何かと厳しい親の元からとにかく離れたくて、俺は上京し、東都大学法学部に進学した。
これといった趣味もないので、だらだらと大学に行ってはバイトをして家に帰って勉強して寝るだけの生活を送っていた。
貴重な大学生活なのに勿体無い、というお言葉を度々いただくけど、余計なお世話だ。そこそこ遊びには行っているし、なにより俺はこの生活にとても満足していた。
「今日の夕飯はサバの味噌煮ですドウゾー」
「どうりで。廊下まで味噌のいい香りがしていましたよ」
さて、ここで自己紹介をしよう。
名前は慧見将太郎、年齢は20歳。趣味はなければ将来の夢もない。今は大学で知り合った友人と共に暮らしている。
この友人がまた物凄く優秀で、とにかく頭が良くて、とても優秀なのである。大事なことなのでもう一度言おう、優秀なのである。
俺は今実家からの仕送りもなければ、奨学金でギリギリ学費を払っている現状。大学生のバイト代なんてちっぽけなもので、生活費や部活の付き合いに全て消えていく。つまり、とんでもなく金欠なのだ。たとえ趣味があったとしても、そんなものにかける金は1マイクロだってない。くれてやるものか。
そんな俺が目指すべきものは何か。そう、給付型奨学金である。
本大学には、成績優秀者だけが貰える、給付型奨学金制度がある。たかが数万されど数万。金欠でそこそこ真面目な俺にとっては願ったり叶ったりだったが、天下の東都大学で上位の成績を残すのは、俺の足りない頭ではまず無理である。そこで、強力な助っ人が必要だったというわけだ。
1年の時の実習で同じ班だった諸伏に頼み込み、勉強を教えてもらうことを許されたわけだが、この男、とんでもないことを言い出した。
「ふむ。ならば、一緒に住むというのはどうでしょう。もちろん家賃は折半で。それならば勉強も見れますし、生活費などの負担もかなり減るかと」
一挙両得ですね。とドヤる諸伏は、今ならぶん殴りたくなるほど鬱陶しい顔だったが、当時の俺はまるで神が天から降臨なされたかという気持ちであり、俺には諸伏がキラキラと輝いて見えたのだった。
同居生活をはじめてからは給付型奨学金をしっかりと貰い、高明の胃袋を掴み、たまには二人で遊びに出かけたりもした。女の一の字もない干からびた青春かもしれないが、そこそこに楽しめていた。
「ところで将太郎君。もう就職先は考えているので?」
「いいや全く。やりたいことも無いし、とりあえずは部活のOBさんが言ってたとこ辺りを適当に考えてるけど。お前は決めてんの?」
「僕は、地元に戻ろうかと」
長野だっけか。そうなるとこの家は俺一人になる。そうか、1人か。
「あれ、お前警察官とか言ってなかったっけ。キャリアは?」
「地元で待っている人達がいますから」
「まさかここまで来てノンキャリアとか言わんよな?」
「そのまさかですが」
「ハァ……?」
変わっているとは思っていたけど、まさかここまでとはな!!
有り得るか普通、東都大の法学部出てノンキャリアとか、ある???ねぇだろ。
「まぁお前のことだし色々考えてんだろ。ならい……良くねぇな。良くねぇよ、良くねぇだろ!!!」
そういや毎年学年1位だよこいつ!!!恐らくは首席卒業だよ!!何考えてんだマジで!!!
「ふふ」
「ふふ、やないねん阿呆」
あまりに驚いたので、折角作ったわかめの味噌汁を全部ひっくり返すところだった。原因である本人は涼しい顔をして白米を頬張っている。こいつ。
「君は、…実家に戻ろうとは思わないんですか?」
「……思わないな」
俺の両親はエリートというものに目がない。試験は満点順位は1位、学校も私立の進学校を。そこまで勉強ができる訳でもない俺は親に見捨てられたくなくて、必死で食らいついていたが、もう疲れた。
待てよ、エリート?
