※注意※
史実の人物成り代わり夢です。
オリ主は死にます。
男主です。
捏造オリジナル要素多めです。
全て個人の妄想です。
解釈によってはキャラ崩壊をしている可能性があります。
サイトに投稿していたものです。
ご注意ください。
水底の蒼
遠い日に夢を見たのは、思うままに生きてみたいということだ。
ハウェル・デイヴィスという名前は、母が付けた。父の乗る船に拾われたどこの誰ともつかない俺を、何故か両親は気に入ったようで、そのまま養子となった。両親には感謝をしてもしきれない。俺を本当の息子のように扱って、金をかけて育ててくれた。
俺はその恩に報いなければと、自然と思った。だから父のあとを追うように船乗りになり、そうしていくつも海を渡った。
海は好きだった。心配性な母なんかは、俺が海や水にトラウマを抱えてしまっているのではないかなんて、心配していたがそんなことは全くない。海が好きだ。海上にいると、むしろ陸にいる頃よりも気が休まるくらいには、俺は海を気に入っていた。
猫を撫でる手つきが思いの外、優しくて目を瞠る。
そんな前髪越しの視線に気が付いたのか、バーソロミューは俺へと笑いかけてきた。
「デイヴィス船長も撫でるかい?随分と大人しい子のようだ」
「いや……俺、猫は苦手なんだ」
「おや、そうなのか。貴方にも苦手なものがあるのだね……少し意外だな」
必要物資の調達のために、ある島に停泊していた。周辺にいい感じの船がなかったという海賊としては少々、情けない理由である。あればそこで略奪なりをして賄っていただろう。新たに船員が増えたというのにこんなところで足止めとは幸先の悪い。しかも、暇つぶしに女でも買おうかと船を降りたら降りたで、雨に降られてしまって、こうして寂れた酒場で足止めを食っている。おまけにばったり出会ったバーソロミューも一緒である。こいつも何か用事があったのだろうに運がない奴だ。
当の新人バーソロミューはとくに気にした風もなくマイペースに猫を撫でている。黒いぶち猫の頭を日に焼けた褐色の手のひらが何度も行き来する。年相応に大きな、男らしい手だ。日に焼けているところもポイントが高い。
自分の手を見る。言ってしまえば身長もだが、俺の外見は子供のころからほとんど変化をしていなかった。もう30も近い年齢になるが、今でも稀に子供と間違われる。誰かを羨ましい、と思うのは久しぶりだ。落ち込んでいる自分に気が付いて、ため息が漏れる。やはり陸は駄目だ。気分が落ち込むのは楽しくない。グラスになみなみと注がれた酒をあおる。
「船長? もう行ってしまうのかな」
「船に戻る」
「あー、もう少し貴方と話をしたかったのだが……なら仕方がない」
「話? 俺とか?」
椅子から立ち上がると、バーソロミューの猫を撫でる手が止まった。猫から顔を上げると、目を左右に泳がせて、あーだ、うーだと唸り声を出し始めた。船員の話に付き合うのも船長の役目かと、また席につく。
「よし、話そうぜ」
「え、いいのかい?」
「おう」
いい機会だ。船では一人一人に目をかけていられない。とくにバーソロミューは新入りだし、ここらで交流を深めておきたい。しかし、いざこうして向かい合うと、バーソロミューは黙り込んでしまう。不可解な反応に首を傾げる。
「話したいことがあるんじゃないのか?」
「え、いや。その、なんというのかな。話そうとしてみると、思いのほか緊張してしまってね?決してデイヴィス船長と話したいことがないわけではないのだよ」
「ふーん。まあ、この雨が止むまでは待っていてやる」
「ん!んんん……、ありがとう、船長」
そしてまた黙り込む。しかし猫を撫でるのを止めていることや、そわそわと落ち着かない雰囲気が伝わってきていることから、話す気はどうやら十二分にあるらしい。俺はそれをひたすら待った。
「船長は、どうして海賊に?」
「大した理由はねえよ」
「本当かい?他のクルーからは初めは海賊になることを強く拒絶していたと聞いているが」
「はっ、なんだよ。しっかり下調べしてんのか」
バーソロミューの問いかけに、海賊に出会ってしまった瞬間の記憶が、つい昨日の出来事のように脳裏に蘇る。航海士の一人として乗り込んだ船が海賊に襲われた。そうして他の奴は殺されて、海賊になれと脅されて、俺はそれを断った。断ったのにも理由なんて大層なものはない。ただ偉そうに命令をされてむかついた、そんな程度のことだ。それなのに何やら気に入られて、船員やら積荷やらを俺へ託して当時の船長にドロンされてしまったのだからたまらない。初めはただただ腹が立って海賊なんて糞食らえと思っていたのだ。
それが今ではこうして海賊業に勤しんでいるのだから、人生は何が起きるか分からない。テーブルに肘をつく。バーソロミューから顔を背けた。
「まあ、なんだ。初めこそ成り行きだったが、結局は海賊が性に合っていたんだろうな」
「ほう、ほうほう……」
自分の思うように生きるのは愉快で楽しい。そんな生き方を知ってしまったのだから、もう他の生き方は出来ないだろう。それでいい。今の自分は紛れもなく悪なのだろうが、それでも嫌いではない。
バーソロミューに視線を移せば、何か計るような目で俺を見ている。ふーん?そういう目で見るんだ?
