瀬呂くんの過去や家族構成など何もかもを捏造しています。
全てを許せる人だけお読みください。
事件から一週間。
俺たち瀬呂兄妹は、予定を前倒しして故郷東京を離れ、静岡へと身を移していた。
本当はあのまま病院で諸々検査やら測定やら続けるつもりだったらしい。が、思ったよりマスコミが事件に興味を示した。速攻情報規制してくれたおかげで俺と成実の顔や名前が出回るようなことにはなっていないが、小学生の子どもがヴィランを滅多打ちに……というのは漏れたとか。
入院していた病院にも突撃してくるのもいたようで、さすがにマズいと爆速で退院&引越し。引越し先は雄英高校にほど近い、セキュリティ完備のオートロックマンション。デカい。広い。そんで間違いなく、高い。
「…………スッゲェ〜……」
フライパンを浸して、蛇口の水を止める。キュッて捻るタイプじゃない。あの、あれ。レバーを上下させるやつ。しかもおしゃれ。ヤバい、この程度でいつまでも感動できる。なんてお手軽な感動。コスパ良。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「いや、蛇口に感動してた。ほら」
ピョコ、と隣にやってきた成実を抱え上げる。そういや越してきてから成実自身にやらせてあげた事ないな、と思い至ったのだ。「ちょっと出してみ?」「いいの?」「うん。初めてっしょ」。おそるおそるレバーに手を伸ばし、ちょっとずつ力を込めるのを見守る。ちょろ、と出たと思った水はすぐに止められた。
「……すごい!」
「ね。たぶんね、たくさん出しても水止められないよ」
「なんで?」
「ちゃんとお金払ってるから」
「すごい……」
僅かに赤くなった頬がかわいくって、思わず口角が上がる。分かる、すごいよな。家のも学校のもスーパー銭湯のもこんなオシャレじゃないからね。しかも滞納で止められたりしない。感動。俺たち揃いも揃ってお手軽すぎ。
成実を抱えたまま、夕食の準備が整った食卓へ向かう。ちょっと不格好な野菜炒め。でもまぁ、そんなひどいもんじゃない。味見したら普通に美味しかった。
壁掛け時計は、十九時三十分を示している。
「……先に食べちゃうか」
「待ってなくていいの?」
「もう七時過ぎてるからなぁ。こうなると何時に帰ってくるか、」
分からないし、と続けようとした瞬間、玄関のドアが開く音がした。二人で顔を見合わせる。
「……帰ってきた!」
「タイミングばっちり〜。よっしゃ、お出迎え行くか」
「うん」
成実を降ろして、揃って玄関へ向かう。この家の家主、兼、俺たちの保護者のご帰宅だ。
「おかえりなさい!」
「おかえりなさい、修善寺さん」
「ああ、ただいま。遅くなって悪かったね。……おや、アンタたち。夕飯作ってくれたのかい」
自分よりもずっと小さいその人は、リビングから香る匂いに気がついたらしい。「味見したんで、ちゃんと美味しくできてますよ」と返しておく。
修善寺治与。────病院で怪我を治してくれたリカバリーガール先生こそが、新たに俺たちの保護者となった人だった。
修善寺さんに引き取られたことは、正直完全に予想外だった。
いや、そりゃ「こんな有用な子どもほっとけないでしょ? ヴィランになったら困るでしょ? 面倒見てほしいな〜!」的な思惑はあったけども。せいぜい訓練施設的なとこに入れられればラッキーと思っていたもんだから、こんなドデカい建物を己の住所として書くなんて思ってもみなかった。
しかも。リカバリーガール先生、なんだかめちゃくちゃすごい人らしい。引越し早々にもらったスマホで調べたら色んな賞とか功績とか出てきた。オイオイ、底辺児童がシンデレラもびっくりな大逆転ストーリーしちゃってるって。治療できる個性ってそんな貴重だった?? 治癒ではないんだけどね???
