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17

まあさんまあさん

ようこそおいで下さいました。  こちらは「縷(る)」の17話です。  やっと季節はフリュートレーネの訪れを迎えました。ええもう、やっと、で御座います。  洗礼式は来年…遠い…。    私はこのお話を書くにあたり、フェルマイは別格として、その下に名捧げ側近とボニファティウスを置く事に致しました。  原典では色々とやらかしてる感のあるキャラですが、私には「そうそう、ご高齢の方ってこんな感じ」と、最も現実感の持てる人物でした。  ええ~でも面倒でキライ、ですとか、ボニ爺が神殿に行く訳無いじゃん、とか、ご意見は色々とおありでしょうけれど、そんな事ぁフェルマイがハッピーになる為なら些事だ! と思し召し頂けますならば、胸とお時間をお借りしたく存じます。 ※追記  「祈念式」を全て「記念式」と書いておりました~!! 申し訳ございません!!  ご指摘下さった方、本当に有難う存じます!  コソッと修正完了致しましたm(_ _)m

ご注意です!

 今回も、一話のキャプションで申しました通り、原典とは性格が違う登場人物が出て参ります。
原典と違う事がお嫌いやな方は「そっ閉じ」をお勧め致します。
 それでもお読みになるならば、お怒りはご自分の中だけで昇華させて下さい。

 領城では春を寿ぐ宴が開かれた。
 吹雪は鳴りを潜め、日陰に残る雪とも氷ともつかない塊は日々その身を縮ませ、まるでゲドゥルリーヒを奪われて勢いを失うエーヴィリーベを思わせる。気の早い庭の木々は尖った芽から小さな若葉を覗かせ始めた。
「もう少ししたら暖かくなりますね。」
 朝食後、ローゼマインがフェルディナンドに微笑みかけた。
「そうだな。」
「でも、フェルディナンド様は祈念式にいらっしゃるのでしょう。」
「そうだ。」
 短く答えたフェルディナンドの手は、カップを置き、紺の髪に絡みつく。
「私は祈念式に出なければならない。その間、君はこの邸に残るが、毎日二の鐘と七の鐘でオルドナンツを送る。」
「お返事は返さない方が良いのですよね。」
 一瞬だけ輝いた笑みは、一瞬でその煌めきを失った。
「君と私の安全の為には仕方ない。そもそもシュタープを持たぬ君には届かないので、宛先はユストクスとなる。夜ならば私からは『預かったシュミルは大人しく眠ったか』と、朝は『シュミルは変わりなく目覚めたか』と送る。ユストクスも君をシュミルに例えて報告を返す。」
「むう。どうして皆、わたくしをシュミルにしたがるのですか。」
 ローゼマインは目を眇めてぺしりとフェルディナンドの胸元を叩く。
「わたくしが小さいからですね、そうなのですね?」
 小さくてちんちくりんで弱いからシュミルなのでしょう、と言い募る。
「愛らしいからだが? しかもその爪にはしっかりと毒も有り、巨大な敵にも怯まぬ頼もしいシュミルだ。」
 含み笑いと共に髪を絡めたままの指先で、フェルディナンドが幼く柔らかい頬を一撫でする。膝上のシュミルはぽっと顔を赤くした。
「君に何かあれば、時間に関係無くオルドナンツを送る様にと命じておくので、騎獣を使いすぐに戻る。いくら遠いとは言え私は領内に居るのだから。」
 そうだ、とフェルディナンドは思う。
 間に境界門は無い。いざとなれば、あの時のボニファティウス様を上回る速度で帰って来よう。だから君は。
「安心して学んでいなさい。特に、ヴィルマからの教育は最優先だ。絵画における君の素養はどうにも残念過ぎる。」
 ひえっ、とシュミルは鳴いた。

