Novel3 months ago · 1.2w chars · 1 pages

稲荷崎高校文芸部所属4

てらだてらだ

お世話になります。続きです。 コメント、ブクマ本当にありがとうございます!! 捏造注意。ドラマCDでは寮らしいですが、北さんと宮兄弟は家から通って欲しい願望があるので捏造します。家から通ってください。 あとクラスは持ち上がり方式で。おさむ、すな、夢主が同じクラス。銀とあつむが同じです。 ちなみに作者はそこそこな田舎出身なので小、中学が1学年1クラスで収まり、高校でようやく2クラスになったんですよね。なので学校のプロフを見て、北さん大耳さんが7組設定なのを見てそんなにクラスあるの???とビックリしました。 これ普通科、進学コース、電子科…、みたいな感じで分かれてるんですかね分からないので捏造します夢小説だから。 兵庫の高校というより都会の学校って何クラスあるんですか純粋な疑問です。

「なんか困ってへんの!?」

 読んでいた本から視線を外さず無い、とハッキリ答えるナマエに侑は顔を顰めるまでがセット。ここ最近の流れだった。

 侑とナマエの関係は友達でもなければクラスメイトでもない。良い言い方をすれば知り合い、顔見知り。悪い言い方をすれば、加害者と被害者である。勘違いによりナマエに酷い暴言を浴びせたのだ。北の付き添い付きで謝罪をして、詫びに何かしようとした所に横槍(文芸部の部長)が入り、じゃあ何かあったら頼むから、と言われそこで終了している。

 バレー勝負で自分が無理なら侑に頼むつもりだったと治本人から聞かされ、自分には話を持って来ず解決したことを未だに根に持っている。(その日腹いせに治のプリンを食うてやった。もちろんわざとや)。彼女の見せたAパスがあまりにも綺麗で、トスを上げる治に一瞬羨ましいとらしくない感情まで湧いてしまうほどに。

 彼女に頼って貰えれば、借りを返すことが出来れば、そうすればこの何とも言えない、罪悪感に似た感情が拭えるのではないかと。だから侑は彼女の教室に赴き、何か困ったことがないかと尋ねるのだ。

 昼休み、本を読むナマエに声を掛ける。だがこちらを向くことなく、ページを捲りながら無いと即答された。

 ここにおるのに、チラッとも見んやん

 胸の奥がざわりとする。理由など分からなかった。

 立ち尽くす侑の姿を見て、忠犬みたいと角名がくすりと笑ってスマホを構える。それを見てナマエが小さく溜息をついた。

「…じゃあお茶買って来て」

 財布から小銭を取り出し、侑に差し出す。は?お茶?俺を?宮侑をパシリ??

「マジでパシってるじゃん、ウケる」
「紙パックのやつ。ペットボトルは角名くん落とすからね」
「ねぇ、マジで止めて」
「ツム俺イチゴ牛乳~」

 自分で行けやボケが!便乗しようとする治に暴言を吐き捨て、ナマエの手にあった小銭を掴む。イライラしたまま、自販機へ向かった。

 山田(別称クソ女)は文芸部なのでさておき、同じバレー部の角名治と自分との接し方がなんとなくだが違う気がして、また胸の奥がざわりとする。仕方がないことだとは思う。自分は酷いことをした自覚もあるし反省もしている。

 だが、角名に向けていたあの笑顔が忘れられなかった。

 翌日、銀島と共に角名と治のクラスに行けば、二人はナマエの席に群がり昼食を取ろうとしていた。そこに便乗して空いた机と椅子を寄せれば治は文句を言うが、当の本人のナマエはウトウトしているし、角名はそのナマエをスマホで撮ることに夢中。
 何か何か言いたげの銀島の視線を無視してその場で弁当を食べ始めた。分かっとる、ミョウジさんに酷いことした俺が何で一緒に飯食おうとしてんねん、みたいなそんな顔。

 誰にバレーを教わったか聞けばナマエは半分寝ながら「おんちゃんとももちゃん」と答えた。いや誰やねん。詳しく聞く前に目が覚めたのか、何でここに宮くんがいるのかと尋ねられる。

