※ワーニング※
・ハイウェイの堕天使のネタバレが多大に含まれます。
・あの女性白バイ隊員に関しての全てを捏造しています。
・ノベライズをまだ持っていないので、セリフが違う可能性があります。
・全てが妄想と捏造の塊です。
・モブもたくさんいます。
・嫌な予感しかしないな、と思われましたらブラウザバックをお願いします。
それは駅に貼ってあったポスターだった。私は、ブラウンとゴールドを混ぜたような長髪の女性キャラクターに目を奪われた。
よくよく見れば、それはアニメ映画の予告だったので、すぐに公開日を探した。右下に大きく『4.10 FRI ROADSHOW』と書かれていた。急いでスマートフォンで日付を確認する。明日だ。ポスターに目を戻し、そうしてようやく、手前に少年のキャラクター、女性の後ろに数人のキャラクターが大きく描かれていることに気がついた。今更視界に入った少年は『コナン』だった。
これまでどの媒体でも一度も見たことがなかったし、コナンが好きだと豪語する友人が感想を話している時も特に惹かれたことはなかった。精々主人公がコナンで、薬か何かで小さくなったことしか知らない。
そのはずだったが、名前も知らない彼女を見た途端、この映画を見たいと強く思った。私はたった今上がってきた階段を降りて映画館に向かう。帰路とは逆方向だが、今、行かなければならない。
映画館の大きなタッチスクリーンの券売機の前についた。封切りは明日だけど、レイトショーにすら間に合うかわからない。土曜日の日付を選んで、数少ない『残りわずか』となっている時間帯に触れた。封切り直後の週末だから、端の方にしか空席はなかったけど十分だ。
彼女の姿が見られるなら。
発券された薄い紙をすぐに財布に入れてから、券売機から離れた。少し離れたところにさっきと同じ絵柄のポスターが貼ってあった。その前に立ってみると、さっきのよりも大きい。そこで初めて、あの女性キャラクターが白バイと一緒に写っていることに気がついた。彼女は警察官で交通機動隊なのだろうか。さっきは女性に夢中で気づかなかったのが少し恥ずかしい。
しばらくポスターを眺めてから映画館を出た。コナンは元々の漫画もアニメも話数が多いと聞いた。コナン好きの友人に、どの話を見るべきかアドバイスをもらわないと。それに映画なら予告動画もあるだろう。家に帰ったら早速観なくては。まるで小学生にでも戻ったような、クリスマスを指折り数えるような気持ちで横断歩道へ踏み出した。
その瞬間に、急に目の前が明るくなる。体に大きな衝撃が走った。そして、クラクションや何かが強く擦れる音、金属がぶつかる音がないまぜになって聞こえた。
気がついたら目を覚ましていた。見たこともない天井と、使ったことのない色の壁紙が視界に入った。病院かとも思ったが、どう見ても一般家庭の一室だ。
「あら、起きたのね。おはよう」
ぼんやりとしている間に、同年代くらいの女性に抱き上げられた。いや、変だろう。どうして私が子供のように抱かれているのか。されるがままになって気がついたが、私はどうやらオムツを履いているようだった。……私が最後に覚えているのは横断歩道を渡った時の光景と感覚だった。もしかすると私は、事故の後遺症か何かで体が動かせないのではないだろうか。そう考えた時、女性は私を抱いたまま移動した。その先はその女性の部屋のようで大きな姿見があった。……そこに映るのは私の目の前にいる女性と、小さな乳児だった。
私がみじろぎすると、鏡の中の乳児も同じように動いた。手を挙げれば向こうも手を挙げた。……あれは私だ。どういう摂理か私は赤ちゃんになっていた。
その後、数日間、赤ちゃんとして生活してみたが、一向に以前の状態に戻る予兆さえなかった。以前の私は意識不明でこんな夢を見ているのかもしれない。或いはもう死んでいて、これが所謂、輪廻転生というものかもしれない。そのどちらであっても私には何もすることができない。
ぼんやりとミルクを飲んだりオムツを交換されたり、もしくはあやされているうちに、私はこの小さな体に馴染んできた。一升餅を背負う頃には、この身体で生きていく決心がついた。以前の私がどうなっていようと、今できることはないのだから。
心残りがないわけではない。家族も友人も仕事も……それに、あの映画も。でも全部どうしようもないんだから。私がこの一年弱考えて続けていたことを繰り返し頭のなかで唱えた。
