私の命が、常に薄氷の上で成り立っていることを再認識した。
心が満たされようと、肉体的な無理をすれば、その代償は否応なくこの体に返ってくる。幸い、今回も大事には至らなかったが、発作も無理して変に耐えようとすると、薬を飲んでも収まらなくなる。
そうなると、もう病院で処置してもらう以外に方法はない。
気を付けないとな。
そういう意味では、今回のことは良い薬になった。
ヤチヨと触れ合えなかったのは本当にショックだったけど、何も今後もずっとチャンスがない訳じゃない。
私が死ぬまでに次があるかは、残念ながら分からないけど、いつまでも引きずっていたって仕方がない。
そう、仕方がない。
今までだってあったじゃないか。
病気のせいで中学の修学旅行はいけなかったし、校外学習などのイベントも殆どキャンセルになった。
別に今回が初めてじゃない。
もう慣れた。
そう、慣れたんだ。慣れたはずなんだ。
もうやめよう。
堂々巡りだ。
今はそんな事よりもかぐやだ。
「で、ライバーになることにしたと……」
「そうそう!彩葉、さっきヤチヨのコラボライブの話聞いた時に『いいなぁ』って言ってたでしょ?だから、かぐやが叶えたげる!」
発作が収まって居間に戻ると、死ぬほど心配された後に、繰り出された話がこれだ。
破天荒なことをする子なのは分かっていたが、まさかそんな目標を打ち出すとは思わず、面食らってしまったのは言うまでも無い。
だが、これはそこまで悪い話ではない。
私としては、かぐやがライバーになるのなら応援するつもりではある。元々、彼女に自分なりにやりたい事を見つけて欲しくてツクヨミを案内した節はあるし、この展開は願ったりかなったりだ。
最後の『私のため』って部分は気になるが、この際きっかけはどうでもいい。
「……まあ、いいんじゃない。出来るかどうかは別として、いつ月に帰れるかも分からないんだし、その間にやりたいことを見つけられたのなら、私から止める理由はないよ」
言うと、かぐやはパッと笑顔を咲かせた。
「やった!そんじゃ彩葉、一緒にやろ?」
オイちょっと待て。
一緒にやるって、誰と?
私しか居ないか。いやいや、無理でしょ。現実的に考えて、今でも体力的にはギリギリなのに、そこに更に何か増やせば間違いなく倒れる。
そのせいでヤチヨとの握手会だってぽしゃったんだ。
「いや、無理だって……協力してあげたい気持ちはあるけど、体が弱いって言ったでしょ?今の生活でも、体力的には限界なの」
無理が祟って死ぬのはごめんだ。
死ぬにしたって、せめて家族を呪いから解放してから死にたいし、今はまだ下手を踏めない。
「あ、そっか………ごめん、無理言って……でも安心して!かぐや、一人でも絶対にやり遂げて見せるから!」
「うん、応援はしてるから。頑張ってね」
この子なら私の助けなんて無くても成し遂げられるだろう。
私と違って、生きる希望も、目標へ進む為の活力も、何もかもを持ち合わせている子だ。案外、今回のヤチヨカップの優勝も簡単に成し遂げてしまうかもしれない。
けどその前に、もう一つ重要な案件が残っている。
「それとさ………あんた、何でまだ金髪のままなの?」
✧・゚: *✧・゚:*
理解の範疇越えし宇宙人こと、かぐや。
ヤチヨのミニライブから数日後の週末。
アルバイトから上がってスマホを確認すると、そこには不在着信が一つ、メッセージが一つ届いていた。
私は一度立ち止まって道の脇に寄って、メッセージの方を先に見た。
『朝日 < 明日、様子見に行く』
そのメッセージを見て、もう一週間かと呟く。
『彩葉 < 了解。明日は一日空いてるから、昼頃に来て』
そう返すと、メッセージにリアクションスタンプが付いたのでアプリを閉じて、今度は電話帳の方を出す。
そこに表示されたのは母の番号。今日日、電話番号に直接かけてくるのなんてバイト先か親か祖父母くらいなので、不在着信があった時点で必然的にこの人しか居ない。
しかし、無視するわけにもいかない。
向き合う覚悟とか以前に、私の身の上を考えれば、そんなこと出来る訳がない。
「……もしもし、お母さん?」
『やっとかけてきたか。何かあったんやないかって肝が冷えたわ。バイト中やったん?』
「うん。さっき上がったところ」
週に一度、私は必ずこうして母と電話する。