 この学校にいる殆どのやつが侑って呼ぶのに、彼女は『宮くん』だった。

 バレーの時は片割れを叫ぶように『治くん』と呼んでいて、それもまた羨ましかった。

 宮侑は、人に感情を向けられる側やった。宮兄弟の名で有名になり、顔もカッコええ、男前や。試合に出れば歓声も飛ぶし、喧し豚が俺の名前を書いたうちわを持って見に来るくらいには人気もある。
 羨望、嫉妬、敵意、向けられる視線には、大体意味がある。

 凄い、ムカつく、カッコええ、怖い、ずるい、好き

 どれも、熱がある。俺に向いとる。それが、当たり前やと思ってた。

 なのに、ミョウジさんは何の感情も向けん。

 怒鳴っても、隣に立っても、一緒に飯食うても、目が合っても

 視線が、素通りする。

 無視やない、嫌われとる感じもない。

 ただ、俺に興味がない。

『アンタはどうでもええ存在』

 アホ女の声が過る。黙れやクソ豚、なんていつもの暴言が出ない程に納得しとった。

 自販機の前、ガコンと紙パックのお茶が落ちる。それを拾いながら、侑は舌打ちをしていた。

「もっと頼れや…」

 ぽろっと出たそれに、いやなんでやねん!とアラン並みのツッコミを入れる。茶買うだけでええやん。これで『借り』を返せるやん。そうやって、何度も頭の中で言い聞かせないと、胸の中で疼く感情が消えてくれなかった。

「ん」

 差し出したお茶をナマエはありがとうと受け取る。イチゴ牛乳はと聞く片割れの声は無視だ。

「じゃあ、これでチャラね」
「…は?」
「喉が渇いたから頼った。だから、もういいよ」

 もういいよ。その言葉が、引っかかった。

 もう来なくていいよ、もう気にしなくていいよ

 もう、関わらなくていいよ。

 そう言われた気がした。

 いや、そう言っている。だからこちらを見ない。その瞬間、頭の奥が、じわりと熱くなった。終わらせたくない、借りを返したいわけではない。
 彼女の傍にいる口実が欲しいだけだ。この場にいる理由が、欲しかった。

 ナマエが紙パックにストローを刺し、口に近付ける。その瞬間、身体が勝手に動いていた。

 紙パックを奪えば、え、と小さく零した声と共に顔がこちらに向けられる。前髪の隙間から覗く瞳が、驚いていた。
 手の中にあるそれを強く握る。喉の奥へ、程よく冷たいお茶を一気に流し込んだ。息を継ぐことも惜しむように吸い上げて、紙パックはみるみる軽くなる。ぺしゃりと音を立てるまで握りつぶし、残りの一滴まで絞り出した。

「…フンッ!」

 口を小さく開けてこちらを見る間抜け面がおかしくて、噴き出しそうになるのを誤魔化すように鼻を鳴らす。体育館で見せた顔でも、角名に見せた笑顔でもない、本気で困惑している顔。
 チャイムが鳴ったので何も言わずに教室を出る。意味の分からない行動を取った後悔とか、そういや次移動教室やんけダル、と色んな思考がぐるぐるとする。

 角名と治が何か言っていたが、知ったことかではない。ようやく『俺』を見たことがなんだか面白くて、変に上がる口角を必死に隠した。

「…なにあのひと」

 ぽつり。平坦な声が、ほんの少しだけ呆れと困惑の温度が籠っていた。

――――――――――――――――――

 翌日。

 金曜日の午後、1年生の1組2組は浮足立っていた。2クラス合同体育の内容は、男子はグラウンドでサッカー、女子は体育館でバドミントンが行われる予定だった。しかし、曇り予想の天気予報は外れ、昼前からぽつぽつと小雨が落ち、昼休みに差し掛かる頃には道に水たまりが出来る程の雨が降り始めてしまった。

