漫画の世界に転生するとしたら、貴方はどんな世界に転生したいだろうか。
私は断然ほのぼの日常漫画派である。
メシテロ漫画、スポーツ漫画、少女漫画、ラブコメ漫画、百合漫画、そういうものに転生したい。
というか、バトル漫画や歴史漫画に転生した場合、高確率で死ぬ。
現代知識で無双する前に、絶対に幼少期で死ぬ自信が私にはある。
どうしてそんな話をするのかというと、私が漫画の世界に転生したらしいからだ。
白く塗られた木材の壁に、よく日差しを取り込む赤い木枠の大きな窓。
そして、淡い青と濃い青を交互に塗られた屋根に、パラソルが差されたテラス席。
そんなオモチャの洋館めいた愛らしい建物を囲う茂みの中には、パティスリーチュチュと書かれた深緑の看板が建っている。
扉を開けると、すぐ目の前にはケーキが並べられたショーケース。
お菓子作りの教室も開く店長さんであるが、実は彼の好物は和菓子である。
「綾辻(あやつじ)さん、いらっしゃい」
「はい、また来ちゃいました」
ガラス戸を開けた先で出迎えてくれたのは、前髪を左サイドに流し、編み込んで蝶々の飾りを付けている青みがかった髪の少女。
おっとりとした垂れ目は、透き通るような琥珀色だ。
薄いミントグリーンのシャツに、赤茶のサロンエプロンというかわいらしい制服は、まるでチョコミントアイスのようで、彼女によく似合っている。
まだ十六歳の高校生らしいのだが、落ち着いた物腰のせいか、お姉さんと呼びたくなる少女、帆羽(ほわ)くれあさんだ。
まだ科学的に証明されてはいないが、この笑顔はいずれ癌にもきくようになるだろう。
まことみらい市が誇るべき癒し系女子である。
彼女に出会って、私は確信した。
ここは漫画の世界だ、と。
きっと、彼女こそが主人公──いや、主人公のお姉さん的なポジションであり、ここはパティシエを目指す主人公と一緒にがんばる女児向け漫画に違いない。
前世と比べて、妙に周りの人間の道徳心が高いと思っていたのだ。
だが、ここが女児向け漫画であると仮定すれば、全て納得がいく。
世界自体が優しいのである。
「今日のオススメは季節のタルトです。日向夏をたっぷり使っているんですよ」
「じゃあ、今日はそれとカフェオレをいただきますね! くれあさんのオススメなら、間違いないですし!」
「はい、分かりました。テラス席ですよね?」
「はい! 今日もくれあさんにしっかり癒されたいので、食べていきます」
「フフッ、綾辻さんってば、いつもそれなんですから」
今日も優しく笑うくれあさんに癒される。
くれあさんの笑顔には、森林浴くらいのストレス減少効果があるはずだ。
ここにいずれ主人公ちゃんもくるのだろう。
きっと、無邪気系の主人公ちゃんと素直になれないライバルちゃんが来るに違いない。
そして、クレアさんと三人並んで、きゃっきゃして私を癒してくれるのだろう。
私はケーキを買うことで、そんなくれあさんたちに合法的に課金ができる、というわけだ。
その日が本当に楽しみである。
実は先日チュチュで会った明智(あけち)あんなちゃんと小林みくるちゃんこそが、そうなのだと思った。
赤みがかった明るい茶髪にまん丸なミントグリーンの瞳の、あんなちゃん。
彼女はとても元気で明るくて、オマケに「はなまる」なんて、可愛らしい口癖を持っていた。
異世界のちい○わらしき、羽のあるピンクのクマさんのポシェットがよく似合うかわいい子。
そして、あんなちゃんよりも落ち着いた髪色に黄緑の瞳、勝ち気そうに見えるみくるちゃん。
最初こそ、彼女は素直になれないライバルちゃんタイプなのだと思ったのだが、吃驚するくらい素直な優しい女の子だった。
ただ少し不器用というか、抜けているところがギャップな、ライバルというより主人公の友人タイプの子。
店内で指輪を落とし困っていた所を、二人が一生懸命に手伝ってくれたのだ。
途中、姿が見えなくなったのだが、すぐに戻ってきて指輪を見つけてくれた。
もしかすると、どこかに転がっていったのを見つけてくれたのかもしれない。
店内に見あたらなかったので、わざわざ店外にも出てくれたのだろう。
そんな優しいどころかお人好しな彼女たちこそ、くれあさんとパティシエを目指す主要人物なのだと思ったのだが、まだパティシエを志してはいないようだ。
もしかすると、まだ過去編なのかもしれない。
テラスに出ると、爽やかな風が吹いた。
平和だ。
こんな平和な世界に転生できるなんて、よほど私の前世での行いが良かったのだろう。
椅子に座り、ぼんやりと頬杖をつく。
店内からカフェオレを注ぐ、コポコポという音が聞こえてきた。
ゆっくりと瞼を閉じ、その音に浸る。
「あ! 見て、ケーキ屋さん! すっごくかわいい!」
背後で少女の弾んだ声がした。
そう、このケーキ屋さんはとてもお洒落で美味しいのです。
そして、店員さんは、はなまるかわいい。
私が保証しますとも。
「ケーキねぇ・・・・・・」
「折角、まことみらい市まで来たんだし、食べていきましょうよ!」
渋るような男性の声。
それに、少女の声がさらに強請る。
もしかして、親子で旅行に来たのだろうか。
ならば、是非食べていってほしいものだ。
「僕もケーキ食べた~い。ねぇ、いいでしょ、おじさん」
その声を聴いた瞬間、頭をガンと殴られたような衝撃が走った。
この感覚を、総毛立つというのだろう。
目を見開き、ギギギと首を動かす。
そこにいたのはウェーブがかった茶髪の少女、特徴的な髭を持つスーツの男性──そして、蝶ネクタイに黒縁眼鏡の少年。
「殺人ラブコメ!!!」
あまりの衝撃に、私は思わず椅子から転げ落ちた。
自分で言うのもなんだが、このひっくり返り芸をみられたら、芸人事務所からのオファーが絶えないだろう、という完璧な転げ方だった。
落ちた後の体勢も両足が突き出して、犬神家みたいだし、芸術点が高い。
これは天下を狙える。
いや、そんなことを言っている場合ではない。
今、この世界は殺人ラブコメの世界であることが決定した。
そんな馬鹿な。
私の周りはみんな道徳力が高い、はずなのに、ここが歩けば殺人事件に当たる世界だったなんて・・・・・・。
いや・・・・・・え?
マジ?
マジで言ってる?
嘘だろ、おい。
「・・・・・・え、なんて?」
「・・・・・・あんだって?」
「殺人・・・・・・ラ、ブ?」
戸惑った声が聞こえた。
まぁ、そうだよな。
死体は沢山みただろうけど、突然「殺人ラブコメ!!!」と叫んで横転する人間は初めてだもんな。
でも、今は許してほしい。
「・・・・・・私、前世で、そんなに邪悪だったっけ?」
私は横転したまま、空を見上げた。
抜けるような晴天である。
夢に向けてがんばる少女たちの女児向け漫画の世界に生きていると思っていたら、殺人ラブコメの世界だった。
こういう時、人はどうやって立ち直るのだろう。
























