勝デ×婚約破棄。
軽い気持ちで書いたので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
最近、真実の愛を謳って、貴族の間で流行りに流行っている婚約破棄。
本来、貴族の間では、家の繁栄、また、それに連なる領地を豊かにするために、家同士の結びつきで生じる利益を計算した上で、政略的に結婚が行われるのが主流だ。所謂、結婚が家柄の発展に関係のない、庶民同士の相手への好意や恋愛から発展する結婚とは、そもそもの目的が異なるわけだが、巷で恋愛の自由を題材に描いた小説が大流行したせいで、貴族の事務的な結婚の在り方について波紋を呼ぶ事態となった。家に決められた相手と、家の利益の為だけに結婚を強いられ、個人の意思が蔑ろにされる現状には、確かに思うところはあるが、それが、領民の生活を抱える、領主の果たすべき務めであり責任であるとも思えば、簡単に放棄することは出来ない。
しかし、なにも親が決めた、よく知りもしない相手より、よりよいと思う相手を望むことは許されるのではないか。所謂、真実の愛を結婚に求める流れから、親の決めた相手との婚約破棄が大流行してしまっているのだ。
かくいう僕も、没落寸前とはいえ貴族の端くれで、幼い頃から、親の決めた婚約者がいる。
しかも、向こうは僕のことを見下し、嫌っていて、口を開けば待ち前の口の悪さを総動員して人前で辱め、罵ることは当たり前。いかに僕を貶められるかを企てるばかりか、虫の居どころが悪い時には、目を合わせるだけで不快そうに舌打ちをするような相手だ。
彼の態度は決して褒められたものではないが、まぁ、でも仕方が無いことともいえる。なんてったって、魔法を使えることが当たり前のこの世界で、僕は最低限の魔法を使えないどころか、そもそも魔法を使うための魔力を、身体に溜め込む器官が未発達という、レア中のレア。
その上、よりもよって、僕の婚約者は、僕たちが通う学校内でもダントツの魔力保有量を誇り、魔法を扱うセンスもピカイチな、所謂天才なのだ。そんな相手からすれば、赤子でも、意識せずとも出来る魔力保有すら出来ない僕が婚約者だというのだから、そうした態度をとるのも、理解は出来る。
魔力の高さや、魔法の技術は、地位や権力にも直結し、その上、その素因は遺伝で引き継がれる確率が高い。だから、貴族の結婚相手を選ぶ際には、魔力の高さや、魔法の技術もかなり重きをおかれている。だから、彼が婚約者として、僕に不満を持つのも当然といえるのだ。
実際、僕が婚約者であることを恥じに思っている節さえあって、同じ学校に通う際、口酸っぱく、婚約者だということを口外しないように言われ続けている。まぁ、誰に言ったって、信じても貰えないかもしれないし、そもそも僕にメリットも無いから言うつもりもない。
そんな関係性でも、長年続く婚約が破棄されずにこれまで続いているのは、他でもなく、彼の母親からの圧力が働いているからだろう。僕の母と仲がいい婚約者の母は、日頃から僕のことも気にかけてくれていて、魔法が使えない僕の面倒を見るよう言われているようなのだ。
それもあって、婚約者であることこそ秘密にはしているが、学校内では連れ歩かれ、小間使いのような真似をさせられたり、力差を誇示するように、引き立て役に採用され、鞄持ちをまでさせられている。
ただ、そのおかげで得することもあって、本当に始終連れ歩かれているので、魔力が保有出来ない僕では受けることも出来ないハイレベルなクラスの授業に、同席させて貰えるのだ。それに、何より、彼のその高度な魔法が間近で見放題とくれば、鞄持ちをする価値だってある。普通は、警戒して他人には見せないような内容の魔法でも、僕が使えないからと、わざと見せびらかすように目の前で披露してくれる。その、おかげでこっそり認めたノートの冊数は数知れず。もし、僕にほんの少しでも魔力を溜めることが出来るようになれば、この学園でもそれなりの成績を収められたかもしれない。まぁ、それが出来ないから見せてもらえるんだろうけど。
そんなわけで、話が少し逸れてしまったけど、僕以上に、婚約破棄待ったなしの候補者もいないだろうという話なのである。
で、いつ婚約破棄を言い渡されてもおかしくない状況が長年続く中、なぜ今更こんなことに思いを馳せているのかというと、卒業考査を終えた今、ついに来週開かれる、卒業パーティーが迫ってきているからだ。
学校を離れる前、最後に催される一大イベント、卒業パーティー。学業を終え、職に就く前の羽を伸ばせる貴重なその期間で、婚約者や恋人がいない者らが、こぞって、このパーティーで結婚相手を見つけるのが、我が校の伝統なのだ。
その為、婚約者がすでに決まっている者以外は、パーティーの始まる一月前から、制服の胸ポケットに花を挿してアピールし、パーティーで踊るダンスの相手を探す。
僕は、勿論婚約者がいるので花は差さなかったし、僕の婚約者も、一応今のところ挿しているところはみていない。それは、僕を油断させる為の行動かもしれないが、普段から言い寄られるのが面倒で、婚約者がいること自体は周囲に話しているので、風除けに使っているだけかもしれない。
それとも、婚約破棄のことを視野に入れれば、他に僕の懸念するような、知らされていない、別の目的がある可能性だってないとは言いきれない。
だって、これほど、自己顕示欲の高い婚約者にとって、婚約破棄の場に持って来いな場はない。そして、破棄は勿論、次の相手を見つけるにあたっても、大々的に婚約が破棄した事実を示せるほうがいいだろう。そう思うと、僕の婚約破棄が言い渡されるタイミングとして、卒業パーティーが選ばれる確率はかなり濃厚なのだ。身構えてしまうのも仕方が無いというもの。
