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狼の居ぬ間に 弍

かやこかやこ

ブクマやいいね、タグ付け、コメントなど、いつもありがとうございます! お福ちゃん爆誕の回。特徴:とても可愛い。まるでパズルのピースをはめたように女装がとても似つかわしい。 宇勝 隼隊の新米。五条や高坂達より少し年下。元服も遅く入隊も遅かった。元くのいちの母を持つ。子どもの頃からドジで抜けていることで名を馳せており、何かと厄介者扱いされがち。だった。 デート中、福狼丸に手を引かれる宇勝を眺めながら「福狼丸が頼もしい……だと……?」と五条達も二度見三度見する。 宇勝に対して情けないという気持ちも持ちつつ、「いい年の兄を守ろうと一生懸命しっかり者のお姉ちゃんを気取っている、のに初々しい」的なギャップに三忍の心臓を鷲掴みされる。 宇勝が死間として忍務に出るので冥土の土産に、と聞いて、僅かながら情け心が出たので、山本に許可をもらい、監視にあたる。

相変わらずオリジナル色のつよつよなお話です。

黒鷲の三忍が同室という設定です。ただし捏造です。
隼隊についても原作の設定を踏襲しておりますが、あとは独自で解釈しております。

以上、よろしければお進みください。

発端は椎良の何気ない呟きだった。

「福狼丸って……女装いけるよなあ」

忍軍の長屋で同室である五条と反屋は、椎良のその呟きに対し、寝汚く寝そべっていた五条は怪訝そうな表情を浮かべ、反屋は人の悪い笑みを浮かべる。

「聞こう」

二人は徐に起き上がって居住まいを正す。

「まずあの顔だよ」
「まあ……将来有望なのは分かる」
「雑渡小頭も火傷を負う前、それはそれは美丈夫だったもんな」
「今も麗しいだろ!」
「はいはい、麗しい麗しい」
「そういや福狼丸、まだ髪が短くて結えなかった頃、普通に女子に間違われてたよね」
「ああ〜、そんなことあったな」
「で、次だ。やたら喋り方が丁寧」
「確かに」
「言われてみれば育ちのよい女子でもいける」
「言われてみれば……いけるな女装」
「歩き方もちょこちょこしてるし」
「うーん、確かに大股で歩いてるのは見たことない」
「最近私達に指摘されたからか自分の足音を意識してて、逆に足音が面白いことになってるけど」
「極めつけが、息をするように流れ出る天然の喜車と哀車の術」
「ああ。なんか甘味でもあげたくなるよね」
「ふふって満面の笑みで笑うとき、口に両手当てる癖とか、女子の姿でやるとなかなか破壊力ありそうだよな」
「趣味が出なければな」
「うん。趣味が出なければ」

ふとした思いつきではあったが、むしろ天啓だったのではと思うほど可能性に満ち満ちているではないか。

「やるか」
「よし、やろう」

十三丈と二尺。
福狼丸が割り出したタソガレドキ城天守の高さだ。現代で表せば十階建ての高層住宅よりもやや高いくらいの高さである。石垣などで周辺の土地より更に盛り上がった天守台に立っているため、城全体の標高は更に高いだろう。
福狼丸が播磨方面へと赴いた遊山の道中、幾つかの領地の城を遠目で確認したが、その中でもタソガレドキ城はかなり大きい部類に入る気がした。
福狼丸が長年の努力の末に高さを見出したタソガレドキ城はそれまでに増して雄々しく、堂々たる風格で天を貫いていた。いつか周辺の城の寸法もすべて割り出してみたいものだと福狼丸はうっとりと天守を見上げた。
三忍に指矩をもらってからというもの、福狼丸は念願の天守の高さはもちろん、自邸の屋敷や城内などありとあらゆる場所を計って計って計り倒していた。
特に勾配を計るという概念が福狼丸の中にあまりなかったため、勾配と寸法に関係性があるという事実は福狼丸の視界を更に彩った。
そういえば城大工が指矩で屋根の勾配など、ありとあらゆる場所を計ることが出来ると自慢げに話していた。そこで忍軍の詰所で床に寝そべって指矩を床板に立てていると、僅かだが歪みのある壁を発見した。試しに柱を挟んだもう一つ向こうの壁も計ると、こちらは歪みも特にない。
どうして一枚だけ歪みがあるのだろうと頭を捻る。こんこんと叩いて音を確認してみると、やはりその一枚だけ音が違う。表面の材質に変わりは感じられない。少しずつ検分するようにぺたぺたと壁を触ってみていると、違和感を感じる箇所があった。手のひらに負荷を掛けると奥へと壁が動くようなーー

