「研二君さぁ……ちーちゃんがお姉ちゃんなの羨ましいなぁ……私にちょーだい!」
見事に酔っぱらった樹ちゃんはそんな無茶なお願いをしてくる。ご機嫌なのかちょーだい、ちょーだいなんて謎のリズムで横にゆったり揺れながら、だ。
いつもの事ながらふにゅんと上がった唇はとっても可愛くて目を引くし揺れるたびにふんわりとシャンプーのいい香りがする。
今日は姉ちゃんとお揃いだって嬉しそうにしてたな。それもかわいいと思った。
どうしようもなく、女の子だって意識してしまう。
姉貴の同僚兼友達ってだけじゃない、異性として見てしまう。
ただ一度会っただけ。今回が二度目だ。
でも鮮烈なあの感覚はたぶん、ひとめぼれに近い。あの目を奪われる、惹きつけられる感じは初めてだった。
バイクを降りた時の満足げな笑みを今でもしっかりと思い出せる。
目が合った時微笑まれた。それがずっと俺の心に住み着いている。
何度思い返しても素敵だって、可愛いって思う。
そんな子が今俺の隣であの時よりも柔らかい笑顔を浮かべて一緒に酒を飲んでるんだからさ、人生ってわからない。
……もちろん姉ちゃんも一緒なわけだが。
「研二に構ってないでお前の欲しがるちーちゃんはここにいるぞ?」
ほれ、と両手を広げる姉ちゃんに樹ちゃんはふわふわと立ち上がり腕の中に吸い込まれた。
遠慮のない距離感。
普段からそうなんだろう。ギュッと抱き合う二人の距離は近い、それこそこっちが恥ずかしくなってしまいそうなほど。
ある程度抱き着くと満足したのか樹ちゃんはそのままグデっと力を抜くと姉ちゃんの膝の上に頭を預けてソファに寝転がる。
女の子同士ってこんなに距離が近いもんなのかとちょっとドギマギしてしまう。
男の俺には理解しきれないところもある。
「お前はほんとに可愛いなぁ」
「んふふ。ちーちゃんも、いちばんかわぃいよ」
ゴロゴロと喉でも鳴らしそうな勢いでご機嫌な樹ちゃんは本当に姉ちゃんが大好きなんだろう。とろんとアンバーの瞳がとろけて柔らかい光を宿している。
スリ、と眦を姉ちゃんの指がなぞる。すっとした瞳を引き立てるアイラインはそこにない。
風呂上がりの、何も描かれていない素肌。キメの細かい、毛穴さえも見えないようなきれいな肌だ。甘えるように閉じられた瞼の上、姉貴は鼻筋、頬、と愛しむようになぞっていく。口紅の乗せられていない唇を柔らかさを楽しむかのようにフニフニと二本の指でつまんで引っ張ったり擦り合わせたりと好き勝手している。
されるがままの樹ちゃん。ふにゅりとした口元は弧を描いて唇を尖らせたりなんかして姉貴の反応を伺ってる。
キス、したいと思った。
あの柔らかそうな唇に何の躊躇もなく触れることを許されている姉ちゃんが羨ましい。
前見た時みたいにリップで色づいているわけじゃないけどとっても魅力的だ。目をつぶって唇を尖らせる姿はキス待ち顔と呼ばれるものじゃないのか……
食い入るように見ているのがばれたのか姉貴が俺を見る。
カっと頬が熱くなる。見られた、、、
二ヤァ
チェシャ猫みたいなたくらみ顔で俺を見て笑った後唇をいじる動きがより激しくなる。
まるで愛撫でもするかのように上唇をゆっくりと丁寧に擦り上げて、下唇の厚みを確かめるようにグニグ二と形が変わるくらい触っている。柔らかそうな唇から時折覗く小さくて白い歯が目に毒だと思った。
カプリ、突然空いた口に姉貴の指が食べられる。
しつこいとそう訴えるみたいに樹ちゃんは姉貴を軽く睨みつけてまたすぐにアンバーが見えなくなる。