それに、卒業パーティーは、既に婚約者がいる場合は、よほどのことがない限り、婚約者と参加するのがお決まりなので、このままだと、普通に考えれば僕と参加することになるわけだが、相手がそれを承諾するとも思えないというのもある。それは、これまでの婚約者の同席が必要とされる行事に、一度も一緒に参加したことがないせいだ。
その証拠に、もし、一緒に参加するのであれば、普通は家格が家の方から、当日着る衣装を用意するというのがセオリーだが、当然それもないまま、パーティーを一週間前に控えた今日という日も、何事もなく過ぎようとしている。
しかし、卒業パーティーについては、これまでの様に参加するなと強制を受けた訳でもなければ、勿論、パーティ内での振る舞いの打ち合わせや、予定の調整をした訳でもない。こうなってくると、僕とパーティーに参加するという発想自体ない可能性も十分に考えられるが、普段僕を貶すことを愉しむ婚約者が、この機会を逃すとだろうかという考えも捨てきれない。
ただ、僕との婚約を屈辱的に思う考えから、明るみには出さないという方向性で、もし放っておいて貰えるのであれば、それが一番平和に思えて、敢えて僕の方からも話題は振らなかった。その結果、正直全然行く末が読めないまま、今日まで来てしまったのである。
今日を終えてしまえば、このまま皆一週間の休暇をそれぞれの実家で過ごすことになっており、卒業パーティーまで学校を訪れることはないというのにだ。
けれど、卒業パーティーに向けて、最期の打ち合わせを行う人で賑わう馬車乗り場のなかで、僕には見向きもせず、魔法で作り出したドラゴンに乗って、早々に飛び立ってしまった薄情な婚約者に、僕も一人、帰りの馬車へと乗り込む他なかった。
「はぁ……」
一体どうなることか。寄りかかったガラスが頬を冷やす。馬車の車窓から見える夕闇を眺めるでも眺めながら、一人零す溜息は、自分で思っていたよりも、重たく空気を震わせ、消えていった。
婚約破棄されるのは別にいい。結婚は一生ものだし、貴族である以上、よりよい相手を探すのは、果たすべき責務にも十分含まれるだろう。誰だって、悪い条件が既に明らかな相手を選んだりはしない。そうしなければならないほど相手に恵まれないわけでもないだろうし。大体、こんなにも長い間婚約が続くとも思っていなかった。親の手前ということであれば、義理も十分果たしたと言えるだろう。だから、来たるべき時がとうとう来たというくらいだ。
ならなぜ、こんなにも気鬱になっているのかというと、ただでさえ魔力なしで有名なのに、これ以上の汚名が上塗りされかねない懸念からだ。僕の様な条件ではこの先良縁は望めないだろうし、貴族とはいえその実態は名ばかりなもので、暮らしぶりはといえば、そこらの商人の方がよほど良い暮らしをしているかもしれない。既に裕福とはいえないのに、僕のせいで、家や両親、ひいては領地民を困窮させるわけにはいかない、という思いから、魔法がからきしでも、知識だけは身につけることが出来るので、学業にだけはがむしゃらに取り組んだ。幸いにも、努力が身を結ぶ形となり、卒業後は魔法技術の解析部門の研究職に就けることが決まっている。
しかし、下手なことをされて、悪目立ちすると、そうしてもぎ取った職の内定に響く可能性も消しきれないというわけだ。魔力のない人間が、魔法に関する職に就くのはかなり難しい。せっかく手にできた職を、みすみす手放すわけにはいかない。
「……ただ、やるなら、ありとあらゆる手段を画策して、徹底的に派手にやりそうなんだよなぁ」
唇を摘まみ、一人唸る。
嵐の前の静けさとまでは言わないが、卒業を目前に控え、これからはそれぞれ違う道を歩むというのに、まるでいつも通りに日常が過ぎていた。むしろ、卒業考査があったせいで、普段より関わる機会が減り、ここ一番平和だった気さえする。でも、こうして平和だな、と感じる余裕があった後には、大抵、想像もしないような事件が起きるのが、常だ。
とはいえ、その点だけみれば、単純に僕への関心が薄れるほど、目を向けることが他にあるのかもしれないとも思う。
(例えば、もう既に次の婚約者を見つけている、とか)
これまで、かっちゃんの口から恋愛に纏わる話は聞いたことは無いが、そもそも僕に話すとは思えない。それに、その線で考えれば、腑に落ちる点も多い。誘いたい相手がいるなら、わざわざ卒業パーティーの話を出さないのも納得がいく。もしそうだとするなら、元々僕との婚約は隠したがっていたので、婚約破棄が穏便に済む可能性だってあるかもしれない。
今更気を揉んでも詮無いことだとはわかりながら、あーだろうか、こーだろうかと、ぶつくさ可能性を検討するうち、いつもは長くて時間を持て余す帰路は終わりを迎えていた。
そうして、結局なんの進展もないまま、卒業パーティーまで、残すところ一日となった。
驚くほど穏やかに過ぎていく日々を噛みしめるように味わっていた、実家で過ごす最終日。ここにきて、事態が急変することになる。
短い休暇の最後の夜、家族みんなで食卓を囲んでいる最中、目を疑うような荷物が、先ぶれもなく届けられたのだ。
差出人からの手紙こそなかったが、それらを運んできたのは、間違いなく婚約者の従者であり、述べられた家名も、婚約者のそれ。部屋に運び込まれてきた、みるからに値の張りそうな衣装箱を見て、飲み込んだばかりだったポトフの芋が、胃に降りる途中で詰まったんじゃないかと思うくらい、グッと息苦しくなる。
(一体、どういうつもりなんだ……?)
