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主人公の人格形成に影響を与えてしまった件について

供養供養

原作からも坂田銀時からも逃げられない男の話。つづきます。

戦場は俺にとって唯一の居場所だった。

地面には踏みしめるたびに軋む鉄片の感触。足元には誰のものかもわからない手首が転がっている。俺はそれを蹴飛ばして道を作りながら歩く。死体から剥ぎ取った着物を身にまとい、同じく奪った刀を腰に差している。飯はない。水もない。だが生きなければならない。

「おい、ガキ!」

背後から声がした。振り向くと血走った目をした侍が数人、俺に向かって歩いてくる。奴らは笑っていた。子供一人、簡単に始末できると思っているんだろう。俺は息を潜めて死体の山の裏へ隠れた。土砂降りの雨が俺の全身を濡らす。白い吐息がこぼれた。
侍たちが近づいてきた瞬間を見計らい、俺は立ち上がると同時に腰の刀を抜く。

「ッ!!」

最初の侍の喉を切り裂く。返り血が顔にかかるが構わない。悲鳴を上げようとする次の侍の口に刀を突き刺す。残りの連中が刀を抜く前に懐に飛び込み、腹を一文字に斬り裂いた。三人目を倒したところで初めて呼吸を整える。

「……死ねよ」

呪詛のように呟きながら、俺は倒れた侍たちから装備を剥ぎ取っていく。刀一本。銭袋が二つ。鎧の一部も役に立つかもしれない。全てを背負い袋に押し込んだ後、俺は死体の服を引き裂き始めた。服の裏に隠し持っていないか確かめるためだ。

「う……ぐ…」

呻き声が聞こえた。まだ生きている侍がいたらしい。振り向きもせずにそいつの胸に刀を突き立てた。

「楽にしてやる」

これが俺の日常。生きるためなら何でもやる。それがこの世界における、たったひとつのルールだ。

俺が五歳のころだったと思う。村が焼かれた。理由は知らない。ただ、朝起きたら空が赤かった。家が燃えていた。父さんと母さんは逃げる途中で射られた。矢が胸に刺さったまま動かなくなった母さんの顔は今でも覚えている。泣き声が響く村の中で、最後に生き残ったのは俺だけだった。
それからは彷徨い続けた。寺に運よく入れてもらったり、農家の納屋で野良犬みたいに寝たり。食うために畑の野菜を盗めば叩かれ、町で乞食をすれば石を投げられた。どこにも居場所がなかった。
七歳の冬、飢えと寒さで行き倒れていたところを、ちょうど近くで小競り合いがあった隊の侍に拾われた。「お前みたいなガキが戦場に行けばいい飯が食えるぞ」と言われた。信じたわけじゃない。でも他に行くところもなかった。
訓練なんてものはほとんどなかった。短刀を一本渡されて、翌日の合戦で敵陣に放り込まれただけだ。俺と同じ年頃の子供が何人も一緒だった。半分はすぐに死んだ。残りの半分も次々と消えていった。俺だけが生き残った。理由?知らん。運が良かったんだろう。悪運がな。
それ以来、ずっと戦場を渡り歩いている。

「鬼の子だ!」「鬼の子が出たぞ!殺せ!」

喧噪にハッとする。過去に浸っている場合ではない。ここは戦場だ。
戦場漁りをしているガキとして、俺はそれなりに有名だった。何年たっても死なないのは珍しいからだ。
戦場を住処にして半年が経った頃には、「鬼の子」やら「人食い鬼」やらと呼ばれるようになった。相手をするのさえ無駄だと最初は無視していたが、しまいには襲い掛かってくる輩も現れるもんだから仕方なく殺している。すると俺の噂は次第に広まって、今やちょっとした有名人である。俺に会いたいならアポイントメントをとってもらいたいものだ。

今回もうわさを聞いたバカが考えもなしに俺を殺しに来たのかと思ったが、それにしてはやけに遠くから声が聞こえた。
周囲を見渡す。周りに人影はない。声の方向へ足を進めれば、戦場近くの森の奥からその声は聞こえてきた。なにやら騒ぎになっているらしい。普段なら関わらないが、今日は妙に気になった。
運が良ければ食料にありつけるかもしれない。声の数からして複数人、集団で動いているとしたら隊の可能性が高い。全員殺せば一週間は食糧をしのげるだろう。今は夜だから姿をくらましやすい。これなら対集団戦でも十分に有利をとれる。

足音を忍ばせて声の方へ向かう。茂みを掻き分けて進むと、十人ほどの武装した男たちが集まっているのが見えた。中心には小さな影。白髪のガキが木の根元に蹲っていた。

「このガキが本当にあの鬼の子なのか?」
「黙れ!この髪を見てみろ!普通じゃねえ!きっと鬼が化けたに違いねぇ!」
「こいつに俺の仲間が殺されたんだ!殺せ!」

大人たちからしてみれば、戦場を彷徨っているガキはすべて“鬼の子”に見えるらしい。俺の噂に惑わされて、別のガキを殺そうとしているようだ。
大人共に囲まれている白髪のガキもきっと俺と似たような境遇なんだろう。親を失い、食うに困って人の死骸を漁っていた。そこへ運悪く見つかってしまったというわけか。あの白い髪と赤い目余計に怪しまれる要因になっているんだろう。確かに珍しい色だ。こんな戦場じゃァ滅多に見かけない容姿である。
茂みの中から俺はそっと覗き込む。