 傘持って来てねぇよ、男子のサッカーどうなるんだろうねと教室から声のあちらこちらから声が上がる。そんなことよりもナマエにとっての気掛かりは自分の体育、しかもバドミントン。卓球やテニスなどのラケット道具を用いた競技は何故か苦手の部類だ。ハッキリ言って憂鬱だった。ラケットをぶん回してあんな小さいシャトルに当たるとは思えない。

 小学校の頃、何かと絡んで来る同級生(名前忘れた)が鬱陶しいのと、本を汚され腹が立ってその本で思いっきりその坊主頭をスパイクの要領でスイングしたことならある。バレーボールや頭くらい大きければ叩きやすい。角ではなく平面で叩いてやったらいい音がしたものだ。
 ちなみに後から話を聞いた別クラスのおんちゃんはドン引き、ももちゃんは大爆笑だった。見事に反応が真逆。

 結局天気は崩れたまま、予定変更となり体育館で男女混合授業となった。

 体育館を半分に仕切り、女子はバドミントン、男子はバレーボール。バレー部男子は角名以外燃えていた。角名は部活でも散々バレーすんのにさぁ、と愚痴を零していたくらい。でも屋外のサッカーで走り回るよりマシ、らしい。
 普段サッカーやバスケに興じる運動部たちはバレー部を味方に引き入れ、ワイワイと楽しんでいた。

 一方バドミントンの女子は、バドミントン部や運動部が中心となりチーム分けをして試合をしている。勿論授業なのでナマエも参加するが、やっぱり苦手だった。スマッシュは空振り、サーブはアウトになり、ほぼ自分のミスであっけなく試合が終了した。ちなみに空振りをしたときに男子コートの方から笑い声が聞こえたのでちらりと見れば、試合の順番待ちをしていた角名と治がゲラゲラと笑っていた。

 案に上がったドッジボールだったら、早々にアウトになって外野にいって恥を晒さなかったのに。二人が未だに笑っているので、舌打ちが出る位には鬱陶しかった。

 負けたのでコートから出て邪魔にならない壁沿いに座れば、先程まで笑っていた二人がこれまたニマニマと笑みを浮かべて近寄ってくるではないか。

「あっち行って」
「オッホホ」
「プッ…すっ、角名!笑ったらアカン…ッ!」

 肩を震わす二人にナマエは前髪でどうせ表情を見えないだろうと思いっきり眉を寄せて睨む。もう直ぐ試合なんだからあっちに行ってろ鬱陶しいの意味を込めた。しかしそれも二人には通じず、お構いなしにナマエに話しかけた。

「ミョウジさんバド苦手なんやな。あれは酷かった。シャトルはボールみたいにデカないんやからちゃんと見なあかんよ」
「バレーはあんなに上手だったのにね。なら今度一緒にバドミントン練習しよ。動画撮ってあげる」
「ええな。俺は写真撮ったるで」

 笑いながら貶し、更に恥の上塗りをさせようとしてくる。鬼を通り越してコイツらも色んな意味で化け物だった。
 殺す。ナマエの隠れた瞳に明確な殺意が湧いていた。

「いいよ。その代わり二人の頭をシャトル代わりにする。大きいから当たりやすそう」

 持っていたラケットをぶん、と振ると横にいた二人は一歩距離を取った。先輩に後ろから飛び蹴りした女だ、頭だろうと躊躇なくラケットを振り下ろすだろう。(正解)
 男子コートの方から治と角名が呼ばれた。まもなく1組と2組の試合だ。見とってな~と治は手を振ってコートへ向かう。二度と戻って来なくていい。

「ねぇ」

 くい、とナマエの袖を引っ張る角名。早くあっちに行けと思ったナマエはそっけなく何、と答えた。

「空振りしたとこも、拗ねたとこも可愛いね」
「…早くあっち行って!」

 淡々とした声が珍しく苛立っており、角名の細い目が更に細く弧を描く。口元は緩んで、くすりと笑みが零れた。これちょっと照れた。怒った顔可愛い。色んな表情が見れて嬉しい。きゅんきゅんと胸の奥が弾み、コートへの足取りがやけに軽かった。

