Novel9 days ago · 5.8k chars · 1 pages

兎の巣穴、蛸の潜窟。

カルネカルネ

獣人の子供🐰🐙と高校生🦊さんの話。第四話です。 ヤチヨメイン回でございます。ご査収ください。

夕焼けに染まったアパートの階段を上りながら、私は小さく息を吐いた。

「つ、疲れた……」

 学校。バイト。そして買い物。
 今日も今日とて慌ただしい一日だった。
 鞄を肩に掛け直しながら玄関の鍵を開ける。

 がちゃり。
 扉を開いた、その瞬間だった。

「おかえりーっ!!」
「うわっ!?」

 小さな影が飛び出してくる。
 次の瞬間には私の胸へ勢いよく飛び込んできていた。

「わぷっ!」

 慌てて受け止める。

「か、かぐや!?」
「えへへ〜。」

 嬉しそうな笑顔。
 私は驚きながらも、ふっと表情を緩めた。

「びっくりしたぁ……」

 昨日なら「行かないで」と引き留めていたかぐやが、今日はちゃんと笑って帰りを迎えてくれている。
 その変化が少し嬉しかった。

「ただいま。」

 そう言って頭を撫でる。
 かぐやは気持ち良さそうに目を細めた。

「おかえり!」

 もう一度。
 今度はさっきよりは少しだけ穏やかな声で。
 私は思わず笑う。

 ――と。
 そこでふと違和感を覚えた。

「あれ?」

 私は玄関の先を見る。
 リビング、台所。寝室。
 どこにも見当たらない。

「……ヤチヨは?」

 あの子なら、かぐやほど派手ではなくても顔ぐらいは出してくれる。
 なのに今日は姿が見えない。
 昨日の出来事が脳裏をよぎる。
 服の山。巣。拗ねたかぐや。
 嫌な予感が少しだけ胸を掠めた。

 いやいや。
 流石に考えすぎだろう。
 昨日のかぐやの時とは違って、たまたま別の部屋にいるだけかもしれない。
 そう思いながら聞く。

「ヤチヨはどこ?」

 するとかぐやは首を傾げた。

「ヤチヨなら多分どっかに隠れてるよ?」
「えっ。」

 私の動きが止まった。

「……隠れてる?」
「うん。」

 嫌な予感が一段階強くなる。

「な、なんで……?」
「ん~。」

 かぐやは少し考えて。

「分かんない!」
「えっ!?」

 分からないの!?と、私は思わず声を上げた。

「だ、だってヤチヨでしょ!?」
「うん。」
「なんで隠れてるの!?」
「分かんない!」

 元気いっぱいの返答だった。
 その表情を見ても私は全然安心できない。脳内で警報が鳴り始める。

 そういえば本で読んだ。
 蛸の獣人は環境の変化に弱い、と。
 新しい環境。慣れない生活。慣れない人間社会。
 そして。
 思い返してみればヤチヨは最近ずっとどこか落ち着かない様子だった。
 自分には懐いてくれた。
 一緒にご飯も食べるし、買い物にも行く。よく笑うようにもなった。
 けれど。
 時々窓の外を眺めていた。
 時々部屋の隅に座っていた。
 時々妙にソワソワしていた。

 あれはもしかして――

「この家に馴染めてなかった……?」

 私の顔から血の気が引いた。

「えっ。」

 かぐやが首を傾げる。

「ヤチヨ、大丈夫かな……?」
「分かんない!」
「それは分かったから!」

 三回目だった。
 かぐやの情報が全く役に立たない。
 私は頭を抱える。
 本。役所の人の話。最近の様子。
 全てが一本の線で繋がっていく。
 これはまずい。恐らく非常にまずい。

