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この規模を高校の体育祭と括っちゃいけない

たんせんたんせん

瀬呂くんに成り代わった人間が、体育祭に全力で挑む話。 オリジナル設定とオリジナル妹がめちゃくちゃ出張る。救済要素有り。本編中には腐向けにならない。 ※虐待表現あり 前作までのコメント・スタンプ・いいね等ありがとうございます。沢山読んでいただけているようで嬉しいです。週一更新は頑張りたいなと思っています。 これまでの作品に夢アカタグをつけてもらったようで、こちらでデフォルト設定にしました。ありがとうございました。

捏造のオンパレード。
 全てを許せる方のみお進み下さい。

 待ちに待った雄英体育祭、本番当日。

「お前には勝つぞ、緑谷」

 A組控え室では、何故か轟が緑谷に宣戦布告をしていた。

「おお!? クラス最強が宣戦布告!?」
「……あの二人って、なんかあったっけ」
「さぁ? でもなんか、緑谷がオールマイトに目をかけられてるとか言ってたよな? オールマイトのガチファンだったとか?」
「あー、ね」

 轟焦凍。半冷半燃の個性で、今年の推薦入学者。体力テストでも高順位を取り、USJ襲撃事件では一人で土砂ゾーンのヴィランを制圧したと聞いている。間違いなく屈指の実力者。

 それもそのはず。なんてったって、彼はかのNo.2、フレイムヒーロー エンデヴァーの息子…………。

「(とか言われんの、嫌なんだろうな)」

 緑谷が宣戦布告し返した後。会場に向かう道すがら後ろから轟を見る。

 半冷半燃、という個性名のわりに。轟が大々的に炎を使った場面を見たことがない。ほとんどが出した氷を溶かすための熱源としてで、コスチュームなんか左半身は氷で覆っている。いかにも、炎を忌避している振る舞い。……顔面の火傷跡は、その一端か。

『お前の個性は火傷にも有効なのか』

 以前、エンデヴァーがエイドに言った言葉を思い出す。あの時、揺らめく炎の奥からジッと見つめてくる瞳に。子の傷跡を憂う親の色が宿っていればどれだけ良かったことか。

 少なくとも、俺には見つけられなかった。

「選手宣誓! 選手代表、爆豪勝己!!」

「えーー! かっちゃんなの!?」
「爆豪、一般入試で一位だったって言ってたからなぁ」
「そ、そうなんだ……」

 主審のミッドナイト先生に呼ばれ、前に出る爆豪に緑谷は驚いていた。逆に知らなかったのね、爆豪がめちゃくちゃ隠してたんかな。選手宣誓は例年ヒーロー科入試一位の生徒がやるって決まってるから、もう公になっちゃったけど。

「せんせー」

 ミッドナイト先生の前に立った爆豪がやる気なさげに宣言する。

「俺が一位になる」

 雄英体育祭一年の会場は、爆豪およびA組への大ブーイングで始まった。

***

「第一種目、所謂予選よ! 毎年ここで多くのものが涙を飲むわ! さて運命の第一種目、今年は……」

「障害物競走よ!!」

 早速も早速、開かれたスタートゲートに生徒がゾロゾロ並び出す。スタジアムの外周約四キロを使った総当りレース、コースさえ守れば何をしてもいいという主審のお墨付き。
 つまり。設置されている障害物も含めて、何が起こるか分からない。

「やっぱ、こーゆー時って後ろとっちゃうよねー」

 前方で位置取るクラスメイトと離れ、俺はゲートの後ろの方からスタートする。何が起こっているかよく見えた方が対処もしやすい。前に進むのに、地面を走る必要はないわけだし。

「スターーーーーート!!!」

 ランプが三つ消えると共に開始の合図が鳴り響く。一斉に動き出した集団は、予想通りというかなんというか。狭いスタートゲートで団子となった。すかさず前方から広がった薄氷が彼らの足を絡めとる。

「轟かー。初手から飛ばすね」

 凍らされた前方の生徒は、彼ら自身が障害物となる。自然と後方の進行スピードは遅くなった。
 そろそろ飛び出していく生徒がいなくなったのを確認して、長く伸ばしたテープをゲートの両側にくっつける。

 弾性付与。
 角度調整。
 姿勢維持用意。
 巻き取り速度最大。
 地に足をつけずに。この一度の巻き取りで、飛ぶ。

「誰も頭出さないで、ねっ!」

 ギュルッッッッ。
 一瞬の巻き取り音。

「わぁッ!!」
「なにっ、風!?」
「突風が痛ェ、!」

 さらがら弾丸。弾き出された身体は生徒たちの頭上を飛び抜ける。ある程度の準備と調整が必要だが、今の瀬呂範太に出せる正真正銘マックススピード。加速度は飯田にだって劣らない。

「俺も負けねーよ」

 騎馬のように人の上に乗る紫髪。その横を通り過ぎる瞬間、声を潜めることも無く言葉にする。
 あの一瞬で向こうが聞き取れたかは分からない。でも、お前が焚き付けてくれたおかげでさ。ちゃんと今の全力でやってやろうじゃんって思ったから。
 そう簡単に、負ける気はない。

***

『さァさァ序盤の展開から誰が予想出来た!? 今一番にスタジアムへ帰ってきたその男────……緑谷出久の存在を!!!』

「相変わらずテクニカルっつーか、無茶苦茶っつーか……」

 会場のモニターに映し出されるリプレイを見て、そっと独り言ちる。つい先程ゴールしたところだった。
 リアルタイム実況ではマイク先生が次々にゴールする参加者を称えている。包帯男から脱却した相澤先生は隣で冷静に解説を入れていた。

 てか、なに。緑谷、第一関門のロボ装甲ずっと持ってたの? それで地雷強制爆破? すごいね、ほんと。見たとこ個性も使ってないみたいだし。それであの爆豪と轟抜いて障害物競走一位、こりゃ今年一の注目株かもな。

