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稲荷崎高校文芸部所属13

てらだてらだ

続きです。長くなるかなぁと思ったから分けたけど予想以上に長くなって草。 くそっ…じれってーな。俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!!となった作者より。 このシリーズ、実はスナ寄りなんですよ。書いてたらそうなりました。反省はしていない。 作者の推しはスナくんとアカアシくんです。

生徒達で行う初日の文化祭は大成功となった。そして翌日、いよいよ家族や友人などに一般開放され、多くの人が出入りすることになる。

「どうしよ、うちの親来るんやけど~恥ずいわ」
「実はな~私の彼氏来んねん」
「それって前行った合コンの人!?付き合おうたんや!おめでとう!」

 キャッキャッと恋バナを楽しむ声が弾む。肩を揺らす度にふわりとメイド服が揺れた。被服部が丁寧に縫い付けたフリルが可愛いな、と視界に入れつつナマエの頭を編み込みのツインテールにしてリボンを結ぶ委員長はなぁ、と小さく声を掛けた。

「ミョウジさんは付き合うとる人おるん?」
「いない」
「好きな人は?」
「いない」

 興味なさげにばっさりと会話を切り捨てるナマエに思わずふふ、と笑みが零れた。なんと不愛想、だけどこれが彼女のデフォルトなのだと知った今は何も思わない。好きな人はいないなら角名の完全な片想いか、改めて認識しつつリボンを結ぶ指に少しだけ力を込めた。

 普段小説を読む物静かな彼女の周りには、不思議と人が集まる。文芸部の部長さんは何度も彼女を訪ねてくるし、バレー部で人気の宮兄弟や銀島、そして角名。

 ある時を境に侑たちバレー部との距離が一気に縮まっていて、女子に酷い態度を取る侑なんて「ナマエちゃん」呼びになっていた。教科書をよく借りに来たりする。(教科書に落書きをしたのか侑の頭にげんこつを落としていた。凄い)
 侑も治もナマエを気に入ってるし、銀島や同じ文芸部でこちらは元気でちょっとアホっぽいが美人な山田さんとも仲がいい。
 なんといっても角名は許可もなしにナマエの写真を撮ったりしているし、休み時間の度に後ろを振り返ってナマエを観察したり話している。クラスメイトも最初は見守っていたが、ナマエのスルーっぷりや角名の現状維持な様子に慣れてしまい今ではまたやってるよ、と流す始末。

 目を隠していた前髪を切り、野暮ったい眼鏡を外したらそこにあるのは美少女、って設定盛りすぎか。ぱちぱちと瞬きをする睫毛が長くて羨ましい。マスカラいらず、でも付けたったわフフ、可愛いは正義やねん。

 正直、人気の宮兄弟に急に構われだしたナマエの存在を良く思わない女子も一部いる。だが呼び出しをするにしても基本彼女の傍には誰かしらいて(主に角名)、一人になった時にちょっと来てと言われて「嫌。行くの面倒だからここで話して」と真顔で言いきる位、呼び出しも成立することもない。
 ある時は靴箱に仕込まれた手紙(多分裏庭に来い的なやつ)を見てその場ゴミ箱に捨てていた。何で行かなきゃいけないのよ面倒くさいと。あまりにも清々しい。

 他にも上級生の先輩が「侑のことが好きやから近寄らんといて…!」と涙を零しながら訴えていたが「私に関係ある?まず本人に言って」とバッサリ。(あまりにも血も涙もない)

 男子バレー部のとある先輩は、あの女に手を出すなと忠告したらしい。喧嘩を売ったら必ず買う、躊躇なく後ろから飛び蹴りするし顔面をぶん殴れる奴だ、だから止めておけと。
 それを聞いて気に入らないとナマエをビンタをした治が好きな2年の先輩は、忠告通りビンタし返されていた。何でアンタにビンタされてるの?私の何が気に入らないの?治くん?だから私に言うんじゃなくて本人に言いなさいよ。真顔+正論×ビンタ=恐怖。方程式の完成。

 泣くでもなく、周りに頼るでもなく、彼女は当然のようにやり返すのだ。そっちが喧嘩を売ってきたのよ、と。

 誰に何を言われても何をされてもどうでもいいけど、喧嘩を売られたら買うし手を出してくるならこちらも出す。とんでもない強靭なメンタルでやり返すナマエを委員長である自分は密かに気に入っていた。

「ミョウジさんってオモロイなぁ」

 思わず声に出していて、目の前の彼女は不思議そうに首を傾げた。よし、髪型もメイクもバッチリ。可愛いメイドさんの完成!満足げにすれば、じろりと軽く睨まれる。昨日の萌え萌えキュンをさせて恨まれているみたいだ、仕方ない金の為だ犠牲になれ。

 それにしてもあれは面白かった。侑は顔を真っ赤にして心臓を押さえて悶えていたし、大柄なハーフっぽい先輩や一番背の低い明るい先輩はメイドさん萌え~!とノリが良かった。
 一番真面目そうな先輩はきょとんとした後にオムライスを食べていたが、首が少し赤くなっていたのを見逃さなかった。ツンデレメイドさんが恥じらいながらもやってくれる何とも言えない良さ、ええよな分かるで。後方腕組エアー眼鏡クイおじさんになりかけた。

 これからもミョウジさんを見守っていくし、面白そうなら全然アシストしますよ。角名スマン、クラスメイトのよしみで助けたいけどオモロイ方を優先や。

 照れくささや緊張、愉悦など様々なものが入り混じった空気の中、二日目の文化祭が開幕となった。

 廊下には人の流れが出来ており、当たり前だが昨日よりも知らない顔が増えている。いつもは静かな裏庭には体育会系の部活が中心となって屋台を出していて、ソースを使った料理には匂いにつられたのか既に列が出来ていた。

 そして列が出来ているのは屋台だけではない。クラスの出し物も縁日、お化け屋敷なども順番待ちをしている人がいた。そして、1組も例外ではなかった。

「お帰りなさいませご主人様、ただいま店内は込み合ってますので少々お待ちください」

 委員長は人の良さそうな笑みを貼り付ける。初めは金蔓が舞い込んできてウハウハしていたが人の多さに忙殺されそうだった。もう直ぐ休憩時間だがこの調子じゃいけそうにもない。
 1番席に料理をサーブした後にバックヤードに引っ込み小さく息を吐きだす。1組の委員長なんだから頑張れ、自信を鼓舞した後、突然盆を奪われた。