「美味しいじゃないか。よく作れたねぇ」
「たまご焼きはもっとおいしいよ」
「おや、そうなのかい」
「お兄ちゃんのたまご焼きが一番好き!」
「俺のは砂糖入れて甘めですけどね」
こうして和やかな食卓を囲めているだけで万々歳である、が。なによりも良かったのは、成実が修善寺さんに懐いてくれたことだった。
元々、成実は愛想が良い。小学校ではお友達もいたし、大人にもちゃんと話しかけられる。ただやっぱり、痩せこけた中年男性────義父を思い起こさせる容姿────には、少しばかり体に力が入る。
その点、修善寺さんは良かった。成実より背が低いし、声にトゲがないし、なにより世話になった銭湯の湯浅ばぁちゃんに似てる。月末にこっそりタダでお風呂貸してくれたのは本当に有難かった。こういう人達のおかげで全大人を嫌いにならずにすんでいる。マジ足向けて寝れん。
「ああ、そうだ。二人とも」
「はい?」
「明日は少し出かけるよ。病院行くからね」
「おぉ、病院」
「なにするの?」
「体力測定と個性測定……まぁ、個性測定は主に範太の方だね。でも成実も受けときな。やって困るもんじゃない」
「それ、ヒーロー来ます?」
「何人かね。でもまぁ、むりくり愛想良くする必要はないさ」
途端、キュッと顔を顰めた成実の頭を撫でる。
そう、成実は愛想が良い。愛嬌もある。親切な人に親切を返す素直さもある。ただ、ヒーローが嫌いだ。こればっかりは仕方ない。
成実のこと、怒ったりしない人だといいなぁ。さすがに無いとは思うけどね。
パキッ、
「、……」
「……折れたな?」
「…………ハイ」
「まったく加減ってもんを覚えないねアンタは!」
個性測定、怒られたのは俺でした。
すみません、ほんと。マジで俺が悪い。
「検査で骨を折らない」
「骨を折らない」
「限界までやらない」
「限界までやらない」
「なにより、折れたまま続けようとしない!」
「続けようとしない」
「分かったね?」
「はい……すみませんデシタ……」
本日、三回目の治癒である。そろそろ隣に立つイレイザーさんの目に憐憫の色が宿ってきた。
身体測定に個性無しでの体力測定。ここまでは良かった。問題は、個性有りでの体力測定。
一回目は短距離走。スタートと同時に、筋繊維バリ増しした右足からバキッ! とデカい音が鳴った。走り終えた後なんだなんだと見たら完璧に折れてた。
二回目は幅跳び。同上。これは着地時に気がついた。
そして三回目、まさかの握力測定。そういや体内テープだけじゃなくていいのかと思い至って測定器掴んだ手の上からテープ巻いて力込めたら、早々に折れた。そんで音ちっちゃかったしバレないかな〜と思ってたら監督役のイレイザーさんに普通に気づかれるという。隠そうとしただけに気まずい。そして今それをリカバリーガール先生に怒られてます。
「オゥ……。ガールの兄ちゃん、いっつもあんな感じなの?」
「ううん……個性使って折れてるの、はじめて見た。なんで……?」
「ヘイボーイ! 妹が心配してるゼ!」
「ごめん成実! めちゃめちゃ気をつける!!」
少し離れたところから野次が飛んでくる。一足先に個性測定を終えた成実と、付き添いのプレゼント・マイクさんだった。
反り立つようにセットされた金髪に色つきのサングラスをしたそのヒーローは、イレイザーさんの友人らしい。ついでに一週間前の事件現場にもいたよなぁと思って挨拶をしたら驚かれた。いや、そんな目立つ髪型忘れないでしょうよ。
「……なんで握力測定で骨が折れるんだ?」
「すみません、気をつけます」
