前作を読み終えており、かつ、なんでも良い人向け。
ふわっと読んで下さい。
「おそろっちだね♡」
「は?」
「ペアルック……だね♡」
「は?」
マッド・アイ・ムーディことアラスター・ムーディは真顔だった。
眼帯をした右目を指差しながら調子のいい笑みを浮かべる眼前の男を義眼をわざわざ動かしてまで見て、深々と溜息をつき、頭をしばく。
「痛い」
「貴様はいつか刺されるぞ」
「もう刺されてんだよね」
「尚更、反省しろ」
ここはブラック家。不死鳥の騎士団本部であり、騎士団員という名の正義のチンピラ達の溜まり場でもある。
チンピラ筆頭ジェームズ・ポッターは座り心地の良い豪奢なソファーに我が物顔で深く腰掛けていた。勝手に病院を抜け出したことを医者にブチブチにブチギレられて、「絶! 対! 安! 静!」と顔に青筋を浮かべて命じられ、今は自宅療養中であった。自宅じゃないけど。
ジェームズはアラスターの義眼を人差し指でつついた。
「いいな〜これ僕も欲しいな〜。本格的におそろっちにしようよ」
「作り手を紹介してやる。が、お前にこの義眼は必要ない」
「何で?」
「向き不向きがある」
アラスターはふんと鼻を鳴らした。
彼の義眼は透視の魔道具だ。義眼内部に込められた複雑な回路が眼帯の裏に縫い付けられた陣を通して脳神経系にぎちぎちと周囲の魔力反応を送り込む。それを稼働させているのはアラスターの微細な魔力コントロールであり、送られてきた情報を処理し切る頭の回転の速さであり、あとは慣れとセンスだ。
魔術具がその真価を発揮出来るかどうかは、使い手の技量に依存する。
ジェームズは技量の点では問題ないだろうが、問題ないからこそ彼に透視は不必要だ。
「お前は、これに意識を割くよりも、魔法の連打で押し切るほうが早い」
「ゴリ押しってこと?」
「そうなるな」
アラスターがこの義眼を使っているのは、義足と老体故の鈍重さをフォローするためというのが大きい。一秒の遅れが戦場では命取りだ。義足によって遅れる一秒を、義眼によって一手早く敵の存在を感知することで相殺する。
そういう訳だから、病み上がりとはいえまだ若々しく四肢の揃ったジェームズであれば、透視するよりゴリ押し猪突猛進スタイルのほうが速いし強い。無理に義眼へ能力のリソースを割り振っては逆効果だ。
「でも、ある程度の補助は欲しいんだよね。やっぱ急に片目が見えないとなると心許なくって」
「仕方ない。これの作り手を紹介してやる」
「やったね」
「戦場では何もかも先手を打ったほうが有利になる」
「おお、急にどうしたの」
「早いほうが良いということだ。今日行くぞ」
「せかせかしてんなあ」
アラスターは相変わらず常在戦場の男であった。
ジェームズは目を細める。
「さあ、まずは金を下ろしにいくぞ」
「それいくらすんの?」
アラスターは金額を告げた。家がひとつ立つ額だった。
「やば」
「お前なら十分払えるだろう」
「払えるけどリリーに何も言わんと買える額じゃなかった」
「嫁御が怖いか」
「いや……実はこないだ泣かせちゃってね」
「だろうな」
「そんとき若干ヤンデレちゃってね」
「や……?」
「行動を逐一報告することになった」
「そうか」
「だから許可取ってからデート行こうね」
「デートではないがいいだろう」
アラスターは頷いた。ヤンデレが何かは分からないが、ジェームズという男は暴れ馬である。リリーが手綱を握っておくなら多少安心だった。彼女も大分振り落とされ気味ではあるが。
「あまり心配かけるなよ」
「わかってる」
そうは言うが、ジェームズのいう「分かっている」は理解であり承諾ではない。