 隠し部屋で、フェルディナンドは所有する黒の魔石を確認した。
 黒の魔石は貴重な品だ。産する魔獣も魔木も少ない上に、質の良い大きな魔石を身内に持つ個体は更に少なく、強力で討伐は容易くない。
 その希少な中で、主な物は祝福防止セットに使用してしまった。あとはある程度の大きさの石しか残っていない。フェルディナンドの眉間に深い皺が刻まれた。
 迂闊だった。ローゼマインと共に在る事に舞い上がり、その時間を欲するあまりに冬の主討伐への参加を断っていなければ、黒では無くとも特大の魔石を入手出来た筈だ。
 ひとつ舌打ちをして、フェルディナンドは手持ちの魔石の中から大き目の物を選び、魔力を抜き始めた。それぞれ濃い赤や青等の色が抜け、透明になっていく。
 黒の魔石と魔力を抜いた空の魔石は、別々に他の魔力の干渉を受けない袋に入れ、ユストクスに渡した。
「ローゼマインの魔力が揺れた場合に適宜使え。黒の魔石はローゼマインが恐慌に至り、理性的な行動を取れないと判断した場合のみとする。」
 袋の中身を確認したユストクスの片眉がひくりと動く。
「もし、不足が予想されたならば連絡を。」
「これでも足りない場合が有り得る、と?」
「この程度の魔石を金粉化させる事は十分に予測出来る。」
 金粉ですか、とユストクスの声は沈んだ。
 私が傍に居ない、実の家族とも会えない、その日々に君が何を思い出し、何を想い、何に怯えて泣くのか。心当たりが有り過ぎる。
 下がりそうになる視線を、フェルディナンドは側仕えの顔に固定した。
「出発の朝、ローゼマインを神殿に連れて行く。神具ならばあの魔力量を受け止める。溜まっている魔力を神具に移せば少しはましになるだろう。」
「承知致しました。」
 側仕えは頷き、早々に主の部屋を出た。