「いや、純粋に理由を知りたい。一瞬のインパクトをかける短距離と幅跳びはまだ分かるが、握力は少しずつ負荷を上げるだろう。何故そこで限界以上の負荷をかける? ……というか、限界を越す前に止めようとは思わないのか?」
「、あー……」
鋭いイレイザーさんの指摘に思わず唸る。理論系だこの人。そして無精な見た目に反して物事をよく観察している。雄英の教師をやってると聞いたが、なるほど確かに先生っぽい。
「骨って、……いつ限界が来るか分からなくないっスか?」
「……というと?」
「いやもう、そのまんま。これ以上やったら折れるっていうのが、あんま分からなくて」
「折れる前、痛くなるだろう?」
「痛いですけど、どこまでならセーフかな〜みたいな」
「……基本、痛くなる前に止めるんだよ」
「エッ」
痛くなる前に止める? …………いや、そりゃそうか。自分で加減できるんだから、わざわざ痛いのを我慢しなくていいのか。もうすっかり痛みは耐えるものとしてインプットされちゃってんだよね。久々に常識との乖離感じたわ。
「なるほど。次からそうします」
「あぁ……、うん。やってみてね」
ぎこちない笑顔と優しい言葉遣いがあまりにも居た堪れない。すみませんほんと、分かってんですけどね。でもこれが俺たちの常識だったもんで……。
その後は無事怪我することなく測定を終えた。その分記録は落ちたかもしれないけど、まぁ、成実に心配かけることよりは大事じゃない。
普通の体力測定的な項目に加えて、的当てや射出速度なんかの測定もあったのは意外だった。ついでにテープ使ったパルクールもどきもやったら、イレイザーさんに「筋がいいな」って褒められた。いえーい。そりゃテープなら自分の手足のように動かせるってもんよ。
そうして大人たちが一番気になっているだろう、繊維状テープを使った傷の治療。
「……オオ、すごいな。血ィ止まったゼ」
マイクさんはただの付き添いではなく、ヒーロー活動でできたてホヤホヤの怪我をした治療デモンストレーションの被験者だったらしい。
そういうことなら早く言って? そんで先にやらせてくれ?? 包帯の下からパックリ割れた腕(応急処置済み)が出てきたらビックリしちゃうから。
「ふむ……。未処理で無菌というのが強いね。これはどうやって血管の位置を把握したんだい?」
「テープが触れた感覚があるんで、それを頼りに繋がる位置に持っていきます。足りなかったらテープ自体を編んで血管にするイメージで。さすがに毛細血管全部は無理ですけど」
「皮膚の縫合は?」
「やることは血管とそんな変わんない、かな……? 皮膚はちょっと、もうあんま考えなくてもできるんで……だいぶ感覚っス」
「そのレベルで縫合ができるのか」
「この縫合糸、体の中では動かせるのかい」
「一回切り離したやつはもう動かせません。ただの糸になります。俺の中のテープは、なんかもう自分の一部としてカウントされてるんで動かせますけど」
「それなら逆に、個性を止めても治療部位はそのまま安定するな」
リカバリーガール先生とイレイザーさんが興味深そうにマイクさんの腕を観察している。その後もいくつか質問に答えれば、二人で何やら個性の分析をし始めた。難しい話してんね。
当の本人であるのに置いてきぼりを食らっているマイクさんは指を動かして感覚を確かめている。
「血管と皮膚縫いつけただけなんで痛みはあるし、動かしすぎると切れますからね」
「オゥケィ! どんくらい動かしたらアウトなんだ?」
「まぁ、たぶん多少のことじゃ血は出ないはず? 直接ぶん殴られても大丈夫だと思います」
「フゥン? もしかして結構強度ある?」
「ですね。俺は自分のは切れたそばから縫い直してたんで正確には分かりませんけど」
「……なるほどネ」