「は、早く探さなきゃ!!」

 私は立ち上がる。
 すると。
 かぐやの耳がぴこんと立った。

「じゃあ!」
「え?」
「先にヤチヨ見つけた方が勝ちね!」
「競争じゃないからね!?」

 私の声が部屋に響く。
 しかし当のかぐやは楽しそうだった。

「よーい!」
「待って待って待って!」
「どん!」

 ばたばたばたっ!
 かぐやが勢いよく走り出す。

「聞いてよ!?」

 私も慌てて後を追った。
 こうして。
 酒寄家(総勢2名)によるヤチヨ捜索大作戦が幕を開けたのだった。

「ヤチヨー!」

 私はまず寝室へ向かう。
 布団をめくる。

「いない。」

 クローゼットを開ける。

「……いない。」

 ベランダも確認する。

「………いない。」

 ますます不安になる。

「ヤチヨー!」

 もう一度呼びかける。やはり返事はない。
 そんな中。

「彩葉、あれ!」

 後ろからかぐやの声がした。
 振り返ると、かぐやがリビングの隅を指差している。

「え?」
「あの中、ヤチヨが好きそう。」

 置いてある段ボール箱。
 私は半信半疑で覗き込む。
 当然いない。

「いないじゃん。」
「じゃあソファの下!」
「いやまず入れないでしょ。」
「ヤチヨなら入れる!」
「どういう事……?」

 半信半疑だが一応確認する。
 当然いない。

「……いない。」
「じゃあ浴槽!」
「なんで!?」
「そりゃ暗いし。」
「理由それだけ!?」

 確認する。
 いない。

「洗濯機の中!流し台の下!」
「流石にいないでしょ……」

 それでも一応確認する。
 やっぱりいない。

 ……疲れてきた。

「適当な事言ってない?」
「言ってない!」
「ホントかなぁ……」
「ヤチヨは暗くて狭いところが好きだもん。」
「それでも流石に段ボールの中は無いと思うんだけど……」

 もう一度部屋を見回す。

 ヤチヨは暗くて狭い場所が好きだって、かぐやは言っていた。
 まだ探してなくて、暗くて、狭い場所といえば……

「……。」

 その時。
 ふと視界の端に押し入れが映った。

「暗くて狭いところ……」

 私はゆっくり近付く。
 押し入れを開ける。
 毛布に段ボール、季節外れの服。そこは色々詰め込まれている。

「いや、流石にここは――」

 そこで言葉が止まった。

 荷物と荷物の隙間。
 ぎゅうぎゅうの空間の最奥。
 そこから、白い髪が少しだけ見えている。

「……。」

 私は固まった。
 さらによく見る。
 小さく上下する肩。
 時々ぴくりと動く手。
 そして。

「すぅ……。」

 寝息。

「いた!!」

 思わず叫んだ。

「えっ!?」

 かぐやが飛んでくる。
 押し入れを覗き込み。

「あー!!」

 かぐやはなぜか叫んだ。

「負けた〜!」
「そういや競争してたな……」

 私は遠い目をした。
 こっちは心配で寿命が縮んだというのに。
 当の本人は、押し入れの奥で気持ち良さそうに眠っている。

「ヤチヨ。」

 私が声を掛ける。

「ん〜……」

 眠そうな返事。

「……こんな所で何してるの?」

 数秒。
 ヤチヨはゆっくり目を開けた。
 そして。

「……お気に入りなの。」
「え?」
「ここ。」

 そう言って周囲を見回す。
 狭くて、暗い。物がいっぱい。
 どう見ても快適そうには見えない。
 だがヤチヨは満足そうだった。

「この家の中で一番好き。」
「そ、そうなんだ……」

 ぽつりと言う。
 ヤチヨの言葉と行動に、私はまだ困惑している。
 そんな私をよそに、ヤチヨはまだ眠そうな声で呟く。

「彩葉の家、なんか落ち着く。」
「……。」

 私は安堵から小さく息を吐く。
 さっきまで最悪の想像ばかりしていた。
 家が嫌だったのかもしれないとか、ストレスだったのかもしれないとか。
 そんなことばかり考えていた。