 壁に凭れながら、ぼんやりと虚空を見つめる。男子みたいにバレーがやりたいわけでも、バドミントンがやりたいわけでもない。パラパラと一定のリズムで地面を叩く雨音、床を鳴らす体育シューズの音、人の話し声、ボールを叩く音。それらを聴きながら、ただ、ぼんやり。音が混ざって、どこか心地いい。

 音が、遠くなる。

 誰かが叫ぶ声と殆ど同時に、鈍い衝撃。顔の中央に、重い何かがぶつかって、視界が白く弾けた。

 ぐらついた身体がべしゃりと床に倒れ込んだ拍子に、かしゃんと音が鳴る。あ、眼鏡。ぽっきりとフレームが折れて真っ二つになった眼鏡が床に転がっていた。それを視界にいれた瞬間、じわじわと痛みが広がっていった。

「ぁああああかん!ミョウジさん大丈夫か!?」
「ツムお前はまた何やってんねん!」

 治のブロックを避けるように打った侑のスパイクは、見事にぼんやりとしていたナマエの顔面にクリーンヒットしたのだった。授業の、いうなればお遊びスパイクだとしても、現役部員のスパイクなんて痛いものは痛い。

 顔面レシーブなんて久々、と痛みでぼんやりしていれば、ナマエの鼻の奥がつんとする。熱い。

 ぱた、と赤が床に落ちて女子達の悲鳴が体育館中に響くが、当の本人は「あ、鼻血」と呑気なものだった。床が汚れると両手で鼻を押さえる。体育の先生が歩けるかと焦りを顔に滲ませながら尋ねる。

歩けます、と立ち上がって言い切る前に、視界がふわりと浮いた。

「俺が!俺の責任なんで!保健室連れてきます!!」

 お姫様抱っこ。ナマエの細い体は侑の腕に抱き上げられた。教師の制止や女子の色めき立った悲鳴を背に、侑は体育館を飛び出した。
 なるべく揺らなさいように、でも急いで足を動かす。腕の中の細い体が、少し身動ぎをしたので落とさないように力を込めた。

「歩けるよ」
「ええから!」
「血つく」
「そんなん洗えば落ちる!!」

 叫ぶように反論すれば、ようやくナマエは口を閉ざした。鼻辺りを押さえる両手から赤が滲み、侑は顔を顰めて唇を噛み締める。

 ミョウジさんを、傷つけてばっかりや。

 保健室に到着するなり、血塗れのナマエを見て養護教諭目がまん丸になった。血は殆ど止まっていたが、鼻から下は血塗れで、ボールがぶつかった部位は真っ赤になっていた。
 鼻の骨は折れていないし、眼に異常もない。少し腫れるかもしれないけど冷やせば大丈夫、と氷嚢を貰う。処置の邪魔になるから、と養護教諭は容赦なくナマエの前髪をピンで留めた。ピンにあまりいい思い出のないナマエは内心ゲッと思うが大人しくされるがまま。顔を洗い、準備してもらったそれで鼻の付け根を冷やす。熱を持った痛みが冷やされる心地よさにほっと息を吐いた。

「ミョウジさん、体調はどう?」
「ちょっとだけくらくらするけど、休めば平気です」

 ちなみにくらくらは嘘だ。体育は戻りたくないし、このあとの授業も出たくない。保健室のベッドで休みたいがためについたでまかせだった。

「ゴメンね、私これから出なきゃいけないの。先生には伝えておくから、放課後までベッドで休んでていいわよ」

 ラッキー、放課後まで休んじゃお。ナマエは上がりそうになる口角を我慢して頷いた。
 じゃ、よろしくね!もし帰るときは職員室の誰かに声掛けて!と養護教諭は少し慌ただしく保健室を出て行った。そして訪れる静寂。授業戻って良いよと何度も言ったのに、侑は横で立ったままだった。

