気持ちを伝えようと思った。
でも、どう伝えればいいのか分からなかった。
半年前と同じ言葉じゃダメだ。
「好き」
だけじゃ足りない。
今度こそ全部伝えなきゃいけない。
後悔も、
謝罪も、
逃げたことも、
全部。
そんなことを考えていたある日、
レッスン終わりに杏奈に声を掛けられた。
「舞香」
「ん?」
「ちょっとご飯行かない?」
気分じゃなかったけど、
断る理由もなくて頷いた。
店に入り、
料理を注文する。
最初は他愛ない話だった。
仕事のこと。
メンバーのこと。
でも途中から、
杏奈の視線が妙にこちらを見ている気がした。
「なに?」
そう聞くと杏奈が笑う。
「いや」
「最近ちょっと変わったなと思って」
舞香は首を傾げる。
「そう?」
「そう」
即答だった。
「なんか吹っ切れた顔してる」
舞香は苦笑した。
吹っ切れたわけじゃない。
むしろ逆で、
ようやく逃げられなくなっただけ。
その顔に何か感じたのか、
杏奈は少しだけ真面目な顔になった。
「ねえ」
「なに」
「私さ」
少し言葉を探してから続ける。
「別れる前まで、
正直そこまで分かってなかったんだよね」
舞香は顔を上げた。
「何が?」
「舞香が衣織のことどれだけ好きか」
思わず苦笑する。
「ひどくない?」
「ひどくない」
杏奈は即答した。
「好きなのは知ってたよ」
「でもここまでとは思ってなかった」
舞香は黙る。
杏奈は続けた。
「だって舞香、全然見せなかったじゃん」
図星だった。
好きだった。
本当に好きだった。
でも言葉にするのが苦手だった。
伝えるのも苦手だった。
だから衣織を苦しめた。
「別れてからの方が分かりやすかった」
杏奈が笑う。
「毎日死にそうな顔してたし」
「大袈裟」
「してた」
即否定された。
「衣織の話になると黙るし」
「部屋片付けないし」
「休みの日は家に引きこもるし」
反論できない。
全部事実だった。
「復縁断られた時なんかもっと酷かった」
舞香は顔を覆いたくなった。
思い出したくもない。
杏奈は少しだけ笑う。
「正直、色々やったんだよ」
「旅行誘ったり」
「ご飯連れてったり」
「新しい出会い探せとか言ったり」
確かにそんなこともあった。
でも全部響かなかった。
杏奈は肩を竦める。
「全部無駄だったけど」
そして静かに言った。
「だって舞香、衣織じゃなきゃダメだったじゃん」
言葉に詰まる。
否定できなかった。
できるわけがない。
杏奈はそんな舞香を見ながら続ける。
「だからさ」
「結果は分かんない」
「どうなるかも分かんない」
「でも」
少しだけ優しく笑った。
「今度は逃げないで」
胸が痛くなる。
その言葉は何よりも刺さった。
逃げた。
ずっと逃げていた。
忙しさを理由にして。
タイミングを理由にして。
怖さを理由にして。
そして失った。
舞香はゆっくり頷く。
「うん」
それしか言えなかった。
食事を終えた後、店を出る。
別れ際、
杏奈がぽつりと言った。
「ちゃんと話しなよ」
舞香は少しだけ笑った。
「分かってる」
今度こそ、本当に。
その頃、衣織は先に帰宅していた。
玄関を開ける。
静かな部屋。
最近はこの静けさが少し苦手だった。
舞香はまだ帰っていない。
衣織はソファに腰を下ろした。
しばらくしてスマホが震える。
画面を見ると杏奈からだった。
『今時間ある?』
短いメッセージ。
『あるよ』
そう返すとすぐに返信が来た。
『余計なお世話かもしれないけど』
『舞香の話、ちゃんと聞いてあげて』
衣織は画面を見つめた。
『どういう意味?』
既読が付く。
少し遅れて届いたのは、短い言葉だった。
『そのままの意味』
『聞くだけでいいから』
それだけ。
衣織はスマホを置く。
胸の奥が少しだけざわついた。
何となく分かる。
今日、杏奈は舞香と会っていたんだろう。
何か話したんだろう。
話したいことがあるのかな。
そう思った瞬間だった。
玄関の扉が開く音がした。
舞香が帰ってきた。
衣織は無意識にそちらを見る。
ただいま。
その一言を待つ自分に気付いてしまう。
まだ駄目だな。
そう思いながら、
それでも少しだけ、
話を聞いてみたいと思った。


















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