それが上京する際に母が私に出した条件のうち一つで、娘が余命僅かなこの頃を考えれば、とても温情ある処置だと思えたので、私も当然これを受け入れた。
話す内容と言えば、病院での定期健診の内容とか、体の調子とか、学校ではどうだとか、主にそんな話だ。
事務的といえばその通りで、そこはきっと母も深く踏み込まないようにしてくれている。
私としてはありがたい気遣いだけど、元はそんな人じゃなかった。
変わってしまったのは、上京することを告げたあの日からだ。
『体の調子は大丈夫なん?朝日にも言うたけど、ご飯だけはちゃんと食べなあかんで。あんまし喉通らんかもしれへんけど、それを疎かにする人は、病人であろうと、健常者であろうとダメや』
「分かってる。この前お兄ちゃんにも言われた。今はちゃんと食べてるよ」
お小言を言う時の口数の多さは相変わらずだが、覇気の無さは声を聞く私には嫌という程伝わってくる。
『ほんとに分かっとるんやろね?』
「だから大丈夫だって……そんなに信用できないなら、お兄ちゃんにでも聞けばいいじゃん」
親子仲は、冷え切っているんだろう。
東京に来ても、家族の縁が消える訳じゃあるまいし、私は故郷を離れて結局どうなりたかったのか、過去の自分に聞きたい。
『そこまでは言うとらんやろ。それと……これは、彩葉にとっては考えたくない事かもしれへんけどな。進路のことはどうなん?そろそろ先生から話されてるやろ?』
切り出された話に、私は言葉を詰まらせた。
進路。芦花と真実にも言われた事だ。あの時は適当にまだ決めてないと当たり障りのない返答で誤魔化したが、病気のことも全部分かって上でそれを聞いてきた母には、きっとそれと同じじゃいけない。
「……それは……ごめんなさい。まだ……考えられない、です……成績表は見たよね?一応、進学に問題ないくらいの勉強はしてるけど……」
そんな煮え切らない返事に、母は落胆するでも失望するでもなかった。
もしも私が健康なままでこんな事を言えば、泣くまでボコボコにサンドバッグにされただろうに、とてつもない違いだ。
『そうか……まあ、彩葉は事情が事情や。そこを急かすつもりはない。ゆっくり考えて、少しでも納得がいく選択をし』
「うん……」
納得がいく選択。
そんなもの本当にあるのだろうか。
満足とか達成感とか、そんなものとは終始無縁な人生で、それはきっとこれからも続くだろうし、死ぬまで変わる事は無い。
それくらいなら、いっそのこと選択肢なんてない方がマシだ。
「それじゃあ、また一週間後に連絡するから……お母さんも体調気を付けてね」
そう言って、返事が聞こえると電話を切る。凝り固まった標準語だ。母と話す時、もう故郷の方言で接する事すら出来ない。
歩き方どころか、喋り方すら忘れてしまったみたい。
こうして、時を重ねるごとに何かを忘れ、最終的に全てを失ってしまうのだろうか。
アルバイトから帰宅すると、そこに広がった部屋の惨状にため息をついた。
「あのさあ、かぐやさん。これらはなんでしょうか?」
ただでさえ狭い六畳間があら不思議、その三分の一ほどが謎の道具たちで占領されているではありませんか。やった犯人はそこにいる金髪の小娘に他ならない。さて事情聴取の時間だ。
「配信用の小道具たち!全部百均だからお財布にも優しい!」
そういえば、朝学校に行く前に百均で買い物していいかって聞かれたな。
日用品でも買うのかと思っていたが、まさか配信用の小道具を調達する為とは思わなかった。
それにしても、変なオブジェとか、明らかに用途のなさそうなものが散見される。あと何個かは無駄にでかい。
「お金の話じゃなくてスペースの問題。どうすんのよこんなに買っちゃって……使い終わったらちゃんと処分してよ?」
適当にブサイクなマスコットのキーホルダーを手に取って言う。
「ええー!折角買ったのに!?それに、一度使ってもまた後で使うかもしんないじゃん!すぐ捨てちゃったら勿体ないよ!」
「明らかに一回も使わなそうなの買ってる癖にそれを言うか……」
問答無用でゴミ袋に纏めないだけ温情だろうし、もっと言えば許可したとはいえ私の金で買ったものだ。
どうせこの子の事だから、これからもっと物の数は増えるに違いない。折を見て処分してサイクルを回さないと、スペースが幾らあっても足りない。
それに、配信用というのも気になるところだ。
「てか、本気でライバーになる気なんだね」