 春まだ浅いその朝、フェルディナンドはユストクスを伴い、黒塗りの馬車で神殿へ向かった。
 馬車には飾りも紋章も無く、一般の貴族の物よりも質素だ。神官となるまで所有していた領主候補生としての馬車は、もう貴族では無いからとジルヴェスターの母親に取り上げられたのだ。
 騎獣があるので普段の移動には不自由しない。だが、祈念式へは側仕えとしての灰色神官、自身とその神官達の日用品や滞在中の食料も持参しなくてはならない以上、どうしても馬車を連ねての旅となる。
 馬車の座席にはフェルディナンドとユストクス、そのユストクスの膝に大きめの木箱がひとつ。余程大事な荷と見えて、両手でしっかりとかかえていた。
 そのまま神殿の、秋にフェルディナンドが拝命した神官長の部屋へと入り、灰色達は下がらせた。
「お待たせ致しました、姫様。」
 卓上に置いた箱へそう声をかけてユストクスが蓋を開けると、フェルディナンドが素早く手を伸ばし、するりと中で丸くなって眠る幼女を抱き上げた。そのまま、掌を滑らかな額に宛て、まろい頬の柔らかさを確かめ、細い首へと着地させて、やっと眉間の皺を緩めた。
「ローゼマイン、きちんと起きなさい。」
 抱き上げられ、反射のように頭を胸に擦り付けていたローゼマインは、ふぁいと妙な声を出して瞼を上げた。
「おはようございますぅ、フェルディナンド様ぁ。」
「しっかりしなさい。そのままでは神具に魔力を流せないぞ。」
 主が態と不機嫌な声で言うのを聞き、側仕えの笑みは深まる。ユストクスがローゼマインの隠れていた箱を退けて、長椅子に座った主の前へと美麗にして豪華な杖を移動させ、茶の用意を始めた。
「はぁい、フェルディナンド様は今日から祈念式へお出かけですものね。解っております。」
 もぞ、と身動きするのに合わせ、幼女の向きを変えて、神具に手が届き易いようにしてやる。
 ありがとう存じます、とフリュートレーネの杖に両手で触れ、祝詞を唱えながら魔力を流し始めた。
「姫様はフェルディナンド様に抱っこされませんとお目が覚めませんねえ。やれやれ、明日からはどうなる事やら。」
 主好みの茶と、ローゼマイン用にミルクを多めに入れた茶とを卓に置き、ユストクスは揶揄うようにぼやいた。
「むう、ユストクス、今朝は早すぎただけです。」
 ぷひぷひと文句を連ねている間にも、神具の魔石はまたひとつ、輝きを宿す。もう良かろう、とフェルディナンドは胸元に小さなシュミルを引き寄せ、杖の代わりに小ぶりのカップを持たせた。幼子には飲み易いが大人には少々ぬるくなった茶で一息つく。
 さあそろそろ、とユストクスが言った時だった。
「フェルディナンド! 来てやったぞ!」
 突然、神官長室の扉が勢い良く開け放たれ、男が一人、無遠慮にも大股で入って来た。活気に溢れた大声と幼い少女の短い悲鳴、薄い磁器の割れるかちゃぁんという音。
 フェルディナンドはローゼマインを抱えたたまま、扉とは反対の方向へ飛びすさり、乱入者と主の間へユストクスが踊り込む。
「は? それ程驚く事か?」
「驚く事か、だと。」
 返したフェルディナンドの声は、唸りに近かった。
「其方は面会予約は疎か先触れも出さず、人払いをした部屋へ押し入ったのだ、ジルヴェスター。」
 言いながらフェルディナンドが目をやれば、青い顔をした灰色達にユストクスが扉を閉める様にと身振りで指示していた。
 ジルヴェスターは割れた茶碗に顔を顰め、長椅子の中央に座って笑った。
「ぬ? 兄が弟に会うのに、予約も先触れも必要無いだろう。大体、そんな事をしていたら、カルステッドに掴まってしまうではないか。」
「私は祈念式へ出立しなければならないのです、アウブ。」
 フェルディナンドは跪き、言った。小さく軽いとは言え、ローゼマインを袖に隠したままで。
「其方は私の相手をするのだから、行かずとも良い。アウブの命令だ!」
 ぴく、と腕の中のローゼマインの肩が動いた。
 ああ、怒るな、堪えてくれローゼマイン。君も知っているだろう、これはこういう男なのだ。アウブの職責を理解せず位を振りかざし、それで良いと信じているのだ。
 ゆるゆると指先だけでフェルディナンドはローゼマインを宥めた。
「この美しい杖は何だ?」
 ジルヴェスターはひょいと卓上に取り残された杖を掴み、頭の上でぐるぐる回し始める。
「魔石もかなり上質な物ばかりだし、何より美しい。フロレンツィアが持つに相応しい物だ。よし、この杖は持って帰るぞ。」
 ぎゅう、とローゼマインは掴まっていたフェルディナンドの襟元を握りしめた。
 君はよく耐えている。私はそれを解っている。だからそのまま黙っていてくれ。
 フェルディナンドの指にもやわりと力が入る。
「ご容赦下さい。それは神殿の神具でございます。神像のお手に戻さねばなりません。」
「其方が同じ物を調合し、持たせておけば良かろう? 誰も気付かないだろうよ。」
 神具でかつんと床を突く。
「で? 其方、そこに何を隠しているのだ?」