「瀬呂!」
「おー、切島じゃん。なんか怪我してね?」
「初手で轟の妨害に巻き込まれてよ……! ロボの下敷きになっちまったんだ」
「うわ、お前じゃなかったら死んでるじゃん」
「だろ? でも、もう一人B組のアイツ……」
「鉄哲?」
「名前分かんねぇけどたぶんソイツも一緒に下敷きになってたぜ」
「へぇ、二人ともなんか……あー……雰囲気似てるよね」
「個性ダダ被りって言いてぇんなら言ってくれ……!」

 上位通過の切島と話していれば、「お前ら早いってぇ〜!」と上鳴もやって来た。地雷原で結構食らったらしい。爆豪は言わずもがなトップで通過済み。最近距離が縮まった彼らと、上鳴の少しあとにやって来た心操の姿を見て内心安堵する。負ける気はないけど友達に勝ち進んでほしいのも本音ってワケ。
 かく言う俺の順位は六位と、なかなかの好成績。巨大ロボは初手の飛び出しの推進力をそのままに飛び越え、綱渡りはターザンの要領で飛び回り、地雷原は爆風を利用して飛び進み…………アレ、俺の個性って跳躍だっけ? と思うくらい飛んでた。ちょっとワンパターンだったかもな。
 最後の地雷原で近くを横切ったツル────……塩崎の茨にびっくりして避けてなければもうちょい上だったろうけど。まぁ、そこはご愛嬌ってことで。

「────予選通過は上位四十二名! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい、まだ見せ場は用意されてるわ! そして次からいよいよ本戦よ!!」

 四十二位、青山までが予選通過。当然心操もその中にいる。横目で送った視線は交わらなかった。覚悟決まってんね。

「さーて第二種目よ! 私はもう知ってるけど……何かしら!? 言ってるそばから────コレ、騎馬戦!!」

 生徒の考察を挟みつつ、ミッドナイトが騎馬戦のルールを説明していく。制限時間十五分。二人から四人のチーム、障害物競走の順位によって各自に与えられるポイントの合計が騎馬のポイント。下位から順にだんだん上がっていき、

「そして……一位に与えられるポイントは、一〇〇〇万!!」

 バッ、と周囲の視線が一点に向かう。

「上位の奴ほど狙われちゃう────……下克上サバイバルよ!!」

 緑谷、やっぱお前が一番の注目株みたいね。

「おい、しょうゆ顔」
「…………ァ。俺? 今俺のこと呼んだ?」
「てめぇ以外に誰がいンだよ!」
「いやだって前までテープ野郎だったじゃん!」

 騎馬戦のチーム決めタイム。
 正直、誰と組んでもそこそこやれる自信がある。誰とでも組めるからこそ、特段誰と組みたいとかがない。
 そんな中途半端な立ち位置で周囲がアピールだったり勧誘だったりしているのをボゥっと眺めていると、近くに爆豪がやって来た。目当ての奴がいるんだ、しょうゆ顔って誰だろ……なんて思ったのもつかの間。その赤は、真っ直ぐに俺を見ていた。

「爆豪のあだ名付けって途中変更あるのね……」
「お前チームは」
「決まってないよ。なに、もしかして爆豪が俺のこと拾って───」
「左騎馬やれ。全体の防御とサポート役だ」
「───くれん、の……って…………ェ。マジ? 本気で拾ってくれる感じ?」
「はよ来いや。作戦決める時間なくなんだろーが!」

 爆豪は返事も聞かずフィールドの端に向かう。あんな横暴の化身みたいなくせして、ちゃんと人のこと勧誘とかするんだ。ちょっと意外。

「すげーな瀬呂! 爆豪が自分から声かけるなんてありえねーぜ!?」
「私なんか名前も個性も覚えられてなかったのにー!」
「お。切島と芦戸がチーム? 百人力じゃん」
「そうかな!? そうかな!?」
「そりゃそーよ、これなら騎馬戦上位も間違いなし! がんばろーな!」
「よっしゃア!」
「がんばろー!」
「はよ来いっつっとンだろアホども!!」

 かくして、俺の騎馬戦チームは決まった。
 硬化で騎手を支える前騎馬に、溶解液で攻撃と防御を兼ね備える右騎馬。そして全体のサポートとしての左騎馬。なかなかいい布陣だ。爆豪の猪突猛進さにもついていけるメンツが揃っている。

『よォーーし組み終わったな!? 準備はいいかなんて聞かねぇぞ! いくぜ!! 残虐バトルロイヤルカウントダウン!!』

 作戦会議終了。マイク先生のカウントがフィールドに響く。

『────START!!!』

 開始と同時、多数の騎馬が緑谷へと襲いかかった。一〇〇〇万狙いの俺たちも当然足を向けるが、複数の個性が入り交じるあの騎馬の周りでは立ち回りがしにくい。狙ってる時が一番狙われやすいって言うからね。

「チィッ! オイ、飛ばせ!!」
「オーケー。芦戸いくよ、せーの!」
「ほいっ!」

 サポート科生徒のアイテムで宙に浮いた緑谷たちに向かって爆豪を飛ばす。自力での空中制御が可能な爆豪だからこそできる力技、空でならほぼ一対一だ。
 その隙に、全体サポートとしての役目をちょっとばかし。

「瀬呂、爆豪回収!」
「りょーかい」

 黒影に爆破を防がれた爆豪をテープで回収し、騎馬の上に収める。騎手は地面に足さえついてなければ空は飛んでもいいらしい。

「ンだあの鳥!」
「黒影ね。てか爆豪、コレ。つけといて」
「ア?」
「え、いつの間にハチマキとったの!?」
「爆豪が飛んでる間にちょちょいとね。B組の小大から」
「瀬呂お前、やるな!!」
「そりゃあ全体サポートに任命されましたから?」