「こらこらこらこら」
「あ、山本殿」
「シッ」

山本は何時になく慌てた様子で福狼丸を連れてその場を離れた。雑渡の執務室にまで来ると雑渡に断る事なく戸を開ける。雑渡自身は甚兵衛の会合に随行しているため不在である。戸を閉め、周りに気配がないことを確認してから山本は口を開いた。

「福狼丸、あの壁には仕掛けがあるのだ。不用意に触ってはいけない」
「えっ。仕掛けですか」
「そうだ。城内でも一部の人間しか知らないから、間違っても触れ回ったらいけない」
「ど、どんな仕掛けなのですか」
「回転扉だ」
「わあ!すごいです!回転してどうするのですか」

ぱあっと目を輝かせ、頬を緩ませる福狼丸に山本は苦笑する。
福狼丸も男の子である。面白い絡繰は大好物だ。それが分かっているからこそ雑渡達は決して存在を教えなかったというのに。

「敵が侵入した際などに、殿や位の高い方をお守りしたり脱出するために使用する。下手にあの周辺を調べると不審に思う者が現れるから今後はやめなさい。ついでに今回のことも忘れなさい、と言いたいところだが多分無理だろう。しかし尊奈門にも言ってはいけないよ」
「えっ。尊兄さまにもですか?」
「万が一、尊奈門が敵に捕まって城の秘密を下手に知っていたら、尊奈門の命が危なくなるだろう?」
「……分かりました。尊兄さまには言いません」
「ああ、それでいい」

事の重大性を理解したようで、福狼丸はきゅっと唇を横に結ぶ。山本は満足したように頷いた。

「お城の他の場所にもそういった仕掛けがたくさんあるのですか」
「あるにはあるが、教えないぞ」
「……はあい」
「ところで福狼丸。どうやってあの扉に気づいた?」
「指矩で計っておりましたら、あの壁だけ僅かに歪みがあったのです。叩くと音も違いましたので不思議に思って壁を触っておりました」
「……なるほど」

新しい玩具をもらって楽しく床を這いずり回っていたと思ったら、本当にこの子どもは油断がならない、と山本は肝が冷える心地だった。

「城内で少しでも不審に思うものがあったなら、小頭か、押都小頭か、組頭に言うんだ。私でもいい。お前の命に関わるからな」
「わかりました」

話はそれで仕舞いで、山本に連れられて福狼丸は雑渡の部屋を後にした。山本がまた少し疲れたような背中をしているので、福狼丸は「……申し訳ありません」とひとまず謝った。すると山本はふるふると首を横に振る。

「いや、お前は優秀だ、福狼丸。それでいい。しかし、時たまお前が私達の予想を遥かに超えてくるから、時々怖くなるんだよ」
「大丈夫ですよ。福、こわくないですよ」
「そうじゃない。お前が我々の手に届かない場所に行ってしまうのではないかと怖くなるんだ」