「今度はお前の番だ。なんで仲間に入るのを志願したんだ?」
「おや」
「俺にばっかり話させる気か?俺だってお前のことは気になってるんだぜ」
「ふっ、んんん、んん、そうかい。それじゃあ、答えさせてもらおうか」
口元を押さえ、何かに耐えるように体を震わせていた。まあいい。そういう生き物と思うことにする。ひとしきり震え、落ち着くとテーブルの上に指を組んだ。そんな仕草の一つまで絵になる男だ。
「私が貴方の船に乗りたいと思った理由か。そうだね、簡単に簡潔に言ってしまえば、好奇心、と言ったところかな」
「好奇心?」
「そう、私はどうにも秘匿されたものに尋常でない興味を持ってしまう質らしくてね。……隠された宝石を一目でいいから覗いてみたくなってしまったのさ」
「へえ、それは海賊になったら叶うのか?」
「そうなるように努力しているところだよ」
「そんなに気に入った宝石を見るだけで満足できるのかよ、謙虚なんだな」
あんまりらしくない発言で、思わず俺は吹き出してしまった。バーソロミューはきょとんと瞬きをしている。窓から外を見れば、雨はいつの間にか、やんでいた。俺は今度こそ席を立つ。
「欲しいものなら、さっさと奪え。海賊らしくな」
椅子にかけていたコートに袖を通す。入り口の戸に手をかけると、バーソロミューが椅子から立ち上がる音が背後でした。
「船長! あ、」
足を止めて、振り返ろうとしたところで、勢いよく戸が開いた。それから前方から鈍い衝撃。
「あぁーん? んだァ?」
「おっと、失礼」
汚く不潔な海賊ご一行様の登場らしい。思わず噴き出しそうになって、横に避けて道を開けた。しかし。海賊ご一行はじろりと俺を値踏みするように下から上まで睨んできていた。おお、これはよくある奴ですな。
「失礼じゃねえよ、ごらガキ。俺らのキャプテンの一張羅にテメエの汚い鼻水が付いちまってんだろうがァ、この鼻たれが」
「ははは、すまんすまん」
「アァ!? んだその態度は!?」
耐えきれずに笑いながら謝罪をする。案の定、神経を逆なでしたようで、海賊たちは俺の襟をつかむとつばを飛ばしてきた。汚いし、臭い。ひどい臭いだ。ちゃんと風呂に入っているのか?歯は磨いているのか?あまりにも臭すぎる。海賊たちに更に熱がこもり始める。逆に俺は、どんどんと冷めていく。非常に面倒くさい。
「おい、落ち着いてくれよ。何も喧嘩を売りたいわけじゃあないんだ。お互いに不運な事故だったと思って水に流そう」
「んだてめごらぁ」
「ここは広い心で仲良くしようじゃないか」
襟をつかんだままの腕を俺も掴む。ゆっくりと力をこめていって、その腕を襟から離す。皺になってしまうのは嫌だったのだ。
「なあ、君。君も海賊なんだろう? 話をしよう。ゆっくりと、じっくりと。何も悪いようにはしないさ。そうだ、俺の船に来ないか。仲よくしよう。友達になろうじゃないか」
「な、なな、んだ、テメエ」
「……船長、いいかな」
「邪魔するなよ。良いところなんだ」
海賊の船長と顔を近づけ、前髪の隙間から目を合わせる。目の前の海賊は顔中から脂汗を噴き出しはじめ、つんとした臭いが鼻につく。悪臭からの吐き気に耐えていると、バーソロミューの声がかかった。いつの間にか近づいていたようで、すぐ後ろから声がしていた。タイミングが悪く振り返られない。もう少し、というところなのだ。
「デイヴィス船長」
肩に手が置かれた。たぶん、バーソロミューのものだろう。深くため息がもれる。
「なんだよ」
「すまない。我々は急いでいるので、ここで失礼する」
海賊の一人から目を逸らして、バーソロミューを振り返った。にっこりとバーソロミューはお手本のような笑顔を作っており、俺の肩を抱いたまま海賊たちの横をすり抜けていく。海賊たちは、あとを追っては来なかった。
酒場を出ると、バーソロミューの顔から笑顔は消えて、足早に道を歩いて行く。足幅が違うために俺はほとんど走っている。
「おい、おい、ちょっと止まれ。足が、早い」
「おっと、これはすまない。船長」
「お前なあ、歩幅の違いを考えろよな、ったくよ」
「足が長くて申し訳ない」
バーソロミューの足が止まる。肩を抱いていた手もパッと離れた。なんなんだよ…。走ったことで乱れた着衣を整える。バーソロミューはそっぽを向いてしまっている。海が近づくと、停泊するキングジェームズ号が見えた。
「貴方はあまり喧嘩をしないのだね」
「喧嘩にもならねえだろ、あんなの相手じゃ。そんなの楽しくねえよ」
「……これまた意外だね。今日は貴方の意外な一面ばかり知れている気がするよ」
「そうかい。よかったな」
背中を向けられているが、なんとなくバーソロミューが笑っている気がした。満足しているならいいんじゃないのか。俺には結局、バーソロミューがよく分からない奴だということしか分からなかったけれど。もう少し話をしたら分かるだろうか?