もうここまでくれば、てっきり事は明日起こると踏んでいたのに、まるでそれを狙われたのかと思うくらい、完全に油断していた。
まさしく最後の晩餐になりかねない状況だが、最早食事どころではない。食事を中断して、躊躇いに躊躇いつつ、恐々開いた箱の中から出てきた中身に、僕や後ろにいた両親ははあんぐりと口を開けて、瞬きも忘れて、見入った。
箱に収められていたのは、思った通り礼装用の衣装だったが、あろうことか、艶のある絹の白地に、婚約者の髪色を思わせる眩い金糸が張り巡らされたものだった。差し色に使われた深紅は、まさに彼の瞳そのもの。思わず目を覆ってしまいそうなほど豪奢でありながら、繊細な手仕事を伺わせる刺繍の施された衣装には、合わせられた靴だけでなく、大粒の真っ赤なルビーで揃えたクラバットピンやカフスを始めとしたアクセサリーまで添えられていた。
あまり目が肥えていない僕でもわかる。手に取るのも憚れるような煌びやかな衣装一つで、恐らく、うちの食費一年分は軽く賄えるんじゃないだろうかというくらいの代物だ。
息をのむような美しい衣装に気を取られたのも一瞬、背中から冷汗が噴き出る。
(明日、僕は一体何をさせられるんだ?)
思い付きで用意しようと思っても、すぐに用意出来るようなものじゃない。特に卒業パーティーのこの時期は、皆が一張羅を仕立てるため、どこの衣装屋も一年も前からでも、予約を押さえるのに苦労するのだと聞く。例え、お抱えのテイラーがいたのだとしても、それなりの期間と予算が必要になるはずだ。何か裏があるにしたって、余りに手が込み過ぎている。それだけの手間を掛けた代償に、自分は一体何を支払わされる羽目になるのか。
いや、まてよ。僕が婚約者であることを知られたくない彼が、いくら何かしらの企てを遂行する為だったとしても、自分の色を僕が身に着けることを、果たして許すだろうか。僕がこんなものを着て隣に立てば、婚約者であることを披露する羽目になるというのに?もしかして、それが狙いか?その後の展開を引き立てる要素とか?良い婚約者を演出したい?それとも必要に駆られて婚約者としての体面を保つため?
否、それらの線も絶対ないとは言い切れないが、彼の著しいプライドの高さを鑑みれば、考えにくいように思う。なら、母親が予め用意していたものを、渋々贈ってきた可能性が一番高いのではないか。そうだ、カードさえないのがその証拠だ。
いや、もしくは、他に誘う予定だった相手に贈る衣装が、なにかの手違いで僕に届けられた可能性もあるのではないか。それなら、汚してしまえば何を言われるかわかったもんじゃない。急ぎ箱に蓋をしようとしたところで、蓋の端に引っかかっていたカードが一枚ひらりと床へ落ちる。
「……あっ、」
頭を抱えて、一瞬、気付かなかったことにするか迷うが、咄嗟に視界に入った文字が、よく見知った字面であった手前、もう後に引き返せない。目を瞑り深呼吸一つ、カードを拾い上げて、閉じた瞼をゆっくりと開いた。
『着てこねェなら、一生後悔させコロス』
ちなみに、僕の婚約者は、そのねじ曲がった性格の悪さもさることながら、お察しの通り、相当口も悪い。
さておき、これを着てこいと言うからには、やはり、この服を着たことで引き立てられる演出があると考えるのが妥当だろう。多分着ていかない方が正解なのだが、わざわざカードを添えて釘まで指すあたり、着ていかない方が酷い目に遭いそうなので、腹を括るしかないみたいだ。
ゆっくりと息を吐きながら、明日何が起こるかわからないことに対するいやな緊張を覚えると共に、ふと、こんな関わりも、明日で終わってしまうのかもしれないと思い至れば、なんとも形容し難い気持ちになった。
一体何をするつもりで用意したのかわからないが、普段目にかかかることもないような衣装を改めて手に取れば、その肌触りも一級品で、金糸どころか、小さな宝石が所々に縫いつけられており、少し動かすだけで、キラキラと微細な輝きを放つ。食費一年分でも足りないかもしれない。
ここまで力を入れて用意したのなら、最後になるのだし、付き合ってあげてもいいかなと思えるほどには、美しく、目を奪う衣装だった。
そこには、こんなにも長い間、婚約破棄せず、婚約者を続けていた彼へこ義理のようなものも含まれているのかもしれない。
(服に仕掛けがあったりするのかな?まさか、脱げちゃうとか?いや、爆破か?)
