相変わらずオリジナル要素満載です。
今回オリキャラが出張っており、雑渡さんは残念ながら微塵も出てきません。
問題ないようであればお進みください。
何処かで、宵鳥が鳴いている。
茂みに隠された水の手の出口から辺りを伺えば、押都が音もなく五条の前に降り立った。念のため符牒を示して本人だと確認すると、五条は息を吐く。
「籠城は」
「昨日より」
「ふむ。今回がいくら寝耳に水とはいえドクツルタケ城主はなかなか聡いやつだ。それなりに籠城の備えもあるだろう」
隼隊の働きにより早々にドクツルタケに報せが届いたのを皮切りにドクツルタケ城は一斉に籠城モードに入ってしまった。予め抜け道を幾つか探ってはいたが、思った通りに機能するかどうかは別だった。五条が通ってきた水の手はその一つだ。
「恐らく。そちらは椎良に探らせております。しかし限りある食糧を行き渡らせるとなれば、まず生かす理由もない捕虜から切るでしょう。既に福狼丸が連れ去られて五日以上経っています。もはや一刻の猶予もありません」
大人の忍びでさえ飲まず食わずとなれば危うい頃合いだ。ある程度の可能性を考慮せねばならないと、五条は表情に焦りを滲ませる。
五条の他に、椎良と反屋もドクツルタケに潜伏している。福狼丸の失踪とほぼ同時、甚兵衛の密命による忍務だった。
「そうだな。福狼丸の居場所は突き止められたのか」
「地下に囚われているようですが、かなり警備が堅く……しかし昨日牢から回収された椀には何も入っていなかったようです」
「ほう」
「腹が減って、止むを得ず口にしてしまったのかもしれません」
五条自身、ずっと牢の近くに張り付いているわけにもいかないため、女中達や侍達の噂話を盗み聞きする限りの情報だ。福狼丸はどうやら頑なに飲み食いを拒否しているようだったが、昨日になって空の椀に見張りの侍達も驚いた様子だった。
「忍びとしては失格だが、まあ、頑張った方だろう。侍やこちらさんの忍び達の動向はどうだ」
「正直なところ、籠城の準備で慌ただしくしております。福狼丸の尋問に割く時間の余裕もないのではないでしょうか。福狼丸が重要な何かを漏らした可能性は少ないかと」
「ふむ、狙い目と言えば狙い目だな」
以前、忍術学園に福狼丸が保護された際の経緯は押都も雑渡から聞き及んでいる。何ならあの後礼の品を持っていくという口実で、忍術学園について調査を行った。
忍びの世界では眉唾のような開かれた学舎、しかも生きる伝説である大川の傘の下となれば好奇心が擽られぬ者はーー特に黒鷲の性質上はーーいない。
福狼丸は雑渡の教えを守り、与えられる物を何も口には入れなかった。あれが一日二日のことであったからまだよかったが、今回は話は別である。いっそ強引に口を開かせて水を飲ませるくらいしていないと福狼丸が生きている保証はない。いくら雑渡にとっての急所であるとはいえ、一見すればただの育ちの良さそうな子どもである。是が非でもタソガレドキの秘密を吐かせたい程の存在とは、ドクツルタケとは云え判じ得ないだろう。
籠城は日を追えば追うほど中の者は疲弊していくため、程よく体力気力を削ってから攻めるのが常套手段だが、今回ばかりは福狼丸の命もその消耗される方に含まれる。
甚兵衛達の隊が到着するまで、まだ時間はかかるだろう。もはや正面衝突は避けられぬ事態には変わりないため、福狼丸の救出だけでも急ぎたい。やはり今動くか、と五条は腹を決めようとしていた。
ふと押都が前触れなく五条の背後に向けて何かを投げた。半拍置いて五条か慌てて臨戦体制をとるのと、茂みの奥で金属が弾かれたような音がしたのは同時だった。
「尾行られたな」
「っ、申し訳ありません」
隠密についてそれなりに押都からも信頼を置かれている五条だ。それなりに気を張っていたつもりだがそれでも気取られなかったことは、相手が五条より上手だということを示していた。
しかも抜け道の中は空洞となっており、音も地上より反響しやすい。それなのに気付かれず尾行するとは。茂みの奥から男が声を投げてきた。
「待て。こちらに戦闘の意思はない」
「……」
「おたくらの目的は福くんだろう」
一拍置いて水の手の茂みから音もなく人影が現れる。雲の切れ間から僅かに顔を出した月に照らされ、面が一瞬だけ確認できた。その面に押都は覚えがあった。
「……貴様、忍術学園教師の山田伝蔵か」
