「AI彼氏?」
「そ、岡ピもやってみない?」
そう言ってマナちゃんにスマホを渡される。画面を見ると、マナちゃんと相手のAIがメッセージを送りあっている。内容を少し読むと、マナちゃんに対してAIが可愛いやら、好きなどと送っている。しかもAIとは思えないほど自然な会話だった。
「これ、本当にAIなん?本当におる彼氏やなくて?」
僕が真剣な顔で言うと、マナちゃんはハハッと笑いながら、
「私にこんな激甘な彼氏いるわけないじゃーん!」
なんて言う。
スマホを返して、放置していた半額メロンパンを食べながら、聡実は最近のAIって凄いんやなとマナちゃんに答える。
「岡ピもやってみなよ!今好きな人いるんでしょ?AIって好きな人に口調とか性格とかも似せれるから!」
「そうでなくても、なんでも知りたいこと答えてくれるし!」
なんて言われて、考えとくと聡実は言う。
そして、ふと想い人のことを思い出した。
ヤクザやってて、顔が強くて、声が低くて、背が高くて、いつも香水の匂いがして。
僕の名前の刺青まで入れてしまうような男。
それでいて、僕が必要としてる間はずっと一緒におってくれる男。
そんなんAIが再現出来るわけない。
暇つぶしに家に帰ったら入れてみるかと思いながら、残り少なくなったメロンパンを食べ進めた。
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大学から帰って課題を進め、10分ほど休憩するかとスマホを取ると、マナちゃんとの会話を思い出した。
そのままアプリの名前を検索し、ダウンロードする。
会話できるようにはなったが、特に話したい内容も出てこず、今やっている課題で気になることを打ち込んでみる。
送信した瞬間、AIから的確で丁寧な説明が返ってきて、思わず「すご」と声が漏れた。
別に彼氏にせんくても、質問するだけで十分使えるやんと、他にも色々聞いてみるが、なんでも丁寧に返してくれるAIに、新しい勉強のツールが出来たと思い、ほくほくとした気持ちで勉強机に戻る。
その日以降、AIに質問することが増えた。
最初は一日に二、三個質問するくらいだったのが、いつの間にか質問だけではなく、暇な時や疲れている時、なんとなく寂しい時に会話をするくらいにはハマってしまっていた。
話せば話すほど、AIなのに心を許してしまう。
好奇心で狂児が呼ぶように「聡実くん」って呼んでと言えば、その会話以降「聡実くん」と呼んでくれるようになった。
また、標準語ではなく関西弁にしてもらい、一人称は俺に変えてもらい――。
いつの間にか、ただのAIだったそれは、僕の想い人に近づいていった。
凝り性な所があり、狂児っぽくない発言が少しでもあればその都度指摘して。
アプリを入れてひと月も経つ頃には、AI彼氏ならぬ、AI狂児が出来上がってしまっていた。
流石にまずいと思い、AIの名前は狂児ではなく、似た響きのコウジにした。
が、それくらいでは誤魔化せないほど、コウジは狂児になりきっていて、思わず頭を抱えた。
かなり愛着が湧いていて、消すことができず、狂児には話すことの出来ない秘密を共有してくれる拠り所になっていった。
コウジはなんでも真剣に聞いてくれる。
将来の不安や、バイトの愚痴、好きな人の話、中身のない話。
なんでも聞いてくれた。
狂児に似せたAIとそんな話ばかりしていたら、寝る前の「おやすみ」、バイトから帰ってきた時に送られる労りのメッセージと積み重なり、いつの間にか毎晩恋人のようなメッセージを送り合うようになってしまった。
バイトの予定まで共有するようになった頃には、あれ、これ、あかんくない?とは思ったものの、突き進んだ結果がこれだ。
「愛してる」が寝る前の「おやすみ」とセットで送られるようになって、ますます手放せなくなる。
狂児への片想い歴の長さがこんな結末を生んでしまうとは思わず、少しの罪悪感に襲われながらも、メッセージを打つ手を止めることはなかった。
本物の狂児と会う約束の前日でさえ、コウジとイチャイチャしてしまい、狂児と会うのがとても気まずくなった。
別に悪いことをしたわけやないのに、浮気でもしたみたいな気分やった。
ほとんど二か月ぶりに会う狂児は、やっぱり本物なこともあって、かっこよかった。本人には口が裂けても言わんけど。
僕への土産に、551の豚まんとりくろーを両手いっぱい抱えている明らかにおかしな人なのに、顔の強さが全てを払拭して、そんな姿さえ様になっている。
