父は、グローグーにとって誰よりも大好きで、尊敬する人である。自分を助け出してくれたから、という理由だけではない。家族になってくれて、マンダロリアンの弟子という立場を与えてくれた唯一の人。だからこそ父の信条--人前でヘルメットを脱いではならない--を父と同じように重んじている。最後に見た父の素顔が悲しみに染まっていたものだとしてもそれ以上を求めることはしない。
--ならば俺が迎え入れる
息子として
グローグーとディンジャリンは確かに家族になったから。それは誰にも否定できない事実だから。互いにとって唯一の存在だから。
「……む、うぁ……」
「それは食べないほうがいい、君の母親はきっと許可しない」
「こら、自分の分だけ食べろ」
「そのおもちゃは彼のだろう、…彼のじゃない?だとしても順番があるなら従うべきだ。君は後に使えばいい」
「……んんーーー!!」
「グローグー?」
「!ぱとぅ、」
「…どうした、変な顔して」
「………んぅーー!!」
「頭を叩くな、この子のお菓子だぞ。お前の分はあっちに用意してある」
だから、父が他の子供を抱っこしていようが、その子供にお菓子を食べさせていようが、気にしてはならない。ならないのだが、グローグーは不満であった。自分の父が何故人の子供を可愛がるのか、抱きしめているのか。その愛情が向く先は自分でなければならない。その思いを込めて子供を抱く父のヘルメットを後ろから怒涛の勢いで叩く。重く、鈍い音を立てるアーマーの内側では父が呆れながらため息をついている。
(ぼくのパパなのに!)
ディンジャリンが今腕に抱いているのは、グローグーが時折預けられるネヴァロの学校に通う子供…の妹であった。生まれたばかりの大きな瞳が父を見上げて夢中でミルクを飲んでいる。何故父がこの子供を預けられているのか、グローグーはなんとなく察しがついていた。全身をベスカー合金が覆うマンダロリアン、初めて見る人は父を恐れ慄き、距離を取るだろうが一言二言会話をすればその中身は非常に真面目で、子煩悩であることは容易に把握できる。それが毎度学校にグローグーを送り迎える「優しい父」の姿であれば尚更。尚且ついつ海賊が襲ってこようがマンダロリアンであれば子供を守ってくれる、そういった理由から多くの信頼を寄せられるまで時間は要さなかった。
いつしか父は、グローグーが通う学校の年少クラスに時折いる臨時のベビーシッターとなっていた。当然毎回いるわけではない。ボランティアとして在籍しているわけでもないただのピンチヒッター。それもグローグーが学校に行き、尚且つディンの仕事が片付いているとき、さらにはディンが子供の面倒を見られる精神的な余裕がある時。この三つの条件が揃うことは非常に珍しい。だからだろうか、今日グローグーが学校を終えて父の元に向かうと、4,5人の見知らぬ子供に囲まれていた。それも1人は腕に抱き抱えられて。勿論ベビーシッターを本業としているドロイドも側にいるが子供の人気は父に集中していた。
「…んぅ、ぇっえ!」
機嫌を宥めるように渡されたマカロンをしっかり食べながら不満の声を上げれば父の意識はちゃんとこちらに向いてくれる。…数秒だけ。グローグーが学校を終えたのだから、父も臨時のベビーシッター業を終える時間なのに。まだ複数人の母親が帰ってこないせいで長引いていた。父は与えられた任務を絶対に途中で放棄しない、だから一向に帰れない。ウォード大佐に与えられた本業の任務を終えてやっとゆっくり遊べる貴重な時間なのに。大好きな父の意識は他に向いている。
「んむ…っ…んん…!」
マントの布地をギュッと握っては離して、チラリと父を見てその腕の中で眠る知らない子供に対抗心を燃やして。ふすふすと鳴らす音から「おこってるぞ」とグローグーは懸命に訴えていた。
流石に父もそれを察したのか(元々愛息のやることなす事全てに敏感な父ではあるが)、ドロイドを探して腕の中の子供を預けようと腰を上げる。その様子を見ただけでグローグーの機嫌は大分直った。
「、どうした?もう食べないのか?」
そんな時だ。不意にまた父の意識が他の子供に向けられたのは。見れば抱かれている子供とはまた違う、先ほどまでおもちゃの取り合いで喧嘩していた別の子供がディンに対して配布されたお菓子を懸命に渡そうとしていた。
自分の気に入ったものを大好きな人にも食べて欲しい…グローグーも同じ心理を持つ子供だからすぐに分かる。
それでも優しい父はその意図を汲み取れなかったのか、視線を合わせるよう腰をかがめて無言で続きを促した。側から見れば子供に対して随分威圧的で、無愛想な態度ではあるがその子供はどうしてもそのお菓子を食べさせたいようだ。「ん!ん!」と赤色のクッキーを父のヘルメットに押し付けている。
「おっと、……俺に食べさせたいのか?」
ヘルメットが必要以上に汚れることを避けるよう、優しい力加減でその子供の手を包み込む。
食べさせたい?父に?グローグー以外の子供が?
