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嘘はついてないからギリセーフ

たんせんたんせん

瀬呂くんに成り代わった人間が、妹を守るために策を講じていく話。 オリジナル設定とオリジナル妹がめちゃくちゃ出張る。本編中には腐向けにならない。 ※虐待表現あり 原作で出てくる人間の数に対して治癒・治療系個性が全然出てこないから思ってるよりめちゃくちゃ貴重なのかもなという考察 10.26 タイトル修正、後書きにキャラ設定追加

瀬呂くんの過去や家族構成など何もかもを捏造しています。
 全てを許せる人だけお読みください。

「範太くん、おはよう……あれ、成実ちゃんはまだおやすみ中かな?」
「おはようございまぁす。そうなんスよ、もうぐっすりで」

 担当の看護師さんと静かに挨拶を交わす。腕の中で妹が一瞬呻いたが、優しく背中を叩いてやればまた穏やかな寝息を立て始めた。その様子に看護師さんと顔を見合わせて音もなく笑う。

 瀬呂範太。先日混沌の十二歳を迎えたばかり。
 今は妹共々、都立の大きな病院に入院している。

 まァ〜〜〜色々あった。そりゃもうほんと。色々と。

 重度のシスコンを拗れに拗らせてると自負している俺であるが、それが祟って危うく人間一人を絞め潰そうとしたのは記憶に新しい。興奮しすぎて記憶を飛ばすなんてことも無く、それはいとも簡単に脳裏で再生できる。めちゃくちゃ鮮明に覚えてますとも。良いのやら悪いのやら。
 で。さすがのドタバタ音に同じアパートの人が通報してくれてたらしく、絞め潰す一歩手前で颯爽とヒーローが登場。半開きのままだった玄関バーン!って蹴り開けて、俺が反射で飛ばしちゃったテープをひらりと避けてた。ガチでカッコよかった、アクション映画かと思ったわ。そりゃ世の子供たちが憧れるワケよ。

 でもちょーっと状況が悪くて、見事に俺がヴィランだと間違われるというね。

 荒れた部屋、女の子を抱えて攻撃してくる男、背後には呻き声出す人型のミイラ。ウーン、役満。そりゃ間違うわ。
 しかも個性が消されて折れた右足に力が入らなくなったもんだから思いっきり倒れるし。刺されっぱだった腕の固定も外れたから、絶対成実に当てちゃいかん!と思って身体捻ったら変に動いてめちゃくちゃ血ぃ出るし。意地で声は出さなかったけど普通に痛かった。しまいには泣くぞ。マジで。
 そこでパッと覚醒した成実が捕縛してこようとするヒーローを止めて、地面に転がりながら「あっちが犯罪者っス」って伝えて、後から警察や別のヒーローもやって来て……なんて紆余曲折ありつつ、とりあえず一旦俺たちは病院に担ぎ込まれた。

 怪我の処置を終えたらベッドの上で事情聴取だったからマジで一旦だった。

 まぁしゃーない。警察もお仕事ですからね。二人とも検査結果異常なしで、俺なんかだいぶいつもと変わらない調子で話せたし。
 結論から言うと、母は亡くなったとのこと。そういや部屋の隅に転がってたような気がしないでもない。正直成実にしか気がいってなかった。親不孝者でゴメンネ。
 それから、俺の正当防衛はちゃんと成立するらしい。あの犯罪者は死んでなかったようで、治療後刑務所にぶち込まれるとか。まぁそれもあんま興味無い。

 で。
 検査したり、病院食食べたり、別の警察とお話したり、成実が俺から離れなかったり、特別に俺のベッドで一緒に寝させてもらったり、ハチくんへの伝言を頼んだりして、丸二日。戸籍上の父親は現れなかった。
 …………いやまぁ、全然想定内。むしろ出てこられても困る。その調子で失踪してくれ。俺たちはこのまま何事もなく退院して、犯罪被害者の立場を持っているうちに児童養護施設に入れてもらいます。