いくら眺めても、衣装に施された職人技に感心するくらいなもので、僕には魔法がかけてあるかも、見抜くことができない。
晩餐もそこそこに、部屋へ引き上げ、湯あみを済ませた後、改めて、皺にならないようトルソーに掛けられていた見事な衣装を眺める。つい、何度も見てしまうのは、なにも、元々明日着る予定だった、父のお下がりの衣装が見劣りするせいではない。
だって、初めてだったのだ。贈りものを貰うことなんて。
初めて婚約者に贈る服は、脱がせたいなんて意味もあるとか、俗っぽい話を聞いたことがある。そんなことは、勿論絶対にありえないことだけれど、これまで、勘違いさせるような真似を徹底して避けてきたのに、一体、本当にどういう心境の変化なのか。ポリシーを覆すほどの何かに掛かっているということなのか。なんにせよ、明日になれば嫌でもわかることだろう。
どう転んでも、最初で、最後の贈り物は、決していい思い出とは結び付かないだろう。いや、違うな、贈り物をもらったことは、過去、幼い頃に一度だけあったと思い至る。
近づいた机の引き出しの一番奥に、未だに捨てられずにしまってある、シロツメクサで作られた指輪。保存魔法を掛けて貰ったおかげで、未だに枯れることのないそれを、久しぶりに小箱から取り出して眺める。
成長した今の指には付けられない、小さな輪。贈った本人はもう忘れているかもしれないが、もし未だに残していることを知られでもしたら、本人の手で掛けられた保存魔法は、本人によって解かれることになるのだろう。
そんな、思い出も色褪せるような頃に作られたこの指輪が、僕たちの婚約が結ばれることになったきっかけだった。
(昔は結構、仲が良かったんだけどなぁ)
この指輪だって、将来、二人で、この国で一番立派な魔法使いになろうという約束を、誓い合ったものだったはずだ。それを婚約指輪みたいだと盛り上がった母たちの勘違いで、婚約を結ぶことになったのだが、それでも、それを互いに受け入れるくらいには、実際仲が良かった。
それが、僕に魔力を保有できる器がないと判明したことを契機に、次第に関係は歪み始め、今では、すっかり関係性が変わってしまった。そういう意味では、先に僕が約束を破ってしまったせいであるとも言えるのかもしれない。
魔力を持てない自分には到底出来ないようなことを、いとも簡単にやってのける婚約者の姿をみていると、僕の夢すら叶えられているような気になると同時に、それは何度でも、魔法への憧れを強くさせた。それが、勉強を頑張る活力にもなった。
でも、向こうにとって、僕の存在は、なんら、プラスにはならなかったはずだ。何も出来ない僕に威張ったところで、その関係性に大した価値はない。少々行き過ぎる、血の気の多い性格のせいで遠巻きにされている節こそあるものの、魔法使いを目指すものにとって、彼の実力は圧倒的で、羨望の眼差しを集めるものだった。
今回の卒業パーティーでだって、なにもみんながみんな真実の愛をだけを探し求めている訳ではない。ただ真剣に家の繁栄の為に相手を探す人だっている。その時、婚約者として求められる条件のうち、彼の魔法の実力はかなり魅力的なものだ。
そうして彼に惹かれる人の中で、僕の婚約者としての価値などは、簡単にとって代われるどころか、もっと良いものに上塗りすることなど、造作もないことだ。
だから、いつかは終わりが来ることがわかっていても、婚約者でいる間は、出来る限りのことを努力したつもりだった。でも、その大して実を結べない努力さえ彼は気に入らないみたいで、無駄なことをするなと吐き捨てられ、踏みにじられる毎日。もう、同じ土台にあがれない僕に、期待することすら苦痛になってしまったようだ。
それでも、夢見ることだけはどうしてもやめられず、少しでも魔法に関われる職種を選んだ。道は違えど、いつか、僕の解析する魔法陣を、彼に役立てられる日も来るかもしれないなんて、淡い夢を、自分だけが一人で追いかけている。
指輪を元の場所へしまい、机に鍵を掛けた。
振り返り最後に見た衣装をじっくり目に収めてから、明日に備えて、布団の奥深くへ潜り込んだ。
いつもと変わらずやってきた朝を迎えた僕は、昨日贈られてきた衣装を見て闘志を燃やした使用人たちによって、ここぞとばかりにびっちり磨き上げられた。
でも、かつてない程、ピカピカ、ツヤツヤになった僕でも、袖を通した一級品の衣装には釣り合いが取れるはずもなく。分不相応甚だしかったが、仕立て屋の腕が相当いいのだろう、鏡に映る姿には、貴族然とした、それらしさがあった。
そうして準備を終えると、まさか用意されているとは夢にも思わなかった、迎えに寄こされた馬車にのって、僕はこれから起こり得る騒動の顛末を予測できぬまま、売られる牛の様な気持ちで、卒業パーティーへと向かった。
僕が普段乗っている馬車とは比べ物にならないほどの乗り心地とスピードであっという間に到着すると、御者から既に会場の入り口で待っているという婚約者を探して、急ぎ馬車を下りた。
一体、これから何が待ち受けているのか、数多の展開を想像し、繰り返し反芻してみたが、昨日からの、予想を真っ向から裏切る出来事達に足を引っ張られて、ろくに考えを纏めることも出来なかった。
それでも、これまでどんなことでも、なんとかかわしてこられたのだ。僕には僕の叶えたい夢がある。いずれ領収になる身として、果たすべき責務もある。少しでも被る被害を抑えられるよう、いくつもシュミレーションは繰り返してきたのだから、きっと、なんとか乗り越えて見せる。
しかし、鼻息荒く心に定めた決心は、無情にも、足を急がせる僕を、背後から引き留めた婚約者によって、早くもぶちのめされることになる。
「ハッ、ちゃーんと着て来たか、イズク」
「あ、かっちゃん」
かっちゃんこと、僕の婚約者様の聞きなれた声に振り返った、イズクこと僕は、信じられない光景にぎょっと、目を見開いた。
「……ンだ、文句あんのか」
いつもツンツンと、刺々しい性格を反映したように尖らせられた色素の薄い金髪は、普段とは違い、半分を後ろに流して纏められ、ブチッ、と音がしそうなほどメンチを切る赤の瞳の鋭さによく似合っていて、まさに、ゴロツキ、いや、そうじゃなくて、それはいつものことだからいいんだ。ちょっと待ってくれ、本当に、一体何がどうなっているんだ。
