この世界に来てから、ある程度の時間は経ったと思う。だがしかし、一向に元の世界へと帰る手段が見つかることはない。
でも、それはそうだ。そもそも私はこの万事屋の外に出ていない・・・というより、出してもらえないというのが正しいのだから。
毎日、それとなく外へ行ってみたいな〜なんてことを匂わせてみたりもしている。だが、その努力は一切報われるようなことはなく。最近は「はいはいそうですね〜、ところでおねーさんは今日何か食いてーモンとかある?」なんて流されるようになってしまった。
そう、あの坂田銀時が夕食のリクエストを受けるというレアイベントを見れたのだ。基本金欠な万事屋が夕食のリクエストを聞いてまで誤魔化して、私を外に出してくれないのはどうして。
ちなみに、なんでも良いですよって言ったら怒られた。なんでも良いが困ンだよ一番、とか何やらぼやいていた気がする。
そりゃ私は弱いし、すぐ怪我するからだということはわかる。でも、正直言って私は彼らとは他人だし、そこまで気にかける理由はよくわからない。そもそも私は大人なので全ては自己責任である。何かして怪我を負ったのなら、それは私が悪い。普通はこれで終わりだ。
まあ、名義は彼だし、余計なことするなっていうお達しなのかもしれない。
「ほら銀さん。今日こそ言うって自分で言ってましたよね」
「な、なァに言ってんのかなァ新八くん。俺の知らない世界線の話をしないでくれる? 別に、銀さんは今の状況のままでも気にしてないし、というかそもそも全然気にするようなことでもないし? 社会人なら、苗字呼びって別におかしいことでも何でもないからね?」
「いやいや、お姉さんから名前を呼ばれるたびに睨みつけられる身にもなってくださいよ。なんなら、最近は話してるだけでも睨んでくるじゃないスか」
「べ、べべ、別に睨んでなんかねーし!? 自意識過剰なんだよメガネくん。そんなんだから童貞なんだよ、童貞メガネくんなんだよ」
「今それ関係ないですよね!?!?」
神楽ちゃんと二人でテレビを見ていたら、後ろでコソコソと何やら話している主人公と新八くんの姿が見えた。なぜか、最近この光景もよく見るようになったのだ。私をチラチラ見ながらコソコソ話すっていう。
そろそろアイツのこと追い出したいけど、ノリで受け入れちゃった手前追い出せないよ! どうしよう! ていうアレですか。いやでも、その退路を防いでるのはあなた達ですからね!? 私だって迷惑かけたくないから早く独り立ちしたいんですが。
「あーあ、アイツらまたやってるアル。せっかくドラマの再放送見てたのに、気になって集中できないネ」
神楽ちゃんはそう言ってプンと口を膨らませながらテレビの音量をだんだんと大きくしていく。
女同士ともあって神楽ちゃんには色々と助けられてるし、仲良くできてるとは思う。何かしらあるたびに守ってくれるし。まあそれも、ちょっとというかかなり過剰な時があるけど。
「ほら! 銀さん! そんなんじゃいつまで経っても無理ですよ!」
「〜〜〜ッだァ! クソ、わァったよ」
何やら叫んだかと思えば、私の座っているソファの隣に勢いよくドカッと座るもんだから、物理法則にしたがって身体が若干上下に揺れた。
最近はずっと、私はガラス細工か何かですかってくらいには丁寧な扱いを受けていただけに、ちょっと驚いてしまった。どうやら、主人公は今それくらい余裕がないらしい。
何やら視線を感じたので、其方へと目を向ければ。その一部始終を見ていたらしい神楽ちゃんが目を細めてジッと此方を見つめてきていることに気づいた。どういう感情なのかはよくわからないけど、何も口に出すつもりはないらしい。気になって新八くんの方を見てみても、なんだか同じような表情を浮かべている。なんだなんだ、何が行われようとしてるんだこれは。
最終的に件の原因である坂田銀時の方へと目を向けば、なぜだか敵地に向かう侍のような顔をしているもんだから。私の頭の中は今、はてな で埋め尽くされることとなった。ずっとなんなんだ。今から私は何をされるんだ。
あの良くも悪くも騒がしい万事屋とは思えないほどに誰も喋らない、この異質な空間は何だ。テレビの音しか聞こえないよ。
みんながいつにもなく真剣な顔をするものだから。これはまさか、アニメのシリアス回でも始まってしまったのだろうかとか考えてしまう。いや、始まるにしても流石に突然すぎないか。いやでもそれでこそ銀魂なのか。温度差で殺されるのはよくあることだもんね。