山本の言いたいことがはっきり分からず、福狼丸は首を傾げる。その様子に山本はふっと笑みを浮かべ、福狼丸の頭を撫でた。

「あ、いた!」
「福狼丸!」
「あ、黒鷲の皆さん!」

黒鷲隊の三忍が角からひょっこり顔を出した。福狼丸は指矩をもらってからというもの、三忍達にすっかり懐いてしまったのだ。

「先日は大変お世話になりました」
「あ、こりゃどうもご丁寧に」
「福、遂に天守を計ることが出来たのですよ!」
「聞いた聞いた」
「寧ろ私達が参考にしちゃうところまで教えてくれた」
「そうでしたっけ」
「君、喋るのに夢中だったもんね」

黒鷲隊の忍務でさえ城の高さなんてものは出さない。せいぜい何層になっていて、どこの部屋が何をする場所かを大まかに書きつけるくらいである。
天守の高さだけでなく、石垣の高さ、曲輪の広さなど、福狼丸は興奮のあまり捲し立てていたのに三忍はすっかり感心してしまったほどだ。

「あ、違う違う。それより本題だよ」
「そうそう。山本さん、福狼丸をちょーっとお借りしていいですか」
「構わないが、どうかしたのか」
「いや、この前の変身の術の訓練の補習というか、続きというか」
「やり残したことがあるというか」
「えっ。福、何かしてしましたか」
「大丈夫。何かしたというより、まだしてないので試したいというか何というか」
「……よく分からんが変身の術に関することなら任せる。飯時には解放するんだぞ」
「へへ、そりゃ勿論」
「福狼丸もいいか。私達の部屋に準備してあるから」
「はい。何をするのですか」
「そりゃ着いてからのお楽しみ」

やたら言い訳がましく、やたら機嫌のよい三忍に連れられていった先で面倒ごとが待っているとも知らず。

「まずいよこれ」
「うん、まずい」
「えっ、えっ、どうされました」
「いや、大丈夫大丈夫」
「良すぎて引いてるだけ」
「いや、大丈夫?むしろ逆に大丈夫?」
「えっ、福、なにか、なにか変なのですか」
「いやいや、順調順調」
「紅引いちゃお」

「まずいよ、これまずいよ、ハアハア」
「何がまずいのですか。どうしてそんなに笑っておられるのですか」
「動かないで福狼丸。こっちは真剣なんだ」
「んぎゅっ」

「……俺達プロデュース力で食っていけるかも」
「きゃわわ」
「雑渡の血こわい」
「あの……もう動いていいですか」
「アッ、シャベッタ」
「?喋ってもいいですか」
「……イイ」
「……イイ」
「福、どうなったのですか」
「はい、鏡」
「見なよ。俺の福狼丸を」
「わあっ、福、女の子です!」
「女の子だねえ」
「別人みたいで驚きました」
「でしょでしょ」
「似合ってますか?」
「似合いすぎて滅」
「お人形さんかな」
「ハアハア……なあ、誰かに見せようよ」
「尊のヤツからかいに行こ」
「あいつ性癖歪まされちゃうかも」
「いや、ここは陣内左衛門だろ」
「いいね、陣内左衛門の黒歴史作ろ……」
「いい?福狼丸。君は今からお福ちゃんだ」
「お、お福ちゃん」
「そう。喋り方も歩き方もいつものでいいから、お兄さんと手をつなごうな」
「?はい」
「……イイ」
「?い、いいですか?」
「ウン」

三忍に言われるがまま着せ替え人形となった福狼丸は、薄紅色の絹地の小袖に緋袴を身につけていた。童女というより武家の姫の装いである。絹地の着物はあまり着たことがないが随分と肌触りが良いものだと福狼丸は袖をまじまじと眺める。後ろで結っていた髷は下ろされ、前髪を下ろし耳の横で一房だけ赤い紙紐で結えられ残りは下ろしている。表だけでなく袖から覗く手も抜かりなく白粉を施され、水仕事も知らぬ白魚のような手に仕上がっていた。
動く度に視界をさらさらと髪が遮るのが不思議な感覚であった。
手を繋いだ先の五条を見上げれば、なんだか愛おしいものを見るように頬を緩ませている。この格好で何をするのか聞かされていないが、三人に連れられて福狼丸は忍び長屋を出て詰所の方に向かっているようだ。

