「い〜ろは! 今日の配信も楽しかったね!」
オタクたちにおつかれを言ってから配信を切り、ヘッドフォンとスマコンを外してから隣に座る彩葉に抱きつく。
「わっ! もう……急に抱きつかないでよ」
彩葉はそう言うが、満更でもなさそうな顔で抱きしめ返してくれる。彩葉の温もりが私に伝わり、私の温もりもまた彩葉へと伝わる。優しい花の柔軟剤とその奥から香る落ち着く彩葉の匂い。彩葉という存在に包まれて、私は幸せを享受する。
「明日はなにしよっかな~!」
一旦彩葉から離れて配信の片付けをしながらそう言う。
「マグロ1匹捌いてみた! とかどうかな!?」
いつもなら呆れた声で「マグロはどうするのよ」とか言うはずなのに、隣にいる彩葉からは何の返答もない。
仮に無意識だとしても返事をもらえなかったという事実に少しムッとして、彩葉の方に向き直る。
「いろは~無視しないでよ~」
声を発した瞬間、違和感に気付く。今しがた自分の口から発したはずの声が聞こえなかったのだ。それに、夜とはいえ周りがやけに静かだった。まるで、一切の音が消えてしまったかのように。
これは……聴覚機能の障害?
目の前の彩葉も私の異変に気が付いたようで、慌てた様子で必死に何かを語りかけてくる。私はその言葉の一音さえも聞き取ることが出来ない。
大好きな彩葉の声が聞こえない。その事実に恐怖を感じ、助けを求めるように手を伸ばそうとする。だが、体が動かない。自分の意思で体を動かすことが出来なかった。
「――! ――!」
彩葉は何かを叫びながら、私を抱きしめてくれる。でも、さっきは感じた匂いも温もりも何一つ感じることが出来ない。
それでも、目の前に見える彩葉の姿を頼りに、恐怖を抑え込もうとした。なのに、世界は私から光すらも取り上げる。
彩葉の姿が、声が、匂いが、温もりが、何もかもが私の世界から消える。私は何も無い世界で一人にされた。
この世界を私は知っている。8000年前に経験したことがある。まだFUSHIの中に意識が入る前、もと光る竹の中に閉じ込められていた時と同じだ。
何も見えない。
怖い。
何も聞こえない。
怖い。
何も……感じない。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
『たすけて……彩葉……』
最愛の人に助けを求めるその声すら、形にはならなかった。
どれだけの時が経ったのだろう。永遠に続くかと思えたこの世界に、音が聞こえてきた。何度も歌った、何度も思い出した、彩葉が私を思って作ってくれた大切な歌。
『この一瞬を最高のパーティーにしよう』
聞き間違えるはずのない、彩葉の声だ。声のする方へ向かって必死に手を伸ばす。伸ばした手は柔らかく温かい手に包まれる。見なくても分かる、彩葉の手だ。その手に導かれるようにして、私は目を開ける。久しぶりの光はとても眩しく感じたが、そんなことは気にならない。目の前に彩葉がいるのだ。
「かぐや……。かぐや……!」
私が目を覚ましたことを認識した彩葉が、縋るような勢いで抱きついてくる。
「いろ……は……。いろは……!」
私も彩葉の名前を呼んで抱きしめ返す。痛いぐらいに抱きしめ合うその感触が、これが夢でも幻でもないことを証明してくれる。
「ごめん……! ごめんね、かぐや……! 私のせいで……!」
彩葉は私の体の不調に負い目を感じているようで、大粒の涙を溢しながら謝罪の言葉を口にする。
よく見ると彩葉はボロボロだった。目の下には酷い隈を作り、髪や肌も荒れてガサガサだ。もしかしたら、まともに食事も摂っていないかもしれない。
「彩葉……大丈夫だよ。落ち着いて」
心身ともにボロボロの状態で謝罪の言葉を繰り返す彩葉をなだめるように、やさしく背中をなでながら語りかける。
「彩葉が絶対助けてくれるって信じてたから、ぜんぜん怖くなかったよ。8000年に比べたら一瞬だった。だから泣かないで?」
「うん……うぅ……」
赤子をあやすように彩葉をなだめるが、なかなか泣き止まない。
「も~。これだとどっちが助けられた側か分かんないよ?」
出来るだけ明るく、いつも通りの私で話す。
「だって……! 義体から意識も取り出せなかったし、かぐやからの応答もなかったから……! もう会えないんじゃないかって……!」
「うん……反応出来なくてごめんね。でももう大丈夫。彩葉に助けてもらったから、これからもずっとそばにいるよ」
弱りきった彩葉を連れて、研究室に備え付けられているベッドに向かう。
「彩葉、ぜんぜん寝てないでしょ。ちゃんと寝なきゃダメだよ」
「かぐやが居ないのに、眠れるわけないでしょ……」
一睡もせずに私のことを直してくれたのだろう。しっかりと眠って欲しくはあるが、私のことをそれだけ思ってくれているのはうれしい。
「ほら、一緒に寝よう?」
よろよろと歩く彩葉をベッドに寝かせ、私もその隣に寝転がる。一人用のベッドは、二人で眠るには少し狭かったが、そんなことは慣れっこだ。
「おやすみ、彩葉。大好きだよ」
「うん……私も……」
私たちはお互いの温もりに包まれて、深い眠りに落ちていった。






















