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お名前はなんていうの?

にどらにどら

舌足らずなのかわいい

その日ヤチヨは学校終わりのカラオケ三昧で帰る時間も遅くなり、疲れ果てていた。
(喉いたいよ〜、歌いすぎた…)
ふとスマホのロック画面で日付と時間を見る。
「やば、もう9時〜…?あ、」
そういえば明日からゴールデンウィークである。高校3年生のヤチヨにとっては進路活動が始まる前の最後の連休であるため、全力で遊び尽くすつもりだ。
(ちょっとした旅行とか行ってみたいな〜)
そんなことを考えながら、一人暮らしのアパートの前まで来た時、ふと小さな影が目に入った。
本当に小さな、、小学生?いやいやなんでこんな時間に私のアパートの前に?
街灯の薄暗い光の下、近づいてみると、だんだんとはっきりと姿が見えてくる。
「……えっ?」
ヤチヨは思わず足を止めた。
そこにあった影は、ただの迷子の子供ではなかった。
ぼろぼろの大きなTシャツを一枚だけすっぽりと被ったような格好の、小さな女の子。年齢は6歳か、7歳くらいだろうか。
そして何よりヤチヨの目を引いたのは、その子の頭頂部からピンと生えている、大きな二つの『獣の耳』と、お尻の辺りから伸びる、土埃で汚れたふさふさの『尻尾』だった。
(キツネ……の、獣人……?)
この世界には稀に獣人の子供が存在するが、こんな夜更けに一人で、しかも薄着でうずくまっているなんて異常だ。
女の子はガタガタと震えながら、警戒心に満ちた青緑色の瞳でヤチヨをじっと睨みつけていた。
その首には、不自然に立派な革の首輪が嵌められている。
「……迷子〜? 寒くないの〜?」
ヤチヨがゆっくりとしゃがみ込み、極力優しい声で問いかけると、キツネの女の子はビクッと肩を震わせ、喉の奥で「グルル……」と小さく威嚇するような音を鳴らした。
しかし、その威嚇は全く怖くなく、むしろ助けを求める小さな悲鳴のようにヤチヨの耳には響いた。
「大丈夫だよ〜、何もしないよ〜。 とりあえず、お部屋入ろっか? 夜は冷えるからね〜」
ヤチヨがそっと手を伸ばすと、女の子は怯えながらも、寒さと空腹には勝てなかったのか、抵抗することなくヤチヨの腕の中にすっぽりと収まった。
羽のように軽かった。まるで骨と皮だけなんじゃないかと思うほどに。
(放っておけないよねぇ、こんなの)

ヤチヨは小さなキツネの女の子を抱き抱えたまま、アパートの扉を開けた。
明るいリビングの照明をつけると、女の子は眩しそうに目を細め、ヤチヨの胸に顔を埋めた。
(可愛い〜♡)
ソファにそっと降ろしてあげると、尻尾を足の間に巻き込んで、所在なげにモジモジとしている。
ヤチヨは女の子の首に嵌められた革の首輪に、小さな金属製のネームプレートがついていることに気がついた。
「ん〜? お名前、書いてあるねぇ」
ヤチヨが顔を近づけてプレートを覗き込むと、そこには『酒寄彩葉』と彫られていた。
「酒寄彩葉……『さかより いろは』ちゃん、かな?」
ヤチヨがそう口にした瞬間。
「いおは……んん…いろ…いろは……、いろはちゃん?」
女の子は、舌足らずな声で一生懸命に自分の名前を紡ごうとしていた。首輪についた『酒寄彩葉』の文字から、なんとなく「いろは」と言おうとしている事がヤチヨにも伝わった。
「いろはちゃん…だよね?」
「ん」
小さく頷くキツネの女の子。その仕草があまりにも愛らしくて、ヤチヨの胸の奥がきゅんと鳴る。
「よろしくね、彩葉ちゃん。わたしは〜ヤ、チ、ヨ。」
ヤチヨは自分の顎を人差し指でトントンと叩きながら、ゆっくりと自分の名前を名乗る。
目の前の小さな生き物は、頭の上のキツネ耳をぴくぴくとさせて、少ししてからヤチヨの名前を復唱した。
「や、ちょ」
(可ぁ愛い〜♡)
ヤチヨは内心で身悶えしながらも、優しく微笑んだ。
「そう、ヤチヨだよ〜☆ えへへ、上手に言えたねぇ。……それじゃあ、彩葉ちゃん。お洋服も体も泥んこだから、先にお風呂に入ろっか?」
しかし、『お風呂』という単語が出た途端、彩葉の耳がピーンと後ろに倒れ、尻尾の毛がボワッと逆立った。
獣人は本能的に水やシャワーの音を嫌がる子が多い。彩葉も例外ではないようだった。
「や……っ!」
「いやじゃないよ〜、綺麗にしないと風邪ひいちゃうからね〜。ほら、おいで〜☆」
「ゔゔゔ!」
ヤチヨが抱き上げようとすると、彩葉はパニックを起こしてヤチヨの腕の中でバタバタと暴れ出した。
そして、浴室のドアが開き、シャワーの温かいお湯の音が聞こえた瞬間。
「がうっ!」
「痛った〜!?」
彩葉の小さな口が大きく開き、ヤチヨの右腕にガブリと噛み付いた。
ただの子供の噛みつきではない。獣人の鋭く尖った犬歯が、ヤチヨの白い肌に容赦なく突き立てられる。
(っ〜〜! 結構本気で痛いかも〜……っ!)
血が出るほどではないものの、肌に食い込む鋭い痛みにヤチヨは顔をしかめた。しかし、彩葉を振り払うことはしなかった。
怯えているのだ。見ず知らずの人間に拾われ、怖い水場に連れてこられて、パニックになっているだけ。
「痛いよ〜、彩葉ちゃん。でも、ヤチヨは怒らないからね〜。大丈夫、怖くないよ〜」
ヤチヨは噛み付かれたままの腕を動かさず、もう片方の手で彩葉の濡れた髪と、震えるキツネ耳の付け根を優しく、優しく撫でた。
「あぅ……んぅ……」
ヤチヨの穏やかな声と温かい撫で方に、彩葉の顎の力が少しずつ抜けていく。
ガブリという本気の噛みつきから、ハグハグと歯を立てるだけの『甘噛み』へと変わっていった。