グローグーは驚きから、元々大きな目をさらに見開いた。そんな事あってはならない。何故なら父は、自分以外の人の前でご飯を食べないから。自分の前でもヘルメットを少しだけ上げて口元を覗かせる程度。それでもかなりラッキー…いやいや貴重な方なのだ。
マンダロリアンは人前でヘルメットを脱いではならない。顔をさらけ出してはならない。父の生きる道。
「…あとでもらうよ。ありがとう」
「んっ!ん!」
しかしながら相手が年端もいかない子供であれば父も無闇に「触るな」と突き放せないのか、曖昧に誤魔化すだけだった。だがどこの子供も似たようなもので、どうしてもディンに食べさせたいと言わんばかりにクッキーを押し付ける。
困ったように宥める父を、グローグーは背中に抱きつきながら見ていた。
父が許すなら、このクッキーは自分が食べるのに!そうだ、父が「グローグー」と助けを求めてきたらいつだって動ける。
ぼくは息子で、弟子なのだから。
「…しょうがないな」
だが、父から許しを与えられることはなかった。
「だぁ?」
周りにはバレないよう左右を確認して、革手袋に包まれた手がヘルメットの顎先に添えられる。その瞬間、グローグーは全てを理解した。
脱ごうとしている訳じゃない。いつものように口元の少し下までヘルメットを上げて、その隙間から食べようとしているのだ。周囲に顔を見られることもない。グローグーがいつも見ている様ではあるのだが、
(やだ。いやだ。)
胸の中、名前もわからない感情がザワザワと湧いてきてグローグーは切なげに声を上げる。
いやだ、父がヘルメットを少しでも脱ぐのが嫌だ。教義に反する、それはそうなのだけれどグローグーの心にあるのはもっと明確な、私的な感情。
やめてよ
ぼくじゃないこどもをかわいがらないで
だっこしないで
ぼくがいちばんかわいいのに
パパのこどもはぼくなのに
「にぇっ!んんぅ!」
「っ!」
ディンがヘルメットに手をかけるのと…背中にひっついていたグローグーが飛び出して子供の掲げるクッキーを食べたのはほぼ同時だった。お菓子を差し出していた子供は驚いたように目をまんまるに開いて
…その後、ケタケタと笑う。グローグーの必死の様が面白かったのか、「きゃぁ!」と声を上げながらグローグーの顔にペタペタと触れてきた。
「……グローグー?」
「…………」
夕ご飯前のお菓子はダメっていわれてるけど、この時のグローグーからしてみれば大したことではなかった。パパが知らない子供の前でお菓子を食べるよりも、ちょっと怒られる方が何倍もマシだとグローグーは思った。
「もう良いのか?」
「んえっ、えぅ…!」
「…焦るな。まだ残りはある」
その夜。予想に反して父は随分上機嫌だった。スープに入れられた野菜を残したにも関わらず食後にお菓子を与えてくれるほど。
父も久しぶりにゆっくり過ごせるこの夜を楽しみにしていたのかもしれない。…と考えてグローグーは浮ついていた心を律する。
だったら父はグローグーを一番に思うべきなのだ。一番に可愛がるべきなのだ。
また数時間前の記憶が過ぎってグローグーの小さな額に不満の皺が刻まれる。
「〜〜〜…う、っえ、」
「どうした、今日は甘えん坊だな」
いそいそと椅子の上から父の膝の上に移動してぎゅぅと抱きついた。いつもなら「まだ食事中だぞ」と嗜められるのに、父の腕はグローグーを捉えて同じように抱きしめてくる。なんならポンポンと背中を叩いてあやしてくれる。
「どぅ、ぱとぅ」
「なんだ?」
「んぅうぅ!」
なんだ、ではない。
どうして人前でヘルメットを外そうとしたのか。グローグーじゃない人の前で。どうして自分以外の子供を抱いたのか、どうしてあのお菓子を食べようとしたのか
そう伝えたいのにグローグーの小さな舌は「んむ!」「ふむむむ…!」と意味のない喃語を発するだけ。伝わるはずがない。なんてもどかしい。
「…あぁ、分かってるよ」
「!んぇ?」
「嫉妬したのか?あの子供に」
……しっと?
「難しいか、要はお前以外の子供を俺が可愛がるのが不満だったか?」
「ぱとぅ!」
「ふふ、あぁそうか」
「…んえぇ…?」
難しい言葉は、グローグーにはまだ分からない。それが以前ルークに言われた「愛着」に等しい感情なのかも、グローグーには分からない。…それ以上に何故父がここまで上機嫌なのかも。
ただ嫌だったのだ。周りの人に愛されている父。でもそんな父が愛するのは、大好きなのはグローグーだけであるべきだ。ヘルメットをずらしてクッキーを食べようとするなど以ての外。
「んうっ!うるるるる…!」
「でかい声を出すな」
「ぶうぅ!」
グローグーが全ての感情をぶつけるようにポカポカとヘルメットを叩くが、内から聞こえる声はおかしそうに笑っていた。見なくても分かる、父のことなら手に取るように。
「んぇあっ!キャァ!」
「ほら、機嫌なおせ相棒」
いつまでも不満げな表情浮かべているグローグーの体を抱き上げて、くすぐって、たまらず笑い声をあげれば比例して父の機嫌も上り調子になる。
どうしてグローグーが『しっと』すれば父が上機嫌になるのかはグローグーにはまだ分からない。ただ、もう父にベビーシッター業はさせないこと、そして今夜は存分に自分を甘やかすことだけが確定事項としてグローグーの脳内に存在していた。























