『かぐや・いろPチャンネル』の本格始動からしばらくして。かぐやはとんでもない快進撃を成していた。
何せ宇宙人、既存の常識など通用しない。後追い。二番煎じ。気負い。照れ。そういった『やるのやめとこっかな』という思考が存在しない。
「この動画のダンス可愛い~~。かぐやもやーろぉっと♪」
そう言って実行する。思いついてから行動まで、タイムラグというものが概念単位で存在しない。そして、それに振り回されるのは主に比企谷。
「うひょ~、芦花の言う通りにメイクしたら自撮り爆盛りできちゃった。はい、これもアップ! ついでに全然盛れなかったNGバージョンもアップ~~~♪」
ある時は芦花に教えてもらった自撮り。
「やった、真実おすすめのお店のお取り寄せが届いた! 八幡、緊急で動画回すからてつだってー」
ある時は真実直伝の食レポ。
「あー、そういうのどうでもいい! キッチリ片を付け! 忘れる! 忘れるって人生で一番大切な能力だからね! や、甘いこと言って責任とらないやつにはなりたくないし! それがかぐやのやさしさ!」
ある時はヤチヨの真似をしたお悩み相談。やりたいことに対して躊躇しない、それがかぐやの流儀だった。
……そういえば昔、母が言っていた。夢を阻む最大の障壁は才能の欠如ではなく積極性の欠如だと。その言葉が正しいかどうかはわからないけれど、
「よーし、今日はゲリラで歌枠配信だー! 新しい衣装着てー、新曲歌ってー、振り付けも最後まで決まってないけどやっちゃお~~」
少なくともかぐやにとっては、壁などまるでないように見えた。
そして冷房の効いた室内、パソコンで動画編集作業をしながら何かのノベルゲームをしている比企谷の背におぶさりながら楽しげな様子を見せるかぐや。
「ところで比企谷は何してるの?」
「[b:『シルヴァリオ ヴェンデッタ』。]人に勧めづらいけど面白えよ。コンシューマ版は色々エピソード増えた代わりにキャラ設定がコンプラに気ィ使って日和ったけど。だから俺としては追加エピ見るならコンシューマ版、普通にメインストーリー走るなら通常版かなぁ。問題は通常版が18禁なことくらい」
ふうん。[b:……あれ、ってことは今こいつ私とかぐやの前で堂々とエロゲやってんの?]
「一応言っとくが今俺が開いてんのは全年齢版だからな? いやエロゲ版も持ってはいるけど。お前らが居ない時にしかやってねえから安心しろ」
「[b:おい高校生]」
何も安心できないが。来づらくなるでしょ。
まあそんなこともありながら、比企谷のお陰である程度は守られながらも勉強とアルバイトという鉄壁の予定にいつの間にかぐいぐいと食い込んでいた『かぐや・いろP』の配信活動。それは日を追うごとにリスナーの耳目を集めていき、夏休みも中盤を迎えるころにはその順位を二百八十位まで上げていた。無名のド新人にしては大健闘だと思うのだが──────
「まだまだ足りない! どうすればいいのだー!」
どうやら欲張りな姫様は全然納得していないご様子だ。砂浜に広げたレジャーシートの上で、ゴロゴロと転げ回って不満を見える形で示している。
「ゆ゙ゔじょゔじだい゙ぃ────!!」
かぐや、芦花、真実、そして比企谷と私の五人で海に来た。知らぬ間にかぐやと芦花で水着を買いに行っていたようで、かぐやは宇宙人生初水着、芦花は新調したようだった。真実と私は去年と同じ水着での参加だ。なお、比企谷は「いや……女子ばっかのとこで一人だけ男混ざんのは……」と渋っていたのだが。私のゴーサインによりかぐやのおねだりが炸裂。更に芦花と真実が「彩葉がこうして何年も交流してる相手なら大丈夫でしょ」と言ったことで渋々『男避け』という名目で同行することになった。事実として、これまでの付き合いで一度もえっちな目で見られていた記憶がない。[b:見られたら見られたで複雑だけどそれはそうとして全く見られないのも腹立つな?]