 急な事に驚いて見れば、真顔でこちらを見るナマエと目が合う。

「委員長、休憩でしょ」
「ミョウジさん、でも」
「委員長が休憩取らないと他の人も気を使って行けなくなるでしょ。時間通り行って」

 背中を押され教室から追い出された。このまま戻ってもミョウジさんに睨まれそうだと思い、ここは甘えることにした。他のクラスの友人と休憩時間を合わせていたので、その子と一緒に学内を見回った。

「せや、文芸部行ってええ?部誌作ってるらしいから貰いたいねん」
「ええけどアンタ本とか読んどったっけ?」
「あんま読まん。でもクラスの子が文芸部やからせっかくやしなぁ」

 文芸部の部室は校舎の外れにある一部屋だった。この辺は初めて来たなぁ、と思いながら文芸部&休憩所と張り紙がしてあるドアを開ける。壁沿いに置いている本棚にぎっしりと難しそうな本が入っていた。

 奥の椅子には何度かナマエを訪ねてきた文芸部の部長が座っており、こちらに気付いたのか「いらっしゃい」と朗らかに声を掛けてくれた。

 休憩所だけあってパイプ椅子や少し古めなソファが置いてあり、客は自分達ともう一人、背が高い男だった。20代後半だろうか、クラスのバレー部も背が高いがこちらも中々。そんな彼はこちらに目もくれず、文芸部が出した部誌を読んでいた。

「文芸部の部誌を貰いに来ました」
「ほーい…って君、ミョウジのクラスの子やな」
「はい。折角なんでミョウジさんの作品が載っとるやつが欲しくて」
「ほんなら文化祭のと、入部祝いで作った部誌も持って行ってええよ」
「ありがとうございます」

 部誌は無料配布らしい。ラッキー、時間が有り余った時にでも見よう。友人は興味がないらしくいらないと首を横に振っていた。

「…ミョウジ、ナマエはどこにいる?」

 さっきまで部誌を読んでいた男は立ち上がり、こちらを向いて言う。話しかけられるとは思っておらず、びくりと肩を揺らしてしまった。

「えっと…、ミョウジさんとどういう関係ですかね」
「顔見知りだ。話があんだよ」

 人見知りではないが、見知らぬ年上男性と話すのは流石に気を遣う。ナマエと同じ標準語なので顔見知りは嘘ではないだろう、もし嘘ならば直ぐ先生を呼んで追い出せばいい。

「1年1組で、メイド喫茶してます…」
「はぁ?…あいつメイド服着てんのか?」
「まぁ、メイド喫茶なんで」

 男は気まずそうに顔を顰める。20代の男の人が一人でクラスの出し物のメイド喫茶に行くのも気が引けるのだろう。

「…もうちょっとしたらミョウジさん休憩になりますよ」
「何時だ」
「あと…20分後ですね」
「そうか。ならその位に行く」

 来るんや。声には出さないがドカリと再びソファに腰を下ろした男をちらりと見て、文芸部の部長に視線をやった。彼はにこりと笑った後に手を振った。
 それにしてもあの男はナマエと顔見知りと言っていたが本当だろうか。あー名前聞いておけばよかったと少しだけ後悔。しかし後で来ると言っていたから大丈夫かと入口で待つ友人へと足を進めた。

「なぁなぁ、メイドさん連絡先教えてやぁ」
「おむらいす頼んでくれたらケチャップで電話番号書きますよ」
「おっしゃぁ!特製おむらいす一つゥ!」

 ・
 ・
 ・

「お待たせしましたご主人様、特製おむらいすです」
「待っとったで~、どれどれ…06ー…ってこれ!」
「稲荷崎高校の電話番号です」
「なんでやねん!」

 ごゆっくりどうぞ。淡々と真顔で言うナマエの姿に思わず笑いが零れる。電話番号交換とは言ったが自分のとは言っていないし、ちゃんと稲高の番号だったら迷惑は掛からない。こうやってナンパを躱しているのか、賢いなと感心した。
 自分がいた時が一番のピークだったのか、今の店内は割と落ち着いていた。

「ミョウジさんナイスやなぁ」
「委員長、休憩終わった?」
「おん、お陰様でな。そっちはどうやった?」
「結構売れたんじゃない」
「チェキは?」
「絶対に嫌。何で知らない人と撮らなきゃいけないの」

 それはそう。嫌じゃない人が撮ればいい、メイドの中には進んでチェキを撮る人もいるし連絡先を交換する人もいる。それぞれだ、自由にやってくれと予め言ってある。

「そうや、ミョウジさんを探しとる人おったよ。休憩時間にここ来るらしいわ」
「誰?」
「名前聞くの忘れた、ごめん。関東弁で20代後半くらいの背が高い男の人やった」

 不思議そうに首を傾げている。結構特徴的だと思うが、彼女は誰だろうと呟いた。

「まあいいや。ここに来るんでしょ」
「おん…、心配だし先生呼ぼうか?それか角名くん」
「いい」

 これまたバッサリ。こちらとしては情報を伝えた手前心配なので、知り合いかどうか確認が取れるまでは誰かを一緒に居させたかった。特に角名だったら背も同じくらい高いし飄々としているから大丈夫そう。
 それに同じタイミングで二人は休憩に入るし、伝えておいた方が良いのかもしれない。

「委員長休憩で何か食べた?」
「肉巻きおにぎりと焼きそば」
「美味しそう、肉巻きおにぎりどこで買える?」
「裏庭のバレー部の模擬店」
「あー、そういえばそうだっけ」

 休憩になったら買いに行こう。表情は先程とあまり変わらないが目を輝かせていた。そういえばよく昼休みにおにぎりと食べている所を多々目撃する、おにぎり好きなんやなぁ。
 文化祭前、教室で侑が「バレー部は肉巻きおにぎりの模擬店出すから来てな!」と爛々とナマエに宣言していたのだが完全に忘れている様子だ、それか話を聞き流しているか。いずれにせよ彼の機嫌を損なわなくて良かったと胸をなでおろす。不機嫌になると喧しいのだ。

