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稲荷崎高校文芸部所属11

てらだてらだ

いつも見てくれてありがとうございます!続きです。 オリキャラがめちゃくちゃ出張りますがよろしくお願いします。 ランキング入りありがとうございます! これからものんびり投稿ですがよろしくお願いします。

雲一つない、体育祭日和の青空だった。きっと今頃、学校では午前の競技がいくつか終わっている頃だろう。拡声器の声が校庭に響いて、砂埃が舞い上がっている。そんな光景が頭に過った。

 しかしナマエは新幹線の座席に一人で座っていた。テーブルを下ろして、その上に駅のコンビニで買ったお握りを広げている。向かう先は東京、授賞式が行われる出版社の会場だった。
 体育祭と授賞式を選ぶなら後者を選ぶ。太陽の下で汗をかいて運動は出来れば遠慮したい。それに賞をくれるっていうなら行かないと。

 天はこちらに味方したのか、一番ネックだった両親問題も解決した。なんと出張で昨日の夜からいないのだ。これにはナマエも思わず心の中でピースだ。学校に風邪を引いたと連絡を入れ、休んだらうるさそうな山田さんと角名にメッセージを送る。これでやることは終わった。後は授賞式だけだ。

 ぺり、と包装紙を剥がしてお握りに齧り付いた。塩むすび、すき。車窓の外では、景色が静かに流れていく。車内アナウンスに耳を傾けながら、残りを口に運んだ。

『ミョウジさんは、小説家になりたいん?』

 ふと、少し前に北から尋ねられた質問が頭に過った。新人賞を獲ってデビューも決まった今、その答えは未だに分からない。

 先日サイン会に行った女性作家と話すことがあって、どうして小説家になったのか尋ねた。彼女は本当は普通になりたかったと言った。普通に結婚して、普通に子供を産んでパートをして、普通のお嫁さんになりたい。けど誰かと付き合う事も出来ないし、人見知りで不器用だから仕事も上手くいかなかった。
 だから自分の心の澱を文章にしたらたまたま上手くいって、小説家になっていた。結婚できないから、小説家になったと彼女はあっけらかんと笑って言った。

『ナマエちゃんは私と違って可愛いんだから、小説家以外にも、結婚して幸せな家庭を築く選択肢もあるのよ』

『貴方は結婚して小説家の両立は難しいんじゃないかしら』

『小説家は面白くなくなったら生きている意味がないのに、小説に命をかけながら幸せな家庭を築けそう?』

 彼女の問いにも、上手く答えられなかった。他になりたいものがあるわけでもない。ただ小説が好きで、書いて、読んでいるだけ。そんな自分が誰かを愛して、結婚しているイメージも湧かない。

 だから、自分がどうしたいか考えるんだ。

――――――――――――――――――

「ハァ…」
「さっきから溜息うっさいねん」
「やる気でねぇ。マジムリ」

 前半の競技が終わった昼休み。ナマエを除くいつメンが裏庭の日陰のベンチで昼食を取っていた。さっきから溜息を連発している角名に侑は眉を寄せる。

「ナマエちゃんとハチマキ交換したかった…」

 そんなん俺かて交換したかったわ。喉まで出かかった言葉を飲み込み、侑は母お手製のおにぎりに齧りついた。
 待ちに待った体育祭、出場する借り物競争のお題によってはナマエを連れて行こうとしたのに、風邪で休むとか何考えてんねん。
 借り物競争のお題は眼鏡だったので同じクラスの男子から借りて一位を獲った。けどそれを褒めてほしい子はいない。

 侑とナマエはクラスが違うのでチームが違うから勿論ハチマキの色も違う。交換が出来る訳ではないが言うだけタダだ。

「全然既読つかない」
「寝とんのやろ。ほっといたれ」
「終わったらお見舞い行こうかな」
「なら私も行こかな。角名一人で行かしたら襲いそうやし」
「山田さんってマジで失礼だよね」

 山田と同じなのは気に食わないが同意見だった。

「お前らここで食うとったんか」
「ちわっス!」

 手にペットボトルのお茶を持った北、大耳がこちらに気付き声を掛ける。
 流石運動部、生意気な一年(銀島を除く)といえど、先輩にはちゃんと挨拶するんやなぁと山田さんは侑たちを見ていた。流れるように友人の山田です、と名乗れば二人とも「ああ、あの山田さんか」と頷いていた。一体どんなことを話しているのか(特に宮兄弟)。ぎろりと横に居た侑を睨めばなんやねんと睨み返された。