指は相変わらず帰ってこない。小さな口に親指と人差し指、いくら女の細指だとしてもそんなに深く入ることはないのか精々第一関節くらいまでだが舐められ吸われている。
白い歯と時折覗く赤い舌。
なんだかとても背徳的でエロティックな……
女の子の口元をこんなに凝視することなんてなかなかない。
甘やかで鼻にかかったようなわずかな吐息が鼓膜を揺らす。他の音が全部なくなっちまったみたいにほんとにかすかなその音だけが、だ。
「樹、それくらいにしろ」
仕方のない子どもをたしなめるように姉貴はぺろぺろとキャンディのように舐められていた指を引き抜いた。惜しむように指先を舌が追いかける。銀糸がプツンと切れる。
テラリ、照明に照らされて指先が濡れ光るのが目に毒だ。
トロンとした唾液の感触を楽しむかのように親指と人差し指が擦り合わせられる。
「ん、パイン味」
「あ、あねき?」
「なんだ?」
こっちの言いたいことなんてわかってて聞いてくるのが尚質悪い。
さっきまで樹ちゃんの口に入っていた指を何の躊躇もなくペロリと舐めるこの人はいったい何を考えているんだろう。
やっぱり二人は付き合っている……?
それとも俺をからかいたいだけ……?
この酒美味いな、なんて見当違いの反応。
それを聞いてそうでしょと樹ちゃんが新しい缶を進める。
「そっちの、お前の飲みかけでいい」
「えー、もう中身ないんだけど」
「じゃあ新しいの一緒に分けよう。私も一本は多い」
「ん」
いそいそと起き上がって新しいパイン味の缶をカシュリと開け、そのまま姉貴の口元に近づける。
それに対して何を言うでもなく当たり前のように享受する。
傾ける角度が大きかったのか伝った雫を樹ちゃんが追いかける。
姉貴も肌が白い方だと思う、そこに触れる赤。
あらぬ想像を掻き立てられてしまう。思わずぐっと息をのむ。
下半身に熱がこもる、正直すぎる体を抑え込むので精いっぱいだ。
「へたくそ」
「私のせい?」
唇を尖らせてわざとらしいくらいにしかつめらしい表情を作る樹ちゃん。言葉少なに交わされるやり取りはお互いに遠慮をまるで感じさせない。やれやれと言わんばかりに肩をすくめて缶を煽る。
もうさ、それ以上のことしてるから突っ込まないけどそれだって関節キスなわけよ。
あまりにも近いから女の子の色々ってわかんなくなるけどたぶんこれが普通なわけはなくて……本当にこの二人の距離はどうなっているんだ……
フハ、と満足げなため息。
じっと見ていたからか、不意に樹ちゃんが俺を捉える。一瞬きょとん。そして納得したように一つ頷く。
あ、これ俺がいることさっきまで忘れてたな……完全に姉ちゃんと二人っきりだと思ってたんだろうな。
確かに何だか背徳の気配を感じてできるだけ気配消してたけどさ、忘れるのはどうかと思う。
恥ずかしがるかと思ったけどそんなこともなく。
俺が見てたのをどう捉えたのか、ニコッと人懐こい笑みが向けられる。
「研二君も飲む?パイン美味しいよ」
「えっと、おれは」
はい、と満面の笑みで差し出された酒。
断られることなど微塵も思っていないのがよくわかる。
さっきまで二人の世界だったくせに急に俺の存在を思い出したかの様にふっとお鉢が回ってきて焦る。笑うと細まる目が可愛い。上向きの唇はさっき尖らせたときのまま、いつもより上向き。
これって、呑んでもいいやつかな。
間接キス、とかこの子気にしなさそうだけど俺が気にしすぎなのか?