「あの、五条殿。このお着物、大変立派ですが、福が着ても大丈夫なのでしょうか」
「うん、へーきへーき」
「どちらに向かわれるのですか」
「ちょっと陣内左衛門に用があってね」
「女の子の格好でですか」
「うん、そう」
「福は何をすれば」
「普通にしてくれたらいいよ」
「ええ……?」

わざわざ女装までして、なぜ普通を求められるのかと福狼丸は首を傾げるばかりだった。
その時、正面の角のあたりでどさ、と麻袋か何かが落下する音がした。見れば、瞳孔を見開いて福狼丸に視線を向ける忍びがいた。

「おい、落ちたぞ、宇勝」
「ァ……ァァ……」
「ど、どうされまし……」
「ヒェッ」
「えっ」

福狼丸が口を開くと、体を仰け反らせ、宇勝と呼ばれた忍びは尻餅をついたまま後ずさる。五条達とそれほど年も変わらない若者だ。
自分を見てそんな反応をされてしまい、福狼丸も動揺を隠せない。

「かっ……可愛っ……え、可愛っ……」
「そうだろう、そうだろう」
「分かってるじゃないか」

反屋と椎良が当然というように頷くので、福狼丸はおろおろして五条を見上げる。すると五条まで同じように首肯するばかりである。

「あの、この方はどなたですか」
「隼隊所属の宇勝だよ」
「はあ、宇勝殿」
「ヒェッ」

隼隊の人間と面と向かって話すのは福狼丸は初めてである。小頭が集まる会議の席に同席した際、隼隊の小頭もその場にいたが、あまり話したことがない。宇勝は放心して固まっていたと思ったらがばりと起き上がった。そのまま急に距離を詰めたと思ったら片膝をつき福狼丸の手をそっと握った。

「貴女に一目惚れしました」
「えっ」
「卑しき身であることは承知の上で申し上げます。一度でかまいませぬ。私とデートしてくださりませぬか」
「えっ」
「貴女のような可憐で愛らしいお方は出逢ったことがらございませぬ。何卒」
「あの、その、ご、五条殿」

予想外の事態におろおろするしかなく、思わず五条に助けを求めると、五条は大変人の悪い顔をしていた。

「ははは。宇勝、君、本当に迂闊だね」
「え?」
「この可愛いお姫様は雑渡小頭のところの福狼丸だよ。どうかな。私達の腕で女装させたんだ。そこまで見事に騙されてくれると頑張った甲斐があるなあ」
「え?」
「すみません。福、女子ではないんです……」

宇勝は口を開いたまま福狼丸の姿を上から下まで何度も瞬きをしながら舐めるように凝視する。福狼丸は申し訳なくなってしまい、眉尻を下げる。

「う、嘘だろ。こんなに、こんなに可愛いのに……?」
「ごめんなさい、宇勝殿」
「ぐうっ、可愛っ」

手を額に当て、宇勝は天を仰ぐように嘆息する。そしてそのまま、「いや……」と急に正気に戻り表情を変えた。

「この際、関係ない。僕とデートしてほしい」
「ハア?」
「え、でも、『でえと』とは、女子とでないと出来ないのではないですか?」
「中身が男でもなんでもいい。可愛い女の子を周りに見せびらかしながらデートするという夢を叶えたいんだよ」
「宇勝、お前、それ、自分で言ってて悲しくないのか……?」
「うるせえー!!! いいじゃん!一生の思い出で冥土の土産なんだよ!」
「冥土の土産って……」
「小頭に呼び出されたし!忍務言いつけられたし!僕の人生もう終わりなんだよ、チクショー!」

