「はぁ〜……」
出久の口から大きな溜息が零れる。
「てめェ……人の顔見るなり溜息吐くとはいい度胸だな」
出久の目の前にいる勝己は顔を顰めた。
今二人が居るのは個室居酒屋の一室。A組のみんなとワイワイ飲むのも楽しくていいけれど、毎回はちょっと疲れる。時には気の置けない仲の人と少人数で飲みたい。そんな意見が一致した出久と勝己は、アーマードスーツ受け取り以後、二人きりで飲む機会を度々持っていた。
今回の飲み会は何度目になるか。両手の指では数え切れないくらい。
出久はあははと笑いながら勝己に謝罪する。
「ごめんごめん、君の顔を見て溜息が出たわけじゃないんだ。なんていうか……思い出し溜息?」
「何かあったか」
「いやぁ、ねぇ……」
出久が手に持っていた焼き鳥をゆっくり皿の上に置く。
「僕たちも三十路だろ?良いおじさんになった。そうなると、ほら、結婚とかさ。話題にされるわけだよ」
「ああ……なるほどなァ」
出久がテーブルの上に身を乗り出す。
「かっちゃんだってそうでしょ?親御さんから『良い人はいないの?』『ヒーローとして人々を守ることも大事だけど、家庭を守ることも大事だよ』って言われたりするでしょ?」
「……言われねェって言うと嘘になるな」
「やっぱり!」
同じような境遇の人を見つけて、出久の機嫌が少しだけ治った。勢いのまま焼き鳥を再び手に取り咀嚼し始める。
「お母さんの言うこともわかるんだよ?僕の二十代は仕事に邁進してた。悪いことじゃないけど……多分、良いことじゃない」
「……」
「でも僕は今の、ヒーローと教師をしてる自分自身が好きだから……他に目を向けられない。時間を作って好きな人と愛を育むなんてこと、できないんだ」
「……仕事人間」
出久とは反対に、勝己の機嫌は悪くなった。だが話すのに夢中な出久は、勝己の人差し指が忙しなく机を叩いていることに気づかない。
「仕事人間、か。そんな人生があってもいいよね。僕はまだしばらくは、仕事に生きたいなぁ」
「お前がそう思うンなら、いいンじゃねェか」
勝己はぶっきらぼうに言い放ち、烏龍茶を煽った。
出久は漠然と抱えていた不安が晴れたのか、にこにこと上機嫌だ。烏龍茶を空にし終わった勝己に向かって、そういえば、と次の話題を出す。
「話変わるけどさ、生徒たちの間で変わった遊びが流行ってるんだよ」
「遊び?」
「うん」
自分の分のオレンジジュースを一口飲んで、出久は続けた。
「『五十年後、お互いに独身だったら結婚してください!』って色んな人にプロポーズするんだ」
「ンだそりゃ」
「結構成功率高いんだよ?洸太くんなんてクラスの子全員からプロポーズされて、全部OKしてたんだから」
「とんだ浮気モンじゃねェか」
「まぁ、遊びだから。青春ていいよね」
出久はふふ、と笑いながら、机の上に転がっていたストローの袋を手に取り、手の中でいじくる。
「さっきは『僕は仕事に生きる』なんて言ったけどさ。そうだなぁ……三十年。三十年後だったら、誰かと一緒に支え合って生きてもいいのかも」
「そォかよ」
「ね、かっちゃん」
出久はストローの袋で即席で作った輪っかを、勝己に差し出す。
「三十年後お互い独身だったら、僕と結婚してくれませんか?」
「……は?」
勝己は大きく目を見開き固まる。
出久は今、何と言った?
「あはは、やっぱりダメだよね」
出久がからからと笑いながら、輪っか──指輪を模した物を引っ込めようとする。
勝己は慌てて身を乗り出し、紙の指輪ごと出久の手を掴んだ。
「ダメとは言ってねェだろうが!」
「え」
「三十年後だな?受けてやる、そのプロポーズ」
「えぇ!?本当に?」
「ただし条件がある。”遊び”は好かねェ。他の奴には絶対プロポーズするな。俺だけにしろ」
「わ、わかった……」
勝己はニヤリと笑った。
そのタイミングで、店員が閉店時間を告げに来た。
勝己は会計札を奪うように手に取る。
「ここの会計は俺が出す」
「え!?いつも割り勘なのに」
「送ってやる。オラさっさとしろ」
勝己の口調は荒いが、顔はニヤついていた。
出久は「なんだァ…?」と疑問符を浮かべながら、勝己の後ろをいそいそと付いていったのだった。
◆◇◆◇◆
出久にプロポーズ(仮)された翌日から、大・爆・殺・神ダイナマイトのヒーローとしてのパフォーマンスは著しく向上した。
単独での活躍もあったが、他ヒーローとの連携の質が上がり、検挙率は鰻登り。このまま行くとヒーローチャートも上がるのでは、と噂された。
マスコミや一般市民に対しての態度も軟化した。軟化したというか、言動に何処か余裕が感じられるようになった。
誰も彼もが「大・爆・殺・神ダイナマイトは前より良くなった」と口にする。
そしてこれはマスコミや一般市民には知られていないことだが、爆豪勝己の日常生活にも変化は訪れていた。口が悪いのはいつものことだが、怒った顔だけでなく、よく笑顔を見せるようになった──と、とある人物は感じていた。
「お疲れー!バクゴー!」
今日は切島の事務所と勝己の事務所でのチームアップだった。
全てが終わり、更衣室にて先に着替え終えてスマートフォンを操作していた切島は、同じく着替え終わった勝己の背後から首に肩を回すようにして飛びつく。