不快そうな目を向けられてもガン見することを止められないのは、かっちゃんが着ていた衣装のせいだ。それは、細かなデザインこそ違えど、誰がどう見たって一目で揃えたとわかる、僕の衣装と合わせて仕立てられたのであろう、タキシードだった。見過ぎたせいか、じきに気まずそうに逸らされたかっちゃんの首元のクラバットにも、僕がルビーをあしらったピンを留めているのに対して、向こうは深いグリーンをしたエメラルド、つまり、僕の瞳を彷彿とさせるそれが使われていた。
「ヂッ、……オラ、入るぞっ!」
一体何が起きているのか微塵も理解できなくて、呆けることしか出来ない僕に舌打ちをして、乱暴にグイと腕を引くかっちゃんに引きずられるまま、気づけば、会場の入り口はすぐ目の前に迫っていた。
あんなに、僕と婚約者であることを知られるのを嫌がっていたくせに、本気でこの衣装で二人並んで入場するつもりなのか。かっちゃんが何を考えているのか皆目見当もつかず、目を白黒させるばかりの僕の横から、どういうわけか、かっちゃんの機嫌がいいことだけは、なんとなく伝わってきた。本当に、一体これから、何が起こるというのか。何度も繰り返し考えた疑問にかっちゃんが答えをくれるはずもなく、代わりに、目の前の扉がゆっくり開いていくのだった。
————結論からいうと、何も起こらなかった。全く。なんにも。
危惧していたような展開は愚か、繰り広げ続け、数えきれないほどになった想像のうちの何一つも実行されないまま、パーティーはつつがなく幕を閉じた。驚くほど、平和に。
かっちゃんの婚約者が、まさかの魔力なしの僕だと明らかにされたことで、会場は一時騒然としたが、それも、誰彼構わず噛みつく勢いで睨みつけるかっちゃんのせいで火消しされ、好奇の視線を遠巻きに向けられるだけに留まった。まぁ、相手が明かされていなかっただけで、婚約者がいることは知られていたことだったので、言い寄って来る強者もおらず——いや、僕が粗相をしないかに目を光らせてか、常に腰を抱かれ続け、終始ぴったり傍にくっついていたせいで、単に寄り付けなかっただけかもしれないが。
ともあれ、婚約破棄の気配を全く感じられまま、初めて二人で出席したパーティーは拍子抜けするほど無事に終わったわけだが、やり遂げたという実感は勿論、何もなくて良かったという安心感もイマイチ得られないまま、僕は、これもまたかっちゃんが準備してくれた馬車に揺られているのである。
あろうことか、かっちゃんと二人きりで。
パーティーに出るのも、婚約者として紹介されるのも、腰を抱かれるのも、衣装を贈られるのも、こうして馬車に二人で揺られることも、初めての連続に、正直、どんとこいと構えていた筈の僕の許容量はあっさりと振り切れ、もう、なにを考えたらいいのかも、よくわからなくなっている。
わかることといえば、やっぱりかっちゃんの機嫌は悪くなさそうだということだけ。どことなく落ち着きがないというか、そわそわと楽しみなことでもあるのか、何かに気を取られているようでさえある。
それでも、機嫌が悪いよりはいいかと楽観視出来ないのは、普段なら、僕といる時には、ありえない態度だからだ。その態度をみるに、恐らくまだ、この企ては終わっていないのだろう。今も僕の油断を誘っているのだろうか。
すっかりと夜は更け、暗闇しか映さない車窓に、ふと、疑問が湧く。一体、僕たちはどこへ向かっているのだろうか。
そういえば、行き先も聞かぬまま馬車に乗っていたが、家に向かう道はここまで暗くなかったはずだ。
(まさか、これから事故に見せかけて殺されるとかないよね?)
本来、丁度学校を挟んで反対に領地がある僕たちは、同じ方向を目指すことは無い。だから、というわけではないかもしれないが、馬車に二人で乗るのが初めてなのも、それが理由だ。それに、かっちゃんは、馬車なんかに乗らなくても、魔法を使用して、空を飛ぶことが出来る。それを敢えて、一緒に馬車に乗る理由とはなんだ?
「……あの、かっちゃん、この馬車ってどこに向かってるの?僕の家に向かう道とは違う気がするんだけど」
「あ?当たり前だろ」
「?」
何が当たり前なのか、気もそぞろだったかっちゃんは、僕の問いかけにニッと口の端を持ち上げて、小ばかにしたように笑う。その表情には、悪だくみをしているときのような意地悪さが垣間見える。
(まさか、本当に暗殺でもされるのか?)
こんな狭い馬車の中で、魔法を使われれば僕に勝ち目はない。魔力なしのせいで、護身用のナイフはいつでも持ち歩いているけれど、そんなものかっちゃんの魔法の実力を前にすれば、何の意味も成さないだろう。
どうする。黙り込む僕をみて、ニヤニヤしているかっちゃんに頭をフル回転させるが、いい案も思いつかないうちに、急に馬車が止まった。咄嗟に見た窓の外は相変わらず真っ暗で、事を企てるのにはもってこいな場所だ。今日のかっちゃんらしくない振る舞い全ては、結局これから起きる出来事に疑いを向けさせない演出という線だったのか。
動けずにいる僕に、先に席を立ったかっちゃんが、馬車の扉に手を掛ける。
——いよいよか。
手早く握りしめたナイフに、扉が開かれる。先にその扉をくぐり、暗闇へと降り立つかっちゃんに、背中が強張る。あぁ、どうすればいい。僕が動くのを待っているのか、かっちゃんには動く気配がない。かといって殺気を感じるわけでもなければ、馬車の外に、他の気配がするわけでもない。もし、このまま一気に突っ込めば、隙を作って逃げられるだろうか。いや、どえせすぐに魔法で押さえ込まれる。逃げ切るのは難しいだろう。
でも、やるしかない。息を飲みこみ、立ち上がる。しかし、馬車から漏れる光に照り返す、赤い瞳が全てを見透かす様にこちらをジッと見据えていた。やっぱり正面突破はかなり厳しい。辺りは、相変わらずシンと静まり返っていて、自分の呼吸がやたらと大きく聞こえる。
さぁ、どうする。ナイフを握り締め直す僕に、かっちゃんは、緊張感が抜けるくらい、これでもかというくらい大きな溜息をこぼした。
「なんだおまえ、まだ夜が怖いンか?」
「え?」
立ち尽くす僕に、かっちゃんが突拍子のない話を始める。僕が、夜が怖いって?怖いのはこの状況であって、夜じゃない。ていうか、夜が怖いってなんだよ。
「僕、夜が怖いなんて、言ったことあったっけ?」