「えらいねぇ〜、彩葉ちゃん。お湯、あったかいでしょ〜?」
「んぅ……っ」
彩葉はヤチヨの腕を噛んだまま、しがみつくようにしてお湯を浴びた。シャワーヘッドから出るお湯に怯えるたびに、彩葉の犬歯がヤチヨの腕にチクッチクッと食い込む。
シャンプーの泡でキツネ耳を洗う時も、ふさふさの尻尾を洗う時も、彩葉は不安そうにヤチヨの腕をガジガジと噛み続けていた。

お風呂上がり。
ふわふわのバスタオルで彩葉を包み込み、ドライヤーで髪と尻尾を乾かしてあげる。
ヤチヨのダボダボのTシャツを着せられた彩葉は、すっかり綺麗になって、紺色の髪と青緑の瞳がキラキラと輝いていた。
「よしっ、ふっかふかになったね〜☆ ……あ、そうだ。彩葉ちゃん、お爪も伸びてるから切っちゃおっか」
ヤチヨが爪切りを取り出した瞬間、彩葉は再びビクッと身体を強張らせた。
獣にとって爪は武器であり、それを切られることは本能的な恐怖を伴う。
「やっ……! やぁ……っ!」
「動かないでね〜、お肉切っちゃうと痛いからね〜」
「がうっ!」
案の定、彩葉はヤチヨの左腕にガブリと甘噛みをした。
お風呂の時と同じだ。嫌がって、怖がって、でも本気で噛みちぎる勇気もなくて、ただ不安を誤魔化すように鋭い犬歯をヤチヨの腕に押し当てる。
「んんっ〜、彩葉ちゃんの歯、チクチクするよ〜。はい、右のお手手おしまい〜。次は左ね〜」
「うーっ……がう、がうっ!」
パチン、パチンと爪が切られるたびに、彩葉はヤチヨの腕をハグハグと噛む。
ヤチヨの両腕には、すでに彩葉の鋭い犬歯がつけた小さな赤い痕が、ぽつぽつといくつも残ってしまっていた。
「はい、おっしまい! がんばったね〜、彩葉ちゃん☆」
「……んぅ」
爪切りが終わり、ようやく解放された彩葉は、ふいっと顔を逸らしてソファの隅っこに丸まった。
ヤチヨはそんな彩葉を微笑ましく見つめながら、キッチンで温かいミルクと簡単なスープを作り始めた。
「彩葉ちゃん、ご飯だよ〜」
テーブルに食事を並べると、お腹を空かせていた彩葉はとてとてと近づいてきて、ものすごい勢いでスープを飲み干した。
人間用のスプーンを上手く使えず、お皿に顔を近づけてペチャペチャと飲む姿は、まさに小さな子狐そのものだ。
「ゆっくりでいいんだよ〜、おかわりあるからね〜」
お腹がいっぱいになると、今度は見知らぬ環境に対する不安がまた押し寄せてきたのか、彩葉はテーブルの下に潜り込んでしまった。
そして、コロンと座り込むと、
『ガリッ、ガジガジッ、ガリリッ』
「えっ? 彩葉ちゃん、何してるの〜?」
ヤチヨがテーブルの下を覗き込むと、なんと彩葉は、木製のテーブルの足を、その鋭い犬歯で一生懸命にガジガジと噛んでいたのだ。
歯が生え変わる時期の痒みなのか、それともストレス行動なのか。
「あーっ、だめだよ〜! 机の足は美味しくないよ〜!」
ヤチヨが慌てて彩葉を引っ張り出そうと腕を伸ばす。
すると、彩葉は食事を邪魔されたと思ったのか、あるいはただの八つ当たりか。
「がぅっ!」
「痛っ〜☆ もー、また噛んだ〜! 彩葉ちゃん、ヤチヨの腕はおやつじゃないよ〜?」
テーブルの足から引き剥がされた彩葉は、不満そうにヤチヨの腕に再び甘噛みをした。
ちくちく、ちくちく。
嫌なことがあるとすぐに噛み付いてくる。言葉がうまく話せない分、そうやって牙を立てることでしか感情を表現できないのだろう。
(ほんと、手のかかる子狐ちゃん〜……でも、そこが可愛いんだけどねぇ☆)
結局、その夜は彩葉が眠たくなるまで、ヤチヨは腕を噛まれ続けることになった。
深夜一時。
リビングの照明を落とし、ベッドルームの豆電球だけが薄暗く部屋を照らしている。
「ふぁぁ……疲れたぁ〜」
ヤチヨはベッドの端に腰掛け、ため息をつきながら自分の両腕をじっと見つめた。
色白の細い腕には、無数の赤い点々――彩葉の鋭い犬歯がつけた『噛み跡』が、まるで数え切れないほどの虫刺されのように残っていた。