 侑はナマエの顔を見る。額や鼻は冷やしたから腫れは少し引いたが、まだ真っ白な肌には不自然な赤みが残る。そして、いつも隠れている瞳と、視線が合わさった。

「私これからベッドで休むし、宮くん授業戻っていいよ」

 淡々とした声色。ボールをぶつけられた怒りや苛立ちなど、何の感情も乗っていなくて、侑はまた唇を噛んだ。

「ごめん」

 絞り出すように呟かれたそれに、ナマエは瞬きをする。侑の勘違いで暴言を吐かれ、その翌日に北に連れられ謝罪した時と全く違う。今にも泣きだしそうな謝罪だった。

「俺のせいや」
「わざとじゃないでしょ」
「眼鏡も壊した」
「あれ伊達。お父さんに貰ったけど別に気に入ってたわけじゃないし、いいよ」
「…なんで、怒らんねん」

 苛立ちの矛先をナマエに向けるのは間違っている。ナマエが小さく首を傾げるけれど、声はどんどん低くなっていった。

「怒る要素ある?わざとじゃないならいいんじゃない」
「あるやろ!顔に当てたんやぞ!?」
「顔面レシーブしたことあるし、骨も折れてないし平気」
「なんでやねん…普通、怒るやろ…」
「怒って欲しいの?」

 ナマエはその言葉に再び首を傾げた。怒って欲しい?侑の考えていることがさっぱり分からなかった。ナマエの問いに侑は答えない。けれど、その沈黙が肯定だった。

「こらっ当てるな。…怒った、これでいい?」
「…せやけど、ちゃうんやってぇ…」
「何が言いたいの?本当に分かんない。宮くんはどうしたいの」

 少し面倒そうに言うナマエの姿に侑はぐっと拳を握りしめる。どうしたいのか。そんなの一つしかなかった。

「ミョウジさんに、近付きたい」

 嘘偽りない言葉に、ナマエの瞳は少し丸くなった。近付きたい、とは?ナマエの頭に??が沢山浮かんだ。友人の山田は表情が直ぐに顔に現れるので分かりやすいし、角名も割と。侑の片割れの治もそこそこ分かりやすい。

 ナマエにとって宮侑は、直ぐ怒るし突っ走る、バレー馬鹿(山田談)それだけしか知らない。だから、一言で言えば良く分からない、だ。暴言を吐かれたがそこまで興味もないので放置していたら、先日気付けば昼食を一緒にとっていたし、頼れと言われたのでお茶を買って来て貰ったら目の前で飲まれるし。本当に理解が出来なかった。

「ミョウジさんは、俺に興味ないやんか」
「まあ、そうだね」
「ハッキリ言うやん。…でも、俺を、見て欲しい」

 なんとも勝手な願いだと侑は自分をせせら笑った。何言うてんねん、と。
 酷いことを言ったし、酷いことをした。なのに彼女はそうですかと終わらそうとして。罪悪感を拭う為に何かないかと尋ねるもないし。折角のチャンスは片割れに奪われるし。借りを作って、それを返して、はい終わりの関係が嫌だった。

 角名みたいに笑顔を向けられたい、治のように名前を呼ばれたい、本に向ける視線を、こちらにも向けて欲しい。

「宮くんは、私に頼られたり怒られたら、近付けると思ってたの?」
「……わからん」

 正直な返答。

「でも、なんもないよりはマシや」
「何もないのが嫌なの?」
「嫌や。…俺のこと、どうでもええって顔されんのが、一番キツイ」

 静かな本音に、ナマエは少しだけ息を吐く。

「宮くんは、私のこと嫌いなんだと思った。こっちは先生に頼まれただけなのに悪口言って来るし」
「また告白かと思たんよ。…あの時は、ホンマにごめん。ミョウジさんは、全然喧しブタなんかとちゃうのになぁ」
「困ったこと聞いてくるくせに、頼ったら私のお金でお茶飲むし」
「あれはッ!あれで終わったらミョウジさんのとこ行く理由なくなるやんか!!」

