、根津校長が「記者会見するなら場所用意するよ?」って言った時「まさか、やらないですよ」って笑ってたの、既に散々ニュースになってたからもういいってんじゃなく、まさか僕なんかがって意味だったんか?ふざけんなよ!

「今、てめぇはおそらく日本で一番注目されとるヒーローだ。いいか?今だけだが、今は一番だ!自覚しろ。せいぜい派手に動き回って、モブどもにアーマーの有用性を見せつけろ」
 噛んで含めるように言えば出久が赤べこのように頷く。
「わ、わかった。そうだね、今は一番ね」
 へらりと笑うのが、いかにも俺をなだめるその場しのぎでムカつく。ダメだコイツわかってねぇ。
 苦節八年、数多の難題を仲間達と一丸になって乗り越えて、出久にアーマーを渡したのが半月前。初日からそこそこ使えてんのに喜んでたが、当の本人は特に前線復帰をアピールするでもなく淡々と、放課後になれば現場に現れて去っていくの繰り返しだ。それもほぼ毎日だから活動してるっちゃあしてるし、見るたび練度が上がっとるから、きっちり雄英で訓練もしてんだろうが……なんか違ぇんだよな。線引いてるっつーか、教師が本業ってスタンスを崩さねぇようにってのが見える。歯がゆいが俺は出久の働き方にとやかく言える立場にねぇし。クソッ……やっぱ事務所誘うか?
「かっちゃん、顔が怖いからもう少し口角上げてこ」
 隣を歩く出久が眼鏡もかけてねぇ素顔で笑いかけてくる。OFAヒーローデクが歩いてんだからモブどもはもっと騒ぐべきだと思うが、残念なことに人通りはまばらだ。
「うるせーな、プライベートなんだからどんな顔しててもいいだろうが」
「いや、普段からの心がけが大事なんだって」
「世間じゃこの顔が受けてんだよ」
「受けてないからチャート下がるんだろ」
 ああ言えばこう言うだ。出久は最近とみに俺に遠慮がなくなったが、アーマー貰ったからといって変に気を使われるよりはよっぽどいい。もともと心根が優しい奴だから、少し図太いくらいでも全然いい。まぁ図太さは筋金入りだが。
「今日の講演はガキばっかなんだろ?」
「完全に子供向けというよりは親子向けかな?最近「子供にどうあの大戦を伝えていったらいいのかわからない」っていう親御さんが増えたんだよね。ほら、かなり刺激の強い映像が出回ってるのもあって、何歳から見せてもいいのかとかさ」
 確かに大戦映像は刺激が強い。俺も後から見てAFOがあんまりデカくてグロかったから驚いたもんな。対峙してた時は脳内麻薬キまりすぎてて全然気になんなかったが、人間がああなるってなったら個性を怖がる子供もいるだろう。特に身体が変形する個性のヤツとか。
 そんなことを話してたら隣の出久の視線がふっと優しくなった。
「僕の傷とか見てさ、やっぱり怖がる子もいるんだよ。でもアーマー着てヒーローやってる姿を見て貰えたら、少しは安心して貰えるかなって」
 そう言って笑う出久の頬の傷はだいぶ見慣れたものだが、初対面の人間の目が泳ぐのもわからないでもない。俺も経験がある。新人と一緒にサウナ行くと大抵ビビられるもんな。すげー背筋っすね!って笑顔で言ってきたのミルコんとこのサイドキックだけだわ。

「今日は、講演の最後にアーマー着るつもり。君も見てることだし」
「いいんじゃねえの?てめぇのお話だけじゃガキも飽きるだろ」
「ひどいな」
 むっと頬を膨らませる出久の、二十も半ばを過ぎた男とは思えない仕草。こういうの、解ってやってんじゃねぇかと時々思うが、前に上鳴にぼやいたら「それはお前の側にいる緑谷が可愛いだけ」と言われた。アイツも時々芯を食ったことを言う。

 講演会場に着けば、千人くらい入るホールは満席らしく、俺は舞台袖から見てくれと言われた。
 出久の講演を生で聴くのは初めてだった。昔、瀬呂に誘われた時に断ったら「お前は全通してアーカイブ取っとくタイプだと思った」と、驚かれた。流石に偏見が過ぎる。動画なら何本か見たが、なんとなく自分の記憶が出久の話で上書きされそうな気がして見なくなった。出久が話すことは勿論心からの言葉だろうが、不特定多数の奴らに解り易く伝えようと思ったら、きっとアイツの中のフィルターを幾つも通したものになる。俺はあの頃の俺と出久の間にだけあった、言葉にし難い時間と空気を唯一として今も大事に抱えている。