そのガキは蹲ったまま微動だにしなかった。侍どもが罵声を浴びせても顔を上げることすらしない。ただ両手で頭を抱え、震えているように見えた。
いや、__違う。
震えてなどいない。あのガキは待っている。

右手に握られた短刀。袖の中に隠し持っているようだが、柄の部分がわずかに覗いていた。いつでも飛び出せる態勢だ。背後の侍に気配を悟らせないように自然体を装っている。まるで暗殺者のような動きだった。

「人殺しの鬼め!!死ね!!生きていることを後悔させてやる!!」
「…………」
「死ね!!!殺してやる!!」
「……うるせェな」

ポツリと漏れた声には感情がない。まるで壊れた人形のような響きだった。
しかし、俺の耳は確かに捉えた___奴の息遣いが変わったことに。

「死ね!!」

ひとりの侍が剣を振り上げた瞬間、白髪のガキは電光石火の速さで動いた。
袖口から閃いた短刀が弧を描く。一撃で相手の喉笛を掻き切った。
「ぐっ……!」
噴き出す鮮血を浴びながら、次の一歩で背後に回り込む。混乱した侍が振り向くより早く、心臓へと刃を突き立てていた。

明らかに人殺しに慣れている。それは十歳にも満たぬ子供とは思えない身のこなしであった。
殺した相手の身体を盾にしながら次の獲物へと躍りかかる。首を刎ね、腹を裂き、眼窩を穿つ__一撃必殺。躊躇いなど微塵も感じさせない冷徹さだった。

「こ……このガキィィッ!!」
恐怖に駆られた侍が槍を繰り出す。だがガキは容易く身を翻すと、逆に穂先を掴んで引っぱり寄せた。一切の躊躇をせずに。
「ギャアアッ!?」
バランスを崩した相手の胸板へ短刀が深々と埋まる。

あれは人なんかじゃない。鬼だ。ただの人殺しの鬼である。
なんだありゃ。俺なんかよりもよっぽど「鬼の子」ではないか!
小さなガキひとりが武装した男たちを蹂躙している。なんて馬鹿げた光景だろう。

ガキは獣のように俊敏だった。白い髪を振り乱し、真紅の双眸で次の獲物を睨む。隙を見せた兵がひとり残らず餌食になっていく。
叫ぶ兵士の腕が宙を舞う。血飛沫と共に上がる悲鳴すら、次の犠牲者の足音をかき消した。八人目が膝をつくまで、わずか一分も経っていない。

九人目の兵が背後から袈裟斬りを狙った刹那___
「ッ!?」

ガキの体が奇妙に捻じれた。刃を受け流しつつ相手の腹部へ肘を突き立てると同時に、返す刀で首筋を薙ぐ。

残るはあと一人。

だが油断があった。あまりにも鮮やかに殺戮を繰り広げてきたゆえの驕りか、最後の兵が捨て身で構えた槍に突き刺される。

「がァッ……!」
腹から生えた鋼が鈍く光る。それでもガキは歯を食いしばり、相手の顔面へ拳を叩き込んだ。倒れた兵の上に覆いかぶさるように倒れ伏す。糸切れたようであった。
ガキは倒れたまま動かない。死体みたいに、ピクリともしなかった。

俺は茂みの中から抜け出すと、死体の山へと近づいた。
男たちの懐を漁っていく。刀、干し芋、手紙、握り飯、御守り、...なかなかに大漁だ。握り飯に至っては米がまだ柔らかい。
となると、ここらに男たちの拠点があるのだろう。もしコイツらの仲間に遭遇したら厄介だ。早めに離れねばならない。

死体の山をだいたい漁り終え、最後にガキの元へ向かう。ロクな物資を持っていないことは服装を見れば明らかだ。
近づいたのは興味本位である。どんな顔で死んだのか、興味があったのだ。

そうして腰を下ろして、気づいた。

___まだ僅かに、息をしている。

「あァ?」

背中に槍を受けて倒れ伏すガキを見下ろしながら、俺は小さく舌打ちした。血の匂いが濃くなる。ここが戦場の端っこでなければ、獣が寄ってくるところだ。
ここまでの傷を受けて、血を流して、まだ生きてやがるのか。並の生命力じゃない。

ここで俺が見捨てれば、このガキは死ぬ。
それだけのことだ。いままでだって同じような光景をたくさん見てきたし、そのたびに見捨ててきた。戦場にいれば、ガキの死体なんて飽きるほど見る。

「...これ、白髪じゃねェ。銀髪か?」

...ただいつもと違ったのが、そのガキが銀髪だったことだろう。
倒れ伏したガキの頭をじっくり見て、やっと気づいた。火薬と血で薄汚れてはいるが、その髪には微かなきらめきが宿っている。美しい銀色だ。
この血濡れた戦場で、こんなにも綺麗なモンは見たことがなかった。侍共はもちろん、天人でも奇抜な色こそしていれど、こうも美しい色はなかなかにいない。

(白い肌、銀色の髪、赤い瞳....珍しいな)

どうやら今日の俺はずいぶんと運が良い。戦場じゃこんなにも珍しいものはめったに見かけない。
今の気分を例えるなら...アー、あれだ。道を歩いてたら珍しい色と形の石を見つけた、みてェな。そんな気分。