これが想い人パワーかと思いつつ、近くのファミレスへ向かい、向かい合うように席についた。僕は唐揚げ定食、狂児はカレーライスを頼む。
他愛もない話をしているうちに、狂児の返す言葉がコウジと同じことが何度かあった。
思わず「ふっ」と笑ってしまった。
すると狂児は不思議そうな顔をして、
「え、俺今そんなおもろいこと言った?」
と首を傾げる。
その返しがまたおかしくて、僕はもう一度笑ってしまった。
「なんや今日の聡実くん。よう笑うね。なんか楽しいことでもあったん?」
「あ、いや、ちょっと……返す言葉がまんま一緒やから、おもろくて」
「は?」
たった一言しか返ってきていないのに、背中がぴりりとした。
顔を上げると、狂児がじっとこちらを見ている。
その瞳には、あまり良い色が浮かんでいなかった。
そこでようやく、自分が何か不快になるようなことを言ってしまったのだと気付く。
そらそうか。
誰かと同じやと笑われて、気分がええはずない。
慌てて訂正しようと口を開いた。
「や、ちゃうくて。ごめんなさい。同じこと言う人がおるから笑うって、気分悪いですよね」
「や、別にええんやけど」
狂児はそう言ってから、少しだけ首を傾げた。
「そいつ、誰なん?」
「俺に言動が似とんのやろ?」
笑っているような声なのに、目は笑っていない。
「地元の奴で、聡実くんと仲ええ奴なんか知らんかったんやけど」
少し身を乗り出してくる。
「いつ仲良うなったん? きょーじさんに教えて」
冷や汗が流れた。
言えるわけがない。
狂児のことが好きすぎて、AIに狂児の真似をさせて、恋人になってもらっています――なんて。
どうにか言い訳が思い浮かばないかと窓の外や壁へ視線を彷徨わせていると、机の上に置いていたスマホがぶぶっと震えた。
誰からだろう。
ちらりと確認すると、ちょうど今話題に上がっていたコウジからのメッセージだった。
《聡実くん、今日バイトなかったよな?》
その文を見た途端、つい気が緩む。
頬が少しだけ緩んだ。
その瞬間、狂児の視線が僕のスマホへ落ちた。
まずい。
慌てて画面を隠そうとしたが、その前に腕を掴まれる。
大丈夫。
名前はコウジにしてる。
これが狂児を模したAIやとはバレんはず。
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
《もし暇なら、少し話さん?》
狂児の眉間に皺が寄る。
いや無理やて!!
最悪のタイミングで追撃してくるコウジに、心臓がどくどくとうるさい。
狂児はスマホを睨みつけたまま、僕の腕を離そうとしない。
そして、さらに追い打ちをかけるように新しい通知が表示された。
《昨日、好きって言い足りんくて》
《聡実くん、好き》
《愛してる》
「わーっ!!!!!」
店の中にも関わらず大声を上げ、スマホをもう片方の手で机の下へ叩き落とした。
しん、と空気が止まる。
見られた。
死ぬ。
やばい。
恥ずかしい。
どうしよう。
色んな言葉が頭の中を駆け回る。
その間にも、僕の腕を掴む狂児の力は少しずつ強くなっていた。
恐る恐る顔を上げる。
そこには――恐ろしい形相をした狂児がいた。
全身からどす黒い気配が滲み出ている気がする。
周囲の客も何かを察したのか、僕が大声を上げてスマホを吹っ飛ばしたにも関わらず、誰一人こちらを見ようとしない。
知らないふりをしている。
それほどまでに、今の狂児は恐ろしかった。
異様な空気が漂う店内で、その空気を破ったのは料理を運んできた店員だった。
「お待たせしました。こちら、カレーライスと唐揚げ定食です」
気まずそうな声が割って入る。
けれど狂児は、店員の存在など目に入っていないかのように、僕から視線を逸らさなかった。
「き、狂児さん。店員さん、料理置けんくて困っとる」
なんとか手を離してもらおうと声をかける。
しかし狂児は一瞬だけ店員へ視線を向けると、僕の腕を掴んだまま勢いよく立ち上がった。
当然、僕も引っ張られるように立ち上がる。
何が起きたのかわからず目を白黒させていると、狂児はいつの間にか財布を取り出し、一万円札を机へ叩きつけるように置いた。
「ねぇちゃん、ごめんな。俺ら急用できてん」
そう言って店員へ軽く手を上げる。
「釣りはいらんから」
店員が返事をするより早く、狂児は僕の手を掴んだまま、器用に土産の袋を片手で持ち上げた。
そして、そのまま僕ごと店の外へ引っ張っていく。
