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喫茶ポアロでアルバイトを始めたら松田さんと出会う話

るるるるるるるるるるるる

生存if。なんでもありな方向け。 恋愛というより、日常がテーマです。恋愛要素もあります。 ほのぼのとした話を目指しています〜。

※生存if。
※捏造設定あります。

 泣く子も黙る犯罪都市、米花町。
 ぶっちぎりの犯罪発生率に、死神が棲み着いているのではという都市伝説まで存在する。特別な理由がない限り、誰も好き好んで寄り付きはしないその町の中心で、私は震えながら立っていた。
 ーーーバイトの初日。
 これまで田舎の箱入り娘として大切に育てられてきた私は、アルバイトという経験をしたことがなかった。大学院に進学するにあたり上京し、あまりの物価の高さに生活が苦しくなってきたことがきっかけで、先週人生で初めて求人サイトを開いたのだった。

「・・・・・・まずは挨拶からしっかりと」

 震える手で、カバンのストラップを握り締める。
 毛穴という毛穴から汗が吹き出しているのは、きっと例年より暑い気候のせいだけではないだろう。
 偶然にも、かの有名な毛利探偵事務所のひとつ下の階にある「ポアロ」は、落ち着いた雰囲気とマスターの淹れるコーヒーが評判の喫茶店だ。このお店を初めてのバイト先に選んだのは、高層ビルが立ち並ぶ中でも、どこか地元と似た温かい雰囲気を感じ取ったからかも知れない。立地の割に人気らしく、お昼時を過ぎた今の時間帯でも、大方席は埋まっているようだった。
 出勤の時刻まで残り15分。緊張からお店の中に入ることができずに扉の前でたじろいでいると、いつの間にか自分の背後に背の高い男の人が立っていることに気が付いた。
 黒いスーツに、サングラス。彼もポアロに入ろうといているのだろうか。喫茶店とはあまりにもミスマッチな格好の彼を、思わずじっと凝視してしまう。
 ーーーもしかして、そっちの筋の人では。
 米花町の喫茶店だ。そういう人が出入りしていても何もおかしくはない。選ぶ店を間違えたかも知れない。ブルブルと震えていると、男の人は怪訝そうな表情を浮かべる。

「俺、この店に入りてーんだけど。お前も入るならさっさとしろよ」

 見た目が怖いからか威圧的に感じられるけれど、至って普通の口調で言われて拍子抜けする。てっきり殴られてしまうではないかと怯えていた私は、そっと胸を撫で下ろした。

「は、入ります。・・・・・・ありがとうございます」

 彼に言われる勢いのまま門を潜れば、たちまち香ばしい珈琲豆の香りが鼻腔を擽った。その芳香にぼうっと立ち尽くしていれば、カウンターの奥から可愛らしい従業員さんがぱたぱたと駆け寄ってきてくれる。榎本梓、と名乗った彼女はこのお店の看板娘のようで、彼女が丁寧にお店のことを説明してくれている間にも、複数のお客さんから声を掛けられていた。

「今日は簡単な仕事からやってもらう予定だけど、一応エプロンね」

 渡されたエプロンは梓さんが着ているものと同じ派手なピンク色だった。バックヤードでエプロンの紐を結びカウンターに出れば、似合ってるじゃないと梓さんが微笑んでくれた。

「もう1人、安室さんっていうアルバイトがいるんだけど、今日は急遽遅刻して来るらしくて〜」

「そうだったんですね」

「今日はお客さんが多いから、早速お仕事をお願いしちゃおうかしら。このホットコーヒーをあの席のお客様に届けてくれる?」

 梓さんの目線の先に居たのは、先程のサングラスのお兄さんだった。豪快にサンドイッチを頬張りながら、何やら熱心に携帯を操作している。
 初仕事、きっちりと成し遂げてみせる。そう意気込んで、渡されたトレイをしっかりと持った。溢れないように慎重に進み、あと少しのところでお客さんに届けられるーーーその時だった。

「わ〜〜!ポアロ久しぶりだ〜〜」

「俺、鰻重〜〜!!」

「ポアロに鰻重はないですよ、元太くん」

 勢い良く扉から入ってきた小学生くらいの子供たちと思いきりぶつかり、体勢を崩す。まずい、と思った時には既に視界は床を捉えており、次の瞬間には目の前に座っていたお兄さんに雪崩れ込む形になってしまった。慌てて退こうとしたが、時間差で宙に投げ出されていたホットコーヒーが私の頭上から降りかかり、その熱さに思わず声にならない悲鳴を上げる。

