「暑い!!!!!」
夏休みが始まってすぐのこと。萩原家次女──萩原澪──は夏休みの課題をしていた手を止め、愚痴をこぼした。まだ夏は始まったばかりというのに、暑さはしっかりと“夏”の暑さだった。高校二年生となった澪は去年、夏休み最終日まで課題を残して大変な思いをしたことを反省し、とりあえずできるところから……と双子の片割れとその親友を巻き添えにして課題をこなしていた。
萩原家で昼食を食べ終えた三人は、また課題へと向かう。しかし日が高くなるに連れ、じとりと流れる汗と暑さに嫌気が差した。
「ダメだ、終わんないよ〜。暑すぎてやってらんない」
茹だる暑さについに白旗を揚げた澪は大の字に寝転がった。暑い暑いと言葉にすると更に暑く感じるが、暑いものは暑い。そう言わずにはいられなかった。課題を始めて早数時間──休憩は何度も挟んだが、そろそろ集中力も切れる頃だ。
「本当に年々暑くなっていくよな〜」
そう言ってリモコンを使ってクーラーの温度を下げた萩原家長男──萩原研二は隣で寝転がる双子の片割れを見て苦笑いを浮かべた。澪は大の字に寝転がったまま目をぎゅっと瞑り、その澪の頬を研二はツンツンと突いた。
「夏らしいことがしたい……」
「夏らしいことって何だよ」
澪の逆隣に座っていた萩原双子の幼馴染──松田陣平はジト目で澪を見下ろした。松田の言葉に「う〜ん……」と澪は唸った。そうは言ったものの、具体的には考えていなかった。夏らしいこと、夏らしいこと……と考え数秒後、閃いたとばかりに澪はパッと表情を変えた。
「夏といえば[[emphasismark:アレ > ・・]]だ!!!」
ガバリと体を起こして一人頷き、携帯を使って調べ始めた。そんな澪に[[emphasismark:アレ > ・・]]? と研二と松田は首を傾げた。
* * *
「青い空! 白い雲! 青い海! 海といえば湘南!」
ドーン! と効果音がつきそうなほど、清々しい笑みを浮かべて両手を大きく上げる澪のテンションは上がりきっていた。澪を始めとした研二、千速、忍、松田の五人は湘南の海に来ていた──。
「やっぱり夏といえば海だよね〜!」
夏といえば……そこで思いついたのは海で泳ぐことだった。夏休みといえど平日だったので、人は疎らだった。天気は快晴──心地いい海風──絶好の海水浴日和だ。
「じゃ、まずは着替えだね〜」
研二の言葉に全員が頷いた。男性用更衣室と女性用更衣室は別の場所にあるため一度別れて着替え、再度集合する手筈となった。
「先にトイレに行っておくか」
「あ、私もー!」
千速と忍はそう言ってトイレに行こうとした。「澪はどうする?」と忍が聞くと、「私は大丈夫かな」と断った。
「先に着替えてるよ。集合場所で待ってるね!」
「わかった」と千速と忍はトイレに行き、澪は更衣室でこの日のために新しく購入した水着に袖を通した──。
着替えを終えて集合場所に行く道すがら、キョロキョロと辺りを見回すが研二の姿も松田の姿もなかった。すでに集合場所に行っているか、さてはナンパでもされているな? と顔の良い二人を思い浮かべた。そう結論づけて、再び集合場所へと歩きだそうとすると「ねえ」と声をかけられた。何事だと思って振り向くと、そこには男が二人立っていた。
「君一人?」
「俺たちと一緒に遊ばない?」
いかにもな定型文に苦笑いをこぼした。研二たちがナンパされるのは分かっていたが、まさか自分がされるとは──。
「いえ、連れがいるので……」
「それって女の子? 一緒でいいよ!」
これまた定型文で返すが、それに怯む相手ではなかった。あー面倒だと思い、ここはスルーするのが一番だと表情を一気になくして無関心を装った。それに気づいているのかいないのか、ナンパはなかなかしつこかった。
さて、この状況をいかに切り抜けようか──様々なパターンを考えるが、どれもこれも上手く行きそうにない。集合場所に行きたいのだが、果たしてこの二人がそうやすやすと離してくれるだろうか。助けを求めようにも、あまり人もいない。
切り抜ける方法をぐるぐると考えあぐねていると、澪の肩にポンと手を置かれた──。反射的に肩に手を置いた人物を見上げると、先程の無表情は何処へやら。澪の無表情は一気に明るくなった。
「ちーちゃん!!!!!」
「私の連れが迷惑をかけたな」
「え!? 連れってこの美人さん!?」
「めちゃくちゃ当たりじゃん!」
澪に加えて麗しい美貌の持ち主である千速の登場にナンパ男たちは揃って鼻を伸ばした。ナンパ男を睨む千速の怪訝な目は、千速と澪をどうにか連れて行こうと息を巻く二人には気づかなかった。
「いいじゃん、一緒に行こうよ!」と今にも手を引っ張ろうとしたその時、千速と澪の背後から影がさし、目の前のナンパ男たちはギョッとした。