 狼狽えながら謝る侑の姿がやけに必死で、ナマエは小さく笑みを零した。

「…変なの」

 ナマエの静かな笑みに侑は少しだけ口を開いて、また噤む。視線は、逸らさない。

「出来る限り努力はする」
「!!」
「でも先に謝っとくね。興味持てなかったらごめん」
「なんでやねん!今ええ感じに纏まりそうやったやん!」
「宮くん怒ったり泣いたりツッコんだり忙しいね」
「誰のせいやと思ってんねん!」
「山田さんみたい」
「それはホンマに勘弁して。アイツと比べられんのはホンマに嫌や」
「ごめん」

 興味を持ってと言われても正直よく分からない。だが、かつてバレーを教えてくれた二人に少なくとも情は湧いているので、これに関しては時間の問題なのかな、と自分のことなのにまるで他人事のように考えていた。

「握手でもしておく?」
「握手?」
「…友達記念?」

 いやならいい、というナマエの手を慌てて取る。小さくて細くて真っ白、自分と何もかも違う手を握り締める。無関心のナマエの口から自分が『友達』だと言ってくれた。それだけで、嬉しくて、たまらない気持ちになった。

「…ちいこいな。こんな手であんなトスあげとったんか」
「最後の方しかあげてないよ」
「それでもあげとったやん。…指先もちゃんとケアしとるな」
「ハンドクリームとやすりくらいだよ。宮くんの指先綺麗だね」
「セッターやもん!当たり前や」
「へぇ、そうなんだ」

 初耳だというナマエにガーンと分かりやすくショックを受ける。確かにバレー部の練習を見に来たところなんて見た事ないし、バレー勝負の際に体育館を訪れたときは練習が終わった後だった。

「ほんなら練習見に来て!今日!」
「いきなりだね」
「そんで終わったら家まで送ったる!」

 どや!と名案を思い付いたみたいな表情をする侑にナマエは苦笑を浮かべた。距離の詰め方が凄い。

「今日は学校終わったらそのまま家族とご飯に行くから、また今度ね」
「!、絶対やで!」
「分かった分かった」
「ナマエちゃん!」
「なに」
「そこはラブコメみたく侑くんッて言うとこやん。宮くんやなくて、侑くん!」

 期待が込められた眼差しを向けてくる。仕方なく、あつむくんと呼べばおっしゃぁ!と喜ぶ姿にナマエは頭の中で変なの、と再び呟いた。私にこだわらなくてもいいのに。どうしようもなく嬉しそうにする姿が、幼馴染の片割れが喜ぶ姿と一瞬だけダブって、頭の中から消す。やっぱり似てないことにしておこう。

 一緒に授業をサボろうとする侑を保健室から追い出し、ようやくナマエはベッドに潜り込んだ。ついた溜息が大きかったのは、まだ若干顔が痛むからか、侑と喋ることが疲れたからか。両方だな、とナマエはひとりごちる。
 柔らかいシーツ、消毒液の匂い、ぱらぱらと振る雨音、静まり返った空間が子守歌のようで、ナマエの眠気を誘う。

 意識が、ゆっくりと沈んでいった。

――――――――――――――――――

 外出中。立て札を無視して鍵の開いた保健室の扉を開ければ、文字通り養護教諭はいない。けど足は一直線にベッドの方へと向かっていた。仕切りカーテンをゆっくり横に引けば、目的の子が静かに寝息を立てていた。
 額は、まだほんのりと赤い。名前を小さく呼ぶけど、瞼は閉じられたままだ。

 保健委員の代わりに受け取った荷物を椅子に置き、自分はベッドの縁に腰を下ろす。きしりと小さくベッドが鳴るが、それでもナマエは目を覚まさない。

「ミョウジさん」

 戻って来た侑に治は苦言を言っていつもの様に言い合いが始まったけど、侑はやけにご機嫌だった。呼び方が「ミョウジさん」から「ナマエちゃん」に変わっていたのにも気付いていた。仲良くなったのは喜ばしいことだが、それはそれ。