「〜〜〜ッ、」

「おい、大丈夫かよ!?」

 お兄さんは颯然と立ち上がると、お冷用に用意されていたピッチャーの中の氷水を私にぶっかけてくれた。エプロンまでずぶ濡れになったが、お陰でじんじんとしていた顔の痛みが幾分かマシになり、安堵する。

「っ、お姉さんごめんなさい〜〜」

「い、いえっ、こちらこそごめんなさい!」

 大きな目に涙をいっぱいに溜めて謝ってくれる目の前の女の子に対して、逆に申し訳無さまで感じていると、梓さんが慌てて氷嚢を持ってきてくれた。

「お前ら、店ん中走ったら危ないっていつも言ってんだろ」

「あ、あの、謝ってもらいましたし、私の不注意もあったので・・・・・・」

 そんなに怒らないであげてくださいという意図で隣の彼に目線を送れば、茶色に染まった彼のシャツが目に飛び込んできた。先程コーヒーを被った時に、一緒に掛かってしまったのだろう。
 一気に血の気が引いていくのを感じる。とんでもないことをしでかしてしまった。これだけの範囲に染み込んでいれば、クリーニングに出しても完璧には元通りにならない気がする。
 ーーー幾らくらいするんだろう。
 ヤのつく職業の方を怒らせたら、やっぱり指を詰められてしまうのだろうか。自分の手先に目線を移せば、先日自炊をする際に包丁で切った小さな切り傷が目に入る。こんな傷とは到底比べ物にならないくらい痛いだろうと思えば、体が震えた。

「何見てんだ。お前本当に火傷とか大丈夫か?痛かったら病院いけ「指だけは勘弁してくださいっ!!!」・・・・・・あ?」

 必死の思いで絞り出した声は存外に大きかった。
 お兄さんはサングラスの奥でぎりっと目を吊り上げる。恐怖に思わず視線を逸らした。

「指も火傷したのか?」

「いっ、いえ!指には掛かっていません」

「じゃあ指がどうこうっていうのは「ヤクザの方だと勘違いしたんですよね?」」

 後ろから柔らかい声が届き、振り返れば、そこにはいつの間にか男の人が立っていた。褐色の肌に絹のような金髪。海外の王子様のような風貌の彼は、必死に笑いを堪えているようにも見える。

「誰がヤクザだって?失礼なやつだな。俺は警察官だっての」

 そう言ってお兄さんが差し出された名刺には、「巡査部長 松田陣平」と書かれてある。
 唖然としたが、徐々に自分がどれほど非礼な行いをしてしまったかに気が付き、泡を吹いて倒れてしまいそうになる。

「コーヒーをぶっ掛けてしまった上に、大変な勘違いまでしてしまってすみませんでした!」

「っぶふっ!!っく、あはははっ」

「・・・・・・そこのパツキン店員さん、笑うな。まあ火傷してなかったなら良かったよ。じゃあこの後もしっかり働けよ、コーヒー女さん」

「・・・・・・はいっ!頑張ります」

 一瞬誰のことを言っているのか分からなかったが、この状況で「コーヒー女」など私以外にはいないだろう。勢い良く返事をすれば、彼は満足そうに笑った。
 これがヤクザお兄さん改め警察官の松田さんとの衝撃的な出会いであった。

「安室さ〜〜ん、今日お客さん少なくて暇です」

「今日は雨が降っていますからね。あ、でも、もう時期彼がやってくると思いますよ」

「彼って誰ですか。安室さんの彼氏さんですか?」

「・・・・・・君って天然だってよく言われないかい?」

「いや、言われないですね〜」

 お客さんがいないポアロの中で、安室さんと2人で談笑をする。
 今日はマスターも梓さんもお休みで、シフトは私と安室さんの2人だけだ。安室さんのシフトはかなり不定期で、こうやって一緒になることは、ここで働き出してから半年経った今でも片手で収まる程度しかない。それでもこうやって砕けた話ができるのは、きっと安室さんの物腰柔らかい雰囲気のおかげだろう。

「ほら、噂をすれば」

「あ、松田さん・・・・・・と刑事さんかな?」

 びしょ濡れになりながら入ってきたのは常連の松田さんと、きりっとした印象の綺麗な女性の方だった。慌てて2人にタオルを渡せば、松田さんはガシガシと雑に髪の毛を拭き出す。

