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おかえりを言って欲しい

わっかわっか

極秘社内結婚壬猫。(オチ) 現パロです。 猫猫の部下の視点から話は始まります。

予期せぬ来訪者で研究室の中はひりついた空気で満たされていた。
もともと実験の真っ只中で佳境に差し掛かり、研究室のメンバーは皆、精神的にギリギリだったのだ。そこに空気を読まない招かざる客は迷惑以外の何者でもなかった。

「ここは関係者以外、立ち入り禁止です。お引き取りを」

この研究室のNo2である漢猫猫主任が乱入者に向かって無下に言い放つ。だが言われた方は何も意に介さず不快な笑みを浮かべていた。

「役員の私でも関係者に含まれていないとは、言うねえ」
「それでは言い直しましょう。登録がない方はどなたも入室を許可していません。お引き取りを」

 猫猫はさらに冷めた声音で言った。
 部下である自分たちは二人の応酬をどぎまぎしながら遠巻きに見ていた。

「やばくない?猫猫さん、やばくない?」

 インターンシップ上がりで入社一年目の自分の次に若手の先輩が青ざめながら小声で話しかけてくる。

「あの人、誰なんですか」
「確か資材調達部門かなんかの副本部長じゃなかったかしら」
「なんでそんなとこのお偉いさんがここに来るんですか」
「さあ」

先輩が首を傾げているともう一人の先輩がこそこそ話に入って来る。

「あそこの部門、今、価格が高騰してたり関税とかで厳しいからなぁ。好調な部署が目に付くんじゃないか?」
「ええ……。難癖じゃん」

若手の先輩が顔を歪めた。

「専務の肝いりの事業がどんな所か見学に来ただけだよ。そう構えないでもらえないだろうか」
「それでしたらまたの機会にお願いします。現在、大事な実験の真っ最中なので」

実験を邪魔されて猫猫の機嫌が最高潮に悪い。
彼女はこの製薬部門において若くしてエースで屋台骨なのだが根っからの研究者であるため対外交渉には弱い。この研究室の室長はそれを補うために営業から引っ張られてきた人物なのだが現在、専務とともに海外へ長期出張中である。
勤怠管理にうるさい上司たちがいない間に新薬の実験を始めて早半月。ろくに家にも帰らずに猫猫は一心不乱に研究に没頭していた。

「それは丁度いい。ぜひ高額で購入した設備を見せて貰いたい。予算計上もしていなかったのに稟議が通った設備がどんなものか、ひとめお目にかかたくてね。そこまでの粗利益をまだこの研究室は上げていないだろう。私達が苦境の中、稼いだ資金がどのようなものに使われたか確認したって文句を言われる筋合いはないと思うがね」

「予算の関係は私にはわかりかねますが、この設備は基本中の基本です。購入出来たのは私たちの研究が会社の利益になると考えられたからでしょう。今、ここで邪魔されるとそれこそ不利益になるのでは?こんなところで中身のない嫌味をたらしてないで、時間をもっと有益なことに使ったらどうでしょうか?」

 ついに忖度なしで本音を言い返した猫猫に研究室のメンバーは震え上がった。普段はここまで過激な発言はしないのだが薬の実験、研究のことになると人が変わる。中断を余儀なくされてついに沸点に達したらしい。
 副本部長とやらがふるふると怒りで震えている。

「主任……!」
「ひぃっ」

メンバーから悲鳴が上がる。
血管が切れそうなほど顔を真っ赤にした副本部長は声を上げた。

「調子に乗るんじゃな――」

「何をしている」

研究室に凛と通る声が響き渡った。
声の方を見ればそこには噂の専務、華瑞月が立っていた。隣には顔青くして今にも失神しそうな我が研究室の室長もいた。
あと何故か猫猫もビクッとしていた。

「副本部長。貴方の業務はこの部署とは関わりがないはずだが、どうしてここにいるのでしょう」

つかつかと長い脚で瑞月は副本部長に近づく。まるで彫刻のように完璧に整った怜悧な容姿に睨まれると心底が肝が冷えるだろう。副本部長の顔色は一気に赤から青に変わった。血圧が心配だ。
華瑞月専務はこの研究室を立ち上げた責任者である。そして華グループの創業者一族の一人でもある。そうでなくてはいくら優秀でもこの若さで専務の地位にいないだろう。
だが自分のような新人にも知られているくらい実績も積み重ねている人だ。この研究室を軌道に乗せたのもこの方の功績である。