突然キレ始めた宇勝に、事情を察した五条達は苦い表情を浮かべなるほどと理解したように頷いている。

「……あの、『でえと』とは、どんなことをするのですか」
「まあ、町を一緒にぶらぶらしたり、一緒に茶屋で団子を食べたり、そういう感じのことだな」
「えっと、福は構いませんよ……?」
「えっ、ほんと!?」
「はい」
「やめとけやめとけ」
「そうだよ。宇勝はドジだから、絶対何かやらかすしさ」
「それに、なんか、なんか、可愛い弟分がそういう目で見られるの、なんかやだ」
「どうせ僕はドジで迂闊で落ちこぼれの隼隊員だし!けど一生で一度くらいいい思い出作ったっていいじゃん!」
「おい、お前達。さっきから何騒いでる。周りに迷惑だと思わんのか」

背後から聞き慣れた声がしたと思ったら見慣れた仏頂面の好青年が戸を開けて諌めるように眉を顰めている。宇勝と、三忍、そして福狼丸の姿を目に入れて僅かに目を見開く。

「あ、陣内左衛門」
「ん?おい、どうしてこんなむさ苦しい場所に客人をお連れした。どちらの姫だ」
「……」
「……」
「どうした」
「……」
「……高坂殿」
「………………は?」
「隙あり!」

その瞬間、視界が急に白くなり、一つ遅れて福狼丸はそれが煙幕だと気づいた。急に腕を引かれたと思ったら何者かに抱えられた。見上げた先に宇勝の顔が合う。

「宇勝殿」
「大丈夫、夕餉までにはちゃんと返すから」

なるほど、強行突破でデートに行くらしい。福狼丸が背後を振り返ると慌てて追ってきている高坂や五条達と目が合う。
心配させてはいけないので、高坂達に向けて声を張った。

「お夕飯までには戻りますねー」

声が届いた先で高坂が何故か般若のような顔をして一瞬固まり、そこに五条達が玉突き事故を起こして諸共崩れ落ちた。大丈夫かしらとはらはらしているうちに福狼丸の視界から消えた。

流石に絹地の小袖に緋袴は目立ちすぎるということで、何処で調達したのか平民の女児らしい装いを宇勝に渡され福狼丸は言われるままにそれに袖を通した。
宇勝も忍び装束から普段着の小袖に着替え、城下町までやってきた。宇勝は福狼丸の手を引きながら終始楽しそうにしている。

「さて、何処に行こうか。今日は市が立っているから色々な見世があるよ」
「宇勝殿が行きたいところでよいですよ。福はあまり『でえと』が何かよく分かりませんから」
「福狼丸……えーと」
「あ、お福ちゃんとお呼びください。五条殿がそう仰っておりました」
「分かった。お福ちゃんは何か好きな物はある?」
「福は……計るのがいっとう好きです」
「ああ、なんかいつも計ってるよね」
「ご存知だったのですか」
「まあ、まだ忍軍でないのに詰所でうろうろしている子どもも珍しいからね」
「宇勝殿は何がお好きなのですか」
「えー……自由かな」
「じゆう」
「そう」
「んん、難しいです」
「ま、とりあえずぶらぶらしよっか」
「はい」
「ところで本当に男子なんだよね?」
「?はい。どうかされましたか?」
「いや、なんか、すごく女子っぽいというわけでもないんだけど、何故かあまりに馴染みすぎてて……本当に、女子じゃないんだよね?」
「はい」
「可愛いね」
「ありがとうございます」

以前山本と六斎市を回った時のように、宇勝と福狼丸は見世を見て回ることにした。季節が違うと取り扱う商品も違うためか、以前とまた違う見世や品揃えに福狼丸は純粋にそれを楽しんだ。前回と大きく違う点は見世の者も福郎丸に女子として接する点だった。宇勝は特に訂正しなくていい、と答えたため訂正せずにいた。「お嬢ちゃん、可愛いね!これまけてやるよ!」などと何かと見世の者がおまけをくれるため、その度におろおろして宇勝に視線をやるも「もらっといたら」と頷くので戸惑うばかりだった。
それはいい。
それはいいのだが、この宇勝という男、五条達が言うように忍びとしては壊滅的なほど迂闊な男のようだった。
目を離した隙に水溜りに足が嵌りそうになるし、かと思えば牛糞を踏み掛ける。後ずさったところで壁にぶつかって軒に頭をぶつけるなど、最終的に見兼ねた福狼丸が宇勝の手を引いて先導することとなった。