「ハァ?怖い怖いっておまえがあんまりピーピー泣くから、トイレにも連れてってやったし、俺の布団にも入れてやっただろうがよっ!テメェ、まさか忘れたとは言わせねぇぞ⁉」
「は、……はぁ⁉えっ、なんだよそれ、一体、いつの話をしてるんだよ⁉」
突然掘り返された、幼い頃の自分の痴態を披露される不意打ちに、戸惑う他ない。赤くなって叫ぶ僕をみて、かっちゃんはケラケラと笑った。その笑い顔が、ふと幼い時のそれに重なって見えて、妙に身体から緊張が抜ける。疑心暗鬼になりすぎて、つい変な方向に思考が暴走していたようだ。緊張していたのが馬鹿らしくなるほど、かっちゃんには毒気が無い。
今度は気が抜けて立ち尽くす僕に痺れを切らしたかっちゃんが、ぬっと、暗闇からこちらに顔を出し、伸ばした手で、僕の腕を掴んで引っ張った。
「わっ」
「……怖ェなら手つないでてやるから、とっとと降りろや」
「っ⁉」
言いながら、本当に繋がれた手に、またも落ち着きかけた思考が混乱する。しかし、がっちりと掴まれた手は離されそうになく、握り締めていたナイフを慌てて離すしているうちに、されるがままに、馬車の外へと出た。辺りは車窓から見た通り真っ暗闇で、すぐ近くも見通せず、かっちゃんの顔も馬車の光を背にしたせいで見えない。夜は怖くないとは思ったが、見知らぬ場所となれば話は別だ。
「そ、それでここって一体っ、わぁ……!」
どこなのか尋ねようとした瞬間、かっちゃんの動く気配があり、身構える間もなく急に暗闇のなかに、次々灯りがともされていく。あっという間に広がる灯りは止まるごとなく周囲へ広がり続け、その中に照らし出されたのは、それは立派なお屋敷だった。
「どうだ」
どこか自慢げにふん、と鼻を鳴らすかっちゃんに、魔法で生み出される幻想的な炎の美しさへの感激もそこそこに、首をかしげる。
「魔法は本当に凄いけど、……え??ほんとにここどこ??」
「アァ⁉ンだその感想はっ‼︎どこってそりゃ、俺たちの新居に決まってんだろーが!!」
「…………し、しん、きょ?おれ、……たち?」
一瞬言葉が理解出来ず目を瞬かせるが、あぁとドヤ顔で頷いて見せるかっちゃんに、徐々に言葉の意味を理解して、理解したからこそ、あんぐりと口を開けて、目の前のお屋敷に目を向ける。
「ハッ、感動して言葉も出ねぇだろ?」
感動?言葉は出ないけど、感動よりもまず、驚きでだよ。
「いやいやいやいや、え、新居って、家で、俺達って、ぼ、僕らだよね……?え、それって僕たちが住む場所ってこと?この立派なお屋敷が?」
「そうだっつってンだろうが」
呆れたようにこれみよがしに息を吐くかっちゃんに、いや、全然理解が追い付かない僕は、とりあえず目の前のお屋敷のことはおいておくとして、とりあえず、気になるとことから悩みを解消していくべきだと決める。
「……え、で、婚約破棄は?」
「ハァァァァァイッ⁉婚約破棄だぁ、?ハァッ⁉︎おい、てめぇ、まさか、呆けてやがると思ったら、ンなことしやがるつもりだったンか⁉」
突然繋いだ手を離されたかと思えば、クラバットを容赦なく引っ張り、怒涛の勢いで捲し立てるかっちゃんに、どうやら、本当にかっちゃんには、そんな気が微塵もなかったことを知る。
「いや、するのは、僕じゃなくて君って言うか、え?あれ、でも、そうか、じゃぁ、パーティーに参加してくれたのも、服を贈ってくれたのも、家まで建ててくれてるってことは、……アレ?」
「アレ、じゃねぇ!かわいこぶってンな!」
「か、かわいこぶってなんてないよ!ないけどっ、いや、え、なにじゃぁ、君、今日やったことは、……全部君の本心ってこと?」
「……」
さすがにそれはないかと思うけれど、みるみる顔を赤くしていくかっちゃんが、ギロリと僕を睨みつける。
「えっと、……それは、裏とかもなく?」
「あぁそうだわ!!そうだっつってんだろうが!!つか、なんだ、裏って!!いったいどういう了見しとんだ、婚約者として当然のことしたまでだろうが、ア⁉テメェ、俺のことなんだと思ってんだ!」
やけくそに吠えるかっちゃんに、どの口がそれを宣うのかと思うが、でも、どうやら、本当に、昨日からの一連のそれは、邪推する必要が無いものだったという。え、じゃあ、逆にそれってどういうわけだよ。確かに行為を疑った僕も反省するところはあるが、そういう考えに至ったのも、これまでのかっちゃんの僕に対する、お世辞とも配慮を著しく欠いた振る舞いのせいに他ならない。ていうか、僕と婚約破棄せず、新居まで用意して結婚するつもりだったのに、あんな扱いだったのか?それこそどういう思考回路をしているのか理解に苦しむが、上げ連ねるには多すぎるこれまでの行いは、今は一旦置いておくしかないだろう。
「いやだって、いつもとあんまりにも違い過ぎるんだって。かっちゃん、今までは婚約者らしいことなんて、なんにもしてこなかったじゃないか。今回、パーティに二人で参加したのも初めてだったし、そもそも僕が婚約者だって言うの嫌みたいだったし、贈り物だって今までもらったことないのに」
「ハァ⁉やったわ!やっただろ!」
「え?」
物として貰ったものなんて、昨日も考えた通り、あの指輪くらいだ。まさか、かっちゃんもそれを覚えているっていうのか?つい反射的に疑う僕を察した様に、かっちゃんが急にジャケットの内側に手を入れ、何かを取り出した。それは、小瓶に詰められ、茶色く萎れてはいるが、確かにシロツメクサだった。
「それって……」
「まさかこれも覚えてねぇってか?指輪だ指輪!やっただろうが!」
「お、覚えてる!指輪は覚えてるけど、でも、なんで、君もそれを?」
萎れ具合や、指を入れる茎の部分の崩れ具合からして、僕のものではないようだ。勿論、家の引き出しに片付けているので、僕の物であるはずがない。
「ア?それでどこが覚えてンだ。昔、作ってやったら、オマエが枯れたって大騒ぎするから、新しいの作ってやったんだろうが。これは、その枯れた時のやつに保存魔法かけてあんだ」
「なんで」
「なんでだぁ⁉オイオイオイオイ、すっとぼけてンじゃねぇ!つか、君もつーことは、オマエも持ってんだろうがよ!……なら、ソーイウ話だろうが」
なんだ、そういう話って。なにじゃぁ、かっちゃんも、僕と同じ気持ちでいたってことか?いや、軽く思い返しても、どう考えてもそうは思えなかったぞ?