「かぐや、暴れないの」
「そんな暴れたら……ああもう、早くも砂まみれだ」
「うべー……じゃりじゃりする」
横で天を仰ぐ比企谷。そして肌にへばりつく砂の感覚に顔を顰めるかぐやに対してバッグから……えっ何それ。
「はたき。ほら、散髪行った時に首元やら服やらについた髪落とすやつあるだろ? アレだよ。女子の素肌に気安く触れんのも良くないから買ってきた。しかも一人は彼氏持ちらしいし」
また痒いところに手の届く気遣いをするなぁ、なんて考える私を他所に、かぐやについた砂を落とす比企谷。
「おぉー……」
「……なんスか」
自分で言うのもなんだが年単位の付き合いで気心も知れてる私と、文字通り赤子の頃からの付き合いのかぐや。この二人相手には見せない、コミュ障特有の距離感と怯えを比企谷は見せていた。……そういえば、最初の頃は私相手にもちょっとキョドってたっけ。少し懐かしいものがある。
「なんか、気遣いの出来る男子って感じ」
「割と普通じゃないっすかね……」
その普通が出来る人が激レアなんだよ、なんて力説する芦花。陽の気配に怯みに怯みまくる比企谷を見ながら、私はふと昔のことを──────比企谷との交流、その最初期のことを思い出していた。
『……大丈夫スか』
アパートの前で鉢合わせ。そしてその言葉に強がりで『大丈夫』と答えた直後に過労で倒れ、慌てた比企谷に助けられたのが取引のキッカケだったっけ。
……あれ、でも確か。
『じゃ、じゃあ。俺が明日から飯作りますよ。一人分よか作りやすいし、そこまで苦じゃないし。金取ろうとか言わないんで』
その言葉に対して『じゃあ勉強を教えることでお礼する』って言ったのが、私と比企谷の関係性の始まりだった。つまり根本的に、[[emphasismark:比企谷自身は返礼を目的としていない > ・]]。何ならそれまで私とは隣室同士会えば会釈するくらいで特に交流もなかった。はっきり言って唐突で、脈絡のない善意でしかなくて。当時の私からすれば『勉強教えるだけで食費が浮く』としか考えてなかったけど、今改めて考えてみれば異様以外の何物でもない。
「ねえ、比企谷。そういえば──────」
「ねえ八幡! 前に見たアニメの忍者みたいに水面走って!」
[b:「出来るかバカ。5メートルが限界だ」]
私が尋ねようとした瞬間、かぐやのアホみたいな無茶振りが遮っ[b:待って5メートルまでならいけるの?]
海なんて来るの何年ぶりだろうか、なんて考えて……覚えてないのでやめた。
「あははははは楽し[b:がぼごぼぼぼぼ]」
「[b:溺れてんじゃねーか!]」
回想に浸ろうとした一瞬でかぐやが溺れていたので回収。
「これ使え? な? 浮き輪使え?」
浮き輪とライフジャケットを無理やり着けさせる。『可愛くない』なんて言ってるが知るか。おめー戸籍ねえんだわ。戸籍なしの水死体の事後対応とか俺嫌だぞ。
「疲れた」
「切実な呟き過ぎる」
酒寄の友達……確か、綾紬と諌山だったかがかぐやと遊ぶのを眺めながら呟けば、横から酒寄の労いの言葉が飛んでくる。
「そも陰キャを日光に曝すこと自体間違ってんだよ。俺は本来公園の隅の石の裏にいるべきなの」
「最近のダンゴムシって凄いなぁ……」
誰がダンゴムシだ。……俺か。
「とりあえず、昼飯を──────」
「あ、運ぶの手伝うよ。海の家は割高だけど……たまには良いか」
「[b:作るか]」
「なんて?」
俺がデカいバッグからこれまたデカい鉄板を取り出せば、『コイツ正気か?』と言いたげな顔でこちらを見る酒寄。何だその顔は。俺が正気でなかった時があるか?
