Novel1 months ago · 8.7k chars · 1 pages

狼の居ぬ間に 参

かやこかやこ

ブクマやいいね、タグ付け、コメントなど、いつもありがとうございます! ほぼほぼおじさん達が会議してるだけの会です。

相変わらずオリジナル要素満載です。

今回主人公不在です。
架空の国名が出てきますが、過去に実在した国と一切関係はありません。

問題ないようであればお進みください。

「夜中、福が部屋を出て行ったのは気付いておりました。はばかりだろうと思い、そのまま特に気にせず眠りました。早朝にふと目を覚ました時、床に福の姿がなく嫌な予感がして布団を触ると、冷たいままで……」
「そのまま戻っていないと気付いたわけか」
「……はい。申し訳ございません……」

顔面蒼白の尊奈門の隣に座る山本の表情もまた固い。尊奈門の目の前には田鹿や押都、そして隼隊の小頭や隊員の姿もあった。
早朝、尊奈門はまず山本の部屋の戸を叩いた。雑渡はまだ甚兵衛との会合から帰還しておらず、福狼丸が訪ねるならまず山本だろうと祈る気持ちで山本の部屋を訪れたのだ。その後、雑渡の部屋や黒鷲の三忍の部屋なども勿論探したが、姿どころか気配もない。それから夜間の見張り役に福狼丸の姿を見なかったかと聞き回った。当然目撃自体はされていた。
寝巻で彷徨いている姿を目にして、見張り役もまたはばかりだろうと考えた。
しかし気配が消えていく方向がはばかりとは違う方向だったためオヤ、とは一度思ったそうだ。
しかしこれに関しては見張り役を責められない。何故なら普段から福狼丸は趣味に関係するスイッチが入ると、場所や時を問わず急に詰所内をふらふらし始めるし、床を這い回るからだ。だから見張りも「どうせいつものことだ」と深く考えず見送ったらしい。そもそもあの福狼丸である。疑う余地も特になかったらしい。
見張り役が福狼丸を目撃したのが子の刻頃。
以後、福狼丸の目撃情報は一切なかった。
そして同夜、丑三つ刻、宇勝が忍務へと旅立って行ったのを門番が確認している。
この晩、不幸にも雨が降っていた。
宇勝は嫌だ嫌だと雨に舌打ちをしながら、背負った荷物が濡れぬよう蓑を被り門を潜って行ったらしい。相手が宇勝であるということ、長期忍務に出るのだと話していたこともあり特に疑いなく門を通したと言う。仮に他の荷物もなく、福狼丸を籠に入れるなりして背負って蓑を被るのは可能だったかと山本が問うと、苦々しい表情で、可能だったかもしれぬと門番は答えた。

「見張り役の死因は」

田鹿が問う。隼隊の青年がそれに答えた。

「二名とも喉を一突き。即死です」
「宇勝の仕業だと思うか」
「……。正直、信じかねます。手練れの仲間がいたと言われた方がまだ。しかしそれも……」

隼の青年の戸惑いを含んだ回答に、その場にいる殆どが同じ印象を抱いていた。その見張り役も決して見習いなどではない。ある程度経験もある黒鷲、隼の隊員達だった。
宇勝は幼少期より「ああ」だった。
周りに比べて鈍臭く、修行に対してもあまり前向きでない。忍びとして優れているという印象からはおおよそ程遠い。
里の端に母と二人でひっそりと住んでおり輪に入るのが苦手な性質だった。里の重鎮達もあの親子には腫れ物に触るような扱いだったので余計にだ。

「幸い、福狼丸の遺体は上がっていません。まだ、ではありますが」
「それも妙よな。俺が逆の立場なら福狼丸を生かしてはおかんが」
「押都小頭!冗談でもやめて下さい!」
「事実だろう。抜け忍になるとして目撃者を生かしてはおいては我が身が危険だからな」
「だとしても!」
「山本、福狼丸が手引きをしたという可能性は」
「組頭まで!」

可愛い弟分の死亡が疑われたり、容疑者呼ばわりされて尊奈門はギリギリと奥歯を噛み締める。確かにこの場にいない以上、難しい立場ではあるが、それにしたってあんまりだと尊奈門は田鹿を睨み付けた。

「福はそんなことしません!するはずがない!」
「少し黙れ、諸泉」
「……福狼丸が唆された結果、宇勝の逃亡を助けることとなったという意味なら、有り得ます。前日に福狼丸は宇勝が忍務に出ることを聞かされて戸惑った様子でしたから」
「アレは素直すぎるからな」
「……そもそも、抜け忍という発想を恐らく福狼丸は持ち合わせていないかと」
「だろうな」

