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長野県警の諸伏三兄弟21【警察庁出向編2】

にゃんこばっにゃんこばっ

いつも作品を読んでいただきありがとうございます😊 スタンプやコメント、いいねやウォッチリストへの登録、フォローなど、ありがとうございます。ワクワクしながら通知を見ております✨ 前作までのタグ付やコメントとても楽しみつつ拝見させていただいております。 本編と関係ない話を連投しておりましたが、今回はちゃんと本編を更新しました! 楽しみにしていてくださった方は、お待たせしました! やっとこさ三兄弟が東京入りして元気に走り回る準備をする回です。 光明兄さん大好きな景光くんに言ってほしいセリフがありまして、出来たお話でもあります。 私の趣味嗜好が詰まっておりますので、一緒に楽しんでもらえるとより嬉しいです✨ 無理のない範囲でお付き合いくださいませ〜(о´∀`о) ・拙宅の景光くんは長野産長野育ちです ・諸伏兄弟について捏造過多 ・それ以外についても捏造しかない ・警察学校組など救済されているキャラもいます ・原作無視軸です ・原作未読、アニメも全話追っているわけではありませんので矛盾点はこのお話ではそういうものなんだと流してください ・なんでも許せる方向けです ・雰囲気でお楽しみください

注意

・拙宅の景光くんは長野産長野育ちです
・諸伏兄弟について捏造過多
・それ以外についても捏造しかない
・警察学校組など救済されているキャラもいます
・原作無視軸です
・原作未読、アニメも全話追っているわけではありませんので矛盾点はこのお話ではそういうものなんだと流してください
・なんでも許せる方向けです
・雰囲気でお楽しみください

なんとか相手の追跡を振り切った諸伏三兄弟の乗る車は程なくして警察庁の駐車場へと停められた。警察庁の入り口に隠れるようにして立っていた男が周りを確認して光明のシビックTYPE Rに走り寄ってきた。

「………こちらへ」

三兄弟が荷物を持って車から降り、男の後ろへついていく。建物の中へ入っても三兄弟の警戒は緩まなかった。

「私は風見と言います。今回の案内役を任されました」

風見は後ろをついてくる三人を盗み見た。一番前を当然のように歩いてくるのは三人の中で一番上背があり、ガタイもいい男。資料では長野県警に所属する諸伏三兄弟の筆頭長男である、諸伏光明。特徴的な猫目と襟足の長い黒髪、眼光鋭いスカイブルーの瞳が隙なく辺りを観察している。
そうして、その後ろに左右に広がってついてくるのは長野の孔明とも呼ばれる次男の諸伏高明、やり手のスナイパーとして名高い末の弟の諸伏景光である。
二人とも、余裕そうな顔をしているが、その実長兄である光明と同じく辺りを警戒しているのは一番近くにいる風見が肌で感じていた。

「その…」

風見が言いにくそうに、歩きつつ三人を見やる。

「警察庁に来るのは、諸伏光明警部のみのはずでは…」

「状況が変わった。上には俺から話す」

ピシャリ、と容赦のない言い方であった。
長野県警でも光明が関わるのは基本的に弟達か幼馴染であるので光明は穏やかに話をするが、それ以外の人間に売る媚も愛想もないので所謂塩対応と呼ばれるものが多いのである。
光明の言葉に肩を跳ねさせた風見は「わかり、ました…」と前を向き直り廊下を進んでいく。
途中、エレベーターに乗るなどして案内された部屋の中。
机に肘をついて手を組んでいた人相の悪い白髪の男…黒田兵衛とその机を挟んだ手前に金髪の男が立っていた。

「ヒロ…!?」

「ゼロ!やっほ。久しぶり!」

「なんで、ヒロが…ッ」

降谷が景光から視線を外し、光明を睨みつける。降谷としては景光に会えたのは嬉しいが、今この状況では会いたくはなかった。
だって、この状況でこの場にいると言うことは、景光は降谷が必死になって情報を漁っている世界的犯罪組織にその命を狙われているということ。

「どうして…!なんで!ここに来るのは貴方一人だっただろう!?弟を危険に晒して…ッ、何とも思わないのか!?」

「ゼロ、」

今にも光明に組み付きそうな降谷を見て、前に出ようとした景光を高明が抑えた。今矢面に立つべきは自分達の長である光明である。光明の問題に巻き込まれた形になった高明達が前に出るのは筋が通らない。光明も許さないだろう。

「お前が好き勝手言うのはどうでもいい。勝手にしろ」

光明の氷点下を下回るような声音に景光が怯えて高明に身を寄せた。景光が何かをしでかしてしまっても光明が今の声音で景光に迫ったことはなかったから耐性がないのである。
言い方を変えると、高明も景光もこれまで生きてきて光明に本気で叱られたことも怒られたこともないのであった。光明の怒りが向く対象は大抵弟達以外の誰かであるので。

「一つだけ言っておくが、俺がこの世で大切にしたいのはコイツら弟とあと幼馴染の二人ぐらいだ。それ以外の人間なんて心底どうでもいい。分かったなら黙ってろ」

光明が吐き捨てるようにそう言って、黒田の前に進む。睨む様なスカイブルーの瞳の圧に気圧されて降谷が黒田の前から数歩後退った。ちょうど、光明の腕がギリギリ届かない範囲である。仕掛けられても光明の初手を避けられるようにとった距離であった。まあ、光明の長い足は届くので適正距離かと聞かれれば微妙であったが。そうして、黒田の前に立った光明を黒田も顔色一つ変えずに見返す。その鉄仮面の様な黒田の表情を見て光明がニッコリと満面の笑みを浮かべる。光明のその笑みが何かを企んでいる時の嫌な笑みであることを光明との付き合いは短いのであるが、黒田はよく知っていた。だから、その笑みを見て黒田が微かに眉間に皺を寄せた。

「どーも。お久しぶりでぇす。あんなメール一つ寄越すなんて友達甲斐無さすぎません?悲しすぎて光明泣いちゃいそうです」

「お前がそんな殊勝な奴なはずがないだろう。そもそも、そんな事を言うのならお前こそ私にメールの一つでも寄越してもらいたかったものだな」

「そりゃそうだ」

茶化すように肩を竦めた光明が小さく笑った。そうして、体をずらして後ろに寄り添うように立っている弟二人に視線を向けた。黒田から直線上に光明の大切にしている弟二人が見える。
かつて長野県警でよくしていたように、二人とも寄り添いつつ顔をこわばらせて黒田から目を離さない。警戒している猫が仲間で身を寄せ合うのとよく似ていた。
中々懐かれないものだな。と黒田は苦笑する。
それに同じく光明も苦笑しつつ、黒田に事の顛末を話す。明日まで待たず東京に来た件についてだ。警察庁に来る前に黒田に連絡は入れていたものの、『今からそっちに行く』というなんとも簡潔な内容で終わっていた。あの時は時間もなかったから仕方がなかったのである。黒田も持ち前の柔軟さで対応してくれてなんとかここまで来たが。

「家が襲撃された。俺の辞令は明日発令される予定だったんでしょ?それを待ってたら今頃お陀仏でしたよ」

「…!組織か?」

「恐らく?相手の姿は見てないから何とも言えないけど、狙撃されたからそれなりの奴でしょ。俺達を殺しにかかるのなんてそいつらくらいしか思い浮かばないし」

「ラ、ライフル…です!」

景光が意を決したように口を挟んだ。高明の腕を掴んで荷物を抱えている景光は隠れていた高明の影から一歩前に踏み出す。
黒田と光明がほぼ同時に発言者である景光を見た。黒田は険しい表情のままで、それに怯んだ景光が伺う様に光明の顔を見る。こういう時に景光を守ってくれるのは光明であるので。降谷?降谷は由緒正しき日本男児であるので、上の命令には弱い。見捨てられると景光は思っていないが、すぐに守りに入ってくれるとも思っていなかった。その点光明は間違いなく、悩むそぶりも何もなく景光を守ってくれるので。景光は兄と並ぶ決意をこの間固めたばかりであるが、それとこれは別。と心の中で割り切っていた。これは景光が頑張れないところ。
そんな景光の心情も正確にわかっている光明は末弟が可愛くて少し笑ってしまったが、「大丈夫。景光が気づいた事教えてくれるか?」と宥める様な甘やかす声音で続きを促した。弟が兄に甘えてくれるのなら、兄はいくらでも甘やかす所存である。黒田が光明に呆れた視線を寄越すが、光明は気にもしていなかった。いつものことであるので。
景光の得意分野は狙撃である。だからこそ、今回の狙撃の場所はおおよそであるが割り出すことも可能だった。
長兄の後押しを受けて、景光は発言する。

「俺たちの家の周りには狙撃に適した建物はありません。一番近いビルから狙撃していたとしたら、射撃範囲として挙げられるのはライフルしかないと思います…」

黒田にジッと見つめられ、尻すぼみになった景光が高明を盾にするようにして再びその影に隠れた。
その様に頬を綻ばせた光明がさりげなく位置を調節して高明や景光と黒田の直線上に立ち、「ですって」と黒田に話を振る。

「多分、あの銀髪の男に会ってから一週間の間に俺のことを調べ上げたんでしょう。…アンタ…安室?降谷?って呼んだ方がいいか?アンタが俺が警察庁所属であることをそれとなく組織に伝えるつもりだったってことであってるか?」

「……そうだ」

「その情報は?組織には伝わってんのか?」

「伝えはしたが…恐らく、長野県警に所属している情報の方が早かったのかもしれない…」

悔しげに視線を逸らした降谷から興味なさげに視線を外した光明は黒田を再び見た。

「ま、そう言うことなんで。俺だけじゃなくてウチの弟共々よろしくお願いしまーす」

光明の言葉に弟二人もぺこりと頭を下げた。
黒田が大きなため息を吐いて眉間を揉んでいる。それを見て光明はニンマリと口角を上げていた。光明はこの鉄仮面のような黒田の表情を歪ませるのが好きなので。してやった、という謎の達成感が芽生える。まあでも、今回は本当に危なかった。
組織の人間がいつどうやって光明を殺そうと画策していたのかは分からないが、実行前に気がつけて良かったと心底思った。
弟二人を失うかもしれなかった恐怖に今更ながら光明の手が震えた。手のひらを握ることで震えを消したが。第三者から見れば、怒りに震えているように見えたかもしれない。光明にとってはそう見えた方が都合が良かったのであるが。

