「そういえば、猫猫の宮はいつ建てられるの?」
晩秋の昼下がりの皇后宮の庭、四阿にて。
婚儀からひと月、そろそろ落ち着いた頃ではないかと呼ばれたお茶会の席で。
かつての同僚たちとも積もる話をして、空気が和んだところでかつての上司がさらりとぶっ込んだ。
心なしか、玉葉さまの後ろに控える元同僚たちの目まで輝いている気がする。
新婚夫婦の閨事情
「……実は、月の君の意向で建てないと伺っております。」
答えながら、顔が赤くなってくる。
皇弟宮で同居しているのは間違いなく夫の意向だ。
そして、この答え方も夫からの指示だ。
しかし、夫に娘を輿入れさせたい高官たちが聞けば、嫉妬深い妃が皇弟を唆して言わせているように聞こえるだろう。
玉葉后とかつて共に働いた3人のことだから、変に勘違いされることはないと思うが。
ただ、玉葉さまの後ろ盾である皇后派は皇弟に妃を輿入れさせたいはずだ。
玉の一族は玉鶯の養女を皇弟妃にする計画に一度失敗している。
玉袁の三男の娘を主上の上級妃にした今となっても、皇弟妃の座も狙っているはずだ。
それを知るからこそ、夫は玉葉后の茶会に呼ばれた私に、皇弟は他に妃を娶る気はないことと夫の溺愛ぶりを強調(アピール)してくるようにと何度も繰り返していた。
「あらら。ということは、今後も皇弟宮に住むの?」
懐妊ではない事情により婚儀を急いだため、皇弟宮での同居は妃の宮を建てるまでの経過措置として受け入れられているようだ。
「……ええ。月の君はそのつもりと伺っております。」
『月の君は』を強調する。
私自身は、夫の立場を思えば密かに通う女性の一人や二人がいても仕方のないことだと思っている。
貴人とはそういうものだ。
男の心変わりもよくあることだと、育った環境からよく知っているつもりだ。
ただ、自分が夫の心変わりを冷静に受け止められるのかどうかは、実際に女の存在が発覚してみないと分からないと夫に嫁いでから思うようになった。
子が何人か立て続けに生まれてふとしたときに夫が宮に帰らない日が続き、朝になって戻った夫から仄かに女の匂いが漂ってきたとしたら、さすがに心が痛むような気はする。
今は、それくらいに夫に心を傾けてしまっているのだ。
「まあ。そうなの。月の君ったら、相変わらずの溺愛ぶりね。」
そう微笑んだ玉葉后が、ちらりと紅娘さまへ視線を遣る。
心得た紅娘さまが元同僚の侍女たちを下がらせた。
「ねえ、宮に同居するとして、閨はさすがに別よね?」
そう聞いてくる玉葉さまは、悪戯っ子の顔をしている。
「自室はいただいております。」
一応、私の部屋はあるし、寝台もあるから嘘は言っていない。
しかしながら、私の部屋は薬棚も調薬道具も置かれているため、寝室として使うことはあまりない。
実際は、夫の部屋の寝台で毎日一緒に寝ているのだ。
初夜の儀で抱き潰された翌日の夜、さすがに今夜のお召しはないだろうと湯浴み後に自室で夫の薬湯を調薬していたら、しびれを切らした夫に乱入されて夫の寝室に連れて行かれたこともあった。
以来、何があっても夫の寝室で寝るようにと行為の最中に散々言い含められた。
私だけが風邪を引いても同室で寝ると駄々をこねられたが、いくらなんでも私が感染症に罹患した時は自室へ帰るつもりである。
「自室はあるけど、夜は使っていないのかしら?」
ふふふ、と微笑みながら玉葉さまがさらりと聞いてくる。
飲みかけていたお茶を吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
後ろに控える皇弟宮の侍女頭の視線が気になって仕方なくい。
「ぐっ……。えっと……その……。」