宇勝が目に涙を溜めて「助かるためにお前の助けがいる。頼む、付いて来てくれ」など言って福狼丸に付いて来るように言えば、福狼丸がおろおろしながらも首を縦に振ってしまう光景が実に容易に想像できてしまう。自身が人質になっていることにすら気づいていなさそうだ。

「その後の足取りは」
「……何分、昨夜は雨が酷かったため、目撃した者もおらず、足跡も……。引き続き捜索は続けておりますが……」

隼の若者は肩を落とし、唇を噛み締める。
宇勝、そして福狼丸の手掛かりになるものは雨が消してしまった。

「恐れながら隼隊に伺います。宇勝に与えた忍務は、適当だったのでしょうか」
「どういう意味だ」
「宇勝が逃げ出すのは、想像の範囲だったのでは」

そもそも宇勝を死間に任命することは不自然なのだ。生間や死間は特に忠誠心の厚い者に抜擢されることが多い。宇勝のようにまだ入隊して日の浅い者に忍務を利用して忠誠心を試すのも考えられない。宇勝が幾ら忍務に対して逃げ腰になっていたとしても積極的に切るような真似を隼の小頭はしないだろう。そういう者を奮い立たせることも小頭の業務の内である。
しかしである。
そうは言っても他の隊の忍務に首を突っ込むことは褒められた行為ではない。それぞれの隊にはそれぞれの都合や思惑もあり、小頭の考えもある。だから山本は静観する構えであった。
しかしその結果がこれだ。

「宇勝に死間役を命じたのは私だ」
「は?」

まさかの田鹿の返答に山本は目を見開く。田鹿は感情の読み取れぬ面で、山本の動揺を受け止めている。

「……理由をお聞きしても」
「まあ、待て」

田鹿がつい、と視線を揺らす。山本もその気配が近づいてきていることにそこで気付いて顔を上げた。そうこうしている間に雑渡が高坂を伴い、険しい表情で部屋に入ってきた。

「只今戻りました」
「ご苦労。どこまで知っている」
「状況は粗方陣左から聞きました。ーーどういうことだ、押都」
「どういうこと、とは?」
「とぼけるな。私の部屋にこれがあった」

雑渡は折り目のついた紙を、田鹿や押都の前に叩きつけるように置いた。雑渡は自身が不在にする時、当然ながら罠を幾つか仕掛けている。普段開けない引き出しの周りに僅かに粉が舞った後があった。仕掛けを知らぬ者が開けたら分かる為のものだ。福狼丸にも悪戯に開けぬように教えてあった。だから本人は仕掛けに引っ掛かるわけはない。
皺の付いた宿紙に三つ、言葉が並んでいる。

"簪"
"僕"
"と金"

いずれも、福狼丸の筆跡に違いなかった。
山本がハッと息を飲む。この状況でこの手紙が残されているということは、福狼丸はあらかじめ自身が直接雑渡に報告が出来なくなる可能性を予想していたということになる。
慌てず、あくまで冷静に伝えられるように、と暗号めいた言葉選びをしたのも何者かが吹き込んだに違いない。押都以外にいないだろうと雑渡は断じた。
田鹿は目を細め、当の押都はというと雑面の下で頬を緩める気配すら雑渡は感じ取った。

「私が出る前にはなかった。不在中、福が残したと見て間違いない」
「だろうな」

その瞬間、押都の左頬があった虚空を雑渡の腕が突き抜けた。尊奈門が声を震わせて叫ぶ。

「こ、小頭!?」

まるで重力を感じていないかのように天井の隅に張り付いた押都に雑渡は浴びせかけるような殺気を迸らせ、天井に穴を開ける勢いで蹴り上げようと跳躍した。
その雑渡の視界を突然何かが塞いだ。

「落ち着け、莫迦が」

田鹿が雑渡の首元に腕を掛け、力のままに板間に叩きつける。まともに背中と頭を打ち付け、苦しげに息を漏らす雑渡の首を押さえたまま、田鹿は動かない。

「組頭!押都だけじゃない、あんたも福を巻き込んだろう!」
「半分はそうだ。弁明はせぬ」
「だとしたら私を通すのが筋だろう!」
「お前は応じんだろうからな」
「当たり前だ。福はまだ子どもだぞ!」
「我らは忍び。国に危機となれば使えるものは使う」
「だから餓鬼の手を借りるって?ハッ。忍軍も落ちたもンだね」
「そうだ。餓鬼の手を借りねばならぬほど、事は重大ということだ」
「昆、一年前に侵入を許した曲者を手引きした身内の忍びがいるということに、福狼丸は気付いておったぞ。そして我等がその正体を炙り出すことが未だ叶わんということもな」