姉貴は同性だからありだとして、俺はほぼほぼ初対面みたいなもんなわけで。そんな男と、って世間一般的にどうなんだ?
何とも思ってない子なら適当に流せたさ。
でもそうじゃない。
この子のことが気になるって気持ちを抱えちまってるから困っちまう。どう答えれば今後君の気持ちが少しでもこっちに向いてくれるかな、なんて意地の悪いことを考えて、ああ、クソ。
「いいの?」
「ん」
結局ぐるぐる考えても結論は出なくて、たぶん俺の葛藤を見抜いててそれを面白そうに静観する姉貴の存在とか邪魔くさい思考とか、煩わしいもん全部ふっとばして欲しがっちまう。
無駄にドキドキしちまって気の効いた言葉なんて出てこない。不器用かってくらいシンプルな言葉と缶に向かって手を伸ばす。
君はそれを丸っと無視してそそそ、と移動してくる。
近付くとより一層わかる小ささ。ほんのりと上目遣いが可愛いと思っちまう。
何とも庇護欲をそそる。目線を合わせるかのように立ち膝になって口元まで缶を持ってきてくれる。
……なるほど、姉貴にしたのと同じことをしようとしている……助けを求めて視線を向けるも、
「酔っぱらうと甘えたいし甘やかしたくなる奴だ」
そんな情報が欲しいわけじゃねぇのよ。ニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべるだけで姉貴は手を貸してくれそうにはない。
こんなかわいい生き物が精いっぱい何かをしようとしているだけで愛おしさを禁じ得ない。正直、めっちゃ食べちゃいたい。
アンバーの瞳がもっととろけて綺麗な雫を流してる様を見たい。
ふにゅんと上向きの唇から甘く紡がれる吐息が聞きたい。
あまりにも思考が理性を失ってんのが自分でもわかるからほんと。止めてほしいけどストッパーとしての機能を搭載してないらしい姉貴は高みの見物。
頑張れ、俺の理性。お前だけが頼りだ。
口元、冷たい缶が触れて角度が付く。
ゆっくりと注ぐように慎重に傾けられる。さっきへたくそと言われたのを根に持っているのかとてつもなく恐る恐る。じぃっと口元を凝視されてるのが、また。
恥ずかしくて見てられなくて思わず目を瞑っちまう。
たぶんそこに深い意味なんてなくてただ零さないように必死ってそれだけ。自分だけが妙に意識しちゃってんのがほんと。
思ったよりも甘くっていかにも女の子が好きそうな味が流れこんでくる。
酒っぽい匂いはそんなに強くないからそれなりに飲める俺にとってはどちらかというとジュースみたいなもん。
度数いくつだって缶を見ようと目を開ければ思った以上の至近距離にあった樹ちゃんの顔。
驚いてそれでも角度的にとっさに離れることもできやしない。……こぼれちまったら、な。
無いとは思うがさっきの姉貴のと同じことは勘弁。それこそ理性とお別れする羽目になる。
いや距離感。本日何度目だよって思う。
アンバーの瞳が俺を捉えておいしいでしょ、と言わんばかりに得意げにキュッと口角を上げる。
よく笑う、表情のくるくる変わるところが可愛いと思う一方でもうこの距離感に耐えかねた俺はあいまいにほほ笑んでもう大丈夫、と手を軽く振る。
その意図を正しく汲んでくれた樹ちゃんは口元から缶を離して距離を取る。
度数そんなないはずなのに熱に浮かされたみたいにくらくらする。