彼は自分と同類だと、アラスターは知っていた。目も足も、きっと腕すら失っても、首だけで喰らいつく。只、目的は違う。アラスターは仲間を殺した死喰い人たちを殺す。ジェームズはこれ以上殺しをさせないように止める。
自分がもう少し若ければ、この男の周囲を焼き尽くすような愛に巻き込まれて、焦げついた心を持て余すこともあったのかもしれない。と、アラスターは一瞬思ったが、しかし今となっては関係ないことだった。思想は交わらない。アラスターは死喰い人が、それに与する者たちが、憎い。信用できない。同時に、それらも平等に愛するジェームズのことを仲間だと思っている。
思想は交わらなくとも仲間でいることは出来る。それだけだ。
「……こんなことで揃いになどなりたくなかった」
ふとアラスターは言った。
仲間が傷つくのは見ていられない。いつでもそうだ。若者が傷つき、やがて死にゆくのを、歯を食いしばってアラスターは憎む。憎悪が揺らめき、死喰い人たちへの殺意が煮え滾る。
ジェームズはへらへらと笑った。
「足、よりは手かな。どっちか駄目になったら、いい義肢の店教えてね」
……ああ……見ていられない。
アラスターは目を閉じたが、瞼の無い義眼は男の笑みを捕らえて彼の脳に流し込んだ。軽薄な笑みだった。見るもの全ての網膜に焼き付くような笑みだった。
✱
自分にそっくりな見た目の父親が、色んな人に湿度の高い眼差しを向けられていたとき、どうしたら良いんだろうか。ハリーは未だ答えを見つけられていない。
ハリーは幼い頃から父親と重ねられてそれなりの苦労をしてきた。生き残った男の子として勝手に期待をかけられ、勝手に幻滅される。しかし、彼も4年生となればその辺の割り切りも上手くなってきた。ちなみに死にかけるのには全然慣れない。死ぬまで慣れないと思う。つまり一生ということだ。
そんな風に慣れない死線をくぐり抜けたら父親が助けに来てくれたハリーであるが、いい機会だし、周りの人の湿度に関して本人に聞いてみるか、と考えた。
藪蛇とかは知らない。
鬼が出ようが蛇が出ようがいい。気になるもんは気になる。
ハリーは好奇心に負けた。グリフィンドールって……。
「父さんって学生時代どんなだった?」
ブラック家のソファでのんべんだらりと寝転がっていたジェームズに取り敢えず話題を振ってみると、彼は歯を見せて笑った。もぞもぞと起き上がり、姿勢を正す。
この男、ハリー相手だと少しばかり真面目具合が上がるのだった。
「優等生だったよ」
「絶対嘘だ」
「ホントだよ〜。僕、首席だったもの」
「……」
「え、何だその目は……そんなに疑わないでも……」
ハリーは疑っているのではなく、事実だとしても冗談みたいな話だな、と思っているのである。
昏睡状態から目覚めて早々にリリーにスライディング土下座をかましていた父親が首席とは、なんというか、腑に落ちないというか。ちなみにハリーは土下座を知らなかったが、リリー達は知っていた。学生時代に何度か見たし説明もされたらしい。土下座するようなことが学生時代もあったのか。そうですか。
ハリーは初めて見た土下座が父親のものとなった。本当に最悪。
天才って皆こうなの?
「じゃあ、スネイプと仲悪かった?」
「え、何で? めっちゃ仲良ぴだよ」
絶対嘘だろ、とハリーは思った。
「あいつ死ぬほど性格悪いし僕のこといびってくる」
「悪いやつだなあ。今度言っとくよ」
「それに……シリウスは、セブルスが父さんを殺そうとしたんだって言ってた。それで父さん、ああなったって」
「マジか。今度説明しとかないとな」
ジェームズは、隠すことでもないし全部言っちゃお、と思った。
この時点でセブルスの激重感情が騎士団の面々に晒されることが決定した。哀れセブルス。R.I.P.