 先輩だからか何となく威圧感を感じる北が、きょろりと辺りを見渡した。

「ミョウジさんはおらんのか」

 おや。

「ナマエは、風邪で休みですけど…」
「ほうか。ほな侑、午後の対抗リレー頼んだで」
「ハイッ!」

 邪魔したな、と彼等はグランドの方へと歩いていった。それを見送り、背筋を伸ばしていたバレー部達はほっと息を吐いた。

「あの人が北先輩っちゅー人?」
「おん。あん人には侑も治も逆らえんのや」

 にかりと笑う銀島に山田さんはほ~ん、とパンを齧る。確かに圧があった、静かなのに、場の空気が変わる様な。しかし、それだけではなかった。

 気のせいかもしれない、しかし、ナマエを探す瞳がどこか熱を持っていた気がしたのだ。

 『北さん』がどんな人なのか尋ねられても、侑たちの会話から出た情報くらいしか知らない。しかし、確かに感じたのだ。呑気に飯を食うバレー部連中は気付いていなかったが。

 まあ、宮兄弟と角名には絶対教えてやらんけど。そう思いながら山田さんはパンの残り一口を口に入れた。

――――――――――――――――――

『あなた、ミョウジナマエさん?』
『そうだけど』

 募集要項を全く無視した直筆の原稿を読んで、全身の鳥肌が立つのが分かった。名前以外プロフィールを記載していないこの至宝をどうしても世に出したくて、過去に投稿した人物やミョウジの苗字をもつ作家を探した。もしかしたら二世かもしれないと思ったから。
 けど見つからなくて絶望していたときに、本人から連絡があったのだ。

『あれは、自分の価値観を確かめる為に書いたから』

 それでもいい、うちに投稿してくれてありがとう。小説を書いてくれてありがとう。思わず泣きながらお礼を言う私に電話口のナマエは驚いていた。

 夏に初めて会ったら、ミョウジナマエは本当に15歳の可愛い女の子だった。こんな子が、あんな小説を書くなんて。鬼才、太宰の再来、天才。どれも陳腐に感じる程、彼女の小説は面白かった。

 けど、ナマエはどこかおかしかった。小説のことになるとネジが一本や二本外れるどころの話じゃない。

 出版社の待合室で話をしていたら、作家のひとりに文句を言われたからと顔を躊躇なく蹴り飛ばした。その男はテレビにも出ている芥川賞を獲った作家で顔も知られ、そして新人賞の選考委員の一人だった。まだナマエの小説を読む前で、ガキが遊びにくる場所じゃない。こんなガキをデビューさせようとする奴の気が知れないとついでに私の悪口も貰った。

『俺のことを知っているのか』
『知ってる。昔売れてた小説家』
『…あ?』
『芥川賞を獲った後の貴方の小説は同じ話の繰り返し。デジャブしか感じない文章で何一つ面白くない。人の心を動かすのが貴方の仕事でしょ。真面目に仕事しなさいよ』

 本人に、芥川賞を獲った作家に直接言うなんてどうかしている。その場はどうにか収めたが、後日その作家は随分穏やかな顔をしていた。
 彼もナマエの小説を読んで、彼女の才能に魅入られたのだ。唯我独尊、プライドの塊のような男が、世界を感動させるのはアイツに任せるよと言ったのだ。

 彼女の小説には、人を変える力がある。

『作家なのに面白い小説が書けなくなって生きている意味がなくなっても、生きなきゃいけないのは大変ね』

 良い余生を楽しむように言っておいて、と真顔で言ったナマエに肝が冷えた。勿論言える訳もなく、墓まで持っていくつもり。

 そして、彼女は今日デビューをする。頭はおかしいかもしれない。けれど、この才能は世に出すべきで、彼女は小説を書くべきなのだ。

「フミさん、ナマエさん来ました…」

 けど、とビルの入り口で待機していた同僚がどこか冷や汗をかいていた。背後に隠れていたナマエが、ひょこりと顔を出した。

「フミ、久し振り」
「ナマエ、アンタ…」

 この間サイン会行った作家さんに買ってもらったの。真顔だけどどこか嬉しそうに言った。
 サイン会に行ったのも、その作家さんが誰かも、服を買ってもらったことも聞いている。けど、新人賞の授賞式、マスコミに芥川賞を獲った小説家も、色んな作家もいるこの式典。