「……お帰りはまだ先と伺ってましたが」

掠れた声で副本部長が言う。

「思ったより早く商談がまとまったので。これでこの研究室の設備分の利益はあげられるだろう」
「……」

どうやら先ほどの会話は筒抜けだったようだ。

「確かにここの設備は今年度の予算申請に間に合わなかったが、然るべき部署や役員が厳正に審査をし稟議が通っている。貴方の職務権限には関知しないはずだ。あまり騒ぐと越権行為で役員会の議題に上がることになるぞ」

瑞月は研究室の扉を開ける。

「ともかく、主任が言っていた通りここは登録がない者は入室が制限されている。設備の見学がしたいのなら後日申請をしてもらおう。今日はお引き取りを」

鋭い視線で有無を言わさず退室を促せば、副本部長は唇を噛みちぎらんばかりの表情で出て行った。
厄介な客人が帰ったあと室内は一旦静まりかえるが瑞月の視線は今度は我々、研究員に向かう。

「勤怠はこまめに付けていたようだが、それでは誤魔化せないぞ。勤務状況はそこだけで管理されているわけじゃない。パソコンの操作や電気の消灯でも判断している」

猫猫のデスクにやってきてモニターを長い指でトントンと叩いた。猫猫の顔色は芳しくない。
恐らく彼女はここしばらく仮眠とシャワーでしか家に帰っていないはずだ。自分が知っている限りほとんど研究室にいた。
……というか、もしかしたら帰ってさえいないかもしれない。いつの間にかコンタクトをやめて眼鏡をずっと付けているし、髪に艶もない。服装は白衣を着ているのでよく思い出せなかった。

「主任、もしかしてずっとここに……?」

若手の先輩が恐る恐る尋ねた。

「……」

猫猫は何も答えなかった。

「……」

部屋の中にはなんとも重たく気まずい空気が流れた。
コホンと瑞月が咳払いをする。

「ともかく労基が入ったら確実にアウトだ。そうしたらせっかく買った設備も結んできた商談も研究の結果も全て無駄になる。節度を守るように」

そう言って瑞月は研究室を後にした。まだ打ち合わせがあるとかで室長もそれに続く。
二人がいなくなると猫猫は慌てて鞄を取り出し、スマホを確認している。そして充電器に接続した。

「電池なくなりそうなんですか」
「電源が切れてる」
「え?」
「ここ数日、触ってなかったので」

次はモニターに向かいメールをチェックし始めた。そしてまた顔色を青くする。

「室長から早く帰国する旨のメールを誰かもらっていましたか」

そう指摘されて皆、意表を突かれた表情をしてメールの確認を行う。

「俺、ありました」
「私もあった」

皆、挙手をしていく。ちなみに自分にも届いていた。猫猫は頭を抱えるように息を吐いた。

「私にも届いていました。返信した人はいますか」
「……」

全員、今気づいたのでそんな人物はいない。実験に夢中で社内メールの確認を皆それぞれ失念していたらしい。
猫猫はスマホが起動したのか、手に取りチェックしている。

「このフェーズが終わったら一段落つきます。いったん解散しましょう」
「主任、ちゃんと帰ってくださいね」
「……わかっています」

カツカツとパンプスを鳴らして地下駐車場を猫猫は歩いていく。じめっとしていて人気が無いので靴の音だけ異様に反響している。奥に停まっているのはいわゆる高級外車。猫猫は周囲に人がいないのを確認してからためらいもせず車に乗り込んだ。

「おかえり」

座った途端、隣から声をかけられた。

「……た、ただいま」

猫猫はしどろもどろに答えながら運転席に座っていた男、瑞月を窺うように見る。瑞月は笑顔だった。もう満面の笑顔であった。その表情とは裏腹に猫猫の背筋は凍る。これは怒りが限界突破しているときの笑顔だ。何か弁解をしなくては身が危ない。

「えーと、予定より早かったですね」
「ああ、十日前には連絡したんだかな」
「……あぁ」
「何度もな」

しまった。出だしから地雷を踏んだ。
先ほどチェックしたスマホのメッセージにはその頃合いから瑞月のメールが溜まっていた。着信も数えきれないくらいあった。そして社用メールにも室長だけでなく瑞月からのメールが何通もあった。
その時期、猫猫は実験に夢中で外部のことに一切意識を向けていなかったことを思い出す。