「……仕方あるまい。住居はこちらで用意しよう」

「なら、三人一部屋で。あと、ベッドは三人一緒に寝れるやつ。高明、景光、お前ら希望は?」

飲食店でメニューを聞くような気軽さで光明が住む部屋の希望を弟達に聞く。
景光はこれからしばらく滞在する部屋を斡旋してもらう立場にあるので、そんな希望は言ってはいけないのでは!?と思わず黒田を見たが、黒田は諦めたように目を伏せていた。

「え!?いや、別に…」

「リビング以外に部屋が欲しいです」

当たり前のように高明が右手を上げて宣言する。黒田に対して及び腰である高明は、でも黒田が表立って高明や景光に何かするとも思っていない。だって、高明や景光に何かあれば光明がそれを許すはずがないので。長兄を支えると言ったが、それはそれ。これはこれ。である。適材適所とも言う。景光と同じ考えであった。兄弟は似るのである。
だから、高明は黒田の顔はちょっと怖いが案外黒田に遠慮がない。まあ、側に光明がいる時に限るが。

「高明兄さん!?」

「景光もあるなら言っとけ。言うだけタダなんだから」

最早黒田の机に腰までかけている光明は本当に黒田に関して遠慮がない。
でも、なんだかんだ階級や強面のせいで遠巻きにされがちな黒田は、そうやって遠慮なくズケズケと黒田に関わってくる光明を気に入っている。
黒田に遠慮しかない降谷は光明の言動を見て目をひん剥いていた。その人にそんな感じで絡めんの!?

「光明、お前は少し遠慮というものを…」

「いいじゃないすか〜。どうせ俺らの希望なんて通るかわかんないんだから。希望が通らなかったら通らなかったで、悲しいなぁってなるだけですし」

「お前はそれを理由に仕事をほっぽり出すだろうが…!」

「ええ〜?しませんてぇ。別に、公安の情報で組織の目を長野に向けないようにすることに失敗したなんて根に持ってないですし」

嘘つけ。バリバリに根に持ってるだろうが。黒田はその言葉を飲み込んだ。実際起こってしまったことなので言い訳がきかず、降谷も渋顔のまま耐えている。

「ね?頼んまーす」

ニンマリ。
猫の顔は人間が見て可愛く思う造形の比率を体現しているらしい。
だから、人にとって一般的に猫は可愛く見える。
猫を被った光明の顔は一般的に見れば女ウケが良いものなのだろう。本人も意識して甘えるような仕草をしているし。
でも、この猫の中身が牙を剥き出しにした虎だということを黒田は短い付き合いであるが、よく知っていた。
光明は弟達も一緒に巻き込まれたことに怒っている。表には出さない腹の奥の奥でぐつぐつと何かが煮えたぎっているのをひしひしと黒田は感じている。
まあ、でも。短期間でも光明を対組織への戦力として使える可能性が出たのは大きい。しかも付随して光明の大事にしている子猫まで付いてきた。
黒田は静かに心の中で笑みを浮かべた。
光明は使いようによっては破滅をもらたらすが、逆に使い方を誤らなければ強靭な矛になる。
黒田は降谷のことも高く買っていた。だから、これも社会経験。と思う。
もし、降谷零が光明を御すことが出来たなら、それは警察組織にとっての強力な武器になりうるのだ。

「降谷。この三人をお前のところに置く。使い方はお前自身で決めろ」

「エッ」

黒田の言葉に降谷が顔色を無くした。
無理だって前に言ったのに。
光明を見れば、鮮やかなスカイブルーの瞳を細めて「よろしくねぇ。降谷クン」と少し高いところからニヤニヤと笑っている。降谷にはわかる。『引き摺り回してやるから覚悟しろ』という副音声が聞こえた。
降谷は必死で黒田に首を振って拒否を示した。
今まで光明に噛み付いていたのが嘘のようである。今までは親友が心配だったので、親友を連れてきた光明に対しての怒りでトラウマは形を潜めていた。
基本的に降谷は上から振られた仕事は「はい!」と良い子に聞いてきた。与えられる仕事をこなしてやろうと意気込んでのことである。
降谷は自分が人より優秀なことを自覚している。だから、与えられる仕事も確固たる信念をもとにして挑んでいくのである。
しかし、今回は例外である。人間にも限界があることを賢い降谷は知っているので。
これは挑めない壁。
降谷の中の降谷達は全員がNOのプラカードを振り回していた。そりゃそうだよな。降谷自身も頷く。
しかし、黒田は光明で大抵の部下の扱いは慣れていたので、こんなこと言ってるけどまぁ大丈夫だろ。と降谷の反抗を流した。
光明に、「鍛えてやってくれ」と言うのも忘れない。
降谷は死んだ。やべぇ奴のリードを渡された挙句、キタエテヤッテクレ?俺の知ってる日本語じゃないのかもしれない。
降谷は今すぐ床に寝転がって「いやだいやだ!」とのたうちまわりたかった。けれど、自分はいい大人。子供のような駄々を捏ねられない!と理性が叫ぶ。
ちなみに、降谷の前にいる諸伏三兄弟はこれまでの人生の中で恥も外聞もなく全員が床でのたうち回って駄々を捏ねたことがある。ある意味駄々捏ねのプロであった。見ろこの貫禄を。
安心しろ。お前だけではない。
だが、やはりいい大人として捨ててはいけない何かを大きく飲み込んだ降谷は、「こちらに」と複雑そうな顔で三兄弟を率いた。
降谷も警察組織の人間。上からの命令にNOとは言えなかったのである。

「じゃ、黒田さんよろしく」

ひらり、と手を振った光明が降谷を追って退出し、高明と景光は黒田に一礼して退出した。

降谷によって、三兄弟はまず会議室に通された。これからの簡易的な説明である。
降谷と机を挟んだ向かいに光明達が座る。左から光明、高明、景光の順である。
景光は仕事をしている降谷を初めて見るので、ちょっとワクワクしていた。友達が働いてるのを見るのって不思議となんだか楽しい。何が楽しいのかと問われればわからないのであるが。景光は、自分が東京で警察になっていれば、毎日の様に仕事をしている降谷を見れたのかもしれないと思ったが、兄二人と長野の大地を走り回って警察をしているのがとても幸せだったので早々に思考を目の前の降谷に戻した。

「何から話すべきか…」

降谷が頭を抱えた。
そもそも、この三兄弟を預けられたところでどう使えと!?
何をどこまでさせていいのかもよく分からない。
降谷はすでに泣きそうだった。

「とりあえず、自己紹介からだろ」

光明の言葉に降谷が顔を上げる。「俺らの紹介はいるか?もう既に書類で情報は知ってそうだけど」「俺とゼロは大学時代で散々一緒に遊んだしね」「書類にスリーサイズまで載ってるんじゃね?」「待って。僕この間二キロ太っていたのに体重載っているのでは…」「手合わせして減量手伝ってやろうか?」「イジメで訴えるぞ」「俺もそれ混ぜてよ!」「景光はそれ以上ウェイト増やすと走れなくなるぞ。お前俺より小せぇのに体重そんな変わんねぇだろ」「はあ!?傷ついちゃう!光明兄さんこそもうちょっと筋肉付ければぁ?俺のこと抱え上げられるぐらい!」「頑張ってますぅ。これでも前より筋肉つけてんだよ。後で抱き上げてやるから覚悟しろ」一気に三兄弟のペースになる。ワイワイと仲良さげに話す三兄弟が変に羨ましく感じた。降谷には兄弟はいないので。そういえば、大学時代も景光の話を聞いて、兄とはどんな感じだろうか。と想像したものだった。
諸伏光明という男は、降谷にとってはずっと恐怖や畏怖の対象であった。
それが、弟達と軽口を叩き、くだらない事で幸せそうに笑っている。化け物然としたあの男も一人の人だったのだな、と降谷は感じた。
これも一つのケジメである、と降谷はその場に立ち上がった。三対の猫の目が降谷を射抜く。

「申し遅れました。俺は警察庁警備局警備企画課所属、降谷零と申します」

頭を下げた降谷に三兄弟は顔を見合わせてニンマリと笑う。
降谷が頭を上げたところで、三兄弟が全員その場に立ち上がった。

「長野県警刑事部捜査一課、諸伏光明だ」

「同じく、諸伏高明と申します」

「同じく!諸伏景光です」

三兄弟が揃って頭を下げて、しばらくして顔を上げる。その頃には降谷の心も大分落ち着いていた。
降谷は自分が潜入している組織のこと、安室透という潜入のための人物のことを三人に説明していく。

「ゼロが私立探偵でアルバイターで毛利探偵事務所で助手かぁ」

「な、なんだよ…」

「設定盛り込んだな、と思って」

「自分でもそう思ってるさ!!」

親友の生暖かい視線が痛い。29歳私立探偵兼アルバイターはかなり世間的に見て痛いことは自覚している。けれど、組織でやっていくのにこれが一番動きやすいのも確かなのである…。

「毛利探偵事務所…」

「光明兄さんどうかした?」

「そういえば、兄さんや景光は毛利探偵と面識はなかったか」

「俺はないね」

「いや…友人だ」

「エッ!?」

光明の発言に降谷が一瞬固まった。そんな話は潜入前の調査でも、毛利からも聞いたことがなかったので。そもそも、長野県警所属である光明と警視庁所属だった毛利小五郎が出会うことなど…。

「俺が警察入ってすぐぐらいの合同捜査で小五郎と一緒になってな。歳も一緒だったから、何かと小五郎が話しかけてきてそのまま」

「兄さんに友達なんて珍しいな」

高明の発言に降谷は怯えた。
そんな貶すようなこと面と向かってその化け物に言っても大丈夫なのか!?
高明は別に貶すつもりで言った発言では無い。
光明は元来警戒心が強く、表面的に仲良くは出来ても心の中では常に威嚇の体勢であることが多いのだ。
それが本人から友人というのだから、相当心を許しているのだろう。