綺麗な石を見つけたら持って帰りたくなるだろ?そういう気持ちに近い。

だから、助けてやることにした。
気まぐれ。なんとなく。気の迷い。偶然。こいつがきれいな色をしていたから。

どうせ暴れられようが、俺なら一瞬で殺せる。

ガキの背中に刺さっていた槍を抜く。ゴホッ、ガキが咽る音が下から聞こえた。

「おい、動くな」

肩を蹴飛ばしてガキを仰向けにする。腹まで槍が貫通していたせいか、出血量がひどい。それと雑に引き抜いたからか、刃物の破片が体内に残ってやがる。
唖然とした顔で俺を見るガキの腹から槍の欠片を摘み取る。どうやら思ったより意識があるようだ。虫の息になっているとばかり。

「ッぐ……!」

激痛に悶えるそいつの襟首を掴み上げる。

「おいガキ。選べ。ここで野垂れ死ぬか___俺に拾われるか」

その瞳が揺れた。
恐れか怒りか判断できなかったが、少なくとも死への諦めはないようだ。

「……なんで……」

掠れた声で訊ねてくる。

「理由なんざねェよ」

背負い袋を置いた。中から応急措置に必要なものを取り出す。

「せいぜい親に感謝しろよ。俺はきれいなものが好きなんだ」

それが全てだと言わんばかりに肩を竦める。本当に理由はそれだけだ。このガキが怪しむのも仕方がないだろう。
正直そんなことはどうでもよかった。
一刻も早くここから離れたい。安心して腰を下ろせる場所まで移動したい。いつあいつらの仲間が探しに来るかわからない。もちろん、他の敵や獣が血の匂いをたどりに寄って来る可能性もある。

「じっとしてろ」

まず傷口を確かめる。槍は思いっきり腹を貫通していたそうで、見ていて非常に痛々しい。放っておけば確実に死ぬだろう。
その辺の死体からはぎ取った衣服を丸めると、ガキの口に噛ませた。

「咬んどけ。暴れるな」

消毒用に持っていた酒を傷口にぶちまける。

「〜〜〜〜ッ!!」

ガキが布を嚙み千切るほどの力で痙攣する。当然だ。こういう状況で一番痛いのは消毒のときだ。でもやらなきゃ膿む。そんで死ぬ。
針に糸を通す。何度こいつらに助けてもらっていることだろう。

「我慢しろよ」

返事の代わりに銀髪が震えた。

ぷつり、と。
銀の針の先端が、ガキの柔らかい肌を貫通した。
若者は歯を食いしばり、脂汗の浮かんだ額を震わせる。麻酔なんて贅沢品はこの場にない。月の微かな光を頼りに、傷口を覗き込む。
針を刺して縫うだけの簡単な作業。戦場育ちの知識だ。何度同じことをしてきたか分からない。

傷口を縫い終えガキの顔を覗く。噛ませた布は唾液と涙でぐっしょりと濡れていた。
息も絶え絶えに、俺を睨む。

「…なんのつもりだ」

鋭い声。まだ喋ろうとする気力があるのか。

「なんだ。余裕か?」

頬が異様に赤い。
ガキの額に触れた。熱がある。発熱だ。
まァそりゃそうだ。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。

「おい、声は出るか」
「……しね」
「余裕そうだな。なら行くぞ」
「は、」
「大人しくおんぶされましょうねェ」

銀時を背負った。思ったよりも重い。生きている人間の重みだ。
てっきり抵抗されるかと思ったが、縫った傷口がずいぶん痛むのだろう。大人しい。
背中に伝わる鼓動を感じながら歩き出した。戦場を離れ安全な場所を探す。
銀髪が風に靡く。
あゝ、良い拾いものをしたな。

黒が支配する空の下、俺たちは崖を下っていた。
足元は湿った落ち葉で滑りやすい。慎重に一歩ずつ進むが、背負っている銀時が時折身じろぎするのが厄介だ。

「おい、動くな」

返事はない。意識が朦朧としているのか、あるいは警戒されているのか。
背中の傷が時折疼いているのだろう。浅い呼吸が肩越しに伝わってくる。

ふと上を見上げると銀時の白髪が月光に透けて輝いていた。戦場で出会ったあの時からずっと気に入っていたその色。まるで夜明けの雲のような美しさだ。汚れてもなお輝きを失わない。

しばらく下り続けた先に小さな洞穴を見つけた。内部は乾いていて風も避けられる。
銀時を柔らかい土の上に横たえさせると、俺は周囲の枯れ枝を集め始めた。
火をおこすのに苦労するわけではない。戦場で覚えた知識のおかげで簡単なことはすぐ出来るようになった。
火が安定すると今日の整理品をひととおり整理した。

「起きろ。傷、見せて」

銀時の瞼がゆっくりと開く。まだ焦点が定まっていない。
あのときは外敵を警戒して応急措置しかできなかった。背中の刺し傷が目立っているだけで、それ以外にも無数の傷がその小さな体には残っている。

「脚に力は入るか?」
無言で首を振る。
「仕方ねェな……」
俺は慎重に銀時を座らせると、脚を持ち上げて位置を固定した。

「痛むだろうが耐えろ。動いたら殺す」

手際良く包帯を巻いていく。指先が汗ばんでいるのが自分でも分かった。他人の手当てなんて滅多にしない。ましてや自分と同じガキの手当てなど初めてだ。
簡単な手当てを終えると俺は壁に背を預けて座った。