「[b:逆に正気だった時があったか聞きたいんだけど]」
「バカ言うな。正気だった時だと?」
あるわけねえだろ。
というわけでコンロ設置、ガスボンベセット。鉄板も載せた。食材はクーラーボックス。……完璧な布陣だ。
「まずは持ってきた米びつから取り出した米でおにぎりを」
「[b:持ってきたの? 米びつを?]」
困惑する酒寄を他所におにぎりを作り、熱した鉄板の上へ。そして刷毛で醤油を塗る。本当なら網で焼きたいところなのだが、それだと焼きそばが作れないので泣く泣く断念。おのれ『競合』という概念め。
「焼きそば焼いて、もう半分でバーベキューっと」
「この暑い中で火元にいてキツくないの?」
「[b:クッソキツい]」
でもまあ何だかんだ料理好きだし。ほら、今日は勉強とバイトでてんてこ舞いのお前の労いも兼ねてんだから気にせず食え。ほら焼きおにぎり。熱いから気をつけろ。
「あ、ありがと[b:熱っつぅ!?]」
熱いから気をつけろっつったじゃん。そうして適度にいい感じに焼けたのを酒寄に食わせていると、散々動き回って腹を空かせたかぐやたちが戻ってきた。
「八幡、お腹すいたー」
「うわ、友達のとこ戻ってきたら知らんうちにバーベキュー会場になってる。なんだこれ」
「わあバーベキュー。食べていいの?」
「いいっすよ」
俺が手の込んだ料理をいつの間にか作っていることに慣れているかぐやに対し、当然の事ながら全く慣れていない二人の困惑の声が響く。
「家事全部出来て、動画編集とかも出来て……甲斐性の鬼かな」
「一家に一人欲しい」
「俺ぁ家電か何かか」
家電よか優秀だわ。
「まあ、実際かぐやの相手してもらったりで助かってるよ。この前も、かぐやが芦花に教えてもらったメイクの実験台になってたし」
最終的に大事故起こして、俺の顔がONEPIECEのデュバルみてえになったやつな。数時間後すっかり忘れて晩飯の材料買いに行ったらスーパーの店員に爆笑されたっけか。
「……そういえば、他の動画でも色々手伝ってるんだっけ。歌ってみたの時は……」
「八幡のとこの一室借りたー」
「俺角部屋だからうるさくしても然程影響ないし」
隣は酒寄だし。
「食べ物系の動画の時は……」
「私がトークしてる間に料理してもらったー」
「後かぐやが興味本位で手ェ出して思ったより不味かったりヤバかった時の後処理な」
パチパチパニック二十袋一気食いとか。爆ぜたラムネだか飴だかの粒がかぐやの歯に深刻なダメージを与えてダウンしたのでやむなく残りは全部俺が食った。[b:ところで何で俺の腹からパチパチって破裂音聞こえてくんの? 酒寄とかぐやと俺の三人全員が腹抱えて転げ回るくらい笑ったんだけど。]
「踊ってみた動画とかお悩み相談」
「演出とか撮影とか……後部屋自体も八幡のとこ借りたー」
「[b:彩葉ちょっと比企谷くんに助けられ過ぎじゃない?]」
「自分でもびっくりしてるから言わないで」
別に俺は気にしてないのに。
「比企谷くん、今日初めて会ったばかりで言うのもなんだけどめっちゃ彩葉のこと助けてるよ。このタイミングで比企谷くんが見放したら一週間経たずに倒れるかもってレベルで」
「比企谷くんってもしかして前世で乙女ゲーの攻略対象とかしてた?」
どういう質問だオイ。
「さすがに…………………そんなこともありそうだなぁ……」
酒寄が自分で認めてしまった。もうダメだ。
「にしても彩葉、明るくなったよね」
「突然[[emphasismark:ふっ > ・]]と居なくなっちゃいそうな雰囲気あったもんね」
……それに関しては、俺も覚えがある。今にも消え入りそうで、へし折れそうで、潰れそうな背。そして俺は、[[emphasismark:それを眺めるだけに甘んじることを許せなかった > ・]]。[[emphasismark:一生懸命な善性が > ・]]、[[emphasismark:理不尽に砕かれる > ・]]。そんな普遍的世界の日常が目の前でまかり通ることを認めたくなかったというだけの話だ。