「小五郎はバカ正直だからな。あいつは良くも悪くも嘘をつけないから、一緒にいて気持ちがいい」

「なるほど」

毛利小五郎のことを知っている高明も降谷もなんとなく納得した。
毛利小五郎は探偵としての腕はともかく、人柄はとても良い。善人と言って差し支えない人間である。そんな人柄を光明も好ましく思っているのだろう。

「そういえば、俺たちはその、安室?とどういう関係として接すればいいの?」

景光の発言により、三兄弟のこれからの処遇の話になったのだが。

「正直、俺は貴方達をどう使うべきか決めあぐねている」

「いや、ほっといてくれれば勝手にあの銀髪見つけてボコってくるから。あいつが諦めないから俺らは長野に帰れないだけなんだから、直接会って俺らに関わらないよう宣言させてくるわ」

「はあ!?ジンだぞ!?」

「そのジンを俺はあんまり知らねぇの。真っ向から銃持ってる相手にタイマンはキツイだろうけど、夜の奇襲ならどんだけでも殴れそうな気がする」

それか、公安の仕事でも手伝いましょうか?と茶化して聞いてくる光明に降谷の言葉もぐ、と詰まった。
公安の人間でない諸伏三兄弟にどこまで公安に関わらせていいものか。使い方はお前で決めろと黒田は言っていたが。
そもそも、降谷は警察庁に滞在していること自体が少ない。
だから、この三兄弟の管理を任せるとすれば…風見か。
降谷の頭に風見の顔が浮かぶ。警察として優秀な人間であることは間違い無いのだが、いかんせん降谷のスペックが高すぎるがために詰めが甘いという印象が拭えなかった。
そんな人間にこの三人を預けても良いものなのだろうか。
いや、預けられるのなら、預けたい。
こんなやべぇやつのリードを降谷は持ちたく無いのである。
ちなみに、降谷は光明がやべぇ奴であることは知っているが、諸伏三兄弟がやべぇ三兄弟であることは知らなかった。調査不足である。まさか、親友が長野の地でやべぇ奴認定されているなんて露にも思っていなかった。降谷の中で親友は親友でありながら可愛い弟のようなものであったので。兄二人に愛されて育った景光の弟力の賜物である。

「お願いだから、迂闊なことはしないでください。貴方達はあの組織がどれだけ危険かを知らないんですから」

「そうは言うけどな、こっちとしちゃさっさと長野に帰りたいわけ。だったら諸悪の根源であるジンって男をどうにかするのが一番早いんだろうが」

当然のことのように宣う光明に降谷の中で怒りがぐつぐつと湧き上がる。
何も知らないくせに。
あの組織を潰すためにどれだけの人間が犠牲になってきたのか。
どれだけ自分が骨身を削ってここまで生き残ってきたのか。
ここであっさりと光明にジンを捕らえられてしまえば、自分や他の潜入捜査官が何年もかけて今までしてきた事がまるで意味のないことだと言われているようで。
ジンを捕らえられるならそれが何より正しいはずであるのに、認めたくない。
降谷が奥歯を噛み締める。

「光明兄さん」

景光が責めるように光明の名を呼んだ。
景光には詳しいことは分からないが、降谷が光明の言動に対して自分の根幹を揺るがされかねないような感情を抱いているのは感じていた。
俺の親友を虐めないで。
景光に剣のある視線で見つめられた光明は早々に白旗を振った。弟に嫌われてまで降谷を詰める必要もない。

「悪かった。アンタの方針に沿おう」

両手をあげて降参の意を示した光明ではあったが、『指示に従おう』とは言わないところが光明である。そもそも従う気もあまり無いので。
光明はほぼ確信していた。闇討ちであるなら、あのジンという男に勝てると。
先日の戦闘でジンという男に暗闇で戦えるだけの能力がないことは判明している。あとは銃火器を使う隙を与えなければ勝率はある。
あの男の特徴的なタバコの匂いは覚えているので、街中に出れば匂いを辿って追うことも可能なはず。夜間に闇に紛れて襲撃すれば…。

「先に言っておきますが、貴方のお陰でジンは暗視ゴーグルの導入を検討していますよ」

「そりゃ、何とも愉快な見た目になりそうだな。次会ったらまず顔面から狙うとするわ」

「諸伏光明警部?」

「はいはい。無闇に近づきません。まあ、向こうから向かってくる分にはいいだろ?せーとーぼーえいってヤツだ」

「それなら、まぁ…。でも、出来る限りは逃げに徹してくださいね!」

光明のことをよく知っている黒田ならそれもダメだと念を押していた。
弟二人も降谷をみて「あーあ」という視線を隠さない。降谷はバカではないので、その視線を受けて何かの選択を失敗したことに気がついた。でも、何が悪かったのか分からない。こういうのは経験である。
いっぱい失敗していっぱい学習するんだぞ。と黒田は降谷に光明を預けたのだ。
失敗は成功の母であるから。
ちなみに、降谷の今回の失敗は『正当防衛ならジンとやり合っても仕方ない』と戦闘許可を出したことだ。そんな許可を出せば、光明はどうにかしてジンを挑発し、自分に向かってくるよう仕向けるに決まっている。嬉々として『せーとーぼーえい』を行うことだろう。
まあ、降谷は知らないが、諸伏三兄弟の皆が早く長野に帰りたいと思っているので、三人仲良くジンを袋叩きにする気満々であった。

「とにかく!!貴方方三人はジンに命を狙われていることを自覚してください!絶対に一人行動はしないように!」

「はいはい」

本当にちゃんと聞いているのか、と降谷は内心で憤るが、スカイブルーの瞳に見つめられると心の奥がヒュンと縮む。まるでアフリカコノハズクが木に擬態するように。
降谷は何とか平静を保ってはいるが、目の前の虎は変わらず降谷のトラウマなのである。ここに景光がいなければ降谷は早々に逃げ出していたかもしれない。

「警察庁で会う以外は俺のことは安室透として扱ってください。関係は…安室透の顧客とその兄弟。ヒロとは同年代のため、より仲良くなったということで」

「その設定でジンという男に降谷くんは何も言われないのですか?」

「俺とあの時一回会ってるけど大丈夫か?」

「ジンのために近づいたとでも言っておきます。どうせ安室透が手を出したら出したで獲物を取られたとかって怒られるので。あと、あの時会ったのは都合よく忘れられてることにします。貴方あの時ドラッグ服用してましたし」

「なるほど。まあ、あのタイプは自分で始末しないと気が済まなそうだもんな。じゃあ、また今度ポアロ行こうぜ。店員さん美人らしいぞ」

「ハムサンドも美味しいらしいですね」

「へえ!ゼロが働いてるとこ見るの楽しみだな!」

「命を狙われてる自覚を持ってくれ!!!!」

降谷は全力で嘆いた。嘆いて机に倒れ伏した。
お前ら家を組織に襲撃されて逃げてきたんだろうが!その時の緊迫感は!?恐怖は!?
残念ながら、諸伏三兄弟は怒りをエネルギーに変えるタイプであるし、人よりずっと根に持つタイプである。一度されたことは忘れない。
なので、諸伏三兄弟は家が襲撃された瞬間からファイティングポーズを緩めていないし、緩める気も無いのである。
敢助や由衣がこの場にいれば顔を青ざめさせて、諦めたように首を横に振っただろう。
三匹の猛獣達は全員が全員牙を剥き出しにして唸りを上げているので。
諸伏三兄弟は恨みと怒りを晴らすため、全力で爪と牙を研ぎにかかるのである。

「そういや、射撃場ってあるよな?」

「あるには、あるが…」

「景光、お前狙撃の練習しとけよ。暗い中での狙撃の精度上げといてくれ」

「任せて」

「あと、道場かどこか…体術の訓練つけられるところも借りたい。高明はお兄ちゃんと一緒にいっぱい運動しようね♡」

「僕は頭脳担当なので」

「えー!俺も一緒に稽古つけてよ」

「筋肉付きすぎない程度にな」

わいわいと盛り上がる三兄弟に降谷は再び頭を抱えた。大丈夫かコイツら。まるで危機感がない。遠足に来てるんじゃないんだぞ。
とりあえず、射撃場や道場の使用は申請すれば使用できる旨を説明し、全て風見に押しつけることにした。すまない風見。俺にはやらなければならないことがあるんだ…。

「お腹すいたからご飯食べても良い?」

「食料なら、部下に買って来させるから少し待ってくれ」

「あ、食べるものはあるから大丈夫」

景光が抱えていた袋からいくつかのタッパーを取り出した。中身は煮込みハンバーグ、シーザーサラダ、白ごはんのラインナップである。
今日の諸伏家の夕ご飯であった。食べ損ねていたが、景光がどこかで食べられるかも。と持ってきたのである。逃げきれなかった場合、最悪道中で捨てることも考えていたが。
降谷の腹がきゅう、と空腹を訴えた。景光の手作りの料理を食べるのは大学以来ぐらいである。
降谷の腹の音を聞いた景光が「ゼロも食べよ」と笑顔で割り箸を差し出した。

「取り皿とかは流石にないから、タッパーから直になっちゃうけど…」

「取り皿くらいならウチの部署の給湯室にあったと思うから持ってくる」

降谷が会議室を出て行き、会議室の中に沈黙が降りる。
退屈そうに頬杖をついて宙を見つめる光明に会議室の椅子の背もたれに背をもたれかからせ、足を組んで目を閉じている高明、手持ち無沙汰に手遊びをする景光。
一番に口を開いたのは景光だった。

「で、どうする?」

「とりあえず相手がどう出てくるか様子を見る。降谷も俺たちがどう動くか警戒してるみたいだし、暫くは大人しい家猫でも演じてみるか」

「相手が仕掛けてくるまでは手出し厳禁と言われてしまったし。特に、光明兄さんは前回の合同研修で警視庁から目をつけられているのだから、一番大人しくしておくべきだろう」

「そっか。じゃあ、しばらく俺は情報収集に徹しようかな。ほら、人畜無害そうな末っ子にだったら皆何か話してくれるかも」

「腐っても公安だからどうだろうな。まぁ、でも、暫くは大人しくしつつ調整してくのが一番良いだろ。景光は最近射撃練習出来てなかったし、高明は体力落ちたろ。しばらくは公安の指示に適度に従いつつ各自、自己研鑽に励むよーに」