仕事だからというのもあるが、雑渡は福狼丸に忍務について決して語らない。漏らしてはならないということもあるが、巻き込みたくもなかったからだ。たとえ福狼丸が渦中の人物だとしても。

「あ、あの、すいません。状況がよく分からないのですが、一年前の曲者と今回の宇勝さんの失踪に関係があるということですか?」

尊奈門がおろおろと雑渡や押都らの顔を見比べながら空気を読まず質問する。山本が横で息を吐きそれに答える。

「押都小頭はその可能性を疑って秘密裏に動き、福狼丸の残した手紙がその裏付けとなったということだ」
「え、山本さん、福がこの手紙で裏付けになると分かるのですか」
「お前なあ」
「う、申し訳ありません」

そもそも一年前の曲者による襲撃には不審な点が幾つかあった。
疑わしい人物して浮上してきたのは家老ではあるが、その家老が忍軍の詰所内に忍び込むことは考えにくい。家老の取り巻きの侍達についても然りである。しかしあの時、曲者の侵入ばかりか、その曲者の殺害まで許してしまった。これが意味することは一つ。忍軍の中に間者が紛れているということだ。その可能性を考えて雑渡は福狼丸の周りを固め福狼丸の教育により力を入れた。黒鷲隊は間者を炙り出そうと慎重に慎重を重ね動いていた。
雑渡は福狼丸を巻き込まぬように多くを語らなかったが押都は逆だ。唯一敵が残した接点である福狼丸を利用する必要があると考え、自衛のためにも福狼丸に少しずつ情報を渡していた。

「簪、というのは例の簪の女だろう。その僕、というのは曲者の部下という意味かと思われる」
「『と金』というのは?将棋の『と金』ですか?」
「恐らくな」

「と金」とは、将棋の盤上で敵陣に侵入した歩の駒が金に成ることを表す。それまでは取るに足らぬと思っていた存在が突然自陣に入ってきた途端、将校級の強さに変わるので、決めの一手ともなり得る。
福狼丸が手紙を残したのは、恐らく宇勝とのデートから城に戻り、就寝するまでの間の時間。故に手紙に書かれている内容が表しているのは宇勝だと云うことは間違いないだろう。

「でも……わざわざ小頭の部屋に手紙を隠さなくても、私や山本さん、押都小頭に直接伝えればよかったのに」
「……何処で何を聞かれているか分からないと警戒したのかもしれん。確実に雑渡に伝わる手段を取ったということは間違いないだろう」

己の不甲斐なさに尊奈門は項垂れる。
押都は雑面の下の顎髭を弄るように顎に当てた指を動かす。
疑問が残るのは、福狼丸が何故宇勝を「と金」と示したのか、そして何故それに気づくことが出来たかということだ。

「ん?ちょっと待ってください。となると、宇勝さんが実は敵国の間者だったということですか?」
「今気付いたのか。まったく」
「でも宇勝さんは、うちの里の生まれ育ちですよね?変装だったってことですか?」
「または敵に懐柔されたか」
「それについてだが」

尊奈門や山本が頭を捻っているところ、押都が口を開き、依然田鹿に首根っこを押さえられている雑渡を見下ろし涼やかに見下ろす。

「宇勝の父親について、里長に確認した」
「父親?」
「そうだ。宇勝の母はうちの里の元くの一ではあるが、父親については秘されていただろう」
「ああ。まあ、確かにね」

宇勝の母は雑渡と同じくらいの年代にはなるが、見目は比較的良いものの、あまりぱっとしない印象の女で雑渡が話をしたことも少ない。産後の肥立が悪かったためか、そのまま臥しがちとなり、あまり他の里の者との関わりも少なかった。

「宇勝の母は、檜山様の妾腹だったそうだ」

雑渡はそれを耳に入れ、咀嚼する中で腹の底が冷えていくのを感じた。檜山という名が雑渡の頭の中に、この一年ずっと棲み付いている。
その名は甚兵衛の側近の一人である、例の家老の名だ。甚兵衛からやや干されかけていたところを、汚名挽回すべくタソガレドキにたたら場を作るという案を持ち出した。これを偶然と流すほど楽観的な思考を雑渡は持ち合わせていない。す、と雑渡は手を挙げ、田鹿に声を掛ける。