 瞬の間、呆然として、今度こそ批判の声を上げようとしたローゼマインは、きゅっと縮こまった。
「シュミルか何かか?」
「どうかご容赦を。」
 尚も深く跪拝し、フェルディナンドはその身でローゼマインを隠そうとした。
「私はもうシュミルを追いかけて遊ぶ年齢では無いぞ。気になるだけだ、兄に見せてくれ。」
 びっと杖の先でフェルディナンドの胸元を指し、立ち上がったジルヴェスターが近付いて、そのまま杖先を狭い隙間へ押し込んだ。ひっ、と幼い悲鳴がし、フェルディナンドは怒りに震える指で杖を押し戻した。
「幼子か? 其方の隠し子か!!」
「違います。然る高位の方から私がお預かりした御子です。親御様との契約の為、これ以上はアウブのご命令とてお答えする事は叶いません。どうかご容赦を。」
 更に深く身を屈め、ローゼマインを己の胸に押し付ける様に護った。
「私は其方の実の兄だぞ。なのに私には会わせないのか?」
 其方やはり冷たいぞ、子供の頃はあんなに素直だったのに、と不満を述べながらも、長椅子に戻る気配は無い。
「済まぬ、こうなったら止められぬ。ローゼマイン、挨拶をしなさい。」
 盛大なため息の後、膝の上から宝をそっと降ろし、大丈夫か、挨拶の文言は作法はと確認する様を見せつけてから、やっと覆っていた袖を解いた。
 ローゼマインも密かに深呼吸をし、はいと答えて完璧な所作で片膝を突き、すらりと定型の挨拶を述べた。
 だが、やはり定型である「許す」の一言を言わず、ジルヴェスターは幼い子供の頭を凝視していた。
 拙い、先に外しておくべきだったか。
「其方、妙な物を着けているな。」
 危惧は的中した。
 ジルヴェスターの腕が伸び、素早く簪を引き抜いた。
「お返し下さいませ!」
「何をする!」
ローゼマインの叫びとフェルディナンドの怒声は重なり、鋭い刃となって無礼な男に向かったが、当の本人は手にした美しく細工がなされた細い棒状の装身具に夢中で、まるで気づかない。
 怒気が魔力と手を取り合い、全身を駆け巡る。
 この魔力を目の前の男に叩きつけたら、どれ程に心休まるか。フェルディナンドはその誘惑に理性で歯止めを掛け、真っ青な顔で今にも泣き出さんばかりの愛しい娘を抱き上げた。
 今朝方ヴィルマ達が美しく結い上げた前髪は、ばらりと中途半端に解け、ローゼマインの頬にも額にも乱れて掛かっている。
「いくら洗礼前の幼子とは言え、女性の髪に触れ、更には下ろすなどと、私がご両親から預かった大切な客人に瑕疵を付けるおつもりですか!」
 フェルディナンドが低く強く抗議する。
 貴族社会に於いて、男性貴族が女性貴族の髪に素手で触れる事は夫婦間でのみ許される行為である。ましてやその結い上げた髪を解くのは、閨での行いと同等の意味を持つ。
 髪に触れられた女性は、性的暴行を受けた、と周囲に看做され、嫌悪する相手であっても嫁がねば一生の傷となる。
「何を怒っているのだ? 神殿に居るのだから、どうせ巫女にするのだろう? 貴族ではないのだから瑕疵など付きようが無いではないか。」
 心底不思議そうにジルヴェスターは首を捻る。
「近頃は子を青色にする余裕の無い家も多いと聞く。だから其方に、ああ、いや、違うな。其方がこの娘を買ったのだろう? 随分と幼いが、器量の良い娘だ、其方の好みに育ててからにするのか。」
 にやりと笑った下品さに、フェルディナンドは言葉を失う。
「うむ、今まで其方はそんな素振りも見せなかったから気付かなかったのだ。もう触ったりしないから、機嫌を直せ。」
 何を言われているのか、もうフェルディナンドには理解する気も失せた。
「二度と来ないで頂きたい。」
 シュタープを出してライデンシャフトの槍に変え、貫いてしまいたい。それを実行しそうになる己を抑え、フェルディナンドはどうにか言葉を絞り出した。
「む、まだ怒っているのか?」
「二度と来ないで頂きたい。」
 繰り返して答えた時だった。
「出て行きなさい。」
 フェルディナンドの腕の中から、凛として冷たい声がした。
「わたくしのフェルディナンドを悪し様に言うなど、わたくしには我慢出来ません。」
 何時もならばあどけなく明るいローゼマインが、表情を怒りに変えて、ジルヴェスターを睨んで居た。
「その上、アウブと名乗りながら祈念式の重要性も知らず、神具を強奪し、神像には偽の神具を持たせよとまで言うとは。」
 濃く暖かい金の瞳は、硬く冷えきった虹色に光った。
「それがアウブの所業ですか。」
 既にジルヴェスターは杖も簪も取り落とし、胸を押さえて床にくずおれている。
「其方、アウブに反逆…。」
「言葉を間違えておいででしてよ。洗礼式を終えていないわたくしは、領民では御座いません。ユストクス、レーベレヒトにオルドナンツを送って下さいませ。内容は、『アウブが神殿で少女の髪を下ろしたが、どう対処すべきか』です。」
 ぐうう、と唸るジルヴェスターに反逆では無いと言い放ち、ローゼマインはユストクスに命じた。
 「はい姫様。」
 ユストクスはすぐにその内容で、慌てふためく様を演出しながら吹き込み、白い小鳥の姿をしたオルドナンツを送った。
「同じ内容で、ボニファティウス様にも。」
「おお、それは名案。」
 笑いを堪えながらの声は、意図せずとも戸惑いと焦りに震えているかの如くとなった。
 まず一羽、小鳥は戻って来た。
「ユストクス、愚か者を止めよ! すぐに行く!!」
 腹の底まで響く怒声を三度放ち、小鳥は魔石に似た姿に戻る。
「ローゼマイン。」
「大丈夫です、動けない程度にしています。わたくし、成長しましたでしょう?」
 呼びかけたフェルディナンドには柔らかな声で返すが、虹色の視線は床の男から動かさない。
「奉納したのが盾でしたら威圧せずに済みましたけど、ねぇ。」
 ねぇ、では無いのだが。
 フェルディナンドは短いが重いため息を吐いた。
 しかし起きた事を無かった事にも出来るが、起きた事を利用する方が確かに良い。
 そう判断し、起き得る状況に対しての算段を始めた。
「ローゼマイン、ボニファティウス様を誑せ。君の有能さを見せつけ、籠絡しろ。」
 魔王が囁きかける。
「わたくし悪女ですか!?」
 威圧を途切らせず、ローゼマインは声を上げた。
「逆だ。今の君らしく、姿勢を整え、微笑みには好意を表し、優雅に動けば良い。それでボニファティウス様は落ちる。」
「出来るでしょうか。」
 魔王はにやりと笑った。
「君が出来もしない事を要求した事が有ったか。」
 有りません、と答えたローゼマインは、ぐっと胸の前で拳を握った。