一般的に物心が付くであろう頃には、私は前の私と同じくらいの女性と男性を、しっかりと親と思って頼ることもできるようになった。テレビの時間に流れてくる、教育番組や魔法少女のアニメも楽しめた。この番組は、感性が子供でも大人でも興味をそそられる、いい塩梅に作られている。
いつもならアニメが終わったらテレビの電源を切っていたが、ぬりえ用のクレヨンを取りに行っている間に、『仮面ヤイバー』が始まっていた。特撮もののようだったが、せっかくなので観てみることにした。ヤイバーはバイクで颯爽と登場し、怪人と戦っていた。派手な爆発が沢山起きるのは、見ていてドキドキする。
怪人を全て倒したヤイバーが、バイクの近くで決めポーズを取ると同時に背後が爆発した。そのワンシーンが、前に見た映画のポスターを彷彿とさせる。少し朧気だが、あのバイクと共に写っていた女性キャラクターを思い出した。映画館でポスターを見たときに、あのキャラクターが交通機動隊だと気がついたんだった。
その時、急に目が覚めるような気持ちで私は思った。私も白バイに乗りたい、と。
ただ年相応を意識して、今の家族の元で生きてきたが、将来のことなんて考えたこともなかった。それはそれで年相応と言えばそれまでだが、でも私の心は決まった。
ありがたい事に、今の家庭環境も私を自由に育てる方針で育児をしてくれている。私が本屋や図書館で『こどもののりものずかん』やら『おしごとずかん』なんかに興味を持ったことがわかると、両親は快くこれらを買い与えてくれた。
両親から見れば私は滅多にわがままを言わない子だったようで、私の興味が向いたものはとりあえず体験させてくれた。三輪車や自転車に乗って近所に出かけた。私がどうやら警察が好きらしいということが伝わると、近所の警察署や警察博物館に足を伸ばした。
その度に私は目を輝かせていたようだ。両親が撮った沢山の写真の中の私は、とても満足そうに笑っている。将来の夢というのはこんなにも楽しいものなのか。
私の『将来の夢』は萎むことなく、私は歳を重ねた。習い事は合気道、部活は剣道を選んだ。高校生になってバイトができるようになると、お金をためて十八で大型二輪と普通自動車の免許を獲得した。大学は法学部へ進んだ。その頃には中古だがバイクも購入して、今では機会があればどこへでもそのバイクに乗っている。
私の将来の夢が白バイ警官なのは、家族から見ても友人から見ても明らかだった。時折、お父さんが、やんわりと警察官とは別の道を勧めてきた。お母さんは、お父さんは応援していないわけじゃなくて娘が危険な目にあうのが嫌なのよ、と話していた。親になったことは無いが、想像はつく。なので、お父さんからこの話が上がった回数と同じ数だけ、私も白バイの魅力と私の夢を伝え続けた。脳裏に浮かぶのは、名前も知らないあのキャラクターとバイク。気づけば私の憧れに変わっていた。
……不純な動機だろうか。でももう私は止まる気もない。
大学の勉強だけではなく、採用試験に向けた勉強も並行し、大学卒業後は無事に警察学校に入校した。女性は少ないとは想定していたが、当たり前だがゼロではない。佐藤美和子ちゃんや宮本由美ちゃんという女の子を始め、比較的年齢層が近い子が同期だった。美和子ちゃんと由美ちゃんは、入校前から仲が良かったようで、お互いに気さくに話していた。二人は自然と私を会話の輪に入れてやり取りを続けてくれた。私はここで六ヶ月間過ごすのだ。
想像していた通り、警察学校は規則は厳しく、訓練は体力を削られた。美和子ちゃんと座学の復習をしながら規則の厳しさについて愚痴を話したり、警備訓練の時に同じ班の男の子が盾を肩代わりしてくれたこともあった。入校直後は夜に泥のように眠ることも多かったが、徐々に早朝に自主特訓をする余裕もできた。
「ねえ、聞いた?私たちの代って前よりも規律が厳しいらしいのよ!」
「そうなの?警察学校だからこれくらいなんだと思ってた」
「私たちの一つ上の代に、規則を破りまくった問題児がいたから、厳格化したって聞いたわ!信じられない!完全にとばっちりよ!」
「それを聞いちゃうと、納得できないね……」
ある日、美和子ちゃんが怒りながら部屋に入ってきた。鬼塚教官が規則について話す時、非常に強い口調になる理由が明かされた瞬間だった。