 少し身を乗り出して、覗き込む。白い肌に長い睫毛、長い前髪は、珍しくピンで留められていたから顔が丸見えだった。

「…起きないと、キスするよ」

 勿論そんなことじゃ起きない。睫毛も動かないし、小さな寝息も変わらない。はあ、こっちの気も知らないで無防備に寝ちゃってさぁ。
 可愛い、本当に可愛い。なんでそんなに可愛いかなぁ。ぼんやりした顔も、からかったらムッとした顔も、淡々とした顔も、こうやって無防備に寝顔を晒しているところも、全部可愛い。

 愛おしさと、少しの苛立ち。

「知らないからね」

 誰に言うでもなく。

 身を少し屈めて。無防備で、柔らかそうな唇に触れそうになる直前で、止まる。小さく息を吐いて、向きを、ほんの少しだけずらした。
 柔らかい頬に、そっと唇を押し当てる。一瞬だけ。すぐに離したけど、ナマエの瞼は閉じられたままだ。

 寝込み襲うとかサイテー俺。でも仕方ないじゃん、可愛いのが悪いしほっぺにキスくらいは許してくれるよね。言い訳をしながらゆっくり立ち上がる。部活が始まる、行かなきゃ。
 唇を落とした場所を優しくなぞって、体育館に向かった。

「………なんなの?」

 出て行った後、ベッドの中で小さく呟かれたことなんて、知る筈もなく。

――――――――――――――――――

 翌日は土曜日で学校は休み、だがバレー部にとっては体育館を丸一日使える貴重な日だ。だからこそ今日の練習は、少し早めに切り上げられた。監督から体育館を閉めるからとバレー部は追い出され、自主練したかったと愚痴を零す面々の背を押しながら、帰り支度をする為に部室へ向かっていた。

 その途中、意外な人物と遭遇した。

「侑くん、部活終わったの?」
「ナマエちゃんやん!今日はもう終わったで」
「…ちょっと、お願いがあるんだけど」

 ぱああと侑の顔が明るくなる。まさかその日のうちに練習を見に来ようとしてくれたのか、いやでも今日はこのあと家族と外食だと話していた気がする、あまり覚えていなかった。
 それよりもバレー部の面々は素顔丸出しかつ野暮ったい眼鏡がないナマエの姿にぎくりとする。バレー勝負からそれほど日は経って居ない。更に仲の良さそうな侑とナマエの姿に驚きが隠せなかった。角名や治ではなく、侑?

 侑の腕を引っ張り、背伸びをしてこしょこしょと内緒話をする姿に角名と治は言い表せない苛立ちを覚えていた。いやいや何でそんなに仲良さげ?侑は今日ボール当てて鼻血出させてましたけど??

「ッ、ええのん!?ほんま!?」

 ぱっと目を輝かせる。キラキラ、という擬音が似合う顔をしていた。

「声大きい。侑くんのお母さんのOK貰えれば」
「今すぐ電話してくるから待っとって!!」

 ナマエをその場に残し、ダッシュで部室へと駆けていく侑を見て一同はぽかんと口を開けていた。一体何事だと。

「銀島くん」
「俺!?え、ど、どうしたん!?」

 突然のご指名に銀島は肩を跳ねさせる。地味な出で立ちのナマエには慣れたが、可愛い顔を晒すナマエの姿にはまだ慣れていなかった。

「私の鼻血掃除してくれたんだよね、ありがとう」
「そんなんええよ。それより顔は大丈夫やったか?」
「うん、平気。腫れも引いたし寝たから元気」

 鼻血?とバレー部たちは首を傾げる。治が侑が体育の時間にボールをぶつけて鼻血を出させたことを説明すれば、案の定部長や北の顔が真顔に変わる。また迷惑を掛けたのか、と。しかし当の本人のナマエは相変わらず淡々としていて、銀島に話しかけていた。

「お礼に今から焼肉行かない?奢るから」

「ハァアアア!?!?」

 焼肉?焼肉!?!?焼肉を奢る!?!?なんで!?!?侑よりおっとりしている治の絶叫がこの場に響く。
 気になる女の子とご飯、しかも焼肉、しかも、奢り。羨ましくて堪らなかった。しかも何故銀島。それに侑の様子も、まさか…と治はおそるおそる口を開いた。