「もちろん!みてみて!初配信もしたんだよ!」
どれどれ、かぐやに示されるままにノートパソコンのディスプレイを見る。再生されるのはポヤポヤした手書きイラストがあしらわれた配信アーカイブだ。
配信時間はかなり短くて、最後の方にミスでインカメで素顔を晒すというポカをやらかしながら終了するという、なんとも微笑ましい様相である。
配信の内容についてはいい。
問題は、このBGM。
「なに……?この不協和音……」
「ジングルだよ。自分で作ったの」
これをジングルと言い張るとは、なかなかにクレイジーだ。
更には自作らしい。このPCには制作ソフトも入っているから作ること自体は出来るが、問題はどうやって作ったかだ。
その答えは小道具の山の中にあった。
「作ったって……あー、やっぱ私のキーボード使ったのか」
私が昔使っていた六十一鍵のキーボード。
引っ越しに際して、家に置いててもしょうがないので持ってきたが、結局一度も使われずに誇りをかぶっていた品だ。
勝手に引っ張り出された形ではあるが、用途はどうであれ、使われないよりは良い。そもそも、部屋にある物を使っていいと言ったのは私だ。
「おっ、彩葉。その感じだと弾けるね?いっちょお願いしますよ、先生」
ピアノを弾く。
色んな事があって、めっきり弾かなくなった。最初は、好きでやっていたと思う。ここで言う『思う』っていうのは、もうその時の気持ちすら思い出せないからだ。
だが、別に今でも嫌いな訳ではない。
「……簡単なのでいいなら……」
音楽は自由だと、誰かが言った。
あれは嘘だ。
この世に自由なんてものはない。少なくとも私にとってはそうだ。
仮想世界でしか満足に体を動かすことが出来ない私に、何故その言葉を信じることができるというのだろうか。
「あの曲。コード進行は、どうだったかな……」
呟き、弾き始める。
在りし日に弾いた曲をそのまま。かつては優しかった音色は、今は何故か物悲しく聞こえる。穏やかだった過去を、もはや懐かしむことも出来なくなった少女の情景。
泣き疲れた末に辿り着いた答えが”これ”だと言うのなら、塞ぎ込んだ現実もまた、紛れもない私の真実なのだろう。
「……どうかな?」
一通り弾き終えて、隣りに座っていたかぐやに聞くと、彼女は興奮冷めやらぬといった様子で言った。
「もう一回!今度はかぐやも一緒に歌う!」
「歌うって……ご自由にどうぞ」
同じように弾く。
すると、かぐやが歌い始めた。綺麗な声だな。彼女らしい感情の波が自然と抑揚になっていて、音感も良い。何より、私の紡ぐ旋律に楽しそうに声を乗せてくれているのが、嬉しい。
さっきまで物悲しそうだった楽曲の世界に、一輪の花が咲く。
少女がその花を手に取って、不思議そうに見ている。
私が見ている情景は、今までに一度も見た事が無いもので、これが概念ってものかなって詩的に詠ってみる。
そうした時間が、やがて終わりを告げる。
「やば!これなんて曲?彩葉が作ったの?すごすぎ!」
手放しに褒められると、卑屈に染まり切った心にもささやかな彩りが生まれる。
「大袈裟だよ。小さい頃に作ったものだし、世の中にはもっと……」
「ちがーう!かぐやは、彩葉が作ったのを凄いって言ってるの!他所の話はしてない!」
こうして私が否定しようとしても、かぐやはお構いなしにそれを剝ぎ取ってくれる。
「……ありがと」
短くそう返答すると、かぐやは満足そうに笑った。
それにしても、楽しかったな。あの頃もこういう感じだったっけ。今はもう思いをはせることしかできないけれど、そこにはちゃんと私の過ごした時間があったんだ。
「ねえ、彩葉。プロデューサーになってよ!彩葉が作った曲をかぐやが歌うの!そしたら大バズ確定じゃん!」
またしても後先考えずにそんな事を言い出したかぐや。
妙案ありといった表情で自信満々に言い放ったが、すぐにそれは息をひそめて残念そうに俯いた。
「あ……でも、体弱いんだったよね。ごめん、かぐや馬鹿だからさ。そういうのすぐ忘れちゃって……」
この前、私が断った際の言葉は覚えているらしい。
そう、私の体では、やりたいと思っても出来ないことは往々にしてある。
故に、体を張った企画や、長時間の配信を一緒にやるのは無理だ。
しかし、作曲はどうだろう。一から作るのは難しいけど、元々作ってたやつをアレンジするだけならそこまで時間はかからない。これなら体力的にも問題はないはずだ。