 怒声の主は、暴風となって言葉通りすぐに現れた。
「ジルヴェスターっ!!」
 あまりの声量と音圧に、ローゼマインは気を呑まれ、フェルディナンドの首元に顔を埋めて震え始めた。
「其方、一体何をしておるのだ!!」
「ボニファティウス、私は何も、しておらぬ、この娘が、この娘が、見知らぬ髪飾りを、着けていたので、よく見ようとしただけ、なのだ。」
 威圧が消えたとは言え、整わぬ息のままにジルヴェスターが異を唱え、ぶるぶると定まらない指をローゼマインに突き付ける。
 その示す先に向けた目に映るのは、フェルディナンドの腕の中で震える、外出するにはまだ小さい幼女。その身は豪華な貴族服に包まれ、しかし乱れた髪のまま、細い手でフェルディナンドに縋って居た。
「其方、灰色でも無い上にこの様に幼い娘御に何と言う非道を!! 見ればシャルロッテよりまだ幼いではないか!! 娘を持つ父親のする事かっ!!」
 連続で発せられる大声に、ローゼマインの身体が反応し、ほろほろと涙が零れ始める。
「いや、違う、違うのだ。」
「問答無用!!」
 振った手に出現した指揮棒に似るシュタープから流れる様に光の帯が走り、ジルヴェスターの口元から膝下までをぎっちりと締め上げる。足先と指先が暴れ始めたが、見る間にジルヴェスターは意識を失った。ボニファティウスはシュタープも光る帯も消し、両手両足を捕縛用の紐で縛り上げ、口には猿轡を噛ませと、慣れた手つきで海老反りに自領の領主である男を無力化した。
 そしてボニファティウスはローゼマインに近寄り、ただ呆然と涙を流す目を覗き込む。
「娘御よ、安心せい。この愚か者は私がしっかりと鍛え直しておく。しかし其方、なぜこの様な場所に居ったのだ?」
「ボニファティウス様、それについては私が。」
「何だフェルディナンド、其方も…この愚か者は弟の前であの所業に至ったのか!」
 至近距離から浴びた大声に、止まりかけた涙は流量を増やす。
「ボニファティウス様、ローゼマインが怯えます。先ずはお座り下さい。」
 フェルディナンドは小さな声で、大丈夫だ、お声もお身体も大きいが優しいお方なのだ、もう怖くは無いぞ、とローゼマインに言い聞かせながら、ハンカチで涙を拭い、背中を優しく叩く姿まで見せた。
「お、済まぬ、そうだな。」
 ボニファティウスは勧められた長椅子に座り、フェルディナンドも相向かいに着いてローゼマインを横に座らせた。
「して、この娘御は何故ここに居た? もしや其方の?」
「いえ、高位貴族である御両親に託されたのです。詳しい事情は彼女の安全の為、また、御両親との契約もありますので、申し上げられません。名はローゼマイン、来年の夏に洗礼式を迎えます。」
「ではまだ五歳か。」
 老騎士の青い瞳は暗さを帯びた。その幼さで見知らぬ男に狼藉を働かれたのだから。
 ユストクスが手早く茶を淹れ、三人の前に置いてから範囲指定型の盗聴防止の魔術具を起動させた。
「見ての通り、ローゼマインは年齢よりも小柄です。それは魔力量の多さに因る成長阻害であり、やむを得ず神殿の神具に魔力を逃す為に連れて来ておりました。」
 すらりと明解に、曖昧な事を真顔で述べて行く。
「そこへジルヴェスターが突然入室して参りました。洗礼前でもあり、ローゼマインの存在は秘すべき事でありますから、灰色達は外へ出していたのですが。」
 ボニファティウスはちらと青い帳を透かして乱入者を睨んだ。
「隠し切れる訳も無く、仕方無くローゼマインに挨拶をさせたところ、応えもせず、突然あの様な。」
 フェルディナンドも剣呑な視線を兄に送る。
 そこへ白い小鳥が飛来し、ユストクスの手に止まって、レーベレヒトの声で少女の身分と年齢を問うた。
「私が返そう。」