「メイド服汚さんよう気を付けてな」
「脱ぎたいんだけど」
「あかん、角名に看板持って行かすからな」

 顔を顰めるナマエにニヤリと笑ってみせた。ふふ、そんな顔しても無駄やで。可愛いメイドさんと背の高いアンニュイなイケメンの角名が並ぶとまぁ映える。宣伝効果を狙っているのだ諦めて。

 ナマエと角名が休憩の時間になり、持って歩けと看板を角名に押し付ける。1年1組、メイド喫茶、ご主人様お待ちしておりますと描かれたそれは、背の高い角名が持てばやっぱり目立つ。そして隣には可愛いメイドのナマエ。

「看板邪魔なんだけど」
「休憩時間一緒にしてやったんやから我慢しぃ」
「これ片手塞がるじゃん。ナマエちゃんと手繋ぎたいのに」

 付き合ってもないのに手を繋ごうとしとる、なんて彼氏面。口には出さないが。横に立つナマエは看板を担ぐように持つ角名の袖をくい、と軽く引っ張った。

「ねぇ、バレー部の肉巻きおにぎり行きたい」
「いーよ」

 うわ、角名嬉しそう。

「って、ミョウジさん!知り合い来るんちゃう!?」
「裏庭行くって言っといて」

 あまりにもマイペース。まあ約束してないしな、ナマエの頭は肉巻きおにぎりでいっぱいだっただろうし仕方がない。二人の背を見送った後直ぐ、男が気まずそうに来た。
 裏庭に行ったと言えば案の定、苛立ちを隠すことなくこちらに背を向けて足を進めた。恥を忍んでメイド喫茶に来たのに、流石に気の毒に思えた。
 きっと今から裏庭に行ってナマエを見つけた後に話しかけるのだろう。メイド服のナマエ、そして横には角名、タイミングが悪ければ肉巻きおにぎりを売っているバレー部が居る場所で話すのは気まずかろうに。心の中で名前も知らない男に合掌をするのだった。

 裏庭に空腹を擽るソースの匂いが充満しており、焼きそばやたこ焼き、勿論肉巻きおにぎりに列が出来ていた。しかしピークは過ぎたのか、思ったよりも人は並んでいない。最後尾はここです、と看板を持ったバレー部の部長がこちらに気付き、軽く手を上げた。

「角名も来たか」
「チワす」

 ミョウジさんもよお来たなと言う彼に軽く頭を下げたナマエは直ぐにメニューに視線をやった。表情は変わらないが明らかにウキウキした様子のナマエが可愛くて角名はスマホで写真を撮る指が止まらない。そんな角名の様子を初めて見たのか、部長はうわぁと若干引いた目をするがナマエも角名も気にしない。

「角名くんも買う?」
「俺はいいや。焼きそばとか別の買う」

 練習で結構試食したので正直他のものが食べたかった。あと映えそうなレインボー綿あめとかね。綿あめはそんなに好きじゃないけど映えるし、なにより横のメイドさんに持たせて写真を撮りたかった。

「私並んでるし、焼きそば買ってきていいよ」

 ナマエは少し離れた場所にある模擬店を指差すが、角名は後で買うからとその提案を拒否した。文化祭で浮ついた奴らのワンチャンを狙う視線がちらほら彼女に向けられているので、離れてたまるかと声を掛けようとしてきた男を軽く睨む。
 そんな角名に気付いたのか、部長が俺が見とくから行って来い、と言う。3年の先輩、しかも部長の発言にぐっと角名の意思が傾きかけた。

 その時だった。

「お、ミョウジも買いに来たんやなぁ」

 文芸部の部長の天野はひらひらと手を振りながら近寄ってくる。文芸部の後輩と店番を交代したので、彼も休憩を兼ねて買いにきたようだった。

「初日も買うたけどな、米が美味いんや。北ん家で作っとるやつを卸してもろたやつらしい」
「北先輩の家のお米…楽しみ」
「俺もまた買いにきてん」

 ふふ、と笑ってナマエと角名の後ろ、つまり最後尾に並ぶ。そんな天野をちらりと見た後、ナマエは角名に向き直り口を開いた。

「部長と並ぶから、角名くん買ってきなよ」
「ミョウジさんの買い終わった後焼きそば並んだら肉巻きおにぎり冷めてまうやろ。早よ行ってきぃ」
「ん?なんや分からんけど買って来たらええんちゃうか?」

 ナマエだけならまだしも先輩二人にここまで言われてしまえば行かざるを得ない。渋々頷いたあと、二人にナマエの事を頼むと焼きそばの列へ長い足を生かして向かった。

 過保護すぎる気もするが、角名の言いたい事もまあ分からんでもない。肉巻きおにぎりが楽しみであって、文化祭に浮かれている様子ではない。だが、着崩さない制服を脱ぎ、文化祭というイベントでメイド服という付属アイテムを身に着けた彼女は普段の何倍も輝いて見える。
 そら浮かれたやつも出るし角名も躍起になるわな、と天野はナマエの横に立つ。バレー部の模擬店、そして現バレー部の部長が傍にいるせいで声を掛けようとした男達はぐっと身を引いた。

「…ナマエか?」

 しかし、外から来たこの男だけは違った。パーカーのポケットに手を入れ、訝し気にナマエの方を見ながら近寄って来る。文芸部の部室でナマエの作品を一心不乱に読み、その後同じクラスの委員長に絡んでいた。
 さて本当に知り合いなのか。そう思い天野がナマエの方をちらりと見れば、当の本人はきょとんと目を丸くしていた。

「相変わらず変な格好してんな」
「鈴木、何でここにいるの?」
「担当にお前の住所を聞いたんだが言えないっつーから、学校だけ聞いてきた」

 担当、それと鈴木という苗字に天野は直ぐにこの男がナマエと同じ新人賞を受賞した男だと理解した。

「お前の小説を読んでな…文体のテンポが気持ち良かった。あれはお前のセンスなんだろうな、比喩表現が綺麗で語彙の引き出しが多い。カッコいい世界で、憧れた」
「ありがとう」
「部誌も読んだ。…授賞式の後、思い切り貶すつもりで読んだのに…感動して…お前の目から、俺の小説がどう見えたのか知りたくなって、ここに来た」