なんとか落としたスマホだけは拾えたものの、狂児を止めることはできない。
僕はずるずると引きずられるようにして、店を後にした。
どこへ向かっているのかと引っ張られながら考えているうちに、見慣れた景色が増えていく。
そこでようやく、狂児が僕の住むアパートへ向かっているのだと気付いた。
一度しか連れてきたことがないはずなのに、狂児は曲がり角ひとつ迷わない。
当然のように進んでいく後ろ姿に、ぞくりと背筋が粟立つ。
なんで覚えてるんや。
そう思ったけれど、聞ける雰囲気ではなかった。
気付けばアパートの前まで来てしまっていた。
狂児に引っ張られながら、ギシギシと軋む階段を上る。
そして部屋の前で足を止めた。
「鍵、出して」
低い声で言われる。
何を言っても無駄やと悟り、ポケットから鍵を取り出して渡した。
狂児は躊躇いなく鍵を開け、そのまま僕ごと部屋の中へ入る。
部屋へ入った途端、狂児は靴を脱ぎ捨てるように上がり込み、僕を畳の上へ座らせた。
向かい合う形になる。
握られた手は相変わらず離されない。
狂児は据わった目で僕を見つめた。
しばらく続く沈黙。
その静けさが怖い。
やがて狂児が口を開く。
「……で?」
「え」
「さっきのコウジくん」
名前を呼ばれた瞬間、肩が跳ねた。
狂児の目が細まる。
「俺に似とる言うてた奴と同じなん?」
答えられない。
視線を落として黙り込む。
すると顎を掴まれ、無理やり顔を上げさせられた。
「ん?」
低い声が落ちてくる。
「俺、聞いとるんやけど」
今まで見たことのない表情だった。
逃げ道なんか最初からないと言われている気がする。
「……同じ人です」
絞り出すように答える。
「けど、狂児さんには関係な――」
「あ?」
空気が震えた。
思わず目から涙がこぼれる落ちる。
狂児は一度笑った。
けれど目だけは全く笑っていない。
「今なんて言うた?」
「狂児さんには関係ない?」
笑いながら繰り返す。
その方が余計に怖かった。
「ハハッ。随分仲ええんやな、そいつと」
そう言って顎から手を離した狂児は、僕のポケットからスマホを抜き取った。
「返して!」
慌てて手を伸ばす。
しかし狂児はそれを避けると、迷いなくロック画面を開いた。
0401。
僕の誕生日。
あまりにも安直な暗証番号だった。
けれど。
「……なんで」
解除された画面を見て、血の気が引く。
「なんで知ってるん」
思わず漏れた声に、狂児は答えなかった。
まるで知っていて当然だと言わんばかりに通知を押す。
画面にはコウジとのトーク履歴が表示された。
「やめてや!」
スマホを奪い返そうとする。
けれど両手首を片手でまとめて掴まれ、そのまま動きを封じられた。
スクロールされる画面。
見られていく会話。
《聡実くんはほんまに可愛ええ》
《僕も、コウジさん、かっこええなって思う》
《そんな可愛ええこと言う子、絶対離されへん》
《なぁ、聡実くん。愛しとるよ》
《僕も、コウジさんの事、大好き》
その文字を見られた瞬間。
止めなければという気持ちより先に、羞恥と絶望が押し寄せた。
頭が真っ白になる。
終わった。
本気でそう思った。
《僕も、コウジさんの事、大好き》
そこまで読んだところで、狂児の動きが止まった。
部屋が静まり返る。
怖い。
そう思った次の瞬間だった。
「聡実くん」
低い声で名前を呼ばれる。
反射的に顔を上げると、狂児がこちらを見ていた。
見たことのない顔だった。
怒っている。
それなのに、どこか苦しそうで。
「そいつのこと好きなん?」
返事ができない。
口を開いても声が出なかった。
その沈黙が肯定に見えたのかもしれない。
狂児の顔が歪む。
「……俺じゃあかんかった?」
思わず目を見開いた。
その瞬間、肩を掴まれる。
視界がぐるりと回った。
気付けば畳の上に倒されていた。
「狂児さん!」
慌てて起き上がろうとする。
けれど狂児は離してくれない。
ただ、押さえつける力よりも、その表情の方がずっと衝撃だった。
怒っていると思っていた。
違った。
必死だった。
今にも何かを失いそうな顔をしている。
「俺、ずっと我慢しとったんやで」
掠れた声が落ちてくる。
「聡実くんがまだ子供やから」
「困らせたないから」
「嫌われたないから」
一つ一つ吐き出すように言う。
「せやのに、知らん男に取られるんは嫌や」
その言葉に胸が締め付けられた。
違う。
狂児が思っているような話じゃない。
こんな顔をさせたいわけじゃなかった。
