江戸の夜の街は案外静かで、そこに血が混じれば忽ち非日常と化す。
俺こと前世は立派なオタク。
そしてこの体は世界をぶっ壊すでお馴染みの高杉晋助の「一夜の過ち」という何とも業が深い、夢女子が聞けば発狂しそうな設定過多な10歳児だ。
俺は、路地裏で転がっている男を見つけて、思わず遠い目になった。
「あー……やってんなぁ。紅桜…」
無残にも斬り伏せられ、血溜まりの中で倒れている、黒髪長髪の美丈夫。今は髪切られてるから短髪か。俺の前世から最推し、電波、狂乱の貴公子で知られる桂小太郎。劇場版の序章を最前列で見せられ、さながら撮影現場に紛れ込んでしまったんじゃないかという錯覚に陥るが、残念ながらこれは現実である。
俺は、目の前に倒れている人――もとい、ボロボロになってる推しを見逃すほど、メンタルは強靭じゃないんだ。
「おにーさん、しっかり! 死んだら幾松さんが泣くでしょ!…あれ、まだ会ってなかったっけ…? いや、もう会ってたんだっけか…? 」
10歳の小さき体で、俺は前世の記憶フル活用&今世で生き抜くべく身につけた医学知識を参考に、どうにかこうにか応急処置をし、引き摺るようにアパートまで運び込んだ。
「……う、……」
数時間後、包帯を巻かれた推し……じゃなくて桂さんが呻き声を上げた。意識が戻ったらしい。
俺はあえて、顔を見ずに鍋で雑炊を混ぜながら声をかけた。
「…あ、起きました? おにーさん、結構深く斬られてましたけど、運が良かったね」
桂は薄らと開けた視線をこちらに向けた。
途端、俺の顔を捉えた瞬間、彼の瞳が大きく見開かれる。
「!?…貴様ッ、…高……!…いや…、君は…………」
(……予想通りの反応。……知ってるよ、あなたの親友でしょ?やべー方の)
俺は心中でそう吐き出しつつ、眉を下げて笑いながら、嘗て世話になった遊女から聞いた出自を口にした。
「……あー… 俺の母さん、吉原の遊女で俺産んですぐ死んじゃって。
遺体も『穢れ物』だって捨てられちゃったから、何も残ってないんです。だから、父親の顔も知らなくて」
「……っ、そう、…か。それは……」
桂の表情が痛ましげに歪む。俺はさらに追い打ちをかけた。
「あ、名前はないです。『おい』とか『お前』とかで通ってるんで。日雇いの現場でもそれで通じるから、不便じゃないんで大丈夫です! ……で、他に何か聞きたいことは?」
敢えて高杉晋助の生き写しの如く「鋭い眼差し」で彼を見据えた。
「……いや。十分だ。すまない、世話をかけた」
何かを言いかけ、飲み込んだ桂さんに良心が痛む。こう見えて結構情に厚い人だ。
かつての親友と同じ髪、同じ瞳をしたあからさまに「ワケあり」な少年。
名も持たず、日雇い労働しながら必死に生き抜こうとする姿は、平和に暮らせる世の中を目指している彼にとってしてみれば酷く痛ましいものに見えたんだろう。
「……よく分かんないですけど、辻斬り流行ってるんで、気を付けて帰ってくださいねー」
手を振って、俺はあくまで「行き倒れてた怪我人を治療しただけの何も知らない子ども」として彼を送り出したのだった。
―――鬼兵隊の船上にて
「――ヅラ。何しに来た」
喧騒に満ちた船上。かつての幼なじみであり親友――高杉晋助がキセルを燻らせ、冷徹な視線を桂に向けた。
本来なら、ここで桂は高杉に「いつから違った俺たちの道は」とか何か説教するシーン。
だが、桂の胸中には、アパートで出会った「名もなき少年」の姿が焼き付いていた。
(あの少年の目……高杉、お前と共に剣を学んでいたあの頃と同じだった。
高杉、お前は、知っているのか?お前が壊そうとしているこの世界は、お前の血を引いた子供が今日の日を生き抜こうと、泥水をすすっているのだぞ。
……お前はそれを、知っているのか?)
その激情にも似た言葉は喉元まで出かかり、踏みとどまった。
ここであの少年の存在を明かせば、目の前の男はどう動くのか。
「興味ねェ」と切り捨てるか、あるいは――
己の暗い情熱に巻き込んで、あの子を戦火の道具にしてしまうか。
どちらにせよ、あのアパートで「名前がなくても不便じゃない」と笑っていた少年の平穏は、一瞬で消えてなくなるだろう。
桂は刀を握り直し、親友を見据えた。
「ヅラじゃない、桂だ。……いや、何でもない。ただ、紅桜に斬られた傷が少々疼いただけだ。」
(すまない、少年。今はまだ、お前をこの修羅の道に引き合わせるわけにはいかない)
桂は心の中で、自分を助けてくれた小さな医師に謝罪した。
一方、その頃のアパートでは。
「あー、推しの背中見送っちゃった。実質見届け人では?」
転生者、もとい(生物学上は)父親のラスボスの血を引く少年は、そんな桂の葛藤など露知らず、今日も今日とて日雇い労働に勤しむのであった。
◆高杉の息子(10)
→前世オタク男子(18)で桂小太郎推し(幾松さんと幸せになってくれ)高杉が攘夷戦争時代に、繰り出した遊郭にて遊女と酒の勢いで、一夜の過ちで不運にも受精し生まれた息子。その後母親は産んで間もなく死亡し、穢れ物として捨てられたので、小金稼ぎしつつ生き抜いて、小金を貯めて吉原を脱出し、日雇い労働を始め、六畳一間のアパートを借りて一人暮らしを始める。実親が高杉とか面倒臭いことに巻き込まれるので絶対バレたくない。前世の知識より、独学で医学(付け焼き刃)を身につけてるのと、(生物学上の)父親に似て運動神経はいい。
容姿がまんま寺子屋時代の高杉。
◆桂小太郎
→紅桜篇で負った怪我を高杉の息子に手当してもらったので恩義を感じてる。身の上話を聞いて父親が高杉だと思ってる。その上で紅桜篇で高杉に息子に心当たりがないかと聞きそうになるが、間違いなく巻き込まれるだろうと察知し、思いとどまる。
後日、度々アパートに不法侵入()し、世話を焼くようになる。
◆高杉晋作
→何も知らない。

