 金髪のゆるりと巻いた作り物の綺麗な髪。そして、ふんわりと膨らんだスカートと胸元のリボン、ピンクと白のフリルが重なった、いわゆるゴスロリを着たナマエがそこに居た。

「一張羅着てこいって言ったから着てきた。可愛いでしょ」
「これ着てきたの?」
「私を何だと思ってるの。このビルのトイレで着替えたに決まってるじゃない」

 着るものがなければ制服でもいいと言ったのに。いや彼女にとっては好きな作家に買ってもらった服が一張羅だから着たのだろう。制服を指定しなかったこちらの落ち度だ。

 無意識に額を押さえていたが、ナマエはするりと作家が待つ控室に入るなり、待機していた作家たちに握手を求めた。

「貴方の小説好きです。握手してください」
「本当に、15歳なのね」
「はい」
「…ごめんなさい、貴方があの作品を創ったと思ったら、緊張して…貴方の作品…凄く面白かった…」
「ありがとう」

 芥川賞を獲った小説家が、言葉を詰まらせて、顔を赤くしてナマエの握手に応じていた。この光景を、担当編集の私は忘れない。

「ナマエ、こちらが新人賞のもう一人の受賞者の鈴木さんよ」
「…ふぅん、ドウモ」

 唖然とするもう一人の受賞者にまあそうなるかと一人納得する。自分と同じ新人賞を獲ったのが15歳のゴスロリ少女だとはにわかに信じがたい事実だ。

「貴方の小説…」
「ナマエ!鈴木さんは貴方の同期になるわけだから、仲良くね!」
「…同期。そっか、じゃあよろしく」

 ナマエが何を言おうとしたのか何となく察する。小説に関して嘘をつかない彼女はきっと掲載された鈴木の小説を読んで感想を言おうとしたのだ。もう直ぐ授賞式なのだ、揉め事は勘弁して欲しい。

 ナマエが差し出した手を、鈴木はぎゅううと力一杯握りしめた。

「いった!」
「ちょっと!何やって…」
「ちょっと力が入っただけですよ」

 拳を振り上げようとしたナマエの腕を掴む。離してと睨むナマエを無理矢理押し込めた。

「おいガキ、文芸は遊び場じゃねぇんだよ。喧嘩したことのないくせに無理に怒ったフリすんな」

 まあガキ相手にムキになって悪かったな、と謝罪する気も全く感じられない鈴木は会場へと向かって行った。

「ナマエ!後で!後で話合いましょう!」
「わかった」

 拳を下ろし、ナマエも会場へと向かう。良かったと溜息を吐く。授賞式さえ終わってしまえば後はどうにでもなる。待機していた作家たちも困惑の表情を浮かべながら会場へと足を進めた。

「お前馬鹿だなぁ」
「え」
「あの女が時や場所を選ぶかよ。初対面の俺の顔面に蹴り入れたんだぞ」

 そのまま一発殴らせりゃ大人しく済んだのによ、とナマエに蹴りを入れられた芥川賞を獲った作家は鼻で笑った。

 その男の言う通り、鈴木が挨拶をするためにスタンドマイクの前に立った瞬間、ナマエは座っていたパイプ椅子でそいつの頭と顔をぶん殴った。

 会場には社長も他社の編集も、有名作家が何人もいたけどナマエには関係なかった。喧嘩を売られたから買ったのだ。

「あれが『ナマエ』か。15歳でああいう世界を創れる子ってどんな人間か想像してはいたが、イカれてんな」
「これだから若い鬼才ってのは古い人間の想像をキッチリ裏切ってくれる」
「ファン心理かな、カッコいいって思っちゃったよ…」
「わかる…私も…」
「新人賞授賞式っつー人生で一番喧嘩出来ない場所でパイプ椅子で他の受賞者ボコボコにすんのマジかよ…最高だな」
「あれは頭おかしいだろ。若気のいたりってレベルの話じゃないな」