「そういえば、さっき何か言いかけていなかったか、お前」
「んっ!……いや、それは……なんというかな、またさっきのような二人で話す時間を設けて欲しいと、そんなものでね」
「うん、別にいいぜ」
バーソロミューがゆっくりと振り返る。眉が下がり、情けない笑い顔だった。さっきの絵画のような笑顔はどうしたというのだ。しかし喜んでいるというのが伝わってきて、悪い気はしない。自然と俺の頬も緩む。風が吹いて、目が一瞬だけ合った。バーソロミューの目が丸く開かれる。海の色の目をしていた。
「んんん。んん、んんんん。礼を言う。嬉しいよ、船長」
「気にするな。安いもんだ」
何故か、悶え始めたバーソロミューを置いて、先に船に戻ったのだ。いや、だって、時間かかりそうだったし……。
☆
汚い……。我が城、いや船だが、キングジェームズ号を見渡して、その乱雑さに鳥肌が立つ。ある商船を襲って一日、船上でのどんちゃん騒ぎが続いていたのだ。当然、俺もそれに加わっていたし、さっきのさっきまでは気持ちよく酔っていたのだ。急に酔いが醒めて、冷静に船の上を見直してしまった。
正気に戻ってしまったのであまりの汚さにぷつぷつと鳥肌が止まらない。デッキでは今もなお酒盛りが続き、酔っ払いが馬鹿騒ぎをしている。こういう時、酔いの醒めやすい体質が恨めしい。流石に日頃から言い含めているからデッキで吐くような馬鹿はいないが……。もしもいたら海に突き落としている……。
「せんちょ~、なにしてんすかァ~、もっと飲みましょうよ~」
「いや、俺はもういい。あとはお前らで楽しめ」
「えぇ~、いっちゃうんすか?」
「酔いが醒めたら、ちゃんと掃除をしろよ」
「うっす、了解っす、他の奴らにも伝えときまっす」
新たに渡されそうになった酒瓶を突き返し、酔っ払いの輪から離れた。皆、楽しそうだしな……止められないよう……。えうえう…オデはせんちょお、失格だあ……。
「あ? バーソロミュー?」
「おっと、船長か」
自室に向かう途中でばったりと遭遇した。その手には酒瓶が握られているが、開けた形跡はなく、さらにはバーソロミューからも酒の匂いがしなかった。
「なんだ、お前は飲んでないのか。今からでも混ざって来いよ」
「ああ、いや…私はああいう騒がしいのは少し苦手でね。……普段はともかく今はそういう気分じゃないのさ」
「へえ、意外だ……って、なんかこのやりとり、前とは逆だな」
海賊に志願したくせに意外だ、という意味だった。つい先日に似たやりとりを逆の立場でしたことが頭をよぎり、吹き出してしまう。ああ、駄目だ。やはりまだ酔いが残っているのかもしれない。妙にツボが浅くなっている。勝手に頬が緩む。
「んっ、本当だ。っ船長は、もういいのかい」
「ああ、酔いが醒めちまったから部屋に戻るところだ。…そうだ、俺の部屋に来るか」
「えっっっ、なんて??????」
勢いよくバーソロミューが食いついてくる。あまりの勢いに少し引いてしまう。数歩、後退るとバーソロミューも我に返ったのか咳払いを何度かした。
「失礼。まだ飲んではいないのだが、甲板の空気で酔ってしまったのやも」
「お、おお、そうか」
「それで今の、ぉお誘いのことだけれど、本気かな?」
「冗談でそんなこと言わねえつーの。前に話す時間を作るって約束してたしな。丁度いいだろ」
「…ああ、そういう。もちろん! 大歓迎だ! この瞬間を待っていたと言ってもいい!」
一瞬、気落ちしていたように見えたが気のせいだろうか。軽いウインクと一緒にいつも通りの笑顔を浮かべている。喜んでいるようで嬉しいが、なんだかもやりとする。
……? なんだ?
「ふむふむ。船長の部屋に入るのは初めてだ。こんな風なのだね」
「あんま、ジロジロと見るなよ、変態」
「っん、すまない。少し、いやかなり興味があったものでね」
「大したものはねえだろ」
とくに面白みのないありきたりな船長室だ。俺のこれまで乗った船の船長室も似たようなものであったし、とくに改装をしたりもしていないので、ありふれた部屋なはずだ。しかしバーソロミューは何故か興味深そうに部屋中を見渡しては何度も咳き込み、と忙しい。本当に変な奴だ。
棚からグラスを取り出す。ここならば静かだし、騒がしいのが苦手というバーソロミューも落ち着いて飲めるだろ。
「ああ、じゃあ一緒に飲もうか」
「その酒はお前のものだろ、俺はもう飲んでいるんだよ」
「ぜひ、船長と一緒に飲みたい」
「あっそう。なら遠慮なく」
グラスをもう一つ、取り出す。バーソロミューが瓶を開けて二つのグラスに注ぐ。
「うまい」
「ああ、全くだ」
「いいやつ選んだな、お前」
「こう見えて酒にはうるさい男なのだよ」
瓶のラベルを確認する。この近くで手に入るものの中では一番高価なものだった。なるほど、これはあのバカ騒ぎの中では飲みたくないな。静かにじっくりと飲みたいようなそんな味わいだ。美味い酒に気分が良くなる。
「じゃあ、何の話をするかねぇ、俺は別に口がうまい方じゃねえしなぁ。なんか聞きたいこととかあるか?」
「ん、そうだな……。うーむ、あ、あの箱は?」
顎に指を当て、芝居がかった仕草で考え込むバーソロミューはあるものを指した。視線の先には棚に置かれた小箱がある。真っ先にそこに目に行くとはやはり海賊に向いている。
「しゃあねえな、特別に見せてやる」
「大切なものだったかい?」
「まあ、海賊の船長室に置かれた小箱なんて用途は一つだわな」
「なるほど」
鼻歌交じりに棚から小箱を取る。ポケットに入れた鍵を差しこんで小箱を開いた。
「ほう……素晴らしいね」
「へへっ、だろ」
小箱の中には金銀財宝……とまではいかないが、戦果で得た宝石や金貨が行儀よく収まっている。余計な傷がつかないように空間を広めに収納しているため、船長のわりに少ないと、前に見せた娼婦には言われた。厳選に厳選を重ねて、本当に気に入ったものしかここには入れないだけだ。多ければいいというものではない。あとは大体、他の部下に分けている。