 神妙な顔つきに変わり、ナマエは静かに瞬きをする。メニューを見つめていた穏やかな色をした瞳が、ゆっくりと温度を失っていく。冷たい、というよりも余計なものを削ぎ落したような視線だった。

「フミから貴方とは同期だから仲良くしろと言われるの。怒らないなら言う」
「………受け止める」

「独りよがりだった」

 温かさの欠片もない言葉が吐き出された。

「日常に退屈している青年の妄想に沿って現実が変わっていく、ありきたりすぎるメタフィクション。感動も共感もなかった。ただこの作者は文学っぽいことがしたいんだなとしか感じられない」
「…文学を意識し過すぎてはいたかもしれない」

 淡々と感情を挟まずに続ける、容赦のない感想。聞いているこちらが胸が痛みそうなほどだと天野は内心息を飲む。
 自分の小説をあそこまで褒めてくれた相手に、これだけ素直な言葉を返せる強さ。同じように小説を書く人間として、それがどれだけ難しいか分かる。

 自分には、ない。そう思った時だった。

「なにこの場面。新人賞作家が揃っとる」

 軽い調子の声。振り向けば、見知った顔の男が立っていた。

「父さん、来たんやな」

 色々あってなぁ、と天野は曖昧に笑う。文芸部部長の天野の父親であり、作家の天野清吾。日本文学界の頂点といってもいい存在が、何気ない顔でそこにいる。緊張からか鈴木の額にじわりと汗が滲み、顔が引きつっていた。

「主人公の陰鬱な内面だけは少し読めた。でも見どころとしては弱すぎる」
「は…」
「鈴木はあの作品で何を伝えたかったの?」

 大人気作家の登場にも目もくれず表情ひとつ変えず言葉を紡いでいく。この子は面白い小説を書く作家が大好きな筈だ、それなのに、視線も、声も一切揺れないまま。

「つーかそこ、天野清吾が…」
「いるけど、だから?太宰がいたら驚くけど、天野清吾はどこかにいるでしょう」

 鈴木の漏れ出た言葉を、ぴしゃりと遮る。

「そんなことより今は貴方の小説よ」
「っ」
「私も自分で小説を書いて、楽しいだけじゃなくて大変なことが分かった。それは鈴木も同じでしょう」

 静かな声。けれど、その奥にあるものは重い。

「そんな大変な思いをして、どうしてわざわざつまんない作品を作るのよ」

 残酷なほど、正直だった。ふと、自分の父親を見る。そこに浮かんでいたのは、笑み。面白いものを見つけた、という表情だった。つい最近見た事がある。新人賞を獲った彼女の小説を読んでいた時と同じ。

 自分の小説を読んでもらっても、一度も向けられたことのない表情だった。

「俺は面白かったよ、悪くなかった」

 大人気作家に褒められて、先程まで沈んでいた鈴木の顔に明るみが戻っていく。

「あ、ありがとうございます」
「何ニヤついてんのよ。私は面白くないって言ってるの」
「分かってるよ。それを聞きに来たんだ。これから作家として生きていく上で、目標をハッキリさせたかった」

 いつかお前を超える作家になってやる。そう言い残して鈴木は去って行った。

(いやいやいや、待って待って…!?)

 口を挟む暇もなく、一連の流れを見ていたバレー部の部長はひくりと頬を引き攣らせる。北と同じクラスに有名作家の息子がいるのはなんとなく知っていた。しかし自分は小説も読まないし、ふーん位の認識しかなかった。
 その有名作家がいて、なのにナマエは表情ひとつも変えないし背の高い男と喋っている。寧ろ口を出してくんなと言わんばかりの雰囲気。

「ナマエちゃん、君は本当に面白いね。作品も含めて」
「?、ありがとうございます」
「俺な、インスピレーション求めて世界中ちょこちょこ行ってんねん。もし興味あるならいつでも言うてな、一緒に連れてったる」

 君とやったらオモロそうやなぁ。ナマエの肩をぽんと叩いて作家の天野清吾はどこかへ行ってしまった。

 授賞式、新人賞、担当、作家。生きていく中で自分と全く関わりのない単語がポンポンと飛び交っていた。ついていけない、あまりにも理解の範疇を超えていた。
 これは、自分はこのまま聞いてていいのか。でも耳を塞ぐことも聞いていないフリも出来ない。ナマエと作家の天野清吾が話しているとき、後ろにいた文芸部部長の顔は能面のように真っ白になっていた。絶望に近い、ナニカ。

 この表情を、見た事がある。

 正セッターのポジションを侑に奪われた、同級生の顔。背筋に、じわっとしたものが走る。あいつは春高までは残らず、インターハイでバレー部を引退した。バレーも高校で辞めると言った、あいつと同じ。

「部長は何買います?」
「…んー、やっぱええわ。もう直ぐ体育館のステージ始まるし、そっち行くわ。ほなまたなぁ」

 にこりと笑みを貼り付け体育館に向かう天野の後ろ姿を少し首を傾げて見送って直ぐ、模擬店の方からナマエちゃんやん!という侑の元気な声が響いた。おっ、ミョウジさんいらっしゃい、という二年の声も続いた。
 エプロンと三角巾をつけ顔を綻ばせる侑を見て、バレー部部長はその呑気な姿に小さく息をする。

「さっき誰かと喋っとったん?」
「知り合い。それより肉巻きおにぎり大きいの2個ちょうだい」
「おん!でもアカン、メイド服汚れてまう。一口サイズの方にしとき」
「大きいのにして」
「アカン。味は一緒なんやから小さい方4個買い」
「北先輩、この店員なんとかしてください」
「こればっかりは侑の言う通りや。齧りついてタレ飛び散ったらどうすんねん。小さい方にせぇ」
「北先輩ん家のお米いっぱい食べたいのに小さい方が肉の比率高いじゃないですか」
「そんな変わらんわ。…しゃあないなぁ。ほんなら今度おにぎり持って来たるから我慢し」
「やった。じゃあ小さいので」

 侑が女の子と仲良さげに喋っとんのも大概やけど、北もミョウジさんに甘ないか…?まあ、仲がいいのに越したことはない。それに、さっきの会話は彼等には聞こえていないようでほっと一息つく。
 強烈なボールをレシーブする彼女も、淡々と小説について相手を追い詰めるように語る彼女も、食べ物のことで侑とくだらない言い合いする姿も全てが別人のように思えた。