 ナマエや鈴木が裏に引っ込み、主役のいない授賞式では困惑とどこか浮ついた声で会場は静かに賑わっていた。

 別室に連れて行かれたナマエと鈴木は、なんとどちらも帰っていてあまりにも自由な行動に思わず意識を失いそうになった。
 横に居た編集長が警察沙汰にされたら庇えない、と青い顔で言う。冗談じゃない、あの小説が世に出ないなんて気が狂いそうだ。堪らずナマエのスマホに連絡すれば、珍しく直ぐに出た。

『大丈夫、警察には言わないようにお願いした。仲直りの握手もしたし平気よ』

 じゃあ私お腹空いたから切るね。ぶつ、と切れた通話にまた大きな溜息をつく。明らかに鈴木は殴られたことに対して怒りを露わにしていた。それをどうやって、と考えたって仕方がない。

 彼女が大丈夫というなら、それを信じるしかないのだ。

――――――――――――――――――

「お腹空いたぁ」

 くぅ、と腹から情けない音が小さく響いた。

 フミに授賞式は立食パーティーみたいなものだから料理が出ると聞いていたので、おにぎり一つで我慢したのが裏目に出てしまったと一人後悔する。授賞式はもともと興味はなかったが、好きな作家たちに会えたから良しとする。しかし鈴木に警察に行かないようにお願いする為に抜け出した手前、戻るつもりはなかった。

 研磨にはご飯は授賞式で食べるって言ったし、弧爪家でご馳走になるわけにもいかない。けどコンビニに歩く元気もなかった。お腹が空いた。いつも持ち歩いているラムネは持って来ていなかった。

 あるのは財布とスマホに授賞式で着て、今は紙袋に入っているゴスロリ。パジャマたちは研磨の家に前回残してきたのでそれだけだ。

 学校に休む為の偽造電話をするために早起きしたから正直ちょっと眠いし疲れたし、とにかくお腹空いた。お腹が空いて動けないのだ。何か、何か口に入れたかった。

 研磨とクロ、近くにいるわけないよね、家から離れてるし。誰かおんぶして家まで連れて行ってくれないかなぁ。現実逃避に近いことを考えているときだった。

「…えっ!?君!はっ!?」

 やたら驚いた声がして、ぼんやりと前を向いていたナマエの顔がゆっくりと横に向ける。細身の、切れ長の目が特徴的な男が立っていた。こちらをみて、明らかに吃驚した顔をしていた。

 え、誰。どこかで見た顔な気がするが如何せん空腹で考えるどころではなかった。

 一方その頃。

 驚愕した表情を浮かべた男…、木葉は内心大混乱だった。

 夏合宿に差し入れを届けに来た黒尾と親し気だった他校の女子生徒、『ナマエちゃん(木兎が大声で呼んでいた)』が目の前にいるのだ。
 正直なところ、可愛い女の子は覚えやすかった。しかし木葉にとって彼女の印象は何とも強烈だった。

 しつこい音駒の三年をトンデモない嘘で躱し、圧が強い木兎にも気後れせず普通に会話してからの、強烈なスパイクを綺麗なレシーブをした少女。水色のワンピースの裾がふわりと舞って、まるで映画のワンシーンのようだった。

 後輩の赤葦が彼女を気にしていたし、木兎も気に入ったのかしつこく黒尾に連絡先を聞いていた。(結局教えて貰えなかったらしい)

『ナマエちゃんは人見知りだしおっかない子だからネ、駄目』

 にやりと笑う黒尾に木兎が何でだよォ!と半ギレしていたのも今では懐かしい。その後しょぼくれモードになったので回復させるのに骨を折ったものだ。

 人見知りは分かるが、おっかないとは。あの彼氏の嘘のことだろうかと木葉は首を傾げる。確かにクラスにいる女子達と比べて静かだし、冷たい印象を受けるかもしれない。だが、おっかないかと聞かれれば流石に首を傾げる。うちのマネージャーの方がよっぽどおっかないからだ。