「ありがとな、コーヒー女さん」

「・・・・・・いつまでその呼び方するんですか、松田さん」

「いやあ、あん時はびっくりしたよな〜。なあ、そこの店員さんもそう思うだろ?」

「ええ、あの時はとても面白かったですよ」

 松田さんは安室さんのことを「そこの店員さん」とか「金髪の店員さん」なんて呼んでいるけれど、安室さんの名前を知らないのだろうか。その割にはやたら話し掛けているような気もする。まるで秘密の関係を隠すために敢えて他人の振りをしている不倫カップルのような振る舞いだ。

「・・・・・・松田さんと安室さんって、やっぱりそういう関係なんですか?」

「はあ?何言ってんだよコーヒー女。やっぱりお前ちょっと変わってるだろ」

「ええ心外です。彼はただのポアロの常連客ですよ」

「唯ならぬ雰囲気を感じたので、もしかしたら知り合いなのかな〜って」

「コーヒー女、案外刑事向いてるかもな」

「えっ!そんなにバリバリ働けるように見えますか!?」

「・・・・・・そういう意味じゃねえよ」

 しばらく話し込んでいると、「あの、タオルありがとうございました」と女性の方が申し訳なさそうにタオルを返してくれた。
 綺麗な二重瞼に、高い鼻、薄い唇。あまり化粧っ気がなさそうなのに、それでも思わず見入ってしまうほどの美貌だ。イケメンと言われる部類の松田さんの隣に立っていても全く見劣りしておらず、むしろぴかぴかに輝いている。

「・・・・・・あ、あの。お名前を聞いてもいいですか?」

「え、私?佐藤美和子よ。松田くんと同じ警察官」

「おいしれっとナンパしてんじゃねーよ、コーヒー女」

「松田さん、いつもこんな綺麗な方と働いているんですか!東都ってすごい・・・・・・」

 安室さんも梓さんも、そして松田さんもそうだが、東都で出会う人はみんなもれなく美男美女ばかりだ。上京するまで自分の容姿にはかなり無頓着だったが、ここに来て嫌でも自覚させられる自分の芋っぽさに、昨日初めてリップクリームとやらを購入したばかりである。

「コーヒー女さん、アイスコーヒーとたまごサンドを2つずつ頼む。溢すなよ」

「アイスコーヒーとたまごサンドをおふたつずつですね〜。少々お待ちください」

 注文を取り、安室さんに伝える。私はまだ料理を作ることはできないので、たまごサンドの完成に合わせてアイスコーヒーをグラスに注いだ。
 美味しそうなたまごサンドと並々に注がれたコーヒーをトレイに載せ、いそいそと2人が座るテーブルに運ぶ。

「仕事が板についてきましたね」

「安室さんにはまだまだ敵いませんよ〜」

 松田さんと佐藤さんが食事を摂っている間、再び手持ち無沙汰になってしまった私は、やることもなくぼうっと2人を眺める。
 ーーーこうして見ると、美男美女のお似合いカップルみたいだなあ。
 不意に。ぎゅっと胸の辺りが苦しくなる。

「・・・・・・まだ23歳なのに、不整脈?」

「不整脈は主に60歳以上で発症しやすくなると言われていますが、脈が一時的に飛ぶ期外収縮は若い人でも割と見られますよ」

「安室さんって何者なんですか。ちょっと怖くなってきました」

「そんな、ただのアルバイトですよ。まあ貴女の場合、不整脈では無さそうですが。それに気が付くのは随分と先になりそうですね・・・・・・それに、アイツも」

「安室さんっていつも小難しいこと言いますよね」

「・・・・・・本当に大学院生ですか?」

「うわ、それ立派なアカハラってやつですよ。安室さん、逮捕〜なんつって」

 お客さんが来ないことをいいことに適当にくっちゃべっていれば、カウンター越しに松田さんと目が合った。いつもふわふわの髪の毛が、今日は雨に濡れて重そうに束になっている。”水も滴るいい男”ってこういうことなんだなあとしみじみ思っていれば、松田さんが何か言いたげな表情を浮かべた。
 ーーあ、佐藤さんのグラスが空になっている。これはおかわりを持ってこいと言うことだろう。
 雨に振られた上に、アイスコーヒーも飲んだとなれば、もしかしたら体が冷えてしまっているかも知れない。私は安室さんにホットコーヒーを淹れてもらうように頼むと、松田さんにグットサインを送った。
 佐藤さんに気が利くとアピールしたい男心、従業員である私がしっかりとサポートしてあげようではないか。私は自信満々にホットコーヒーを佐藤さんの元へ運んだ。