高明と景光は自分達のリーダーである長兄の言葉に素直に「はい」「はぁい」とそれぞれ返事を返した。
長兄がそう言うのなら、二人はそれに従うのである。
とりあえず、降谷が帰ってきたら長野県警にはどのように今回の件を知らせるべきか聞いておこう。
先程から三兄弟の全員の携帯が震え続けている。きっと、幼馴染や刑事部の面々だろう。
長野を出る時に派手に立ち回ったので。
きっと敢助や由衣は誰よりも心配してくれているだろうから。
光明は携帯を取り出してロック画面に増える不在着信の件数を見て柔らかな笑みを浮かべた。
心配してくれている面々には申し訳ないが、その心配が光明には少しくすぐったかったのである。
大抵のことなら、光明なら大丈夫だろう、と長野県警の面々からは良く言われていたので、こんなに心配されると思っていなかったというのが本心であった。なんだかんだ大切にされていたのかもしれない、と光明は思った。

長野県警刑事部は緊急連絡にてほとんどの人間が呼び出されていた。
敢助と由衣もその内の人間である。
夜間に通報があり、銃声と大きなものがぶつかる様な音がしたというのだ。
敢助と由衣は現場に急行しようとして、一瞬固まった。無線の先の人間が、戸惑いながらも告げた場所は二人の幼馴染の家であったので。
敢助は慌てて三兄弟それぞれに電話をするものの、誰も出ずに留守番サービスに繋がるだけだった。
最悪の事態が敢助の脳裏を過ぎる。

「あいつら…!」

「嘘…!」

敢助が助手席に乗ったことで、由衣が車のアクセルを吹かして走る。馴染みのある三兄弟の家に着いた時には辺りには野次馬が湧き、規制線の前に立つ警官が野次馬を捌いていた。

「中は?」

「鑑識が作業をしています。死体は出ていません」

"死体は出ていない"その言葉に敢助も由衣も少し落ち着いた。安心はできないが、三兄弟は死んでいない可能性があるということだ。まあ、殺しても死ななそうな奴が何人かいるが。
見慣れた玄関は開け放たれており、二人は念の為手袋と靴にカバーをつけて家に入る。
家の中は想像していた以上に綺麗で敢助はリビングの前で一瞬足を止めた。
鑑識が辺りで作業をしているのを邪魔しない様にしつつ、家の中を見て回る。
部屋の灯りはついたまま。ダイニングテーブルの椅子は三脚全てがテーブルから出て、不規則な方向を向いている。育ちのいい三兄弟は座る時に椅子を引き出し、席から立つ時は椅子をテーブルに押し込む。この状態のまま放置したということは、相当急いでいたのだろう。
ふと、気になって敢助は脱衣所を見に行った。風呂場の扉は閉められており、開けて中を見ても風呂を使用した形跡はなかった。諸伏家が風呂に入るのは基本的に仕事終わりすぐ。今日出勤していた高明は「兄が心配なので」と早々に帰ったのを敢助は見送っている。通報があったのは20時頃。この時間に風呂に入っていないのはおかしい。
風呂場とは反対側。洗濯機の前の洗濯物籠には未洗濯の服が詰められていた。高明が風呂に入っていないところを見るにこちらも高明が風呂に入り終わってから回す算段だったのは想像に難くない。

「敢ちゃん!」

別のところを見回っていた由衣から声をかけられて敢助がそちらに向かう。
由衣が見ていたのはキッチンだった。
IHコンロに乱雑に置かれたフライパンに、汚れたキッチン周り。シンクも汚れたボウルやらが乱雑に置かれていて、水がはられた形跡はない。
諸伏家の料理番である景光はキッチン周りはいつも綺麗に使う。油が跳ねたり、料理途中に汚したりしても毎晩キチンと綺麗に掃除をする。だから、諸伏家のキッチンはいつ見ても新品の様であった。
兄二人もそんな景光を知っているので、料理をする時は綺麗に使うのである。前に、「週に一回程度でいいんじゃねぇか?」とその日料理をしていた光明に言ったことがあるが、「だぁめ。油汚れってこびりつくと中々取れないんだから。それに、景光が毎日綺麗にして使ってくれてるのに、俺らが汚しちゃ駄目だろ。景光は俺らのために作る料理を綺麗なキッチンで作りたいって思ってくれてんの。だから、その気持ちは俺らが踏み躙っちゃいけないワケ。おわかり?」とブラコンアッパーを決められて終わった。
その上、諸伏家では使い終わった食器などは水につけて洗い物をする時に洗いやすくする、という暗黙のルールが存在している。それをしていないところも加味すると、やはり何かに追われていたとしか思えない。
敢助はキッチン後方の食器棚下の収納スペースが開いていることに気がついて、そこを覗き込んだ。

「あ、そこヒロくんがタッパー入れてるとこよ」

「タッパー…?」

敢助がフライパンの匂いを嗅ぐ。ケチャップとソースを混ぜた諸伏家の煮込みハンバーグの匂いである。何度か食べたことのあるそれに敢助の胃が泣いた。景光の作る料理は基本的に外れがない。流石20年近く諸伏家の料理番をしていただけある腕である。煮込みハンバーグも勿論美味いのを敢助はよく知っているのである。
辺りを見回して、冷蔵庫横の炊飯器が目についた。炊飯器は棚の中腹程に置かれており、スライド式に出し入れできる板の上に乗っている。諸伏家では釜にご飯が残っている時は手前に引き出し、そうでない時は収納している。敢助が炊飯器の上部にあるボタンを押せば、ぱかりと蓋が開いた。中はすっからかんである。しかも釜を洗った形跡はない。

「あいつら…!」

「敢ちゃん?」

敢助はここまで来てある一つの事実に辿り着いた。食べた様子がないのにフライパンから消えた煮込みハンバーグ。消えたタッパー。釜の中に無いご飯。

「あいつら、椅子をテーブルの下に押し込むのも惜しいってぐらい急いでる時に、夕飯はきっちり持って家から出てやがる…!!」

「え、えぇ…?」

食い意地が張っていると言えばいいのか。何と言えばいいのか。膝から崩れ落ちそうになる脱力感に、敢助は大きくため息を吐いた。
とりあえず、飯を持って逃げるだけの余裕はあったのだろう。

「大和警部!」

警官が玄関の方から敢助を呼ぶ。
敢助と由衣が振り返れば、「ガレージの方の確認もお願いしてよろしいでしょうか!」と警官に言われ、二人はガレージの方に向かった。

ガレージは鉄製の入り口がひしゃげ、穴が空いていた。
敢助が持っていた小型のライトを点けてガレージの中にあてる。
中を覗けば、景光がいつも乗っているカマロが広いガレージの中に置き去りにされていた。かつてガレージの中には三兄弟それぞれの車が置かれていたが、高明のシトロエンは先日のダンプとの衝突により廃車となり、残っているのは光明のシビックTYPE Rと景光のカマロだけであった。
その光明の車が無いのなら、三兄弟はそれに乗って逃げ出したのだろう。
ガレージの中を隈なく照らせば、床のコンクリに何発かの弾痕が残っていた。

「上原、交通課に連絡して光明の車の照合させろ!奴さんから逃げてるなら馬鹿正直に法定速度守って運転なんてあのバカ兄貴ならしねぇだろう」

「はい!」

それは兄貴分である光明に対しての罵倒混じりのからかいであり、敢助自身の祈りでもあった。
これで、交通課で暴走車両の通報がないのだとしたら、本当に最悪の事態を考えねばならない。
追いつかれた、もしくは相手の手に堕ちたか。
敢助はその想像を振り払い、ガレージを出た。
諸伏家は住宅街の中にある。そこに諸伏家の誰かを狙って狙撃…。
狙われるとすれば、光明だろう。先日も長野から東京までスリル満点の旅行をしてきたばかりである。どうせまたやべぇ奴らに考えもせず喧嘩でも売ったのだろうと敢助はまたもやため息を吐いた。
なんだってあの兄貴はそう生き急ぐのだろうか。
弟二人を死なせないと躍起になって向かう波を打ち消して走る様は敢助からみて光明自身を顧みていなさすぎて子供ながらにハラハラしたものだ。
光明は基本的に三兄弟が関わる事件で自分が助かることを頭数に入れていない節がある。
光明にとっては自分自身すら弟二人が助かるための歯車にすぎない。弟二人がこの場面で生き残るために自分が必要だから、生き残る選択をする。それだけなのだ。
まぁ、最近は兄弟間で話し合ったことで、その関係性も少し変わった様なことを弟二人が言っていたので今は少し安心しているが。

「敢ちゃん!見つかった!危険運転車として通報があったらしくて、交通課が追ったみたい。向かった先は東京方面!」

「そうか」

やはり。
敢助は安堵した。
あいつらはきっと生きている。
東京に向かったと言うことは、やはり先日の事件で何かに巻き込まれたとみていい。
咄嗟に東京に向かう辺り、そっちへ行く算段はあったのだろう。
おそらく、公安案件。

「また厄介なことに首を突っ込みやがって…」

呆れ混じりに敢助はそう吐き捨てたが、その口元には笑みが浮かんでいた。

風見の心の中は荒れに荒れていた。というのも、上司が来たかと思えば、「頼む」と言い残して去っていったからだ。
目の前には風見より上背のある光明とその弟達が二人。
諸伏三兄弟のリードは降谷から風見に預けられていた。

「アンタが次のゴシュジンサマ?」

降谷がここにいてその台詞を聞いていれば、両手で顔を押さえて床を転げ回っていたかもしれない。同じような台詞を発して目の前でジンを滅多撃ちにして最終的に地面を這いずるしかできなくしたのを見たのだ。次はお前の番だと言われている様で怖すぎる。

「ごしゅ…っ?いえ、自分は降谷さんに貴方達三人の監督を任されました。風見裕也と申します。よろしくお願いします」

「はい。よろしく」

ヘラリと笑った光明であったが、風見はビシバシと警戒されているのを感じていた。胃が痛い。
書類上の情報であるが、諸伏三兄弟がどんな人間であるかは知っているし、かつて警視庁との合同研修で強制送還になったことも、その最終日に降谷の意識を落としたことも知っている。胃が痛い。怖すぎる。
風見は見えないところで冷や汗をかいていた。

(頼むってどういうことですか降谷さん。自分は何を頼まれたんですか降谷さん!この人達をどうすればいいんですか降谷さん!!)