 話を元に戻すと、木葉はナマエを覚えていた。バレーの強豪、兵庫の稲荷崎高校だと聞いていた。だが何故東京に。夏休みはもう終わっている。それとも赤の他人か、いや間違える筈がない。あんな強烈な印象の女の子を。
 合宿のときは女の子らしいワンピースを着ていたが、今はパーカーにスウェットパンツというラフな格好をしていた。

 ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見つめるので、自然と見つめ返していた。もしかして、俺のこと覚えてる…?淡い期待と共に、頬に熱が集まっていく。

 ゆっくりと、真一文字に閉じていた唇が開くのを見つめていた。

 誰?それとも、お久しぶりです?いやまず俺が声をかけるべきか?ぐるぐると回る思考は纏まらない。そして、目の前の少女はすぅ、と息を吸った。

「お腹空いた」

「…へ?」

 予想外の言葉に、一瞬理解が出来なかった。

――――――――――――――――――

 丸一日の練習試合、その後に自主練。体育館を出る頃には、足も腕も、体の芯まで重たい。くたくたで、一秒でも早く家に帰って飯を食べて風呂に入って寝たい。ああでも、買った小説の続きを読みたい。

 さっきまで、そう思っていた。

 なのに今、家とは逆方向へ足を進めていた。
 地下鉄の扉が開くのと同時に飛び出し、殆ど走っているに近いスピードだった。ああ、信号が煩わしい。バレーで顔に出さないように心掛けているのに、ショーウィンドウに映る自分の顔が酷く焦りを滲ませていた。

 横断歩道が青に変わった瞬間、そのまま走り出した。

 ポケットの携帯が震えたのは、少し前。電話を掛けてきたのは、少し前に俺の最寄ここだからお先~と地下鉄を降りた先輩だった。まだ車内なんで出れませんよ、とメールを送ろうとすれば先読みしたように先に先輩から届いた。

『ナマエチャンいる!!』だけ。意味が分からなかった。兵庫の稲荷崎高校に通う彼女がほいほい東京にいるはずもない、きっとテンションが変わらない自分への冗談だと思った。

 けど、どこか期待する自分がいて、今から行きますとだけ返した。

 メールに指定された場所は、安くて量のある中華料理屋で、時々そこに食べに行く事もある。元梟谷のOBらしく、後輩と分かると何かしらサービスしてくれるのだ(先日試合に出たからと餃子をサービスしてもらった)
 正直女の子が行く場所じゃない。しかも、あんな涼やかな人が特大のラーメンを啜っている姿なんて想像もつかない。

 目的地に到着する頃にはすっかり汗まみれで、息も絶え絶えだった。ジャージの袖で汗を拭い、ふうと息をゆっくりと吐く。走ったせいか、たまった疲労のせいか、それとも緊張しているからか。微かに震える手で店の扉を開けた。

 スーツ姿のサラリーマンや部活帰りの学生など、カウンターやテーブルにもぽつぽつと客が座っていた。その中で、テーブル席に座っていた木葉がこちらに気付いて軽く手を上げた。

 小さく頷いて、足を進めた。

 何て声を掛けられるだろう、そもそも彼女は俺のことを覚えているだろうか。ゆっくりと回り込み、木葉の横に立った。

「…お久しぶりです」

 俺のこと、覚えてますか。ちゅるり、音を立てて麺を啜りきってから、大きな目がこちらを見上げた。咀嚼して飲み込んだあと、何度か瞬きをした大きな瞳がほんの少しだけ弧を描いた。

「こんなにも綺麗な名前の人、忘れませんよ」

 あぁ、好きだ。すとん、と胸の奥に落ちた。理由なんて分からない、けどあまりにも簡単に、あまりにも自然に、その感情がそこにあったのだ。

 彼女のことを何も知らない。何が好きとか、どんな日常を送っているのかも、何も知らない。

 けれど、あの夏休み、涼やかな風みたいに現れて感情をかき乱していった人が目の前にいて、自分を覚えていていた。

 それだけで、十分だった。

――――――――――――――――――

―――木葉side―――

 チームメイトであり、エースでもある木兎はとにかく手を焼く。いや、現在進行形で手を焼いている。それを上手い事付き合ったり時に躱したりする後輩のセッターは、まあ手が掛からない。木兎の自主練に好んで参加したりと変なやつだが可愛い後輩の一人だ。