「手に取って、見ても構わないかな」
「いいぜ」
「どれもいいものだね」
いつの間にか手袋をして、宝石の一つを取り出すと、バーソロミューは感心したように呟いた。そういえば、船に乗る前には商人をしていたのだったか?ならば目利きにも自信があるのだろう。
「だろう?正直、金貨よりも宝石のほうが俺は好きなんだ。キラキラしていて、きれいでさ」
「ああ、分かるとも」
宝石を元の位置に戻すと、顔を上げたバーソロミューは微笑んでいた。自慢のコレクションが褒められて、俺も嬉しい。ま、こんなものも集めたところで死ねばそれまでなのだが。
「へえ、そうなのか。気が合うな」
「そのようだね、光栄だよ」
「かはは、おだてても何も出ねえぞ。そうだな、俺が死んだらこの宝石を全部やるよ」
「…………は?」
バーソロミューの表情が凍り付き、声も一段、低くなる。何だ、怒ったのか?と思いつつ、気に留めずにグラスをあおる。黄金の液体を一気に飲み干すと、また気持ちのいい酔いが回って来るのが分かる。見ると、バーソロミューのグラスも空いていた。今度は俺が注ぎ入れる。
「うまい!」
「いや、まて。お前、じゃなくて貴方…デイヴィス船長?」
「あんだよ」
「何を突然、不吉なことを言いやが、おっしゃるんです。貴方が死ぬだなんて」
「今更、何を言っているんだね。こんな稼業なんだ。誰が、いつ死んでもおかしくはないさ」
「ええ、そうですけど、だからって、わざわざ酒の席で言うこたねえだろうが」
「はは、いいじゃないか。あの宝石だって君のように価値の分かる男に手にされた方が喜ぶというもの」
バーソロミューも酔いが回って来たのか、口調が変わりだしている。それもまた愉快でたまらない。いやあ、だいぶ酔ってるなぁ!
「……ん?これは?」
「あ、それ。前に停まった島で貰ったんだ。細かいことは知らないが、おまじないの人形らしい。可愛いだろう?」
小箱の中の隅に収まっていた宝石とは趣の異なる存在に気が付いたようだ。刺繍の施された小さな手作りの人形だ。バーソロミューの長い指がその人形をつまみ上げる。俺が海賊だからか、人形は眼帯を付けている。知り合いになった少女がお守りにと作ってくれたのだ。なんとなく、この箱に入れたままにしていたのだった。すっかりと忘れていた。
「いいね。とてもいい。とくにこの眼帯が素晴らしい」
「そうか? 気に入ったならやろうか」
「……また、死んだら、なんて言いださないだろうね」
「言わねえって。これは、お近づきの印ってことでよ。ほら、ピストルにでもつけとくか?かはっはあ、似合うじゃねえか」
「……ふふ。君は、全く仕方のない人だね」
不機嫌な無表情だったバーソロミューの肩も震えだす。バーソロミューのピストルには可愛い人形がぶらぶらと揺れている。この伊達男がこんなかわいい人形を戦闘のたびに揺らすと思えば、笑いも止まらなくなる。なんて愉快な気分だろう!こんな日が毎日と続くに違いない!
そうして夜は更けていく。数多の笑い声を響かせて船は進む。運命の日へと止まることなく進んでいく。
☆
海の上では、奴隷も貴族も王族の命も等しく、無価値なのだ。沈めば、どれもが藻屑となる。だからこそ海の上では誰もが自由に生きて、自由に死んでいく。
とくに海賊とは、何も為さずに海で最も無価値に死んでいく、ろくでなしの呼び名だ。それはなんて心地よく、愉快であるだろう。だからこそ死ぬのを恐ろしいと思ったことは一度もない。
待ち伏せをされて、蜂の巣になった。最期まで間抜けでろくでもない終わりだった。地に伏して、死を待つ。あれだけ尽くしてくれた両親には悪いことをしてしまったと思う。それでもやはり後悔など微塵もないのだから俺もろくでなしなのだ。
意識が混濁していく。目を閉じると今でも、自分が沈んでいく瞬間を思い出す。光に照らされて揺れる水面に、手を伸ばすことも出来ずにただ見上げた。その記憶がいつのものかは知らない。ハウェルになる以前を覚えていないのだから、分かるはずもない。
楽しかった。奪って奪って、最期には奪われて、それでも胸を張って楽しい人生だったと俺は言える。尽きかけている最期の力を振り絞る。それでも死ぬのなら、海がいい。海にかえりたい。腕に力をこめて、体を引きずり、海を目指す。
「まだ動くか……屑め」
「かはは……」
頭上から振って来た声に、笑いが漏れる。知ったことかよ。好きに生きた。ならば最期も好きに死ぬ。それだけだ。ああ、でもやはり届かないか。ならば仕方ない。撃鉄の落ちる音が空気を震わせた。意識は途切れる。
俺は海にいた。重く体に纏わりついてくる深い海底で、揺れる水面を見上げている。俺は、何をしているのだろう。ここはどこだ。まあ、海だが。おれはうみのなかにいる。
不思議と苦しさを感じないのは、すでに死んでいるからだろうか。ああ、そうだ。俺は死んだのだ。死にざまを思い出して、苦笑が浮かぶ。いやはや、全く我ながらなんとも間抜けな死に方である。海賊なんてのはそんなものだろう。
しかしそれにしても何故、海。あれか。死に際に海に返りたいとか宣ったからか。では今の俺は亡霊か。死後というのはそんなものか。水面に手を伸ばす。海上に上がりたいと思えば、体が勝手に浮かびだした。ほうほう、そういう方式なわけか。
海中から顔を出す。青い空に白い雲。太陽の眩しさに目を細める。水平線を確認すれば遠目に船の一団が見える。興味はないが、本当に亡霊かどうかは確認すべきだろう。その船の方へと向かう。そもそも海底で苦しくならない時点で、だいぶ人間ではないのだが。
船に近づくと陽気な歌声が聞こえてきた。どうやら海賊だ。わー同業者だあ、とテンションも上がる。見たことのない海賊旗を掲げている。どこのもんだ?あーん?