 改めて講演を聴けば、出久は普通に話が上手かった。淀みなく耳に優しい、染み込むような声がいい。大戦の映像であまり空気が重くならないようにか、合い間に轟のぼんやりエピソードや、峰田のかなりオブラートに包んだ猥談を挟んだりして、会場を笑わせていた。
 そして出久が最後に話したのは、今日の講演会が初出のエピソード、OFAヒーローデクとしてアーマーを貰ったこと。会場から自然に拍手とデクコールが起こる。舞台上の出久の視線が一瞬俺に向いた。瞳を楽しそうに煌めかせ、ニッと挑戦的に笑うのに察して頷けば、ステージを一歩前に進んだ出久の身体を瞬く間にメタルグリーンのアーマーが覆う。デク復活の晴姿に、より大きくなった万雷の拍手と歓声が舞台袖にいる俺まで押し寄せてくる。
 ああ、そうだ、今日はこれが見たくて俺は来たんだ。なのに会場の照明がやけに眩しくて視界が歪む……と思ったら涙で滲んでいただけだった。雑に袖で目をこすっていたら、デクのこっちへ来いというジェスチャーが見えたが全力のサムズダウンで拒否する。苦笑しつつもやけにあっさり引いたから、俺が涙ぐんでいたのに気づいたんだろう。

「以上を持ちまして、講演は終了となります。お帰りの際にはお忘れ物のないよう、お座席の周りをご確認ください」
 舞台の幕が下り、終了のアナウンスとともに会場の照明が付く。小走りに駆け寄ってきた出久は、やりきった顔をして俺の前に立った。どうだった?と言葉にする前に、でけぇ目をキラキラさせて見上げてくるのがズルい。思わず両手で頬を挟む。ぷにぷにの弾力を楽しむように揉んでやる。
「なになに?痛いってば」
「あーよしよし、よくやった」
「柴犬じゃないんだから、もーやめろよ」
 コイツの自認柴犬なんか?そう思った理由を教えろ。周りのスタッフが遠巻きに見ている気配がするが、イチャイチャを見せつけておく。
「あれ?」
 出久がホールの方を伺う。かすかに子供の泣き声とそれをなだめる声がする。第六感がややこしい気配を察したが、もう出久は駆け出した後だった。

「どうしました?忘れ物ですか?」
「デク!」
 泣いている女児と困り果てた母親とスタッフが、デクを見てパッと顔が明るくなる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を見られるのが恥ずかしいのか、子供が母親の後ろに回り込んでスカートで顔を隠した。
「ほら、デク来てくれたよ?良かったねぇ」
「今見てくれてたのかな?ごめんね、怖かったかな?」
 デクが目線を合わせて優しくたずねると、ガキはもじもじしながら顔を出した。
「……ちょっとこわかった」
「すみません、この子が泣いちゃったので途中で出たんですけど、出口でデクがヒーロースーツ着たって他の方が話しているのを聞いてしまって……その、すみません、もう終わってデクも帰っちゃったよって言ったんですけど……」
 母親が言葉を濁す。スタッフも困り顔だが、当然デクがそれを放っておくわけがない。
「嬉しいな、待っててくれたんだね」
 笑顔とともに立ち上がり、スーツケースを開けると、ほのかに光るパーツが瞬く間にデクの全身を覆っていく。子供と母親が全く同じ顔をして驚いているのが面白い。
「僕が来た!」
 決め台詞を言ってくるりと回って見せたデクに、スタッフの女が拍手した。親子も慌ててそれに続く。デクは今更照れ笑いだ。そういうのはやった方が恥ずかしがるとこっちまで照れるからやめて欲しい。だが、いい画が撮れた。我ながらこの一瞬をスマホに収めた技術が怖い。
「デクすごい!かっこいい!!ありがとう!ね、ママ、デクかっこいいね」
「そうだね、かっこいいね!!ありがとうございます」
 はしゃぐ親子の前に跪いて、デクが子供の手を取って爽やかに笑う。
「もう大丈夫、怖いことがあっても、僕がこのアーマーを着て皆を助けるよ」
 やりすぎである。この笑顔を至近距離で見せるのは、ガキの人生の目標を変えかねない。「デクのお嫁さんになる」なんて一生叶わない夢を見させてどうする。母親もスタッフも膝から崩れ落ちそうになってんだろ。そこそこ長く出久の側にいるからこの手の気配には敏感にならざるを得ない。「お前のそれは単なるヤキモチ」と断じた瀬呂の顔が一瞬頭に浮かんで消える。
「うん、ありがとう!私もね、ママやパパを助けてるよ」
「そうなんだ、いい子……」
「あ、ダメ!やめなさい!!」
 デクの身体がふらりとかしぐのを抱きとめる。なんだこれ、ガキの個性か?
「……なにした」
 怒鳴らなかっただけ褒めて貰いたい。ガキがまた泣き出したのは俺の顔のせいかもしれないが。