ようやっと離れた、落ち着いて呼吸を整える。それなのに、それなのにさぁ。
コクリ、缶が傾く。
自分で飲むんだからさっきみたいな伺うような傾け方じゃなくて結構な角度。
さっきまで俺が飲んでたのに何の躊躇もなく。結構な量を一気に行ったのかどんどんと角度がついて飲み干すみたいに白い喉がのけぞる。凹凸の少ない喉元。視線が釘付けになる。
「っぷはっ!」
「おいおい、半分こだって言ったのにほぼほぼ飲んだだろ」
「あ、ごめんね」
「……まぁいいさ。いいもん見れたしな」
カシュリ、新しい一本を開けながら意味深な流し目。
質の悪いことこの上ない。
「……俺ちょっとシャワー借りてくるわ」
「行ってらっしゃーい」
「ごゆっくりぃ」
のんびりとした二つの声に見送られてまだ夏はしばらく先だというのに冷水シャワーを浴びる羽目になった。
去年一昨年と白バイの大会応援に言っていたじんぺーちゃんは樹ちゃんと知り合いだったらしい。
まぁ姉ちゃんのあの可愛がり方だもんな、紹介しないわけがないか。
この前俺が勢い余ってかけた電話に焦ってがるがるしていたじんぺーちゃんは姉貴といちゃついてた正体が樹ちゃんだと知って安心したような、呆れたような声で「おう、ご愁傷様」とだけ言った。
曰く「あいつら前からあんな感じだしよ」とのこと。
二人が同棲してるのも知っていた。
……なんで弟の親友が知ってて実の弟が知らないんでしょうね。その辺の報連相意識をしっかりみっちり姉貴に叩き込みたいところではあるがもはや手遅れなような気がしてる。今日この頃。
それで今——
「陣平君は見る目あるよね。ちーちゃんほどイイ女私見たことないもん。絶対捕まえなね!!」
「言われなくともだ、つーことで樹お前協力しろよ。今一番千速の傍にいるのはあんただろ?千速の好きなもんとか情報流せ」
「えー?高いよぉ、協力料」
まるで旧来の友人だと言わんばかりにお互い遠慮なく軽口を叩き合う二人。
じんぺーちゃんそんな仲良くていいな、とジェラっちゃう気持ちがないわけじゃァない。それでも冷静でいられるのはじんぺーちゃんが小さいころから姉ちゃんの事しか見てないのを誰よりも知ってるからで。
お互いのことをただの友人としてしか見ていないのだってよく見ているからだ。
「そんくらい屁でもねぇよ、なぁ萩?」
「なんで俺に振ったよ…まぁそうねぇ。樹ちゃんこいつマジだからさ、全然吹っ掛けても平気だぜ?」
こうと決めたら一直線。アクセルしかついていないと自他ともに認めるじんぺーちゃんには惚れ惚れする。
危なっかしいところも多々あれどあの後先考えずに突っ込んでいける性格は俺には眩しすぎる。
それは恋愛においても。
いつも取り付く島なくスッパリ断られること何十回。
全くもってへこたれる様子も、よそ見することもなくまっすぐ姉貴にアプローチする様は見習わなくちゃいけないな、と痛感させられる。
前回何とか連絡先を好感したは良いが日常会話のようなものをのんびりと続けるだけで未だにアプローチというアプローチをできていない。
もうあれから一か月。
樹ちゃんにひとめぼれに近い形で恋をして、姉ちゃんの気遣いもあって一緒に飲みもしたもんだがまるで意識されていないのがわかる。
アプローチってどんなだ?どうすればいい?考えて、身近にある例がじんぺーちゃんだったもんだからさぁ?