風見裕也30歳。虎を目の前にしてすでに泣きそうであった。

「何する?書類仕事ならウチの奴らでも十分戦力になれると思うけど」

『ウチの奴ら』と光明が後ろの弟達を親指で自身の肩越しに指差した。光明の背から高明と景光が顔を出している。

「それか、外で獲ってくるもんがあんなら資料貰えば三人で獲ってきてやる」

「貴方方を無闇に外に出歩かせるわけには!凶悪犯に狙われてるんですよ!?」

「狙って表に出てきて欲しいんだよ」

「は!?」

「正当防衛なら何してもいいって言ってたから」

絶対に降谷さんはそんなこと言ってない。
風見はそう思ったが口を噤んだ。英断である。けれど、降谷の許可なく外には出せないので、外に出さない方向で三人に仕事を任せることにした。
適当な書類と、見本を一部。
机がなくて、会議用の長机とその上にノートパソコンを一台。椅子はパイプ椅子を3脚。あとは筆記用具等。
机は風見から見える位置に設置した。

「…何かわからないところがあれば、声をかけてください」

「はーい」

元気よくニコニコで返事をした光明に風見は首を傾げた。この人38歳だったよな???

「不備なしです…」

風見は震えていた。三兄弟に渡した書類が不備なく風見が想定していた時間より余程早く返ってきたのだ。
全国の刑事部を貶す訳ではないが、やはり処理の慣れない書類は実働よりよっぽど難解だと思う人間も多い。
それなのに、この精度。使える…!
風見は歓喜した。歓喜して次の書類の山を渡す。

「あの…こちらもお願いしてもよろしいでしょうか…」

「了解でぇす」

他の者であれば顔を歪める書類の山を光明は笑顔で受け取った。
風見は自分の与えられた机に戻っていく光明の背を拝む。貴方が神か。
ここに長野県警刑事部の面々がいたなら、風見の肩を叩いて「正気に戻れ。アイツがそんな慈善団体みたいなことする訳ないだろ。3倍返しを求められるぞ」と注意喚起していただろうが、残念。その面々はこの場に一人もいないのである。
長野県警刑事部の面々なら分かる。今の大人しい諸伏三兄弟が嵐の前の静けさであることを。
彼らは今のうちに売れるだけの恩を売って、「あの時いっぱい頑張ったし今回のことはチャラになるよね?」と良心に訴えかけてくるのである。
だが、哀れな風見はそれを知らないので、書類で見たのよりよっぽどいい人達だな。と花を飛ばして書類を捌いていた。
対して、諸伏三兄弟は一台のノートパソコンの前に光明が座り、両脇を弟が囲む構図で和気藹々と書類を捌いていた。「あ、光明兄さんここスペルミス」「ごめーん」「これはこっちの引用にした方が…」「あ、そうか。じゃ、ここもこうして…」「見本だとここにこんな資料いれてるよ」「なるほど。ありがと景光」「どーいたしまして!」公安部所属の面々は目頭を押さえた。なんて幸せな世界。わちゃわちゃしているのは三十代の男三人であるが。
ノートパソコンの小さな画面を三人で覗き込んでいるので、肩同士を触れさせるどころか、頬を引っ付けあうような近さで覗き込んでいる。
三十代の男兄弟の距離感ってあんな感じだっただろうか。なまじ三人とも顔がいいのでむさ苦しいという印象も湧かない。
三十代の男はもっとむさ苦しくて世間から白い目で見られる生物では??
風見は考えるのを辞めた。それよりももっとしなければいけないことは山積みなのである。
昼頃になって、降谷が登庁してきたらしく、警察庁の方に来る様にと風見伝いに三兄弟に命が降りる。
どうやら、仮住まいの用意ができたらしい。
風見に案内されて、降谷が待つ警察庁へと向かう。
警察庁警備局警備企画課。
そこに降谷零はいた。

「大人しくしてたみたいで安心した」

降谷の第一声がそれだった。三兄弟が顔を見合わせて肩をすくめる。「暴れ回って欲しかったならそう言ってくれれば良かったのに」「そろそろ外の空気が吸いたいのですが」「座ってるのも飽きちゃったー」既に現在の処遇に不満が出ていた。そりゃそうだ。日々長野の大地を走り回っているのだ。デスクワークだけだと運動量が全然足りない。この三兄弟は机に向かっているより外に出ている方が好きなので。特に一番と三番目。事件が発生しない穏やかな日になると、運動不足とばかりに道場を借りに行き、取っ組み合いをしていることもある。側から見ればどったんばったんと激しい組合であるが、本人達的には戯れているだけである。

「でも実際さ、ここで缶詰ってのも現実的じゃないじゃん。…俺達お外出たいなぁ」

ちょっと角度をつけて可愛こぶった光明であったが、上背があるのと目が笑っていないので全くもって可愛くない。出直せ。景光のぶりっ子を大学の四年間で良く知っている降谷はある意味耐性が付いているのである。

「ジンに狙われたらどうする!周りにだって危険が…!」

「あ!じゃあジンに伝えといて。降谷またジンに会うでしょ」

「は?」

降谷の動きが止まった。
ジンに伝えといて???
俺とジンは友達でもなんでもないが????
むしろ光明の方が何故ジンに対してそんなに気軽な対応なのかが謎である。光明はジンを『人を殺すことを息をするのと同じ程度にしか認識していない男』『銃火器と体術を組み合わされると勝てないかもしれない男』という認識でそこに別段恐怖や畏怖はない。光明が自分の命に対する認識が薄い所為もあるかもしれない。弟二人が立派に育ったことで、光明は少し肩の荷が降りたのである。自分が何処かで野垂れ死んでも後はどうにでもなると思っているので。

「俺を殺したいなら周りに被害を及ぼすようなものとか、狙撃じゃなくてちゃんと打ち合える形で来いよって。じゃないとどうせ勝った気しないだろうし。どうせ殺すなら殴り殺した方がいいじゃんね?」

「は????」

「ゼロ、慣れて。光明兄さんこういう人だから」

光明は世間一般で言うとネジが外れている側の人間である。警察官という強固なイメージに覆い隠されて見えにくいものの、表立って事件を起こさないだけで殺人犯と似た様な思考回路をしているのである。本人もそれは自覚の上である。ただ、それを実行するかどうかに大きな違いがあるので。ただ、兄弟のために犯罪を犯したなんて話になると光明は警察官としての思考が正常に働かなくなるので、そう言った系統の事件の捜査からは良く外されているのである。どうやら大事にしている弟二人と重ねてしまうらしい。落ち着け犯罪者予備軍。
光明はジンのことを、煽れば乗ってくる男だと思っている。事前に「遠距離で殺しにかかるとか、俺に近づく気概もないんかよ。ダッセ」と言っておけば、プライド高そうなあの男なら拳銃片手にアプローチかけにくるに決まっているのである。
だから、外に出ても大丈夫だと光明はほぼほぼ確信していたし、周りの人間にも別に被害はいかないのでは。とも思っていた。
喧嘩する勇気もないのに、遠くから暴言吐いてくるガキ大将と一緒である。
光明は喧嘩も、もし自分が殺しをする場合も、自分の手でしないと気が済まない。遠くからの狙撃なんてなんの感慨も湧かない。喧嘩をする時は鬱憤を晴らしたいと思っているだろうし、殺しをする時は憎しみを胸いっぱいに詰め込んでいるはずなので、それを発散できるのは自分の拳のみなのである。
そもそも肉体的な接触がなければ何の感情も発散できないと光明は思っているので。光明は肉体言語信者であった。そんなだから、長野県警本部刑事部の面々から『文明を忘れた人間』だとか言われるのである。
まあ、そういうわけで、光明としては、殺したいなら殴り合おうぜという気概であったのである。純粋にあの東京湾での戦いが楽しかったのもある。弟達との組み手に本気は出せないし、犯罪者相手でも殴るとすぐ気を失ってしまうので。あんな丈夫なサンドバッグは初めてだったのである。遊べるなら家に配置したいぐらいであった。星5つける。相手は強い上に犯罪者なので加減も遠慮もいらないというのが星5レビューの理由である。

「まあ、煽れば絶対に喰いついてくるから」

確信した様に笑う光明に降谷は諦めた様にため息を吐いた。もうこいつに何を言っても無理だと確信したのだ。
とりあえず、そんなことを光明が言っていましたとそのまま伝えるとブチ切れたジンに降谷が殺されそうなので、意味がちゃんと伝わる程度に噛み砕いて伝えなければ…。胃も気も重い。

「そうだ。こちらで希望通り部屋を一つとった。セキュリティもきちんとしている。後で一緒に行って諸々の説明をするつもりだ」

「そりゃどーも」

降谷は黒田がため息を吐きながら物件を選んでいたのを横で見ている。下がっていいとは言われていたものの、諸伏光明について実際関わったことのある人間から情報が欲しかった降谷は珍しく黒田に食いついていた。光明の黒田への対応を見て、案外粘っても大丈夫なのではと思ったのもある。
物件についてそこまで悩まなくてもいいのでは?と問えば、「光明は希望に沿わなかったことを理由に仕事をしなくなる…」と色々諦めた声音で黒田は言った。過去に経験がある言い方だった。きっと長野で経験したことがあるのだろう。調書にはそういう細かいところまで書かれていないので、降谷はそういう話が欲しいのである。できれば光明の取扱説明書が欲しい。残念ながら、そういうものは長野にもないのである。皆経験して学習していくから。降谷の苦労が決まった瞬間でもあった。
とりあえず、黒田から聞き出せた光明についての情報は以下のとおり。

・弟の不利益になるようなことがあれば暴れ倒すので注意
・犯罪者はゴミ以下だと思っているので必要以上に危害を加えない様注意
・気に入らないことがあると無意識に圧をかけてくるが犯罪者でなければ手は出してこないので大丈夫
・弟と天秤にかけると他人間は家畜程度にしか思っていないので、使い方には注意
・長兄ばかりにかまけていると二番目三番目が目を離した隙に好き勝手するので注意