 俺の部屋のソファーの上で、出久が眠っている。睫毛が驚くほど長い。目がでかすぎるせいで普段目立たねぇのか、閉じている今はマスカラいらずの長さと量がより強調されている。吸い込まれるようについ見てしまう。額、薄い瞼、頬、そして唇。キスがしやすいところを。

「三秒以上、目線を合わせた相手を眠らせることが出来る個性なんです。キスをすれば…いえ、頬でもどこでもいいんですけどチュッとすれば目が覚めます」

 平身低頭、娘のやらかしを謝りながら母親が言った。俺はその場にいた全員「騒ぎにするのはデクも望まねぇ」と言いくるめて、眠ったデクを自宅に持って帰ってきてしまった。俺の方がえらいやらかしである。
 いや、解除方法がキスなのがいけない。昨今の倫理的にはたとえ個性解除のためであろうと、幼女にチュッとさせるわけにはいかねぇし、母親でもスタッフでもハラスメント事案になりかねない。当然、現場にいた俺、大・爆・殺・神ダイナマイトが、デクの頬でも手でも口付けて起こすべきだった。あの場にいた人間を不安にさせねぇためにも、すぐに対処するべきだった。
 ーーああそうだ、俺以外のヒーローだったら、みんな躊躇なくデクにキスしただろうよ。轟なんて下手したら説明全部聞く前に、キス=唇って判断して即いってた可能性がある。もしくは無駄な王子ムーブで、デクの手を取って指先にキスして、場を阿鼻叫喚に陥れる絵も容易に想像できる。渋るとして玉ぐれぇじゃねぇか?アイツはそういうところぶれねぇからな。

 だが俺は、キスをすれば目覚めると聞いた瞬間、誰にも触らせたくねぇってのがまず最初にきて、気づいたらデクをアーマーのマントでくるんでファイヤーマンズキャリーで飛んでた。「暴走しがちに見えて実は冷静」と巷で言われている俺だが出久が絡めばこのザマだ。
 アーマーを解除し、ジャケットは脱がせて、首が苦しくないようにネクタイを取って、シャツのボタンは二つほど外した。プロヒーロー免許についてきた救助マニュアルを脳内で復唱しながらの作業。何も他意はない。
 キッチンで水を飲んでクールダウンして、改めて眠っている出久を見る。こっちの心労も知らず、すやすやと実に気持ちよさそうだ。

「出久にアーマーを渡して一緒にヒーローをやりたい」という一番の目標だけを見て走ってきた八年、やらなきゃならないことが多すぎて、あまり考えないようにしていたこと。
「……渡りに船すぎる」
 誰にも渡したくないヤツが今この手の中にいる。今なら合法的にキスが出来る。いや、キスという起爆剤で、全く動かなかった俺たちの関係を変化させることが出来る……かもしれない。ここは慎重に事を進めるべきだ。目を覚ました出久に事情を説明し「キス?いやこれはカウントしないだろ」と笑いながら言われて終わりでは困る。

 冷静になって考えると、まず唇という選択肢はねぇ。クソナードのことだからファーストキスは好きな人と、くらいの夢は持っているに違いない。正直俺も持っている。寝ている間に勝手にしていいもんじゃねぇ。
 じゃあ、指や頬ならいいのかってことになる。これは多分OKだ。引子さんなら毎日のように、おはようおやすみのキスを出久の頬っぺたにしていたはずだ。小さい出久のもちもち頬っぺは思わず触りたくなるフォルムだったから仕方ない。今やハグやキスが当たり前の文化圏との付き合いもあるだろうし、それぐらいは許容範囲だ。出久の唇が触れたのが、他人の頬、首、指までならギリ許せる。