あんな風に直球過ぎる言葉、を恥ずかしげもなく……。できる気がしない……
思えばちゃんと自分から惚れるような経験、俺にはない。
自慢じゃないがそれなりのルックスと人当たりの良さは男女問わず人を惹きつけた。いつも言われたから付き合って、それなりに楽しく過ごして、みたいな恋愛しかしたことがない。
付き合っている間、情はあったんだと思う。でもそれだけで相手を独占したいとか自分だけを見てほしいとかそういうのが恋愛感情なのだとしたらちゃんと恋をしていたのかものすごく怪しい。
たぶんそういうところを見抜かれて「思ったのと違う」なんて異口同音に言われて別れを繰り返してきた。
どうすればいいのかわからない、なんてこの歳で。ガキかよって自分が情けなくなってくる。
たぶん樹ちゃんは俺のことを仲の良い先輩の弟としてしか見ていないし、そのカテゴライズがしっかり確立されちまえば取っ払うのはなかなか厄介になっちまう。
それがわかるからとにかく焦っている。こうしてじんぺーちゃんを呼び出して、どうにか打開しなくてはと思うほどには。
姉貴曰く、樹ちゃんは自分に向けられた好意にはちゃんと気づくタイプだそうで。
でもそれが身内判定食らっちまうと認識は鈍くなる、と。
俺の場合最初からたぶんその補正がかかりつつあったし、俺も俺で必要以上に好意を見せると面倒なことになるのを知ってっからストレートに出すのはあまり得意じゃない。
……まぁそれなりに生きてると色々あんのよ。
そんなわけで樹ちゃんが認識できるほどの好意をにじませることもなく。それが原因で意識されないのもわかってるんだけどさ。
あの飲み会の後姉貴から電話がかかってきてヘタレ、とだけ一言。
バカみたいに重たいため息にう″とうめくしかできなかった。
「ほーんとこんないい男二人に恋人の一人や二人いないなんて不思議な世の中よねぇ」
「一人や二人って……お前なァ」
「わかってるって!陣平君はちーちゃん一筋だもんね。ちーちゃんが頷いてくれればそれで解決。頷いてもらえない限りはずーっとカノジョなし、かぁ……ハードボイルドな生き方だねぇ」
しびれるゥ、なんて言ってその手に握ってるのがビールジョッキだったらしまったのかもしれないけど生憎と樹ちゃんが握ってるのはアイスカフェラテのグラス。
ここはビールなんて置いてない昼下がりの喫茶店。
氷が解けて薄まった上の方と下の方の境界線を消すかのようにストローでクルリクルリと混ぜていく。
グラスに付いた結露がそれなりの時間会話を楽しんでいることを教えてくれる。
君がふざけて頼んだ季節外れのホットコーヒーはじんぺーちゃんの手の中で。そういうおふざけをしても許させる関係性なんだなってのをあらためて実感しちまう。
俺の手元にあるのは初夏にぴったりのアイスコーヒーだっていうんだからその違いをまざまざと見せつけられた気がした。
けどここで勝手にショックを受けて引き下がるのは悪手だ。
いたずら好きの可愛いわんこを手懐けるにはとにかく自分から距離を詰めなくては。
「いやぁ俺も恋人がほしいわけだけどどうにも、ね。今まで人をこんなまっすぐ好きになったことってなくて絶賛戸惑ってるんだわ」
キラキラとアンバーの瞳に光が灯る。
新しいおもちゃを貰ったみたいに、何それ!そういわんばかりの反応。
肩をすくめるじんぺーちゃんには悪いけどホットコーヒーでも啜っててもらって。
上手く行ったら今度はじんぺーちゃんの方への協力惜しまねぇからさ。
「え!研二君絶賛片思い中?うわぁ、モテ男の恋愛聞きたい!!」
予想通りに食いついた。
前のめりになる樹ちゃん。グラスも置いて一言一句逃すまい、と。
まさかまさかその相手が自分だなんて露ほども思っていないその姿勢にちょっぴりグサッときたりなんかしちゃって。それでも、言わなきゃ始まんねえよなとどうにか自分を鼓舞するようにアイスコーヒーを一口。
冷静を装いつつも内心はとんでもなく緊張しちまってる。それでもあんまカッコ悪いところは見せたくねぇから見栄を張ってる。
じんぺーちゃんはそれがわかるからかニヤニヤ悪い顔。
ところで、そう前置きして樹ちゃんを見つめる。
「樹ちゃんさ、ねーちゃんの事好き?」
「え、突然だね。モテ男の恋愛は?」
「いいから」
「好きだよ。だーい好き!お転婆なところも、しっかりしてるようで抜けてるところも、意外と不器用なところも。まっすぐで嘘のないちーちゃんの凛々しい横顔が好き!」
他にもいっぱい!そう言って無邪気にほほ笑むその笑顔が俺は好き。まだ君の事、知らないことの方が多いけどこんなに落ちるような恋は初めてだ。
今言わなきゃ絶対後悔するのがわかったから。じんぺーちゃんほど直球に伝える気なんてなかったんだけどこのお姫様はどうにも俺のことを〝萩原千速の弟〟としてしか見ていないみたいだからさ。
姉貴を引き合いに出すのはズルいしカッコ悪いと思うよ。
それでも手段を選んでいられないくらい君のことが好きだ。もっと知りたい。
樹ちゃんの隣に並ぶのは俺がいい。
じんぺーちゃんでも姉ちゃんでもなくて。もちろんほかの奴が隣に並ぶのなんて論外すぎる。
人を好きになる理由としてひとめぼれが弱い?