「寝とけ」

ガキは何も言わないが、素直に従ったようだ。小さく丸くなって眠りにつく。
静寂が訪れた。遠くのほうから鳥のさえずりが聞こえた。

焚き火の炎がゆらめきながら俺たちを照らす。銀時はぐったりと横たわり、かすかな呼吸だけが生死の境を示している。
(寝たか)
俺は壁に寄りかかりながら考えた。手当ては済ませた。火もある。この洞窟なら一晩は安全だろう。問題は明日以降だ。

こいつが俺を信用するはずがない。恩義を感じるわけない。生き残れば必ず牙を剥く。戦場でそんなガキを何人も見てきた。感謝の言葉なんて幻想だ。生き延びれば復讐するのが当たり前。

(だからこそ)

俺は指先で懐の短刀の柄をなぞる。常に殺せる準備はしている。こいつが目を覚ました瞬間でも、一瞬で首を落とせる距離を保っている。

「…………」

銀時のまぶたが震えた。目が覚めたのか? それとも悪夢を見ているのか?
いずれにせよ用心が必要だ。
銀時のまぶたが小刻みに震えていた。うなされているのか、唇がかすかに動く。

「……くそっ……」

低い声が吐息混じりに漏れる。眉間に深い皺が寄り、苦悶に歪んだ表情が炎に浮かぶ。

(やっぱり生きてる人間は手がかかるな)

俺はあぐらを組み直した。こんな状態が続いたら体力を消耗する一方だ。だが治療を続けるかどうかは別の話。このガキが死のうと生きようと大した問題じゃない。

ただ、

「……俺にしては珍しく運がいい」

思わず漏れた独り言に自分で苦笑する。炎に映る銀髪が風もないのに揺れるように見え、まるで水面に浮かぶ月光のようだった。戦場の埃にまみれていても尚、この髪の輝きだけは損なわれていない。
俺は膝の上で頬杖をつきながら観察を続けた。

「……ッ」

ガキの体がビクリと跳ねた。悪夢が深くなったのか。
薪が爆ぜる音以外は何も聞こえない静寂の中、俺は目を閉じた。疲労が全身を包み込み、意識がゆっくりと沈んでいく感覚。
ああ、今日は気持ちよく眠れそうだ。

ふたりの子供が、静かに、ねむりにつく。

夜が明ける前に目が覚めた。洞窟の入り口から差し込む青白い光が銀髪を照らし、まるで光を纏うように輝いている。
傷口は昨夜よりいくらか落ち着いたようで、呼吸も安定していた。ガキの額に手を当てる。相変わらず熱は続いているが、昨日と比べれば幾分かマシになっていた。

俺は立ち上がり、洞窟の外に出た。冷たい朝霧が肌を刺す。川の流れを探す必要があった。

戻ってくると銀時が薄目を開けていた。血濡れた短刀を握りしめ、警戒するようにこちらを見つめている。
まだ動けないだろうに。どうせ俺には敵わないのだから大人しくしていればいいものを。

「水」

俺は言葉少なに言い、川で汲んできた水筒を差し出した。
ガキは水筒を凝視している。俺が差し出しても手を伸ばそうとしない。短刀を握りしめたまま、まるで未知の生物を見るような目つきだ。
ハァ、と大きくため息をつき、水筒に口をつける。ガキに見せつけるように、咽喉仏が嚥下する様子をしっかりと見せつけた。
冷たい水が喉を通る。川の匂いと微かな鉄錆の味。一気に生き返った気持ちがした。

「ほら。毒なんか入ってねえよ」
もう一度銀時の方へ水筒を押しやる。

銀時は疑わしげに俺を見つめながらも、喉の渇きに抗えなかったのか、震える手を伸ばした。短刀を持ったまま器用に水筒を受け取り、恐る恐る口をつける。

「……っ」

最初は一口だけ。まるで毒見をするかのように慎重だった。しかし冷たい水が喉を潤すと、堰を切ったように勢いよく飲み始めた。ガラガラという乾いた咳が混じる。まだ体が水分を受け入れにくいようだ。

「ゆっくり飲めよ」

俺の忠告も虚しく、銀時はむせ込んだ。水滴が顎を伝い、土の上に小さな染みを作る。

「げほっ……っく……」

涙目になりながら、なおも水筒を離そうとしない。
よっぽど喉が渇いていたのだろう。ずいぶんと良い飲みっぷりだ。

「なんだ。そんなに俺と間接キスしたかったのか?」
「はァ!?」

ガキがブッと水を噴き出した。うわっ、汚ねェ!
顔中を盛大に濡らしながら噎せ返っている。鼻に入ったのか苦しそうに顔を歪める姿はなんとも滑稽だ。

「バッカじゃねェの!!!」

真っ赤な顔で睨みつけてくるガキが妙におもしろくて、つい吹き出してしまった。
これがギャップってやつか。殺しの最中とはあまりにも差がありすぎる

「っハハハ!おいおい必死になるなよ!かわいらしいこって」
「かわいくねェ!」

まるで猛犬のように吠え立てるガキにさらに笑いが止まらない。戦場で散々人間不信を拗らせてきたと思っていたが、案外と感情豊かなのかもしれない。
ひとしきり笑ったあと、改めてガキの姿を眺める。
銀髪に血色の悪い白肌。痩せた体躯に骨張った手足。けれどその赤瞳だけは意志の強そうな光を湛えていた。