それならば、たとえモブのような私でも真剣な顔をすべきなのかもしれない。シリアスな空気で笑顔なモブが歩いてるアニメとか、ちょっとというか、かなり嫌だもんね。そういうわけで、口端やら目やらをキュッとして、主人公を見つめることにした。そうしたら、若干主人公の表情が緩んだので、どうやら正解だったらしい。
「・・・・・・何だ、その顔」
「坂田さんの真似をしていました」
「俺はそんなうさぎみてぇな顔してねーよ」
「うさぎみたいな顔とは??」
「あー、・・・調子狂うから、一旦表情もどせ」
いやそんなこと言われましても。
というか、私の精一杯の真剣な顔がうさぎってなんだ。うさぎって実はシリアスな顔をしているのか。もっと愛らしい顔だと思ってたんだけど、私の認識がおかしいのだろうか。いや、坂田銀時の感性ってちょっと不思議なところがあるから。宇治銀時丼とか食べてるし。いやでも、おはぎとかが世の中にある以上はそこまで変じゃないのかな? もうわかんなくなってきた。
「つーかお前ら、ちょっとは協力してやろうとかそういう優しさはねェのか優しさはァ。そんな黙って見られてちゃ、出るもんも出ねーよ。なんなんだよこの空気は。葬式か何かですかコノヤロー」
「葬式にしてるのは銀さんですよ」
「銀ちゃん、言いたいことがあるならさっさと言うネ。お姉さんに変なストレスを与えちゃ駄目アル」
変なストレスを与えちゃダメとか、小さなペットか何かに言う台詞じゃないのか。それこそ、うさぎとか。
「・・・誤解されたくねーから言うけど。今から言うことは、これからの生活を円滑に進めるための提案であって、別にそんな深い意味とか下心とかはないというか」
「これからの生活? いや、あの。今の時点で特に困ったこととか無いんですが・・・」
「いやいーから! 多分気づいてないだけで実は困ってるから! それできっといつかは困ることになっから! ここは大人しく頷いとけって!」
「はあ、そうですか」
三食と寝床までもを無償で提供していただいているという恵まれた環境に、果たして苦言を呈せる人がこの世にいるのだろうか。この世界に来てから幾度となく怪我をする私に何やらトラウマを抱えているらしい主人公たちが、私の身の回りのことを全てやってくれるし。どこの貴族だ。
こんな至れり尽くせりな状況、社畜時代から考えたら普通に天国か何かかなって思うレベルだ。これ以上何の生活の質を上げると言うのか。もしや、私は極楽まで行ってしまうのだろうか。
「・・・・・・」
「あの?」
そこで、肝心な核の部分を言わずに主人公は黙ってしまった。何やら口をもごもごとしては、何か言おうとして。かと思えば、また気まずそうに口を閉ざす。
あの口から生まれてきたで有名な坂田銀時とは思えない体たらくである。どうしたんだろう。急に口内炎とかできて痛いのかな。かわいそう。
神楽ちゃんと新八くんも主人公の口内炎に気づいたのか、めちゃめちゃ身振り手振りで応援している。優しい。万事屋の絆は、口内炎にも適用されるのか。
そうすれば、坂田銀時は目線を此方から離しながらも、ようやっと口を開いた。とは言いつつ、最後の方は彼とは思えないほどに小さな声だったが。
「坂田坂田ってよォ・・・もっと他にいい呼び方があんだろォが・・・」
「すみません、ちょっと聞き取れなくて・・・もう一回お願いします。ごめんなさい、痛いとは思いますが・・・」
「痛い?」
ごめんね主人公! その口内炎の痛みに抗いつつもいつもの声量を出してくれ。ああ、私の耳が良ければこんなことにはならなかったのに。
そこで、再びやっと主人公と目が合った。それはもう、漫画的表現で言えばバチっと効果音が鳴りそうなほど、しっかりと。なんだか困惑したような表情を浮かべていたような気もするが、瞬きした次の瞬間にはまた表情が変わっていた。なんか、ちょっとイライラしてるというか。すごい、表情がコロコロ変わるね。
そこで、何を思ったのか主人公はふわふわの自身の頭をガシガシ掻きむしった後、勢いよくソファから立ち上がったものだから、また私の身体は上下に揺れた。
「だからァ! 名字とか、・・・そんな距離のある呼び方すんなって言ってんだよ! 名前を呼べ、名前をよォ!」
「・・・なまえ。・・・・・・なまえ?」
ん?