「毎晩お召しになるってことね。」
鋭い考察に、うぐぐと目を白黒させる。
夫と知り合った頃をご存知の方に言われると、羞恥が募る。
まさか娘時代の私を知る方から、閨事情を聞かれることになるとは。
「……ええ、まあ。」
「その場合って、先触れはどうするの?」
興味津々な翡翠の瞳が爛々と輝いている。
先触れとは、帝が妃の閨を訪れる前に知らせることだ。
妃とて皇帝を閨に迎えるなら下準備が必要だからだ。
本来であれば皇弟妃は皇弟とは別の宮を持つ。
皇弟が夜に妃の宮を訪れる日には、先触れがあるはずなのだ。
「先触れはなく、夕餉を取り、湯浴みをしたら夫の部屋へ行くことになっております。」
「月の君がそうしろとおっしゃったの?」
「……ええ、はい。」
后の顔を見ていられずに、視線を手元に落とした。
羞恥で顔が熱い。
「市井の夫婦みたいね。まあ、私の実家はそうではなかったけれども。」
玉葉さまのご母堂は玉袁の妾だ。
玉袁の本邸では暮らしていなかったのだろう。
「私も花街育ちですし母はいませんから話に聞くのみですが、そのようですね。」
答えながら西方の紅い茶を口に含む。
牛酪(バター)の効いた焼き菓子に手を伸ばす。
甘いものは好まないが、皇后が供するだけあって、味は良い。
「ちなみに、月の忌の間はどうするの?」
猛攻もひと段落したかと安心していたら、先方は攻める手を緩める気はないようだ。
「……自室へ下がったら、迎えに来られました。」
目線を斜め下に逃しながら答える。
答えて良かったのだろうか。
後ろの視線がきつく突き刺さらないから、間違ってはいないようだ。
血は穢れとされるから、月の忌の間に皇族である夫と同じ褥で眠って良いとはとても思えないのだが。
「まあ!月の君らしいわね。あの子、本当にあなたのことが大好きだったものね。出会ってすぐの園遊会で男物の簪をあげるくらい。」
懐かしい話をされて苦笑する。
あの頃は、まさかあの宦官が皇弟で自分の夫になるとは思っていなかった。
随分と遠くまで来てしまったものだ。
「同室で同衾ということは、頻度はどうなの?毎日とか?」
声を潜めて紡がれた問いかけに、口の中のものを吹き出しそうになる。
「玉葉さま!」
目を白黒させながら飲み込むと、紅娘さまが玉葉さまを嗜めていた。
「だって、気になるじゃない。」
顔を上げると、玉葉さまは唇を尖らせている。
二児の母とはとても思えない、幼い顔。
この方は母になっても好奇心旺盛な娘心を喪っていないのだ。
そういうところが主上から見て可愛いところなのだろうなと、ふと思った。
「で、どうなの?」
美しい顔が圧を帯びる。
「……私の口からはなんとも。」
言えるわけがない。
婚儀を挙げてひと月、月の忌の日を除いて毎晩複数回抱かれているだなんて。
羞恥で顔が焼け落ちそうだ。
「……へえ。表情で大体察したわ。」
笑う玉葉さまは、満足げだ。
よかった逃げ切れた、と茶碗を口に運んだ。
「月の君って、あちらの方はお強いの?」
とんでもないことを聞かれて、またしても茶を吹きそうになる。
「玉葉さま!!」
紅娘さまの悲鳴のような声を聞きながら飲み下した茶は、変なところへ入った。
ゴホゴホと咽せてしまう。
「……ご想像にお任せします。おそらく想像と違うことはないかと。」
早口で答えて、下を向く。
閨事など見慣れて聞き慣れていたはずだった。
だが、己のこととなると、途端に羞恥が増してくる。
顔が熱くて溶け落ちそうだ。
これでは、後ろに控える侍女が腕によりをかけてくれた化粧も台無しだろう。
「主上の弟君だものねえ、強そうよね。」
玉葉さまの言葉に、内心で頷く。
侍女をしていたころ、主上と玉葉さまの閨番をなんどか務めたことがある。