 正直、可愛いし割と好みの女の子なのでチョット惜しい気もするが、後輩思いの良い先輩なので?わざわざ呼び寄せたのだ。ここは譲ってやろう、感謝しろよ赤葦。一人心の中で頷いた。

 なのにコイツときたら、会えて嬉しいです満足ですみたいな顔しやがって。別の意味で世話が焼けた。俺が言い出さなければ連絡先の交換もしようとしない。言い出したら、その発想は無かった!!みたいな顔をする、赤葦お前そんな面白キャラだっけ。

 交換し終わった後は読んだ小説の感想とか送ってもいいですか、良ければおススメの小説あれば教えて欲しいですと急にギアを上げれば、ナマエちゃんは少々びっくりしながらも頷いた。
 彼女はスマホを見つめた後、赤葦を見上げながら口を開いた。

「私あんまり携帯を弄る習慣がなくて、メールの通知音とかも消してて気付かないことが多々あって…」

 あー分かるラインの方が便利だもんな。心の中でうんうんと頷く。早く赤葦もスマホに買い替えろ、ガラケーより絶対スマホの方が便利だぞ。

「急ぎの要件なら、電話してもらっていいですか?」

 ん?

「電話、してもいいんですか?」
「え?はい。電話は音鳴るようにしてますし、着信あれば折り返します」
「今日、電話していいですか」
「今日は従兄弟の家に泊まるので駄目です」

 あれ、急ぎの要件って言ったと思うけど。きょとんとしたナマエちゃんの表情がそう言っていて、この真顔浮かれポンチは『電話して』しか耳に届いてないようだった。急ぎの要件っつったろ!
 後輩の為にひと肌脱ぎ、連絡先交換しようぜ!と言い出した手前、赤葦のポンコツ具合に頭を抱えそうになった。暴走しかけの赤葦にちょっと待ってろ!と言って内緒話が聞こえない位に少しだけ距離を取る。

「ナマエちゃんゴメンね。コイツ練習試合で活躍して浮かれて変なテンションなんだわ」
「そうなんですね。お疲れ様です」
「…あのさ、ダルかったら今の内に無理って言ってもいいよ」

 こそ、と耳打ちをする。けどナマエちゃんは少しだけ首を傾げて言った。

「人の感想とか聞くのは好きなので、そういうのでメールとか電話くれるのは嬉しいです」

 アッ、そうっすか。変な気を使ったが余計なお世話だった。でも後で赤葦に言っておこう。がつがつ行くな、でも小説関連だったら喜ばれるから行ってヨシ。

 愛想笑いも浮かべず、真顔のまま会話する二人をぼんやりと眺める。雰囲気似てるし、イイ感じじゃね?とりあえずウルセーから木兎には内緒にしておこう、あと黒尾な。

 ふと黒尾が、ナマエはおっかないから駄目だと言っていたのを思い出した。しかし、今の所そんな印象は感じられなかった。おっかないというより、ちょっと素っ気ない。そんで危なっかしいイメージしかない。
 お腹が空いたと言っていたから半分冗談でパンケーキでも食べに行く?と誘ったら、ラーメンかおにぎりがいいと言ったのでラーメン美味いとこあると誘ったら着いて来たし。
 ラーメンを半分食べて落ち着いたのか、俺のジャージを見て梟谷の人だと思い出していた。あ、俺の事知らないのね。でも知らない人にホイホイ着いて行ったら駄目だろ、と注意したらお腹が空いてたからしょうがない、と餃子を追加していた。何だこの子、変な子の印象も追加で。

 お腹がいっぱいになったのか少し眠そうなナマエちゃんをソワソワしながら駅まで見送り、俺の仕事は完了だ。あとは赤葦自分で頑張れよと心の中でエールを送る。
 結局、黒尾の言っていた『おっかない』印象は一切なく、寧ろ男を近付けさせない為の嘘としか思えなかった。