「あれ、私ホットコーヒーなんて頼んでいたかしら」

「おかわりのコーヒーです。松田さんに頼まれたので!」

「俺、頼んでねえけど」

「えっ、さっきの視線はそう言うことじゃないんですか!?」

「・・・・・・ちげえよ。でもまあホットなのは気が利くじゃねえか。ありがとな」

「ええ、丁度身体が冷えていたところなの。ありがとう、助かったわ」

 顔見知りの常連とそのお連れ様とは言え、お客さんに褒められたのは初めてで、思わず顔に熱が集中するのが分かる。満面の笑みでカウンターへ戻れば、良かったなと安室さんが頭を撫でてくれた。完全に子供扱いである。

 ーーーガシャン。
 ガラスが割れる嫌な音が店内に響き、思わず振り返れば、松田さんが手に持っていたアイスコーヒーのグラスを床に落としたようだった。

「あーーー、」

「ちょ、松田さんストップ!!」

 素手で拾おうとする松田さんを慌てて制止し、箒と塵取りを持ってテーブルへ向かう。
 幸いコーヒーはほとんど残っていなかったのか、飛び散ったガラスと氷を回収するだけで済みそうだった。

「大事な商売道具である手を、迂闊に傷つけちゃダメですよ〜」

「・・・・・・ああ、すまない」

「コナンくんに聞きましたよ、松田さん爆弾の解体も得意だって」

 ポアロへ頻繁に訪れる小学生たちの話題にもよく挙がる松田さんは、名実ともにこの町のヒーローだ。
 そんな松田さんでも、ガラスを割るなんてお茶目な一面があるのだと意外なギャップに驚いていれば、片付けの手伝いに来てくれた安室さんが必死に笑いを堪えていた。いつの日かも見たような光景である。

「お前、案外餓鬼だな」

「・・・・・・うっせえよ。てめえわざとだな?」

 やはり知り合いらしい松田さんと安室さんが何やらこそこそ話していたが、直感で聞かない方がいい気がしたので静かにカウンターに戻る。
 佐藤さんは呆れ顔で、そんな2人を眺めていた。

 東都に引っ越してきて丁度1年が経った。
 次第に研究も忙しくなってきたが、以前と変わらずアルバイトも続けられている。

「・・・・・・梓さん。やっぱり松田さんと佐藤さんってデキてると思いますか?」

「そうねえ〜。よく2人でポアロにも来るものね」

 最近変わったことと言えば、私が松田さんへの恋心を自覚してしまったことくらいだ。
 4個も年が離れている上に、彼の仕事でのバディは警視庁随一のマドンナ。私生活でもバディになる日が近いのでは無いかと戦々恐々としている私に、果たして勝算はあるのだろうか。
 とは言え、佐藤さんも私にとっては大切なお姉さんのような存在である。大好きな2人が結ばれて幸せになるのなら、それもまた一興だーーーそう無理矢理心に言い聞かせている次第だ。

「彼氏欲しいな〜。誰か良い人いませんか?」

「う〜ん。どんな人がタイプなの?」

 無愛想に見えて優しくて。
 笑ったら意外とキュートで。
 ーーーあと、ふわふわの天然パーマで。

「・・・・・・松田さんみたいな人」

「あらあら。じゃあ頑張るしか無いじゃない」

 そもそも、今までこれといった恋愛経験がない私に、松田さんはハードルが高すぎるのだ。
 早起きをして頑張っているメイクも、ダイエットをしようと通い始めたジムも、全部無意味なんじゃ無いかってたまに自信を無くしてしまう。その度に全てを投げ出してしまいたくなるが、松田さんの顔をひとたびでも見てしまえば、また頑張ろうって自然と思えてくるのだ。恋のエネルギーって、恐ろしい。

 洗ったお皿を拭きながら、外をぼんやりと眺める。
 ーーー初めて松田さんと会った時は、まさかこんなことになるとは思っていなかったな。
 今でもエプロンに残るあの時のコーヒーの染みが視界に入るたびに、松田さんのことを思い出しては胸が苦しくなる。
 ぐるぐると思い悩んでいれば、目の前のカウンターに座る歩美ちゃんが人懐っこい表情で話しかけてくれた。

