Novel2 months ago · 5k chars · 1 pages

トランセンドは愛を編み込みたい

ClosureClosure

「形にならない努力は、意味がないんだ」 トレーナーの誕生日に、最高のマフラーを贈りたい。 トランセンドの情熱と理論はいつしか暴走し、宇宙線防御まで備えた「全自動超高速マフラー編み機」を錬成してしまう。 しかし、辿り着いた結末は……。 不器用な理系ウマ娘の、最高に愛おしい「エラー」のお話です。

第1章:始動(Start Up)

「ねぇ、トラン。それ、何してるの?」

トレセン学園のラウンジ。トーセンジョーダンが怪訝そうな顔で、トランセンドの手元を指差した。
そこには、絡まり合ったネイビーブルーの毛糸の山と、不自然に光る謎の測定器、そして何かの回路基板が散乱している。

「何って……見ればわかるでしょ。マフラーのプロトタイプの実装だよ」

トランセンドはメガネのブリッジをクイと押し上げ、視線は手元の編み図(という名の設計図)から逸らさない。その指先には、すでに数枚の絆創膏が貼られている。

「いや、わかるよ? 編み物でしょ。ここ一週間、あんたが授業中も移動中もずっとそれと格闘してるのは知ってるし。……でもさ、なんで編み目にセンサー差し込んでんの? 怖いんだけど」

「ジョーダン、君はアナログの不確実性を甘く見すぎている。毛糸のテンション、外気温、編む際のウチの血中酸素濃度……これらすべての変数を制御しないと、トレちゃんへの『最高のアウトプット』は望めない」

トランセンドは、カチカチとキーボードを叩くような速度で編み棒を動かした。もっとも、その動きのせいで編み目はガタガタ、ところどころに謎の巨大な穴が開いている。

「……ねぇ、それ。あと1ヶ月でしょ、トレーナーさんの誕生日。今の進捗、何%くらいなの? どう見ても、マフラーっていうか『防球ネットの失敗作』にしか見えないんだけど」

「ふふん、計算通りだよん。今はまだフレームワークの構築段階。基礎さえ固まれば、あとは指数関数的に加速する予定だから」

トランセンドは自信満々に、穴の空いた毛糸の塊を掲げた。

「正確にはあと21日と9時間。つまり、開始から終了までのプロジェクト期間は720時間。ウチが開発したこの自動編み補助アルゴリズムは、編み目ごとの糸のテンションをリアルタイムで測定し、物理法則にのっとって個別に調整することで最適な強度を保つんだ。センサーは繊維の微細な変形を読み取るタイプで、これにより従来の手作業では実現できなかった精度を実現してるんだけど……」

「あー……はいはい。じゃあ、その『物理法則』が絡まって自分の首絞めないようにだけ気をつけなよ?」

ジョーダンの呆れ顔をログに刻むこともなく、トランセンドは再び「カチ、カチ」と、およそ編み物とは思えない硬質な音を立てて作業を再開した。
彼女の脳内では、すでに完璧な完成図が三次元レンダリングされていた。

――その完成図が、2週間後に「自立する謎のオブジェ」へと変貌することなど、今の彼女は知る由もない。

第2章:暴走(Over Run)

「……ねぇ、トラン。あのアナウンス、聞こえた? 『実習室から異音がする』って苦情、たぶんあんたのせいだよ」

ジョーダンが恐る恐る足を踏み入れたそこは、もはや「手芸を楽しんでいる女子の部屋」ではなかった。
床には複雑な配線がのたうち回り、三台のモニターには滝のようなソースコードが流れ、部屋の中央には……前衛的オブジェにも似た「何か」が鎮座している。

「……計算外。毛糸の摩擦係数が、ウチの想定したアルゴリズムの許容値を超えた。だから今、システムをアップデートしたんだ」

トランセンドは、目の下に濃いクマを作りながらも、狂気じみた笑みを浮かべていた。彼女が指し示したのは、複数のモーターとアームが複雑に組み合わさった『全自動超高速マフラー編み機(試作一号機)』だった。