私が初任科を卒業した時、同時期に卒業する同期も、この後に卒業する同期も合わせて祝いの言葉を送ってくれた。警察官として働き始めたらまた会おう、と約束して私は警察学校を卒業した。
その後も続いた研修や実習をなんとかこなし、とうとう私は二輪専科で白バイの訓練を受けられることになった。そして、私は白バイを運転することの厳しさを知った。車体を大きく倒した姿勢からの回復、細かなハンドル捌き。何度傷を作ったかわからない。……交通機動隊でなくても良い、と思ったことだってあった。
私は同期に弱音を晒すのを躊躇った。口に出してしまえば、そのまま気持ちまで崩れてしまうかもしれないことを恐れていた。その代わり、競技大会の動画を観て自分を奮い立たせた。浅葱一華隊員は、毎年のように優勝し、その運転技術はその戦績をありありと語っている。
それを見ていつも私は思う。私の夢なのだ、夢までの道は厳しくて当然だ。専科を乗り越えた後は交通機動隊の新隊員訓練も待っていた。いつでも救急セットと大会の録画が私のお守りだった。
そして、あのほのかな憧れは、確かに私をここまで連れてきてくれた。
私は警視庁交通機動隊の白バイ隊員として職務に当たることになった。スピード違反や飲酒運転、そのほか道路上で起こる違反を対応する。違反者に怒鳴られるのも日常茶飯事だ。そのような環境でも、私の教育係になった隊員は、どのような時でも冷静沈着だった。口癖は「常に最善を」。
「我々は常に最善を考えなくてはいけない。この意味がわかるか」
「はっ!常に周りの状況に気を配り、適切な判断を下すことです!」
「では、その適切な判断とは何だ」
「危険や違反を、そうと見えなくても見抜くことであります!」
「そうだな。では、最後だ。なぜ危険や違反を見逃してはいけないのか」
「国民の安全を守るためであります!」
「そうだ。我々の目的は国民の安全を守り、これが乱されないようにしなければならない。違反の取り締まりなどはその手段に過ぎない。ここを取り違えるなよ」
「はっ!」
取り締まりだけが仕事ではない。常に事件が起きている東都では、パトロール、被疑者の追跡、爆破された道路の交通規制、何が起きても即時対応できなければならない。そんな時、教育係だった隊員の「常に最善を」は私の指標となった。
被疑者の追跡を諦めてでも街中の安全を優先することが最善の時がある。逆に確実に確保するまで追跡することが最善の時もある。白バイを乗らないことが最善になることだってある。
私が白バイ隊員として、どうにか形を成してきた頃、由美ちゃんと交通部で再会した。
「やっぱり、交通機動隊にいると思ってた!やったじゃない!」
久しぶりに会う由美ちゃんは、筆不精になっていた私に対しても変わらずに話してくれた。美和子ちゃんは刑事課に所属していると教えてくれた。
それぞれの部署で働きながらも、大元の所属は警視庁だ。美和子ちゃんが追っている事件の被疑者を私が確保する、警邏中の由美ちゃんに会う、全員総出で被疑者を追跡するなんてことも何度もあった。そして、たまの休みには一緒に食事に行くなどして交流は続いた。
競技大会に出ないか、と上司から推薦された頃には、すっかり全員、警官が身についていた。そして、私は一も二もなくその話を受けた。職務の合間に行っていた訓練は実を結んでいたらしい。
それから、ずっとお守りに持っていた浅葱隊員の動画を見返した。練習の時間も増やした。ありがたいことに、同じ大会に出る別小隊の先輩が、練習の合間に私の動きを確認してくれた。
「そういえば、前回の大会の動画は見たか?」
「いえ、まだ見ておりません」
「見てみろ。凄いぞ」
帰り支度をしながら先輩はそんなことを話す。
私は自分の部屋に帰ると、まず携帯を開いて競技大会の動画を探した。すぐに目的の動画は見つかった。再生してすぐに競技の映像が始まった。浅葱隊員とは違うが、素早く豪快ながらも繊細なハンドル捌き。バイクの動きを目で追ってると、ふと競技が終わった。
バイクから降りた隊員がヘルメットを外すと、流れるように綺麗なロングヘアが下へ落ちる。ゴールドブラウンを混ぜたような長髪。
彼女だった。
あの日見たポスターにいた女性だ。もう顔も思い出せないと思っていたはずなのに、あの駅に立っていた瞬間の高揚感がぶり返した。