 ボニファティウスは返信に、高位貴族の娘であり、まだ五歳である事や、ジルヴェスターはとりあえず自分が連れて行く事を吹き込んだ。そして怒りに任せてシュタープを振り抜き、城に向けて飛ばした。
 フェルディナンドが茶に口をつけると、ボニファティウスもふんと荒い鼻息ひとつで怒りをおさめ、静かな仕草で茶を一口飲み、対面に座るローゼマインを見た。そしてその小ささ、細さ、そして受けた仕打ちに改めて慄いた。
「フェルディナンド、その、ローゼマインは大丈夫なのか?」
 問いかけると、幼い顔は庇護者を見上げ、ゆらりと小首を傾げた。
「ご挨拶をしたいのだな。」
「はい、わたくしの様な者からでも、受けて下さるでしょうか。」
 晴れた日の、小鳥の囀りよりも軽やかな声。柔らかくゆったりした動き。何より、純粋な微笑み。
 ボニファティウスは「愛らしい」と言う言葉の意味を初めて理解した。
「お尋ねしてみなさい。」
 はいと答えた幼児が視線を合わせてくる。
「ボニファティウス様、ご挨拶をしてもよろしいでしょうか。」
 その金の輝きに宿る毅さに見とれ、一瞬、間が空いた。
「受けよう。」
 するとフェルディナンドが両手でふわりと下ろしてやる。それはまるで、籠に盛ったプラーレを、熟して女性の指先でも潰れてしまうプラーレを取り上げる様な動きだった。
 軽いのだ、とボニファティウスは思って衝撃を受けた。幼くとも骨太で、体格も良かった息子や孫達とは違う、と。
 膝丈のスカートから覗く足も細く、足首までの間に筋肉らしきものは見えない。騎士団長を務める長男が五歳の時分にはもう、脛にしっかりと筋肉の盛り上がりが有ったと思い出す。
 頬に掛かる髪を耳に掛けた手首は、己の指二本分ほどしか無い。年長の孫息子が同じ年齢の時には、がっしりした骨格の周りに腱が感じられ、祖父は先を、成長を喜んだ。
 今、瞼の向こうに隠されている瞳は確かに騎士の毅さを持つ。魔力量も多い様だ。
 惜しいとボニファティウスは思う。身体強化に長けても持久力が持たないだろう、指揮官としたところで腕力の無い者に従う騎士は居ない、と。
 長椅子から立ち上がれば、ローゼマインはその前に進み出て、きっぱりと微笑んでから跪く。決して素早くは無いが、それこそゆったりした水の流れの如き優美な所作で、余裕と自信が伺える。
「未だ洗礼前の身ですが、水の女神 フリュートレーネの清らかなる流れに導かれし良き出会いに、祝福を祈る事をお許し下さいませ。」
「うむ、許す。」
「水の女神 フリュートレーネよ、新たな出会いに祝福を。」
 ローゼマインの指輪からふわりと光の玉が拡散し、老騎士の巨体に降り注ぐ。
「訳あって父の名は明かせませんが、ローゼマインと申します。どうぞよろしくお引き立て下さいませ。」
 向けられた気概を感じさせる微笑に、ボニファティウスは厳つい顔で自分が前領主の兄であり、フェルディナンドの伯父にあたる事を告げた。
「それにしても完璧な挨拶だった。」
 これは褒めてやらねばならん、上の息子も孫達も高く放り上げてやると大喜びしていたな、とボニファティウスは頷く。
「勿体無いお言葉を有難う存じます。」
 微笑む娘に向け、どれ、と一歩を踏み出したボニファティウスの肩を、ユストクスが鷲掴みにした。
「側仕えの身で失礼は重々承知しておりますが、お待ち下さいボニファティウス様。姫様は大変お可愛らしく、繊細なお方なのです。エックハルト達の様になされては怖がられますよ?」
 ユストクスの指は、あろう事かボニファティウスの筋肉にめり込んでいる。
「其方、急所の掴み方が正確だな。」
「お褒めに預かり恐悦至極で御座います。」
 ローゼマインは放り上げられずに済んだ。