マイクさんがグッ、と拳に力を入れるが、やっぱりその程度じゃ血は滲みもしない。ほらね。強度には自信あるから。蹴られようが殴られようが無問題! 安心安全の実証済み。
「しッかし、全然違和感ねぇナ。縫ってる間はちょい痛かったけど、すぐ終わったし。こりゃグッドドクターだ!」
「慣れればもうちょい速くできるんスけどね〜。てかマイクさん、リカバリーガール先生に治してもらった方がいいんじゃ? 痛いでしょ」
「ン〜〜〜ノープロブレム! この程度余裕だゼ〜〜!!」
「マイク、うるさい」
リカバリーガール先生と話し込んでいたイレイザーさんが、目を真っ赤にしてこちらを見た。抹消の個性。別にマイクさんは個性を使っていたわけじゃないと思うけど、きっとお決まりの流れなのだろう。二人の親密さが見えた気がした。
────と、同時に。足から力が抜ける。
「ッ、!?」
それは、あの日。イレイザーさんと初めて会った時と似ていた。
でもおかしい。足はさっき治してもらったのに。どこも折れてない、はずなのに。力が入らない。足にも、腕にも。………じゃあ、なんだ? 何が起こっている? 地面が迫っていた。個性が使えない。それはイレイザーさんが消してるから。個性が消されて力が入らないのは何故? マイクさんが腕を伸ばしてくるのが見えた。
ゴキンッ!
「、ぅ」
「お兄ちゃん!!」
「ハァッ!?」
「どうしたッ!?」
僅かに出た呻きと三つの声が重なった。途端、個性が復活する。痛みの確認。倒れかけた俺をマイクさんが脇から支えて、その支えられた肩が不自然に上にズレていた。脱臼。こんなにちゃんとしたのは久しぶりかも。バキン。体内テープで通常の位置にはめれば、元通りになった。腕が動く。足も、自分で立てる。
「ビ、ックリした、」
「お兄ちゃん、っ」
「成実、ごめん、びっくりしたな。治ったからだいじょーぶ。見てほら、超元気」
すぐそばにやって来た成実に、しゃがみ込んで視線を合わせる。そのまま抱きしめて頭を撫でれば体の力を抜くのが分かった。そうだよな、驚いたよな。ちなみに俺も驚いてる。何これ? どういうこと?
「範太」
いつの間にか真横にいたリカバリーガール先生は、眉間に皺を寄せていた。
「さてはアンタ、個性を使い続けてるね」
「…………ぇ?」
なんだって???
「平均よりずっと長い骨長軸のわりに、栄養状態からして十分育つはずもない筋肉。……それを個性由来の繊維で補って、今までアンタは生きてきたんだ」
なるほど、つまり。
「オートマチック人体改造じゃん。俺すご!」
「喜んでるんじゃあないよ」
今しがた終えた精密検査の結果を机に置いて、フゥ、とリカバリーガール先生は大きく息を吐く。眉間の皺はより深くなっていた。
急遽、個性を使わず────無意識で発動するそれの止め方が分からずイレイザーさんに消してもらって────色んな検査をして、現在診察室。
つまるところ、俺は普通なら立てないくらい貧弱な筋肉を、個性でどうにかして動いていたらしい。しかも常時。すごい。伸び代が留まるところを知らない。
「まさか、関節を支えられないほどの筋肉量とはね。アンタがあまりにも普通に動くもんだから見逃してたよ」
「俺もこれが普通だと思ってました」
「よく見なくても、こんなほっそい腕でどうやって動いてんだって話だ」
キュッと手首を掴まれる。さすがにその小さな手で一周はされなかったが、まぁ、同級生の中ではだいぶ細い方だった。筋肉どころか脂肪も無いし。横に伸びる余裕は無かったからなぁ。
「前の病院でレントゲン撮った時にも思ったが……アンタ、その身長は遺伝かい?」
「いや、これは自分で伸ばしました。タッパが欲しくて」