私の世界にはあの女性がいたんだ。
私は画面の不要な場所を何度もミスタップしながらも、この女性隊員が神奈川県警交通機動隊の萩原千速隊員だと知った。浅葱隊員と所属が同じだ。
それから私のお守りはふたつに増えた。訓練にも職務にも一層身が入った。次の大会で一目見られるだろうと思うと、何度地面に転がってもすぐに立ち上がれた。
肝心の大会ではなんとか10位以内におさまった。優勝と準優勝は神奈川県警の2人だった。成績が発表される時になって、私はようやく周りを見渡して、綺麗なロングヘアの隊員を視界に収めた。ああ、本当にいる、すぐそこに。舞い上がるような高揚感で、今すぐにでもバイクに跨って走り出したくなった。同時に、これでは駄目だ、と自分を非難したくなった。
足りない。技術も何もかも。萩原千速隊員と同じ白バイ隊員を名乗るには、私はあまりにもちっぽけに感じた。
職務と訓練、基礎トレーニング。やることはいくらでもある。そうしていると、私の教育係だった隊員が頻繁に様子を見に来て、ひと言ふた言残して行く回数が増えた。ありがたく教えを享受していたら、とうとう厳しい顔でこう言われた。
「訓練において、動き続けることが最善と限らないことは知っているな」
つまるところ、休めと言われた。自分の体に意識を向けると、慢性的な痛みを体中に感じた。体を壊すのは本末転倒だ。計画的に休息を取る必要性を思い出す。
定期的に訓練から離れる日をスケジュールに組み込んだ。時々由美ちゃんや美和子ちゃんに誘われてカラオケにも行った。同期との飲み会にも顔を出すようにした。所謂恋バナや愚痴で盛り上がっている事も多いが、話を聞いているだけでも雰囲気を楽しめる。
慌ただしい職務の合間に、美和子ちゃんと由美ちゃんと昼休憩が重なったことがあった。その時は美和子ちゃんの愚痴とも恋バナとも取れない話が聞けた。松田陣平という元爆発物処理班の隊員が捜査一課に異動してきたらしい。この松田陣平という人物は、美和子ちゃんに言わせると滅茶苦茶らしいが、そうとは思えないほど楽しそうに愚痴を話している。由美ちゃんも同じ様に感じたようで、後々警邏中に会ったときには、笑いながらこの話を持ち出していた。
だけど、それもすぐに終わってしまった。十一月七日に起きた爆発事件でその彼は殉職した。美和子ちゃんはそれから、いつも通りに振る舞っている時も、寂しそうな顔をする事が増えた。私は大っぴらに慰めるのは苦手だった。代わりに、何でもないやり取りをこれまで以上に送るようになった。
一年経った頃、今度は神奈川県で事件が起きた。浅葱隊員が追跡していた被疑者が事故死したと報道された。この一件で負傷し、白バイ隊から離れざるを得なかった浅葱隊員を、世間は非常に強い言葉で非難した。白バイ部隊全体に対しても逆風が吹いた。この報道を見たであろう同期から、心配するメッセージが届いた。煮え切らない気持ちはあったが、同期の言葉は素直に心強かった。
私の仕事に怪盗キッドの出現現場の交通整理が加わる頃、私たちを取り巻く環境はまた一段と変化した。由美ちゃんは後輩と警邏のペアを組むようになり、美和子ちゃんは同じ捜査一課の後輩を憎からず思っているなのだとか。そして、世間にはキッドキラーと呼ばれる少年が現れた。『コナンくん』だ。捜査一課とも親しいとは美和子ちゃんの談だ。
よくよく考えれば、萩原千速小隊長がいるという事は、コナンもいる事にほかならない。しかし、だからといって私の生活は大きく変わらない。安全と安心を守るための職務は日夜続く。大会にも引き続き参加した。浅葱隊員はおらず、萩原小隊長が優勝した。私の順位も以前より上がったが、萩原小隊長の背中は遠かった。
ある時、同じ時間帯に警視庁に戻ってきた先輩隊員から、最新技術を搭載したバイクについて話題を振られた。近々開催する『神奈川モーターサイクルフェティバル』について、ニュースで報道されていたことを思い出した。これまでとは比にならないほどの機能を持った運転アシストだとか。これを搭載した『エンジェル』という白バイは、将来的に警察に配備される予定だ。そして、その催しでテスト走行を行うのは、萩原小隊長に決まったらしい。彼女の運転技術を考えれば当然だろう。私は、自分とは全く関係ないこの決定について、とても誇らしい気持ちになった。