 連携は悪くない。むしろ個々の能力が高くてやりやすい。騎馬の安定感と騎手の体幹が尋常じゃなく良い。おかげで俺も防御だけじゃなく攻めに動ける……これなら、他を出し抜いて一〇〇〇万ポイントを取ることも、

「単純なんだよ、A組」

 瞬間、テープを上に飛ばしてハチマキを絡め取った。狙ってる時が一番狙われやすい。その狙ってきたところを、反射でカウンター。足音がなかった、騎馬の方の個性か? いや、俺が攻めに意識を割きすぎたか。取ったハチマキは三〇〇ポイント。
 突然騎馬の手を離してしまったが、ちゃんと切島が支えてくれていた。やっぱやりやすいなぁ。

「ンだてめェコラ返せ殺すぞ!!」
「やられた! 元のハチマキ取られた!」
「ワリぃ油断してた!!」
「カウンターで相手のやつ取った、でもポイント換算は負けてんね」
「……おめぇ、手癖悪ィな」
「相手のことよく見てるって言って?」

 爆豪にハチマキを渡しつつ相手を見やる。よく知った金髪。

「────ミッドナイトが第一種目と言った時点で、予選段階から極端に数を減らすとは考えにくいと思わない?」

 ハチくんは、落ち着いた様子だった。そのままクラス単位で仕込んでいたこれまでの作戦を説明してくれる。今日はどうやら情緒が安定しているらしい。いや、元々昔はあの状態をあまり人前で出すタイプでもなかったけれど。
 つまるところ。今のハチくんは、嫌味のキレがすこぶる良い。

「その場限りの優位に執着したって仕方ないだろう?」

「いい案だろ? 人参ぶら下げた馬みたいに仮初の頂点を狙うよりさ」

「ついでに君、有名人だよね? ヘドロ事件の被害者! 今度参考に聞かせてよ、年に一度ヴィランに襲われる気持ちってのをさ」

「ここらにしとこうか。よく聞くもんね、恨みを買ってしまったヒーローがヴィランに仕返しされるって話」

 アー、マズい。
 たぶん。爆豪は、この手の煽りに弱い。

「おっ、おぉォォ……!」
「爆豪落ち着け! 冷静になんねぇと思うつぼだぞ!」
「でもさぁ……君のこと見てたけど。今持ってるポイント、全部君の力じゃないよね? まさしくおんぶにだっこってことかな?」
「あっ、コッチまで飛び火させてくんのね」
「進め切島ァ……! 俺は今、すこぶる冷静だァ……!!」
「頼むぞマジで!」
「え、緑谷は!? 一〇〇〇万ポイントとるんじゃないの!?」
「グ、ぅ……」

 ボンッ! と頭上で爆発が起こる。相も変わらず凶悪な笑みを浮かべて、爆豪はカチ切れていた。さもありなん。あんなに煽られて冷静でいられるなら驚きよ。けれど、緑谷のことを気にかける理性は残っているらしい。
 まぁ、でも。ここまで来たら、どっちかに集中した方がいいな。

「爆豪! ハチ、じゃない。あの騎手、物間の個性はコピー。触れた相手の個性を数分間使えるはず。……さっき、触られたんじゃない? 物間って賢いし、上手いこと ”爆破” 使われるかもね」
「ア”ァ”!? 俺の方が強ェ!! まずはアイツをぶっ飛ばす!!!」
「っしゃあ! いいぜ爆豪! ここで引いたら漢じゃねぇよなぁ!!」
「もうっ、そっちにするのね! わかった!」

 二つの騎馬が相対する。再び爆発音が頭上で鳴った。
 一瞬合って、すぐに逸らされる視線。

 ハチくん、たしかに賢いね。それから、どうやらカリスマもある。
 体育祭という競技で、あえて下位をとって後々有利に動こうっていうのは実践するのに勇気がいるだろう。でもB組にはその作戦に乗った子がたしかにいた。それはハチくんの案が有用で、人を動かすだけの人望があったが故。この短い期間でそれだけの信用を得るのはなかなか難しい。
 知らなかったな。君がそんなに、生きるのが上手かったなんて。

「ッ、一本とられた、……! 違う、二本だっ!!」
『爆豪チーム、飛び出した爆豪が一本奪取! 瀬呂が爆豪を回収……と思いきやついでにもう一本!! コイツ超テクニカルね!?』
「これで通過は確実……!」

 でも。その手の小賢しさじゃ、俺も負けない。

「まだだ!!! 完膚無きまでの一位なんだよ、取るのはァ!!!!」

 ……し、こういう狡猾さは、底なしの執念には勝てないから。ちょっとばかし、爆豪の勝利に対する執念を見誤っちゃったね。

『爆豪!! 容赦なしーー!! 物間チームのポイント全部取ってったァーー!!!』

「次!! デクと轟ンとこだ!!」
「ッ、爆豪、飛んでけ!!」

『──────タイムアーーーップ!!!』

「もー、騎馬役つかれたー! 爆豪めっちゃ飛び出すし!!」
「っせぇな、もっとチャキチャキ動けや」
「結構動き良かったと思うけどなー!?」
「でもやっぱ前騎馬は切島で良かったねー。物間との爆破合戦とか俺じゃ無理だったわ」
「耐久には自信あるからな! 俺が爆豪支えてる間に瀬呂が攻めて芦戸が防御、最高の構成だったんじゃねーか!?」
「そーそー、ナイス人選……てかアピール! 爆豪、私らに感謝してもいいよ?」
「一位じゃなかっただろーがァ」
「ほーんとストイック!」
「漢らしいぜ……!」

 生徒控え室に向かう最中。集団の最後尾を位置どって、曲がり角にさしかかったところで────ピタリ。気配を殺す。
 騎馬戦の感想で盛り上がっているクラスメイトたちは、気づかずに先へ進んで行った。その後ろ姿を見送って人の通らない通路の奥に身を潜める。さてと。ちょっと、時間つぶしますかね。