「……取り乱しました。申し訳ございません」
「ああ」

田鹿も、雑渡がもう暴れないだろうと踏んで首から手を離す。
居住まいを正し、雑渡は押都に再度問いかけた。

「……いつから?」
「分からぬ。だが宇勝を身籠る頃には確実に、紛れ込んでいたはずだ」

二十年近く。
他所の忍びが宇勝の母に成り変わり堂々とタソガレドキの一員として潜んでいたことになる。しかも国の重鎮の妾腹としてだ。この事実を雑渡達は嫌でも重く受け止める必要があった。
檜山はタソガレドキの中でも由緒ある武家だ。妻子もいる。仮に妾腹である草の根の者が武家の子を身籠ったとして、それを公には出来ない。かと言って忍の里としても家老の血を継ぐ者を蔑ろにするわけにもいかない。故に腫れ物のような位置付けになったのだ。狙ってそこに収まったと云うのであれば、あまりに周到である。
そしてタソガレドキの一角である檜山を徐々に弱体化させ、甚兵衛からの信頼を薄れさせ、それに付け込んで内部から瓦解させる計画だとしたら。
タソガレドキ、特に忍軍の構成は非常に排他的であることが対外にも広く知られている。外部から忍軍に入ることは非常に稀だ。逆を言えば里で育った者への信頼は無条件に高い。それを存分に利用されたと言える。
約二十年と気が遠くなる程長い時間を掛け、細心の注意を払いながらタソガレドキを腐らせる火種を敵地でゆっくり育ててきたのであろう。それが芽吹く前、たった一度、子どもの視界に入ってしまったがために謀略が瓦解しかけているとなれば、相手方の心中も察せられるというものだ。

「少し前、宇勝の母が他界したと報告があった。死体を確認したところ頬も痩け病で窶れ果て、若い頃を知る者はそれが宇勝の母だと言われても分からぬ状態であったそうだ。しかし誰もそれを不審に思わぬまま弔われた」

やられたな、と思った。既に埋められたとあれば、容貌の確認しようもない。

「宇勝がその母の意志を継いでいるという証拠は?」
「証拠は無い。だが、数ヶ月前の福狼丸の証言を元に檜山様の周りを洗った。それでも不審な点は出なかった。最悪の想定として宇勝の名が上がった。故に宇勝を死間を命じて尻尾を出さぬかどうかに賭けたのだ」
「……宇勝が誠に間者であれば、我々が勘付いたと解釈するだろうね」
「『と金』は、『敵に侵入されている』という意味合いが強いかもしれんな」

先程から雑渡の頭にチリチリとずっとちらつくものがある。証拠はない。しかしどうも覚えのある感覚だ。

「……この、蝮の如く執念深く狡猾なやり口、どうも……」
「ああ」

雑渡が口を噤んだ先で、押都が頷く。
どうやら、押都の方が早くその結論には至っていたようだ。

「ドクツルタケか」
「確証はない。だが既に部下を向かわせている。一刻の猶予もないからな」

ドクツルタケはタソガレドキと国境を接している国ではない。寧ろ程遠いとも言える。
タソガレドキより遥かに西。太古よりの自然、そして有数のたたら場を所有する西国随一の大国だ。鉄を制する故に多大なる富を有するばかりでなく、謀略に長け表立って戦をするというより、悟られぬようにひっそり敵の懐に入り込み寝首を掻くような手口を使う印象が強い。
今回の一連の出来事は正にそれだった。

「……宇勝は、我々に気付かれずどうやって本国と通じていたのでしょう」
「確かにな」

山本がふと呟いたその問いに、雑渡は眉を顰めた。

「……六斎市だ」
「小頭?」
「福は簪の女に会った日、檜山様の姿も目撃したと言ってたね。檜山様の従僕の姿も。その従僕に宇勝が扮していたんじゃない?」
「六斎市に紛れて本国の者と密会していたということか」
「そ。福はあの日、偶然にも宇勝の変装を見てしまった。そして昨日、宇勝を目の前にして、福はそれに気付いてしまった」
「なるほど、それで"僕"か」
「つまり、福が伝えたかったのは、『簪の女に襲われた日に檜山様の側にいた従僕は、間者である。我等が伺い知らぬ間に忍軍に紛れ込みタソガレドキに爪を剥こうとしている』。そういうことだ」
「……そして、見事に爪を立てたというわけだな」

福狼丸がこの場にいない事実がそれを表している。
そこまで理解していたのであれば何故助けを求めなかった。山本や押都、高坂だって側にいた。それなのに。雑渡は腹の底が沸々と煮えるような心地であった。
秋口に同じく姿を消した時と決定的に違うのは、明確にタソガレドキに敵意を抱く者と共に姿を消したということだ。
雑渡は固く拳を握り込む。