少しだけヒリヒリと痛む。友達に見られたら「どうしたの!?」と驚かれることは間違いない。
「……んぅ……」
ふと、足元でモゾモゾと動く気配がした。
見ると、ヤチヨのベッドの横に敷いた布団で丸くなっていた彩葉が、むくりと起き上がっていた。
銀色のキツネ耳がぺたんと下がり、大きな尻尾もシュンと力なく垂れている。
彩葉の青緑の瞳が、ヤチヨの赤く腫れた両腕をじっと見つめていた。
「どうしたの〜、彩葉ちゃん。おトイレ?」
ヤチヨが優しく問いかけると、彩葉はフルフルと首を横に振った。
そして、おずおずとヤチヨに近づいてくると、ヤチヨの膝にちょこんと両手を乗せた。
「……いろは、わるいこ……?」
舌足らずな、消え入るような声。
彩葉は自分の鋭い牙が、ヤチヨを傷つけてしまったことを理解していたのだ。
お風呂の時も、爪切りの時も、怒った時も、ヤチヨはずっと優しくしてくれたのに、自分は何度も何度もヤチヨの腕を噛んでしまった。
捨てられるかもしれない。また、あの暗くて寒い夜の街に追い出されてしまうかもしれない。
そんな恐怖と反省が、小さな身体をガタガタと震わせていた。
「……ちがうよ〜。彩葉ちゃんは、悪い子じゃないよ〜」
ヤチヨは微笑みながら、彩葉の頭を優しく撫でた。
「彩葉ちゃん、怖かったんだよねぇ? ヤチヨに何されるか分からなくて、不安だったんだよね? ……噛み跡はちょっと痛いけど、ヤチヨはぜーんぜん怒ってないからね〜」
その言葉を聞いた瞬間、彩葉の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ひぐっ……あぅ……っ」
彩葉は泣きじゃくりながら、ヤチヨの腕に顔をすり寄せた。
そして。
「……ぇろっ」
「ひゃっ……!?」
彩葉が、ヤチヨの腕についた自分の噛み跡を、小さな舌でそっと舐めたのだ。
少しザラザラとした、温かくて湿った舌の感触。
痛みを和らげようとするように。ごめんなさい、ごめんなさいと謝るように。
彩葉は無数の赤い噛み跡を、一つ一つ、丁寧にぺろぺろと舐め続けていく。
「くすぐったいよ〜、彩葉ちゃん。」
ヤチヨはくすくすと笑いながら、彩葉の小さな身体をぎゅっと抱きしめ、自分のベッドへと引き上げた。
「もういいよ〜、謝らなくて。その代わり、今日から彩葉ちゃんはヤチヨの家族ね」
「……や、ちょ……っ」
「うん、ヤチヨだよ〜。これからいーっぱい、楽しいことしようねぇ」
彩葉はヤチヨの温かい胸の中で、安心したように目を閉じた。
腕の噛み跡はまだヒリヒリと痛むけれど、ペロペロと舐めてくれた彩葉の舌の温もりと、腕の中にいる小さな命の重さが、ヤチヨの心をこの上なく満たしていた。
ゴールデンウィークの初日。
ヤチヨの思い描いていた連休は、どうやら予定変更になりそうだ。
代わりに始まったのは、甘噛み癖のある小さなキツネの獣人との、少し痛くて、最高に温かい、新しい日常だった。

— End —

Comments 7

25 天前

ヤチいろてぇてぇ(excited)(excited)

ダークユリにオン29 天前

うぇ!!?

C
chorimoto1 个月前
Sticker
1 个月前

やばいっ俺の口角が行方不明になってしまった

放課後延長戦1 个月前
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ことは1 个月前
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絵の練習中1 个月前
Sticker
Sakuria
Where every work blooms
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