(……なかなか面白いものを見つけてきたもんだ)
自分が助けた子供がこんなにも反応するとは予想外だった。珍しい石ころを見つけた程度の気持ちで連れ帰ったが、これは思った以上に価値がありそうだ。
「名前は?」
「……銀時」
「銀時か。クロ」
「クロ」
「そ。ちゃーんと覚えろよ、俺はお前の拾い主だからな」
「誰が!」

銀時が吼えた。俺はアハハと笑った。

銀時のお世話は大変だった。
ほんっっっっっとうに、大変だった。

最初のうちはそりゃもう手がかかること。
傷が治りかけた頃だったか、そろそろ動けるだろうと無理やり担いで野営地を探しに行ったことがある。
俺の背中で文句を垂れ続けていやがった。

「降ろせ!こんなことしなくても一人で歩ける!」
「歩けねェだろ。脚ガクガクしてるくせによォ」
「うるせぇ!アンタに助けられる筋合いはねェんだよ!」

顔を真っ赤にして叫びながら暴れるもんだから振り落としそうになった。拾ったことをものすごく後悔した。すごく、ものすごく。
思わず捨てちまおうかと思ったが、ここまで看病して世話してやったのだ。今更だな...と何度思い直したことだろう。
まったく、俺が一睡もせず看病してやったことを忘れたのだろうか。
ちなみにこの時の銀時の顔は傑作だった。羞恥と苛立ちで赤くなった頬に涙目で睨みつけてくるもんだから、横を向くたびに笑って銀時に背中を蹴られた。やっぱ捨てようかなコイツ。

怪我が完治してしばらく経った頃である。
戦場で生き残るための術を銀時に教え込み、寝込みを襲ってくるのをその都度返り討ちにして、ついでにボコボコにして。そんな代り映えのない毎日を送っていた。
その日はあいにくの大雨で、外に出るのも危ぶまれた。前日に見つけておいた洞穴で銀時とふたり大人しくしていたときである。

「腹減った……」

と呟きながら、銀時がぶすくれていた。
確か手近な草を編んで即席の敷物を作っている最中だったか。
俺の前でガキが弱音を吐くなんて思わなかった。いつもむっすりしていて、俺を警戒していたガキがだぞ?
あんまりにもびっくりしちまったもんだから、思わず三度見しちまった。

「なんだ、腹減ってんのか?」
「........うっせ!別にお前に頼んじゃいねェんだから放っとけよ」

明らかに間があった。どうやら本人も無意識だったようである。

「あーハイハイ。そういう意地張ってるガキに限ってすぐぶっ倒れるんだよなァ」
「ッ!……だまれ!」

耳まで真っ赤にさせて俯くその姿があまりにも哀れで大笑いしたものだから、怒ったガキにあやうく殺されかけた。
結局その後は俺の食料を半分くれてやった。この前まで俺がやる食料を警戒してロクに口につけなかったクセに。

また別の日。
森の中を進んでいた。食料調達のためにウサギを追いかけている途中だったと思う。突然銀時が俺の裾を引っ張った。

「なンだよ」
「...あのさ」

「ンだよ。はっきり言え」
「......ありがとう」
「へぇ?」
「アレだ!その!助けてもらってから……結構経つし……礼くらいは言わねェとなと思って……」

銀時は唇を尖らせて視線を泳がせていた。
正直驚いた。あの日助けたことを、コイツは恨んでいるとばかり思っていたものだから。

まあ命の恩人に対する態度としては少し遅すぎる気がしないでもないが。

「随分と殊勝な心掛けだなァ?銀時くん」
「茶化すな!せっかく素直に言ってんだぞ!」
「素直になれたご褒美に頭でも撫でてやろうか」
「いらねェよ!ガキ扱いすんじゃねぇ!」
「おまえほんっとにかわいくねェな」

まあ銀時なりに思うところがあったんだろう。
銀時は決して素直なタイプじゃないし礼を言うような性格でもない。それでも何か心境の変化があったんだろう。
それはそれで面白そうなので特に突っ込まず話を聞き流した。

夜の洞窟でのことだ。銀時が焚き火に薪をくべる度に火の粉が俺の毛布に飛び散る。何度注意しても「オレが燃やすわけねェだろ」とヘラヘラしやがる。一体誰に似たのだろう。

「おいコラ灰かぶったぞ。このポンコツガキ!」
「うるせぇなぁ。だったら少しは自分で起こせよ」
「お前を拾ったのは俺だぞ。つまり俺のほうが偉い」
「お前が拾ったんじゃなくて俺が拾われてやったんですぅ~!!」

しまいには毛布を枕に俺の上に乗って寝やがった。重いって言ったら「じゃあオマエが見とけよ」と逆ギレする始末。おかげで一睡もできなかった。腹いせに銀時の翌朝の飯は抜きにした。
この頃には、お互いに得た食料を分け合っていた。

銀時を拾って一年と少しが経った頃。
野宿中の夜だ。見張りをしてたら銀時が眠ったフリして寝床の枯れ草を集めてた。焚き火の煙が目に沁みたから目を擦ってた隙に何か弄ってると思ったら……