他にも注意事項がありすぎて降谷の頭は破裂しそうだった。
そんな問題児よく今まで警察組織でやってこれてたな???
長野県警の面々もこの場にいれば大きく頷いたことだろう。だが、こんな問題児が辞めさせられないのはそれなりの理由があるのである。
その第一の理由が諸々がそれぞれの分野で特化して優秀なことである。光明は実働部隊として嗅覚や身体能力を含めて類を見ない実力を持っているし、高明はその頭脳で数々の事件を紐解いてきた。末弟の景光は長野でも一、二を争う狙撃技術を持っている。それぞれが得難い能力を持っているが故に長野県警も容易に三兄弟を手放せないのであった。
そんなこんなで選ばれた物件に四人で向かい、内見する。物件自体は少しお高いマンションで、コンシェルジュもいるという徹底具合である。
部屋に入れば、2LDKの間取りで少し手狭ではあるものの、貸し与えられた部屋としては十分な間取りであった。
玄関入ってすぐ左には8畳程の部屋があり、廊下の突き当たりがトイレ。それまでの間に少し狭いが洗面所と浴室があった。トイレに向かって左側にはリビングダイニングキッチンが12畳ほど。その奥には10畳程の部屋が一つ。

「いいじゃん。さすが黒田さん」

「ええ。部屋も二部屋ありますし」

「思ったより広!」

三兄弟の反応は良いもので、降谷はそっと胸を撫で下ろした。
これで嫌だと言われればあと3件ほど候補があったのだ。
黒田管理官の苦労が偲ばれる。

「なら、ここで契約をしておく。あと、必要なものは経費で落とせるからちゃんと申請してくれ」

降谷が一つ一つ説明をしていく。説明を聞いているのは高明と景光で、光明は窓から外を覗くなど、他のことに気を取られている様だった。兄ならちゃんと弟の模範になれ!と謎の憤りが降谷の中で生まれる。

「おい!」

「いいよ、ゼロ」

光明に噛みつこうとして吠えた降谷を止めたのは景光だった。グレーブルーの瞳が静かに降谷を見つめる。高明も同じ様な瞳で降谷を見ていた。

「事務処理の話なら俺と高明兄さんで出来るから」

「あの人はヒロ達の兄だろう!?」

「うん。俺達の兄さんだから、光明兄さんは兄さんに出来ることをしてる。外から襲撃された時のこととか、周りの匂いとか確認してるんだと思うよ」

窓を開けてしきりに鼻を鳴らしているのはそれか。と降谷は思った。確かに調書には鼻がいいとは書かれていたが…。

「兄の鼻はとても良いので、少しの違いも嗅ぎ分けるんですよ。今回の家への襲撃も、玄関前の残り香に違和感を感じた兄のおかげで助かりました。信じられない気持ちも分かりますが、僕らは産まれてからこれまで何度も兄に助けられて生きてきた。だから、僕らは兄を疑うことはしない。昨日今日兄と話をした降谷くんには難しいことだとは思いますが」

「いえ…」

落ち着いた高明に諭されると降谷の憤りも不思議と薄れて無くなってしまった。なんだか、少し年上の人に咎められた様な気になって降谷はちょっと凹んだ。
降谷を揶揄って遊んでいる光明にはガンガンに敵意を向けられるが、落ち着いて言葉で諭してくる高明には強く出られなかった。
光明が降谷達のところに戻ってきて、高明の頭に顎を置くような形で高明の腹に腕を回す。

「どうでした?」

「相変わらず、都会は匂いがごちゃごちゃしてて分かりにくい。…けど、ここまで来た間と今嗅いだ感じだと大丈夫そう」

「なら、ここにしよ。良い感じだし」

光明が高明の頭に鼻を寄せて息を吸っている。猫吸い…と降谷の中で言葉が浮かんだが、実際は嗅ぎ慣れた高明の匂いで鼻の中をリセットしているだけである。匂いを嗅ぎすぎると鼻が馬鹿になって訳がわからなくなってくるので。
高明は慣れているので、抵抗も反発もしない。いつものことである。気になるのは仕事終わりから風呂に入れていないことであるが、その方が高明の匂いが強いと光明に言われて終わるのも経験則で知っているので何も言わなかった。

「そういえば、降谷は潜入先の顔でそれぞれ匂いを変えてるよな?」

「え?ええ、まぁ」

「今は降谷の匂いってことでいいのか?」

光明は安室とバーボンには出会っており、その時にそれぞれの匂いは確認している。今降谷から香る匂いが降谷のものであるのなら、それで記憶するつもりであった。

「今は、バーボンからスーツに変えただけなので、厳密に言うと違うかもしれないですね」

「なら、降谷としての匂いまた覚えさせてくれ。アンタがココでの俺らの飼い主だろ?飼い主の匂いくらい覚えてないとお家にも帰ってこれなくなるからな」

「…わかりました」

揶揄うような声音にいちいち腹を立てるのも馬鹿らしくなった降谷は噛み付くのを辞めた。
体力と気力の温存に入ったと言っても良い。降谷は馬鹿ではないので、学習するのである。ずっと光明の思うように感情を動かすと疲れて自分が死ぬ。
光明は気が強くて揶揄うと自分に噛みついてくるような人間が大好きである。叩くと鳴るおもちゃのようで飽きないのだ。過去、そのカテゴリに入ったのは刑事部長と警視庁の佐藤美和子の二人である。敢助も昔はそうであったのだが、敢助は賢かったので早々に噛み付くのを辞めた過去がある。だから、刑事部長も早く噛み付くのを諦めれば良いのになと思っている。
そして、そのカテゴリに現在進行形で降谷零が食い込んで来ているのである。高明も景光も、降谷を見た時に「兄さんが好きそうなタイプの人間だな」と密かに思っていた。叩けばギャンギャン鳴くので。過去一番の鳴き声かもしれない。だから光明は噛みつかれなくてちょっと悲しかった。
おもちゃが、鳴らない…。

「そうだ。一つ、お願いしたいことが」

降谷が思い出したかのように顔を上げた。降谷のアクアマリンのような瞳と光明のスカイブルーの瞳がかち合う。
改めてお願い事とは何だろうか。光明は首を傾げて「どうぞ?」と話を促す。

「俺に稽古をつけてくれないか」

「なんて???」

「諸伏光明警部がとても強いことは存じています。その強さを俺も手に入れたい。あと、その…暗闇でも戦える技術も、教えていただけるなら…」

少し照れたようにまごついた降谷に、光明は「良いけど」と言おうと思ったのだが、否を発したのは末弟の景光であった。

「ぜっったいやだ!」

「ヒロ!?」

「いきなり光明兄さんに教えを請うなんて非常識極まりなくない!?まずは俺に教えを請うべきでしょ!高明兄さんはまあ、多分ゼロより体術弱いから仕方ないとして!」

流れ弾に当たった高明がちゃっかり光明の腕の中に収まる。「ぐさっときました…」と嘆いている弟が可哀想になってヨシヨシと頭を撫でてやる。風呂に入れていないのでサラサラの髪はいつもよりすこしベタついているが、光明は気にしない。どんな弟でも自分の弟には変わりないので。今のうちにいつもより濃い高明の匂い堪能しておこ。ぐらいの気持ちであった。変態である。
でも、光明は知っている。景光は知らないかもしれないが、高明は体術が得意でないのではなく、力加減が分からないから下手に見えるだけなのである。もし、兄弟の情だとかを一切取り払って光明と高明が全力でやりあえば、力くらべだけであればいいところまでいけるだろう。だから、力加減が下手な高明に格闘技などの類は教えないと光明は決めていた。真面目に人が死にかねないので。
そんな兄達をよそに、幼馴染同士での喧嘩が勃発していた。

「ヒロに教えを請う必要はないだろう!ヒロも光明警部に教えてもらったのなら俺も教えて貰えばいい!」

「ぜったいやだ!光明兄さんは忙しいんですぅ!ゼロに割く時間はないの!」

「俺も三足の草鞋で忙しいんだが!?というか、ヒロのはどうせブラコンも入ってるんだろうが!良い加減卒業しろ!」

「俺は一生光明兄さんと高明兄さんの弟なのでぇ!兄弟いないゼロには分からないだろうけど!!!!」

「う…」

同年代にガルガルしている景光は光明もあまり見たことがなくて見物に徹していたが、痛いところを突かれて押し黙った降谷を見て試合終了のゴングを鳴らした。はい終了。

「景光そこまで。降谷も。何がそんなに気に入らないんだ。景光と打ち合えばいいだろ。コイツも腕は立つ方だぞ」

コイツも、と景光の頭を軽くトントンと叩いた。景光は誇らしげに胸を張る。どや。大学時代とは違うんだぞ。と。
降谷はそれを見て更に眉根を寄せた。泣きそうだったからである。
降谷には物心ついた時には血の繋がった家族はいなかったし、兄貴分と呼べる人間も側にいなかった。心の支えは初恋のエレーナ先生のみであった。初めて自分の何かを預けられる人間に出会ったのは大学に入って景光と会ってからであったので、降谷はそれまで正しく自分一人で生きてきたのである。
だから、降谷は大学の時から心底楽しげに、幸せそうに二人の兄のことを語る景光が好きだったし、心底羨ましかった。
何かあれば助けてくれる、そんな人間を降谷は得られなかったので。
大学時代はほぼ話だけだったので良かった。自分の拙い想像上の兄弟像がぎこちなく動いているだけだったので。でも、それが目の前に実際に現れればダメだった。兄弟のいない降谷の拙い想像なんてごっこ遊びのようなものだったのだ。
幸せそうに兄に甘える景光に、それを当然のように受け入れて甘やかす兄。そばで見守っていた次男も忘れずに手招いて、その腕の中にしまい込む光明に、高明ですらその相貌を緩ませていた。35歳にもなって兄に甘えるなんてだらしないと負け惜しみのように思って、羨ましいと思う自分を降谷はなんとか誤魔化していた。
それを、景光に突かれた。
兄弟のいないお前には分からない。その言葉がこんなに刺さるなんて降谷自身も知らなかったのだ。

「お前ら一回打ち合えば?お互いに全部鬱憤晴らせばスッキリするんじゃね?」

肉体言語信者の光明は色々とめんどくさくなってそう提案した。
末弟と降谷のキャットファイトに焦れたとも言う。降谷はどう見たって猫ではないが。
光明の提案にやってやらぁ!と意気込んだ二人はそのまま警察庁に蜻蛉返りして道場を貸し切ることになる。