「ちょっと待ちな」
ズイ、と伸ばされた手には黄色い箱が握られている。「お食べ」と二つ出されたそれはキャラメルだった。最後に食べたのは駄菓子屋の御菓山さんがおすそ分けしてくれた時かな? 一見暗くて怖いけど「お菓子パワー充填!」が決めゼリフの面白い兄ちゃんだった。
成実と二人で「お菓子パワー……?」「じゅうてん!」「いぇ〜い」と話していれば、頭を抱えていたリカバリーガール先生が顔を上げた。
「…………自分で伸ばした、というのは?」
「骨に、めーっちゃ固くしたテープをギュッて巻くんスよ。ギプス直付けみたいな。毎日少しずつ絞めてけば骨伸びるし、絞めずとも固定しとけば成長は縦方向だけになるんで。今はもう絞めてはいませんけど」
「お兄ちゃん、絞めてる時は痛くて夜泣いてた」
「成実サン??? 恥ずかしいからヤメテ!」
キャラメルを舐めている頬に軽く指をさしていれば、背後から「ゥ”ッ」と言う声とドン、と叩く音がする。
「……なんで身長がほしかったんだい?」
「成実を、こう、抱える時に。目一杯包みたいなぁと思って」
「あの人が機嫌悪い時、絶対わたしを守るためでしょ」
「成実が怪我したら俺大号泣よ?」
ちょっとむくれた顔をする成実に笑っていれば、また背後から「グ、」という声とゴッ、と鈍い音がした。……。
「…………お二人とも、何してるんですか?」
「いや、なんでもない」
「イェア。ノープロブレム……」
振り返るとそこには、すました顔で脇腹を押さえているイレイザーさんと、しゃがみ込んで足の甲を押さえているマイクさんがいた。検査中からソワソワしすぎてリカバリーガール先生に「大人しくしてな!」と端に追いやられた二人だ。
「小指はダメだろォ……っ!」
「脇に肘鉄する方が悪い」
「ショータが先に大人しくしねぇで声出したんだろが」
「それを言うならお前も唸ってたが?」
「仲良いんスね、お二人」
「あの子らは雄英の同級生なんだよ。昔っからバカやっててね」
「へぇ〜」
なんだか意外。マイクさんはともかく、イレイザーさんもそういうタイプなんだ。まぁでも、そうか。誰にだって子どもの時があるからな。
「とにかく……範太は、休養が必要だね。個性無しで動けるだけの筋肉をつけないと」
「はい。俺も自分の力で立ちたいっス」
「この状態なら普通入院だけどね……。どうしたい? 家か、病院か」
「どっちでも大丈夫です」
「アンタの希望を聞いてるんだよ」
「………………じゃぁ、……家、で。お願いします」
「分かった。よく食べて、よく寝て、よく遊ぶ。これが休養の基本だ。これからしっかり休むよ」
「はい」
成実を抱える腕に力が入る。
休むというのは、なんだかとても難しいもののような気がした。
「ヒーローは、イヤ?」
そう聞いた時、少女がムッと口を噤んだのを見て。なんだか意外だな、と思ったのだ。
「ガールの個性は ”成長” だったか? 良い個性だナ!」
「……ありがとうございます」
兄の方が個性測定で予想外の問題を起こしている最中。順調に終えた妹……成実と一緒に、マイクは少し離れた場所で待っていた。
少女は椅子にお行儀よく座って兄のことを見ている。素行良し、言葉遣い良し、愛想は、ちょっぴり冷たいけど、まァ良し。個性測定でも植物を成長させるという個性を使って問題なくこなしていた。
彼女の ”成長” は伸ばす指向性を多少指定できるが、操るワケではないらしい。アサガオの種を成長させ、ツタを伸ばし、花になり、実をつける。故に成実。まさに名は体を表すってコト。良い名前だ。それをマイクが簡単に触れていいのかは別として。