「猫猫からの連絡が少ないのは分かりきっていたが、どの方法をとっても返事がない。試しに室長にもメールしてもらったがそちらも音沙汰がない」
「……はい」
「さらに研究室の他のメンバーにも連絡をお願いした。そしたら誰からも返事がなかった。室長は泣いていた」
猫猫より常識は持っているがなんだかんだでメンバーも皆、研究馬鹿である。集中すると他のことに目が入らなくなりがちだ。
「これはいよいよやらかしてる可能性が高いと踏んで、総務や情シスに研究室の勤務状態を探らせた。そしたらどうも俺が出張してから稼働しっぱなしと報告がきた。申請もないのに」
「……」

研究室の特性上、勤務時間内では終わらないこともある。そういうときは室長がいろいろ手続きをしてくれていたようである。

「連絡が取れないまま帰ってきたら家にはしばらく人がいた気配がなかった」

瑞月は満面の笑みから一転、眉間に皺を寄せ口を尖らし今にもキノコを生やしそうなほどジメジメし始める。

「長くて辛い出張から帰ったら、家で待っている妻にお帰りって言ってもらって癒されたかった……」
「……」

華グループ御曹司の華瑞月は猫猫の夫である。
だが社内で二人が夫婦だと知っている者は片手の指ほどもいないし、プライベートでも教えているのはごく僅か。
入社二年目のときに研究職の若手と一期先輩の修行中の営業職でタッグを組まされたのが出会いだった。
それから紆余曲折ありまくって夫婦になったのだが、猫猫としては地位も名誉も容姿も全て揃いまくった瑞月の妻だと公言するのはデメリットしかなかった。
まず嫉妬で殺される。社内外の多くの女性が彼の隣を狙っている。華グループの御曹司というだけで妻の座に付きたい女性がいっぱいいるが、そこに類まれなる美貌と優秀な能力が加われば、その数は倍増どころの話ではない。
仕事でも華一族に属していると思われれば煩わしいことの方が増える。今の研究室だって新設したのが瑞月の私情だと思われるのは心外だ。
そういうわけで夫婦だということを公表しないことを条件にプロポーズを受けた。
猫猫を妻だと大っぴらに言えないことに瑞月は大変不平不満を漏らしたが、猫猫の安全と平穏を考えるとそちらのメリットの方が大きいことに納得するしかなかった。
そんな経緯で数年前にひっそりと籍を入れた。猫猫は会社では旧姓でそのまま仕事が出来るので華は名乗らずやっている。実のところ旧姓も好きではないのだが新しい姓は支障がありすぎる。指輪は実験で傷つく恐れもあり、さらに大変値が張るものを堂々と付ける勇気がなかったのでチェーンにつけてネックレスにしている。
 瑞月は薬指にちゃんと付けているがいつの間にかひっそりと付けている指輪に誰もがつっこめずいるらしい。女避けの一種かと思っている者もいるとか。

「あの、その、ごめんなさい……」

止める者のいない解放感でやらかした猫猫が全面的に悪いのは認めざるを得ない。

「俺は猫猫に会いたい一心で一日でも早く帰られるよう商談に励んできたというのにお前は、お前というヤツはっ……!」
「わ、わざと瑞月さんの連絡を無視したんじゃありませんよ」

弁解はしなくてはならない。

「だが一度も返信どころか既読も付かなかったということは俺に連絡をしようとも思わなかったんだろう?」
「うっ……」

図星であるが、ネチネチ言ってくる。なんてねちっこいんだ。
だが今回の件は瑞月に悪かったところは皆無であり、言われても仕方ないのではある。こういうとき情緒が乏しい猫猫は瑞月が何を求めているのか探り当てること大変だ。
嫌な汗をかきながら考えていると、ふと大事なことを忘れていたことに気づく。