「ナマエちゃんお待たせ」

 片手に焼きそばらしき袋と大きな綿あめを持った角名が速足でこちらに近付いてくる。ちらりとこちらを見るので親指を立てておいた。大丈夫、ナンパはされてへんよ。それよりも気になることはあるけど彼女は無事です。
 角名とナマエが二人で模擬店を回っているのが気に入らないのか、侑は眉を少しだけ吊り上げる。

「おう角名もおにぎり買うてけや」
「試食で食べたのにいらない。ナマエちゃん空き教室行こ」
「おいひい…!」
「もう食べてるwほっぺまんまるで可愛いね♡ってクソッ写真撮りたいのに看板邪魔すぎる…!待って全部食べないで!」

 早く!早く行くよ!と普段のサボりがちな角名から信じられない程ちゃきちゃきした行動がおかしくて堪らず吹き出す。じゃあねと侑たちに軽く手を振って校舎に戻っていった。

「何そのでっかい綿あめ」
「いいでしょ。ナマエちゃんコレクション用で買った」
「綿あめあんまり好きじゃない。角名くんちゃんと食べてよ」
「俺もあんまり。写真撮ったら治に押し付けるから」
「ならいいか」

 いいんかい。

 ・
 ・
 ・
 ・

 時刻は15時過ぎ、校内を満たしていた騒がしさも、どこか名残のように薄れてきている。終了時間が近いせいか、廊下を行き交う人の流れも緩やかだ。メイド喫茶もすっかり落ち着いて、今座っている客を見送れば、そのまま閉店準備に入れるだろう、そんな空気が漂っていた。

 その緩みかけた空気が、一気に変わった。

「は?」
「ぶっひゃっひゃっひゃ」
「……」

 腹を抱えて笑い声を上げ、もう一人はその横で気まずそうに視線を反らし、その正面に立つナマエは、微動だにせず二人を見据えていた。

「何でここにいるのよ」

 不機嫌そうな声。明らかに歓迎していません、と滲み出ていた。

「いやーね、おばさんに頼まれたんだよ。ナマエの晴れ舞台を見て来てほしいってサ」
「そんなの無視したらよかったじゃない。部活は?」
「今日は午前だけです」
「…研磨も一緒に止めなさいよ」
「おばさんにお金貰ったし…」
「そんなの適当に行ったって嘘ついてゲームでも買いなさいよ」
「出来るわけないでしょ」

 妙に雑なやり取りから明らかに親しさが滲んでおり、クラスメイトは誰だ…兄妹?と少しそわそわしていた。

「あ~笑って悪かったって。可愛いよ、スゲー可愛い」

 軽口と一緒に、携帯を構える。パシャリとシャッター音。殆ど間を置かず、隣でももう一つ。研磨も無言でスマホを構えていた。母親に頼まれたのだ。ナマエちゃんのメイド服よろしくね~絶対忘れないでね!と。忘れたら絶対怒られる。

「写真撮ったんなら帰りなさいよ」
「お嬢さん?俺ら客なんすけど」
「研磨、早くクロ連れて帰ってよ」

 研磨が露骨に面倒くさそうに眉を顰める。おれが言った所でクロが帰るわけないでしょ、みたいな顔をしていた。肝心な黒尾はというと、外に出しているメニュー表を指差していた。

「なあ、チェキとか撮れんの?」
「撮れますよ~どうぞ店内へ~」

 そんなもんない、と拒否しようとしたナマエだが、すかさず委員長が割り込んだ。営業スマイル全開で二人を招き入れる。原価はフィルム代のみ!最高!!

「よっしゃあ!入ろうぜ研磨」
「えぇ…」

 テンションの差が、そのまま足取りに出ている。その一連の流れを、ナマエは無言で見ていた。

 そして、ゆっくりと委員長の方へ視線を向ける。

 営業スマイルを貫いていた委員長の背筋が強張る程の、鋭い眼光。メイド役を押し付けた時の比ではない。あっ、これ文化祭終わったら殺されるかもしれんな、でもええんや、おもろかったらええんや…!
 委員長の密かな決意の元、最後のお客様を案内する為にふんと意気込んだ。

 席につくなり、黒尾はメニューに大きく描かれたオムライスに指差す。

「メイドさんのおむらいすは?前作ってくれたやつ美味かったしナマエが作ってくれんの?」
「売り切れ。それに文化祭で出したやつは私が作ったのじゃないよ」
「ならナマエが作ったやつねぇの?」
「ない。ご飯系売り切れてるから出せるのは飲み物とお菓子位しかないよ」
「なら珈琲にすっか。研磨は?」
「ココア」
「盛り合わせは研磨とクロが嫌いなお菓子色々入ってるからだめ。パウンドケーキはリンゴ味だしそれにしたら」
「じゃあそれも」
「わかった」

 無駄のない、淡々とした応答。注文を受けて、そのままバックヤードへ踵を返す。カーテンを潜った瞬間、クラスの一人と目が合ったがすっと逸らされる。
 何なの?と疑問が浮かんだが、直ぐにその理由が分かった。彼の横に立つ、もう一人のキッチン担当である角名が、露骨に機嫌を悪くしていた。

「何むくれてんの?」

 特に気にした様子もなく言うナマエに、角名は一瞬だけ黙った後、口を開いた。

「…誰アレ」

 低く、抑えた声。それにあっさりと答えた。

「従兄弟とその幼馴染。お母さんが私の様子見て来てってお金渡したらしい」

 東京から新幹線で来て。溜息交じりの事実が付け足される。

「従兄弟ってどっち」
「小さいほう」

 即答。なら背の高い方は従兄弟でも何でもない。聞き耳を立てていたが自分達以上に気安い会話、そして「クロ」と「ケンマ」の呼び捨て。俺は角名くんなのに。それに前作ったオムライスってなに。俺も食べたことないのに。

 じわじわと胸の奥に何かが溜まっていく。黙ってしまった角名を一瞥した後、オーダーを通す為にもう一人に注文票を渡した。

「あ、珈琲はミルクと砂糖いらない。ブラックでいいから」
「お、おん...分かったぁ…(ミョウジさん気付けーーッ!)」
「角名くん、パウンドケーキ出して」
「了解」