「……何してんだ?」
「んあ?見つかっちまったか。こーゆーの得意なんだよね」

得意げに編んでいたのはネズミ捕りのワナだった。枝と蔓で作った単純なトラップだが巧妙に配置されてる。試しに豆粒投げたら即座に吊り下げられてた。

「お前……戦場以外の才能あったんだな」
「バーカ。戦場育ち舐めんな」

ニヤリと笑う銀時の赤い目が闇で光ってた。命懸けで学んだサバイバル術を披露できて嬉しかったんだろう。歳相応の笑顔だった。
その笑顔が、やけに目に焼き付いて仕方がなかった。

銀時の腹の傷は治りこそしたが、完治とまではいかなかった。短時間で雑に傷を縫った影響か、糸抜きをマトモにしなかったせいなのか、まれに腹が痛むらしい。そういう日の銀時はまともに起き上がるのすら困難で、しまいには高熱出して目も開けなくなった。
仕方ないから獣除けの香草を煎じて飲ませたんだが……アイツ苦過ぎて吐き出しやがった!もったいねェ!

「うげェエエ!!これなんだよ!!??」
「漢方だよ。我慢しろって。死にたいのか」
「死ぬよりマズいモン食わせんなァァ!!!」
俺の服をゲロまみれにして泣き喚く。それでも無理矢理口に流し込むと「殺してやるぅ……」と呻きながら昏睡。結局三日間寝込んだ。看病が終わった頃には俺も疲れ果てて二人揃って泥のように眠った。

俺が崖から落ちかけた時のこと。
滑落しかけた俺の腕を銀時が必死に掴んでいた。俺と銀時じゃ体重差があるのに、歯を食いしばって腕を震えさせながら、俺を引き上げたのだ。正直、うれしかった。少し前なら呆気なく見捨てられていただろうに。
引っ張り上げられながら思った。コイツはもう他人じゃねェんだって。珍しい石ころだと思ってたガキが、いつのまにかそれ以上の存在になっていた。

「離せ!お前まで落ちるぞ」
「嫌だッ!ぜってェ離さねェ!!」
「このバカっ……」

銀時があんまりにも必死な形相をしていたもんだから、「崖から落ちたぐらいで俺は死なねェよ」とは言えなかった。

銀時の赤い瞳を思い浮かべて空を仰ぐ。気まぐれで拾った石ころがなによりも大切な存在になるなんて、予想外もいいとこだ。

俺は鼻歌交じりに歩を進めた。今日の戦場はなかなかの豊作であった。最近は攘夷志士と天人の小競り合いが活発化しており、そのせいか至る所に死体が転がっている。まさしく宝の山であった。
そう思って、そんな自分を鼻で笑った。あァ、俺はとんでもない屑である。死んだら地獄生きは確定だろう。

鼻歌を歌いながら戦場を後にした。両手には今日の戦利品が満載である。保存食に使える乾燥肉やら、何日分もの貴重な水筒も。それに加えて、この辺の戦場じゃ滅多にお目にかかれない拳銃が転がっていたのだ。
こいつを売ればひと月は生活ができる金になる。俺のような流れ者にとって銃器は最高の商品だ。天人との抗争激化によって需要が高まっている今なら、武器商人相手にさぞかし高く売れるに違いない。

銀時の住処へ続く山道を登りながら空を見上げる。夕暮れに染まる雲の切れ間から覗く茜色。まるで血を溶かしたようなその色が、戦場帰りの俺には妙に心地よい。
___珍しいものが好きだった。幼い頃からずっと。

銀時を見つけたのも、珍しいものへの執着心からだった。あの日、あの戦場で。人間離れした銀髪と赤い瞳に目を奪われた。人型をした動物を見るような高揚感。ただそれだけだった。

命を救ったことに関しては本当に気まぐれだった。あそこに放置すれば確実に死ぬ。ならばせめて興味本位で生かしてみようと思ったまで。結局は俺自身の好奇心が優先した結果だ。

そんな自分の倫理観を鼻で笑いながら歩を進める。いつの間にか斜面は平坦になり、やがて銀時が待つ小さな洞窟が見えてきた。
入口付近に焚き火の煙が立ち昇っている。アイツ、また勝手に火をつけたらしい。

「帰ったぞ」

洞窟の奥から物音が聞こえた。土間の奥で寝転んでいた銀時がむくりと起き上がるのが影絵のように見える。

「おせぇ」

そう言いながらも銀時は四つん這いでこちらへ寄ってくる。完全に警戒心を解いているのだろう。懐刀も隅っこのほうへ転がっていた。
信頼されていると感じた。その事実がうれしかった。

俺は両手に抱えた戦利品を地面にドサリと下ろすと、ニヤリと笑って言った。

「銀時ィ。今日は珍しい土産を持ってきてやった」
「土産?」
「そ。」

まず水筒を二つ差し出す。続いて乾燥肉の塊を投げやると、銀時はそれをキャッチしてじっと眺めた。戦場から持ち帰った食物は貴重だ。ましてや水は生命線。山の水も飲めるっちゃ飲めるが、食中毒が怖いのも事実である。最近じゃ川に毒を流している輩がいると聞くし、安全な水があるにこしたことはない。