 問題は、俺の唇が本当に正真正銘、まだ己の意思を持って生き物に振れたことがないということだ。こっちはガチで、出久の身体のどこにキスしたとしてファーストキスである。
 二十代後半の男が何を言ってんだと思うだろ?俺も思う。
 だが、記憶にある限りババァにおやすみのキスなんてしたこともねぇし、挨拶でキスされそうな気配を察したら、先に手ぇ出して握手で乗り切ってきた。意図して守ってきたわけではないが、例え頬を寄せる程度でも脂ぎった爺相手が初めてなんて御免被る。
 と、いうわけで、俺の初めての唇に今、誰に咎められることなく出久にキス出来る機会が巡ってきたのである。ただし「場所はどこでもいい」という注釈つきで。

 寝ている出久の前髪を上げてみる。額はつるりと丸くて形がいい。人の前に立つ職業なんだから見た目のコンディションは整えろと何度も言ったからか、にきび一つない。メンズ化粧品のCMもやってたもんな。爽やかさで邪気が払えそうと話題になってたやつ。
 薄い瞼を見る。夢を見ているのか眼球が動いている。繊細な薄い皮膚の下に、あの緑の宝石が隠れているのかと思うとたまらなくそそる。
 指で頬を撫でる。そばかすのある方も、傷のある方も、今は見慣れている。つけられた当初よりだいぶ薄くなってきた傷は、普通のメイクでも消せるくらいだが、出久が自分で消しているところを見たことはない。どちらも出久を構成する大事な要素でそのままがいいと思う。
 首筋、胸、どちらも命の音がする。手、指先、何かを誓うならここだろうか?どこでもキスしていいと言われると逆に選べない。いや、本音を言えば最初から唇にしたいと思っていた。最初で最後になるかもしんねぇからな。でもそんな騙し討ちみたいな真似は矜持に反する。どうしたらいい?何が正解だ?

 帰ってから三度目の歯磨きをしながら、洗面所の鏡の前で己の顔を見据える。ちゃんとヒーローの顔が出来ているかどうか、出久の前でそれを保てるかどうか。キスで目を覚ました出久に、事情を説明したときの反応を脳内でシミュレーションする。九割九分、全然気にしないよ~ありがとう!と言われるだけに違いないが、もし、もしも、出久が照れたり、こちらの反応を伺う様子があれば勝負をかける。万が一もないと思うが不快感を示されたら大人しく腹を切ろう。
 パシッと頬を叩いて、出久の寝ているソファーに向かう。すやすやと寝息を立てる唇に、俺はそっと顔を寄せた。

「え?僕寝てた?ここ、かっちゃんの家??会場で女の子に……あの子どうしたの?」
 目が覚めて最初に、ガキの心配をする。これは想定内だ。
「子供が間違って個性使ったせいで、お前は眠らされてた。大事にせんように、俺がここまで運んできた」
「そうか、ごめん。面倒かけたね。なんかすごいいい夢見たし、目覚めも快適だ!快眠の個性なのかな?睡眠が足りたら自然に目覚めるとかだったら医療用にも使えそうでいい個性だよね。あ、心配してるかもだから連絡しておいた方がいいかな?かっちゃん、連絡先聞いてくれた?それともスタッフさん経由の方がいいかな」
 伸びをしながら出久が言う。目覚めから頭も回っているようで良かった。本当に快眠の個性なんかもしれん。
「……スで解ける個性だった」
「ん?なに?」
 出久がソファーに座る。俺は床に座っているから、俯いて喋る俺の声が聴きとりにくかったんだろう。ぐっと顔を寄せてこられて覚悟を決める。
「悪ぃ、どこでもいいからキスすれば目が覚めるっつーから勝手にやった。安心しろ唇にはしてねぇ」
「え、そ、そうなの?なんかごめん……え…かっちゃん大丈夫?」
 想定外のうろたえた声に顔を上げると、出久は俺を見て心底申し訳なさそうな顔をしていた。というか若干血の気が引いているように見える。あ?これどういう反応だ??
「大丈夫ってなんだよ?」
「だって、かっちゃん、挨拶でもハグとかキス絶対避けるじゃないか。あんまり踏み込むつもりもないけど、なんか嫌なことあってそういうのに抵抗感あるのかなって」
「抵抗感はあるけど、お前なら別に……さんざんマッサージさせただろ」
「いや、マッサージとキスは比較できないと思うけど」
 出久が俺の答えにほっとした顔をする。良かった、あらぬ誤解をされて焦ったが、少なくとも俺に嫌悪感はないらしい。
「でも、かっちゃんにチューして貰ったとか、ファンの皆さんに恨まれちゃうかな?あ、いや絶対言わないけどね!本当に、墓場まで持っていくよ!ち、ちなみに僕のどこにキスしたのかとか聞いてもいい?」
 目を泳がせながら言う、出久のこういうところが実にナード臭い。幸い、よく知った反応が見られてこっちはだいぶ落ち着いてきた。
「してねぇ。俺が貰ったほう」
「え?」
「どこでもいいからキスすりゃ起きるっていうから、お前の唇に頬寄せてキスを貰った。目覚めたんだから、それもアリだった、っつーことだな…………出久?」
 紙のように真っ白な顔再び。なんだこの反応??頭の中に鳴り響く警報音、これはダメだ次の言葉を出久が言う前に俺が言わなければ――
「っ俺が初めて唇を許すならちゃんと同意を得てお前の唇にしてぇんだよこっちは正真正銘初物をてめぇのために大事に取っといたんだから完璧な手順を踏んで遂行させろや!」
 ノンブレスで言い切った俺を見下ろし、出久がこぼれそうなほど見開いた目をパチパチ二回まばたきする。
「は……はじめて?」
「……そこはもういい忘れろ」
「え?いや??大事だろ……え?ほんとに?」
 もごもごと口ごもり目を泳がせ始めた出久の、色のなかった頬に血の気が戻るのは、見たことのない花が咲くようだった。

