[b:204X年立川。]
高層タワーマンションの一室には、金と銀のコントラストが映える、大層美人な美少女二人がおったとさ。
金のキュートな悪童はかぐや。
銀の月下美人は月見ヤチヨ。
そして、その二人が心から愛しているのが、とある研究所の所長を務める酒寄彩葉である。
かぐやとヤチヨは今、アバターボディを得て現実世界で暮らしている。
彩葉は朝から研究所に出勤しているため、必然的に家ではかぐやとヤチヨで過ごすことが多い。
二人はもともと、同じ8000年の記憶を持っている同一人物だったが、二人の強い希望によって、アバターボディに移行する際に記憶の同期を切ることにした。
そのため、二人が一緒にいる時は、他愛もない話をよくする。
「この間かぐやが彩葉とデートした帰りに彩葉とキスしちゃったんだ!!」
「キ…キキキ…キス!?かぐやと彩葉はキスしたの!?」
「へ?彩葉は割とキスしてくるよ?最初はかぐやからだったのに最近は彩葉のほうが積極的だったり…」
ヤチヨは顔を真っ赤にしながら私に聞いてくる。
「いや、ヤチヨだってキスしてんじゃないの?流石にかぐやとヤチヨがいる時は彩葉してこないけど」
「してない…」
「へ?」
「してないの!!」
ヤチヨは耳まで真っ赤になりながら私に少し大きな声を出す。
「マジで…?」
そんなことを言われたら、私はそう返すしかなかった。
「はい、これかぐやちゃんお手製豆から挽いたコーヒー」
「ありがと、かぐや」
気まずくなってしまったこの空気を変えるために、私は一旦キッチンに逃げ、ヤチヨの分も合わせてコーヒーを淹れて戻った。
「よし、今日はかぐやがヤチヨの相談相手になってあげよう」
普段は私のほうがヤチヨの方に相談をすることが多い。というのも、ヤチヨのほうがどこか歳上というか、お姉ちゃん成分が高いからなのだが。
「で?逆にどこまでしたの?キスはまだなんでしょ?」
「この間…キス寸前まではいったの、でもいざキスしようとすると恥ずかしくて…」
「乙女か!!中学生でも珍しいレベルのピュアピュアじゃん!!」
変なツッコミを入れてしまった。
(というかこれ彩葉分かってて楽しんでるな…?)
昔の彩葉ならヤチヨが顔を近づけただけで、彩葉の方が超ムリ限界ギリになっていた。
「かぐやが思うに、ヤチヨがあとは勇気を出して彩葉に迫ればキスできると思うよ。かぐやはかぐやから彩葉の唇奪ったし!!」
「簡単に言ってくれるねぇ、かぐや!!そんなことできるなら今こうなってないよ!!」
「じゃあかぐやちゃんがレクチャーしてあげる」
私はリビングに置いてあるソファに向かって行き、ヤチヨを手招きする。
ヤチヨは怪訝そうな顔をしてこっちに歩いてくる。
ヤチヨが私の横に立つ。私はヤチヨの腕を掴んでソファに押し倒す。
「こんな風に彩葉を押し倒してキスしちゃえばいいじゃん。ヤチヨならこれだけでいけると思うのに」
私に押し倒されたヤチヨは顔を真っ赤にしてあわあわしながら狼狽えている。
やべー、超おもしろい。
「彩葉ってあんがいグイグイ行くと、そのままの流れでイケちゃうよ。かぐやと彩葉のファーストキスなんて一緒に寝てる時にかぐやから彩葉にキスしにいったし」
「私にはできないよ…」
同じ8000年を持ちながらなぜこうも奥手なのだ私。
まぁ、理由はだいたい察しがつく。
「ヤチヨはさ、彩葉のことが大好きすぎるんだよ」
「え…?当たり前のことを言わないでほしいかな、かぐや」
「そういうことじゃなくて」
私はヤチヨの白い頬に手を添える。
「ヤチヨは彩葉のことが大切すぎて、今のこの幸せな関係から一歩踏み出すのが怖いんだよ。ヤチヨが優しいから。だけどさ、そんなヤチヨのことも彩葉は絶対、受け入れてくれるよ?8000年もお互い共有してるんだし分かるって」
