ジャヌ・コインを捕らえる依頼から始まったナル・ハッタでの一件は、それなりの傷跡を残した。ディンはキャビンの修理の見積書を眺めながら、溜め息を吐く。
定住地を構えてそれなりに時が経ち、ネヴァロ・シティは彼ら──ディン・ジャリンとその息子、グローグーの故郷となった。広い宇宙を飛び回る生き方を選んで来た戦士にとって、この街は翼を休める止まり木のような場所だ。それが一夜にして失われたとなれば、いくら孤高の賞金稼ぎと謳われたマンダロリアンと言えども平静ではいられない。安息と平穏が詰まった家の天井にぽっかりと穴が開き、家具が無惨に転がった光景。それを静かに見つめる、緑色の小さな子どもの背中はディンに在りし日の痛みを思い出させた。
しかし子供の心の切り替えは早いもので、建設ドロイドがせっせと駆動音を立てて働くさまに興味が移ったのか、「んぃ、ぷゎ」と短く鳴きながら走り出した。その様子を少し離れた場所から見守っていたディンの傍らに、申し訳なさそうな顔を浮かべたカルガがやってきた。
「お前が帰ってくるまでには直せると思ったんだが……貿易船の遅延で材料が中々入って来なくてな。住めるようになるまではもう少しかかりそうだ。悪いな」
「いや、レイザークレストが無事なら問題はない。俺がいない間、格納してくれていたんだろう」
「あの時は驚いたよ。アンゼランとグローグーが真夜中にすっ飛んで来てなあ。聞けばお前が別の賞金稼ぎに攫われたって言うもんだから、そこからはもう大騒ぎで……」
小さな体の戦士は、父が敵に攫われたことをいち早くカルガに伝え、そしてナル・ハッタに飛び立った。整備の途中だったレイザークレストを放置する訳にもいかず、監視の目が届く場所に移して、新共和国に通信を入れて……と夜明け前から奔走していたらいつの間にかグローグー達がいなくなっていてまた大騒ぎ、ということがあったとカルガがディンに語った。まるで孫息子の成長を喜ぶように。五十歳を過ぎているといえども、長命種であることを考えればグローグーはまだまだ子供だ。しかし父親が目の前で攫われても狼狽えることなく、周りを頼り、自分の意思で父親を助けに走り出した。ほんの少し前までは、怖いことがあると耳を垂らして固まっていたというのに。
「グローグー達に感謝するんだな。場所が場所だ、初動が悪ければ新共和国の援軍は間に合わなかった」
ディンはその言葉に無言で頷く。あの雨の夜にグローグーと引き離されてから、一つでも歯車が狂っていたらディンは此処に立っていない。彼の選択と強い意志が、命を繋いでいる。
「……あの子を見ていると、子どもの成長はこんなに早いものかと実感する」
掟によって素顔を晒さない男だが、カルガには今のディンがヘルメットの下でどんな表情をしているのか、想像に難く無い。子を想う父の顔は銀河共通、たとえ種族が違くとも同じだ。
「寂しいか」
「違う……とも言いがたい。だがそれ以上に――気掛かりがある」
ドロイドを追いかける幼気な足取りを見つめる。あの一件から、グローグーはぐんと成長した。菓子をねだったり、売り物に勝手に手をつけるのは変わらないが、心持ちが一段と変化したように思える。一人寝の練習でぐずることも、修行に飽きて投げ出すことも少なくなった。
子どもは大人が思うよりもずっと多くのことを、内側で様々なことを考え、それが刺激となり育っていく。だが今のグローグーは果たして健全な成長と言えるのか、ディンには判断が付かなかった。
「戦士として逞しく成長するのは喜ばしいことだ。しかしあの子の一生はとても長い。俺たちよりもずっと。だから側にいられる内は、子供らしくいる時間も必要だとは思わないか?」
「思わないかって言われてもなあ……あの子の父親はお前さんだろうよ。お前がそう思うなら、それらしくいられるようにすれば良いんじゃないか?俺にできるのはせいぜい、近所のあしながおじさんをするくらいだ」
歯切れの悪いディンの背を軽く叩いて、カルガは懐からカードキーのようなものを取り、差し出した。
「これは?」
「お前たちの仮住まい用の鍵だ。少し古臭いかもしれんが、前の家に間取りが似ている。修行中ならレイザークレストの狭っちい寝床で充分だろうが、ここには休息で立ち寄ったんだろう?それに、たまには柔らかいベッドで休む方が子どももデカく育つ」