 そして、来年の冬。俺は、黒尾の言う『おっかない』、その言葉の意味を知る事になるのだった。

 【登場人物】

 ミョウジナマエちゃん(15)小説のことになるとネジが何本も外れるヤベー女。
 投稿した小説が最年少の新人賞を獲得。沢山作家と会って握手できてハッピー。
 同じ新人賞を獲った鈴木に喧嘩を売られたので買った。授賞式で座ってたパイプ椅子で、鈴木の頭を真顔でぶん殴り、顔も殴って鼻血を出させた。
 朝昼兼用で塩むすび一個だけ食べただけなので腹ペコ。ラーメンと餃子を食べて元気。
 木葉のことは最初は誰?だけどお腹が落ち着いたときにジャージを認識して「あー梟谷の人」ってなった。
 赤葦は名前が綺麗なので覚えてる。本の感想を言える友人が出来てちょっと嬉しい。部長の天野くらいしか話せる人がいない。(北先輩は関わりあんまないし)

 赤葦くん
 会えて嬉しいハッピー満足って思ってたら先輩のアシストで連絡先交換出来て一気にネジが外れてアクセル全開な人。
 ナマエちゃんほど小説は読まないけどそこそこ読む。
 木葉先輩本当にありがとうございます。この後めっちゃメール送る。そんで二年になったらスマホになってラインめっちゃ送る。

 木葉先輩
 MVP。Mr イイ人器用貧乏。オモシレー後輩の為にひと肌脱いだ。ナマエちゃんがパンケーキ行くって言っても赤葦誘ってた。
 ナマエちゃん可愛いとは思ったけど、多分もっとテンションが高い女の子の方が好み。
 木兎と黒尾には連絡先交換した事は内緒。来年の冬、ナマエちゃん見て「おっかねー」って言うかもしれない。

 名前だけの出番だった研磨と黒尾
 研磨と研磨父母はナマエちゃんが新人賞獲ったことは知ってる。だから泊まらせてって言ってる。凄い!いつでも遊びに来てね!
 研磨「で、ナマエの小説は?」「(北先輩に貸したまんま)忘れた」研磨「は?」
 こんなくだりしてる。
 クロはナマエちゃんの連絡先絶対横流ししないマン。マジでおっかねー女だよこいつは。ナマエちゃんが来たことを後日知る。小説のことはまだ知らない。

 稲荷崎一年ズ
 ナマエちゃん休み??は???既読つかないんだけどアイツ電源切っとるやろ!!!
 体育祭の後ナマエちゃんの家にお見舞い行ったら家に誰もいなくてハァ???ってなってる。

 北先輩
 ミョウジさん休みか、ほうか…。(授賞式が今日なのは知らない)
 実は借り物競争出てて、仲のいい女の子のお題が出てナマエちゃん探したけどいなくて、同じクラスの女バレ連れて行った。

 フミ
 ナマエちゃんが投稿した小説の出版社の編集者。新人賞担当の人。ナマエちゃんの担当者。
 ナマエちゃんの小説が大好き。でも行動が予想外すぎてこれからも苦労する。
 芥川賞作家で新人賞選考する作家の顔面に蹴りを入れるナマエちゃん見て顔面蒼白。「フミの悪口言ったのよ。それに喧嘩売られたから買ったの」
 式中でパイプ椅子で同期をぶん殴るナマエちゃん見て顔面蒼白。小説が面白ければそれでよいのだ!とは言いたいけど言えない。

 鈴木(27)
 もう一人の新人賞獲得者。自分の小説で世界を変えてやるって意気込んでた人。自分一人だと思ってた新人賞だけど、もう一人いるって聞いてハァ!?ってなる。
 しかも15歳のガキ、なるほど話題性ってやつ?ゴスロリに金髪。アホか。握手のタイミングでナマエちゃんの手を力こめて握りしめた。文学なめてんじゃねえ。
 式で挨拶しようとしてスタンドマイクの前立ったら後ろからパイプ椅子でぶん殴られた。後ろ振り返ったら顔面パイプ椅子で殴られて鼻血。
 腹を立てながら帰ったらナマエちゃんに「警察には行かないで」ってお願いされたので頷く。頭がおかしいってレベルじゃねぇぞ。

— End —

Comments 12

M
mai2 个月前

これって、クロスオーバーになりますか?なんか新人賞のところある、映画でみたことがあるような流れに感じたのですが…。

2 个月前
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アーモンド小魚2 个月前
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A
AKIRA(元刹那)2 个月前
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黒猫2 个月前

(blush2)(blush2)(blush2)(blush2)(blush2)(blush2)

だいふく2 个月前
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Sakuria
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