 と、思ってた、んだけど。

「チユーーーー」
「………………ォォ……すッげ……」

 いま俺はリカバリーガールに治療されています。
 本当に何故。

「…………治す個性って、みんなこんな感じなの?」
「え、分からん。どうなんですか?」
「そこは個人によるよ。アタシのはこうする必要があるってだけさね」
「へぇ〜」

 同じベッドに上がり込んでいる成実が口をもぐもぐさせながら見ていた。リカバリーガールにもらったグミが結構固めだったからずっと噛んでいるらしい。それでもこちらをジッと見つめる視線が外れないので、随分と集中しているようだった。

「はい、治ったよ。痛みはどうだい」
「おおー……。え、スゲェ。全然痛くないっス」
「体のダルさはあるかい? アタシの治癒は体力を使うからね」
「まぁ、ちょっとダルいかも……?」
「そのくらいなら大丈夫そうだね」

 脇から「包帯外しちゃうね〜」と清水さんが包帯を取ってくれる。若く見える見た目に反してベテランの看護師さん(二児の母)だ。手際がめちゃくちゃ良い。
 そうして外された包帯の下、ザックリ切られた皮膚は綺麗さっぱり治っていた。傷跡が少し変色して違和感がある程度。「痛くない?」と見上げてくる成実に「痛くないよ。触ってみ?」と腕を差し出せばペタペタ触れてくる。触れながら俺の顔を見て、本当に治ったことを確認して満足したようだった。
 成実の足も治癒してもらって、ほっと息をつく。

「それでは私はこれで。失礼しますね」
「ああ、ありがとうね。助かったよ」
「いぃえぇ。範太くんと成実ちゃんも、何かあったら……何もなくても呼んでいいからね」

 足のギブスも外してくれた清水さんがお茶目にパチンとウインクを決めた。やっぱすげぇな、この人。子供の扱いが上手いのなんの。成実は振られた手と同じように振り返していた。
 病室を出る前に、清水さんはひとつ会釈をした。……全身真っ黒のその人もまた、小さく頭を下げる。

 あの時、一番最初に駆けつけてきた人。個性を抹消することで瀬呂範太を───殺人犯ではなく───犯罪被害者の立場に留めてくれた、ヒーロー。

 そう。かのイレイザーヘッドである。

 ……いや、さすがに運命感じるわ。ゴマンといるヒーローの中から来てくれたのがこの人って。すごくね?
 あの時は必死だったもんで気づかなかったけど、あとから「そういや個性使えなくなったな〜、どういう仕組みなんだろ。そういう個性の、ひと………………アレ?」となって見事スペキャ顔を晒した。でもちょっと名前が思い出せなかったもんで、あの人誰っスか〜? とお巡りさんに尋ねてヒーロー名を教えてもらったのである。入室時の自己紹介も「イレイザーだ」で済ませてたおかげで未だに本名は思い出せてない。

「……あの黒いのが気になるかい?」
「エッ。あ、いや、……いやって言うのも違うか。普通に気になってます」
「随分と素直な子だね」

 そこまでガン見してたつもりはないけれど、医者故か年の功故か。リカバリーガールは俺の思考に気がついたらしい。

「気が散るようだったら外に出しとこうか?」
「いやいやいや! そんなんじゃないんで! ただあの、ちょっと。えーっと……イレイザー。さん?」
「……なんだ?」
「あん時、いっちばん最初に来てくれた人ですよね」
「、覚えてるのか」
「めちゃめちゃ覚えてます。マジありがとうございました、超カッケかったっス!」

 何故だか覚えてないと思われていたらしい。ニカッ!とできるだけ良い笑顔でお礼をいえば、ちょっと驚いた様子のあと「いや、君たちが無事で良かった」と視線をそらされた。
 分かる。どうせ覚えてないだろって初対面の感じで行ったのにバチコリ覚えられてたら気まずいよな。

「イレイザーさんは護衛? っスか?」
「アタシはいらないって言ってんだけどねぇ。えらい大人たちがうるさいんだよ。すまないね」
「アンタそう言って、先日ヴィランに襲われたって聞きましたけど。マイクがなんとかしたって」
「あの程度アタシ一人でも対処できるさね」
「対策を講じるに越したことはないってことです。治癒の個性は珍しいんですから」