「ピーター・ペティグリューとは?」
「仲良し……だったと思ってたんだけど」
色々と世話を焼いた。彼の母親を保護できるよう手を回したが、結局裏切られてしまった辺り、それだけじゃ駄目だったのだろう。
「まあ、なんだ。足りなかったんだろうね」
「……そう、かな」
ジェームズが酷く寂しそうな顔をするので、言いたいことはあれどハリーは一度黙った。
「母さんのことはいつから好きだったの?」
「出会った時から。一目惚れだったよ」
「どこが好きだったの」
「顔」
「おお……」
一瞬ひでえなこの父親、とハリーは思ったが、その後すぐ、いやこれは確かに僕の父親だな、と考え直す。中身も大事だが見た目は大事。
「初対面から口説き続けてたんだけど、見てると頭もいいし正義感あって笑顔が可愛くて」
「あ、もういいもういい」
「僕が怪我したら心配してくれて優しいし、たまに暴走しがちだけど」
「それ絶対父さんに言われたくないと思う」
「あとは、きみに会いたくて」
ジェームズはそっとハリーの頬に手を伸ばした。
「……どういう意味?」
問いかけるも、ジェームズは答えず、笑うばかりだ。
「きみが大事だって話!」
「そんなの、わかってるよ。でも……」
「どうしたの?」
「僕は父さんみたいになれない」
ハリーはしゅんと肩を落とした。
ハリーが生き残ったのは父が愛の護りを施したから、それを聞かされたとき、ハリーは頚椎に氷を当てられたような心地になった。僕が生き残るべきじゃなかったのではないか。本当に生き残るべきは父だったのではないか。
勿論、周囲の人間は「あなたが生きていることが嬉しい」と言った。しかし、ハリーもそう簡単に飲み込めたわけではない。何年もかけて、ゆっくりと噛み砕き、未だ飲み下すことが出来ないまま、生きている。
「どうして僕を守ったの?」
ずっと燻っていた疑問をぶつけると、ジェームズは今度は答えてくれた。
「きみが何より大事だからだよ。きみは……僕の英雄だから」
「え、っと」
「きみのためなら僕は何だって出来るんだよ」
「ええ?」
いまいちよく分からないままハリーは首を傾げた。
ジェームズの左目には、きょとんとしたハリーの顔が映っている。ピカピカの眼鏡に肌艶のいい顔、愛されて育ってきたハリーの顔が。
✱
ダンブルドアとジェームズは相性がいい。
それはもういい。大方の目的も一致しており、にっこにこで握手する仲である。ふたりとも賢い上に人の思考を察することに長けるので、お互い動きやすいことこの上ない。
只、ダンブルドアが大勢のために切り捨てた人間を、ジェームズは全力で救いにいく。これをダンブルドアは憂いていた。いつかこの優秀な若者、その辺の誰か庇って死ぬんじゃないかしら。
とか思っていたらガチでやりやがったので、ダンブルドアは本気で寝込みそうになった。
有能な駒だ。しかしダンブルドアは猫にも杓子にも駒にも感情移入する男だった。
感受性豊かな爺なのだ。
というわけでジェームズという駒に情が湧きまくっていたダンブルドアは、彼が目覚めてから暫くして、彼を騎士団から追い出すことに決めた。勿論、諸々の打算も込みであるが。
「え!? パーティー追放!? この僕がですか!?」
「ホッホッホ。クビじゃよ」
「この僕がですか!?」
ジェームズ・ポッターは不死鳥の騎士団をクビになった。
36歳無職、爆誕。
「儂は何も冗談で言ってるのではないんじゃよ」
「そんな……じゃあ一体なぜ」
ダンブルドアは半月の眼鏡をきらりと光らせた。
「誰にも縛られるでない。好きにやりなさい」
ジェームズは目を見開き、ちょっと笑った。
不死鳥の騎士団はダンブルドアの部下だ。ダンブルドアがそれを望まずとも、いくら対等だと主張しても、そういうことになる。報告は全てダンブルドアのところへ行くし、ダンブルドアの名に騎士団は従う。
ジェームズは元死喰い人との交流を諦めないだろう。ハリーを人身御供にはしないだろう。
それを止めようとは思わない。しかし、死喰い人に家族を殺された者たちは騎士団に縋り、ダンブルドアに救済を求める。立場上ダンブルドアはジェームズを諌めざるを得ない。
だからもう、放逐した。