お二人の行為は、互いに奉仕し合い体位も何度か変えるから、一回が長めだった。
主上は最低二回ほど達したらお帰りになるが、夫の場合は自らの寝室だから出ていくことがない。
毎夜三度ほどは達しないと満足してくれないのだ。
最初の頃は意外にも夫が不慣れだったようで、前戯は長いが達するまでが大変早かったため、同じく不慣れなこちらは大変助かった。
しかし、最近は夫が慣れてきたようで持続時間も伸びてきた。
そのため、二度目三度目となると疲労でこちらの足腰が震えてしまうこともある。
夫は申し訳なさそうに、その震えが伝わってきて悦いと言っていたこともあったっけ。
そんなことを考えていると。
「で、一晩に何回ほどなの?」
声を潜めた玉葉さまに問いかけられて、またしても咽せてしまう。
この方は人の思考が読めるのだろうか。
「玉葉さま!!いくらなんでもそれは……!」
紅娘さまの声が裏返った。
「やっぱり知りたいじゃない、私たちの許で恋に落ちた二人がどうやって愛を育んでいるのか。」
玉葉さまは大変楽しそうだ。
だが、一つ物申したい。
玉葉さまのところにいた時分に恋に落ちたわけではない
夫への気持ちが変化したのは、西都での一年が非常に大きい。
都では考えられない距離感で過ごせたことで、夫を放っておけないと思ってしまったのだ。
「ねえ、どうなの?」
駄目押しされて、頭を下げる。
「あの、そこはご容赦を……。」
さすがに答えられない。
「ふふふ、真っ赤になっちゃって。可愛いったら。」
揶揄うような慈しむような口調で言われて、身を縮こまらせたときだった。
「失礼いたします。玉葉后、そろそろ愛妻を返していただけますでしょうか。」
聞き慣れた蜂蜜の声が聞こえてきた。
顔を上げると、夫が後宮管理官時代の綺羅綺羅しい顔をして四阿の側に立っている。
「あら、まだ執務のお時間じゃなくて?それに、『返す』ねえ。」
「予定より早く終わったので、猫猫の顔を見たくて迎えに上がりました。猫猫は今は私の妻ですから、『返す』で合っていますよ。」
かつてこの二人の間で繰り広げられた不毛な争いを思い出すような会話に頬が緩む。
「私の妻ねえ。元はと言えば、私が見出した侍女だったのに。」
「油揚げを掻っ攫った鳶との誹りは甘んじて受け入れます。しかし、猫猫だけは玉葉后であっても譲れないのですよ。」
言いながら夫が椅子の背を引いてくれるので、立ち上がった。
「私の唯一の妻ですから。ご実家にはそうお伝えください。」
夫が脇腹を押さえながら言葉を紡ぐ。
夫の横顔は微笑んでいたが、視線はあまりにも鋭かった。
「分かっているわよ。私にできることはさせていただくからご安心を。」
そう微笑む玉葉后の笑顔は、かつて仕えていた頃と変わらない。
「ありがとうございます。」
頭を下げる夫が、手を握ってきた。
「またいらっしゃいな。猫猫妃とはもっとお話ししたいもの。」
「ありがとうございます。ぜひ。」
そう答えて頭を下げる。
「月の君、猫猫の目の下、隈ができてるわよ。嬉しいのは分かるけど程々にね。」
悪戯っぽい口調で言われて、夫の頬が赤くなる。
「心得ます。」
答えた夫に手を引かれて皇后宮を辞した。
夫が私に執着するのは、やっと私を抱けるようになったからだけではない。
茘を巡る情勢にも理由がある。
ここのところ、北がきな臭い動きをしているらしい。
それを理由に私たちの婚姻が決められたようなものだ。
半年前のある夜。
主上に呼び出されて、早急に婚儀を挙げるよう申し渡された。
臣籍降下を望む夫は、顔色を失っていた。
「国の行く末とお前の希望を考えて、最も良い方法を選んだ。」