 絶妙な気まずさを払拭するようにポンポンと会話が交わされる間、成実がキュッと病院服の裾を引っ張ってきた。「どした」「……ごえい?」「そ、悪い人から大事なものを守る人」「かっこいいね」「な」「守られてるの?」「そうだよ」「ふ〜ん……」。少し下がったその頭をクシャリと撫で回す。どうやらちょっとご機嫌ななめらしい。

「……それで、そんなすごい人がどうして俺たちのところに?」

 正面に視線を戻すのと、二人の会話が途切れるのは同時だった。よくよく見られている。
 リカバリーガールがクリップファイルを取り出して言う。

「アンタの個性について、ちょっとばかし教えてほしくてね」

 人を治せる個性というのは、世界的に見ても珍しい。
 だからリカバリーガールはセキュリティ万全の雄英高校に所属しているし、外部で治癒する時もプロヒーローの護衛がついているとのこと。その牽制をもってしてもヴィラン襲撃がゼロにはならないのだから、その有用性は確かに大きなものなのだろう。

「ザックリ切られた腕、自分で止血したらしいじゃないか」

 そう説明を受けた上でされた確認に、思わず否定の言葉が飛び出す。

「あの、まぁ、それはそうですけど。俺のは治癒とかではないっスよ」
「違うのかい?」
「ウーン、どっちかってーと応急処置に近いんじゃ? 傷口を焼いて止血する的な」
「そんな荒療治じゃあないだろう。『処置をする前に血管も皮膚も縫合してあった』と担当医に聞いたよ。それが完璧だったともね」
「それは……お世辞でも、嬉しいっスね」

 ───ちょっと。ミスった、のかもしれない。

 わざわざ貴重すぎる人材のリカバリーガールが来た時点で予感はあったが、なるほど。保護されて病院に行く前に個性で治療モドキをし直したのに目をつけられたのか。それを無防備に人前で見せたのも良くなかった。治癒の個性が希少なことは知っていた。とはいえあそこで処置をしないという思考にはならないのも事実。……まぁ待て。落ち着け。むしろ好機だ。
 瞬きひとつの間の思考。表情を自然に。

「マ、確かに。縫うのは自分でしましたけど」
「個性はテープだと聞いてるが、どうやって処置したんだい?」
「俺の個性、形とか結構設定できて。極細にしたテープをそのまま体ん中入れて使うんです。もはやテープってより糸? みたいな?」

 コレが出来るようになったのは八歳の時だ。よく覚えている。

「皮膚もそんな感じで。あー、あと骨折も。折れた骨に直接テープ巻いて固定するんです。テープ自体の強度上げとけばちゃんとズレることなく固定されて、普通に動けるようになる」
「テープを肉の下に入れ込むのかい」
「や、入れる時は繊維状にして、骨表面でテープに再編成します。さすがに痛いんで」
「なるほどね……。その処置で炎症やアレルギーが起こったことは?」
「無い、っスね。怪我由来の熱とかならありますけど」
「処置しても痛みや発熱はある、と?」
「そーゆーことです。だから治癒では無いことは主張しときます」
「ふむ。……それじゃあ、」

 リカバリーガールのバイザー越しに視線がかち合って、その目にジッと見つめられる。どことなく雰囲気が硬いのはきっと気のせいじゃない。

「その処置は、他人にもできるのかい」

 瞬き。ひとつ。

「できます」

 彼女の目元に力が入ったのを見逃さなかった。視界の端に映るイレイザーの眉間にシワがよったのも。

「……やったことが、あるんだね?」
「妹に何度か。でも他の人にもできると思いますよ。スピードは落ちるだろうけど、基本やることは変わんないんで」
「そうかい。分かったよ、ありがとうね」
「いえいえ。こんなんで良ければ!」

 パタン。クリップファイルが閉じられたのと同時、緊張した空気が霧散する。「ほら、ラムネをお食べ」「やった、ありがとーございます。成実、あー」「あー」。ザラザラと受け取ったラムネをいくつか成実の口に放り込む。ラムネは口の中ですぐに溶けてなくなった。リカバリーガール、いつもお菓子いくつか常備してんのかな。
 甘い液体を飲み込んで、緩んだ空気をそのままに話を切り出す。