「……ありがとう」
「気にするな。お前たち親子には返しきれない恩があるからな」
カルガはそういうと、グローグーの側まで歩いて腰を落として小さな頭を撫でて、スピーダーに乗って仕事へ戻っていた。
仮住まいとして用意されたキャビンは、ディン達が住んでいた場所からさほど遠くない場所にあった。人が住まなくなったであろう場所を、急いである程度の生活が出来るように整えた痕跡が感じられ、ディンはカルガへの感謝を募らせる。扉を開けてみると、言われた通り以前の家によく似た間取りだった。窓の位置や寝室の場所、キッチンの設備も記憶にあったものと同じようだ。だからだろうか、グローグーは警戒する様子も見せずぱたぱたと足音を立てて奥の部屋へと進んでいった。迷うことなく進んだ場所にあったのは寝室だ。白いシーツによじ登ろうとする体を、後ろから追いかけていたディンは両手で掬い上げた。
「跳ねたくなるのは分かるが、シャワーを浴びてからだ」
「へぅ」
「綺麗にしたらいくらでも飛んでいいぞ」
「ぱ!」
不機嫌を主張していた耳がぴんと上を向く。グローグーはディンの腕から飛び降りると、埃が立つ勢いでシャワールームへ向かった。
背丈の都合上グローグーはまだ一人でシャワーが使えない。それ故にディンがグローグーを洗って拭いてやってから、教義の都合で顔を見られてはならないディンがシャワーを浴びるというのが二人で暮らすうちに出来た流れだ。いつものようにタオルで小さな体を拭いていると、ふと耳が普段よりも赤くなっていることに気がついた。
「湯当たりでもしたか……グローグー、気分は悪くないか」
「んきゃ、?……きゅわ、わ!」
「ああ、わかったわかった。何ともないならいいんだ。だがあまりはしゃぎ過ぎるなよ」
ディンの言うことを聞いているのかいないのか、とにかくグローグーの意識はベッドのスプリングに向かっていて、服を着せた途端にきゃあ〜!と高い声を出しながら寝室に消えていった。
それから十分もしないうちにディンがシャワールームから出ると、グローグーは未だにふすふすと鼻息を荒くしながらベッドを転がったり、飛び跳ね回っていた。何がそんなに楽しいのかは分からないが、機嫌が悪いよりはずっと良い。
「気に入ったか」
「ぷゎ!」
小さな体がぽん、ぽんと沈み、また浮かぶ。その様子を見ているうちに、ディンの中で張り詰めていたものがふと緩んだ。
帰ってきた。二人でまた、同じ場所へ。
そう思った瞬間、急に体が重くなった。これから夕飯の用意をして、アーマーの手入れもしなければならない。だが温まった体と、ベッドから伝わる小さな揺れがディンの意識を深い場所へと誘い込む。グローグーには悪いが、ほんの少しだけだからと言い訳を心の中で唱えて、心地の良い眠りへ意識を手放した。
温かい。
眠りと現実の境目で、ふと感じた。
左胸の辺りから、じんわりと熱が広がる感覚。痛みとは違う。焚き火のそばにいるような、穏やかなぬくもり。
重たくなった瞼を開けると、そこにいたのはグローグーだった。ぎゅっと顔に皺を寄せて、小さな手をディンに当てている。かつて、傷があった場所に。力んでいるからなのか、真剣そうに伏せられた耳は赤いままだった。
「グローグー」
呼びかけると、子どもはびくりと肩を震わせた。起きたばかりの声だからか常よりも低く響く。
「ぷわ、ゎ」
それに叱られると思ったのか、グローグーは慌てて手を引っ込めた。そのいじらしさに、ディンはすぐさまその誤解を解いてやりたくて「違うんだ!」と言いながらがばりと体を起こす。
「違う、怒っているわけじゃない。ちゃんと説明させてほしい」
縮こまる小さな子供を抱き寄せた。グローグーはじっとディンを見上げている。大きな黒い瞳は、不安の色を濃く映していた。
「俺はただ眠っていただけだ。怪我をしているわけでもないし、病気でもない。怪我は、お前がしっかり治してくれただろう」
三つの指を包み込むようにして、ディンはグローグーの手を握った。
「もう痛くないし、苦しくない。だからその力を使う必要はないんだ。わかったか?」