— End —

Comments 85

えっこ9 个月前
Sticker
R
rkira1 年前

身分と年齢を聞いて…買って処分❓😳

M
moco1 年前
Sticker
I
ikira1 年前

『誑かせ』って…悪幼女が爆誕😆

はにゃ1 年前

流石まあさん様✨いっそ清々しい程のクズジル様でした👏お仕置きが楽しみ🎵

こまり1 年前

はぁ…追いついてしまいました。こんなに面白いならもっと貯めておけば良かった←続きが読みたい病重篤患者(笑) ボニ爺を抑え込めるユッスーが素敵!✨ 可愛い養女(予定)に陥落したボニ爺が今後も笑いネタを振り撒いたり、ジルが生き残れるか芋づるでヴェロごとポイされるか、先が楽しみです!

まおむ1 年前
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すず1 年前
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小夜1 年前

ヴィルが大きくなってアウブになってたらこんな感じになっていたのでは?と思うような姿。ジルフロの悪い処を圧縮したような人だもの。有り得そうな行動で本当に笑えない。

フラグ1 年前
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S
sesu1 年前

さすがユストクス、危機回避 この後どうなるか楽しみです

ねむり ねこ(mii2020)1 年前

ホッ・・・放り上げられず済んでよかった♪ それにしても、ジルさまーーーーーーっ! これは怒られても仕方ありませんね😳 これからどうなるのでしょう、ワクワクドキドキです💕

Sakuria
Where every work blooms
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