「なんか。もしかして俺って、結構重要人だったりします?」
「そうだねぇ。治癒ではないにしても、他人を治療できる個性もまた珍しいんだよ」
「へぇ〜。糸操る個性の人とか、案外できそうな感じしますけどね」
「アンタほどの精度で他人にできるのはそういない。しかも独学だろう?」
「ですね。図書館のパソコン使ってました」
「本当に大したもんだ」

 あの図書館には無料で使えるパソコンがある。諸々制限はあるけどインターネットにも接続していて、俺たちの貴重な情報源として活躍していた。『これができれば億万長者!? 珍しい個性ランキング』なんて無粋なもので治癒個性の希少さを知ったのも懐かしい。

「じゃあ……、今後ってどうなります? 児童養護施設行くもんだと思ってましたけど」
「それはちっと現実的じゃなくなったね。でもまぁ、そこは二人の要望にできるだけ沿うだろうさ」
「え、要望通るんだ」
「絶対に叶えられるとは言えないけどね。何かあるかい?」
「うーん……とにかく、成実と一緒に引き取ってもらえて、この子が元気に育てればいいっスね」
「そりゃ最低条件ってんだよ。何がしたいとか、逆にこれは嫌だとか。思いつく限り言っときな」
「うぅ〜〜〜〜ん…………成実ぃ、なんかある?」
「お兄ちゃんが怪我しないとこ」
「お前ってばほんといい子ね」

 即答する成実が優しくってかわいくって、思わずその頭をクシャクシャにかき混ぜる。そうよね、俺がお前のこと気にする分、お前は俺のこと気にしてくれるんだよね。マジでいい子。俺たちはそういう風に生きてきた。
 でも、怪我しないはちょっと難しいかもなぁ。

「────俺、ヒーローになりたくて」

 溢れる愛おしさに任せて成実を抱え上げたまま言う。
 大人たちの表情に驚愕が乗ったのを見た。

「だから、ヒーローになるのを邪魔されないところがいいっスね」

 独自で個性を進化させて、簡単に人を害することができて、珍しい治療までできて、親がいなくて、大人に守ってもらえなくて、境遇的に言えばヴィランになる可能性の高い子ども。
 そんなのが「ヒーローになりたい」なんて言ってたら。ねぇ?

 さすがに、放っておけないんじゃァないの。ヒーロー。

 キュッと細めた視界の先。イレイザーの眦が下がったように見えた理由を、この時はまだ知らなかった。

「────今さら、なにを助けに来たの?」

 口角を上げ、歯を見せ、お手本のように笑う男。

 けれどその目が、アングラな現場でも中々見ないような底のない黒を携えていたから。突入した瞬間攻撃されたことを差し引いても、コイツが通報のあったヴィランか、と。相澤は何の疑問もなく思ったのだ。

 だが、その思考は一瞬のうちに裏返る。
 突然泥のようにぐしゃりと倒れ込んだ男を捕縛しようとした時、その腕に抱かれていた子どもが「お兄ちゃん!」と悲鳴のように叫んだからだった。

「ハ、?」
「お兄ちゃん! うそ、個性は? こせいつかってよ、お兄ちゃん!!」

 個性は、消していた。家に入った瞬間から。それで部屋中に張り巡らされていた白線は地に落ちたし、背後の異様なミイラも同様に床へ転がった。だから、悲壮な呻き声をあげるコレを作ったのは、この男で間違いないはずだった。
 ただ、その男に縋り付いて今にも泣きそうな女児が、全ての認識をひっくり返す。

「君は、」
「っ、なにしに来たの、おにいちゃんに何したの。……誰。誰でもいい、早く、出てってよ。お兄ちゃんが何をしたっていうの。ヒーローなんて。助けもしないくせに」

 思わず口からこぼれ落ちた言葉は遮られ、怒りが溢れた声とともに睨みつけられる。支離滅裂で、けれどこの年齢の子どもにしては、年不相応な怒りの発露だった。強烈な違和感が脳内を駆け巡る。