 もやもやしたまま手を動かす。紙皿にパウンドケーキを載せるだけの簡単な作業なのに、こんなにも手が重い。横にいるクラスメイトが気まずそうにしていた。
 そこに、クラスの女子の一人がナマエにそっと近付いてくる。

「ねぇねぇミョウジさん、どっちかと付き合っとるん?」

 軽い調子で、けれど期待を含んだ声だった。

「付き合ってない。どっちもそんな目で見た事ない」
「そうなんや~、背の高い人、ちょっと格好ええなぁって」

 ぽわ、と頬を染める。彼女の顔を見て、ナマエは少し目を見開いた。あのクロが、モテている…。

 人の失敗した前髪を見て腹を抱えて床を転げまわるクロ
 バレーやるぞと無理矢理外に引っ張り出すクロ
 カブトムシとクワガタ捕まえたと喜ぶクロ
 彼氏が出来たかと胡散臭い笑みを浮かべるクロ
 研磨のホラーゲームを横で見て絶叫するクロ

 脳裏に過るのは、ろくでもない記憶ばかりだ。

「う、うーん…?」
「ハァ?」
「エッ(何この反応!もしかしてミョウジさん、無自覚で嫉妬とか…!?)」
「ミョウジさん!出来たから!持ってって!!(これ以上角名の機嫌を損んといてくれ!)」

 ヘイお待ち!軽い調子を取り繕ったキッチン担当の男子は声を上げ、オーダー通りの品を置いたお盆をナマエに差し出す。受け取った後、思い付いたように口を開いた。

「ゴメン、クッキーもいい?」
「ええけど。なんや書き忘れかぁ」

 ミョウジさんも抜けとるとこあるんやなぁ。笑いながら紙皿にクッキーを載せた。

「ううん、クロ…、珈琲の方がこれ好きなの」

 自然に出た呼び方。その瞬間、空気がぴしりと固まった。

「私が後でお金払う。載せてくれてありがとね」

 それだけ言って、バックヤードから出て行った。

 …なにそれ。当然みたいに、当たり前みたいに、俺は、角名くんなのに。胸の奥に溜まっていたものが、一気に膨らんだ。

 空気だけが、確実に重くなる。女子はそれを察知したのかそそくさとバックヤードから出て行く。それが出来ないのは、キッチン担当の男子生徒だった。口を開かない角名の様子に、ぎゅむりと口を噤む。

 これ以上角名を嫉妬さすなーーッ!!心の中で叫ぶ、誰にも聞こえない悲鳴だった。

「アイツ、クラスに馴染めてますかね」

 注文を通しにバックヤードへ消えて行ったナマエの背中を見送りながら、黒尾はぽつりと零す。先程までの軽さとは違う、ほんの少しだけ低い声色だった。
 声をかけられた委員長は、一瞬だけきょとんとした顔をする。それから、すぐににこりと笑って見せた。

「基本はずっと本読んでますけど、休み時間になると友達とお喋りしたりしてますよ。お昼とかも一緒に食べとるし」
「友達ちゃんといたのか。あー、良かった」

 はっきりと安堵する。肩の力が抜けるのが分かる位に、露骨にだ。そんな反応を見た委員長は、少しだけ言葉を飲み込んだ。
 友達は、女子の山田さん。そして男子バレー部だが、それを伝えるのは何故か少しだけ躊躇われた。角名の存在なんかは特に。
 それにしても、ともう一人へ視線を向ける。スマホを弄ってて会話に混じる気配も目も合わせる気配もない。従兄弟とは聞いたが顔つきはあまり似てない。しかし、本を読んで我関せずを通すナマエに雰囲気は似ている気がする。

「あいつ基本そっけないし人と関わろうとしないしで結構な問題児ですけど、宜しくお願いしますね」
「ああ、はい」

 軽く笑いながら言う黒尾に、思わず素直に頷く。詐欺師みたいな顔してんのに心配性なんだな、と失礼なこと考えた。良い人やなぁ、と。
 少しだけ身を乗り出して、声を潜める。さあ、最後の金稼ぎだ。

「チェキ撮れますよ」

 にやりと笑う顔に、黒尾は一瞬だけきょとんとするが楽し気に笑って同じように声を潜めた。

「いくらっすか」
「1枚500円です」
「6枚でオネシャス」

 3000円という高校生にとって中々の出費だが、黒尾と研磨はナマエのお母さんからお小遣いを貰っているのだ。チェキなら現物が残るので家族たちに見せれる。

「怪しい取引してるみたい」

 やり取りを横で聞いていた研磨はぼそりと呟いた。あーあ、ナマエ絶対嫌がるじゃん。

「はい。珈琲とココア、それとパウンドケーキ」

 淡々とした声、無駄のない動きでテーブルに並べていく。その中に、余計なものがひとつあった。

「ん?クッキー頼んでねぇけど」
「一応、サービス。お母さん迷惑かけたし」

 さらりとした言い方。気遣いというより、事務的な帳尻合わせに近いものだった。しかし、それに黒尾の顔がぱっと明るくなった。

「ナマエ…!お前、気遣いも出来んだな…!」
「やっぱ返して」

 大袈裟な感動。それにナマエはほんの少しだけ眉を寄せて手を伸ばす。それを奪われないようにひょいと身体を引いて、そのまま口へ運んだ。さくりとした軽い音と共に、黒尾の顔が破綻する。

「んま。これ俺の好きなやつだわ。ありがとネ」
「…ん」
「ホラ、研磨も食え」
「ありがと。ナマエ、パウンドケーキ作れる?」
「ケーキ気に入った?レシピあげるから自分で作るかおばさんに頼みなよ」
「ヤダ。今度来るとき作って来て」
「あーハイハイ」

 友達、というには気安すぎて、他人というには近すぎる。スマホを弄っていた彼もナマエとは普通に喋るしワガママも言う。それを受け入れるナマエも、それを見て楽し気に笑う彼も。従兄妹と幼馴染とはいったものの、なんとも独特な距離感と空気だ。

 そして、ちらりとバックヤードを見れば、うわぁと心の声が漏れ出た。角名が凄い目で見ていた。表情はいつもと変わらないが、瞳の温度が限りなく低い。少し前までナマエちゃん♡と写真を撮っていたのに。
 これからチェキを撮るが、角名を連れ出した方が良いのかもしれない。一瞬だけ考えて、やっぱオモロそうやし置いとこ、と一人頷く。