視線が胸元へ落ちる。噛みつかれて破けた穴も塞いだ今、服の下には無傷の肌があるだけだ。シャワールームでも鏡で確認したが、傷跡も残らないくらいに綺麗にくっついていた。グローグーは耳を下に下げたまま、こくりと縦に首を振った。通じたかとディンが肩の力を抜くと、腕の中からか細い鳴き声のような音が長く響いた。グローグーの腹の虫の悲鳴だ。
「待たせて悪かったな。飯にしよう」
ぽん、と背中を叩くと不安を滲ませていた眼差しが、安心したように細められた。
夕飯を食べ、アーマーと武器の手入れを終えた頃にはすっかり日付けが変わる寸前になっていた。寝室へ向かうと、グローグーはすでにいつものポットの中で毛布に包まって眠っていた。ぷふぅ、と唾液を持て余したような如何にも幼児らしい吐息の繰り返しに、思わず頬が緩む。最近は成長に伴って、夜に起きている時間も出会った頃に比べて長くなっていたが、力を使った影響なのか今日は随分と早いうちから静かになっていた。ポットの淵に手を掛けて、小さな顔を覗き込む。呼吸は規則正しく、顔色も悪くない。それでもなんとなく気になって額に触れようとしたが、ディンは手を戻した。せっかく気持ちよく眠っているのに、自分の安心を得る為に起こすのは忍びない。
「おやすみ、グローグー」
小さな声でそれだけ告げると、ディンもベッドに横になる。それから三十分もしないうちに、意識は緩やかに沈んでいった。
目を開けると、暗闇の中に立っていた。周りには何もない、真っ黒な世界が延々と続く場所。此処には居たくないと強く思って歩き出すと、何かに足を取られて転んでしまう。振り返ると、そこには人の姿があった。眠っているのかと肩を揺するとまるで電源の切れたドロイドのように、ごとりと首がおかしな方向へ落ちる。目と口は苦痛によって開かれていた。肉の焼けた臭いが鼻をつく。慌てて後ずさると、足に何かがぶつかった。
また人だった。
また。
そのまた向こうにも。
暗闇の地面は、いつのまにか人だったもので埋め尽くされていた。
頭を撫でてくれた手。
訓練場で見かけた背中。
内緒だと言いながら抱き上げてくれた腕。
その全部はもう、動かない。冷たい。
音もない世界なのに、頭の中には鮮明に悲鳴がこだまする。
苦しい。痛い。やめて。助けて。誰か――おかあさん、おとうさん。
無数の声と痛みが流れ込む。まるで嵐に荒れる海のような感情の濁流に息が詰まる。耳を塞いでも声は消えず、目を閉じても赤い閃光が瞬く。どこへ逃げるべきかも分からないのに、頭の中に響く「逃げろ」という声に従ってただ走り出す。
何度も転びながら走って、走って、走って。苦しくなって
見上げた先にぴかぴかと光る銀色があった。それは大好きで、安心する色だったから、無我夢中で飛び付く。「大丈夫か?」と頭の上から優しい声が降ってくるのを待っていた。しかしどれだけ待てども、何も言ってはくれない。
揺らしても、叩いても。何も言わない。
なんで。
どうして。
起きてよ。
――おとうさん。
「グローグー!」
ディンの焦りを孕んだ声に、グローグーははっと目を覚ました。全力で走った時のように、ひ、ひ、と肩で息をしている。
「随分と魘されていた。大丈夫か」
ポットから抱き上げても体は強張ったままだった。ディンの腕の中にあるというのに、力が抜けない。
「グローグー」
呼びかけても反応がない。まだ夢と現の狭間に意識があるのか、焦点の合わない大きな瞳が宙を泳ぎ、何度も瞬きを繰り返す。荒い呼吸の合間に、今にも泣きそうな声が混じっていた。するとディンの親指を掴むグローグーの手が震える。フォースを使おうとしているのはすぐに分かった。
「やめろグローグー。今のお前は普通じゃない。無理に力を使おうとするな」
寝起きでうまく使えないのか、苦しそうに唸りながら小さな手を彷徨わせる。こんなグローグーを見るのは初めてだった。とにかく落ち着かせようと、うろうろと動く両手を掌で包む。
「大丈夫だ。グローグー、大丈夫……」
背中を軽く叩きながら、大丈夫だと繰り返す。徐々に落ち着いてきたのか体の緊張は解けてきた。ベッドの端に座らせて、汗ばんだ額を拭ってやろうとタオルに手を伸ばしたその時。グローグーの体がぎくりと強張って、苦しそうな呻きと共に胃の中身を吐き出した。夕飯に食べたものが消化されずに残っていたのか、胃液と共にびちゃびちゃと床へ落ちる。その様子にディンは呆然としてしたが、グローグーが頭からぐらりと崩れそうになって慌てて支えた。