「かっちゃん、キスしたことないんだ?」
 口元がどうしたってにやにやを堪えている顔で、ズバリ抉ってくる出久。神経が炭素繊維だ。図太い通り越して強靭すぎる。
「初めては僕がいいんだ?」
「そぉだよ。てめぇはどうせ、初めてでもなんでもねぇんだろうけどなぁ」
 出久が俺より落ち着いて見えるのはそういうことだろう。考えるとちょっと鼻がツンとする。もしこの八年の間にキスやそれ以上も済ませてたなら泣くかもしんねぇ。
「マウストゥマウスはしたことないよ。流石に頬は経験あるけどノーカンでしょ」
 出久がソファから下りて俺の横にそっと座る。肩が触れるほど近い。
「さっき、かっちゃんが僕にどうしてもキスしたくないのかと思ってショックだった」
「なわけねーし」
 色を失くした出久の表情を思い出すと心臓が縮み上がる。今はどうかと思って隣を見たら、同じタイミングだったのか目が合った。何故か「あ」の形に開いたままの出久の口に視線が吸い込まれるが……ん?待て、これ喜んでいいんじゃねぇか?出久は俺にキスされたかったってことだよな……自分に都合のいい解釈してるわけじゃねぇよな?言った本人はじわじわ自覚したのか、尻をずらし俺から距離を取ろうとしている。いや、させねぇが。
 ぐっと腕を掴むと出久が動きを止めて、息を飲む。意外に目立つ喉ぼとけが動く。
「…………い、いつする?え?い、今するの?」
 流石、判断が早ぇ。
「どもんな、こっちまで恥ずかしいだろうが。あと、先にすることあんだろ」
「なに?あ!そうか歯磨いた方がいいよね」
「違うわ」
 出久が立ち上がりかけたのを手を引っ張って止めると、かっちゃん潔癖じゃんとか何とか、ごね始めた。
「ちゃんと考えろ。てめぇのそれは、俺から貴重なキスされたと思ったのに実はされてなかったのが悔しいって感じか?それとも、かっちゃんに一生キスの経験もないのは可哀相っていう同情か?」
「さすがにひねくれすぎてるだろ。僕は最初にキスするならかっちゃんがいいし、かっちゃんもそう思ってくれてたなら嬉しいってだけ」
「一緒だ」
 改めて出久と見つめ合ったら、むずがゆくて笑いが込み上げてきた。出久もこらえきれないのか目が既に笑っていたが、すぐにまぶたが閉じられて少しだけ首が左に傾いた。左…キスって左に傾けんのか?いや出久から見て右だから俺も右に傾けないと鼻がぶつかるな、と初心者なのにコンマ一秒で判断できた自分を褒めたい。触れ合った出久の唇は柔らかく、頬に受けた感触と全然違った生き物感があった。少しだけ触った舌の生々しさが、出久の中の大事なものをさらされているようで、心臓がきゅっとなる。出久も同じだろうかと薄目を開けて覗き見れば、まぶたの奥が、さっき眠っていた時よりも震えていた。いい夢を見ていたと言っていたその時よりも。

「かっちゃん、すごいミントの味したんだけど!自分だけ歯磨いてるのズルくない?!」
 勢いで舌先をちょっと絡めたらこれである。気になるならやり直すからお前も磨いてくれば?と言ったら、ニヤニヤしてるのがムカつくとクッションが飛んできた。

— End —

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いっぬ4 天前
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Sakuria
Where every work blooms
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