 ナマエは無自覚な人でなしだが、委員長も負けず劣らず、しかも自覚有りの人でなしだった。

 食事もひと段落つき、二人をレジへ案内しようとするナマエを委員長が制止する。そして、すっと指差す。ナマエがそちらに視線を向ければ、教室の一角に作ったピンクのハートの風船や色画用紙で装飾されたお手製の写真スポットだった。

「チェキ6枚です」
「馬鹿じゃないの?そんな物にお金使うな」
「おばさんにお金貰ったから」
「お母さん…」

 悪びれもせず言う黒尾に、ナマエが額に手をやる。呆れとも、諦めともつかない響だった。

「そんじゃあ、研磨二枚、俺二枚、三人で二枚でいいんじゃね」
「えー…俺はいいよ」
「二人で撮りなさいよ」
「何が悲しくて男二人で撮らなきゃいけねーんだよ」

 やり取りは軽いのに、妙に息が合っている。その空気を委員長は逃さない。ほらほら、まずはケンマさんと!と有無を言わせずナマエと研磨を写真スポットの前に並ばせた。
 因みに今まで居た客は既に帰っており、黒尾と研磨が最後の客だった。そして暇を持て余したクラスメイトは自然と観客となる。

「「…」」

 棒立ちで面倒そうな表情、やる気の欠片もない。ほらポーズを取れと黒尾が声を掛ければ、一拍おいて、それからまるで、打ち合わせをしたかのように同時に小さくピース。
 最小限の動き。やる気のなさがシンクロしていて、耐え切れずに黒尾が吹き出した。

「お前ら本当そっくりだなぁ!」

 楽しそうに、声を上げて笑った。二人共少しだけ眉を寄せるが、否定はしない。それが同じで、また黒尾は肩を揺らした。

「じゃあ次はほっぺくっつけようか」
「えぇ…はぁ」

 拒否するのが面倒になってきたのか、ナマエは溜息をつきながらぐっと距離を詰める。見物人が増えてきて見世物にされているし、さっさと終わらせて二人を帰らせる。身長差があるので背伸びをする前に、研磨が背を屈めてくれて頬が近付いた。どうやら研磨もさっさと帰りたいようだった。

「ちょっと、髪が当たって擽ったい」
「ゴメン」

 緩く巻いたツインテールが研磨の頬に触れて、擽ったそうに顔を顰める。耳に髪を掛けて、頬をくっつけた。

「はいおっけ~。次はクロオさん」
「ハイハイ。じゃあよろしくね、メイドサン」
「…」

 委員長が軽く手を叩きながら場を回す。研磨が離れれば、居た位置に嘘くさい笑みを携えた黒尾が立つ。絶対ろくでもないこと考えてるな、長い付き合いの中で培われた直感がなんとなく告げていた。

 最初のチェキは研磨と同じで二人ともピース。さっきと同じ流れを予測して、髪を耳に掛けようと指先を動かそうとした瞬間だった。

「じゃあお姫様抱っこいこうか~!」
「はぁ?」

 委員長の軽やかな、悪魔のような提案。理解が追い付くよりも先に、身体が浮いていた。きゃあ!と周囲の女子たちの弾けるような声。空気が一気に色づき、研磨のうわぁ、という顔が視界に入った。顔を横に向ければ、ニンマリと笑った黒尾の顔。

 はいカメラの方向いて。委員長に言われるまま、反射的にそっちに向く。いやなんなの。ポラロイドカメラシャッター音を聞きながら、思考だけが遅れてついてくる。

 はい、最後は三人で。何事も無かったかのように、次へ進む。立ち位置には黒尾、ナマエ、研磨で自然とその順番で並ぶ。懐かしいな、と黒尾は一人目元を緩めた。

 引っ越して直ぐ、いつもの様に研磨の家に行けば従姉妹のナマエが居て、当時まだ人見知りだった黒尾は表情も変えず本を読むナマエが怖かった。そんな空気を察知したのか研磨がナマエもバレーが出来ると教えられ、河川敷へと連れ出した。
 前日の雨のせいか、あちこちに水たまりがあったせいで最終的に泥だらけになりながらバレーをした。様子を見に来た親たちは泥だらけになった黒尾達を見てそれは大笑いをした。仲良しになった記念だと写真を撮ってもらったときと同じ並び順だった。

 ナマエも研磨も笑いもせずどこか不満げで、黒尾はまた吹き出す。お前らは本当変わんねぇなぁ。その声に、懐かしさが滲んでいた。

 三人の間に流れる、言葉にしない共有、違和感のなさ、自然すぎる距離。特別な瞬間ではなく、三人の日常なのだと理解した。流れる空気を見ていた委員長は、考えるよりも先に、指が動いていた。出てくるチェキを横にいるクラスメイトに渡せば、撮ると言ってないのに撮ったからナマエ達がキョトンとしていた。

「なんか、撮りたくなった」

 委員長が肩をすくめる。理由になっていない理由だが、十分な気がした。

「…ふふ、なにそれ」

 零れるみたいに、ほんの一瞬小さく笑った。真顔がデフォルトで、普段は滅多に見せない、柔らかな表情。クラスメイトの殆どが見た事がなくて、息を飲む。
 委員長は、またシャッターを押していた。ほんの一瞬だけ見せた笑みはシャボン玉のようにすぐに消えてしまったけど、熱を持ったチェキに、じわじわと映し出されていた。

 チェキは全て黒尾と研磨に押し付けて、気を付けて帰ってねと見送った。黒尾が何か言い返していた気がするが、もう聞いていなかった。
 祭りの終わりはあっという間、あれだけ騒がしかった教室は片付けが始まった途端現実へ引き戻される。装飾を外す音、机や椅子を元の場所に戻す床を擦る音。誰かが疲れたと笑いながら言う声。全てが、急速に非日常を剥がしていった。

 メイド服から制服に着替え、ナマエは大きな溜息をつく。これからグラウンドでキャンプファイヤーだが、椅子に腰を下ろした瞬間、身体の奥に溜まっていた疲労が一気に表に出てきた。疲れたしちょっと眠い。
 窓の外を眺めればグラウンドが見え、そこにはクラスメイトは既に移動している。薄暗い教室には自分一人で、隠すことない大欠伸をすれば背後からくすりと小さな笑い声がした。