「ほら、拳銃見つけた」

最後に取り出したのは今日の目玉商品だ。黒光りする銃身をちらつかせれば、銀時の目が丸くなる。

「うお……!それマジで銃か!?」
「おうよ。しかも新品同然だ。まだ弾も入ってる」
「すげぇ……!」

興奮した様子で手を伸ばす銀時。しかしその寸前でひょいと引っ込める。

「なんだよ!見せびらかしてんじゃねー!」
「ハハ!こいつは売ればひと月は飯に困らねェ。高く買い取ってくれる武器商人の目星もついてるしな」
「ケチくせーな!」
「当たり前だ。お前だってそう思うだろ?」
「……そりゃ……まぁ」

不満げに口を尖らせながらも理解はしているらしい。武器商人との取引は安定収入に直結する。そんな大事な商品を軽々しく渡せるわけがない。

しかし俺の予想とは裏腹に、銀時の関心は思ったほど続かなかった。最初こそ興奮していたものの、すぐに「ふーん」という生返事をして火に薪をくべ始める。

「もう興味ねェの?こんな珍しいモン滅多にお目にかかれねーぞ」
「珍しいっちゃ珍しいけどよ」

銀時はちらりと拳銃を一瞥してから、隅に転がっている自分の刀へ視線を移した。

「でも刀で戦うほうが強いじゃん」
「……はァ?」

思わず声が裏返った。戦場育ちのガキが平気な顔でそんなことを言い放ったからだ。

「なんでだよ。銃の方が便利だろうが。遠距離攻撃できるし、素人でも簡単に人を殺せる」
「便利だけど弱いだろ」

鼻をほじりながら銀時が淡々と言う。

「銃は音がデカくて場所バレるし、雨が降れば使えなくなる。それに……」

そこで初めて、その赤い目が拳銃ではなく俺の方に向いた。

「俺らなら、刀一つで勝てるだろ」
「……」

思わず言葉に詰まった。
なんだその自信は。

「ハッ」

皮肉ではなく思わず笑った。

「随分と偉そうになったもんだなァ銀時さんよ」
「はァ?んなことねェよ」

口を尖らせながら薪をいじくり続ける銀時。顔は火に向けたままだが、その口調からわかる。
コイツは本気で言っているのだ。

「まァたしかに」

俺は拳銃を地面に置きながら言った。

「お前は強いよ。異常に」
「……何だよ」

銀時が怪訝な顔を上げる。

「その年齢に見合わないほどに、強すぎンだよ。そもそも普通のガキは戦場で生き残ることさえできねェ」
「そりゃどーも」

銀時は鼻を鳴らして再び薪をいじり始める。

「でもよ、クロだって十分強いじゃん」
「アホ言え。俺は“強い”んじゃなくて“上手い”んだよ。お前のアホみてェなパワープレイとは違う」

火箸で薪をつつきながら、銀時の赤い目がちらりとこちらを向いた。その瞳には挑戦的な光が宿っている。

「パワープレイって何だよ」
「文字通りだろ。お前は力押しなんだよ。相手の隙を突くとかフェイントかけるとか、そういう小賢しい真似を一切しねェ。正面突破でゴリゴリ押していくだけ。猪だな」
「悪ィの?」

銀時が唇を尖らせる。

「悪くねェよ。むしろ羨ましいくらいだ」

俺は両手を広げて大げさに溜息をついた。

「だがな、戦場ってのは性格の悪いやつだけが生き残れるもんなんだよ」

俺の言葉に、銀時は一瞬動きを止め、やがて眉をひそめた。

「……んな屁理屈聞いたことねェよ」
「屁理屈じゃねェさ」

俺は笑いながら肩をすくめる。

「考えてみろよ。敵は皆殺しにしたいし、自分は痛い思いもしたくねェ。でも実力は五分五分だ。そしたらどうする?」
「知らねェけど……ぶん殴れば済む話じゃねぇの?」
「ハッ、お前らしい答えだ。だがなァ、もっと上手い方法があるんだよ」

銀時はじっと俺を見つめている。焚き火の灯りがその赤い瞳の中でゆらめいた。

「会社でもそうだろ。うまくサボってるやつほど長く続く。真面目な奴ほど潰れてく。ちなみに俺は仕事中にパチンコ行ってたぜ」
「あ?なンの話だよ」
「あ......?....いや、なんでもねェ。」

なんだ?気づいてないだけで疲れてんのか俺。自分でもよくわからないことを口しゃべってしまった。

「とにかくだ。例えば罠を使う。不意打ちを仕掛ける。情報操作で敵同士を潰し合わせる。卑怯だなんて言ってる奴はすぐに死ぬ。戦場は”綺麗に勝ちたい”なんて甘っちょろい願望を許してくれねェ場所だ」
「だから性格が悪い奴が勝つってのか?」
「そういうこった。綺麗事じゃ飯も食えねェし命も繋がらねェ。銀時よォ、お前みたいな馬鹿正直な奴は、生きるために最低限の性格の悪さを身に付けろ」

銀時はムッとした顔で薪を一本火の中に放り込んだ。

「アンタはどうなんだよ。性格悪そうに見えるけど」
「おいおい失礼だな。戦略家って呼んでくれ」
「同じようなモンだろ!」

「全然違うね」俺は胸を張る。

「俺はね、目的のためなら手段を選ばないだけだ。お前の言う“性格の悪さ”はあくまで生き残るための道具さ。快楽のために人を裏切ったり虐げたりするような連中とは一線を画してるワケ」