「俺の連れに何か用?」
千速の左肩と澪の右肩を抱いた長身のイケメンの登場に、ナンパ男たちは顔を青くした。男がいたというよりも、到底敵わない相手の登場に「し、失礼しました……!」と尻尾を巻いて逃げていった。
「ったく、根性のないやつめ」
悪態をつく千速を長身のイケメン──研二──は「まあまあ」と宥めた。どちらにせよナンパ男たちは去っていったので良しとしよう──。そして千速は自分の肩に視線を落とした。
「やめろ、研二。暑苦しい」
未だ肩に置かれたままだった自身の弟の手を払い除ける姉とは反対に、双子の片割れは「研ちゃーん!」と抱きついた。猫みたく擦り寄って来る片割れを難なく抱きとめるその姿はデキル男そのものだった。
「…………待ってやばい。ちーちゃんと研ちゃんの水着姿眼福過ぎて直視できない」
意識は完全にナンパ男に向けられていたため気づかなかったが、ふと自身の姉と兄の姿を見ると、二人は水着にラッシュガードを羽織っていた。いつもと違う二人の姿が眩しく澪は両手で目を覆い、矢継ぎ早に告げた。
「とりあえず集合場所に行くか。忍と陣平が待っているだろう」
「そうだね」
千速と研二が話しているが、澪は眩しすぎる姉兄に未だに目を開けられなかった。当の姉兄はこの光景は慣れているため、然程気にしていなかった。研二は妹の手を引いて歩きだそうとすると、ふと周りの視線に気がついた。
「ほら澪、これ着とけよ。紫外線は敵だぜ?」
やっとのことで目を開けられた澪は、素直に兄から受け取ったラッシュガードを羽織った。研二はただでさえ高身長なのだが、澪と並ぶとその身長差はかなりある。一回りも二回りも大きいラッシュガードは必然と彼シャツのようになり、袖も余って萌え袖になっている。羽織る時にふわりと香った匂いをスン……とかいで、「この匂い……」と澪は目を細めた。
「これ、研ちゃんの匂いがする」
「……同じ柔軟剤使ってるからね?」
澪ちゃんもその匂いだからね? と言う研二の声は澪には届かない。同じ屋根の下で暮らしているのだから、同じ洗濯機で同じ洗剤・柔軟剤を使っていれば同じ匂いになるのは必然だろう──当たり前だが、千速も同じだ──。
澪がスンスンと匂いをかいでいると、「おーい!」と聞き慣れた声が聞こえた。
「澪ー! 千速ー!」
「忍」
「あ! 忍ちゃーん!」
手を振りながら小走りで来たのは忍だった。そしてその後ろから松田がゆっくりと歩いてこちらに来るのが見えた。
「も〜探したよー! 集合場所に全然来ないんだからー!」
三人がなかなか集合場所に来ないため、待ちくたびれた忍と松田が探しに来たのだった。そういえば千速は忍と一緒にいたはずなのに何故? と澪が疑問に思っていたが「千速も澪を迎えに行くって言ったっきり帰ってこないんだから〜」という忍の発言に「わざわざ私を迎えに来てくれたの!?」とまた澪のテンションが上がったことは言うまでもない──。
さて、泳ぐぞー! と気合いを入れた時、ふと足元にキーホルダーが落ちていることに気がついた。確かこれは萩原(研二)が使っているものだ──と松田が気づいた。
「萩原」
「「「ん?」」」
「同時に振り向くのやめてくれねぇか? 同じ顔が三つ並ぶと奇妙なんだよ」
「何だと松田陣平、失礼な」
「テメェが一番失礼なんだよ、澪」
これは、そんな五人が織りなす物語────。
【おまけ】
「研ちゃん! あそこにナンパされているちーちゃんがいます!」
「よし、出動だ!」
ビシッ! と右手を上げて敬礼する澪に、研二はGOをかける。研二の指示に「おー!」と威勢のいい声を上げながら、澪は大好きな姉を助けようと一目散に駆け寄っていく。もちろん澪が行ったところでナンパ男たちにとっては逆効果のため意味がない。研二は姉妹を助けようと澪の後ろをついていった。
「ちーちゃん! 研ちゃんがピンチ!」
「あいつは放っとけば良いだろう」
千速を助けた数分後、次は研二が逆ナンに捕まった。あいつならどうにか切り抜けるだろう、とあまり心配していない姉とは正反対に「いやだよぉ……」と大好きな兄を助けようと奮闘する妹──。ここは助けにいかねば! 待ってね研ちゃん! と再び走り出す澪に千速は重い腰を上げた。
「……平和だね〜」
一歩歩けばナンパされる双子+姉を見て、松田と忍は揃って、今後海は止めよう……と心の中で誓った。
「つか、よく千速が海に来ることに賛成したな。暑いところ嫌がるだろ」
「決まってるじゃん。澪がいるからだよ〜。ナンパ男から牽制するために!」
澪は気づいてないけどね♪ と笑う忍に、松田は納得すると同時に呆れた目で澪を見つめた──。





