「グローグー!」
抱きとめた体は普段よりもずっと重たい。自分で体を支える力が入っていないからだ。ディンは投げ捨てるように手袋を外すと、グローグーの汗ばんだ額に手を当てた。その瞬間、息を呑む。
「……熱い」
いつもの体温からはかけ離れていた。耳や頬も、腫れたように赤い。肩を動かして短く呼吸を繰り返す姿に、どうしてもっと早く気付いてやれなかったのかと、眩暈がするほどの後悔が押し寄せる。しかし至らなさに打ちひしがれる暇はなかった。ディンはグローグーを毛布で包むと、そのまま抱き上げる。
「すぐ医者のところへ連れていってやる」
返事はない。半ば意識を失っているのか、身じろぎをしてふうふうと細かな吐息をこぼすだけだった。静まり返った家の中で、ブーツが床を蹴る音だけが鮮明に響く。
外へ飛び出した瞬間、夜気が頬を打った。平原を生きる獣も眠りについた静寂の夜とは反対に、ディンの胸中は嵐のようだった。スピーダーバイクに跨がり、片腕でグローグーを抱え直す。
「……大丈夫、大丈夫だからな」
エンジンが唸る。次の瞬間、スピーダーは瞬く間に夜の平野を駆け抜けた。
カルガのいる屋敷へ着いた頃には、ディンの心臓は嫌な音を立てていた。今まで何度も命の危機に遭ったことはあるが、それを遥かに凌駕する焦燥感が全身を支配する。門番のドロイドを振り切るようにして強引に中へ入った。
「カルガ!」
夜を切り裂くような声だった。屋敷の明かりが次々と点いて、やがて目の前のドアが開く。眠たそうな顔をしていたが、毛布に包まれたグローグーを見るなり表情を変えた。
「どうした?」
「熱がある。夕飯も吐き戻して、反応が鈍い」
「すぐ医者を呼ぼう。この時間だと来るのは医療用ドロイドになるが……」
「この子が楽になるなら何でも良い、頼む」
とは言ったものの、医療用ドロイドの淡々とした合成音声が告げる診断にディンはあからさまな苛立ちを見せた。
「ウイルス感染、細菌感染、共に反応なし。体温は高いですが、生命活動維持に危険はありません」
「なら何故この状態なんだ」
壊さんばかりの勢いに、カルガがディンの肩を抑える。ドロイドはただ、システム通り投げかけられた質問に答えた。
「著しい疲労状態。精神負荷による自律機能の乱れが考えられます」
「疲労だと?」
寝かされたグローグーを見る。未だ呼吸は浅く、額には玉のような汗が浮かび、耳も力無く垂れている。少し前には体を震わせて吐き戻していた。それなのに。
「本当に原因はそれだけなのか。こんなに苦しんでいるのに」
「原因となる症状と苦痛の程度は必ずしも一致しません」
無機質な回答だった。ディンはヘルメットの下で奥歯を噛み締める。
敵がいるなら撃てば良い。
傷なら塞げば良い。
だが今は、何と戦えばいいのか分からなかった。
打ちひしがれるディンに、今まで隣で見守っていたカルガが背中を叩いた。
「お前を守るために、グローグーは一人で頑張ったんだろう?二人で一緒に家に帰れて、きっと気が抜けたのさ。子供ってのはよく夜に熱を出すもんなんだ。翌日には元気になって遊んでるよ」
「心因性発熱は繰り返す可能性があります」
「せっかくいい感じに纏めようとしたのに余計なこというんじゃない!あーその、マンドー。困ったらいつでも来い。何なら此処の部屋を貸そうか」
「……いや、家に戻る。夜遅くに済まなかった」
「充分な休息と水分補給を行ってください。症状が悪化するようであれば再度診察を推奨します」
やはりドロイドという存在は、どれだけ技術が発達しても人の心の機微を正確に図ることは不得手らしい。
夜明け前の静かな道をスピーダーで戻りながら、ディンはグローグーを抱く腕に少しだけ力を込める。この小さな子供を脅かすものは、何であろうと振り払う覚悟があったし、実際にそうしてきた。しかし今は、グローグーの心を蝕むものを前に、ただ己の無力だと歯噛みするだけだ。この子はまだ人の言葉を喋らない。辛いことも、苦しいことも、言葉で誰かに伝えることが出来ない。ディンは今ほど、グローグーと同じ力――フォースが自分にも使えたらと願わずにはいられなかった。