好きにやんなさい、部下じゃないなら報告義務も命令に従う義務もないからね、ということ。
その意味を正しく理解して、ジェームズは困ったように笑った。
「分かりました。好きにします」
「無理はするでないぞ」
「はい!」
ダンブルドアは知っていた。この男の元気な返事は大抵が嘘であると。
ダンブルドアは知らなかった。この男の好き放題のイカレ具合を。
絶対安静と医者に言われていた筈の彼が戦争真っ只中の神秘部にカチコミをかけるのは、もう少し後の話。
✱
「大変申し訳ございませんでした」
土下座、再び。
騎士団はクビになったのでポッター家に戻ってきたジェームズだが、久し振りの生家に懐かしさを覚える間もなく指名手配中の一人を除くマローダーズの仲間たちが急襲してきた。
黒犬と狼は魔法試合の後始末やら帝王の痕跡探しやら何やらかんやらで三日くらいまともな睡眠を取っていなかった。しかしそれも一段落して、じゃあまずは丸腰で帝王に特攻しやがった友人に説教せねばならんとやってきた訳だ。
完全にカチキレている。
ジェームズはもう平身低頭、そのうち土下寝に移行するんじゃないかという具合のひれ伏しっぷりだった。本気のビビりであった。怒らせると怖い男ナンバーワンとして名高い、かのリーマス・ルーピン氏が激おこぷんぷん丸だったからである。
「ははは。その謝罪意味ある?」
リーマスは低い声で言った。ほらも〜ヤバい。空笑いの声すら唸るようで、目は全く笑っていなかった。目の奥には深淵。覗きたくねえ。
「いや……違くて……僕も必死で……」
「え?笑」
「はわわ」
怖い怖い怖い。
「私はね、ジェームズ。何で目覚めた時点で私達に連絡しなかったのか、それが知りたいんだよね」
「だって止めるじゃん」
「止めるよ。止めたうえで話を聞いた。きみがハリーとディゴリーくんを助けたのは事実だ。でも別に……きみじゃなくても良かった」
「はい」
「何で頼ってくれないの」
リーマスは屈んで、ジェームズの顔をじっと見た。
ジェームズは何事か言おうと口を開けて、やめた。そのまま小首を傾げて微笑む。
「……」
「ああ、そう。私達など信頼に値しないと、そう言いたいわけだ」
「えーっ。そんな事ないよリーマス。見捨てないで〜」
「もう結構!」
「わかった、次から何かあったらきみ達に相談するから。ちゃんとするから。報・連・相するから」
「ハリーに誓うか?」
「ハリーに誓う」
「……そう」 リーマスは不承不承頷いた。 「私は取り敢えず納得してあげる」
「リーマス……」
「でもシリウスが許すかな!?」
「リーマス……!?」
リーマスの後ろから真顔の美形が顔を出した。顔がいいだけに圧が強い。ジェームズのいない間に髪が伸び、髭も生やし、少し窶れた伊達男・シリウスは、氷点下の圧と痙攣する口元を引っ提げてジェームズの前にゆらりと立った。殺し屋の目をしている。
これは終わったかもしれん……とジェームズはじりじり後ずさったが、ぐっと胸ぐらを掴まれた。逃げられない。
「キサマはナースコールも押せないほど寝ぼけていたのか」
「違うんです! 違うんです!」
「梟も飛ばせなかったか? 看護師に声をかけようとは思わなかったか?」
「違っ焦ってて僕も本当に」
「その手段が思い浮かばなかったか聞いてんだよ」
「おも……い浮かんだか思い浮かばなかったかで言ったらまあ浮かんだんだけど」
「っぱ意図的に起きたの隠してたな!?」
「だって起きたのバレたら精密検査じゃん! それどころじゃなかった、息子とその友達の一大事なのに」
「てめえの頭が一大事なんだよ」
「誰の脳細胞が死にかけだって!?」
「言ってねえよ!! いやそうでもあるが」
「そうでもあるんかい」
そうでもあるのだった。
そもそもジェームズは頭部に外傷を負って昏睡状態に陥ったのであって、魂がどうの愛の護りがどうの、とか言う前に、まず脳の一部を燭台の針が貫通したことが問題なのである。そしてその問題は少々複雑だった。
脳死状態と診断された患者が、人工呼吸器を外す際、脊髄反射で自発的に身体を動かす……ということがある。しばしば、背を反らし腕を曲げたその姿が、祈るような形になることもある。