いや、なんていうか。さっきまでのシリアスな空気はどこへ行ったのかな、というか。さっきのシリアスな空気と今のこのセリフは本当に対応してるのか、運営に聞かないと行けないくらいには不相応すぎる話では。
そんな私の苗字呼びに言及する話とか、どこの読者が喜ぶんだ。編集者さんはこんなのすぐに没にするべきだと思う。
「なんでそんなに不思議そうな顔してんだよ。当然の主張だろーが! 買ったいちご牛乳の賞味期限が明日だった時、だれだってスーパーに抗議しに行くのと同じで、普通のことなんだよこれは!」
「いや何の話ですか!? ていうか銀さんはどうせ1日で飲み切るし、自分が確認しなかったのが悪いんですからね!?」
「つまり、銀ちゃんは自分だけ仲間外れにされてるみたいで悲しいって言いたいアル」
「ち、ちげーからァァ!!! そんな、悲しいとかねェからァァ!!! 何がつまりだ! 何も上手く言い換えられてねーから! ただ、俺だけなんで苗字なのかなーとか、思っちゃっただけで! そんなことあるわけないからね!?」
「・・・寂しかったんですか?」
そう言えば、あからさまに主人公の動きがピタリと止まって、此方を凝視してきた。
私からしたら、社会人としてこれは普通の対応なのだと思っていたのだけど。急に異性の他人から下の名前で呼ばれるなんて、普通は微妙なところかなと。新八くんは、私からしたらまだ子どものラインにいるので、そこまで抵抗感がなかったのだけど。
そうか、まあ、確かに? いくらモブだからとは言え、自分だけちょっと距離があると主人公は感じてしまったら悲しくなってしまうのかもしれない? ・・・いや、ないない。本人も寂しくないって言ってるし。だって、こちとらただのモブだぞ。どうしてあの坂田銀時が私に対してそんなことを思うというのか。
だが、しかし。私の先程の問いかけに、主人公はなぜか動きを止めてしまったから。あれ、と少し違和感を覚えてしまう。
「・・・・・・だったら悪ィかよ・・・」
え。
・・・え?
びっくりしてしまって、思考が固まってしまった。なんだ、どういう感情の顔だ、それは。
じっと見つめていたら、なんだかバツが悪そうにして顔を背けてしまったが。しかし、先程見えてしまった顔が、直接脳に焼きついてしまったかのように離れない。いつぞやの、・・・そうだ、私がよくわからない巨人の天人に誘拐された時。あの時、私を抱き上げてくれた時に、見えた気がした表情に、似ている。
・・・・・・ということは。そもそも、あの日見た赤い顔は。
「・・・おい、なんか言えよ」
今度こそ、しっかりと見えた。
・・・・・・いやいや、まて。まてまて。本当に、待って欲しい。だって、そんなわけがない。
あの坂田銀時が、私に名前を呼ばれなかったくらいで。こんな、取り乱すようなことがあるのか、というか。
「まさか俺の名前覚えてねーとか、」
「いや。それはちがいます、・・・もちろん」
知ってるも何も、昔から私はあなたに憧れてますが!? こんなにかっこいい男を、他に私は知りませんが!?
いやでも、この目の前にいる男はその坂田銀時なのか本当に。こんな、私に何か興味を持って、感情を動かして。そんなことが、まさかあり得るわけがない。
チラ、前を見れば、しっかりとその赤い目と目が合った。
もしかして。ずっと。こっちを、見てたんですか。
「ぎ・・・銀時さん、」
「!」
わあすごい。なんというか、急に花が咲いたって感じだ。例えるなら、犬? 見えない尻尾が見えるというか。でも、どちらかと言えば懐かない猫みたいな人だと思っていたんだけど。あれ、私の目がおかしいのかな。
でも流石に、ちょっと。いや、かなり。恥ずかしいなこれ。ぶわぶわと顔が赤くなっていくのがわかる。人の名前を呼ぶと言う行為は、そこまで恥ずかしいことではないと思うのだけど。私はどうしてしまったのか。
そうこう考えているうちに、一気に湿度の高い空気が霧散したかと思えば、先程の表情を沈めていつもの死んだ目に戻った坂田銀時がフンと鼻を鳴らした。すごい、切り替えが早い。
「わかりゃいんだよ、わかりゃ。ほらガキども、散れ散れ。そんな見つめられてっと穴が空いちまうだろーが」