相澤とリカバリーガールから話は聞いている。少女はヒーローが嫌いだと。残念ながら正確な理由は話していないそうだが、彼女らの境遇からイヤでも察せられた。
「成実、って呼ばれるのはドォ? ヤダ?」
「どっちでも大丈夫、です」
「フゥム……。ヘイガール! テレビか、ラジオは聞くかい?」
「家になかったので、あんまり」
「オゥ、ナンテコッタ! そンじゃあ俺のコトも知らないワケね」
「……はい」
だから、話しかければちゃんと答えを返してくれることが、むしろ意外だった。
案外普通に話してくれる。ちょいと引っ込み思案なファンとそう変わらない。その顔つきはさすがに違うが。
「今はスマホ持ってるダロ? 俺はラジオやってんだ、暇で仕方ねェ時にでも聞いてくれよナ!」
「ラジオ?」
「そ! 結構人気なんだぜ〜?」
「……ヒーロー、なのに? ラジオ?」
きょとん、とマイクを見る少女は、純粋な疑問を携えていた。このご時世、テレビをつければいくらでもメディア出演しているヒーローが見られるというのに。彼女はそれを知らなかった。……ちょっとマズったかな。少女にとって、メディアに時間を割いて ”助けもしない” ヒーローは、地雷だったかもしれない。
だがここで踏み込んでいくのが、プレゼント・マイクという男だった。
「ヒーローは、イヤ?」
これまで直接的に、しかもヒーロー本人に聞かれたことは無かっただろう質問に。少女は顔を俯かせ……けれど、明確な拒否の言葉は出てこなかった。
「別にいいンだぜ? 誰しも嫌いなものの一つや二つあるだろ?」
「…………でも、きらいって言われたら悲しい、から」
「ウン?」
「自分がされて悲しいこと、とか、いやなこと。人にしちゃいけないって、お兄ちゃんに教わりました」
「……、なるほどネ」
「それに。お兄ちゃんが大丈夫って、言ってた、し」
「? ……あァ、言ってたな」
顔を合わせた時。「ハローリスナー! 俺ァプレゼント・マイク。今日はよろしく頼むぜぇ?」とテンションを上げた挨拶に、最初は兄からだけ返事が返ってきた。その後ろに隠れてこちらを伺っている妹に、まァそうだよな、と思ったけれども。
少し振り返った兄が言ったのだ。「成実、だいじょーぶ」。そうして妹は、小さく挨拶を返してきた。
「お兄ちゃんが言うなら、大丈夫」
そう言ってこちらを見上げる少女は、マイクを恐れてはいなかった。
…………彼女たちに愛を与える親はいなかった。彼女らにとって親とは理不尽の権化だったに違いない。愛し、慈しみ、守ってくれる親なんて幻想で、恐ろしいモノから守ってくれるどころか恐怖そのものだったろう。
にも関わらず。少女の振る舞いは、親に愛されて育った子どものソレだった。
「……ガールの兄ちゃん、すごいヤツね」
「はい」
この子に無限の、無償の愛を与えた人間がいたのだ。ならばそれは、間違いなく。たった一人の少年だった。
*****
「────俺ェ!! なんかもう、もうッ!! 抱きしめてやりたくてェ!!!」
「やめろ。不用意に触れようとすんな」
「わァってんだよそんなことはァ!!!!!」
ダンッ!! とテーブルに叩きつけられた缶が音を鳴らす。ほぼ台パンだった。
「ありえていいのかよこんなことが……あんな……アングラではよくあンのか……?」
「あってたまるか」
テーブルに突っ伏したマイク……山田の手から缶を抜き取る。リカバリーガールたちを送り届けた後、山田は相澤の家に転がり込んできてヤケ酒を始めた。
迷惑なヤツだな、適当な時間になったら叩き出してやろうか。そう思いつつ話を聞いていれば、まァ、感化された相澤もアルコールをキメることとなった。あまりにもやってられなさすぎて。