「……わかんねぇ」
「まァ分からなくてもいい。だがな」

俺は立ち上がって、銀時の前にしゃがみ込み、その赤い目を真っ直ぐ見据えた。

「お前がこれからもこの世界で生きていきたいんだったら、その猪突猛進だけじゃ足りねぇってことを覚えておくといい。時には回り道をして、時には他人を利用する覚悟が必要になる」

銀時は何も言わず、ただ焚き火の炎を見つめている。俺の言葉がどこまで響いたかは分からない。だが、こいつの成長にとって必要な種は撒いたはずだ。

「さてと、せっかくの戦利品だ。今夜は豪勢に行こうじゃねェか」

話題を変えようと俺が言うと、銀時の口元がわずかに緩んだ。

「……乾燥肉は全部俺のもんだからな」
「アホか!平等に分配だ!」

夜空には満天の星。戦場跡地で過ごすこの時間だけは、ほんの少しだけ穏やかだった。

戦場跡地での物資漁りは日課だった。本日の成果も上々。刀数本に干し肉、それと……こいつは当たりだな、金貨袋。おそらく隊長格であろう死体の懐から出てきた戦利品だ。

「最近は景気がいいな」

口笛を吹きながら腰のベルトに括り付けていると、背後から物騒な金属音が聞こえた。振り向くと、銀時が刀を振り抜いた後の構えで固まっている。その周囲には……新たな死体の山。

「派手」
「うるせぇ。こいつらが勝手に襲ってきた」

銀時はそう吐き捨てると、倒れた侍の腰からひったくったであろう竹の皮に包まれたおにぎりにかぶりついていた。近くに腰を下ろせる場所がなかったせいか、死体の上で握り飯を食ってやがった。

「おいおい、ンなトコで食うなよ。腐った味がすんぞ」
「立って食うよりは座ったほうがいいじゃん」

血塗られた口元を袖で拭いながら言い放つ。相変わらずの図太さだ。まあ、この環境で神経質になってる暇なんてないが。
俺は俺で構わず死体を漁る。こういう混乱の後は実入りが良い。装備品はもちろん、個人的な持ち物や装飾品まで落ちていることがある。一人一人丁寧に探っていくのが基本だ。

「金目のものは……と」

別の死体に移り、懐を探ると布に包まれた何かを発見した。開くと出てきたのは手縫いのぬいぐるみだ。

「いらね」

血の水たまりに放り込んだところで、ふと視線を感じた。
振り返ると、いつの間にか少し離れた場所に人影があった。
男だ。歳の頃はおそらく三十半ばか。戦場の雰囲気にそぐわない清潔感と落ち着きがあった。何より目を引いたのは、その佇まい。ただ立っているだけなのに隙がない。戦闘には明らかに不利であろう動きづらい着物をきっちりと着こなしている。

男の視線は、まっすぐ俺たちに向けられている。

その視線をとらえた途端、心臓がドクリと鳴った。
頭の中で警告音が鳴り響く。理由は分からない。見た目も雰囲気穏やかそのものだ。なのに全身の細胞が「危険だ」と叫んでいる。自分の鼓動が早くなるのがわかった。呼吸が浅くなり、掌にじわりと汗が滲む。

「……銀時」

俺は声を潜めて呼びかけた。

「あ? ダメだよ握り飯は全部俺んだ」

能天気な返事が返ってくる。どうやら銀時はまだ男の危険性に気づいていないらしい。おにぎりを咥えたまま、眉をひそめて男を睨みつけている。その警戒心は称賛すべきだが、あまりにも無防備だった。
きっとすぐにでも殺せると思っているのだろう。銀時は敵知らずだ。だから”こんな場所”で”こんな格好”でいる男を相手にしても、堂々とした態度をとれるのだ。

男がこちらに声をかけた。それに銀時が渋々応じる。
そして二人の会話が続く中、俺は言葉を失っていた。原因不明の頭痛に加え、胸の奥で何かがうずく。それは懐かしさにも似た既視感。

断片的な記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。戦場。血の匂い。幼い少年。そして何よりも__この男。

「…………ア、」

無意識に口をついて出た言葉。喉がカラカラに渇き、舌が重い。思考がまとまらない。
頭蓋骨を内側から叩き割られるような激痛の中で、断片的なイメージが次々と蘇る。

(戦場……侍……刀…銀髪のガキ……そして……この男)

視界の端で、男が、吉田松陽が静かに佇んでいる。その姿が網膜に焼きつく度に、別の景色がオーバーラップした。
どこか見慣れた書店の棚。積み上げられたコミック。表紙に描かれた死んだ魚の目の男。

(ジャンプ……銀魂……坂田銀時……志村新八……神楽……定春……)

断片的な単語が電流となって全身を駆け巡る。その瞬間、頭痛がピークに達し、稲妻のような閃光が脳裏を貫いた。

息が詰まる。肺が破裂しそうだ。足元の大地が揺らぎ、重力が歪む。まるで空間そのものが裂けるような感覚。現実と妄想の境界がゆっくりと溶けていく。
俺と銀時の間には、今、明確な境界線が引かれていた。

濁流のように、次々とこの世界の情報が流れ込んできた。
この世界の名前。キャラクターの運命。原作の内容。この世界の未来。坂田銀時という男。

あぁそうだ。見覚えがある。

コミックス第260訓 、アニメ第180話

タイトル「大切な荷ほど重く背負い難い」

ここは、銀魂の世界だ

— End —

Comments 35

花吹雪15 小时前

つ、続き待ってます!

シゼルグ2 天前
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