数日後、交通部全体に通達が出た。神奈川県で一般のバイクを執拗に追う黒いバイクがいたそうだ。東都にも出現や逃走する可能性があるため、警戒を高めるようにということだった。警邏の人数や回数も増加されたようだ。そして、その必要性はすぐに証明された。東都にも件のバイクが現れ、怪我人を出した。追跡していたのは由美ちゃんと彼女の後輩が運転していたミニパトだった。振り切られてしまったようだが、黒いバイクに関する情報は増えた。
その情報は交通部にも下ろされた。捜査上『ルシファー』と名付けられた黒いバイクは、最重要警戒対象となった。神奈川県警とも協力体制を敷き、犯人の特定、確保を最優先に行うことになる。それらが決定された時、私は上官に呼び出された。ノックをして入った部屋には、デスクに座る上官と、もう一人、別小隊の男性隊員が立っていた。
「今回のルシファーの事件解決のために、警視庁に二台、神奈川県警に一台、エンジェルが緊急で配備されることになった」
上官は話しながら立ち上がり、私たちへ視線を送ってきた。
「二人はその白バイを使い、犯人確保へ尽力してくれ」
「はっ!」
私と男性隊員は声を揃えて返答する。
「神奈川県警では萩原千速小隊長がエンジェル三号機を使用する。一号機と二号機が届き次第、また改めて通達をする」
私は一号機を使用することが決定した。事件解決に向けて、罷り間違っても足を引っ張るようなことがあってはならない。意識して長めに息を吐く。大会で見たあの大きくて遠い後ろ姿を思い出した。
そうして、エンジェルが二台、警視庁へ到着したのとほぼ同時に、ルシファーを運転していた浅葱一華元隊員が逮捕された、という通達が届いた。脳裏に二年前のニュースがよぎり、重たく居座った。神奈川県警から警視庁へ次々と情報が送られてきているようで、交通部にも矢継ぎ早に指示が飛んだ。どうやら主犯はまだ逃走中であること。民間人が拉致されているため、少数で追っていること。萩原小隊長がルシファーを使って追跡中であること。私たちの役割はエンジェルで萩原小隊長の元へ急行し、横浜ベイブリッジまで誘導すること。
ヘルメットやプロテクター、グローブを素早く装着し、エンジェルに跨る。すっかり頭は冷えて、冴え渡っているような気さえしてくる。
司令部から位置情報が共有され、ルシファーの移動経路が提示された。パトランプを点灯させて、もう一台のエンジェルと共に道路へ出た。移動中もヘッドセットから渋滞や交通規制の情報を拾いながら迂回路を記憶する。大通りへ合流し、目の先に黒いバイクを捉えた。ルシファーだ。隣には若者と子供が乗ったバイクが並走していた。コナンもいたようだ。
私はそのバイクとは反対側から、エンジェルをルシファーの横へ滑り込ませた。二号機はやや斜め後ろからルシファーを追走している。
「萩原小隊長!応援に来ました!迂回ルートを先導します!」
風に声をかき消されないように、大きく宣言した。
「頼む」
萩原小隊長の声が返ってくる。私はそのままスピードを上げて、ルシファーを追い越した。先ほど覚えたルートに沿って通りを走る。突然、一般車がエンジェル二号機の前に割り込んできた。
男性の隊員が、道を開けるように呼びかける声がヘルメット越しに聞こえた。蛇行を繰り返している乗用車には、一向に止まる様子が見られない。車両にぶつからないように、彼は速度を落とした。その瞬間に、エンジェル一号機が爆発した。横目に隊員が植え込みの方へ吹き飛ばされるのが見えた。私はバイクを走らせ続けた。
心拍数が上がる。グローブの中の手が熱くなる。今の爆発の原因は故障ではないだろう。ヘッドセットのマイクへ状況を報告した。横目で斜め後ろの状況を確認すると、コナンがルシファーへ乗り移っていた。コナンはタンデムシートのカバーを開けると、爆弾だ、と叫んだ。情報を得なければ。私はややスピードを落として、声が聞き取れる位置まで移動した。
「そっちのエンジェルにもあるはずだよ!」
コナンは私の方を向いてもう一度叫んだ。並走するバイクを見る。もしここで私や萩原小隊長のバイクが爆発したら、巻き込まれてしまう。そしてここは一般道だ。他の車両のエンジンに延焼する可能性もある。
「先ほどのを見ると、五十キロといったところか」