「成実がさァ、もう分ッかりやすくこっちのこと警戒してんのにさぁ……めちゃくちゃマトモなこと言うからさぁ……」
「嫌いではあっただろ、ヒーローのこと」
「ソウ! でもなんか、ヤなことされてないのに嫌うのは良くない、みたいな? それを教えた範太はなに? どーすればそんなマトモな感性が育つワケ? 再婚前はめちゃくちゃ愛されてたん?」
「だとしてもその頃の記憶はないだろうな」
「信ッじらんねェ……。なんつーか、あまりにも……チグハグ、だろ」
「……ああ」
チグハグ。言葉を選んだ山田の表現は、なるほど。とても的確なものに思えた。
妹を溺愛する兄に、その兄に懐いている妹。そこだけ見ればすこぶる普通で、むしろ良識と節度を身につけている彼らはより良い教育を受けてきたように見える。
けれど。兄の言うことを無条件に信頼して恐れさえ無くしてしまう妹とか。骨折しても脱臼しても悲鳴ひとつ上げない兄とか。今までの痛みを、なんでもないような軽口で話す姿とか。そういう所に一度気づいてしまうと、あのマトモな感性がきっと嘘ではないからこそ、ひどい違和感の塊だった。
「……………………個性消して精密検査した時のさぁ、」
「……ああ」
「…………範太の傷跡。みた?」
「そりゃな」
「予想以上にあってビビったんだケド」
「俺もだよ」
「アレ、今までテープで隠してたってコト?」
「だろうな」
「腹とか致命傷レベルだったよな?」
「自分で縫ったんだろうよ」
「ナァこれより度数高いヤツ持ってきてくんね? 脳みそアルコールに浸すワ」
「お前潰れても記憶飛ばさないタイプだろ」
と言いつつ冷蔵庫のアルコールを追加で持ってくる。本当にやってられなかったので。
でもまぁ、こんな缶ビールじゃあダメだろうな。明日質の悪い二日酔いになって終わってるのが目に見える。
「子どもが隠すのに慣れてんじゃねェー!!!」
「そんな音頭で乾杯させんな」
午前零時。寝室。ベッドの中。
「……お兄ちゃん」
「んー? どした、寝れない?」
「それはお兄ちゃんの方でしょ」
「バレたか。ちょっと慣れなすぎてさ」
「床でねる?」
「いんや、ベッドにも慣れなきゃいけないし」
「そっか」
「うん」
「ねぇ、お兄ちゃん」
「はいはい」
「……、わたしの個性、言う?」
「成実は言いたいの?」
「…………やだ」
「じゃあ言わんとこ。だいじょーぶ、俺も言ってないことあるし」
「……うん。わかった。じゃあ、内緒ね」
「そう、ナイショ」
「────絶対、ヒーローなんかに。言っちゃいけないよ」
九死に一生の子どもが、マトモに育つと思うなよ。
瀬呂兄
セルフ人体改造に加えて無意識人体改造をしてて自分の才能にビックリ。図書館で人体生物学や医療系の本を読み漁っていた甲斐があった。
怪我した時に呻くと義父が目に見えて喜ぶのが腹立つから声は出さないようになった。痛くても動けるならセーフがモットー。
マトモな育ちはしていない。
瀬呂妹
個性 ”成長”。時期に合わせた種を常に身につけている。色んな種が落ちてるから秋が一番好き。
特に中肉中背の男性ヒーローが苦手。昔助けてくれなかったヒーローを思い出すので。
兄自身の手によって兄よりはマトモな育ちをしている。
リカバリーガール
瀬呂兄妹の保護者として最適解だった本日のMVP。
個性関係で元々忙しいのに、これから瀬呂兄妹をマトモ寄りに育てなきゃいけないのでより大変な人。
プレゼント・マイク
良い人。これから瀬呂兄妹の面倒をよく見るようになる。
大丈夫と言われた。
イレイザーヘッド
良い人。これからも瀬呂兄妹の面倒をよく見る。
大丈夫と言われてない。



























泣いた