「やれやれ、やはり面は割れているか。そういうおたくらはタソガレドキ忍者だな」
「何用だ」
「取引をしたくてね」
「なに?」
「うちの生徒がどさくさに紛れて福くんと一緒に捕まっている。しかも籠城まで始まったもんだから脱出に梃子摺っていてね。今回に限り手を組まんか」
数日前から伊作救出のために潜伏しているが、城内に馴染み、伊作を発見し、状況の把握に努めるのが精一杯で脱出路の確保にまで山田は至っていなかった。ここにきて福狼丸が目当てと思われる若者の後を尾行するとこの抜け道に行き当たった。渡りに船だったのだ。
タソガレドキ自体には山田自身関わりたくないが、福狼丸の件で恐らく相手方に忍術学園への悪い印象はないだろうと踏んで取引を持ちかけるに至った。
「ほう。我々に利があるとは思えんが」
「ある程度、見張りとの信頼関係は築けている。今のところ見張り以外で牢に出入りできるのは私だけだ。私がいれば安全に福くんのところまで案内できる」
「……その話、誠である証拠はあるのか」
「残念だがそんな気の利いたものは今は持ち合わせていないよ。だが、私に付いてくれば福くんにまみえることは可能だ」
それが本当であれば、勝算がぐんと高くなる。
それだけでも手を組む価値はあると押都は考える。しかし冷静になる必要がある。名実共に教師であるとしても、山田は忍びなのだ。油断があってはならない。
「もし、この抜け道をタソガレドキが押さえるのであれば、我々が逃げるのを見逃してほしい。ドクツルタケだけでなくタソガレドキまで相手にしながら一年生を脱出させるにはちと骨が折れるのでね」
「ほう。随分虫のいい話だ。あくまでドクツルタケを相手取るのだ。我々も僅かでも綻びは作りたくない。そこまで言うのなら我々にもう少し益があってもよいとは思うが?」
「あのねえ、勘違いしてもらっちゃ困る。あくまでこっちは好意で提案しているのだから」
「何だと?」
「私自身、福くんに対しては個人的に縁のようなものを感じているが、タソガレドキ自体に迎合するつもりはない。そもそも忍術学園はおたくらとドクツルタケの力の均衡が崩れることを喜ばしいとは思っていない。此処で手打ちとしていただこう」
「ほう、忍術学園は我々を敵に回すと?」
「おや、タソガレドキは恩を仇で返すような国だとは知らなんだ」
ぴんと糸が張ったように二人の間に緊張が走る。少し置いて、押都の纏う空気が緩む。
「……冗談だ。協力に感謝する。それで、お前と忍たま一人の逃走を手伝えばいいということか?」
「ああ。加えて、我々は一切この戦に関与しないと誓う。タソガレドキにはこの伝子の面を貸してやろう。私に扮すれば容易に福くんの元に辿り着けるだけでなく、城内でも目立つことはないぞ」
そう言って山田は押都達の前で素早く面だけ伝子のものに早変わりした。その姿を目にして押都、五条共にぴしりと硬直した。
「…………」
「…………」
「何か?」
「……その、もっとマシな顔はなかったのか?」
「どういう意味よ!失礼ね!」
(こうぐん)
(たそがれ)
(そなえ)
(たつみ)
(かためろ)
(ひつじさる)
(いのほう)
(えんぐん)
「ふ、福狼丸」
隣から聞こえた声と共に意識が戻る。
善法寺ーー改め伊作が不安そうな声で福狼丸を呼んでいるようだった。
ゆるゆると体を起こし、「どうかされましたか」と返事を返すと、安堵した声が返ってきた。
「やけに静かだから、心配になっちゃって」
「はあ、ごめんなさい」
「山田先生も帰ってこないしさ」
「大丈夫ですよ。山田先生はすごい忍びですから。きっと伊作殿を助けてくれますよ」
「福狼丸は?」
「福ですか?」
「そう。福狼丸は誰か助けに来てくれるの?」
「はい。父上達が来てくれますから」
「それならよかった。福狼丸を置いて僕だけ逃げるなんて、なんだか後味が悪いからさ」
「ふふ。ご心配には及びませんよ。福は元々鏑矢なのです」
「どういう意味?」
「ううんと、意味があって此処に来たと申しましょうか」
「難しいからよく分からないけど、福狼丸は大丈夫ってこと?」
「はい」
何故そう言い切れるのかと伊作が尋ねようとした時、蝶番が軋む音と共に慌ただしく誰かが階段を下ってくる音がする。二人はハッと顔を上げた。山田ではない。侍達だ。