 思考を先程の騎馬戦に飛ばせば、思い起こされるのは終了前の十数秒。あの短時間で心操チームは三位に上り詰めた。間違いなく心操の個性だろう。咄嗟に爆豪を緑谷たちの方に飛ばして距離をとらせることで洗脳は回避したが、結構危なかった。爆豪は煽りに弱いから……。

「そろそろ行ったかな」

 ざわめきが遠のいたのを察知し、控え室へ向かう。みんな食堂へ向かったことだろう。案の定、控え室の中には誰もいなかった。
 スマホをとって控え室を出る。マ、どうせ俺も食堂行くんだけど。ただちょっと……尾白と青山。特に、尾白には会いたくない。今だけね。俺が心操と知り合いだって唯一知ってる人だから。

「!」
「ォ、」

 通路を曲がった先。さらにもう一つ先の曲がり角で突っ立っている爆豪と目が合った。まだ残ってたんだ。てかなにしてんの、そんなとこで……と声をかけようとした、瞬間。

「個性婚。知ってるよな」

 ────……やっぱ、ヒーローにも色々いるんだなぁ。

 意図せぬ盗み聞きに、爆豪は無意識のうちに眉根を寄せた。

「親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた。俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで自身の欲求を満たそうってこった」

 騒がしい奴らに付き合うのもダリィからとワンテンポ遅れて移動したのを悔やむ。クソ、先に行っとくべきだったか。だが今そんなことを思ったって仕方がない。つーかこんなとこですんなよンな話、誰がくっか分かんねェだろーが。気まじぃんだよこっちが。なんなら飛び出してやろうか。

「記憶の中の母はいつも泣いている……。”お前の左側が醜い” と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 脳内でブツクサ文句を垂れる爆豪だが、しかし、むしろなるだけ動かず。音を立てず。気配を消していた。

「クソ親父の個性なんざなくたって……いや……。使わず一番になることで、奴を完全否定する」

 遠い世界のことを受け止めるには、少し、時間が必要だった。

***

「…………こんなトコで話す内容じゃねェだろうが」

 轟と緑谷が去り、静寂が落ちた空間に爆豪の呟きはよく響く。怒りの籠った声色。

 奴の事情は理解した。理解はしたが、それはそうと、本気を出さなくとも勝てると……端的に言えば舐められているのが気に食わない。それはもう、心底。スカした野郎からスカしたムカつく野郎に進化しただけだ。そっちの事情なんざ知ったことじゃねぇ。
 一番になるのは、俺だ。

 遠い世界の話は爆豪の怒りと覚悟に変換された。寄りかかっていた壁から背を離す────

「ゥオッ、」

 ────と。爆豪の動いた視界に、もう一人いた人間が入り込んだ。
 偶然にも共に盗み聞きすることになってしまった瀬呂は、いつの間にか爆豪のすぐ隣に来ていた。

 …………来ていた、のに。まるで気がつかなかった。というか途中からいることすら忘れていた。瀬呂が来た瞬間、確実に目を合わせた、のに。今の今まで、一人でいる感覚でいた。
 視界に入れていてなお、気配が微塵もしない。普段よく回る口は開く様子もなく、指を組んで視線を落としている。ストンと抜け落ちた表情。まるで別人のようだった。ロクに人のことを見ていない爆豪でさえ、その異様さには気がつく。

 瀬呂の顔には、”無” が乗っていた。

「…………オイ。」

 ゆっくり。瞼が降りて。
 開くのと同時に、その口角が上がる。

「……いやー、タイミング悪すぎない? 俺びっくりして超息潜めちゃったんだけど。二人にバレなくて良かった〜」

 瞬きひとつ。
 その一瞬で、瀬呂はいつも通りを取り戻していた。

「おまえ、」
「てか俺らも早いとこ食堂行かね? 絶対混んでるし午後間に合わなくなりそう」
「待てや。お前、今の話で何、」
「ストップ」

 一歩先に進んだ瀬呂は振り返って。

「聞かなかったことにしよーぜ。轟も、緑谷だけに話したかったことでしょ? 勝手に聞いた俺たちがとやかく言うことじゃないし」

 人好きのする笑みで。人好きのするセリフを吐いて。
 自分に都合良く、話を強制終了させた。

 勝手について行く俺にちょいギレしている爆豪と共に昼食をとり、成実と少し電話をして、午後。

 峰田に騙された女子ズがチアガールになってたり、尾白と庄田が本戦を棄権したり、レクリエーションで借り物競争に出たり。まぁ色々あったワケだけど、……俺にはなによりも重大なミッションがあった。

「あ、瀬呂くん! さっき尾白くんが探してたよー?」
「マジ? どのへんいた?」
「控え室の方探しに行ったと思う!」
「オッケー、ありがとね」

 お礼を言って控え室の方に向かう……ように見せかけて、途中で方向転換。控え室の真逆を行く。どうせ何聞かれても心操のこと教えるつもりは無いけれど、それはそうとクラスメイトの勝利を本心から願えないのは心苦しい。それを本人に伝えるのも。
 だからごめんな、尾白に緑谷。今だけ全力で逃げさせてもらうわ!

***

 そんなこんなで無事ミッション達成し、逃げ切りを果たして。

『ヘイガイズアァユゥレディ!? ────色々やってきましたが! 結局これだぜガチンコ勝負ッ!!』

 選手控え室。モニターから響く実況の他に物音はしない。……心操も、既にフィールドへ向かった後のようだった。
 彼もこっちの控え室を使うことは分かっていた。だからあえて遅く来たのだ。騎馬戦で同チームだったヒーロー科二人の棄権に、当然心操は思うところがあるだろうから。俺が何を言ったって、今の心操にちゃんと届けられるとは思えなかった。

『一回戦!! 成績の割になんだその顔!? ヒーロー科緑谷出久! VS ごめんまだ目立つ活躍無し! 普通科心操人使!!』

「うおぉマジ頑張れ心操ー……!」

 友人の大一番は、惜しいことに画面越しで見ることとなった。

「っ、……おかしいな。体の自由はきかないはずなんだけど」

(俺の ”洗脳” が消された!? どうやって……!)