「なあ、俺もついて行っていい?」
「は、」
両親は、東都大法学部に俺が進学したことにとても満足していた。どうせなら医学部へと言っていたが、そこはあまりに気にしないらしい。そして、成績優秀者のみに送られる給付型奨学金採用候補者通知。あれは親の元にも送られているはず。つまり俺は、まだ何も返せていない。
「俺さ、反抗期逃しちゃったんだよね」
「!……ふ、そういう事ですか。君らしい」
「でしょ」
一生に一度の小さな反抗。
拝啓お父さんお母さん。俺、長野で警察官目指すわ。
長野にやってきて早十年。いや十一?十二?わかんねぇや。警察学校を卒業し、交番勤務からコツコツ実績を積み重ね、今や三十路を過ぎたおっさん刑事である。おっさん仲間の二人と、6つ下の紅一点と共にお仕事頑張っているんですけども。
「で?今日は何。例の連続殺傷事件の犯人を尾行し、現行犯逮捕しようとしたところ乱闘になり、確保したは良いけどグッサリ刺されてまた病院へドライブインですか」
俺の同期がとんでもなく暴れ馬で胃が痛い毎日です。
「今月に入って二回目の入院です。釈明はありますでしょうか馬鹿明くん」
「……ありません。但し訂正してください。私の名前は高明です」
「昨日、犯人が現場に残した証拠がどうとかって言って病院を抜け出したことについて言うことはありますでしょうか阿呆明くん」
「昨日の傷はとっくに癒えています。犯人の手がかりを掴んだというのに、黙って寝ていられるものですか。そして訂正してください、私の名前は高明です」
「嘘こけ頭の包帯取れてねぇんだよ」
うーん、信念の籠った力強い瞳でなにより。どうやら反省する気はないらしいな。
今回ばかりは重傷なので、この阿呆ももう病院を抜け出すことはないだろう。……とはいかないのである。前科が鬼ほどあるからな。長野の病院じゃかなり有名で、搬送されてきた時に看護師さんに「またあなたですか」って言われてた。思ってても言うもんじゃないでしょうよ……。まぁ今回看護師さんは高明を脱走させないようにいろいろ頑張ってくれるらしい。同情します。もちろん看護師さんにね。
今回の連続殺傷事件は最初通り魔と思われていたが、諸伏警部は被害者達の共通点から犯人を導き出し、単独逮捕までこぎつけたのだ。何故そのような無茶をしたのか、それは被害者の1人に俺が含まれていたから。情けねぇ、ほんと情けねぇよ。だらしない警察官ですまない。
本当にオフモードだったんだよ。スーパーの帰りで両手に袋持ってたし、中に卵も入ってたし……。直ぐに対処出来なかったのは現役警察官としてどうかと思うけど、まぁ腕かすったくらいなので安心してくれ。だが高明は安心出来なかった様子。
あいつの1回目の入院は確かに大袈裟だったかもしれない。犯人を追っていると、あろうことか犯人は凶器のナイフを投げつけてきたのだ。それを避けきれず頭に傷を負い、一応入院しときましょうか、のノリだった。まあそのナイフが大きな手がかりとなったわけだけど。
こういった事は今まででも何度かある。普段は冷静沈着で、無茶なんてしないんだけど、俺と、幼なじみの敢助、由衣に何かあろうものならすぐ暴れる。その突発的35歳児やめろ。
暴れん坊将軍が1人ならまだ良かった。まだ良かったんだけど、この2人もそうらしい。敢助はひとりで突っ走ることが多いし、由衣は敢助を追って無茶な捜査をしがちだ。周りの心労を考えてくれ。
「おーコーメイ、入るぞー」
「大丈夫?刺されたって聞いたけど」
「全く心配には及びません」
「しっかり重傷なんだよ強がんな」
まぁ、知り合いもいない長野でここまで警察官やれてるのは、この3人がいたからだ。今までのようにずっと4人で警察官やるもんだと思ってた。
「えー、警察学校の教官?」
思えばこれが始まりだったのかもしれない
ちなみに卵は全部割れました。

















