「アタシ、寸胴なのよ」
「私も、くびれがなくて…」
ランチをしている大人の女性達がテーブルを囲んで自分のお腹周りを気にしていた。
「壬氏君は、くびれてる方がいいでしょ?」
一人の女性が同意を求めるように求めた相手は、精悍でありながら天女のような絶世の美男子。
「興味ないですよ」
そう言って憂いを帯びた表情で立ち去った壬氏はその場を離れ一人になると、先ほどの言葉とは裏腹に見事にウエストがくびれたマネキンに抱きつき…。
「はぁ…はぁ…くびれっ…」
そのままソファに押し倒すように倒れ込んだ。
そして…。
「やり直しです」
「ど、どのあたりがダメだ?」
「恥ずかしさが捨てきれていないのが丸わかりです。何より、気持ちが入っておらず、表情にまるでリアリティがありません」
「くっ…」
高順から辛辣なダメ出しを喰らう。
アイドルグループ「Edel Glanz」の壬氏に超大手エステティックサロンのCMオファーが来た。事務所としても失敗が許されない案件だ。高順が企画とコンセプトとを説明し、イメージを掴むために身内のスタッフを集めて一通り演じてみたのだが。
「壬氏様」
「様をつけないでくれ…」
「貴方様の場合、もはや芸名に近いので」
ファンからの敬称付の呼び名が一般化しすぎて、身内からもそのように呼ばれている。
「大体、俺は本当にくびれに興味がないんだ!」
世の中の男が全員、胸と尻が大きく腰がくびれた砂時計のような体型を好んでいるわけではないと、ぷいっと顔を背ける。
「壬氏様に演じていただくのが「女性のくびれ」にこだわりを持った男、なんですよ」
壬氏の好みはCMコンセプトに反してしまうので言葉にしないでほしい。カメラが回っていないと、こういった幼い行動が目立つのが玉に瑕だと高順は嘆息する。
(巨乳にも大きな尻にも魅力を感じない。もっとこう、豊満とは対極の、控えめで、儚くて、守ってやりたくなるような…)
(存じていますから、声に出さず心に留めてください…)
本人はおそらく心の声のつもりだろうが、ダダ漏れだ。壬氏の頭の中には特定の一人が完全にイメージされている事も高順には丸わかりだ。
結局、リハーサルは壬氏の「気持ち待ち」になってしまい高順が廊下に出て待っていると、壬氏と同時デビューしたアイドルグループ「bubbles」の猫猫が通りかかる。
「小猫。ちょっとご協力いただけますか?」
「何でしょう」
「少々、腰を貸して欲しいのです」
「腰?」
胸を貸すと言う慣用句なら知っているが、腰は聞いたことがない。
とは言え日頃から世話になっている敏腕マネージャーには大人しくついていく。
「実は壬氏様に大手からのCM案件が舞い込んできまして」
「それはすごいですね!」
「大きな案件ですから撮影前にしっかりとリハーサルをしたく、練習相手役をお願いできますか?今度、お礼に河豚のコースをご馳走しますので」
「河豚!?はい!もちろん協力しますよ!」
あっさりと河豚に釣られた猫猫はこれから何をさせられるかも知らず、目を輝かせて高順について行った。
「壬氏様、こちらでいかがでしょう」
演技に悩む壬氏の目の前に現れたのは猫猫。ダンスレッスン後なのか肌はしっとりと汗に濡れ、ショート丈のTシャツにゆったりと動きやすそうなロングパンツ。
その間に見えるのは猫猫の代名詞でもある細腰だ。そのラインは、胸や尻との対比を表現した所謂「くびれ」とはまた違うかもしれないが…。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
壬氏は既に鼻息荒く目を血走らせて、その柔肌に釘付けになっていた。
「ちょっと壬氏様?」
「あぁっ…くびれ…くびれっ…!」
「そうです壬氏様!その調子です!」
恍惚の表情で猫猫の細腰に縋り付く。
「ぎゃー!」
するとちょうど、同じくレッスンを終えた小蘭と子翠も猫猫の悲鳴に気づいてやってくる。
「あー、見て見て子翠。壬氏様がまた猫猫のお腹吸ってる〜」
「あははっ、本当だ〜。いつ見てもカッコよくて気持ち悪いねっ」
「ちょっ、二人とも見てないで助けてっ!」
「小猫、河豚コースですよ!」
「ふぐぐっ」
合同ダンスレッスンの度に指導と称してお触りに行く壬氏。それだけでは飽き足らず猫吸いや猫舐めも日常化した。誰がどう見ても明らかな痴漢行為な訳だが…所属事務所内という閉鎖空間では黙認されている。
「ところで何してるんですかー?」
子翠には素朴な疑問が湧き上がる。この手の行為はエスカレートする前に高順が止めるからこそ黙認されているのだ。それなのに、むしろ煽っている。
「撮影のリハーサルです」
「AVの?」
「CMです」
「リハも撮るんですか?」
「素材用です。メイキング映像として、いつか使えるかもしれませんから」
「使えるかなー、こんな不健全な画」
そんな会話をしている間も鼻息荒く猫猫の肌にぐりぐりと顔を擦り付ける。
「む。いつもと質感が違うな。少し太ったな?」
「悪かったですね!太りましたよ!最近、ライブ終わりのご褒美に高順マネージャーが美味しいもの食べに連れてってくれたり、差し入れもいっぱいくれるので…」
「おい…」
猫猫の腹に頬擦りしながら高順を睨む。何故自分を差し置いて猫猫に餌付けをしているのかと。
「ちゃんとbubblesの3人を連れて行っていますよ」
普段からグループとして面倒を見ており、何なら河豚コースも3人を連れていく予定だ。口止め料も兼ねて。
「それに、小猫は特に痩せすぎですから」
「確かに…」
同年代の少女達の過剰な痩身願望を煽りすぎないよう、猫猫の公式プロフィール記載の体重は実際より重めに記載してあるほどだ。
「プラスXX.Xkgくらいか…」
「小数点以下まで当てるな!」
「この方がいい…いや、むしろもっと増やしても…」
「ぐぬぬっ…河豚!これは河豚のため!」
猫猫は歯を食いしばり、ファンに絶対見せられない顔をしながら耐える。
「あぁ、良い…。ほんの僅かに肉付きが良くなるだけでこんなに違うなんて…。もう、我慢が…」
「えっ?ちょっ、ちょっと!?壬氏様っ、勃っ…」
「はーい小蘭あっちいこー」
「え?なになに?」
「年齢制限ってのがあるんだよねー。じゃあ猫猫、私たち先に着替えてるからー」
子翠は小蘭に後ろから目隠しをしながら、その場を後にした。
そしてCM撮影当日。厳戒態勢の中、特別に口の固い撮影スタッフに厳選され、例のシーンが撮影された。
「ああっ、くびれ…くびれっ!」
リハーサルの成果もあり、彫刻のように無機質なマネキンを頭の中で完全に猫猫に変換できている様子。情熱的に、それでいて獣のようにマネキンのくびれに夢中になるその様子は、表情だけで見る者を悩殺するほどだ。
しかし。
「猫猫っ!猫猫っ!脇腹!腰!おへそ!舐めて吸って齧りたい!あぁ〜!!猫猫ーっ!」
壬氏は思ったことが声に出てしまうタイプだった。しかし高順は慌てない。
「音声は後ほど当てますから」
若手アイドルとは思えないほどのセクシーすぎる演技に、CMは大反響となるのだった。


















猫猫だから 猫猫にしか頼めないリハーサルですね🤣 猫猫〜と叫んでいることも知らずに ファンは気の毒ですこと🤣