船の横に並び泳ぐ。……この移動法を泳ぐと評していいかは分からないが。船員たちの話し声に耳を澄ませた。で、船長は誰だよ?俺の知っている奴か?ラカムとか?
「船長! 船長も飲みましょうよ!」
「いや、私は遠慮しておくよ」
「やめとけ、やめとけ。新入り、我らが船長は酒を好かないんだよ」
誰だよ、船長。名前を呼べよ。使えねえなあ。……ん?聞き覚えのある声がいくつも聞こえる気がする……。気のせいか?
どうやら海賊たちは宴会を開いているらしい。いいなああ、俺にも酒をくれえええ。こっそり混ざったら貰えないだろうか。どうせ、酔っぱらって細かいことは気にしなくなるのだ。船上の楽しそうな笑い声に悔しくなる。俺はよく分からない体になっているというのに、この海賊どもの陽気さときたら!くそくそくそ!俺だって、俺だって飲みたい!!あまりの悔しさに壁殴りの要領で船の底を殴る。力加減を間違えたのか、腕力が随分と上がっているようで船全体が大きく揺れてしまった。ひえ、と息を呑む。慌てて船から距離を取ったが、まあ、でも酔っ払いは気づかねえよな。だって酔ってるんだもん。船が揺れなくてもフラフラと揺れてるんだろ。はぁーっ、この世ってクソ。
「な、なんだ!?」
「!?」
デッキを見上げていると、目が合い思わず海の中に潜る。青い目をしていた。海のような青い色だ。それが目が合ったとたんに丸く見開かれて……。
あの派手な顔は一瞬であっても見間違いようがない。バーソロミューだった。そうか、あれはバーソロミューの海賊船なのか。俺が死んで、そのあともアイツは海賊を辞めなかったのだ。そう思うと、何故か、胸に熱いものが満ちていく。きっと浮かれた海賊たちの陽気な歌声に影響をされたのだろう。俺も歌いだしたい気分になった。たまらずに歌いだせば、強く風が吹き始める。波が高くなり、海が荒れる。ああ、これでは航海がきつくなるぞ。でもそんなことも、もう俺には関係ない。
この経験はなんだったのだろう。死ぬ直前に見る幻だろうか。指の先から泡へ変わって解けていく。今度こそ消えるのだろう。酒を飲めないのは残念だが、死に際の幻想にしては何とも洒落ている。腕が、足が泡へと変わる。最期に一番の宝石が見れた。ああ、こんなにも満足をしながら消えることになるとは思わなかった。悪くない。悪いわけがない。消える前に水面を再び見上げた。
どうやら俺の生にも意味はあったらしい。水面では鮮やかな青が揺れていた。
愚者の愛
気が付けば、声も思い出せないほどの月日が流れた。だが彼の瞳を、その輝きを忘れたことはない。三年前。私は奴隷船プリンセス号に二等航海士として乗り込み、そうして運命と出会った。
「海賊が来たぞ!!!」
甲板から船員の叫びが船中に響いた。見張りを終えて仮眠を取っていた私は飛び起きて、甲板へと向かった。そして私が甲板につく頃には、すでに戦闘は一段落ついてしまっていたようだった。
羽飾りのついた三角帽子に赤いコートを身に着けた青年が船長にピストルを突き付けている。船長はダラダラと汗を流し、緊張した面持ちで青年の持つピストルを見つめ、青年が私に気が付く。私の方を向くのに青年の両目を隠す長い前髪が揺れた。何故か、その光景にかつてなく心臓が跳ねる。……なんだ、この高鳴りは?たまらず胸を押さえる。
「お前もあっちに行きな」
青年が顎で指し示した方角では仲間たちが海賊に囲まれて縮こまっている。私も下手な抵抗をせずにその中に加わる。海賊たちはニヤニヤと笑い、青年たちを眺めている。何か話をしているようだ。生憎と、その内容までは聞こえない。
海賊に出会った時点で、未来は決まってしまっている。すなわち仲間に加わるか、死ぬかだ。その後、海賊として追われることになるのだ。海のならず者。海を荒らし回る厄介者。品格も何もなく、そんな連中の仲間になるなど死んでもごめんだ。
船長との話を終えたのか、青年がピストルを空に撃った。
「この船は俺たちがもらい受ける!」
青年の声が響き渡る。瞬間、海賊たちが雄叫びを上げた。その間に船長は、ただ一人転がるように船を降りて行く。その様子にあの船長は船員と船を売って一人だけ逃げ出したのだと理解した。吐き気を催すほどの嫌悪感が広がる。
言われるままに船を出す。その間、港の要塞から大砲が飛んでくるが、船までは届かなかった。
「俺の名はハウェル・デイヴィス。名乗りが遅くなってしまったことを謝罪しよう。諸君にはこれより我らの捕虜として共に次の島に向かってもらう。島につくか、他に船を拿捕したら諸君らは解放するので、それまでは大人しく従ってもらいたい」
青年がそう告げると仲間たちの間にざわめきが起こる。海賊であるのに、解放?無理やりにでも海賊になるよう脅されるものと思っていた。目の前の若い海賊に対して好奇心が沸いた。
「お前もウェールズ出身か」
ハウェル・デイヴィスに声をかけられ、心臓が跳ねる。緊張をおくびも出さずに肯定すると、彼もウェールズ出身なのだと話し始める。
同じ出身!