「ねーねーお姉さん!くまさんのラテアート作って〜」

「歩美ちゃん久しぶりだね。作ってもいいけど、歩美ちゃんにはちょっと苦いかもよ〜?」

 あの日以来すっかりと仲良くなってしまった歩美ちゃんは、「それでもいいの!」ときらきらとした笑顔を見せた。あまりの可愛さに思わずウッと胸を押さえる。
 暇を持て余した時に密かに練習していたラテアートが、最近SNSでそこそこの話題を呼んでいるため、こうしてリクエストされる機会も増えた。安室さんの集客力には劣るけれど、それでも自分がポアロに少しでも貢献できていることがちょっぴり嬉しかった。

「はい、どうぞ〜。くまさんだよ〜」

「わあ〜〜、可愛い〜!お姉さんありがとう!」

 いつもよりエスプレッソの抽出時間を短くし、キャラメルシロップも追加してみたが、それでも小学生には苦いかも知れない。
 まあその場合は、奥の席でホットコーヒーを啜っているコナン君に飲んで貰えばいいだろう。

「わ〜苦い〜。大人の味だあ!コナン君、飲むの手伝って〜」

「へいへい。だから歩美には早いって言ったろ」

 私からお願いしなくても自然とコナン君が飲む流れになり、思わずくすりと笑ってしまう。
 ゆったりと、心地の良い時間が過ぎてゆく。西日が差し込む店内は、温かくて、眩しくて。

「なんか、幸せだなあ〜」

「何、お姉さん。遂に松田さんに想いを伝えることが出来たの?」

「コ、コナン君、何言ってるの!?私がいつ松田さんのこと好きって言った!?」

「言われなくてもそう顔に書いてあるよ」

「君、随分とませてるね。さては恋愛経験豊富だな!?」

「お姉さん、よく変な人って言われない?」

「全く言われないけど」

 私から言わせて貰えば、ポアロで出会ったみんなの方がよっぽど変わっている。
 ヤクザみたいな風貌のくせに警察官をしている松田さん。
 赤色に異常なほど反応する安室さん。
 そして今話しているコナン君も、時々小学生とは思えない大人びた発言をする。
 そんな個性豊かな人たちに囲まれて過ごす日々はとても刺激的で、かけがえのない宝物だ。

「お姉さん、顔がニヤついているよ」

「・・・・・・コナン君、うるさい」

 ポアロで働き出してから、2度目の夏を迎えた。
 連日の酷暑に疲労困憊気味の私はカウンターで項垂れながら、安室さんが淹れてくれたアイスコーヒーをちびちびと飲んでいる。
 24歳だというのにいまだにブラックコーヒーが苦手な私のために、安室さんはいつも氷を多めに入れてくれる。前まではミルクを追加して貰っていたのだが、飲めるようになりたいと打ち明けたところ、安室さんが「それならば薄いコーヒーから慣れていきましょう」と機転を利かせてくれたのだった。

「安室さん、今年暑くないですか?」

「その台詞、毎年言っているような気がしますけどね」

「だって毎年暑いんですもん〜」

「そういえば明日、米花商店街で夏祭りが開催されるのをご存知ですか?」

「そうだったんですか。知らなかったです」

「・・・・・・例の彼は、明日非番らしいですよ?」

「っ、安室さんまで揶揄わないでください!」

 いつの間にか、私が松田さんを好きだということは、喫茶ポアロの従業員はもちろん、常連客の間でも当然の前提として語られるようになっていた。そんなに分かりやすく顔に出ているのだろうか。いつの日かコナン君にまで指摘されたことを思い出す。
 言われてみれば、松田さんがポアロに来てくれた時は、接客中に声が裏返ってしまったり、注文を聞き間違えたりと、ぎこちない態度が隠しきれていなかったのかもしれない。
 こんな様子で松田さんに気持ちがバレてしまっていたらどうしよう。いや、松田さんがただの従業員の態度なんて気にしている筈がない。きっとまたアイツがやらかしている、くらいにしか認識していないだろう。

「ほら、噂をすれば」

「・・・・・・なんで安室さんって毎回松田さんが来るタイミングが分かるんですか?」

「なんとなく、ですよ」

 胡散臭い笑顔を向ける安室さんを一瞥していれば、カランカランと入店を知らせるベルが鳴り、一気に身体が強張る。2週間ぶりに会えた松田さんは、相変わらず格好良かった。
 袖が捲られ顕になった腕は、心無しか前回会った時よりも日焼けしたような気がする。思わずじっと見入っていれば、「何見てんだよ」と眉を顰めながら松田さんは言った。