「そうだね……この前も言った通り、新しい曲を作るのは体力的にキツイ。だけど、元々作ってたやつのアレンジでいいなら……やってもいいよ」
私からしても、多少の息抜きになる。
ちゃんと考えた上で、隙間時間を縫って作業するだけなら、ゲームをする時間を削るだけでいいので問題ないと結論付けて返答。
「え?ほんと?マジ?やった……やったあああ!!」
かぐやはというと、まさか色好い返事をもらえるとは思っていなかったのか、身振り手振りで大喜びしている。
私のしたことで喜んでくれてるって、疑う余地もなくそう思わせてくれるからこそ、私もこうして何かしようって思える。
またしても、この短き命に思わぬイベント発生だ。
どこまでやれるかは分からないけど、何もせず、何も望まず、何処へも行けない人生にようやく巡ってきたチャンスとも呼べるものを、手放すことはできなかった。
✧・゚: *✧・゚:*
翌日は当初の予定通り休みだったので、朝から昼にかけての隙間時間で早速作業を開始した。
忘れている所は当然多いし、ブランクもあるけど、やってみた感じ手応え的には割とどうにかなりそうだ。
かぐやは、体調のこととか、お金のこととか、ある程度大事なことには気を遣ってくれるけど、それ以外の事に関しては本当にぐいぐい来る。
いつの間にかチャンネル名が『かぐや・いろP』に変わってるし、かぐやに言質を取らせることの危険性を再認識する。
それを嫌だと思っていない私も大概だが……
思考の渦に身を投じて黙々と作業していると、不意に美味しい匂いがし始める。かぐやがランチを作り終えて、盛り付けをしている。そろそろ昼か、なんて思っているとある事を思い出す。
――そういや、お兄ちゃん昼頃に来るって言ってたな。
昨日したメッセージでのやり取りを思い出し、ふと時計を見るとちょうど十二時半を示している。スマホを見ると『もうそろそろ着く』とメッセージが届いている。
そうした時、不意に、ポローンとインターホンが鳴った。
「噂をすれば、いやしてないけど……かぐや、出て。私の知り合い」
「ほいほーい」
エプロン姿のままかぐやが玄関口を開ける。
するとそこから顔を見せたのは、黒髪でそこそこ長身の青年だ。青年はかぐやを見て目を丸める。対するかぐやも訝し気な顔をした。
「え……だ、誰!?」
「いや、それはこっちのセリフ……いや、待てよ。この顔、どこかで……」
なんてやり取りを玄関口で繰り広げている。やかましい。
「そこの二人、うるさい。近所の人に迷惑だからさっさと入ってドア閉めて」
吐き捨てるように言い放つと、二人は顔を見合わせ、青年は眉をひそめ、かぐやは警戒心をあらわにしながら部屋に上がった。
私はそれを横目に見ながら作業の進捗を保存して、イヤホンを外した。
かぐやは瞬刻、私に詰め寄ってきた。
「彩葉、この人だれ!かぐや知ってるよ!こういうのって……」
「私のお兄ちゃん」
「そうそう、お兄ちゃん―――って、え?兄?」
かぐやは口をあんぐりと開けて青年こと、私の実の兄である酒寄朝日を見た。
兄は肩をすくめて見せ、私はため息をつく。こんな事なら事前に言っておけば良かったと後悔したが、さっきまで来るって言うことすら忘れていたし、既に後の祭りだ。
「んで、彩葉。この子は?」
本当に面倒なのは、かぐやについてどう説明するか。
事実をそのまま言っても信じてもらえないだろうし、最悪病院に強制連行されかねない。だからといって、そんなすぐに巧い言い訳が思い浮かぶほど都合の良い頭もしていない。
「んー……築地の、従妹?」
「酒寄家に築地の従妹はいねえよ」
面倒だな。
そう思いながら、私は言い訳を頭の中で考えた。
結局、かぐやの事は家出中の友達だと説明した。
それ以上のことは彼女のプライベートに関わるからと言えば、兄も安易には追及できないし、元々あれ以降私のやることに強くは言えない人だ。ちょっと卑怯なやり方だけど、これくらいは許して欲しい。
「てかこの子、こないだヤチヨちゃんのライブで『優勝するぞー!』って叫んでた子だろ。すげ、ほぼアバターとまんまじゃん」
「あんまじろじろ見んな。それと、かぐやは”この子”じゃない!ちゃんとかぐやっていう、彩葉が付けてくれた大事な名前があんの!」
「ごめんごめん。かぐやちゃんね……ん?彩葉が、付けた?」
頼むから余計なことは言わないで欲しい。