はっきり言って厨二病のそれ。社会に、世界に、道理に対して『それは間違っている』と叫び、きかん坊の我儘のように駄々を捏ねたそれ。そりゃあ今では神座に戦神館にシルヴァリオシリーズと、とんでもない劇物を摂取しまくったこともあって俺の厨二病は不治の病だろうと諦めはついているし最早開き直っている領域だ。そのうち創造位階に到達する日も近いかもしれん。
だがまあ、酒寄を助けたあの瞬間。アレに関して言えば、そんなものすら及ばない俺の真性のものだったと今でも断言できる。……長々と語ってしまったが、端的にまとめてしまえば大した話じゃない。
[[emphasismark:██████████████ > ・]]。[[emphasismark:███████████████████████ > ・]]、[[emphasismark:█████████ > ・]]。[[emphasismark:████████████████ > ・]]、[[emphasismark:█████████ > ・]]。[[emphasismark:█████████████████ > ・]]、[[emphasismark:███████████ > ・]]。
そこに嘘はない。そう断言出来るし、今でも心の底から思ってる。だから酒寄がかぐやを拾った時も『おっけ手伝うわ』なんて即答出来た。ただまあ……それが叶うのも、もう少しばかり遠そうだ。
比企谷八幡
本編中の尽力全てが実は一切下心なしにやってる精神力の化け物。前日からバーベキュー用に肉をタレに漬け込んでいたりした面倒見の鬼。しかし根本的な部分、根底の精神性に欠陥を抱えているため結果的に世間と馴染めない。比企谷八幡の在り方に好感を持てるのは、その暴力的で残虐で致命的なほどの正しさという猛毒を受け入れられる者のみ。つまりかぐやのような底抜けの明るさを持つ者や、かぐやと交流して感化された者だけ。それ以外の者からすると正論で殴るDV男みたいな認識をされがちで、話すと『自分が結果的に諦めてしまった触れられたくない急所を素手で無作法にまさぐられる』ような不快感を覚えるため嫌われる。仮に今作の八幡が原作の雪ノ下雪乃と対峙した場合、共感はするが決定的なスタンスの違いで同族嫌悪を引き起こす。
酒寄彩葉
改めて考えてみれば八幡にめちゃくちゃ助けられてね? と戦慄した女。八幡からすれば『まあ別に返さなくてもいい貸しだし』と放置されているが、仮に返済する場合は現時点の彩葉では完済困難なレベルには積み上がっている。無利子なのが救い。
かぐや
我らがコズミックプリンセス。彩葉や八幡を巻き込んでライバー活動中。『別にいいよ』で八幡が許可するので、八幡宅は実質撮影スタジオ化している。
綾紬芦花・諌山真実
彩葉の友達。八幡とは今日が初対面。八幡自身ネットリテラシーをちゃんとしている人類なので、真実は前に推しの帝アキラを倒したのが目の前にいる一般変人なことを知らない。知った日には大変なことになる。
十年後に舞台から降りようとして締められることになる八幡の所業一覧
本編開始前
・苦学生してる彩葉の生活環境改善
第二話「赤子を拾った方とそっと自首を薦める方」
・赤子を拾った彩葉を迎え入れ養育協力
・それに際し、子育てによりバイトの時間が減ることになるであろう彩葉の分も金を稼いでくる
第三話「苦学生と元赤子と一般気狂い」
・かぐやの諸経費の散財補填
・やりたい放題なかぐやのストッパー
第四話「電子の歌姫と間の黒点」
・ライバー活動への協力
・かぐやへの説得により彩葉の負担軽減
今回
・撮影スタジオとして自室の提供
・撮影の後処理など
前のループ世界
[b:・後にヤチヨになる███に神座シリーズ教えて汚染した]
[b:・何ならシルヴァリオシリーズとかも布教した]
伏字の部分は八幡の根底の渇望に関わってくるので今はまだ秘密です。まあそう遠くないうちに明らかになるんで大丈夫。
面白いと思って頂けたなら、感想頂けると励みになります。





















前ループの雑魚寝や三連休の赤子のお世話もほぼ下心0だとすると怪物過ぎるな此奴。むしろ彩葉かぐやにダメージが入るレベル。