 平静を取り繕って、内心、心操はこれ以上ないほど焦っていた。

 ”洗脳” のスイッチは入れた。尾白をダシにした挑発に緑谷は応えた。実際洗脳はかかって、場外に向かって歩き出していたはずだ。なのに、外部刺激も無しに洗脳は解かれた……指の損傷? 無理やり個性を発動したか。……いや、そもそも洗脳下で意識はなかったはず。なにか俺の知らない解除トリガーが……?
 自分の個性を忌避してきたツケが、回ってきていた。

「……指、痛そうだね。大丈夫? お前はパワー系の個性だと思ってたんだけど、そんなに制御が大変なの?」
「…………」
「分かるよ。個性のコントロール、難しいよな。そもそも俺はあんまり使ってこなかったんだけど。だって怖いだろ? ”洗脳” なんてさ」
「………」
「その点、お前のはちゃんと制御出来ればとても頼りになる力だ。……羨ましいよ、いかにもヒーロー向きの個性でさ。なりたいものになれる個性で……俺なんかとは、正反対だ」

 緑谷は、僅かに構えたまま応えない。
 その様子に内心舌打ちをする。けれど、洗脳を警戒しているということはあの解除方法は確実な物じゃないんだろう。その情報は大きい。
 しかし、意外だ。見たところ緑谷は本人への挑発に乗る性格じゃない。でもその分、自分以外への誹謗には思わず反論してしまうタイプ。この手の自虐にも応えやすいと思ったが……予想が外れたか。

『心操急におしゃべりサンになったな! 緑谷の動揺を誘おうとしているのかーー!?』
『今の言葉が全部デタラメとは言わないが……本心からと言うには、目つきが鋭すぎるな。隙を突こうと狙っているのが分かりやすすぎる』
『イェア! 猛禽類かってぐらいギラついてンぜ!!』
「!」

 実況の予想外の言葉に驚き、目を見開いて……ため息をひとつ。どうりで緑谷が警戒を緩めないはずだ。声にばかり気を取られすぎていた、また課題が増えたな。

「……嘘では、ないけどね。この個性じゃ入試は突破できなかったわけだし」

 このままで緑谷の口を割らせるのは難しいと判断。地面を蹴る。

「────でも。だからって、諦める理由にはならないんだよ」

『オーット、突然の肉弾戦! しかもまさかの心操から仕掛けたーー!!』
『動きがいいな。格闘技でもやってたか』
『鋭いキックが緑谷を襲うー!! なんつー軽やかな足技! 緑谷防御の一手か!?』

「これでもずっと鍛えてきたんだ。普通科にしては動けるだろ?」
「ッ、ぐ、」
「羨ましいよ、緑谷。……お前みたいな強個性が、本当に羨ましくてたまらない。元から恵まれてる奴らには分かんないだろうけど!」
「……、っあああ!」

 向かってくる拳を、個性を警戒して大きく避ける。入り乱れる蹴りと拳。本当の意味での実践経験はあまりないのだ。個性を使う分、ジムでのトレーニングとは違って考えることも多い。
 たった一分にも満たないような組打ちにも関わらず、頬に汗が伝う。

「っ、俺と話す人は大体警戒するよ! 洗脳されて悪いことさせられるんじゃないかって! 入試の実技試験とかじゃない、もっと根本からこの個性はヒーローに遠い!」

 もっと速く、もっと感情的に! 緑谷の余裕を奪え、心を揺さぶれ、声を出させろ! 洗脳のスイッチは常に入れてる、一言でも応えさせれば勝てる!!

「それでも! マイナスからのスタートでも諦められなかった! 自分の個性とか、恵まれてるとか、関係なく────……」

「誰かの手を掴めるヒーローに、なりたいんだよ!」

 ガードが下がった右側に向けて腕を伸ばす。いつの間にか場外が近い。洗脳をかけずとも、このまま押し出してしまえば……!

「────それは、僕も同じだ!!」

 次の瞬間、視界は回っていた。

「心操くん場外! 緑谷くん、二回戦進出!!」

「…………、……クソッ。誘い出されてたのは、俺の方かよ」
「……君が、本気だったから。だからきっと、気づかなかったんだ」

 痛む背中を無視して起き上がる。
 こんなにも綺麗に背負い投げを決められたのは久々だ。ああ、もう。俺が本当に感情的になってどうする。また課題が積み上がった。個性を意識すると途端に動きが悪くなるのはどうにかしないと。

『アチィ試合だったゼ! 両者の健闘を称えてクラップユアハンズ!!』
「…………あのっ……心操くんは、何でヒーローに……」
「……昔俺の手を掴んで、引っ張ってくれた奴がいた。憧れちまったもんは仕方ないだろ」

 緑谷に簡潔に言葉を返して、すぐに背を向ける。立ち止まっている暇なんてない。本戦一回戦敗退、これがどう評価されるかなんて分からないけど、少なくとも体育祭の間にいくつも課題が見つかった。特に個性関係は全部克服していかないと……。

「かっこよかったぞ心操!」

 無意識のうちに下を向いていた頭に、上から声がかかる。

「正直びびったよ!」
「お前がすげー頑張ってんのは知ってたけどさ!」
「俺ら普通科の星だな!!」
「障害物競走一位のやつと良い勝負してんじゃねーよ!」

 普通科の友人たち。その言葉の意味を理解して……途端、周囲の音が耳に入ってくる。生徒席だけじゃない、プロヒーローがいる観客席からも賞賛と感嘆の声が湧き上がっていた。

