Novel4 days ago · 1.8k chars · 1 pages

見ていた人

南山南山

気持ちを伝えようと思った。
でも、どう伝えればいいのか分からなかった。

半年前と同じ言葉じゃダメだ。

「好き」

だけじゃ足りない。
今度こそ全部伝えなきゃいけない。

後悔も、
謝罪も、
逃げたことも、
全部。

そんなことを考えていたある日、
レッスン終わりに杏奈に声を掛けられた。

「舞香」

「ん?」

「ちょっとご飯行かない?」

気分じゃなかったけど、
断る理由もなくて頷いた。

店に入り、
料理を注文する。

最初は他愛ない話だった。

仕事のこと。
メンバーのこと。

でも途中から、
杏奈の視線が妙にこちらを見ている気がした。

「なに?」

そう聞くと杏奈が笑う。

「いや」

「最近ちょっと変わったなと思って」

舞香は首を傾げる。

「そう?」

「そう」

即答だった。

「なんか吹っ切れた顔してる」

舞香は苦笑した。

吹っ切れたわけじゃない。
むしろ逆で、
ようやく逃げられなくなっただけ。

その顔に何か感じたのか、
杏奈は少しだけ真面目な顔になった。

「ねえ」

「なに」

「私さ」

少し言葉を探してから続ける。

「別れる前まで、
正直そこまで分かってなかったんだよね」

舞香は顔を上げた。

「何が?」

「舞香が衣織のことどれだけ好きか」

思わず苦笑する。

「ひどくない?」

「ひどくない」

杏奈は即答した。

「好きなのは知ってたよ」

「でもここまでとは思ってなかった」

舞香は黙る。
杏奈は続けた。

「だって舞香、全然見せなかったじゃん」

図星だった。

好きだった。
本当に好きだった。

でも言葉にするのが苦手だった。
伝えるのも苦手だった。

だから衣織を苦しめた。

「別れてからの方が分かりやすかった」

杏奈が笑う。

「毎日死にそうな顔してたし」

「大袈裟」

「してた」

即否定された。

「衣織の話になると黙るし」

「部屋片付けないし」

「休みの日は家に引きこもるし」

反論できない。
全部事実だった。

「復縁断られた時なんかもっと酷かった」

舞香は顔を覆いたくなった。
思い出したくもない。

杏奈は少しだけ笑う。

「正直、色々やったんだよ」

「旅行誘ったり」

「ご飯連れてったり」

「新しい出会い探せとか言ったり」

確かにそんなこともあった。
でも全部響かなかった。

杏奈は肩を竦める。

「全部無駄だったけど」

そして静かに言った。

「だって舞香、衣織じゃなきゃダメだったじゃん」

言葉に詰まる。
否定できなかった。
できるわけがない。

杏奈はそんな舞香を見ながら続ける。

「だからさ」

「結果は分かんない」

「どうなるかも分かんない」

「でも」

少しだけ優しく笑った。

「今度は逃げないで」

胸が痛くなる。
その言葉は何よりも刺さった。

逃げた。
ずっと逃げていた。

忙しさを理由にして。
タイミングを理由にして。
怖さを理由にして。

そして失った。

舞香はゆっくり頷く。

「うん」

それしか言えなかった。

食事を終えた後、店を出る。

別れ際、
杏奈がぽつりと言った。

「ちゃんと話しなよ」

舞香は少しだけ笑った。

「分かってる」

今度こそ、本当に。

その頃、衣織は先に帰宅していた。

玄関を開ける。
静かな部屋。

最近はこの静けさが少し苦手だった。

舞香はまだ帰っていない。
衣織はソファに腰を下ろした。

しばらくしてスマホが震える。
画面を見ると杏奈からだった。

『今時間ある?』

短いメッセージ。

『あるよ』

そう返すとすぐに返信が来た。

『余計なお世話かもしれないけど』

『舞香の話、ちゃんと聞いてあげて』

衣織は画面を見つめた。

『どういう意味?』

既読が付く。
少し遅れて届いたのは、短い言葉だった。

『そのままの意味』

『聞くだけでいいから』

それだけ。

衣織はスマホを置く。
胸の奥が少しだけざわついた。
何となく分かる。

今日、杏奈は舞香と会っていたんだろう。

何か話したんだろう。
話したいことがあるのかな。

そう思った瞬間だった。

玄関の扉が開く音がした。
舞香が帰ってきた。
衣織は無意識にそちらを見る。

ただいま。

その一言を待つ自分に気付いてしまう。

まだ駄目だな。

そう思いながら、
それでも少しだけ、
話を聞いてみたいと思った。

— End —

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pixiv事務局4 天前

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Sakuria
Where every work blooms
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