グローグーをベッドへ寝かせると、ようやく少しだけ呼吸が落ち着いたように見えた。ぼんやりと薄く目を開いて、ディンの姿を追っている。
「寒くないか?苦しくないか?」
グローグーはその問いかけに、ゆっくりだが頷いた。声は聞こえないが、反応を見せてくれるだけで安堵の息が漏れる。
「汚したものを片付けて来る。眠ければそのまま寝て良い」
そういうとディンはグローグーの頭を優しく撫でて、床を拭いたタオルを持って寝室を後にした。
普段子どもが寝ている時には感じたことのない静寂が鼓膜を刺激する。音のない音を消すように、ディンは洗面台の蛇口を勢いよく捻った。タオルに染みついた吐瀉物を洗い流しながら、先ほどの医療用ドロイドの診断を思い返す。
疲労と精神負荷。子どもを蝕むものとしては重く、似つかわしくないものだ。ナル・ハッタでの出来事が負担になったのか、それとも何か別の理由があるのか。夢を見て魘されているのは分かるが、その内容までは知ることが出来ない。そもそもグローグーは、純粋に子どもらしい子どもとも呼べない存在だ。戦地での聞き分けは良いし、危険と分かれば自らを守る判断が出来る。それは戦士としては申し分ない動きだが、庇護されるべき子どもらしさはない。
――道を失い、独りぼっち。
ふと、カロダンで出逢った戦士の言葉が過ぎる。あの子は、どれほどの夜をたった一人で越えてきたのだろう。何十年もの孤独と心の傷が、声を奪っているのだとしたら。
がしゃん、と何か金属の擦れるような音がして、ディンははっと顔を上げた。寝室から響いた音だ。
「グローグー!」
半ば反射的に名前を呼びながら、急いで寝室に戻る。ベッドの上に、小さな体が包まっていた毛布の抜け殻だけがあった。まさか攫われた――否、人の気配は感じなかった。家の中に居るはずだ。ベッドの隙間、部屋の隅、扉の向こう。忙しなく視線を走らせたその時だった。ひ、ひ、と小さな吐息が聞こえてくる。寝室に備え付けられた、クローゼットの扉の中から。扉を開けると、そこにグローグーはいた。端に寄って、小さな体をより小さく丸まらせてぎゅっと目を閉じている。まるで、恐ろしいものから身を隠すように。
ディンは息を呑んだ。
呼びかけようとして、声が出ない。
こんな風に怯える姿ははじめて見たはずなのに、知っている気がした。この子どもは自分だ。戦争によって何もかも蹂躙され、ただ声を潜めて隠れるしかなかった、幼い頃の自分だ。沢山の人が死に、住む場所も無くなった。息を殺して、ただ兵器が地を鳴らす音に怯え、時間が過ぎるのを待っていた。そして手を差し伸べられて、孤児として迎えられ、マンダロリアンとなった。
この子は、グローグーはどうだったのだろう。
ジェダイ聖堂から逃げ延びたあと、この子に差し伸べられた手はあったのか。
泣いていい。
大丈夫。
そういって抱き締めてくれる存在はいたのだろうか。
その答えは今、目の前にある。
ディンはクローゼットの前に膝をついて、「グローグー」と静かに名前を呼んだ。
「グローグー、お前は……お前は、本当にすごいよ。よく頑張った。今まで、ずっと一人で……」
震えているのは、寒いからじゃない。口を開けば漏れてしまう悲鳴を、ぐっと堪えて押し殺しているからだ。弱っている時には身を隠すのも、誰かに教えられたわけじゃない。そうしないと殺されてしまうからだ。
そんな風に何十年もたった一人で、声を殺して生きてきた。
「でも、ここには俺がいる。お前が戦士として、俺を守ってくれたからだ」
目頭が熱くなる。紡ぐ言葉に情けなく吐息が混じる。子に救われたばかりの親は少し、不甲斐なく映るかもしれない。それでも、この子の為に生きると決めた。
「今度は俺が、お前を守る。戦士として、父として。だから――だからもう、泣いていいんだ」
クローゼットの奥から、小さな手が伸びる。「おいで」と言うと同時に、どん、とディンの胸に飛び込んできた。あたたかな体を強く抱きしめる。
その夜はじめて、グローグーは声を上げて泣いた。
涙を流して、顔を真っ赤にする姿はまるで、赤子が産声をあげているようだった。
