「いやあ、お福ちゃん、しっかりしているねえ」
「宇勝殿、いつもこうなのですか……?」
「そうなんだよ。だから『うっかり宇勝』って不名誉な渾名まであってさあ」
「んふう。面白い渾名です」
「笑いごとじゃないんだけどなあ」
「今日は福がいるので大丈夫ですよ」
「んぎゅっ」

普段はむしろ警戒心というものを持ち合わせていない福狼丸だが、今日ばかりはしっかり者にジョブチェンジし、宇勝を危険から守るために慎重に周りを見ながら進むことにした。ふと、行く手にある角から此方に視線を向けている老人がいた。見たことのない顔付きの老人だが、身長や関節の位置から察するに反屋である。思わず福狼丸は老人に手を振った。すると反屋も動揺した様子もなく手を振り返してくる。よく目を凝らせば手の皺なども丁寧に作り込んでいるようだ。どうやっているのだろう、と福狼丸は感心するばかりだった。

「あの爺さん、知り合い?」
「はい」
「ふうん」

反屋が忍務中だといけないので、それ以上は福狼丸は心に留めていた。実際は福狼丸達の見張りだったのだが、福狼丸は気づいていなかった。ちなみに五条や椎良も周辺に控えている。
ひとまず宇勝が無事な姿でデートを完遂できるよう、福狼丸は茶屋で一服することを提案した。流石に茶を飲んでいる間は危険もやってきはしないだろうと見込んでのことである。
そう思ったのだが。

「ごめん、お福ちゃん!」
「大丈夫ですよ」
「火傷してない?」
「前掛けが濡れただけですから」

店の者から受け取った番茶を宇勝がひっくり返してしまい、福狼丸は持っていた髪に巻いていた手拭いで前掛けや小袖を拭く。

「あーあ。なんで僕ったらこうドジなんだろ。こんなんだから元服も入隊も遅くてさあ。唯一の肉親である母も亡くなって天涯孤独だし、極めつけが隼隊なんてひどいと思わない?」
「ご家族がいないのですか」
「そうなんだよ」
「隼隊はお嫌なのですか」

隼隊はあまり馴染みがないため、何を専門とする隊なのかあまり福狼丸は知らない。それほどまでに宇勝が嫌がるというのはどういうわけだろう。

「そりゃそうさ。斥候はともかく誰が喜んで死間なんかやりたがるもんか」
「しかん?」
「死ぬことがわかってて命懸けで敵地に潜入することだよ。何のための命だって感じ。うちの隊の殉職率エグいよ」

殉職、という言葉に福狼丸は絶句する。

「あの、さっき冥土の土産と仰っていたのって」
「今まで落ちこぼれで通してきてどうにか逃げ回ってたのに、小頭が無理矢理忍務押し付けてきたんだよ。つまり僕に死んでこいってこと」
「宇勝殿……」
「ああー……死にたくねー」

項垂れる宇勝に、どう言葉をかければいいのかわからず、福狼丸は狼狽えることしかできなかった。

「忍務をお断りすることは出来ないのですか」
「いやあ、今まであの手この手で回避してきたんだけど、今回はさすがに断れば切腹かな」

どう足掻いてもその先には死がある。
宇勝は皮肉げに笑を浮かべた。

「何か、福にできることはございませんか」
「……はは。もうしてもらってるよ。思い出作りに僕と相引してくれたでしょ」
「でも、でも、何か方法は」
「ないんだな、これが」
「……」

忍びという生業が危険であることは福狼丸も承知である。雑渡が三途の川を渡りかけた時も、昨年曲者に襲われた時も、それは感じていた。けれど、「死ね」という忍務はあまりに酷すぎる。