「聞こえるか心操。お前、すげェぞ」

 この個性が────”洗脳” の個性を持つ心操人使が、大勢に認められた瞬間だった。

「……緑谷」
「!」
「この体育祭が最後のチャンスだと思ってた。……でも。もし今回駄目だったとしても、やっぱ諦められない。絶対ヒーロー科入って資格取って……俺は、俺のなりたいヒーローになる」
「っうん! ぁ、……」
「ハッ、ほんと、素直に応えるやつだな」

 元気に返事をした緑谷を洗脳でからかってフィールドを後にする。背中にかけられた「僕も! 僕も、君みたいに……絶対諦めない!」という言葉には振り向かなかった。何があったって諦めるタイプじゃないだろ、お前。見てれば分かる。むしろ分かりやすすぎるくらいだ。

「心操」

 ────なんてったって心操は、三年以上隣にいたってよく分からない人間を、見続けているのだから。

「試合おつかれ。すごかったじゃん」
「……試合前、なんで控え室来なかったの?」
「エッ。あー、いや。ちょっとかくれんぼしててさ」

 瀬呂は下手な言い訳をして笑った。大方、心操に何を言えばいいか分からなくて来なかったのだろう。本気で隠されたらきっと心操には看破できないだろうに。こういうトコが、彼のよく分からないところだった。

「瀬呂」
「ん?」
「俺……やっぱり、お前と本気で戦いたかった。次の試合でお前のこと対戦相手として見てたかったよ」

 瀬呂は、なんと答えるだろうか。一回戦で負けた心操はもうこの体育祭で彼と戦うことはない。ここで勝てていれば当たっただろうに、それをものにできなかったのは心操の実力不足だった。慰められるか、「次自分が勝てるかは分からない」とか誤魔化されるか……。

「いーよ。じゃあ次は、決勝でタイマンしよーぜ」
「……、……そうくるか」

 ────俺らも行こーぜ! シンソーくん

 全く、当然のように来年の話をしてくる。こちらから伸ばさずとも手を掴み引っ張りあげるのは昔から変わらない、この友人の性質であり────……あの日見た心操の憧れだった。

「つっても、俺も勝てるとは限らんけどな! 次の相手とかヤバくね? 轟よ?」
「……じゃあ、来年に向けて観察してるから。本気でやってきてよ」
「お前ほんっとあけすけにものを言うね」
「まぁね。……頑張ってこいよ」
「うん。頑張ってくる」

 瀬呂がフィールドに出ていくのを見送って、急いで生徒席に戻る。控え室のモニターなんかで見ていられない。
 彼の本気を、直接目に焼き付けておきたかった。

『お待たせしました! 続きましては〜、コイツらだ!』

『地味に優秀! 優秀なのに何故地味なのか!? ヒーロー科瀬呂範太!! VS 二位・一位と強すぎるよ君! 同じくヒーロー科轟焦凍!!』

『────START!!!』

「……悪ィが、さっさと終わらせるぞ」

 開始の合図の後、少しの静寂をおいて。
 先に動いたのは轟だった。

 ──────キイィィン……

『な……、ッンだあぁ!? 氷山が客席まで伸びてんゼ!? 轟初手から派手すぎだろォ!!』
「瀬呂くん……動け、る、……?」

 主審ミッドナイトが視線をやった先、そこに氷漬けにされた瀬呂の姿────……は、ない。

「俺って、けっこー単純だからさ」
「っ、!」

 その声は、上から降ってきた。

「頑張ってって言われると、すげー頑張れちゃうんだよね」

 その姿をカメラが捉えた瞬間、観客が沸く。実況の『氷山の上に瀬呂ーー!! あの一瞬でどーやって移動したー!?』という驚嘆が会場に響いた。

「悪ィけど、そう簡単に負ける気はねーよ?」

 ニィッ、と笑って見下ろす瀬呂。
 鋭い眼光で下から睨め付ける轟。

 対称的な二人の試合は、身を刺すような冷気に包まれた中で始まった。

***

『────まさしく柔と剛!! こりゃどっちが制するか分かんねーぜ!?』

 試合開始からしばらく。実況の熱が観客をより湧かせる。そんな外野とは打って変わって、ハァ、と吐いた息は随分と前から白い。当然だ。初手で出した氷山の冷気も然ることながら、フィールド上には今、他でもない轟自身によって三六〇度満遍なく氷の壁が形成されていた。

「ッ、」

 風を切る音に反応して氷で頭をガード。バキ、と鈍い音がするのと同時に重い衝撃が腕に響く。氷を砕いてなおこの威力の蹴り! カウンターで氷流を生成し、……躱された、と思った時にはもう遅い。
 瀬呂は、一瞬のうちに氷壁の上へと後退していた。その姿が張り巡らされたテープで僅かに隠れる。

「、……」
『止まらないぜ瀬呂のヒットアンドアウェイ! 基本上からやってくるから蹴りの威力もシヴィー!!』
『離脱時には轟の氷を利用していて無駄がないな』
『アーハン? アレってつまり何がどーなってんノ?』
『生成される氷の流れを読み、そこにテープをわざと巻き込ませることで移動してる。初手の氷山を躱したのもそうだろうが、一歩間違えれば普通に凍るぞ。轟もそれを狙って流れを調整してる』
『ハイ・レベルッ!!!』

 頭を振るって水滴を飛ばす。瀬呂が轟の氷結を利用していることなんて分かっていた。ならばそれを逆に利用して、氷結で飲み込んでしまえば。拘束することは容易い。
 と、思っていたのに。

「やっぱ強いねー、轟」
「!」
「こんだけ氷作れるとかさ、すごすぎない? もはや一面壁で囲まれてんだけど。たぶんアリーナ席泣いてるよ?」
「……そうなるよう作らせてんのは、てめぇだろ」
「うわバレてる〜」