思わぬ接点に流石の私も驚いた。それにより話が少しだけ弾む。近くで見る彼は、想像していたよりも幼く、青年というよりも少年と言った方が相応しいようにも思えた。
「それと、前に俺の部下に意見をしていたろう」
言葉に詰まる。つい昨日のことだ。あまりに無謀な指示を出す彼の部下の海賊の一人に食ってかかってしまったのだ。幸いにも、必要以上の争いにはならなかったが、一歩間違えば、私は死んでいてもおかしくはなかった。それは彼の耳にも入ったらしい。ここで死ぬかもしれない、という恐怖よりは、彼がどんな反応をするか気になった。無言で頷く。
彼の口の両端が上がる。笑っている。
「報告を受けて俺も確認した。お前の意見は正しい」
「は」
「邪魔したな」
「ま、待ってください」
去ろうとした彼を思わず呼び止める。彼は足を止めて振り返った。身長の関係で見上げられている形になるが彼の目は相変わらず前髪で隠されて、窺い知れない。
「それだけですか?」
「他になにか言うべきことがあるか」
「いえ、捕虜ですから、出過ぎたことをしたのではと」
「はっ……。ここは海だぞ。捕虜もクソもねえよ。無事に航海を終えたけりゃ力を合わせるしかねえのさ。お前の意見で俺と俺の部下は助かる。ついでに捕虜のお前らもな。他に気が付いたことがあったら俺に言え」
口の端を吊り上げると、彼は今度こそ去っていった。
青年ハウェル・デイヴィスは海賊のようで、海賊らしくなかった。捕虜である相手への対応も紳士的なものだった。もしも彼の部下が捕虜に対して暴行を加えようものなら、厳しく罰し、その捕虜を保護までした。まっとうに海賊行為を行っているはずなのに、その行動は全くそれらしくない。彼への興味と好奇心は尽きなかった。
「お前、よく気が付くな」
「こう見えて、船乗り歴は長いので」
「名前はなんて言った? バート、だったか」
「それはあだ名で……バーソロミュー・ロバーツと言います」
「それで、バートか。ふうん……バーソロミュー。お前、海賊に興味ないか?」
何度目かの意見を言いに向かった際に仲間内で呼ばれるあだ名で呼ばれて、呼吸が止まりかけた。心臓に悪い……。続く彼からの冗談めいた言葉に取り繕うことを忘れる。口を開いたまま固まり、言葉を理解したとたんに鼓動が激しくなる。
目まぐるしく自分の感情を処理している間に忍び笑いが耳に届く。彼が肩を震わせて、笑いを堪えている姿が目に入った。
「そんなに怯えるなよ。本気じゃねえ」
「そ、うですか。一つ、お聞きしても?」
「なんだ」
「何故、私たちを無理にでも仲間にしようとしないのです。海賊というのは、そういうものではないのですか」
彼の口元から笑いが消える。
「うるせえな。海賊なんて、なりたい奴がなればいいんだよ。俺の海だ。俺の船だ。俺は俺のやりたいようにやる。すき好んで陸のやり方に縛られていたいなら、そうしていたらいい」
怒ったような口調で、彼は去っていく。その背を見送り、まるで海になら自由があるかのような言い分だ。事実、彼は海の上で自由に生きているのかもしれない。
「羨ましい……」
やりたいようにやる。海の上で自由に。そうして生きられるのなら、それはきっと素晴らしいことなのだろうと思った。
航海を続けて、海賊たちは新たな船を拿捕した。初めの宣言通りに私と仲間たちは解放をされることになる。ここで陸に戻ればこんなこともあったと思い出になって、時間と共に風化していくのだろうか。彼も、単なる捕虜の一人でしかなかった私などすぐに忘れ去るだろう。
「……なに? 部下になりたい?」
「ええ、是非」
プリンセス号から自分たちの船へと引き揚げていく海賊たちを追い駆けて、彼に声をかけた。訝しげな声音で、繰り返した彼に私は頷く。
忘れることも、忘れられることも嫌だと思ったのだ。それにまだ、彼に対する好奇心の正体も分かっていない。知れば知るほどに思わぬ一面が現れて、もっと彼を知りたいと思っている。
「……普段はお前みたいなのは仲間にしないんだがな、まあいい! 仲間になりたいっていうなら歓迎するぜ、バーソロミュー!」
それまでの仏頂面から一転して笑顔で手を差し出す彼、デイヴィス船長に面食らう。その手を握ると、風が強く吹いた。
船長の前髪が風により、ひるがえる。金糸の隙間から色の違う二つの宝石が垣間見えた。一見して暗くも見える長い前髪の下に、これほど美しい瞳が隠されているとは。
息を飲み込む。そんな隠された美しさを、たった今、私だけが見ることを出来たのだと思えば、自然と口元が緩んでいく。胸に暖かなものが満ちていく。
「っん、んっん!!」
「……なんだ、どうした。バーソロミュー」
「いえ、少し……感極まってしまって……」
「お、おう……? あと、俺の部下になるなら敬語はいらねえからな。野郎ども! 新入りだぞ!」