貸切にした道場では降谷と景光が敵意を露わに向き合っている。非常に珍しい図であった。
ギャラリーは座った高明を股の間に抱え込んだ光明と、呼び出された風見である。光明と高明は景光側の勢力であるので公平にジャッジ出来るようにと降谷側の人間が増やされた。風見としては良い迷惑であった。
風見は仕方なくレフェリー役をすることになったが、この二人の取っ組み合いを止められる自信は無かった。まあ、最悪諸伏兄弟の誰かが止めてくれるだろう。風見は書類整理を手伝ってもらった分諸伏三兄弟への好感度が高かった。一気に降谷側と諸伏側の勢力のバランスが崩れた瞬間である。
件の二人は道場内で未だに言い合いを繰り広げている。お互いに何かが爆発したらしい。景光から聞いている限りでは親友だと言っていたし、仲の良さそうな話しか聞いていなかったので最初は少し驚いたものの、兄弟でも喧嘩はするしな。と諸伏の上二人は比較的落ち着いていた。これで景光が怪我をしてもまあ、戯れ合いの延長線か。と光明も何もしない心持ちである。そこまで野暮ではないので。ちょっと遊びすぎて怪我をすることもある。
どうやら風見では子猫と子犬の戯れ合いを止めることが出来ないらしく、高明を軽く叩いてどかした光明が腰を上げた。

「ほら、お前ら。ギャンギャンうるせぇぞ。やるならさっさと殴り合え。強い奴が勝者。簡単なルールだろ」

口を噤んだものの、喉の奥でぐる、と唸る景光に降谷の方が戸惑っていた。いつも朗らかに笑う景光しか見たことがないから当然の反応である。普段と捕物の時のギャップが一番激しいのは景光であるので。その点高明はあまり吼えたりはしない。ただ、目には出るが。
このままでは試合前に景光の圧に降谷が押されて不完全燃焼のまま終わるだろうと予見した光明が降谷の背を力一杯叩いた。バッチン、と良い音がしたので背中には大きな紅葉が咲いたことだろう。

「い…ッ」

「ほら、試合前から尻尾引っ込めてどうすんだ。やるなら全力でしろ。やる意味なくなんだろ」

「はぁッ!?言われなくとも!」

「はいはい。んじゃ、その意気で景光ぶん殴ってやれ」

「光明兄さんは俺の味方でしょ!?」

「そうですよ。だから、お前が全力で殴れるようにお膳立てしてんだよ」

光明が景光の背中も叩く。降谷のように全力のものではないが、いつも通りの強さのもの。それが光明からの激励であることを景光は知っている。

「お前がどれだけ凄いやつか、舐めてる降谷に知らしめてやれ」

「うん」

光明は降谷が気に入らない。人格だとか考え方とか、容姿だとか。そう言う要素ではなく、ただ一点。降谷が景光を舐めているところが気に入らない。
降谷と景光の付き合いは大学の四年間のみ。警察官になってからの交流はほぼないと聞いている。だから、警察官になるまでの少し浮き足だったような弟然とした景光しか知らないのだろうと思う。
あの頃の景光は正しく子猫で、光明の手足の間でコロコロと転がっているような時期であった。勿論、警察官となり、兄二人がいる刑事部に配属されてからグングンと成長し、あの頃の子猫は立派な雪豹として長野の大地を駆け抜けているが。
降谷は立派に雪豹となった景光を知らないのだ。仕方がない。子猫がそんな猛獣になるなんて考えられる方がおかしい。
ちなみに、今でも交流のある他三人の友人は全員景光が子猫の様な可愛さを持つ弟味の強い男だと思っているので、景光の擬態能力が高いせいもあるかもしれない。

「では、はじめ!」

降谷の強みはボクシングの経験を生かした格闘技である。試合開始のコールと共に顔の前で構えた両腕越しにアクアマリンの瞳が光る。対して、景光は兄直伝の喧嘩殺法が元である。喧嘩殺法故に型も何もない。だからこそ、東京湾で光明と対峙したジンは大いに困惑したことだろう。ジンの技術は明らかに軍隊などの組織で教える様な型にハマった格闘術だったので。
長兄である光明は色々な格闘技や格闘術を見様見真似で自分の型にしたのであるために、明確な型が存在しないというトンチンカンなことになっている。というのも、喧嘩を売ってくる相手が、ボクシングや柔道、剣道、空手、少林寺拳法などなどの経験者であったことも理由にある。見て覚えた結果が今の光明であった。そして、その末に生まれたアップグレード版が景光である。なので、景光は強い。光明が派手に立ち回るので分かりにくいが、純粋に強いのである。
降谷が打った拳が景光の掌で打たれて流される。その隙に肉薄した景光を牽制する様にもう一発放たれたのを景光が首を傾けることで避ける。

「ッ」

息を呑んだ降谷が咄嗟に距離をとって、観戦していた光明が「おお」と声を上げた。今のは良い選択だった。おそらく。降谷の考えている以上に景光が戦えることに警戒して一度態勢を立て直すために仕切り直したというところだろう。
大抵の人間はあそこで引かずに攻めるので、景光に返り討ちにされて終わることが多い。

「ゼロってさ、無意識のうちにだと思うけど、俺のこと弱いと思ってたでしょ。強い光明兄さんと頭の良い高明兄さんに守られてる末っ子。そんな印象だったんじゃないかな。でもさ、俺ら大学卒業してから何年経ったと思ってるわけ?」

「それは…」

「そりゃ、ずっとボクシングしてたゼロは強いよ。けど、俺だって努力した。警察になって、兄さん達と同じ部署に配属されて!凄い兄さん二人に囲まれて、なんの努力もせずにその隣に立ってられるわけないだろッ!」

景光の叫びには色々なものが混じっていた。親友に無意識に弱いと思われていたこともそうであるし、同じ年に警察組織に入って、これまでなんの努力もしてこなかったように見られた憤りだとか、甘えたな末弟と見られ続けていることだとか、親友に一番に頼られたいのは自分だと思ったとか。
兄弟も友人も、心の中を曝け出して、考えていることを共有してその絆を深めていく。降谷と景光には不幸なことにこれまで圧倒的にその時間が足りなかったのだ。
そりゃ、大学在籍中の四年間だけじゃ足りなさすぎる。だって諸伏三兄弟は未だに喧嘩をすることだって稀にあるのだから。三十年近く一緒に過ごしていてそうなのだから、四年程度で何がわかると言うのか。
景光が息を整えて構えを取る。この際だからそのお綺麗な顔をボコボコにしてやるつもりだった。光明の肉体言語信者の精神はきちんと末弟にも受け継がれていた。

「言いたいこと言いやがって…!」

降谷の声にも熱が入る。
観戦している光明も高明も「やれやれ!」と囃し立てている。若者なのだから盛大に喧嘩すべし。という精神だった。

「ヒロは良いよな!困ったら助けてくれる兄さんがいる!寂しくなったら電話できる兄さんがいる!俺は、ずっと、一人で生きていくしか無かったのに…!」

「それなら、俺に電話でもなんでもすればいいだろ!」

降谷の顔が苦痛に歪む。
一人でずっと生きてきた降谷には人に頼ると言う選択肢がそもそも存在しないのだ。だから、出来ることはすべて自分でしないと気が済まない。自分以外に信頼できる人間などいないからだ。

「俺は、ゼロに助けてって言われたらどこへだって助けに行くよ。寂しいから話しようって言ってくれたら、どれだけだって話もする!ゼロが俺に自分の所属を隠さず話してくれたのってそういうことだろ?所属が所属だから、俺からは連絡とれないし、ずっと待ってたんだ。ゼロから助けてって、寂しいって言ってくれるの」

「ヒロ…」

「でも、それじゃダメだったんだな。俺から行ってやらないと。頑固なゼロは助けても寂しいも言えないもんな」

「っ、でも、」

「助けても寂しいも、言っていいんだよゼロ。俺以外にもね。ゼロにはそれに応えてくれる仲間がいるでしょ?」

ボロボロと涙を零す降谷に景光が吹っ切れた様な表情で手を差し出した。
降谷が戸惑いつつその手をそっと取る。
風見は一件落着か。と肩の力を抜こうとしてやめた。観客から不穏な声が聞こえたためだ。「握りましたね」「握ったな。何の警戒もなく」
風見の目の前でズダン!と大きな音を立てて景光の一本背負が綺麗に決まっていた。
背負い投げされた降谷は幼なげにきょとんと目を瞬かせている。何が起きたかわかっていない様だった。

「それはそれとして!これは別問題!光明兄さんに!鍛えられた!俺が!弱いわけ!ないだろうが!」

流れる様な腕ひしぎ十字固めに降谷が声もなく掌で道場の床を高速で叩く。
光明と高明はそれを見て笑い転げているが、笑い事ではない。風見は慌てて二人を引き剥がしに行った。「やめ!やめーッ!」風見の声が道場に響いた。

「これで分かったでしょ。ゼロが光明兄さんに挑むなんて時期尚早だって。打ち合いなら俺が相手したげる」

「いや、さっきのは不意を突かれただけで、どっちが強いかの決着はついてない!」

「じゃあ、今からもう一回投げてあげるから」

「のぞむところだ!ヒロこそ泣きべそかいて兄さん達に泣きつくなよ!」

「はぁー!?」

友情としては深まったものの、勝敗の決着は付いていないらしい。
ギャンギャンと言い合いをする子猫と子犬の鳴き声に辟易としてきた光明が手を叩いた。

「うるせぇうるせぇ。もう面倒だから、お前ら二人まとめて面倒見てやる。景光はどうせ高明と俺の打ち合いにも混ざるつもりだったろ」

「ええー」

「どうせそんな本格的なもんにならねぇってぇ。今の降谷の見てても景光に勝てないだろうし、転がして終わるって」

「はぁ!?」

負けず嫌いの降谷は光明の発言に噛み付くが、「あ?」とスカイブルーの瞳が剣呑な色を持って降谷を見た途端に「ヒン」と景光の後ろに隠れた。トラウマは未だ払拭されていないのである。
それを見て景光は手を叩いて笑った。大学時代に俺様何様降谷様みたいな感じで絡んでくる輩を薙ぎ倒していたのに光明には目線も合わせられないなんて。ちょっと溜飲が下がったので、光明との打ち合いは特別に許してやろうと思った。