「ヒーロー、」

 だから、その声が目の前の倒れ伏した男が発したものだということに、一瞬気がつかなかった。

「ぁ、っちが。……はんざい、しゃ。っす」
「お兄ちゃん!!」

 再び縋る女児に、倒れながら笑いかける男。「なるみ。もう、だぃじょー、ぶ」。その子どもを見つめる目に隠しきれないあたたかさが宿っているのを見て、そこで相澤は己の盛大な思い違いに気がついたのだった。

 瀬呂範太。十一……否、めでたい事に昨日で十二歳。最悪の誕生日となってしまった彼は、まだランドセルを背負っているような子どもだったらしい。

 小学生にしてはデカいだろ、とか。初手に飛ばしてきたテープは明らか殺傷目的だっただろ、とか。そんなことは言い訳だ。己がヴィランとして捕縛しようとした彼は、紛うことなき犯罪被害者で、しかも被虐待児で、大怪我を負っていた。それだけが事実だった。

「…………はァー……」
「オイオイ、今日は何やらため息つきすぎじゃねぇーの? どうしたってのよ、お疲れか?」

 雄英高校職員室。隣席の山田がタイミングを見計らったように声をかけてくる。とっくに下校時間を過ぎた今、職員室内に人はまばらだ。

「ショータくんよ、休日は休むべきにあンだぜ? 昨日も非番だったのにヒーローしちゃってまァ」
「あー……そうか。お前もいたか」

 昨日、本当に偶然。相澤のあとに現着したヒーローの中に目立つ金髪がいたことを思い出す。現場の悲惨さに急いで規制を敷いて野次馬の対応もしていたせいでロクに声もかけられなかったが。
 事件対応ヒーローに名を連ねる山田に、今日の昼間渡された書類を適当に投げ渡す。「ナンダナンダ、一段と雑ねお前」と文句を言いつつ読み込み始めた山田の表情が、しだいに険しくなっていくのを横目で見た。そうなると思ったよ。
 昨日の事件概要、及び瀬呂一家の家庭調査書。詳しい内容は瀬呂範太本人の証言で構成されているそれは、明確な重石となって胃の中で燻っていた。

「…………はァァァーーー……」
「お前の方がため息デケェじゃねーか」
「そりゃそうだろ……なんだって自分の子どもにこんなコトできっかねぇ。ンだよ刺し傷に裂傷の痕ってよ」
「父親らしい。とんだイカレ野郎で加減を知らないようだと」
「どこいんのソイツ」
「行方知れず」
「子どもほっぽって何してんだ」

 ギュッと眉間に皺を寄せた山田は、その表情に反して丁寧に書類を返してきた。

「……しかも。兄の個性がちょい、厄介か」
「ああ。明日ばぁさんと一緒に話聞きに行く」
「フゥン? なんでお前が……あー、いや。いい。分かった」
「お前、見てたか?」
「運び出す時にネ」

 両肘骨折、肋骨不全骨折、右腓骨粉砕骨折、鼻骨粉砕骨折、全身打撲。……あの日一家を襲ったヴィランの、最終的な診断名だ。あと少し遅ければ肋骨が完全にひしゃげて肺が破裂していたとのこと。
 相澤が現着したのはミイラを形成してからそう遅くなく、むしろ迅速な到着だった。らしい。それはつまり、ものの数分、あるいは数十秒もあれば、人一人殺せるだけの個性をあの子どもは持っているということ。
 リカバリーガールを傷付けさせるわけにはいかない。それは雄英の屋台骨である彼女にとってはもちろん、あの兄妹の今後にとっても重要なことだった。

「今は病院でオリコーに検査受けてんだろ? 賑やかしとして俺も付いてくか?」
「……そう思って書類見せたんだが。やっぱ辞めておく」
「ワッツ? なんでヨ」
「あの兄妹は……おそらく、ヒーローが嫌いだ」

 ────今さら、なにを助けに来たの?