にやけそうになる口元を慌てて手で覆い隠す。咳き込み、必死に自分の中の衝動をやり過ごした。デイヴィス船長が叫ぶ。その声に答えるように彼の部下の、今では私の仲間たちがまた雄叫びを上げて、海賊船は出発する。
海はどこまでも青く、新たな旅立ちに相応しい。その時の私の胸には自由な未来と、ハウェルへの名もない感情だけが満ちていた。海賊になるというのに、なんとも希望にあふれていたもので。海賊が奪う者だというなら、最期には奪われるのだと、この時には気が付けなかった。
それから六週間後に、ハウェルは死に至る。
★
ハウェルへ抱く感情の言語化は、ついぞ出来なかった。彼が笑っている姿を見るだけで十分だと思うのと同時に彼の笑顔を、あの宝石に似た美しい瞳に写るのを私だけにしたいとも望んだ。私の中で少年のころのような青臭い好意と、強引にでも奪い、独占したいという欲望がいつまでもせめぎ合ってハウェルを、どうしたいのか、どうなりたいのか、私には最期まで決めることができなかった。
ハウェル船長は女性を好んでいるようだった。島に停まると大抵は真っ先に娼館に向かい娼婦を連れて歩く。そうやって知らぬ女を連れているのを見かけるたびに、まるで恋に悩む乙女にでもなったように苛まれた。ならば、この感情は恋なのか?そう自問をしたこともあるが、それも結局は答えが出ない。
その日の船長は、虫の居所が悪いように見えた。船上では常に浮かべている陽気な笑顔は気配もない。苦虫を噛み潰したとでも言いたげな表情を浮かべている。船長はどうかしたのかと、仲間の一人に問うてみれば、瞬きをしたのちに船長の様子を確認して納得したように頷いた。
「甲板が汚くて気に食わないんだろうさ。デイヴィス船長はそりゃあもう病的なキレイ好きでな。そろそろ耐えられなくなって掃除でどこかの島に停まるかもしれねえな。そうしたら船長が満足するまで船掃除だ。覚悟しておけよ、ロバーツ」
綺麗好き……。確かに長く航海が続き、甲板だけでなく船のあちこちに洗濯物や空き瓶などが転がり始めている。しかし、それは長く航海する上では、ある程度、仕方のないことでもあるのだ。あぁ、また新たな一面である。理解したと思えば、また新たな顔を見せられる。底が知れない。いつまでも好奇心は尽きてくれない。
いっそ尽きてくれたなら、彼がありふれた平凡な男であればよかったのにと、どうしても思ってしまうのだ。そうならばここまで思い悩むことも、なかっただろうに。
「自慢ではないですが、私はこう見えて女性に困ったことはありません」
「そら、見りゃ分かりますがね? それがどうしたっつーんだ、色男」
「ええ、だからこそ一人の相手にここまで思い悩むという経験をしたことがないのですよ。いっそのこと、無理にでも奪ってしまいたいとも思ってしまうわけです。……海賊らしく」
「……へえ?」
そう言うと、目の前のハウェル船長はグラスを傾ける手を止めた。それから口元だけで―普段から口元しか見えないわけだが―にやりと笑う。ある夜のこと、甲板では他の仲間たちが酒盛りをしていた。その日は酔っ払いに絡まれたくない気分で適当な酒瓶を手にして一人呑みにでも興じようかと場所を探していた。そんなときに自室に戻ろうとしていた彼に船長室に誘われたのだ。
橙のランプが空気に合わせてユラユラと、影もそれに合わせて揺れている。丸テーブルを囲んで、二人で飲むことになった。
すでに幾ばくかの飲酒をしていた船長は重なる酒気に目元と頬を朱に染めている。相当、呑んでいるように見えるが、それでも意識がはっきりしているところは流石に海賊船長というところか。肌の色が白いせいで余計に赤みが目立っているのかもしれない。
「お前がそこまで言うなら、余程のいい女なんだろうな。どこの島の女だ」
「……ふふっ、秘密です」
「へっ、同じ船に乗ってる奴の女を取りゃしねえっつーの。女は海じゃとくに争いの元になっちまうからなあ……」
「そういうことではないけれど、その言葉には同意しますよ」
目の前にいる貴方のことだ、と言えたらどれほど楽だったろうか。あまりに女々しい感情に笑いが沸き起こる。ついに私にも酔いが回りだしたのか。酔っている彼はいつにも増して機嫌いいらしい。基本的に海の上では上機嫌な人であったけど。
「むかっしから、俺は運が悪くってな。賭けなんかすると大抵、勝てないんだ。本当さ。なんなら、試しに何かを賭けてみるか?」
「いいですね。何を賭けます?」
「そうだな、負けた奴が次に飲む酒を用意する、なんてどうだ?」
次。確約もなにもない酔っ払いの戯言である。それでも彼を独占できる機会が増えるのは、なんとも言えない高揚がある。頷くとハウェル船長は棚からカードを取り出す。
短いゲームを行うと、宣言通りにあっさりと船長は負けてしまった。あまりにも弱く、拍子抜けしてしまう。
「な、言ったろ?」
「おかしい……貴方ならもっと上手いこと出来るのでは?」