松明に照らされ帷子を身に纏った侍達が何かを引き摺って牢の前に降り立つと、福狼丸も伊作も思わず身を強張らせた。侍達は今にも人を斬るのではないかと言う形相で福狼丸の牢の前に来ると引き摺ってきた者を福狼丸の牢に投げ込んだ。目の前にどさりと倒れ込んだ者を目に入れ、福狼丸は一瞬目を疑った。
「う、かつ、殿?」
数日前に牢の前で佇んでいた姿からは想像出来ないほど顔は腫れ上がり、袖や裾から覗く腕や腕も赤黒く変色している。酷い暴行を受けたことが明白だった。地面に転がされて僅かに呻き声が聞こえたため、辛うじて命があることだけは確認できた。
「疫病神が。生かして置くだけ有り難いと思え」
「タソガレドキで果てておればよかったものを」
そう言って宇勝に唾を吐き掛けると、侍達は福狼丸達には目もくれず鍵を掛けてそのまま去って行った。完全に気配が去ると、伊作が泣きそうな声で問いかけた。
「だ、誰なの、それ」
「宇勝殿です」
「誰それぇ」
「福を此処まで連れて来た方です」
怯えた様子の伊作が声を震わせている。
福狼丸の牢の中が見えないから余計に怯えているようだ。
福狼丸は慎重に宇勝の元へにじり寄る。ぐったりと横たわったまま、動く様子がない。
「宇勝殿、大丈夫ですか」
手当も何も出来ないが、福狼丸は宇勝の乱れた髪を避け、顔色を確認しようとした。
元々意識があったのか、ゆっくりと瞼を開くと動じた様子もなく福狼丸に一瞥をくれる。
「莫迦みたい」
そう、虚空に投げた。
「心配するふりとかいいよ。鬱陶しい」
「、でも」
「あーあ」
福狼丸を遮るように宇勝はわざとらしく息を吐き、憎々しげに「最悪だよ」と溢した。
「ほんと、最悪。君のせいだよ。君なんか連れて来たのが運の尽きだ。君さえいなきゃ全部うまくいったのに」
「……ごめんなさい」
手足を投げ出したまま、投げやりな様子で毒付く宇勝に、福狼丸は肩身が狭くなり思わず謝罪する。その様子が余計に宇勝の逆鱗に触れたのか、宇勝は福狼丸を鋭い目で睨み付ける。
「八つ当たりだよ。なに真に受けてんの阿呆。ほんと腹立つ。ぬくぬく愛情受けて育ってきやがって。糞がよ」
宇勝に残されたものは、もう何も残っていなかった。否、最初から何も持っていなかったのだ。
帰るべき家もなければ、家族や仲間と呼べる者も、生きてやるべきことも何も。
誰にも、何にも求められない。ただ疎まれるだけ。ドクツルタケに届いた書状も、表面上は宇勝の身柄を奪還をするという内容だが、実際タソガレドキに身柄を渡された時に宇勝に待ち受けているのは拷問と死のみだ。
「いえ。違うのです。福は望んで宇勝殿に付いて行ったのです。わざとです」
「……は?」
首を横に振ったかと思えば、福狼丸はあっけらかんとした口調でそう返した。宇勝は一瞬聞き流しそうになった。
「宇勝殿に呼び出されたのを、周りに予め報告することだってできました。でも、宇勝殿の誘いが福には都合がよかったので誰にも言いませんでした。つまり宇勝殿にとって都合の悪い状態になるのを福は分かって付いてきました。ごめんなさい」
「は?」
宇勝に向かって福狼丸はぺこりと頭を下げる。
二度三度反芻しても福狼丸の言った内容が正しく咀嚼できず、宇勝は眉間に皺を寄せたままである。福狼丸はどう噛み砕こうかと困惑した様子で頭を捻る。
「えっと」
「説明しろ。何企んでやがる」
「う、宇勝殿が福の味方になってくれるなら、申し上げます」
「はああ?四方八方に嘘撒き散らしていた僕相手と取引のつもり?何言ってんの?莫迦なの?」
呆れを通り越して怒りが湧いてくるのか、次第に宇勝の怒気が強くなる。体が傷みつけられてなければ掴み掛かっていたであろうという覇気である。
「お生まれについて、伺いました。宇勝殿は巻き込まれただけです。生まれた時から一度だって、望まれて何かをされてきたわけではないでしょう」
福狼丸は肩を窄め白状する。
山田からもある程度事情を聞いたが、多くは見張りの侍達や、尋問の忍びが喋っていった。
福狼丸はここに来るまで、ここがドクツルタケだとも知らなければ、宇勝の出生について何も知らなかった。雑渡達が長らく捜索していたタソガレドキに仇をなす間者を逃したくない、という理由もあり宇勝の誘いに応じる形となったが、結果的に宇勝にとって不幸な結果となってしまったことに福狼丸は少なからず罪悪感を感じていた。
宇勝は全てを失った。それは事実だ。
その一因に福狼丸が関与したのも事実である。
しかし今後城支えの忍びとなる上で、己が害した者の一人一人に対してその責を負うなど、明らかに破綻している。