それは只の肉体の反射で、意志のある行動ではない。
そこに神を見るのはお門違いというものだ。呼吸器を外された患者がかのラザロの如く蘇ったという話はとんと聞かない。
頭が千切れても翔び続ける蜻蛉。半身を潰されてひくひくと蠢く蚯蚓。
死後に起こる肉体の動きはそういう諸々と変わりなく、死んだものは蘇らない。
マグルの社会においては。
ジェームズ・ポッターは右目から右脳を貫かれ、脳の一部を致命的に損傷した。
脳は小宇宙とも称される膨大な生き物の神秘である。現代、ましてやこの時代の魔法界では解明できていないことの方がずっと多い。
ジェームズの昏睡の理由は愛の護りの代償かそれとも脳が破壊された事によるものか、それすら判断がつかないままで、しかし彼は自力で呼吸をしていた。その状態は生きているとは言い難かった。
何も反応がなく、魔力は凪いで、食事を摂らないから点滴で栄養を流し込まれる。
半死半生。最早、起き上がることはないと言われた。
それでも家族や友人の希望もあって、筋肉を衰えさせぬよう、定期的に彼は外部からの魔法による刺激を受けた。
その度に彼は腕を動かす。まるで祈りを捧げるように。
癒者のひとりが気がついた。ジェームズ・ポッターの魔力が変質している。
魔力はどこからやってくるのか。力は血に由来すると言うものもいれば、魂から生み出されるというものもいる。肉体がつくりだすという研究者も多い。魂がひとつ欠け、器が作り変わった彼の魔力が変質するのも道理である。何より脳が欠けた。脳機能の一部が使い物にならなくなり、別人のようになるというのはよく聞く話だ。魔力に影響を及ぼすことも、可能性としては十分ある。
では、変質の後、彼は何になるのか。
何に成ろうとしているのか。
癒者はわからないままに治療を続けた。
ジェームズ・ポッターは祈るように、腕を組み合わせ、そしてゆっくりと変わっていく。
変わりきって彼は目覚めた。
それから、何も変わっていないように、笑う。
そういう訳で、ジェームズの脳、というか全部、わりかし危険な状態だった。
癒者は言った。
『あなたこれからどうなるか分かりませんからね。今なんとかなってるように見えますけど、一見大丈夫そうなだけで全然まずいんですよ。魔力も脳も異常なんです、常と異なると書いて異常! 今何か起こってないのがおかしいくらいなんですよ急に死んでも可笑しくないんですよ。手の震え痙攣その他少しでも違和感があったらすぐ言いなさい、くれぐれも過度な運動ストレスのかかる行為闇の帝王に単騎突撃などはしないように! くれぐれも!!!』
ジェームズは答えた。
『はい!』
そして勿論、この会話を友人と仲間は聞いていた。
「いいな? お前は二度と外に出るな」
「おっと? 雲行きが怪しいぞ」
当然、シリウスは過保護が加速した。
「一緒に暮らそうな……」
「嫌どす……」
「まあお前は逃げるだろうから、手錠とか用意しといたぞ」
「あ〜まずいまずい。いよいよまずい」
「うちの隠し部屋から引っ張り出してきたやつだからいくらお前でも逃げ出せないはずだ」
「それ呪具では」
「俺はな……ずっとお前が目覚めるのを待ってたんだよ……」
「ねえ病院に椅子、つーかほぼソファ、持ち込んだのシリウス?」
「なのにお前は俺のいない時に限って目覚めて……俺の目の前で気絶するし……」
「僕の担当の癒者が、シリウスは担当看護師のこと色仕掛けで誑かして忍び込んだり治療に立ち会ったりしてましたよ、って言ってたんだけどマジ?」
「大人しく俺に保護されろ」
「それ監禁って言うんだよね」
「見解の相違ってやつだな」
シリウスは頷くと、ジェームズの首に腕を回し、拘束した。そのままポッター邸の大きな暖炉まで引き摺っていこうとする。
「お家に帰ろうな」
「困ります! 困りますお客様!」 ジェームズはじたばた藻掻いた。 「くそっ、僕がボケでシリウスがツッコミだったはずなのに……僕にツッコミをさせるな……!」
「あ、きみボケの自覚あったんだ」
リーマスは壁に寄りかかって、シリウスとジェームズの攻防を眺めつつ言った。