そう語る主上の口ぶりは重かった。
北亜連が軍備を拡張している一方で、茘には成人皇族は二人しかいない。
主上が都を留守にするわけにもいかないし、国と国の交渉の席に君主の名代として立てるのは縁戚の者しかいない。
戦になるかどうかという瀬戸際に陥ったとき、和睦交渉の席につけるのは皇弟しかいないのだ。
戦となって軍を率いるのも皇弟だし、講和条約の交渉の席につけるのも皇弟だ。
つまり、皇弟の臣籍降下はあり得ない。
しかし、皇弟が臣籍降下を望んでいることが北に漏れたら、それは茘にとって致命的な弱味となる。
皇弟が臣籍降下を望む理由は、帝位への忌避と唯一と望んだ私が『玉葉后の仇になりたくない』と望んだからだ。
帝位については、東宮がお生まれになった今、皇弟が帝位を継ぐ可能性は低くなった。
だが、まだ主上は皇弟に「お前は後継者にならなくてよい」とは言えない。
東宮もその弟もまだ七つにもならぬ幼児だから仕方ない。
『玉葉后の仇にならぬように』は、皇弟に子が望まれている以上難しいことではある。
皇弟に生まれた男児が、東宮と帝位を争うような政争が生まれるかもしれない。
しかし、皇弟に子が生まれないのは皇族を増やすという観点からすればもっと困る。
二律背反の中、例の焼印が一定の役割を果たしたと言えよう。
主上からすれば、周辺国の情勢が悪化する中で皇弟が臣籍降下を望むよりは、唯一と望んだ娘と婚姻を結ばせて茘に尽くしてくれた方が良いと判断したらしい。
皇弟の想う相手が国一番の軍師の血筋だったのは、主上にとってこの上ない幸運だったようだ。
茘への忠誠心が強くはない火薬庫のような軍師を茘へ縛りつけ、最愛の女との一粒種の息子を手元に残せるのだから。
今後起こりうる北亜連との戦いで一定の成果を挙げたら正妃一人で許そう、とまで言っていただき、夫は折れた。
帝位を継がせないと明言されたわけではないが、私を唯一の妻にできるならと妥協したのだ。
その姿を見て、私に否やはなかった。
私自身は医局勤めを当分見合わせることになったけれども、それでもこの人と添えるならば良いと思えた。
なお、男児を二人産んだら再び医局へ出仕しても良いと言われているが、いつになることやら。
「お前が出陣して万が一のことがあれば、猫猫はどうなるか分かっているな。」
会談を終えて部屋を辞する前に、主上が声をかけてきた。
「分かっております。」
硬い声で答えた夫に、夫の宮へ戻ってからその意味を聞いた。
「猫猫に子がいれば、俺が死んでもお前は皇弟宮(ここ)で過ごすことができる。だが、子がいなければ、主上はお前を柘榴宮にでも入れるだろう。」
「お待ちください、里樹妃は先帝のお手がつかなかったから現帝に入内したのではなかったのですか?いくらなんでも弟の手がついた元妃を後宮には入れないでしょう?」
「過去には息子の妃を奪った皇帝もいたくらいだ。やりようはいくらでもあるし、俺の妃から寡婦になったお前を放っておく方が危険性は高い。軍師殿への牽制としては最も手軽な方法だ。」
「それは……。」
「というわけで、婚儀を挙げれば煩わしい制約が付きまとうわけだが、本当に俺の妻になってくれるのか?」
不安げな顔で問いかけられて、少し腹立たしくなった。
主上から直々に婚儀を挙げろとまで言われて、断れるわけがない。
だが、これまで一度もこの人の求婚にきちんと応えたことがないのだ。
--仕方ない。
揺れる瞳を見上げて、壬氏さまの顔に両手を添えた。
薄い唇に己のそれを重ねて一言。
「もちろんですよ。だから、壬氏さまは戦になっても死なないでほしいです。」
「ああ、死なない。約束する。」