福狼丸の思考は忍びとしては甘すぎる考えに他ならない。宇勝は吐き捨てる。
「だから僕がやってきたこと見逃すって?頭沸いてんの?今更誰も僕は被害者だなんて思わないよ」
「福は、」
福狼丸は、静かに口を開く。
「福は、忌み子として生まれました」
そして、宇勝を真っ直ぐ見つめる。
福狼丸の出生についても宇勝は当然知っている。福狼丸が生まれた時ことは宇勝も当時知らなかったが、雑渡が寺から甥を引き取ってきた話や、雑渡の壮絶な火傷療養について知らぬ者は狭い里の中ではもはや居ないと言えよう。
「タソガレドキや父上に不幸を招くのではないかと、里の方々からはあまり良く思われてはおらず、父上の部下の方々以外とはずっと、仲良くなれませんでした」
「……だから、それが何」
唐突に福狼丸の自分語りが始まったことに、宇勝は苛つきを覚える。
「ある時、父上が福に仰ってくれました。福は忌み子として生まれたかとしれないけれど、福を齎す子に生まれ変わったんだと。だからもう大丈夫だよ、と」
「……」
「そうなんだ、と思いました。福は父上のその言葉にとても救われました。忌み子として生きるより、福を齎す子になろうと思いました」
実際に一度死んで生まれ直したわけではない。けれど福狼丸にとって、福狼丸の中で、あの時確かに何かが変わったのだ。
「福がどう生まれたかは、変わりません。けれど自分がどう生きたいのかという想いと、自分を信じてくださる方さえいれば、人は生まれ変われるのだと福は知りました。福は変われました。宇勝殿がもし一人ぼっちで、誰も味方がいらっしゃらないというなら、福は宇勝殿を信じます。だって福はずっと、父上にそうしてもらってきました」
詭弁だ。綺麗事にも程がある。
馬鹿げすぎていて口も挟めない。なのにその瞬間、宇勝は喉の奥がつっかえて、苦しくて、すぐに言葉を紡げなくなった。
「へえ。僕みたいな外れ者なんかのために自ら骨を折ろうとするんだ」
「……だって、福は宇勝殿の計画を駄目にし、宇勝殿から『帰る場所』を奪いました」
「……は」
「タソガレドキにとっての憂いを失くすためには宇勝殿の母国を攻めることになると、福は予想しておりました。福は自分の選択を後悔はしていません。しかし、福は大切なものを奪ってしまったことを宇勝殿へ償わねばなりません」
帰る場所がある、ということが何物にも変えがたいことを福狼丸は知っている。敵とはいえ、福狼丸は自らの選択で宇勝の帰る場所を奪った。雑渡やタソガレドキにとって、それはきっと正解だろう。しかしそれだけの都合で誰かの帰る場所を理不尽に奪ってしまうことを福狼丸は「立派な忍び」のすることと言えるだろうかと思うと、どうしても胸の内で燻ってしまうものがあった。
「ハッ、そういうのを傲慢って言うんだよ。何の力もない餓鬼を信じたところで、忍軍は疑わしい者を捨て置くものか」
そもそも償いたいだなんてものの大半は、自分の罪悪感を減らして楽になりたいという心の現れである。力もなければ、権力もない。そんな子どもの戯言に宇勝が耳を貸す筈はなかった。
「勿論分かっております。精一杯、父上にお願いします」
「アホらし。寝る」
呆れ果てた。大層ご立派な心掛けだと思ったら、中身は稚拙でしかなかった。どうやら雑渡家の跡取りは頭の中にすっかり花が咲いているようだった。宇勝は福狼丸に背を向けて目を閉じる。
くだらない。
他人を信じることなど、この世で最もくだらないことだと思った。
「宇勝殿。本当ですよ。本当に、福は本気ですからね」
「……」
茣蓙の上で横たわったまま、そのまま宇勝は何も答えなかった。
昔。
遠い昔。
父親に草子をもらった。
南蛮に伝わる寓話を訳した物で、短い話がいくつも載っており、母の膝の上で読みきかせてもらった。
その中でも蝙蝠の話が記憶に残っている。
鳥の軍と獣の軍の間で戦があった。鳥が勝ちそうになると蝙蝠は「自分には羽がある。鳥の味方だ」と言って鳥に擦り寄り、獣が勝ちそうになると「自分には毛皮がある。獣の味方だ」と言って獣に擦り寄った。
そうして戦が終わった時、蝙蝠は両軍どちらからも信用を得られず、どちらからも裏切り者として排斥されてしまった、という話だ。
なんと滑稽な話だろう。
嗚呼。
まるで自分のようだ。
なんて、莫迦らしい。
