「お、おお、お久しぶりです。松田さん、お、お元気でしたか?」

「まあまあってとこだな。そういうお前はなんか疲れてそうだな」

「たった今、げげ、元気になった、ところ、です」

「ぶはっ、何言ってんのかわかんねえよ」

 最近松田さんは私のことを「コーヒー女」とは呼ばなくなった。
 可愛らしい愛称という訳では無かったが、それでも私だけに付けてくれたそのあだ名。何となく親しい関係になれたような気がして嬉しかったのに、そのあだ名が機能しなくなった今では、ただのポアロの”店員”と”常連客”に後戻りしまったみたいだった。

「き、今日は何にされますか?」

「そういや、最近お前サンドウィッチ作るようになったんだろ?それを1つとアイスコーヒーで」

「ひゃ、ひゃいっ。頑張りますっ」

 ぎこちなく歩きながらカウンターへ戻る。
 キッチン作業にも粗方慣れてきたはずなのに、いざ松田さんに作るとなれば馬鹿みたいに手が震えた。

「安室さん、やばい。口から心臓出そうです」

「あはは。愛妻弁当ならぬ愛妻サンドウィッチですね」

 サンドウィッチに使うレタスを千切りながら、横で見守ってくれている安室さんに横目で視線を送る。表情こそは笑っているけれど、その奥で何を考えているのかはちっとも分からない。
 松田さんに今の会話が聞こえたらどうするんだと安室さんの脇腹を肘でど突けば、想像以上に鍛えれているらしい腹筋に、こちらがダメージを喰らう羽目になった。

「安室さん、今度腹筋のトレーニング方法教えてください」

「1回1万円からどうですか?」

「安室さんのドケチ」

「そういえば誘わなくていいんですか、夏祭り」

「・・・・・・逆に誘えると思います?」

  ちらりと松田さんの方を盗み見れば、今日も何やら熱心に携帯に目を通している。忙しい仕事の合間を縫ってポアロまで昼食を食べに来ているのだろう。いつも訪れるのは昼時をかなり過ぎた時間帯だった。普段から多忙な松田さんの折角の非番の日に、誘い出すのはとても気が引けた。そもそも既に予定があるかも知れないーーー例えば佐藤さんと一緒に夏祭りに行くとか。

「それなら僕と行きませんか、夏祭り」

「・・・・・・え、安室さんとですか?女子高生にバレたら刺されそうなので嫌です」

「人が多くて誰が誰だが分かりませんよ。どうですか?明日は暇なんです僕も」

「えっと「・・・・・・おい」・・・・・・あ、はい!」

 安室さんへの返答に困っていると、奥の席から松田さんの声がした。
 慌てて出来上がったサンドウィッチとアイスコーヒーを運ぶ。最近ではコーヒーも上手く淹れられるようになり、この前は松田さんにも褒めてもらえた。
 いつもなら少しだけ談笑をしてからカウンターに戻るのだが、今日は自分が作った料理を目の前で食べてもらうのが恥ずかしくて、そそくさと帰ろうとしたその時だった。

「・・・・・・明日、アイツと夏祭り行くのか?」

 ぽつり。小さな声で松田さんが言う。
 思わず立ち止まり、松田さんの方を振り返った。

「・・・・・・っ!」

 そこには、今までに見たことのないくらい真っ赤な表情をした松田さんが、真っ直ぐと私の瞳を捉えていた。蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けなくなる。

「俺も、明日暇なんだけど」

「・・・・・・松田さんと夏祭り、行きたいです」

 誘うつもりなど微塵も無かったのに、松田さんの雰囲気に呑まれる勢いのまま自然と言葉を発してしまっていた。そんな私の様子を見て、松田さんは満足そうに笑う。不自然なほどに早く脈打つ心臓が、今は本当に出てきてしまいそうだった。

「明日18時、ここの前な」

「・・・・・・楽しみです」

 浮かれ気分のままカウンターへ戻ると、安室さんがしてやったりといった顔で待っていた。もしかすると、わざと夏祭りの話題を振ってくれたのかもしれない。
 ーーー安室大明神、ありがとう。
 だが、その感謝も束の間。緊張のあまりマスタードを入れすぎてしまったせいで、直後に松田さんがサンドウィッチを盛大に吹き出した。
 ーーーあれ。安室さん、私が作るところ見てましたよね?