「チッ……つか、物もらってねーって、じゃあなにか、おまえ、保存魔法かけてやってからは、テメェが魔法見せて貰えるのが一番イイっつーから、今までも、なんでも全部見せてやったんだぞ!それも忘れてンじゃねけだろうな!じゃねぇと、構築式までぜんぶ見せるワケねぇだろうが!」
「え、いや、それは確かに、いくら魔力のない僕相手でも不用心だなとは思ったけど」
じゃあ、これまで僕がかっちゃんの魔法見放題だったのは、僕が幼い頃に魔法を見せて欲しいとせがんだからって、わざわざ見せてくれてた好意だったていうのか。いや、そう言われてみれば言った気もするけど、まさか、それが贈り物として見せてくれていたものだったなんて、あの態度で気づけって言う方が難しいんじゃないのか。
「カァッ!それみろ!!なんも覚えてねぇじゃねーか!」
「うっ、でも、逆になんで、そんな小さい頃のことまで覚えてるんだよ!」
「ンなもん、普通忘れるワケねぇだろ!」
さすが、魔法の実技だけでなく、筆記でも成績上位を収めるかっちゃんというところか。小さい頃のことなんて、普通であれば、時を経て段々朧げになっていくものだ。いや、確かにいつまでも昔やったミスを突きまわしたり、なんでもかんでも粗を探してイチャモンをあげつらねる時なんかは、よくも覚えているものだと思う場面は多々あったが、妙に他人に関心が薄い部分もあって、大抵のことは、知らねぇ、興味ねぇで片付ける節があった。それこそ、指輪の話なんて、あれきり改めて話をした記憶もなければ、魔法の話だって、やっぱりどう思い返しても、親切に見せてやっているというよりは、見せびらかしているという感じだった。でもそれが本当に好意に基づいたものだったとしたら、大分事情が変わって来るんじゃないのか。
これまでのことを整理しようと考え込む僕に、かっちゃんが盛大な溜息をついた。そして、ボソッと吐き捨てるように言った。
「……オマエのことだからだろうが」
「え?」
「ヂッ、クソガッ!!おまえのことだから、覚えてるつってんだろ!!魔力なしってわかってから、あからさまに落ちこんどったら、婚約者として、ちったぁ喜ばせてやらねーとって思うだろうが!ケッ!!」
「なっ、え……えぇっ」
また顔を赤くしながら吐露されていく、思いもよらぬ胸の内に、つられて頬が熱くなる。
だって、なんていうか、さっきから、かっちゃんって相当僕のことが好きなんじゃないのかと思わざるを得ない発言ばかりが続いている。でも今まで口を開けば悪態をつくか、嫌味を言うかばっかりで、そんなこと一言だって、言ってこなかったくせに、それとも、本当に僕がそんなこと思いもしなかったから、気づかなかっただけなのか?だって、今目の間で曝け出されている姿は、とても嘘だとは思えない。
(そうか、かっちゃんて、僕のこと好きだったんだ)
そう言葉にしてみれば、これまで婚約破棄されなかったことに、今更に納得がいく。
「じゃ、じゃあ、なんで学校ではあんな感じだったの」
「ハァ?人前で馬鹿みたいに手つなげってか?ンな真似恥ずかしくて出来っか」
「いや、そうまでしろってわけじゃないけど、僕と婚約者だって知られるのも嫌がってたじゃないか」
「ンなのこそ当たり前だろうが。ただでさえ魔力なしってだけで、標的にされやすいってのに、俺の婚約者だなんてバレてみろ、やっかみでソッコーヤられんぞ」
「それは、……確かにそうかも」
僕に対するかっちゃんの高圧的な態度や、雑な扱いは根本的な性格によるものであるだろうが、まさか、そんな思惑あっての行動が含まれていたとは思ってもみなかった。でも、確かに、かっちゃんに連れまわされ、絡まれ続けるせいで、他の人間に絡まれることは少なかったように思う。
「でも、なら、なんで、急に卒業パーティーでは、僕を婚約者だってばらしたの?」
「……っとに、ンとに、全部かよ。ハァ。クソッ。……卒業したら離れんだろーが、今のままとはいかねぇ。だが、卒業さえすりゃ、成人に認められんだ。なら、結婚出来る。確定で俺のモンだってことがわかりゃ、それこそ破棄できる婚約者よりよっぽど牽制になんだろ。報復にビビって下手なことする雑魚は減らせる」
だから、わざわざ見せつけるように、お揃いの衣装まで用意して、婚約が良好で、結婚が確かなものだとアピールしたっていうのか。それならそうと相談があっても良かっただろうと考えて、一人で思い込んで諦めて、確かめてこなかったのは、他でもない僕だと気づく。
「なんだ、そっか……そうなんだ」
ちゃんと、かっちゃんなりに、僕とのことを考えてくれていたのだと知り、途端に向き合おうともしなかった自分が恥ずかしくてたまらなくなる。
これだけそばにいながら、婚約者でありながら、僕はこれまで、どれほどかっちゃんのことをちゃんと見て来られたんだろうか。魔力が使えないからと、相応しくないからと、勝手に引け目を感じて一線をひいて、役目を放棄していたのは自分の方だ。そのせいできっと気付かなかった多くのことがあるのだろうと思うと、情けなさまで込み上げる。