「それと、暗闇の中での戦闘の仕方って言ってたが、あんなもん慣れだよ。俺らは先天的に見えやすい体質なんだろがな。暗い中でずっと過ごしてみればいいんじゃね?案外適応して見える様になるとか言うし」

「そんな無茶な…」

そんな話を聞いていて、風見がふと奇妙な申請書を思い出した。諸伏三兄弟から受けた申請書で射撃場の許可申請だったのだが、射撃場の電気を全て消して射撃を行うので間違って使用しようとした人が入ってこない様にしてほしいというものだった。

「あの、光明さん、前にいただいた射撃場の申請書なんですが…消灯して射撃すると言うのは…」

「あぁ、景光が最近夜間の射撃練習出来てないからその練習に。景光なら灯りがなくても狙撃は可能だし。まあ、明るい方がそりゃ精度は良いけど、せっかくこんな目もってるんだから昼間と変わらない精度で夜も狙撃出来たらと思って」

「がんばるね!光明兄さんが求めてくれてるレベルまですぐあげるから!」

すぐに長兄に懐きに行く末弟は長兄に当たり前の様に腕の中に迎え入れられて満足気に笑っている。楽しそうに笑っている末弟を見て長兄も満足気であった。
風見は口に出さなかったが、相変わらずの規格外さに閉口するしか無かった。かの赤井秀一でも灯りがなければ狙撃が出来ないと言っているのである。それを灯りなしでしてしまうなんて…。
改めてこの三兄弟が警察組織の所属で良かったと風見は心底思った。
これが黒の組織の所属であったなら、警察組織は昼間でも夜間でも関係なく撃ち殺されて終わったに違いない。

「そういえば、俺ら結局どういう位置で活動すんの?こっちとしては定期連絡だけしてあとは野放しにしてくれるとすっごくありがたいんだけど」

「野放しは流石に…」

ジンに狙われた時のこともそうであるが、黒田からの話を聞いている限り降谷には得策とは思えなかった。
でも、黒田から言われた中で諸伏三兄弟を扱うための有益な情報もあった。それは、縛りすぎないこと。
諸伏三兄弟は長野の大地で狼の如く狩を行うネコ科の猛獣達である。その強みは兄弟間の結束と身体能力の高さ。そこに第三者の介入は必要ない。むしろ、それがノイズになって狩が失敗することも多いと言う。そうして、狩が失敗すれば士気が下がる。やる気がなくなった猫ほど働かない生物はない。その上、元々が気性が荒い奴らの集まりである。ストレスが溜まれば獣性が出て余計に扱いにくくなる。そうして三兄弟を投げ出した上司は数知れないと言う。
そりゃそうだ。事件は現場で起きているのだから、現場で追い立てている人間が一番状況がわかっている。外部からとやかく言われることほど嫌なことはないだろう。
降谷は現場の人間だから、その気持ちもよくわかった。
諸伏三兄弟を一番うまく使う唯一の手段。それは、首輪を外して外に放つこと。けれど、管理を任された人間としてそんなことは許されない。
降谷の中での天秤がグラグラと揺れる。

「連絡をこまめにするのなら…」

「こまめってどんぐらい?」

「家を出る前に事前にどこに行くかの連絡。現場についたら連絡。不測の事態が起こっても連絡。帰る時も連絡。家に着いたら連絡。とりあえず、俺はまだ貴方達を完全に信用したわけじゃないし、本当にジンが貴方達だけを狙うのかも分からない中で自由に外を歩かせるのは迂闊すぎる」

「光明兄さん、この辺りが妥協点では?」

景光を構っていた光明に高明が提案する。「だよな」と光明もそれに頷いた。景光も光明の腕の中でグレーブルーの瞳を忙しなく動かしつつ様子を見ていた。

「…なら、それで。俺達は降谷に家以外での行動の全てを事細かに報告する。それでいいか?」

「あとは、外に出る時に簡単に変装でも出来れば一番良いが…」

変装の言葉に光明がニッコリ笑って高明と景光の頬を鷲掴んだ。「んむ!」「むむー」とそれぞれ光明に対して文句を言っているが、光明は知らん顔である。むしろ中々見れない弟の顔が面白いくらい。高明の怒りのボルテージが上がったことに気がついて光明が手を離す。弟達が頬を摩りつつ恨みの籠った目で長兄を睨みつけた。

「お前ら髭剃れってよ」

「それ言いたいだけだろう」

「どんだけ俺らの髭剃りたいの…」

「だって髭ないほうが可愛いじゃんよぉ」

光明は髭がある弟達はそれはそれで良いのであるが、髭もない弟達も見たかった。小さい頃に戻ったみたいでいいな。と思うのだ。
あと、大人になってからは弟達との写真は髭面ばかりなので、髭のない弟達との写真も欲しかった。素顔でどれだけ顔が似ているか見たかったのもある。髭があるだけで印象は結構変わるものであるので。
それでも、弟達が髭を生やし始めたのは童顔に見られて職場や現場で舐められない為であることも理解している光明はそっとその小さな願望を諦めた。無理矢理させるようなものでもないし、別に髭が生えてようが兄弟であるのに変わりはない。髭があっても兄弟に見られる程度には似ているので光明はそれで満足である。

「まあ、帽子程度でいいだろ。あんまり印象変えてジンに見つからない場合が一番困る」

高明と景光の頭にそれぞれ手を置いた光明が穏やかに笑う。弟達が「あ」と思った時には光明の表情はいつも通りだった。
降谷と風見は気づかなかったが、弟二人は気がついた。
長兄が弟二人に髭を剃らせたいのは長兄がその上で何かを求めていたからだ。
今の瞬間で、その何かを諦めたのを敏感な二人はきちんと察知していた。長男ドラッグ拉致事件を経て弟二人は兄に大変に過保護になっていたので過去よりもずっと兄に関するアンテナは敏感である。
自分達が気づいていなかっただけで、長兄はこれまで色んなことを今の様にたくさん諦めてきたのだろうと弟達は思う。
だから、今からでもそれらを取り戻す様に兄の望むものはできる限りで叶えてやりたかった。兄が今まで弟達にそうしてくれていたように。
景光が高明を見れば、高明も覚悟を決めた目をしていた。
髭くらい、時間が経てばまた生えるものである。まずは必要なものを買いに行って、髭を剃るところから。そうすれば驚いた兄がきっと慌てて寄ってくるので、そこを捕獲して聞いてやるのだ。

後日、三兄弟の携帯の待ち受け画面が髭なしの兄弟三人が写った家族写真となったのは言うまでもないことである。

人物設定

諸伏光明
諸伏家長男。
怒涛の展開で、流石に疲れた。38歳には堪える。
風呂に入った弟二人がつるつるになって出てきたのでびっくりした。
皆で撮った写真は待ち受けにした。
家に置いてるアルバムが無事なことを心底願っている。アルバムは光明がこれまでの道程で捨てられなかった家族との思い出が形を成したものであるので。
段々と弟に隠し事が出来なくなっている事実に密かにヒヤヒヤしている。
幼馴染にはちゃんと無事であることを連絡した。
長野県警には警察庁から連絡がいくだろうと思っている。

諸伏高明
諸伏家次男。
スリル満点の逃避行は堪えたが、兄弟とならどこまでもいける。
相変わらず黒田さんは苦手。
例の事件により兄の色んなことに敏感になっている。
兄のために髭を剃ったら、髭ない皆で写真が欲しかったと言われた。
ウチの兄がこんなに可愛い。

諸伏景光
諸伏家三男。
死ぬかもしれないドキドキもあったけど、三人でいれることに心底安堵していた。
黒田さんは何度会っても怖い。
長兄の感情の起伏に敏感。キレてる長兄は純粋に怖い。自分が怒られないので、どうやったらそこまで長兄をキレさせられるのか純粋に疑問。
降谷とは色々あった蟠りを解消した。
それはそうと!俺のが!強いから!
髭を剃ったら皆で写真を撮ることになった。
そんなのもっと早く言ってよ!!

大和勘助
三兄弟の幼馴染。
めちゃめちゃ急いでいるはずなのに、夕ご飯はきっちり持って逃げた三兄弟に物申したい。
でも、無事を聞けて心底安堵した。

上原由衣
三兄弟の幼馴染。
招集をかけられて現場の住所を聞いた時は血の気が引いた。
夕ご飯の件は、三兄弟らしいな。と思っている。
無事を聞けてちょっと泣いた。
早く帰ってこないかな、と日々長野で三兄弟を待っている。

— End —

Comments 69

ユヅキ4 天前
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ハギ1 年前

着の身着のまま逃げるけどきっちりご飯持って行く三兄弟も、家宅捜査でしっかり理解してキッチリつっこみ入れる敢ちゃんも大好きです!おさななパワー最強! 降谷さんはもはや手綱を握るどころか諸伏兄弟に半分握られてない…??弟の友達扱いじゃん、なんならそのうち子分扱いになりそう

あかさ1 年前
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1 年前

早めの更新感謝です✨✨ 大和警部の幼馴染解析度が高くて思わず笑っちゃいました笑 黒田さんや降谷さんとの絡みにニヤニヤしていたら毛利探偵とのフラグが…!! 降谷さんが光明くんのお気に入りおもちゃに認定されることを願っています笑

ナツキ1 年前
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みお💮1 年前

理想のヒロゼロすぎて、言葉がありません!!(感涙雨あられ) 原作の2人は遠慮がないようにみえて、どこか遠慮しあってるように見えたので御作品のように拳で語り合ってれば結果は違ったのかもと思って…泣いちゃう…ヒンッ(。´Д⊂) 弟2人が怯む黒田さん、マジ黒田さん(love2)好き!

ひー1 年前
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青樹1 年前
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水すん1 年前
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B
BLUE1 年前
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N
nanase1 年前
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きよみ1 年前

あはは🤣🤣🤣🤣 めちゃくちゃ面白かったです!! 刑事部長、音が鳴らないおもちゃ扱いだった...ꉂ🤣w𐤔 降谷さん、とにかく頑張れꉂ🤣w𐤔 更新ありがとうございましたぁぁぁ!!次も楽しみに待ってます!!

Sakuria
Where every work blooms
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