「お姉さんのこと独占しておいて、ひどい言い草アル。本当は嬉しくてたまらないくせにスカしちゃって、これだから天パは良くないネ」
「そうですよ。一回名前を呼んでもらえたくらいで。それに、僕らの方がたくさん呼んでもらえてますからね」
「おーおー好きに言え。俺ァもう昨日の俺とは違ェんだよ」
浮き足立つって、ああいう状態を言うんだな、なるほど。なんでそこまで喜んでるんだ。
・・・ああ、そうか。前もそうだったけど、万事屋のみんなと自分だけ違うってのが嫌だったのだろう。私の記憶喪失の件でなんだかとても怒っていたような悲しんでいたような、そんな主人公の顔が自然と頭に浮かべば。まあ、そうとしか思えない。
私からの呼び方うんぬんではなく、神楽ちゃんと新八くんと違う、というのがきっと嫌だったのだろう。そういうことなら、私も納得ができる。
でもそれなら、もう一回呼んだし。別にもういいか。彼の欲求も無事果たせた事だろう。
「あの、坂田さん」
「・・・・・・・・・あ゙?」
名前を呼んだ瞬間、急に辺り一体の温度が3度くらい下がった。え。なんでだ。なんかちょっとこわい。
若干冷や汗を掻きながらも、とりあえず自分の主張を伝えるために口を開いた。それはもう、頑張って。
「やはり、こちらの呼び方で慣れていたので・・・普段は坂田さん、でも良いでしょうか」
「いやいやいや、は? 何言ってんの。・・・それなら、何のために、・・・俺は」
「だ、だってあの。き、きんちょう。・・・して、しまうので」
「・・・・・・え?」
「そちらの方が・・・円滑に生活をできるはずです、きっと」
だがしかし、私の意見を言えば、途端に怒りの空気はどこかへと飛んでいった。ちゃんと人の意見を取り入れられる坂田銀時、ちょっと不思議な感じがするね。
とはいいつつも。私の言葉を最後に主人公が何も言ってこないものだから。
「坂田さん?」
「・・・・・・いや、ウン。いいわそれで。なんなら、逆にそれのが良いのかもしれねぇわ・・・」
逆にそれが良い、とは。
私の目線から逃げるように顔を隠しながら、さらに顔を背けて。いや、どれだけ私と目を合わせたくないんだ。ちょっと傷つくよ。
「ふーん、おねーさんは、俺の名前呼ぶくらいで緊張すると・・・ほーん。へー」
「なんですかその勝ち誇ったような顔は」
「キモいアル。自意識過剰な男は気持ち悪いネ」
ペッペッと神楽ちゃんと新八くんが床に唾を吐き出した。おお、万事屋らしい。その話の内容だけは、よくわからないが。
●夢主
いくら心の中で坂田銀時連呼してたとしても本人を直接そう呼ぶのは、やはり恥ずかしい。
あの坂田銀時が自分に興味を持つとは夢にも思わないので、仲間外れにされるのがいやなのかな? とか思ってる。口内炎治ったかな。(そもそも口内炎ではない)
にしても、名前を呼ばれて喜んだり、逆に苗字呼びをしたら怒ったりしている彼を見て、少しずつは自覚しているのかもしれない。小さな一歩。
●万事屋の二人
なんかもうずっとゴチャゴチャしてる銀さんの背中を押してやらねば! と一役買った新八くん。もちろん毎日毎日すごい嫉妬の感情を向けられるのにウンザリしていたというのもある。
ちなみに神楽ちゃんも夢主を銀時の近くに連れてくると言う役目をして協力してあげた。万事屋、とてもあたたかい。
でも、なんだかそれで俺だけ特別でした感を出されるのはムカつく。僕らの方が先に呼ばれてましたし、これから先も名前を呼んでもらえますからね!!!
●坂田銀時
とても頑張った。それはもう、とても頑張った。
途中自分の表情を真似してくるも、全然柔らかいままの顔をしている夢主に心臓を掴まれた。やめろ、今から頑張ろうとしてるというのに。
名前を呼ばれた時はちょっとびっくりしすぎて頭の中が真っ白になった。正直に言うとめちゃめちゃに嬉しかった。なんとそれは夢主にダイレクトでバレるくらい。
それだけに、急に苗字呼びに戻ってありとあらゆる()感情が生まれた。かと思えば、なんか俺の名前を呼ぶだけで緊張するとかなんとか。
そんなの聞いてしまったら怒るに怒れないし、明らかに夢主にとって自分は違う位置に居るっぽいということがわかって並々ならぬ感情を抱き始めている。