「うぜー。離れろや」
「相変わらず口わりーなぁ!」
「ルッセ」
そう言いながら、勝己は口の端を持ち上げ笑っている。楽しい、と言いたげに。
「最近調子イイじゃねーか。何かあったのか?」
「……」
勝己がキョロキョロと周りを探る。自分たち以外に部屋に残ってる者がいないことを確認すると、それまでのポーカーフェイスを解いて頬を緩ませながら口を開いた。
「出久にプロポーズされた」
「プロポーズ!?」
切島がギョッと驚く。
「え、だってお前ら、付き合ってねーだろ!?交際ゼロ日婚ってやつか!?」
「今すぐじゃねェ。三十年後、お互い独身だったらって条件付きだ」
「さ、三十年後……?」
少し遠い未来の話だと聞き、切島は戸惑いを見せた。勝己はそんな切島をフンと鼻で笑った後、更衣室に備え付けられたベンチにドカッと座る。
「三十年だ。それだけ待てば、アイツは俺のモンになる」
色とりどりの花束を贈られた少女のように、手放しに喜ぶ勝己。
水を差すようで申し訳ないと思いつつ、切島はおずおずと質問する。
「でもよ、お互い独身だったらだろ?緑谷が三十年経つ前に別の奴と結婚しちまったら、どうすんだよ」
「アア?結婚するわけねェだろ、あの仕事人間が」
「確かに緑谷は仕事人間だけどよ」
「アイツが仕事より優先できる女はいねェよ」
切島は呆れたが、次いで質問した。
「それでも誰かと結婚しちまったら……どうすんだ?」
「そンときゃ、」
勝己はフッと笑う。
「一番前で、アイツのこと祝ってやる。結婚式で友人代表のスピーチも読むし、余興にも参加してやる。二次会で頭からビールも掛けてやる」
「……それって、すごく辛いだろ」
切島が悲しげな表情するが、勝己は笑う。
「アイツと結婚できる可能性を貰えただけで御の字だろうが。今までゼロだったのが五十パーセントになったんだぞ」
「そうかもしれねーけど……」
「俺は現状に満足しとる。この話は終いだ」
ヒラヒラと手を振り、無理やりにでも話を終わらせようとする勝己。
しかし切島は、まだ終わらせる気はなかった。
「バクゴー、最後に教えてくれよ」
「あ?」
「緑谷のこと……好きなんだよな?」
勝己は真剣な顔で宣言する。
「千年でも万年でも待てるくらい、愛しとるわ」
それを聞いた切島は顔を緩ませる。
そして右手に持っていたスマートフォンを耳に当てた。
「緑谷、今の聴いてた?」
「……は?」
勝己がフリーズする。
まさか、切島が何故かスマートフォンを仕舞わず、ずっと手に持っていたのは。
──出久と通話を繋いでいたから?
「テメッ!」
切島に飛び掛ろうとするが、相手もプロヒーロー。難なく避けられてしまった。
「はいはーい。ちょっと待ってろ!」
切島がスマートフォンを勝己に差し出す。
「バクゴー、緑谷が電話代わって欲しいって」
「…………」
今までの会話を全て聞かれていた。
自分には『出久を俺のものにしたい』という下心があったことも、完璧にバレてしまった。
出久は、なんの下心もない自分を三十年後の結婚相手に選んだはずなのに。
やはり結婚の件はなしで、とフラれるのだろうか?
震える手でスマートフォンを手に取り、耳に当てる。
「……もしもし」
『がっぢゃんんん……!』
「出久、お前……泣いてンのか?」
ズビズビと鼻をすする音が聴こえる。鼻にかかる出久の涙声も。
『ごめんなさい。僕……僕、本当は最初から君と結婚したかった』
「は……?」
『結婚どころか、付き合うことも無理だって思って諦めてた……男同士だし、僕が君に好かれるなんて有り得ないって』
「……じゃあなんで、三十年後に結婚しようなんて言った」
『冗談のフリでならプロポーズできると思った……結婚なんて興味ないですって顔をして。もし失敗しても、笑って元の幼馴染に戻れるって。成功、しちゃったわけだけど』
「……」
『ごめん、知らなかったんだ。君が真剣に僕を愛してくれてること』
「聴こえとったンか」
『切島くんに相談したんだ。最近かっちゃんの調子がいいのは、僕とした約束のせいなのかなって。もしかして、僕と同じ気持ちが少しでもあるのかなって。そしたら、直接かっちゃんに聞くから、電話越しに聴いてくれって……切島くんを責めないで、こんなことしてでも、君の本音が聞きたかった僕が悪いんだ』
「……で?」
『え?』
勝己はスマートフォンを持ち直す。
「謝罪だけしたくて電話代わったんか?」
『……違う』
ズズッという音を最後に、出久の涙が止まった気配がした。
『かっちゃん。プロポーズをやり直させて』
「電話越しにプロポーズか?」
『今から言う場所に来て。ちゃんとした指輪も用意した。婚姻届も』
「──その心は?」
「君との結婚を、一秒だって待てない」
勝己がニヤリと笑う。
「五分以内に行ってやるよ。世界の裏側でもなァ」
場所を聞くなり、スマートフォンを切島に投げ返す。
「切島ァ、あんがとよォ!」
勝己は更衣室の窓を勢い良く開け、今まで生きてきた中で一番輝く夜空に向けて、飛び出して行った。






















おめでとう🎉 切島くんありがとう!