「……いや、トラン。それ、もう手編みじゃないじゃん」

ジョーダンの至極真っ当なツッコミは、機械の駆動音にかき消される。

「ノンノン。このマシンの挙動は、ウチの思考を完全にトレースしている。いわば『外付けのウチの手』だよ。……よし、次は視認性の確保だ。夜道は危険だからね」

トランセンドはピンセットで、マフラー(と思われる銀色の物体)の編み目に、米粒ほどの超高輝度LEDチップを次々と埋め込んでいく。

「ちょ、待って。それ、光るの? 眩しくない? トレーナーさん、歩く光害になっちゃうよ。……っていうか、なんか犬の首輪っぽくない?」

「ジョーダン、安全性能に妥協はないよ。さらに、これを見て。最新の航空宇宙産業でも使われる『耐放射線高機能繊維』を混紡した。これで宇宙線からもトレちゃんを守れる」

「…………。あんた、何目指してるの、それ? あんたのトレーナー、火星にでも行く予定あんの?」

呆れ果てるジョーダンを余所に、トランセンドはさらに「改良」の手を止めない。彼女の指先は、慣れない金属パーツの取り扱いや、極細の配線作業によって、すでに絆創膏でボロボロだった。

「……あ、エラー。給糸ユニットがジャムった。リブート……いや、再構築が必要だね。大丈夫、まだウチの予定からは15%しか遅延していない」

「いや、その15%を取り戻そうとして、どんどん『マフラー』から遠ざかってる自覚ある? そもそもそれ、重くない? 持ってみなよ、これ」

ジョーダンが、出来上がりつつある「何か」を持ち上げようとして、「うっ……」と声を漏らす。

「重っ! 何これ、防弾チョッキ!? これ巻いたらトレーナーさんの首、鍛えられる前に折れるよ! 大体、バッテリーパック付きマフラーっておかしいじゃん?」

「……大丈夫。それも計算……。……計算、合わないな。おかしいな、変数が多すぎる……、ひょっとしてカオス系なのか……」

トランセンドはブツブツと呟き、震える指でメガネを直しながら再びディスプレイに向き直る。
情熱と理論が激しく衝突し、火花を散らす。彼女の目的は「温かい贈り物」だったはずなのに、いつの間にか「最強のデバイス」を錬成するためのデスマーチに、その身を沈めていた。

「トラン。あんた、もう一回『マフラー』って単語、辞書で引いてみたら?」

厳しくも心配げな友人の忠告は、激しく回転を始めた冷却ファンの音にかき消された。

第3章:停止(Shut Down)

『……警告。給電効率の低下を確認。演算ユニット、温度危険水域。冷却ファン、最大出力……』

無機質なマシンボイスが流れ、耳障りな警告音が鳴り響く。
トランセンドは眉間に皺を寄せて、周りを取り囲んだ計器類をチェックする。

「……っ! やばいっ、リブート、して……ッ!」

誕生日前夜。実習室には、焦げた電子部品の臭いと、激しい機械の駆動音が充満していた。
トランセンドの目の前で、心血を注いだ『全自動編み機』が悲鳴を上げている。高機能繊維が複雑に絡まり、過負荷でモーターが火花を散らした。

「トラン、もうやめなよ! それ、もうマフラーっていうか……ただの燃えかけのゴミだよ!」

ジョーダンが叫び、無理やり電源プラグを引き抜いた。
唐突に訪れた静寂。

そこにあったのは、最新デバイスでも、宇宙工学の結晶でもなかった。
重く、硬く、不格好に焼け焦げた、得体の知れない「鉄と糸の塊」だ。

「……………………。」

呆然と立ち尽くすトランセンドの目に、普段の生き生きとした光はなかった。
あるのは3徹後の色濃い疲労の跡と、マリアナ海溝より深い絶望感。

「……設計、ミス……」

トランセンドの声が震えた。
メガネの奥の瞳が、ディスプレイのログではなく、自分の手元を見つめる。

「……毛糸の伸縮率を甘く見てた。……ノイズを排除しきれなかった。ウチの……ウチの全リソースを注ぎ込んだのに……出力が、これ……?」

彼女の指先は、ひどい有様だった。
慣れない手編みで何度も針を刺し、機械の修理でオイルと火傷に汚れ、摩擦で皮が剥けている。ボロボロになった絆創膏が、彼女の「効率的」とは程遠い、泥臭い試行錯誤の跡を無残に晒していた。