「あの、瑞月さん」
「なんだ」

声に棘があるが仕方がない。

「おかえりなさい。お疲れ様でした」

おずおずと下から窺うように言えば、瑞月は何かに撃たれたような表情をしてから顔を押さえてふるふると震えている。

「……ずるいぞ、お前」
「え、何が?」
「いきなり上目遣いでおかえり、とか……」
「はい?」
「俺がな、どれだけ我慢していたか、分かってない」

ぼそぼそと何か言っているが聞き取れなかった。
どうすればいいのか困っていると急に手を引かれ、長い指で顎を捕まれ唇を重ねられた。
いきなりで驚いたが猫猫はされるがままにする。徐々に二人の距離は近づき口付けも深くなっていく。つい心地よくてそのままにしていたら押し倒され、手も不埒な動きを始めたので慌てて抗議をする。

「ちょっとここ会社の駐車場!」
「知っている」
「誰かに見られたらどうするんですか」
「夫婦だから問題ない」
「いや、あるでしょ!?」

公序良俗に反している。
瑞月の瞳に良くない光が揺蕩っていた。何が彼のスイッチを押したのか全くもって分からないが本気で抵抗しないと本当にここでおっ始めることになる。

「早く家に帰りましょう!ね?」
「家に帰ったら続きをしていいんだな」
「その前にご飯とお風呂です」

瑞月がエンジンをかけ始めたので、そっと胸を撫でおろす。

「風呂はあとでいい」
「良くないです。私まともに洗ったの何日も前なんで」
「気にしない」
「気にして」

車が走り始める。家に帰ればどうなるかは恐ろしいが、久しぶりの温もりと掛け合いは疲労していた身体に心地良い。なんだか心も満たされていく。

「おい、寝るなよ?」
「わかってます……」

車の規則正しい揺れを感じながら、彼の声はもう半分くらい聞こえていなかった。

****

「ふわぁ……」
少し熱いくらいの湯が身体に染み渡る。蓄積した疲労が溶けていってしまうようだった。
「気持ちいいな」
後ろから猫猫を抱えるように一緒に湯船に浸かっている瑞月が言った。猫猫はじろりと睨む。
「狭いんですけど」
「そんなはずはない。二人で入っても大丈夫なように大きい湯船にしたんだぞ」
「心理的圧迫感がすごい」
頬をムニッと掴まれる。
「あー言えばこー言う口だな」
「やめてくらさい」
手の甲をつねってやめさせる。
「まともに湯船に入るの数日ぶりなんだから、ゆっくりさせて下さいよ」
「俺と一緒じゃゆっくり出来ないのか?」
「出来ません。何ですか、このさっきから不埒な動きをしている手は」
先ほどから身体を湯船に浸かっている方の手が執拗に身体に触れてくる。
「気にするな、ただの不埒な手だ」
「ちょっと、さっきやったばっかりでしょう」
ジト目で睨む。他の不埒なものも当たっている。まだ倦怠感は残っているし、あちこち痕がついていて、しばらく襟が開いた服が着れなさそうだというのに。
瑞月は後ろから猫猫を抱きしめる。
「あんなんじゃ足りない。一か月は離れていたんだぞ。もっと補充したい」
首筋に唇が触れ、吸い付かれる。
「ちょっとそんなとこに痕つけないで」
「そうだ。今度、出張に行くときは連れて行くのは猫猫にしよう」
「はあ?」
「猫猫不足にならないで気力も続く。ホテルの部屋も一つでいいし経費も浮くし、良いことずくめだ」
「そんなの、バレたら怒られるでしょ」
「夫婦だから問題ないだろ。それで帰りにどこか観光してこよう」
瑞月はうっとりと言いながら顎を掴んで振り向かせて、キスをしてきた。
結局、瑞月の思うままを許してしまっている自分は甘いなぁと思いながら風呂の温度とは違う温もりに溶けていく。猫猫はのぼせないかを心の隅で心配したのだった。

— End —

Comments 4

さくらんぼ17 天前

転生パロ「有明月から愛を込めて」がこちらの現パロに続いていると他の方のコメントで知ってさっそくやって参りました。 二人とも末永くお幸せに😭

���
🍒チェリ家の まーちゃん🍒8 个月前

救世主専務登場✨✨✨ 車に乗って以降の 他人には見せられない言動が良いですよね〜 お帰りって言ってもらって癒されたかった と拗ねる瑞月さんも ベッタリで どんなに補充しても足りないと言う瑞月さんも 可愛いですね🥰

らに9 个月前

超良かったです!!!!❤❤❤

ゆう9 个月前
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Sakuria
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