「シリウスやめろ! 僕に監禁生活は耐えられない!」
「軟禁くらいにしてやるから」
「嫌だーッ! 僕は動いてなきゃ死ぬ!」
「マグロじゃないか」
「休めお前は。じゃ、行くぞ」
「話せばわかる! 話せばわかる!」
「それ言ったやつ殺されてんだよな。ほら行くぞ」
「シリウスが全然僕の言うことを聞かない……一体誰が彼をこんな風にしてしまったんだ」
「鏡とか貸そうか?」
リーマスは言った。
ジェームズはそれに反応する余裕もなく、全力で床に足を突っ張っている。
「……なあ、今のお前は……弱くなった」 シリウスは言う。
「えっ何? 喧嘩?」
「してもいいぜ。お前は勝てない」
「わかんないだろ、そんなの」
「いいや、わかるさ」 シリウスはかぶりを振って、ジェームズの首を押さえつけた。 「ほらな。逃げられない」
「っぐ……」
「お前、痩せたよ」
暖炉の煉瓦にジェームズの身体を押し付ける。藻掻く様を見下ろす。
魔法は万能ではない。眠り続けていた彼の身体は確かに痩せ衰え、腕は骨ばって、頬は僅かにこけていた。
シリウスは歯噛みする。
彼が弱ったその原因が憎かった。そこに居合わせなかった自分が憎かった。
誰も憎まない彼が憎かった。
なあ、ジェームズ。死にかけた時、何を思った? 後悔はあったか。恐怖はあったか。家族の顔を想起したか。仲間の心配をして、ハリーに愛を渡し、死に旅立つ覚悟を決めて、それから、ほんの少し、一欠片でもいい、俺のことを思い出したか。
俺ではお前の未練になれなかったか。
シリウスは自嘲気味に笑った。自分は何を、時化たことをごちゃごちゃ考えているのか。
「はは。なあ、振り払えねえだろう」
「シリウス、やりすぎだ」
「止めんな」
「あのさあ……」
リーマスの静止を無視して、シリウスは尚もジェームズの拘束を緩めない。
「お前は俺の見ていないところで死にかけて、知らないところで生き返った」
「……けほっ、し……。シリウス、」
「なあ。だから大人しくしていてくれよ。見える所にずっと居てくれ。俺はもう耐えられない、蚊帳の外は、うんざりだ!」
「……ご、めん」
「何が」
「ちょっと蹴るねっ……!」
「ア!?」
痩せて骨ばった膝がシリウスの鳩尾に見事に入った。
シリウスは崩れ落ちた。
「ッォあ”てめえ馬鹿ッ」
「ぜーっ、ぜーっ、だから先に謝ったじゃん……ゲホッごほオエ」
「二人とも、吐くならトイレで吐いてね」
「吐かない……」
「吐かねえよ」
「あ。そう」 気のない返事をして、リーマスは屈み込んだ。ジェームズの顔を覗き込む。 「あれ。意外と落ち込んでる?」
ジェームズは咳を繰り返し、俯いたまま肩を上下させた。
「いや……何か。ちょっと思ってたより、こう」
「なに」
「愛されてるなって思って感動した」
「え……今……? 殴るよ……?」
「いやあ、愛されてる自覚はあったんだけど、その、いざ、ちょけられない感じの重みを実感するとなんか、気が引けるっていうか」
「一回本当に殴ろうぜ。抑えといてくれムーニー」
「任して」
「え。待って下さい。待っ、ちょっ、ギャーーーッ」
成人男性の本気パンチをもろ腹に喰らい、病み上がりのジェームズは床に吐いた。後片付けは塵を見る目のリリー(ずっと居たし、ずっと塵を見る目をしていた)が魔法でサッと行ってくれた。優しい妻にジェームズはもっと感謝したほうが良い。
うう気持ち悪い、と四つん這いでえずくジェームズに、シリウスは諦めたように笑った。
籠に閉じ込めるような真似、出来るとは最初から思っていない。
彼は自由人で、誰のものにもならない。彼を所有できるとしたら、リリーか、ハリーか、それくらいだし、それだって怪しい。家族ですら彼の死を見届けることが出来るかわからない。
「それでも、俺を」 シリウスは何時になく子供っぽい声で言った。 「お前の死に目に合わせてくれよ」
「なんだい、それ。人間いつ死ぬかなんて分からないだろ」
ジェームズはきょとんと首を傾げた。リリーとリーマスが後ろの方で呆れたように顔を見合わせ、溜息をついた。























良良良良良良良良! 脳焼きジェームズも激重周囲も好き。天才。