 でも違った。
 ヤチヨは。
 この家を居場所だと思ってくれていた。
 だからこそ、自分にとって安心できる場所を見付けて、そこでのんびり昼寝をしていただけだった。

「……そっか。」

 彩葉は思わず笑う。

「なら良かった。」

 ヤチヨも少しだけ笑った。
 その横で。

「次はかぐやが見つける!」

 かぐやが謎の闘志を燃やしていた。

「何を?」
「ヤチヨ!」
「本人ここにいるけど?」
「じゃあ今からもっと難しい所に隠れて!」
「えぇ〜?」

 困ったように笑うヤチヨ。
 その様子を見ながら彩葉は思う。

 多分、明日も。明後日も。
 帰ってきたらこんな騒ぎになるんだろう。
 でも。
 それも楽しいかもしれない。

 そう思いながら、彩葉は押し入れの奥からヤチヨを引っ張り出した。

 仲良く夕食を食べ終えた後。
 食器洗いも終わり、三人は居間でのんびりと過ごしていた。
 かぐやは床に寝転がりながらぬいぐるみを抱き締めている。ヤチヨはソファの背もたれに顎を乗せてぼんやりしていた。

 そんな中。
 彩葉だけはテーブルに向かい、何やら真剣な顔でノートに文字を書いていた。

 さらさら。
 鉛筆が紙を擦る音だけが静かに響く。

「……?」

 かぐやの耳がぴくりと動いた。
 しばらく様子を見ていたが、やがて気になったのか起き上がる。

「ねぇ、いろは。」
「ん?」
「何書いてるの?」

 彩葉の肩がびくりと跳ねた。

「えっ。」
「お絵かき?」
「い、いや。」

 慌ててノートを閉じる。

「な、何でもないよ。」

 そして素早く抱き抱えた。
 その露骨な反応に。
 今度はヤチヨが顔を上げる。

「……怪しい。」
「怪しい物じゃないよ!?」
「怪しい人はみんなそう言う。」
「うぐっ……」

 痛いところを突かれた。

 ヤチヨはじっと彩葉を見る。

「それ、後ろめたい事がある人の常套句だよ。」
「じょーとーく?」

 かぐやが首を傾げる。

「よく使う言葉って意味。」
「へぇ〜、いろはが怪しい人って事?」
「そういう事。」
「違う!!」

 慌てて否定するが、二人の視線は変わらず、私の方を見続けている。

 じーっ。

「……。」

 じーーっ。

「……。」

 じーーーーっ。

「……分かったって!」

 彩葉はとうとう観念した。

「見せればいいんでしょ、見せれば!」

 そう言って立ち上がる。
 手を伸ばした先は棚。
 その中にノートをしまおうとしていたらしい。
 彩葉は隠しかけていたノートを取り出し、再びテーブルへ戻った。

「はい。」

 恐る恐る差し出す。

「み、見ても良いけど笑わないでね。」

 二人は揃ってノートを覗き込んだ。
 そこには細かな文字で様々な事が書かれていた。

『・兎の獣人はストレスに弱い為、小さな環境変化にも注意すること』
『・孤独を苦手とする傾向あり』
『・蛸の獣人は環境変化に敏感』
『・室温、水分補給に注意』
『・不安な時は落ち着ける場所を用意すること』