顔だけで選んだ?
そんなことあるか。きっかけはそうかもしれねぇよ?でもその人懐っこい性格が可愛いって、楽しそうなのが可愛いってもっともっと知りたいってそれはもう弱い理由じゃァないだろ。
高価な宝石を閉じ込めたような、内側から光を放つ瞳。この瞳をもっと輝かせられる存在になりたい。
姉貴だけじゃなくて、俺を見た時にも嬉しそうな顔を見せてほしい。
そんな決意を込めて樹ちゃんを見つめる。
「その姉貴とさ、もっと一緒にいられるいい方法があるよ。……結婚を前提に俺と付き合ってくれませんか?」
きょとん、一つ、二つ瞬き。
今までにないくらい大きく見開かれるアンバーの瞳が俺だけを映す。
「君が好きです。あの日、ヘルメットを外した君の笑顔がずっと頭から離れないんだ。もっと君のことを知りたい。」
ぶわっと一気に広がる朱。
驚きにまんまるく見開かれた瞳が幼くて可愛いと思った。
今まで見たことのない表情に気分がよくなる。ちゃんと意識してくれたのが一目でわかる。
姉貴の弟としてじゃない、俺を見てくれてる嬉しさ。
「結婚を前提なんて大それたこと言ったけどまずは俺の事意識してくれればいい。萩原千速の弟としてじゃなくて俺を見て。一緒に過ごす中でちょっとでもいいって思ってもらえるように俺、頑張るから」
アイスラテを弄ぶ手を取りギュッと握る。
冷たく冷えている手が心地よいと思った。柔らかくて小さな手だ。
「如月樹さん、どうかよろしくお願いします」
「え、えぇ?研二君私の事そんな風に思ってくれてたの?」
だってそんな素振りなかった……
そう呟く君にやっぱりか……苦笑いするしかない。
「うん、俺さたぶんだけどちゃんと人を好きになったことなくて。アプローチってよくわかんなかったんだ。それらしい言葉をかけることも食事に誘うこともできなくて……だから意識されてないだろーなぁとは思ってた。」
自分で言ってて情けないヤローだと思っちまう。
それでも君はしっかり受け止めようと戸惑いながらもまっすぐ俺を見てくれる。
そんなところも好きだと思った。
「昔さ特段何とも思ってない子だけど好意的……普通のクラスメイトレベルなんだけどその子にとっては違ったみたいで……ちょっと面倒なことになって以来基本的に連絡先の交換とかもしてないのよ」
くだらないことをどうでもいい相手と話すほど暇じゃない。
そんな時間があれば筋トレなり睡眠なり有意義に使うさ。時間はいくらあっても足りないと常々思ってる。
「君だから、交換したいと思った。もっと話したくて、仲良くなりたくて」
メッセージを送って、返信が返ってくるのを一喜一憂しながら待っていた。
初恋かっ!?って傍で見ていたじんぺーちゃんに突っ込まれたけどでもあながち間違いじゃなくて。
今何してるかな、なんて樹ちゃんのことを考えるたびに嬉しくて年甲斐もなくはしゃいだりしちまった。
「姉貴の事、大好きだって笑う君が好きだ。あんな風に俺にも笑いかけてほしい、そう思ったんだ。」
伝われ、この思い。
飄々と何となくで熱くなることなく生きてきた自分が君にぞっこんだなんて。