「……こんなんじゃ、渡せない。こんなバグだらけの未完成品……パージ(廃棄)するしかない」

「トラン……」

「……トレちゃんの誕生日は明日。……いや、もう今日だ。……論理的な解決策は、一つしかないね」

トランセンドは力なく笑い、立ち上がった。その足取りは、連日の徹夜でフラフラだった。

「……バックアップ(既製品)を確保しなきゃ。……『手作り』という仕様は、今回、実装を見送る(オミットする)ことにしたから」

「そんな……。あんた、あんなに頑張って……」

「頑張りなんて、何の意味もないよ、ジョーダン。……意味がないんだ。形にならない努力は」

彼女は冷めた口調でそう言い捨て、部屋を出た。
夜明けの冷たい空気の中、寮の自室へと向かう彼女の背中は、いつものスマートな「トランセンド」ではなく、ただの、恋に敗れた一人の少女のものだった。

第4章:再同期(ReSync)

学園の隅、夕暮れに染まったベンチ。冷たい冬の風が、枯れ葉をカサカサと鳴らしている。
待ち合わせ場所に現れたトランセンドは明らかに意気消沈していた。

「……遅れて、ごめん」

彼女は俯いたまま、綺麗にラッピングされた袋を差し出した。
中に入っているのは、放課後に駆け込んだデパートで選んだ「既製品」のマフラーだ。

陳列棚から数分で「正解」を導き出した彼女は、自身の絆創膏だらけの指先をそっとコートのポケットに隠した。
完璧な縫製で仕上げられた既製品の滑らかな手触りが、彼女が費やした720時間のログを残酷なまでにオーバーライトしていく。

「……それ、誕生日プレゼント。……ごめんね、本当はもっと、最高の作品を渡すはずだったんだけど。……設計ミスで、プロトタイプは全滅。だから、それはただの代用品だよ」

絞り出すような声だった。
彼女にとって、既製品を渡すことは「敗北」と同義だったのかもしれない。自分の時間と理論を費やし、完璧なログを刻むはずだったプロジェクトの、無残な強制終了。

「……笑ってよ。完璧を求めて、結局何も残せなかったんだから」

自嘲する彼女の手を、トレーナーがそっと取った。

「っ……!」

トランセンドが小さく悲鳴を上げる。
トレーナーが触れたのは、指先の絆創膏。糸に擦れ、金属に痛めつけられた、彼女の「失敗の証」。

「……トラン。これ、全部俺のためにやってくれたことだろ?」

「……そうだけど。でも、失敗しちゃったんだ。残ったのは、こんな傷だらけの手だけ。見せられるようなものじゃないよ」

トレーナーは何も言わず、差し出された既製品のマフラーを首に巻いた。
そして、そのまま彼女のボロボロの手を、自分の大きな手で包み込んだ。

「形に残るものだけが、価値があるわけじゃない。――君が俺のために回してくれた『プロセス』そのものが、俺には嬉しい」

トレーナーの体温が、冷え切った彼女の指先に伝わっていく。

「この傷も、その目のクマも。俺のためにどれだけ試行錯誤してくれたか、ちゃんと伝わってる。……既製品より、ずっと温かいよ。ありがとう」

「…………」

トランセンドの瞳から涙が溢れた。
彼女の脳内にある演算回路が、今の現象を解析しようとして――そして、初めて幸福なフリーズを起こした。
論理では測れない。効率では説明できない。でも、胸の奥が熱くなる。

「……ずるいよ、トレちゃん。……そんな、予測不能なこと言われたら、……絶対リトライしたくなるじゃない」

彼女は赤くなった顔を隠すように、トレーナーの腕に額を預けた。

「……次は、もっと低スペックにするから。……LEDも、宇宙線防御もいらない。……ただの、温かいだけの布を編む。……時間は、たっぷりかけて。……待っててくれる?」

トレーナーは優しく微笑む。

「ああ。楽しみにしてるよ」

二人の影が、夕闇の中で一つに重なる。
そこには、どんな最新デバイスも描き出せない、不器用で優しい「最高のアウトプット」が刻まれていた。

— End —

Comments 1

まぐ32 个月前

途中ハラハラしたけど、ハッピーエンドで良かった

Sakuria
Where every work blooms
Click anywhere to skip