それにしても、かぐやは何故こんなに噛みついているのだろう。兄がブラックオニキスの帝アキラだっていうのは知らないはずだし、だとしたら人懐っこいかぐやがここまでグルグルと唸っているのは違和感がある。
「お兄ちゃん、かぐやの冗談を真に受けないで。大体、詮索する為に来た訳じゃないでしょ。ご飯冷めちゃうし、話は食べながらしよ」
「……それもそうか。そんじゃ、いただきます」
三人分の食事が置かれた卓。
私達は手を合わせると、それらを食べ始める。いつも通り、かぐやの料理はとても美味しい。日を追うごとにレパートリーが増えて、食費を節約してもらっても尚美味しいのだ。
どうやらそれは兄のお眼鏡にも叶ったらしい。
「おお!これはなかなか……彩葉が作ったのか?」
「ううん、かぐやだよ」
そう言うと、かぐやは得意気に胸を張る。
「へぇ、凄いな、かぐやちゃん。なるほどぉ、この料理で彩葉の心を掴んだってわけか?」
「ま、まあね!かぐやちゃん、天才ですから!彩葉だってもうかぐやの手料理無しが生けてないんだよ!」
それは言い過ぎ……なのかな。
想像してみよう。かぐやの手料理がない生活とは、勿論かぐやがこの家に来る前の事である。今更あの状態に戻るなんて、私は許容できるのだろうか。
だが、いつかは受け入れなければならない。
かぐやは地球の人間じゃない。いつかは月に帰る。仮にそうじゃなくても、残りの命が後二年持つか分からないような私の所に、いつまでも置いとく訳にはいかないだろう。
然るべきところへ、然るべき形をもって、送り出す日は必ず訪れる。
何より、かぐやをこのままここに縛り付けておくことは、私自身が許せない。
「……そうかもね」
その上で、私はこう答えた。
かぐやの前で、嘘はつけない。
彼女が嘘をつかないのに、私が嘘をついたらそれはフェアじゃないからだ。なんて、隠し事をしてる私が言うのもあれだけど……
「俺としては安心だけどな。どんな形であっても、あの彩葉がちゃんとそういう子と巡り会って、友達になれたっていうのは、お兄ちゃんとしては素直に嬉しい」
兄は優しい目を私とかぐやに向けてそう言った。
彼が私に対してそう言うことの意味を、私は理解している。
兄は、一週間に一度、こうして私の様子を見に来る。病気の妹が心配なのだろう。この前だって、食生活を疎かにしていた事を怒られたし、それ以外にも色々あった。
その心配と優しさは、理解している。兄が上京して私を一人にしたことを悔やんでいるのは知っているし、今更それを拒絶するような事もしたくはない。
私は、兄を恨んでいる訳でも、嫌いになった訳でもないのだ。
ただし、私達の間にある大きな溝が、完全に修復されたのかというと否で、距離感を測りかねているのも事実なんだ。
「それで、体の方は大丈夫なんか?」
聞かれて、私はかぐやを一瞥してから答える。
「うん。最近は結構調子いいんだ。かぐやのお陰でご飯、ちゃんと食べるようになったし……」
当たり障りない返事をして、兄を見つめ返すと、兄はそれで何か察した風にかぐやを見て、目線をテーブルに落とした。
「そうか。ならいい。彩葉が健康なら、それ以上に大事なことなんてないんやからな」
故郷の言葉遣いで優しい言葉をかけてくれる兄。
かぐやという存在に違和感を覚えながらも、私の為だからと深く追求しないでいてくれる。この前よりずっと散らかった部屋も、何もかも、今この場では何も見てないように接してくれる。
その気遣いを、ありがたいと思うと同時に、痛くも感じるのだ。
昼食を食べ終わると、兄は立ち上がって踵を返した。
「妹の無事も確認できた事だし、それじゃあ俺はそろそろお暇するわ。あんまり仲いい二人の邪魔もしたくないしな?」
私と、かぐや。
この関係性は、この人に一体どういう風に見えているのだろう。少なくとも、悪い物ではないと思うけれど、いまいち実感が持てないのも事実だ。
それに、気を遣わせてばかりで、私はまだ話すべき事を話せていない。
このままではダメだ。
「……そこまで送ってく。かぐや、ちょっと留守番お願いね」
「え?あぁ、うん。いってらっしゃい」
洗い物をしているかぐやを横目に、私は兄と一緒に家を出た。




















現状は大きく変わらないけど、このまま彩葉の生活が色づいていくといいなぁ かぐやファイト!