「ーーまあ、そうだね。あるとしたら」
「あるのですか。方法が」
「んー」

宇勝は福狼丸の耳に近付き、福狼丸にしか聞こえない大きさで「知りたかったらさ、」と酷く落ち着いた声で囁いた。

城まで無事に帰ってきた福狼丸は、待ち構えていた高坂と山本に対し、二人の複雑な心情など知らずけろりとした様子で「ただいま戻りました」と告げた。
二人は仁王像のような表情で宇勝を睨み付け、すぐさま福狼丸を自分達の後ろに隠した。

「……二度目はないぞ、宇勝」
「はいはい。くわばらくわばら。ま、どっちにしろないっすけどね」
「減らず口を」
「あの、山本殿、高坂殿。福、楽しかったですよ」
「お前は黙りなさい」
「は、はい」
「じゃあ、今日はありがとう。またね、お福ちゃん」
「はい、宇勝殿」

ひらひらと手を振る宇勝に福狼丸も振り返す。宇勝が去った後、山本と高坂に鋭い目を向けられ、福狼丸は肩を縮ませた。

「ふ、福、ちゃんとお夕飯までに帰りました、よ」
「ああ。そうだな」
「う、宇勝殿も忍軍の方ですし」
「彼奴にお前の監督責任はないし、我々も信頼して任せられる人間にしか普段お前を任せていない」
「う、はい」
「今回無理矢理お前を宇勝から引き離さなかったのは黒鷲の三忍を監視に付けたからだ」
「宇勝と共にいて分かっただろう。お前が気をつけていても宇勝が何か混乱を引き起こす可能性もあるし、お前がそれに巻き込まれる可能性もある」
「だいたい、お前のその女装だがなあ、」
「はい」
「……」
「……?福の女装がどうかされましたか」
「い、いや、その」
「な、なんと言うか」

山本と高坂は突然言い淀み、目を泳がせる。
福狼丸が今身につけているのは、最初に三忍達に着せられていた絹地の立派な着物ではなく、よくある平民の装いだ。城下町を歩くのにはそれ程目立つものでもなかったように思うのだが。

「どこか変ですか?」
「いや……むしろ……似合いすぎてだな……」
「よく拐かしに遭わなかったな、というか」
「?似合っててよかったです」
「そうだな……だが、あまりしない方がいいかもな」
「ああ。早くいつもの格好に戻ってくれ。どうも落ち着かない」
「はあい」

騒動はそれで仕舞いだと、そう山本達も思っていた。

「いい夜だねえ、福狼丸」

「宇勝、殿」

翌日の深夜。
宇勝が忍務のために出発し、その後尾行していた見張りが殺害されているのが発見されたとの報告が上がった。宇勝は消息を消し、抜け忍となった疑惑が浮上した。
この報告に、もう一つ厄介な疑惑が絡んできた。宇勝が消えたと同じ日の夜半、福狼丸が不審な動きをしているのを目撃された後、消息不明となった。
忍軍を抜ける幇助を行った容疑者として、または連れ去られたーー或いは、何処かで殺害されている可能性があるという、いずれにしろ極めて悪い報告として雑渡の耳に届くこととなった。

— End —

Comments 38

B
blue1 个月前

こんな事態になんですが、宇勝だいぶ沼ですね... 冴えないドジっ子のはずだったヘラヘラ宇勝が、最後のシーンでは爽やかな暗黒男でひっくり返りました。楽しい思い出だったはずなのに福ちゃん...😭 展開が読めず楽しみです

感謝感激。1 个月前

あ、かん……

E
endo1 个月前
Sticker
T
tama1 个月前
Sticker
R
RiN1 个月前
Sticker
M
minmin1 个月前
Sticker
ゆ 腹切り丸1 个月前

お福ちゃん…いい響きですね……ʚ( ˘꒳˘ )ɞ

花々1 个月前
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コウヤ1 个月前
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かいわれ大根1 个月前
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ふくぺそ1 个月前
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Sakuria
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