萩原小隊長が爆破の閾値となる速度を見抜いていた。私は速度計が五十キロ以上を保持していることを視認した。同時に、マイクへこの情報をそのまま伝える。即座に通行規制を進めている、と返答があった。
「海だ!爆発の瞬間、海に飛び込めば……!」
「いい考えだ。だが、私の方はそうもいかないようだ。ハンドルから手が離せない。磁力か何かでロックされているようだ」
「そんな……」
「もしそうなったら、私のことはいいから海へ向かってくれ」
「わかりました!」
バイクの若者と萩原小隊長の声が続く。状況は芳しくない。そしてヘッドセットから、各地点で無人の自動運転車による事故が立て続いていることを聞いた。影響を受けた道路は広範囲に渡っている。別の迂回路と最短の海辺を同時に考える。この辺りのカーブは、五十キロ以上の速度でも安全に曲がれる角度だ。道路にも幅があり、速度は保てるはず。まだ先導は続けられる。
「僕がこの爆弾を解体する!」
ルシファーの上のコナンが、受け取った道具を使っているのを横目で捉えた。次のカーブが近づく。速度計を視界に収めながら曲がり切る。萩原小隊長と若者も安全に曲がった。その瞬間、金属同士がぶつかる重たい音が響いた。乗用車がルシファーの背後から追突している。
乗用車は執拗にルシファーの車体を追っていた。このままバイクが乗用車に追突され続ければ、車体が破壊されるか、速度が落ちて爆弾が起爆するのは明白だ。乗用車の中に人影は見えなかった。司令部が話していた自動運転車だ。
「無人の車なら!」
常に最善の判断を。アクセルを緩め、萩原小隊長の横に並ぶ。そのまま車体に角度をつけ、エンジェル一号機から飛び降りた。身体中に衝撃と痛みが走る。硬い何かに背中が叩きつけられた。爆発音を聞きながら、以前にも似た経験をした記憶があるな、と場違いなことを考えた。
気がついた時には、ベッドの上で寝ていた。嫌な予感がよぎって体に力を入れると、痛みはあったがすぐに起き上がることができた。赤ちゃんにはなっていなかった。
ナースコールを押して、病室に来た看護師といくつかやり取りを交わし、医師にも診察された。私は半日ほど寝ていたことと、頭を含め全身を打ちつけたため数日の入院を必要とすることを伝えられた。
たったの数日だったが、両親や美和子ちゃん、由美ちゃんがお見舞いへ来てくれた。お父さんは何かを言いたげにしていたが、お母さんと一緒に、無事でよかった、と言ってくれた。由美ちゃんのミニパトが大きく破損したが、萩原小隊長が犯人を確保した現場に間に合ったと言っていた。話ぶりから相当な事が起こっていたようだ。退院したら資料を見せてもらおう。美和子ちゃんは私や由美ちゃんに少し怒っていた。危険なことは承知の上だったので、お叱りの言葉を甘んじて受け入れた。
退院して数日後、私は無事に交通機動隊に復帰した。初日はリハビリのようなもので、少しのパトロールと報告書の作成が主な業務だった。あの日の資料を読むと、思わず目を疑う内容が書かれていた。萩原小隊長がルシファーで被疑者のヘリコプターに乗り込み、墜落直前に脱出した、と。荒技がすぎるのではないだろうか。それでいて軽傷ですんでいるとは、脱帽だ。
資料を戻しに行くと、二号機に乗っていた隊員と顔を合わせた。話には聞いていたが、彼も無事に復帰していた。互いに無事を祝い、あの日の健闘を讃えて、それぞれの持ち場に戻った。次の日、警邏から戻ると、私に来客があると告げられた。急いで受付へ回ると、萩原小隊長がいた。
「復帰したと聞いたからな。あの時は本当に助かった。礼を言う」
「いえ!事件解決の一助になれたのであれば本望です!」
自分の声が上擦っていることに気づいた。
「お前も白バイ隊に戻れたんだろう。本当に良かった」
「萩原小隊長もご無事で……嬉しいです」
適切な言葉が見つからず、気持ちをそのまま口にしてしまった。萩原小隊長は、一度こちらを見つめた後、豪快に笑い始めた。
「そうか、嬉しいか!いや、私もだよ。次の競技大会を楽しみにしているぞ」
「はい!」
萩原小隊長に私から改めてお礼を伝え、敬礼をした。彼女は私に敬礼を返すと、髪を靡かせて、警視庁を出ていった。私はその背中を満ち足りた気持ちで見送ることができた。
ポスターに目を奪われているだけでも、あの背中に憧れるだけでもない。私は確かに警視庁交通部交通機動隊の白バイ隊員なのだ。