 動き回るのをやめて氷壁の側面で静止した瀬呂は、何が楽しいのかケラケラ笑っていた。その隙に氷粒を飛ばすがテープの巻き取りで避けられる。いくつか先読みで飛ばしていた氷粒は同じくテープで軌道を変えられた。
 柔と剛。その表現は的確だった。轟自身、力押し一辺倒なわけじゃない。相手に合わせた調節や絡め技もできる……が、それ以上に。瀬呂は、上手い。
 氷結が利用されているのは離脱時だけじゃない。空中を飛び回る瀬呂につられて生成した高い氷壁はトラップ地帯に。何度かくり出した氷塊は移動用の起点に。トラップを避けて遠距離で氷を生成すればそれがまた新たな取っ掛りに……。時間が経つほど、フィールドは瀬呂有利の地形になる。

「回りくどいことしやがる」
「俺みたいな個性は小賢しくないとね」
「そーかよ。……なら、俺はその上から抑え込むまでだ」

 パキッ、と足元から音がしたのは一瞬。地面を薄氷が伝い、瀬呂が足をかけていた氷壁をさらに新たな氷が覆う。決して脆くはない二重の氷壁。
 瀬呂自身は軽々と離脱していたが、その表情にはこの試合で初めての焦りが見えた。

「マ、ッジかよ!」
『轟さらに氷壁を重ねがけーー!? なんだヨ、アリーナ席に恨みでもあんのか!!』
『周囲の氷壁には瀬呂がテープトラップを量産している。それを上からさらに凍らせることで無力化したな。パワーだが確実な方法だ』
『そーゆーコト!! どんだけ威力落ちねーワケ!?』

 実況が騒ぐ間にも二重氷壁の範囲を広げていく。どれだけ策を練ろうが、頭をひねろうが。圧倒的な力の前には塵も同じだ。
 俺は、この氷結だけで。勝てる。

「人が折角作ったトラップを、壊してくれちゃってさ!」

 狙い通り、瀬呂は轟本体を叩きに来た。だが先程のようなヒットアンドアウェイではない、氷壁生成の妨害を目的とした連続の打撃。これもまた狙い通り。

「元は俺の氷結だ」
「そりゃそーだけど、ねっ!」

 重い一撃を両腕で受け止める。その隙に瀬呂は氷壁にテープを貼り付けて、上方へ一時離脱────……

「させねぇ」
「ッ、そーくるか、」
『アウェイしようとした瀬呂を轟が追う!! テープ巻き取りに氷土台の生成、果たして追いつくかーーッ!?』
『スピードなら瀬呂の方に分がある、が……』

 そう。初手の氷山生成に対処した瀬呂だ、そもそもの射出・巻き取りスピードは相当なものだろう。だが。

「追いつく必要ねぇよ」

 下に向けて土台を作り続けていた右手を、グワァッと大きく上へと振り抜く。支えを失った身体は慣性で上方へと流れた。
 それとは反対に、轟の体重を支える必要が無くなった氷流はそのスピードと質量を増し、重厚な氷塊となって。上昇し続けている瀬呂へと、ドンピシャ────……

「…………これを、流すのかよッ……!」

 周囲の壁よりずっと高く、空へと立ち上った氷流は────しかし、狙いの中心を捉えることはなかった。

『ノーーウェイッ!!? 瀬呂アイツ、エッ!? コレ瀬呂だよな!? 轟が外したんじゃァねーだろ!』
『……基本は、氷結を移動に利用したのと同じ原理だが……流れを読んだ上で、さらに軌道をズラしたな。攻撃の受け方の練度が尋常じゃない』

「こういうの、得意でさ」

 氷塊を受け流し、直撃を免れた瀬呂が轟を見下ろしてニヤリと笑う。……やはり、上手い。ともすれば上手すぎるほどに。
 移動に使っていたテープはズラし切れなかった氷塊によって断ち切られている。両者とも支えなく宙に浮いていた。数瞬後始まる自由落下。本命は避けられたが、これ以上ない明確なチャンスだった。瀬呂が再びテープの接着・巻き取りで離脱するよりも、轟が氷結を届かせる方が速い。

 上に向けて構えた右腕は、ひどく震えていた。
 それを見た瀬呂がわずかに目を見開いて。

 ────バキッ、

「え、」
「ハ?」

 その音は、轟の。……否、さらに遠く、瀬呂の上方からした。

『オーマイガッ!! 氷塊が崩れたーー!!!』
「ッ、!」

 つい先程生成した、空高く続くソレ。スピードと質量を増強した上に外部から軌道をズラされた氷塔は、言うまでもなく不安定な建造物だ。……そのテッペンから、自分の何倍も大きな塊が。ちょうど直線上に位置する二人目掛けて落下を始めていた。

 狙いに迷いが生じる。瀬呂に集中したらその上から降ってくる塊に対処できない。直撃したらタダじゃすまないだろう。ならば先に破壊してから……けれど、そもそも。あの塊を破壊するだけの威力が出せるか? アレにどれだけの重量があると……、いや、違う。やるしかない。ここでやらないと。父親が見ている今。お前の力など不要だと、証明しなければ…………意味が無い!