「上手いことってな、まあ、命がけの真剣勝負っつーならハッタリもイカサマもなんだってするがね。そもそもカードで、この手札じゃあ勝負にもならねえってな」
船長の手札はブタ(役無し)だった。ハッタリで勝負自体は避けられても、これでは確かに勝つことは難しいだろう。そのあとに、何度やっても船長にはブタしか回らない。思っていた以上に根深いものを見た気がする。
「そろそろお開きだな。酒もなくなった」
「そうだね。……さっきの 賭けの約束は守ってくださいよ」
「へへっ、どうかな。俺は海賊だからな」
いたずらっ子のように歯を見せて笑う船長。顔を見たいという衝動が、その前髪に手を伸ばさせた。金髪は指に柔らかく、横に流すと隙間から、緑と青の美しいヘテロクロミアが私を見上げた。驚きに見開かれる、その目に険が宿る。
「やめろ」
「す、みません……」
「……早くいけ」
船長は私の手を払いのけると前髪を撫でつけるようにして、俯いてしまう。傷つけてしまったかと、後悔がのしかかる。
私は自慢でないが女性に困ったことはない。顔のいい自覚があるし、口がうまいという自負もある。しかしそれも、彼を相手には何の役にも立ってくれない。
「船長……。傷つけたなら謝ります。顔を上げてください」
「……見るな、出ていけ」
「船長。貴方が謝罪を受け入れてくれるまで、俺はどこにもいけませんよ」
「……はーっ、とんだ頑固者だな。お前はよ」
「……貴方に嫌われたかもと、思ったままでは眠れませんから」
「ほんっとにおかしな奴だよ。お前は」
そう言って変わらない様子で笑い出す彼の姿に安心する。そうすると、その心労からか、一気に疲れが体を襲う。慣れない海賊業に、飲酒に夜更かしである。そうなっても仕方がないだろう。体がよろける。支えようとしてか船長の手が私の胸に回った。おかげでいっそう心臓が速まってしまう。
「疲れたんだな……。今日はベッドを貸してやる。……ゆっくりと休め」
「せ、んちょう……はどこで……」
「ばっか、ここは俺の部屋だっつーの」
船長の誘導で足を動かす。もう頭も霞がかり、視界が揺れる。寝かされた、というのは感覚で分かった。最後の力で目を開けると、唇を一文字に結んだハウェルの顔が、覗き込んできていた。そこで意識は途切れる。
交わした約束が果たされることはついぞなかった。
★
胸に下げた十字架を手で弄ぶ。金の細工にダイヤの嵌められた豪奢な十字架である。ハウェルの死の報復を行う際にポルトガル船で略奪したものだ。それから肌身離さずに持ち歩いている。
淹れたばかりの紅茶に口をつける。あの日から、私は一滴も酒を口にしていない。次の酒は船長が。なんて果たされるはずもない、くだらない賭けの約束を今でも律義に守ろうとしているのだから私も存外に一途なものだ。思うのはもう二度と酒を飲むことはないのだろうということだ。
あの後、報復戦が終わってからハウェルの亡骸を探してプリンス島を探し回った。しかし船長と思しき亡骸は見つからなかった。船長……。なんとも海賊らしくない、感傷である。目を閉じる。
甲板では部下たちが酒盛りをしている。その陽気な歌声や笑い声が船長室にまで届いた。今では私も名が売れて、海賊の中の海賊とまで呼ばれている。彼がそれを知ったら、なんと言うだろう。悔しがるだろうか。喜ぶだろうか。どちらでもあり得る気がする。
「全く……彼のことを思うとついつい湿っぽくなってしまう……」
もう声も思い出せない。それでも彼の瞳はいつでまも目に焼き付いている。忘れようとも忘れさせてくれない。なんて、悪い人だろう。
その時、船が大きく揺れた。海底の岩に乗り上げたのかと、慌てて甲板に出て海へ身を乗り出す。
金。
海の青の中で金色が日光を反射してきらめいた。
「せ、」
しかし金色はすぐに波に呑まれて見えなくなってしまう。しばらく海から、目を離せなかった。懐かしい顔をしていた。もう声も思い出せず、顔だって曖昧であるが、それでもあの瞳を見間違うことはしないだろう。
「船長……」
海の底にはハウェル船長がいた。ぽつぽつと、大粒の雨が降り出して、晴天だった空にはいつの間にか分厚い雲が集まりだしている。ああ、嵐が来る。嵐に交じってハウェルの声が聞こえる気がする。もちろん、気のせいだろう。酒盛り途中の部下たちに指示を出す。酔っぱらっていても、そこは海の男で嵐に備えるためにバタバタと動き出す。
あれはなんだったろう。嵐の前に海の見せた幻だろうか。強風で胸の十字架が揺れる。
「ふっふふ…」
それでもいい。祈るように十字架にキスを落とす。ならば私も死後にはそこに行くとしよう。貴方の待つ海の底に。
ハウェル・デイヴィス
金髪メカクレ合法ショタ系海賊船長。
前髪に隠れた瞳は青と緑のオッドアイ。
目に秘密があり、人を直視することが嫌い。
ディヴィス夫妻には幼いころ拾われた。
属性 混沌・中庸
身長 168cm(生前)
体重 58㎏(生前)


