「ツムも、焼肉誘ったん…?」
「うん」

「なんッッッでやねん!」

 アラン並み、いやそれ以上の、渾身のなんでやねんだった。

「本当は今日両親と焼肉食べに行く予定だったんだけど、どうしても仕事が終わらないんだって。お店もコースも予約しちゃってキャンセル出来ないし、友達と食べに行っていいよって言われたから」
「な、なんでツム…?」
「山田さん休みだし、文芸部の皆も帰っちゃったから。侑くんは、今日友達になったから」

 俺は前から友達ですけど!?と治の涙声を無視して銀島に、このお店なんだけど知ってる?とナマエは呑気にスマホの画面を見せていた。それにハァア!?とまた新たな声が上がった。

「その店、俺が行ってみたいって言った店じゃん…!」
「そうだっけ」
「そうだよ!インスタ見せた店!本ばっか読んでないでさぁ!もっと俺の話ちゃんと聞いてよ!!」
「それはごめん」

 角名が半泣きになりながらナマエの肩を掴む。切実な叫びだが、ナマエは本当に覚えていないのか首を傾げていた。
 休み時間、見て見てとスマホの画面を見せられた気がするが、小説を読んでいたせいか適当に返事をしたような。まさにそれだった。人でなしである。

 駅前の、星4.5以上の予約困難な高級焼肉。食べ放題ではない、ちゃんとした焼肉。部活終わり、エネルギーを欲した身体に、ナマエの『焼肉』という単語はあまりにも拷問だった。

「ナマエちゃ~ん!オカンOKやって~!早よ行こ~!!」
「銀島くんはどうかな」
「ど、どうって…」

 行きたい、めちゃくちゃ行きたい。久々の焼肉、しかも食べ放題ではない、高級肉、奢り。ちなみに今日の夕飯は母親は同窓会らしく、作り置きのカレーの予定だ。タイミングが完璧すぎる。ごくりと喉を鳴らした。
 だが治と角名の視線があまりにも殺意に満ち溢れていた。断れ、と言われている気がする。いや言われていた。向けられる鋭い視線に、銀島の全身に鳥肌が立っていた。

「ちなみにコース内容はこんな感じ」
「行く」
「銀!?」

 即答。特上カルビには逆らえない。銀島は後ろを振り返らず、荷物を取りに部室へ走った。

「ミョウジさんの、人でなし…」

 治は目に涙を溜めながら呟く。角名も横で頷いた。横で聞いていたバレー部たちも無言で頷く。あまりにもひどい。そんな治の肩をぽんと叩いて、口を開く。

「体育のおかえし」
「あんまりやぁああ!」

 短い一言に、ついには治は膝をついた。ナマエはバドミントンで馬鹿にされたことをしっかり根に持っていた。フン、と鼻を鳴らしたあと、角名をじっと見る。そして、

「すけべ」

 むに、と細い指が角名の薄い頬をつまんだ。ぎゅ、と少しだけ強めに。角名の心臓が、ほんの一拍ずれる。

 摘ままれたその場所は、自分が唇を落とした場所と同じところだった。

 直ぐに手は離れ、彼女はくるりと背を向けて侑と銀島のところへ歩き出す。それを見つめながら、指先で先程摘ままれた頬に触れた。偶然か、それとも。

 遠ざかる背中を見つめながら、角名はばくばくと鳴る心臓を抑えることが出来なかった。

 角名のスマホに画像が届く。ナマエからだった。連絡先を交換したもののいつもメッセージを送るのは角名からで、ナマエからはない。たまに返事、ほとんど既読無視、未読無視。そのナマエから送られてきたのは、自分が食べたいと言っていた大きな特上ロースに卵を付けて大きな口で頬張る侑と銀島の写真だった。
 そこは自分の画像送れよ、と苛つきながら既読だけつけて無視してやった。

 翌日の部活は、高級焼肉パワーでツヤツヤした侑と銀島が絶好調で監督に褒めて貰ったことは言うまでもない。

— End —

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