「可愛いかな?ねえ、可愛いって言って」

「お姉さん、顔からいっぱい汁出てるぞ。鰻重みたい」

「そんなこと言ったら失礼ですよ、元太くん。お姉さん、今日は松田さんとのデートで張り切ってるんですから!」

「お姉さん〜浴衣似合ってる!歩美も浴衣着たいな〜」

 時刻は17時53分。松田さんとの待ち合わせまであと7分。
 1時間も早くポアロに到着してしまったが、偶然居合わせた少年探偵団の子達と喋ることで、どうにか緊張を誤魔化していた。
 昨日の退勤後に慌てて買いに行った浴衣は、藍色の落ち着いた柄のものを選んだ。普段ピンクのエプロン姿しか見せていないから、普段とは違った雰囲気の浴衣で”ギャップ萌え”とやらを狙った算段である。
 子供たちの意見はいい意味でも悪い意味でも素直で、先ほどから歩美ちゃん以外に失礼なことばかり言われているような気もするが、そんなことが気にならないくらいには緊張していた。

「お姉さん、天ぷらでも食ってきたのか?」

「元太くん、これはリップグロスといって唇をツヤツヤさせるものなんだよ〜」

「・・・・・・?なんでツヤツヤさせるんだ?」

「それは松田さんとチューする予定だからですよ、元太くん!」

「光彦くん、そういう訳じゃないから!!!」

「わあ、お姉さんお顔が真っ赤だよ?歩美が今日つけているリボンよりも赤〜い!」

「歩美ちゃん、ポアロで”赤い”は言っちゃダメなんだよ!でないと安室さんが・・・・・・」

「おや、何か言いましたか?今からシフトを入れてたっていいんですよ?」

「ひいっ、安室さんすみません〜!勘弁してください!」

 コントのような会話を繰り広げていると、気が付けばあっという間に18時になっていた。本来はポアロの前で約束していたので、慌てて外に出る。夏祭りの影響かいつもよりも随分と人通りが多い中でも、向こうから歩いてくる松田さんだけは一目で分かった。
 ーーー発光器官でも付いてる?
 ラフな格好なのに様になっている。今日は松田さんと二人きりだと思えば、急に緊張が酷くなった。

「お、浴衣だ」

「ゆ、浴衣、き、きの、昨日買って」

「・・・・・・いいね。似合ってる」

 幻聴だろうか。今、松田さんの口から”似合ってる”と聞こえたような気がする。
 暑さと緊張でやられて、脳が処理落ちしているのかも知れない。松田さんの言葉を反芻しながら噛み締めていると、ふと、右手が掬い上げられる。

「えっ、松田さ、な、何して」

「お前、はぐれそうだから」

 松田さんの大きな手と繋がれた自分の右手が視界に入り、一気に熱がそこへと集中する。松田さんと夏祭りに来れただけでも幸せなのに、手を繋ぐオプションまで付いてきた。

「・・・・・・供給過多で死にそうです」

「どういう意味だよ、それ」

 商店街のメインストリートには、沢山の屋台が立ち並んでいた。
 すでにお腹が一杯のような感覚だったが、ソースや油の香ばしい匂いを嗅げば、忽ちお腹も空いてくる。その中でも一際美味しそうに見えたのが、少し先にあるはしまきの屋台だった。視線がそこばかりに向いていたのか、松田さんが「はしまき、食うか?」と笑いながら聞いてくれた。

「う、うま〜〜〜っ!」

 チーズの巻かれたそれは、濃厚なソースの風味とキャベツの食感、そしてモチモチの生地が良い塩梅で、とても美味しかった。夢中になって頬張っていると、松田さんにじっと見られていることに気が付く。

「・・・・・・ど、どうかされましたか?」

「いや、うまそうに食うなって。なあ、俺にも一口くれよ」

「も、もちろんです!そもそも松田さんが買ってくれたものですし」

 プラスティックの容器ごと松田さんに差し出せば、松田さんは何の躊躇いもなく、私の食べかけであるはしまきにかぶり付いた。後になって間接キスだということに気が付き、自然の松田さんの唇に目がいってしまう。形の良い唇ではしまきを食べる姿はどことなく色っぽくて、何だか気恥ずかしかった。