「今度は前線に出ちゃだめですよ。ちゃんと最後まで奥で控えていてくださいね。」
「ああ、わかった。」
そんな会話を経て、私たちは結ばれた。
いつ戦が勃発するかわからない、ぎりぎりの情勢下で。
戦になるまでに子を成しておかねば、己が非業の死を遂げたら新妻は兄のものになる。
そう分かっているから夫は励むし、私も拒む気はない。
子を身分保障にするような女にはなりたくなかった。
一人で生きていける女になるつもりで研鑽を積んできたはずだった。
それでも、この人と添い遂げるためにならば子でもなんでも産んでやると思えるのだから、人は変わるものだ。
私の形を変えるのが怖いと、帝位を継ぐならば私を解き放つと言った御仁が、今の私をどう思っているのかは気になるところではある。
「ところで、猫猫、あの部屋は俺の部屋じゃないぞ。夫婦の寝室だ。」
皇后宮から帰る馬車の中で忘れられない夜を思い出していると、夫が突然変なことを言い出した。
「どういうことです?」
「いつも寝ている部屋だ。元は俺の部屋だったが、今は夫婦の閨だ。俺の部屋はもう少し離れた場所に作ったのを知っていると思ったんだが。」
「壬氏さまの私物や着替えがある部屋は存じておりますが、あの部屋には寝台がないではないですか。」
「寝台は寝室にあればよいだろう。お前が病の際に隔離できる寝台が欲しいと言うからお前の部屋には寝台を置いたが、隔離先は一つで十分だ。」
「ええっ?……というか、壬氏さま、いつから聞いておられたんですか?」
「お前の部屋について話していたころだったかな。」
「それってほぼ最初の方じゃないですか!聞き耳とは、お人が悪い。」
「そうだったか?」
すっとぼけた顔の夫に、腹立ちまぎれに最近ずっと考えていたことを口に出した。
「壬氏さま、しばし禁欲しましょう。」
「いきなりなんだ?月の忌の間は禁欲していたんだが!?」
「今の房事の頻度では子を成すという意味では効率が悪いです。できやすい時期に集中して行うためにも、その前の時期はしばし禁欲いたしましょう。」
羅門が羅の屋敷に残した西方の文献にそのような内容が書いてあったので、試してみたかったのだ。
「断る。閨事は子を成すためだけにするものではないだろう。夫婦の愛情表現でもあるわけだ。できやすい時期に集中的に行うのは当然として、それ以外の時期は好きなように励めばいいだろう。」
「いえ、子種の濃度を高めるという意味でも、できやすい時期の前の禁欲は合理的です。試してみましょう。嫁いですぐに未亡人になった挙句、後宮に入れられて恥知らずと誹りを受けるのは避けたいですし。」
「俺もその展開は避けたいが、だが、婚儀を挙げてまだひと月だぞ?禁欲はもう少し後でもよいのではないか?」
「いえ、まずは子を成すことが大事かと。」
「だが、俺はお前と二人の生活も堪能したい。」
「房事だけが生活じゃないでしょう?」
「それはそうなんだが、やっとお前を抱けるのだ。もう少し味わいたい。」
僅かに眉を下げた子犬のような顔をして、夫が私の手を取る。
しばし交錯する視線。
負けたのは私だった。
「……わかりました。今回の周期だけですよ。今回身ごもらなければ、次の周期は試していただきますからね。」
「ああ、任せとけ。」
私の指先に口づけた夫は満面の笑みを湛えている。
馬車が停まった。
「じゃあ、今夜も俺たちの部屋へ来いよ。」
先に降りて私に手を差し伸べながら『夫婦の寝室』を強調する夫に苦笑して、その手を取る。
きっと今夜も抱きつぶされるのだろう。
でも、それが嫌なわけではないのだ。
火照った頬を晩秋の風が撫でる。
暖かい夫の手をぎゅっと握った。





