伝わってほしい、カッコよくないけどそれでもこんな風に余裕なくなっちまうくらい君が好きだって。
握った手にギュッと力が入る。
君の瞳に映る俺はいったいどんな情けない顔してるんだろうな。
ボーン、ボーン
喫茶店の、大きな古時計が時刻を告げる。その音が嫌に大きく響いて無意識に詰めていた息をふっと吐きだす。
君は動かない。
発されない言葉に視線が下を向く……これは、ダメってことかな。
「ちょっと待ってね、えっと混乱してる」
言葉をまとめるね、なんてその一言に気分が上を向く。
「うん、ゆっくりでいいよ」
できるだけ冷静を装って務めて優しい声で。
握った手は一度離して落ち着けるように一口アイスコーヒーを啜る。真っ赤な顔のまま視線がうろうろする樹ちゃんをじっと見ていたい気もするが焦らせちゃうのは嫌だから何とはなしに手元のコーヒーだったり壁に貼られている謎のポスターだったりに目を向ける。
羊羹早食い選手権挑戦者求ム!ってなんだそれ。
挑戦する奴いんのかな?なんて考えて
傍で見ているじんぺーちゃんの存在をようやっと思い出した。
こいつなら好奇心で応募しそうだな…この顔で意外と甘党だし…。
「私はちーちゃんが自由に笑ってバイクで駆け回ってるのが好き。それはloveっていうよりあこがれとか尊敬に近いのかも。それで、…そんなちーちゃんの弟だから研二くんとも仲良くなりたいって思ってた。今までは……うん、ほんとごめん。これからはちーちゃんの弟としてじゃなくてしっかり研二君の事見るよ」
この際今まで意識されてなかったことなんかどうでもいい、今この瞬間から俺を意識してくれるってその言葉が嬉しい。
真っ直ぐ俺を見て、申し訳なさそうに眉を下げたり安心させるような笑みを浮かべたり。
コロコロと表情のよく変わる姿がやっぱり可愛いと思った。
言い切った安心感からか一息つくようにアイスラテを啜る、その尖った唇がかわいくてかじりつきたいと思った。
「うん、今はまだそれでいいよ。姉ちゃんよりも好きだって言ってもらえるように俺、頑張るから」
「ん、期待してます」
はにかむような笑みを浮かべた樹ちゃんの手を取る。冷たい手だ。指先をツツ……と滑らしてすべすべとした感触を楽しんでそっと口づける。
嫌がられなかったことに気をよくして指先で薬指の根元をなぞる。
「予約させて?」
「キザ」
駄目。と緩く手を離されすげなく降られる。
そりゃそうだ、恋人になることにうなずいてもらえすらしてないんだから。
いつかここを許されるくらいの関係を築こう。
「へへ、楽しみだなぁ」
「……あんまりひどいとちーちゃんに言いつけるからね」
「そこで姉貴の名前出すのは嫉妬しろって言ってるようなもんだけど?」
「そんなつもりないでーす!!」
ギロリとにらみつけられたってリンゴみたいに赤くなってる姿はかわいい以外の何物でもない。
よしよし、滑り出しは順調。
と、それまでずっと黙っていたじんぺーちゃんがすっとスマホを取り出して一言。
[b:「もしもし千速か?お前の弟とかわいい後輩がなんだか始まりそうだ」」]
[b:「ナニッ!?今すぐ行く!!」]





