そして、それと同時に、かっちゃんにとって、魔力がないからと、自分の価値がなくなっていなかった事実に、どうしようもなく安心してしまった。
「でも、結婚って、相手が僕で本当にいいの?僕魔力なしなんだよ?とても君の家にとってプラスにはならないだろ」
ずっと、聞くことができなかった。かっちゃんの婚約者としてふさわしくないと思っていたくせに、それを言葉にして肯定されるのが怖くて、確かめることもせず、有耶無耶にしていた。そのせいで、どんどんとしがらみが増え、聞けないことが増えていっていたのに。
「いいもクソもあるか。お前が無い分、俺が持ってんだ。何の問題もねぇだろ」
でも、そんな僕の悩みなど、はにもかけず、かっちゃんはきっぱりと言い切った。それに救われた、蓋をして閉じ込めていた気持ちが、染みでて、ゆっくりと溢れ出し、胸を温めた。
「だから、それじゃプラスにならないんだって。僕じゃなければ、もっとプラスになる人は他にたくさんいるだろ?」
「他ダァ?アホか、その他にとって代わられない為に、おまえはわざわざ、魔法関連の職種まで選んで、プラスになる様、努力してきたんじゃねえのかよ?」
「そ、それは、そうだけど、でも、かっちゃんは無駄だって」
僕の言葉にギクリとしたように視線を背けたかっちゃんが、小さく口を開く。
「…………別におまえの助けなんてなくても、おまえがいりゃ、それが俺のプラスを底上げすっからだろ」
ぼそりと呟くかっちゃんの言葉は聞き取れたが、僕がいるだけで、プラスになるという意味がわからず、首を傾げる。だって僕の家は大した権力もお金も持っていない。それなのに、僕と結婚するだけで、プラスになるようなメリットがあるだろうか
「?それってどういう」
「アァッ‼︎ダァラ、オマエだ!オマエ!!他の奴の魔力が高かろうが、権力があろうが、金があろうが、お前の存在自体に叶わねえってことだろうが!イチイチ言わせんなっ!わかれや!」
僕に魔力、権力、お金以上の価値があるって?なんだよそれ、全然わかるわけない。そんな可能性考えたこともなかった。
でも、もうそんなことどうだって良かった。だって、かっちゃんは間違いなく、本心で、僕の存在を求めてくれている。もうその隣に僕の居場所はなくなるんだろうと思っていたのに、これからも傍にいてもいいんだとわかって、胸が震え、目頭がぐっと熱くなる。
「わかんないよ!そんなの!言ってくれないと、わかんないだろっ」
「はっ、ちょ、おまっ、ハァ⁉︎なんで泣いとンだ⁉」
慌てるかっちゃんに、嬉しさやら、恥ずかしさやら、悔しさやら、いろんな感情が溢れて綯い交ぜになり、ざわざわと騒がしい胸をごまかすように、フイと横を向き唇を尖らせる。
「そんなこと『イチイチ聞かないでよ』」
僕が悪いのは勿論そうだけど、やっぱりかっちゃんにだって落ち度がある。そんな意趣返しをこめて、軽く皮肉った僕に、かっちゃんが一瞬呆気にとられている表情に、魔法を見せて貰った時より、気持ちが浮かれている。
「……ハァァァァァッ⁉」
「うそ。ちゃんと聴いてよ」
わなわなと震えるかっちゃんのクラバットを両手でつかんで引き寄せる。予想外の動きに、見開かれた赤い瞳をまっすぐに見つめれば、たじろぐかっちゃんに、僕は、微笑みかける。
「僕、かっちゃんのこと、好きなんだ」
ずっと言えなかったもう一つのことを口に出せば、さらに、赤い瞳が丸められ、力が抜けるように口が開いていく。
それに、緩んだ口の端と心が解けていく。
変わらずにそばにいられること、一つの夢を目指して、一緒に頑張れること。込み上げる嬉しさにまかせて、目を閉じ、踵をあげて背伸びをした。
ちゅ、と、想像よりも少しずれた唇に、ほんのわずかな感触を得て、ゆっくり踵を下ろした。
目を開ければ、動揺しているのか、見たこともないくらい顔を赤くして、複雑な表情でパクパクと口を動かすかっちゃんが唸り、大声で叫んだ。
「ハア!?ハッ⁉ハアアアアア⁉︎おまえ、まだ結婚前だってわかってんのか……‼︎」
飛び出た、予想だにしない真面目な言葉に、確かに、婚約時点での、性的な接触は、一切御法度だったことを思い出す。
「えっと、じゃあ、これで、かっちゃんは、僕と絶対結婚しないといけなくなったね」
「アアアアアアアアアア、ダァラ結婚するって、言ってんだろうが!!!!破棄なんて絶対ェに認めねぇからな!!」
ガッとクラバットを掴み返されたかと思えば、強引に引っ張られ体がよろける。ゴツンと鼻がぶつかるのも構わず寄せられた顔。身構える余裕もないうちに、唇へと思い切りよく噛みつかれた。
Happy End!




















めちゃくちゃ面白かったです!!