「……。」
「……。」

 二人が黙り込む。
 彩葉はいたたまれなくなってきて。

「こ、これは!」

 慌てて弁解する。

「学校の為に勉強してただけで!」

「つ、ついでに二人のこと知りたいなって思って!」

「だから忘れないようにメモしてただけで!」

 ぱらり。
 ヤチヨがページをめくる。
 さらに後ろの方。
 そこには最近書き加えられたらしい内容が並んでいた。

『かぐや』

・オムライスが好き
・ぬいぐるみが好き
・寂しがり
・耳を撫でられると機嫌が良くなる
・尻尾はダメ

『ヤチヨ』

・水が好き
・お湯も好き
・暗くて狭い場所が好き
・昼寝が好き
・押し入れ率高め

「押し入れ率高めって何。」
「……今日の印象。」

 私は真顔で答えた。

「ひどい。」
「事実じゃん。」

 そんなやり取りをしながらも、どこか居心地が悪くて私は頬を掻いた。

「なんで隠してたの?」

 ヤチヨが尋ねる。

「え?」
「別に普通じゃない?」
「いや……」

 彩葉は視線を逸らした。

「なんかペット扱いしてるみたいかなって。」

「それで、怒られるかと思って……」

 一瞬。
 沈黙が落ちる。
 かぐやがきょとんとした。

「そんなので怒んないよ?ね、ヤチヨ。」
「いや。」

 ヤチヨが即答した。

「怒ってるよ。」
「「えっ。」」

 彩葉とかぐやの声が重なる。
 彩葉の顔がみるみる青くなった。

「ご、ごめん!!」

「やっぱり嫌だった!?」
「違う。」

 ヤチヨはそう言ってテーブルの上の鉛筆を手に取った。
 そして。
 さらさら、と何かを書き足す。

「はい。」
「……?」

 彩葉は恐る恐るノートを覗き込む。
 そこには。

『ヤチヨ』

・彩葉が好き

 と書き加えられていた。

「……。」

 私は完全に固まる。
 ヤチヨは満足そうに頷いた。

「これで良し。」
「え?」
「好きなものが足りなかった。」

 あまりにも真面目な顔で言うので、私は言葉を失った。

「え、えぇ……」

 頬が少し熱い。
 そんな私を見ていたかぐやが首を傾げた。

「ねぇヤチヨ。」
「ん?」
「なんて書いたの?」
「好きなもののところに。」

 ヤチヨはさらりと言った。

「彩葉が好きって書いた。」
「えっ。」

 かぐやの耳がぴんと立つ。

「じゃあかぐやも書く!」
「え、ちょ――」

 鉛筆を奪い取る。
 そして一生懸命文字を書き始めた。

 さらさら。
 さらさらさら。

「できた!」

 満足そうに胸を張る。
 彩葉はまた恐る恐るノートを覗き込んだ。

『かぐや』

好きなもの

・いろはがだいすき!!

 少し歪な文字で、何だったら大きさも揃っていない。
 けれど、その一文字一文字から伝わってくる気持ちは、痛いほど真っ直ぐだった。

「……。」

 彩葉はしばらくその文字を見つめる。

 今日のこと。
 昨日のこと。
 二人と出会った日のこと。
 色々な記憶が頭を過ぎった。

 そして。

「……ふふっ。」

 思わず笑みが零れた。
 ヤチヨが不思議そうに首を傾げる。

「どうしたの?」
「ううん。」

 彩葉は首を横に振った。
 それから。
 二人の頭をそっと撫でる。

「私もだよ、二人とも。」

 一瞬だけ静かになる。
 そして。
 かぐやが嬉しそうに笑った。
 ヤチヨも少しだけ目を細める。
 窓の外では夜風が静かに吹いていた。

 けれどその部屋の中だけは、不思議なほど温かかった。
 多分、二人が私に抱き着いているからだろう。今はそう思う事にした。

— End —

Comments 9

蓮零(レンヤ)8 天前
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蓮零(レンヤ)8 天前

可愛いなぁ…かぐヤチと彩葉さんのこのほっこりする温かくて騒がしくてでも愛しい…押し入れのなかで安心して眠るヤチヨさん。蛸の本能出てるなぁ…2人の種族の特徴や要所を書いてたり、2人の観察した様子とか書いたりしていた彩葉さんのノートに2人が彩葉さんが好きと書いてるの可愛すぎました…

放課後延長戦8 天前
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しおん8 天前

平穏回ありがてえ...

やぎ8 天前

ちょっとこのままずっと日常回をを見ていたい、できれば大人になるまでの経過を見続けていたい

C
chorimoto9 天前
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牧之原爽9 天前

ひゃぁかわいい…かわいいが渋滞してる…この渋滞だけはなんぼあっても困らんわ… ありがとうございます

名無しその39 天前

あらあら微笑ましい

A
AAAAAAAA9 天前

投稿頻度が神すぎます。 ありがとうございます🙇

Sakuria
Where every work blooms
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