「角名くん?」

 振り返らずに名前を呼べば、当たりとまた笑う。座ったまま顔をそちらに向ければ、いつもの表情の角名がそこにいた。 

「お疲れ様、眠いの?」
「お疲れ様。眠いよ。お風呂入って寝たい」

 正直に答える。取り繕うだけの余力がなくて、思った事をそのまま口にする。

「そっか」

 短い返事。それ以上は何も言わなくて、沈黙が落ちる。窓の外から聞こえる生徒達の声が子守歌に聞こえてしまい、そのまま、少しだけ目を閉じかけた。
 このまま意識を手放してもいいかもしれない。そう思った、その時だった。

 柔らかいものが、ほんの一瞬触れた。理解が追い付くより先に、身体が反応してぱちりと閉じていた目を開ける。視界が一気に鮮明になって、目の前に広がるのは、近すぎる角名の顔だった。

 熱が離れた唇に、角名の呼吸が触れる。

 何が起きたのか、どうしてそうなったのか、思考が遅れる。

「なにしてるの」

 出した声が、自分でも不思議に思うほど、平坦な声。

「キス」

 角名は、迷いも言い淀みも躊躇もなく答えた。

「目、覚めた?」
「覚めたけど」

 ぱちぱちと瞬きをする。先程までの眠気が嘘みたいに消えていた。効果としては成立しているが、意味が分からない。

「なにしてるの」

 同じ問いを、もう一度していた。これまで沢山本を読んできたし、その中に恋愛をテーマにした純文学小説だって読んだ。唇を合わせる行為の意味を、知らないわけじゃない。知識として、理解している。

 なんで私にキスしたの。角名は答えない。ただじっと、逃がさないみたいにナマエを見つめていた。

 遠くからばたばたと慌ただしい足音が近付いてくるのが分かり、角名はそっとナマエから離れる。入口に視線をやり、ナマエも同じようにそちらに視線を向けた。

「おった!角名もナマエちゃんも、後夜祭始まんで!」

 治がはよ来ぃ、と呑気な笑い声が静かな教室に小さく響く。

「行こ、ナマエちゃん」

 いつもの声色、いつもの笑い方。けれど、瞳だけが、いつもと違った。熱を帯びて、こちらを捉えたままゆるりと弧を描く。手を引かれるままグラウンドに出れば、人の気配と火の匂い、笑い声に騒めきが流れてくる。
 その中で、唇に残った感触だけが、僅かに異質だった。

 意味は結局分からないまま、消えることもなく、ただそこに残っていた。

【人物紹介】

【ミョウジナマエちゃん】
 メイド服を着た。チェキは研磨とクロとだけしか撮ってない。肉巻きお握りが美味しくてウキウキだった。
 鈴木に言った小説の感想は本音。小説家の天野の作品が好き。でも今こっちで話してるんだから邪魔するなと思ってる。
 研磨とクロの登場には??ってなってる。いやなんでいるの??お母さんなにしてんの??
 角名が分からない。

【角名くん】
 メイド服のナマエちゃんウキウキ。休憩時間一緒でウキウキ。肉巻きお握り食べるとこも綿あめ持たせて食べる姿もいっぱい撮ってウキウキ。でもクロと研磨の登場で頭パーンってなった。呼び捨ても手作りも何一つもらえてない。
 後悔はしていない。

【委員長】
 自覚ある人でなし。守銭奴で愉快犯。将来はカメラマンになるかも。
 角名の気持ちも理解した上の行動なので酷いやつ。大体こいつのせい。
 ミョウジさんって綺麗に笑うなぁ。数年後、貰った部誌がネットオークションに出されてて、その金額に目ん玉飛び出そうになる。

【鈴木】
 新人賞を獲ったナマエちゃんの同期。授賞式でナマエちゃんにパイプ椅子でぶん殴られた人。
 あんな行動を取ったんだからさぞ面白い小説なんだろうな、と小説を見たら度肝を抜かされた。面白いってレベルじゃねーぞ。
 感想を聞くためにわざわざ新幹線で東京から兵庫まで来てぼこぼこに言われた。でもいい。いつかあいつより面白い作品を書く。
 部誌はちゃんと貰って帰った。

【クロと研磨】
 チェキは3枚ずつ貰った。クロは三人でいることに対して重い感情持ってるし、研磨も研磨で当たり前だと思ってる。どっちも重い。
 ナマエちゃんのお母さんが研磨とクロに「仕事で行けないの!お願い写真撮って来て!」とお金ポイーする。
 部活は本当に午前で休みだったからいいけどさぁ。新幹線で2時間かけて兵庫に来た。帰りに明石焼き食べて帰る。

【クラスメイト達】
 ミョウジーー!委員長ーー!!やめろーーーー!!!
 あれだけ人気の宮兄弟や角名が近くにいても照れのひとつもしないのは背の高い「クロさん」がいるからかぁ。
 ミョウジさんが笑った!?!?!?

【バレー部部長】
 俺は何も聞いてないし見てない。知りません。

【文芸部部長の天野くん】
 才能の差を見せつけられた。可哀想。

【治くん】
 おむらいす係。めっちゃ作った。休憩で模擬店巡りして、バレー部の肉巻きおにぎりも作った。角名から食べかけの綿あめを貰う。おい食べかけやんけ、まあええけど。

— End —

Comments 13

M
m。m8 天前

おんちゃん、ももちゃんとの再会を今か今かと待ち望んでおります🙋‍♀

M
m。m8 天前

すなくんの嫉妬も良かったけど、クロとケンマどの空気感が好き過ぎてニヤニヤしながら読ませて頂きました😚 作者様の文体が好きです。シーンによって空気感が変わってメリハリが伝わってきます💭 主人公ちゃんの変人具合も話数を重ねるごとに露呈してきて面白いです!

I
Isahaya2 个月前
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K
kachin¨̮⃝2 个月前

面白すぎて一気読みしてしまいました!!!続きを楽しみにしています!

セン2 个月前
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アーモンド小魚2 个月前
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むい2 个月前
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二郎2 个月前
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2 个月前
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まぃ2 个月前
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Sakuria
Where every work blooms
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