「まぁ、かぐやの場合は彩葉大好きって気持ちが暴走してキスどころか彩葉襲ったに近いけど!!」
「台無しだよ、いい話してたのに」
いつの間にか顔を真っ赤にしていたヤチヨが、呆れたように元の調子に戻る。なんだかつまんないな。
よし、ここはいっちょ、からかってやろう。
「ねぇヤチヨ、かぐやでキスの練習してみる?」
「な…なななな…何言ってんのかぐや!?!?」
「大丈夫大丈夫、かぐやとヤチヨならキスしても自分自身だし、ファーストキスとしてもノーカンでしょ」
もちろん、ギリギリでやめるつもりだ。慌ててるヤチヨなんて普段見れないから、ここで存分に堪能させてもらおう。
「ほら、力抜いて。怖いなら目を閉じてもいいから」
私の唇がヤチヨの唇に近づく。ヤチヨは観念したようにギュッと目を瞑った。
あと数センチというところで私は動きを止め――。
「冗談だよ、ヤチヨ。ちょっと意地悪しすぎちゃった、ごめんごめん」
素直に謝っておこう、ヤチヨ意外とこういうのを根に持つタイプだし。
「しかも、こんなの彩葉に見られたらヤバいしね」
――フラグというのはこう言う時に立つのだろう。気づいた時には手遅れだった。
カチャリ、と玄関の鍵が開く音が聞こえた気がした時には、すでに手遅れだった。
背後から、冷ややかな、しかし聞き馴染んだ愛しい声が響く。
「見られたらヤバいことしてる自覚はあったんだ」
心臓が跳ね上がる。私たちの大好きな人の声だ。
「かぐやあんまりおいたしたらいけないよ」
「はい…」
私はヤチヨから離れ二人してソファに座り直す。
いつの間にか帰宅していた彩葉が、笑顔で私たちの前に立っていた。
「かぐや」
「ひゃ!ひゃい!」
思わず裏返った変な声が出る。
「明日の夜、覚悟してね」
今の彩葉の目は、完全に獲物を狙う捕食者のそれだった。今のかぐやちゃんは、完全にまな板の上の鯉である。彩葉からのこの言葉は、キスなんかでは済まさない、文字通り抱き潰すと言われたのと同義だ。
「ヤチヨ」
「な、なんだい?なんだい?」
ヤチヨが平常心を保とうとおちゃらけたように返事をするが、明らかに声が上擦ってる。そんなヤチヨの前に、彩葉がゆっくりと歩み寄った。
「ヤチヨからキスしてくるの、ずっと待ってて我慢してきたけど…もう無理。私のほうが我慢できなくなってきた」
「い、彩葉…?目が怖いよ…?」
天下のツクヨミ管理人の月見ヤチヨが、ここまで追い詰めらていることがあったろうか。動画にして投稿すれば大バズ確定の超お宝映像である。
彩葉がヤチヨの手を掴んだ。
「ヤチヨ部屋行くよ。もうこっちが我慢できないから。キスとかそんなんじゃ済まさないからね」
「ちょ、ちょっと待って、なんかスイッチ入ってない!?かぐや助けて!!」
ヤチヨが私に助けを求めて手を伸ばす。しかし、明日全く同じ目に遭うことが確定している私に言える言葉は、ただ一つしかなかった。
「水とかポカリ差し入れすっから……頑張れ!!」
私は太陽のような満面の笑顔と親指を立てたサムズアップを贈り、全速力でその場から逃げ出した。
「かぐやーー!助けてーー!」
聞こえません、何にも聞こえません。
次の日の朝、ヤチヨは文字通り生まれたての子鹿みたいに足元をガクガクと震わせていた。
「かぐや…しばらくは恨むからね。でも、ありがとう。無理矢理でも背中押されてなかったら彩葉とキスすることもあとしばらくはできなかったろうし」
「へへん、貸し一つってことにしとくね」
ドヤ顔でそう返した私だったけれけど。
その貸しは、その次の日、ヤチヨと同じように生まれたての子鹿みたいになってる私によって、速攻返されることになるんだけどね。


















抱き潰される相方に水分補給する概念ホント笑う