「────いいよ。だいじょーぶ」

 上から降ってきた声に焦点が合う。
 世界がやけにゆっくり進む中。見上げた先の瀬呂は、何故か。優しく微笑んでいて。

「俺に任せてな」

 彼の背後に、氷塊が迫っていた。

 ギュルッ! とテープでトラップトリガーを引くのと同時、身体がそっちに引っ張られた。これぞ作用反作用の法則。物理やるなら基本中の基本よな。

『瀬呂のテープトラップ発動ー!? デッケェ氷塊を空中で止めたーーッッ!! アレッ、お前どんだけ設置してたワケ!!?』
『トリガーとなる一片を引っ張れば中央で集約するように、いくつか分散して設置してたな』
『”柔” がすぎるぜ瀬呂範太!!!』
「照れちゃうな〜!」

 だが、アレは轟に無力化された分不安定になったトラップだ。あれだけの質量なら千切れるのも時間の問題。すぐさまテープを射出、最低限の補強。周りの氷壁が頑丈なおかげで使いやすい。

「んじゃ、”剛” の部分も見せときますかね」

 轟の一等デカい氷山を利用して、氷塊よりも上空へ飛び出す。そのついでに割り取った氷塊を粉砕、鋭利な欠片を生成。十数個に割れたそれを分枝させたテープで覆う。イメージは脳無戦で使ったペグ入りの即席飛び道具。でもあの時よりずっと頑丈だ。なんてったって、矢尻があの轟製なので。
 硬度、靱性ともに最大。目標捕捉。ルート、左右より迂回のち集約。間違っても下で着地している轟に当てないように。本当は一人で離脱もできたけれど、彼の震える右腕を見て。そうはしないと決めたのは自分なのだから。

 細心の注意を払いつつ。けれども落下の運動エネルギーを全て乗せた、最大パワーの刺突。

「テープショット、” アイストライデント”」

 瞬間。轟音と煌めき。
 客席には、風に流された氷の粒が舞って。

「────瀬呂くん、場外! 轟くん二回戦進出!!」

 ミッドナイト先生の判定と共に、会場が一気に沸いた。

『ついに決・着ーーッ!! こりゃヤベェぜ、超アツい試合だったろ! 俺もうちょい見てたかった!!』
『最後、さすがにフィールドに戻る余裕はなかったか』
「そりゃそーですよ、っと」

 着地と同時、足元に転がってきた小さな氷塊を踏んで割る。ドデカ氷塊は見事粉砕できたけれど、あの質量は全弾全力で当てなきゃ壊しきれないって。そうして宙に浮いてた俺は外側へと押し出されて場外負け。これまた作用反作用、制御するのは難しいね。

「瀬呂」
「轟ー! 頼む、氷溶かしてくんね?」
「……ああ」

 フィールド内に戻って、声をかけてきた轟にこちらから歩み寄る。実はずっと左肩に薄氷が張っていたのだ、シンプルに冷たくて感覚が死にそう。
 左手の熱で氷を溶かしてくれる轟の身体は、もう震えてはいなかった。

「あー、あったけ。生き返るー」
「おい、」
「んー?」
「……最後。なんで、わざわざあんなことした」
「あんなことって?」
「あのトラップ。氷塊じゃなくて俺に使っていれば、……お前の勝ちだった」
「……ウーン、」

 ご丁寧にジャージまで乾かしてもらって、そこでようやく視線が合う。轟の眉間にはシワが寄っていた。恩を売られたとか、舐められたとか、はたまた邪魔されたとか。思ってるんだろうか。
 でも、そんなつもり一切なくて。

「お前が俺の弱いトコ上手く突いてきただけだよ」
「ハ、?」
「お互い譲れないもんがあるよねって話。……さて! この氷山とか溶かすっしょ? 俺も手伝うわー」

 ありがとね、とお礼を言ってからさっきと同じ要領で氷をザクザク砕いていく。轟は納得いっていない様子だったが、それ以上言及してくることはなかった。

 お前の事情は勝手に聞いて知っちゃったけど。
 それでも一人寒くて震えてるのを放っておけないのも、俺の勝手だからさ。

体育祭瀬呂範太編終了。次回:体育祭エイド編。

瀬呂兄
 体内テープ・操糸無しの、正真正銘瀬呂範太としての本気を出した。
 vs轟戦では思うところありありだったけど、直前の心操によって火をつけられた形。クラスメイトも大事だけど三年以上切磋琢磨してきた心操も当然大切。彼の憧れ云々は知らない。
 頑張って生きてる子どもの姿に弱い。

心操人使
 本音六割、動揺を誘う目的四割。のつもりがうっかり本音増し増しになっちゃった普通科の星。
 ”たとえ相手が手を伸ばさなくても、こっちから腕を掴めるようなヒーロー” に憧れている。目標と自分の個性の乖離に悩んだ時期もあったり。でも向上心の塊なのでまだまだ伸びる。

轟焦凍
 普通に人が通るところで大事な話をしちゃううっかりボーイの片鱗をチラ見せしている。
 下から見上げていた氷塊は一欠片も落ちてこなかった。

爆豪勝己
 めでたく瀬呂兄のあだ名がしょうゆ顔に決定した。活用の幅が広い個性だと思っている。
 普段ニコニコしてる人間ほど無表情になった瞬間の不気味さは異常。そのうち「気のせいか」で流せなくなる。

ハチくん
 瀬呂兄との小賢しさ勝負で一敗。次は負けないという意思を固めていたところに vs轟戦でのフィジカルの強さを見て純粋に驚いている。

 戦闘描写難しすぎ〜〜〜ノリと勢いで感じ取ってください。上から見下ろして笑っているのと下から見上げて睨み付ける構図が好きなので入れたかっただけです。動ける心操くんももう少し書きたかった。
 爆豪ズあだ名を原作と同様にしたのは「爆豪って実は個性が分かるようなあだ名つけてなくない?」と思ったためです。見ただけで分かる尻尾とか以外はそんな気がする。原作のどこかで言及されてるのかもしれない。

— End —

Comments 31

徘徊者1 个月前
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けい3 个月前
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ばんそーこ9 个月前
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きっちんら~めん1 年前
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蒼星ノ月夜1 年前
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あるふぁ1 年前
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冬咲愛恋1 年前

あだ名ってアレかなぁ、自分が個性つよつよでアゲられてきたから、皆は平等に「個性」以外の個性でつけてんのかなぁ…!! だったら面白いなぁ……!!!

ふな1 年前
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四合1 年前
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なる1 年前
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S
Syouko1 年前
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赤梨1 年前
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Sakuria
Where every work blooms
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