(どうか、)

(どうか)

宇勝がそれを母から聞かされたのは、神の域を出た頃だっただろうか。

「黄昏甚兵衛は悪い君主なのです。母はこの国を悪い君主から救うために本国より遣わされたのです。でも、決してそれを悟られてはなりません。決して本心を見せてはなりませんよ。そして母にもしものことがあれば、お前が私の意志を継ぐのです」

母はそう語った。
幼い宇勝は大層混乱した。
里の大人達も、皆悪い君主の手下なのだという。子ども達でさえいつかはその仲間になってしまう。
宇勝の世界の中心は母であった。母が言うならそうだろうと思った。しかし周りと自分が違うということをなんとも虚しいと感じた。
本心を見せぬために外ではうつけを演じた。里での訓練も不真面目を心掛け、目立ちすぎぬよういい塩梅を探った。
そうやってうまく馴染むことが出来ると母は褒めてくれた。今思えば、母は宇勝を転がすのがうまかったのだ。
自身の存在に疑問を抱いたのは、父親と初めて会った時だ。自身がこの国の重鎮との間に出来た非嫡出子だと知った。
初めて、母の言葉を真っ直ぐ受け取れなくなった。母にとって、宇勝はこの国を滅ぼすためのひとつの道具にすぎないのだ。宇勝は自分がとても虚ろな存在に思えた。
母だと、思っていた。
自分との間に確かな愛情のようなものがあるのだと疑わなかった。そんなものは始めから存在しなかったのだ。
今更何をどうしたところで逃げ場がなかった。
タソガレドキから逃げ出したところで、待つのは死だ。タソガレドキからも、恐らく本国からも追われる身となる。そして逃れられないことを理解できないほど身の程知らずでもなかった。

(不幸すぎないか、僕)

元々うつけを演じていたこともあって、入隊も遅かった。宇勝のせめてもの悪足掻きだった。入隊してしまえば、嫌でも忍軍の情報を知ることとなる。それを横流ししなければならなくなる。せめて子どものままでいたかった。
入隊したのは、皮肉にも隼隊だった。
物事付いた頃から仮面を被り嘘に塗れた宇勝にはぴったりだった。敵を騙し、味方を騙し、嘘を塗り固めていく日々だった。

母が亡くなったのはそんな折りだ。

あんなに好きだった母なのに、宇勝が最初に感じたのは歓喜だった。
もしかすると、今なら自分は自由になれるのかもなんて思った。遺言など知るものか。
本国もタソガレドキもどうにでもなればいい。
生まれてからこの方一度たりとも自由ではなかったのだ。そうだ、このまま誰にも気付かれずどこかで戦死したふりをして行方を眩ませてしまおう。
そう思った矢先のことだ。

「宇勝、お前に忍務を命ずる」

小頭の部屋に呼び出された。

(あーあ)

きっと罰が当たったのだ。
母の言いつけを守らず逃げ出そうとしたから。
短く、不毛な人生であった。
何の意味もない、滑稽なばかりで。
何処の誰でもない人間になりたかっただけなのに。
小頭の部屋を出た。
いっそ身でも投げようかと思い絶望していた宇勝の視界に大層立派な着物を纏った女児が現れた。いや、あれは違う。自分達の計画を散々引っ掻き回した張本人だ。
宇勝はそこで天啓を得た。
それが宇勝には天上から現れた自分の人生最後の希望に思えたのだ。

タソガレドキに潜伏していたことが露呈し、本国にすごすごと帰ったとする。十年以上の時間を掛けて何の成果も持ち帰ることなかった者にまさか本国から褒美も労いもあるはずがない。
むしろ敵地で生まれ育ったことへの疑いが掛かり、これまた首を飛ばされるかもしれない。

ーーならば、土産を持って帰るのはどうだろう。

国など知らない。
死間なんて糞食らえ。
生きるのだ。
自分は、生きるのだ。

— End —

Comments 31

ナツ27 天前
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T
t( ^ω^ )moe27 天前
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ミケネコ28 天前
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まつ28 天前

更新ありがとうございます! 福狼丸くん無事でいて...!!っていう自分と、はわわ田鹿組頭...!!ってなってる自分(『ぶんして♡』のうちわ持ってる)がいて全然集中出来なかったのが無念です...!続きハラハラ楽しみに待ってます!

うにょ29 天前
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R
RiN1 个月前
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tama1 个月前
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E
endo1 个月前
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六花1 个月前
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黒兎1 个月前
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Sakuria
Where every work blooms
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