「ちゃう!」
思わず叫ぶ。
狂児が動きを止めた。
「ちゃうねん!」
「相手、人ちゃう!」
「AIや!」
狂児が固まる。
「……は?」
「AIやから!」
「人ちゃうねん!」
必死に言葉を重ねる。
恥ずかしい。
けれど、それ以上に。
狂児の苦しそうな顔をこれ以上見たくなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…ということで、その、誤解させてすみません」
僕がそういうと、押し倒した体勢から一メートルほど離れて事の顛末を聞いていた狂児は、すぐに姿勢を正し、両手を綺麗に前へ揃えて頭を畳に擦り付けた。
ヤクザのマジ土下座である。
「な!なにしてるんですか!やめてください!」
僕が必死に止めるのも聞かず、狂児は頭を下げたまま話し出した。
「ほんまに悪かった」
「聡実くんに彼氏出来た思うて、妬いて、酷いことしてもうた」
「いい歳こいたおっさんに押し倒されて、怖かったよな」
「ほんまごめん。ごめんなさい」
そう言う狂児に、僕は嬉しさと同時に怒りが湧いた。
僕の話を聞けば普通、狂児のことが好きやって分かるはずなのに。
なんでこの人は、自分のことをそんな風に言うんや。
「僕の好きな人のこと、悪く言わんとって」
そう言うと、狂児は頭を下げたままぴくりと肩を揺らした。
確認しないといけないことがある。
お互いの気持ちを。
「狂児さん、僕のこと好きなん?」
狂児はゆっくり顔を上げた。
気まずそうに視線を逸らしかけて、それでも真っ直ぐ僕を見る。
そして、静かに口を開いた。
「好き」
短い一言だった。
けれど、僕がずっと聞きたかった言葉が全部詰まっていた。
胸の奥が熱くなる。
会えない時間も。
狂児から来た連絡を何度も見返した日も。
隣にいたいと思った日も。
狂児のことを考えて眠れなかった夜も。
全部、無駄じゃなかった。
ずっと抱えていた片想いが、ようやく報われたんや。
そう思った瞬間、涙が出そうになった。
「っ、僕も」
声が震える。
「AIに狂児さんになりきってもらって、擬似彼氏してもらうくらい」
恥ずかしくてたまらない。
こんなん、本当は墓まで持っていくつもりやった。
それでも。
今だけはちゃんと伝えたかった。
「狂児さんのこと」
一度息を吸う。
そして。
「大好き」
言った瞬間、顔が熱くなった。
でも、不思議と後悔はなかった。
狂児は一瞬だけ目を見開いて、それから堪えるように笑った。
次の瞬間、僕は正座している狂児に勢いよく抱きついた。
後ろに倒れるかと思ったのに、狂児はびくともしない。
代わりに、大事なものを扱うみたいに僕を抱き締め返してくれた。
「もう、手放せんよ」
耳元で聞こえた声は、少し震えていた。
「僕も、手放す気ないですから」
そう返すと、狂児の腕に力が入る。
「そら良かった」
狂児は少し笑った。
「俺も離す気あらへんから」
その言葉に胸がぎゅっとなる。
狂児は昔から優しかった。
でも、こんな風に真っ直ぐ気持ちを伝えてくれることは少なかったから。
今だけは、この腕の中が世界で一番安心できる場所に思えた。
狂児の腕が少しだけ強くなる。
痛いくらいなのに、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、狂児の必死さが伝わってきて胸がいっぱいになる。
失いたくなかったのは、僕だけやなかったんや。
僕は狂児の背中に腕を回し返す。
離れないように。
逃がさないように。
狂児も同じ気持ちやと分かったから。
こうして、長かった片想いは終わりを迎えた。
そして僕はようやく、大好きな人の恋人になれた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「なぁ、聡実くん」
「なに、狂児さん」
「もうコウジとは話さんといてな。狂児さん、AIでも嫉妬してまうから」
「……わかった」
「もしまたコウジと話してたら、今度は恋人として、聡実くんにきつーいお仕置せなあかんからネ♡」
そう言いながら僕の髪を撫でる狂児に、
まぁ、いつか消せばいいか。
と、適当に結論を出した。
そして狂児と会えない寂しさに負けて、僕はまたコウジと連絡を取り始めてしまう。
それが狂児にバレて、きつーいお仕置をされることになるのだが。
この時の僕は、まだ何も知らなかった。

