「・・・・・・どこ見てんだよ、変態」

「へっ、へん!?」

 変だとか、頭がおかしいだとか、ポアロで腐るほど言われてきたが、それでも変態と言われたのは初めてで、思わず動揺してしまう。地味にショックを受けていると、「冗談だよ」と優しく頭を撫でてくれた。
 優しく笑う松田さんを見ていると、胸がぎゅっと高鳴る。
 ーーーああ、この人を独り占めしたい。

「松田さんって彼女いますか?」

「いたらお前と二人きりで夏祭りとか来ねえよ」

「・・・・・・じゃあ、好きな人は?」

 佐藤さんの綺麗な姿が脳裏をよぎる。
 松田さんと並んでも遜色無くて、行動力があって、私の憧れの人だ。
 ーーー佐藤さんなら。松田さんが好きになっても仕方がない、むしろお似合いだってずっと自分に言い聞かせてきた。
 それでも今、松田さんに私の方を向いて欲しいと、傲慢にもそう思ってしまう。

「・・・・・・いるけど」

「・・・・・・っ、」

 分かりきっていたことなのに、改めて言われると胸が締め付けられるように苦しい。
 聞くんじゃなかった。
 聞かなければ、今日を”良い思い出”として終わらせることが出来たのに。

「お、お似合いだと思います。大人の女性って感じで、お綺麗ですし」

「そうか?いつまで経ってもガキみたいだけどな」

「松田さんの目って腐ってるんですか?」

「ガキだし、色気無いし、ポンコツだし」

「酷い言い様ですね」

「・・・・・・あと、いつも淹れてくれるコーヒーが美味い」

「え、もしかして佐藤さんじゃなくて安室さん?・・・・・・った!!!デコピン!?」

 思いっきり松田さんにおでこを弾かれる。
 ひりひりと痛むおでこを手で押さえながら松田さんの方を見てーーー私は思わず息を呑んだ。

「お前だよ、好きな人」

「・・・・・・え?」

 嘘だ、そんなこと有り得ないって思うのに。
 熱を孕んだ眼差しの松田さんに、本当なんじゃないかって信じてしまいそうになる。
 喉の奥が詰まって、うまく息を吸い込めない。

「俺と付き合ってください」

「・・・・・・っ!わ、私、松田さんのこと一生幸せにしますっ」

「ぶはっ、気が早いな。それ、プロポーズのつもり?」

「ち、ちがっ、でも私も松田さんがずっと好きでっ、それで」

「陣平」

「え・・・・・・?」

「付き合ってんのに苗字で呼ぶのも変だろ?」

「・・・・・・陣平さん、好きです」

「あーーー、くそ可愛いな。このまま持って帰りたい」

「もっ!?」

「まあそれは追々な」

 “追々”って何のことなのか聞けないまま、私はただ黙って俯いた。
 恥ずかしさと、嬉しさと、驚きとーーー色んな感情がぐるぐると頭の中を巡って、上手く思考がまとまらない。それでも、再び繋がれた手から伝わる松田さんの温もりだけは、不思議なくらいはっきりと感じられた。
 胸の奥がじんわりと満たされていくようで、その熱が酷く心地良かった。

「・・・・・・それで、例の彼とはうまくいったんですね」

「安室さんには本当に感謝しかないです!」

「お姉さん、漸く松田さんとくっついだんだね」

「コナン君もいつも相談乗ってくれてありがとうね」

「次はいつ彼に会うんですか?」

「今日この後お迎えに来てくれるって、うふ、ニヤケが止まりません」

「・・・・・・幸せそうで何よりです」

 安室さんは、ふっと笑った。
 それはいつもの胡散臭い笑顔ではなく、心の底から喜んでくれているのが伝わってくるような、穏やかな表情だった。

「ありがとうございます」

「ああ、噂をすれば」

「・・・・・・安室さんも松田さんのこと好きなんですか。センサーが付いているとしか思えない反応の良さですよ、毎回」

「ええ、そういうことにしておきましょう」

「えっ、ちょっ、松田さんは譲りませんからね!!?」

「・・・・・・相変わらずめでたい頭の中だな。ほら帰んぞ」

「あ、松田さん待って〜!すぐ帰る準備しますね!」

 バタバタとバックヤードに戻り、急いで荷物を纏める。
 ふと、店内の方を見れば何やら安室さんが松田さんに話しているようだった。先程の会話を思い出し、まさか、とは思いながら耳を澄ませる。

「・・・・・・良かったな、松田」

「ありがとな、零」

終わり

— End —

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