 ────ヒーローなんて。助けもしないくせに

 調査書の中に、それらに関する記述はなかった。
 ただ、兄妹から直接言葉を受けた相澤だけが。彼らの心情を、漠然と理解していた。

 …………と、思っていたのだが。

「マジありがとうございました、超カッケかったっス!」

 病室で再会した兄は、こちらが呆けてしまうほど好意的に接してきた。

 先日のあやうい雰囲気なんて微塵もない。リカバリーガールの治癒に驚き、時折妹の頭を撫で、質問にはハッキリとした口調で答える。様子だけ見れば、彼が未だ小学生なことも、犯罪被害者なことも、人を絞め殺しかけたことも。まるで嘘のようだった。

 ────異様。その一言に尽きた。

 言葉少なにこちらの一挙手一投足を見ている妹の方がまだ健全だ。相澤よりもずっと豊かな表情をする兄は、言ってしまえばおかしな事だった。
 職業柄、悲惨な事件の被害者も大人に虐げられてきた児童も見たことがある。なんならその機会はヒーローの中でも多い方だろう。アングラとはそういう表には出せないような場所であるからして。
 故に。その裏の世界で感覚を養ってきた相澤をもってして、あまりにも ”普通” に見える瀬呂範太は、有り得ないことだった。違和感がないのが違和感であった。

 例えば、もし相澤が彼の家庭環境を把握していなかったら。ヒーローへの不信の表れだろう言葉を聞いていなかったら。その目に宿る底なしの黒を見ていなかったら。「ああ、大事になる前に保護できたんだな」と。よく見た上でそう判断してほっと胸を撫で下ろしてしまうだろうことは、想像に難くなかった。

 手遅れ、の文字が脳裏に浮かぶ。

 彼は、何か。怒りとか、悲しみとか、懐疑とか。人を人たらしめる大切なものを、無くしてしまったのではないか。もしくは、自分から捨ててしまったのでは? 持っていては邪魔だと、とうの昔に放り投げてしまったのかもしれない。
 それはつまり。イレイザーヘッドが間に合わなかったことを、意味していた。

「俺、ヒーローになりたくて。だから、ヒーローになるのを邪魔されないところがいいっスね」

 暗雲が立ちこめるような思考の中、その姿に人知れず息を吐く。安堵の一息だった。

 悲惨な事件の被害者である子どもが、それでも前を向き、人を救うことを目指しているから────では、ない。
 相澤は、確かに見た。よくできた愛想の良い笑顔の裏。細められた目のその奥に、けっして純真無垢とは言えない、剣呑な感情が隠されていることを。

 この兄妹は、ヒーローが嫌いだ。ほぼ確信を持って言える。それでいてヒーローを目指すというのは、明らかに矛盾で、真意が読めなくて、ともすれば警戒すべき対象だった。
 けれど、ああ、彼らは大事なものは無くしていなかったのだと。大切に大切に、持っていてくれたのだと。それが分かったから。

 ヒーロー、イレイザーヘッドとして。
 まだ間に合う可能性が残されていたことに、心底、安堵したのだった。

瀬呂兄
 自分の個性の活用法が結構貴重っぽくてビビってる。これで自分の価値がどこまで釣り上がるか計算中。ヒーローになりたい。
 今回来た大人二人は記憶の中で覚えがあるのである程度信用している。
 嘘は言ってないけど本当のことも言ってない。

瀬呂妹
 兄の隣で大人たちを観察していた。黒い人は助けてくれたけど兄を害したっぽいのであんまり好きじゃない。

黒い人
 瀬呂兄妹のヒーローとの確執を察している。今のところ瀬呂兄の歪さを一番感じている人。
 子どもに好かれるタイプじゃないのを自覚しているのである程度したら瀬呂兄妹は別のヒーローに任せるつもりだが、ここから出番が加速していく。

リカバリーガール
 治癒と治療の違いは把握したけど、精度の高い治療は治癒とほぼ変わりないというのも分かってる。
 これからゆっくり後進を育てていく予定。

— End —

Comments 20

徘徊者1 个月前

相澤さんいっぱい登場してほち

ばんそーこ9 个月前
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蒼星ノ月夜1 年前
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すてら1 年前
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ガルネーレ1 年前
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黄桃。@更新停止中1 年前
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める1 年前
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凜子1 年前
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しき1 年前
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Sakuria
Where every work blooms
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