──冬の代行者が現れると、空気が変わる。
それは神聖さでもあり、同時に“冷たさ”でもあった。
⸻
狼星が初めて本格的に冬を顕現させた日。
顕現は見事成功し、周辺の気温は一気に下がり、吐く息が白く
濃くなる。
権限も無事終了里に帰還すると里も冬の冷たさに包まれてい
た。急に気温が下がり、雪も積もり始めている。
冬が来た。
狼星は無事顕現が成功したことを安心していると、
「……寒いな」
誰かが小さく呟いた瞬間だった。
誰かがくしゃみを一つした。
「……っ」
それはほんの些細な変化だった。
だが、その音を聞いた瞬間──狼星の顔が強張る。
⸻
(……俺のせいだ)
すぐにそう結論づけてしまう。
権能の反応、気温低下、周囲の震え。
全部、自分が呼んでしまった冬のせいだと。
⸻
次の瞬間、狼星は走り出していた。
凍蝶はびっくりして狼星の後を追いかけた。
「狼星!?急にどうした??」
凍蝶の声掛けに反応せず、
そんな凍蝶を置いて目的の所へ走った。
多くの毛布を求めて。沢山の毛布を抱えた。
追いついた凍蝶に狼星は1枚の毛布を手渡した。
「凍蝶。これを」
「狼星?急にどうした??」
「いいから使え」
狼星の圧に負け凍蝶は毛布を受け取った。
「狼星?寒いのか?だったら私が持ってきたのに..」
「俺は大丈夫。凍蝶。運ぶの手伝ってくれ」
そう言い狼星は大量の毛布を凍蝶に押し付けた。
「狼星??」
凍蝶はこの小さな主が何をしたいのかわからず困惑している。
「凍蝶。早く行くぞ」
そう言うと狼星は走り出し、凍蝶は毛布を抱え急いであとを追
った。
着いた先は先程みんなで待機していた部屋だった。
狼星は護衛に近づき、
「これ、持っていけ」
護衛一人一人に毛布を押し付ける。しかも強引に。
毛布を押し付けられた護衛達は困惑しながら受け取る。
「狼星様??ありがとうございます。しかし、私たちにこのようなことしなくても...」
「狼星?本当に急にどうしたんだ?お前はそんなことしなくて良いんだぞ?」
古株の護衛と凍蝶が狼星に伝えると
「だって...」
「寒いだろ」
その言葉は命令ではない。
ただの、必死な確認だった。
⸻
護衛陣は最初、何が起きているのか分からなかった。
「いや、俺ら別にそこまで……」
と護衛陣が口を開くがその言葉を遮って狼星が
「いいから」
と即答。
凍蝶は狼星の顔を見ると驚いた。
普段の狼星からは想像できないほどの焦りや罪悪感で埋め尽く
されたような表情をしてたからだ。
そして、凍蝶は気づく。
(この子……全部、自分のせいだと思ってる)
自分が冬を呼んだせいでみんなが凍えていると。
周囲も徐々に理解し、その場の空気が変わった。
誰も冗談を言わなかった。
誰も茶化さなかった。
ただ静かに受け取る。
凍蝶はその様子を見て、何も言わなかった。
ただ一つだけ、表情が少し和らげて狼星に
「……やりすぎだ」
と小さく呟いた。
そのつぶやきを拾った狼星はバッと凍蝶の方を見て
「でも...」
「私たちは鍛えている。しかも冬の里の人間だ。寒さにも慣れているし大丈夫だぞ」
「そうです。狼星様。先程はすみません。でも、本当に私達は大丈夫です」
みな寒くないと口々に言うが狼星は納得できてない。
実際自分が冬を呼んだせいで寒くなるのは事実だ。
でもみんな俺のために大丈夫だと言う。
俺は冬の代行者だから俺がいるだけで周囲の気温も下げてしま
う。俺の近くにいるとみんな凍えてしまう。
離れないと.....
⎯⎯
凍蝶はずっと俯いている狼星を不審に思う。
全然言葉を発さず、ずっと下を向いている。
護衛陣も俯いている狼星にオロオロしている。
「狼星??」
凍蝶の声掛けに狼星はピクっと動き、急に歩き出し、
狼星は凍蝶と護衛陣と少し離れた場所で立っていた。
いつもより、明らかに距離がある。
⸻
凍蝶が狼星に声をかける。
「……なぜ離れている」
問いかけは静かだった。
狼星は一瞬黙る。
しばらくして、恐る恐る口を開く。
「……そっちの方が、寒くないだろ」
小さな声で
「俺の近く、寒いから」
吐き出すように呟いた。
その一言で、凍蝶の呼吸が止まる。
「……誰がそんなことを言った」
「事実だろ」
即答。
真っ直ぐすぎて、歪みがない。
そんな狼星の様子をみて
凍蝶はゆっくり歩く。
そして、何も言わずにそのまま──
狼星を抱きしめた。
⸻
「……凍蝶?」
急に抱きしめられて驚く声。
だが離さない。
むしろ強くなる。
⸻
凍蝶は狼星の不器用さに胸が締め付けられていた。
(この子はそんなことを考えてみんなに毛布を配ったり私たちから距離をしたのか)
狼星はみんなが寒くならないようにと距離を取った。
それは狼星の優しさだ。
(本当にお前は不器用で優しい子だな)
「お前はな」
少しだけ間を置く。
「寒くない」
狼星の身体が固まる。
「……でも」
「でもじゃない」
即答だった。
「お前がいると、寒いんじゃない」
「周りがお前を基準にするから寒いと錯覚してるだけだ」
その言葉は、まだ幼い狼星にはすぐには届かない。
それでも──
抱きしめられている温度だけは、確かだった。
「……でも、みんなが」
「寒くない。現に抱きしめているお前は」
「こんなに温かいじゃないか」
凍蝶はそう言う。とても優しい表情で狼星を見つめる。
同時にこの小さな主を愛おしいと。
狼星は少しだけ黙る。
そして、耳がじわっと赤くなる。
「……恥ずかしい」
小さく呟く。
だが逃げない。
表には出さないが凍蝶に寒くないって言われて心の底から嬉し
かったのだ。
⸻
護衛陣はその光景を見ていた。
数秒の沈黙。
「……寒くないです」
誰かが言う。
「むしろあったかいです」
別の誰かも続く。
次の瞬間。
全員が自然に距離を詰める。
「……お前ら」
凍蝶が呆れたように言う。
「真似するな」
「いやでも!」
「狼星様の近く、普通に暖かいです!」
「物理的にも精神的にも!」
狼星は完全に固まっている。
でも、その表情は少しだけ緩んでいた。
(……寒く、ない?)
初めて、その言葉が違う意味に聞こえる。
(みんなの凍蝶のそばにいていいんだ)
「そっか...」
凍蝶の腕の中で狼星はポツリとつぶやく。
その声を聞きとった凍蝶はまだ抱きしめたまま、静かに言う。
「お前は冬じゃない」
「冬を扱えるだけの、ただの子供だ」
その言葉に、狼星は小さく頷く。
そして、ほんの少しだけ力を抜く。
そして嬉しそうに微笑んだ。
⎯⎯
その日から冬の里では一つだけ変わった。
「寒いから離れる」という常識は、静かに崩れた。
代わりに生まれたのは──
「寒いなら、近くにいけばいい」という、少し歪で、優しい答えだった。
そしてその中心にはいつも
耳を赤くしながらも誰かの温度を受け入れてしまう
小さな冬の代行者がいた



















