グローグーの小さな意識がとぷんと眠りの世界から浮かび上がると、あたりはまだ暗闇に包まれていた。ネヴァロの辺境にある小さな家には、2人の呼吸以外何も聞こえないのが常である。
しかし今夜は激しく雨が降っていた、眠る前は静かだったのに、いつもは風を通すために開けている窓であるが、グローグーがそちらを見るとしっかりと閉じられていた。ディンが雨の気配に気づいて閉めたのだろう。
隣で眠る父に抱きしめられたまま、グローグーは天井を見上げてしばらく雨の音を聞いていた。パタパタ、ゴウゴウ。時折強い風が吹いて窓が激しく音を立てる。
少しだけ雨が強くなっている気がしてグローグーは視線を彷徨わせた。この銀河で最も安心できる場所で寝ている、捕らわれているというのにそれだけでは安心できない。父は変わらず眠っていて、グローグーが1人ぼっちだった頃の記憶が蘇る。
…すこしこわい
それでも、ゆっくり体を起こして外の様子を見に行こうとするグローグーはどこまでも知的好奇心旺盛な、ただの子供であった。
どのぐらい雨は降ってるんだろう、庭にいるカエルと菜園は無事なのかな。ブルーグはゆっくり眠れているのかな。
すっかり覚醒した意識、ふんふんと鼻を鳴らして父の腕の中から抜け出そうとした瞬間、
—グイッ
「ふぇっえぅう…!」
「、……」
「んぇーー…」
「どこに行くつもりだ…?」
地を這うような低い声が室内に響き、瞬く間に小さな体が再び寝台の中へと引きずり戻された。ぺちぺちと胸を叩いて抗議するも、「グローグー」と呼ばれた声はいつもより低く、冷たい。怒っている。
「ぱとぅ、んんーーー」
「どうした…?怖くなったか?昔の夢を見たか…?」
外を指差し「菜園を見に行きたいのだ」「ブルーグが心配なのだ」とグローグーが拙い言語とジェスチャーで懸命に訴えるものの、子供を逃さぬよう覆い被さるディンには伝わらない。いや、伝わっていたとしても関係がない。
逃さない、ここで寝るんだ、俺と一緒に。
ヘルメットの奥に隠されている鋭い視線がそう訴えている。一定の感覚で行われる呼吸がグローグーの好奇心を削いでいく。
革手袋を着けていない大きな手がまあるい頬に触れてゆっくりと撫でる。時折ふに、と感触を楽しむように指を沈めて、もう片方の手は小さな体の輪郭を覚えるよう腰に添えて。先ほどまで腕の中でぽかぽかと温まっていたグローグーにとって少し体温の低いディンの手は非常に心地よいものであった。外への興味はあっという間に消え失せ、瞼がどんどん重くなっていく。ごしごしと目を擦ろうとする小さな手も、大きな傷だらけの手に握りしめられてグローグーは降参するしかなかった。
「ふん…ふるるる……」
「大丈夫だ…怖いのならお前が寝るまで起きている、安心して良い…」
その様子を見て「ふ」と鼻を鳴らしたディンの声に、子供は酷く安堵する。大好きな砂糖菓子のように甘い声がとろとろと頭上に降り注ぐ。
狙った獲物は逃さない、銀河を股にかける伝説の賞金稼ぎ、素顔を決して晒さないマンダロリアン。そんな彼の慈愛に満ち満ちた声を聞けるのは、この銀河でグローグーただ1人。武器と防具を取り外した無防備な胸元に収まることができるのもグローグーただ1人。
グローグーだけが求めているのではない、ディンもまた同様に子供の温もりを求めている。むしろ子供以上に必要としている。
しかしながら、お互いに向ける愛情の天秤はいつしか平行から一方に傾きつつある。
「…グローグー…」
「ぷぅわ、…」
「俺から逃げられると思うな」
眠りにつくグローグーの耳に届いたのは、父の低い声で唱えられた呪いにも等しい特大の愛情。「いいな?」と返事を求める強欲ぶり。
一度覚悟を持ってジェダイの元へと帰したというのにグローグーの意思で戻ってきた。その時から少しずつ、ディンのグローグーに対する感情は歪み始めていたのだ。
それは慈愛とも、庇護欲とも、執着とも、独占欲とも表現できる。今や子供は自分より遥かに大きな腕の中に囚われて身動き一つ出来やしない。悪戯に体を動かしてみればその力はますます強くなった。
「ぱとぅ、」
「……ふふ…」
しかしながら、そんな父に答えるよう、雁字搦めになった小さな世界でグローグーはいつもの鳴き声を上げる。その声に拒絶の色は微塵も滲んでいなかった。
最愛の父に囚われ続ける事を、同時に捉え続ける事を子供もまた望んでいる。
僕わかってるよ、ここにいるよ、どこにもいかないから。グローグーは自分の愛情を疑う父に対しておかしそうに、くふくふと愛らしい声を上げた。
ヘルメットを少し持ち上げて覗いたディンの口元は歪に弧を描いている。薄く、冷たい唇が小さな額に押し付けられ、グローグーは心地良さそうに瞳を閉じる。
「おやすみ、」
「………………」
今度こそグローグーは瞳を閉じた。父の体温と、匂いと、命を感じるこの世界こそがグローグーの全てなのである。それはディンにとっても同様であった。
グローグーが眠るまでディンは薄目を開けたまま周囲の様子に気を巡らす。この子が不意に起きたということは何かしらの異常を察知したのかもしれない。そうであれば、生かしてはおけないのだから。
幸い周囲には人影どころか、2人に飼われているブルーグ以外の生命体は存在していない。それでもディンは意識を保ち続けた。グローグーの呼吸が安定し、力が抜けて眠りについた事を確認する。今度はもう逃げ出さないように緩く腕を捕らえ、ようやくディンは瞼を下す。
ザアザア、ゴウゴウ。激しくなった雨風が辺境にある小さな家を包み込み、世界から孤立する。その中心で1組の親子が穏やかに眠りについていた。

















