Novel2 days ago · 3.4k chars · 1 pages

蜂蜜入りのホットミルク

もくじつもくじつ

グローグーが喉風邪を引いて病院へ行ったりするお話です。 注!:全編にわたって体調不良描写があります。

「最近、子供らの間で妙な風邪が流行ってる。あの子を学校に預けるのはしばらくよしたほうがいい」

 ディン・ジャリンがそう教えられたのは日帰り仕事を無事に終え、グローグーを学校から引き取った帰り道のことだった。特段変わった様子もなく夕食を平らげたグローグーが、こん、と乾いた咳をひとつしたのはその日の夜のことである。

 同じように咳をする子供を連れた親で一杯の病院で、「数日でよくなりますよ。種族データも無いし、小さいし、お薬出すのは一旦様子見で」と、医師にそう言われ帰路についたのは翌日の朝だった。

 自身が咳をしようが血を吐こうが気にはしないが、子供の咳の音というのはどうしてこうも親を不安にさせるのか。こほ、ごほ、こん、と小さな体を丸めて咳き込むグローグーの背を撫でながら、ディンはまんじりともせずに夜を過ごしていた。昼間はたまに咳をこぼしつつも元気に遊び回っていたのだが、日が暮れるにつれ段々と咳がひどくなっているようだった。
 けふ、とグローグーは小さい手で胸の辺りをさすりながら顔を上げた。ようやく咳の発作が収まった隙を逃さず、水を差し出す。

「急いで飲むとむせる。ゆっくり、少しずつ飲むんだ」

 水を一口飲み込んだグローグーが大きな目を更に丸くしてディンを見上げた。水には少量蜂蜜を溶かし込んであった。鎮咳効果があると聞いて病院帰りに買い込んだものだが、気に入ったらしい。

「ほら、そう一気に飲むな。また作るから」
「んぅ」

 盛大にコップを傾ける子供を制しながら、そう伝える。
 蜂蜜水の効果があったのか、それからグローグーの咳は少し落ち着いた。眠るグローグーの横でディンもようやく体を横にした。

 一日経ち、二日経ち、それでもグローグーの喉風邪はよくならない。よくならないどころか、悪くなっているようだった。
 ディンはグローグーを膝の上に乗せ、自分の体に寄りかからせていた。ベッドで横になっていると咳が出たとき返って辛い様子で、最近はずっとこの体勢で過ごしていた。ディンに寄りかかり咳の合間にまどろんでいたグローグーが、唐突に背を丸め小さな手で自分の口を押さえつけた。一度咳き込み出すと止まらず、苦しいのをグローグー自身もわかっているのだ。
 咳を押し殺す隙間から、きゅう、と悲鳴のような音が漏れる。
 そうまでしても咳を留めることはできず、咳き込みだした子供をディンは抱きかかえた。ディンの肩口に小さい頭を乗せ、咳の度に強ばる背を何度も何度もなでた。

「大丈夫、大丈夫だ……」

 何がどう大丈夫なのかディンにすらわからなかったが、呪文のようにそう唱え続けた。肩にしがみついたままグローグーが疲れ切って眠ったことに気づいても、ディンの手はまだ子供の背中をなでていた。
 左手はグローグーを抱いたまま、右手で水を引き寄せる。知らぬ間に口はカラカラに乾いていた。

 窓辺から差し込む夕陽が、部屋を恐ろしく赤く染め上げている。
 ディン・ジャリンはこれまで無数の荒事に関わってきたが、これほどに自分が無力だと感じたことはない。子供の病気とは!
 どこか寄る辺の無い心地で、ディンは壁に背を預ける。スープを温め直したほうがいい。喉の痛みで固形物を取れないグローグーに作ったもので、起きたら欲しがるかもしれない。そう考えながらも、ようやく短い眠りについた子供を起こしやしないかと動けずにいた。

 その時、ディンは聞くともなしに聞いていたグローグーの寝息が妙な音を立てていることに気づいた。グローグーが息を吐くとき、聞いたことのない甲高い音がするのだ。
 ひゅうひゅうと音を立てるそれがまるで笛の音のようで、つまりそれは細くなった通り道を空気が無理に通っているということで――

 気づいたときにはグローグーは清潔な白いベッドの上、やたらに煙の出る酸素マスクを付けて横たわっていた。ディンはスピーダーをかっ飛ばして病院に飛び込み、処置中は外に出ろというナースドロイドをどうにかして――どうしたんだったか?――こうして子供の手を握っている。
 気管支の拡張剤を使いあの甲高い呼吸音は消えていた。喉の炎症が酷く、腫れて子供の細い気管は塞がりかけていたのだ。
 医療機器の音ばかりうるさく、今度はグローグーの寝息が静かすぎて心配になるが、小さな胸は確かに上下していた。その動きを見つめているだけで随分と時間が過ぎたらしく、ふと気づくと病室の窓から朝日が差し込んでいた。

 真っ白なシーツにも光が差し、子供はむずかるように小さく身動ぎ、眩しいと訴えるように瞼を擦った。二三度震えた瞼がぱちりと開き、大きな瞳がまっすぐにディンを見る。

「だ、んぅ」
「……グローグー」

 父親を確かめるように、きゅ、と指を掴まれる。握り返してやろうと手を動かすが、手はひどく強ばっていた。一晩中子供の手を握っていたのだから当然だ。

「苦しくはないか」
「ん、ん」
「ああ、まだマスクを外すな。治療中だ」
「ぶぶぶ」
「ぶぶぶじゃない」

 そう言いながらも、久しぶりに聞く喃語にディンは喉に詰まっていた小石が溶けるような心地だった。
 マスクの位置を直していると、グローグーはしきりに口元を叩く。

「どうした」
「ぴぅ」
「――ああ、蜂蜜水か」
「んぅ!」
「ああ、いいよ。家に帰ったらな」

 その日の夕方、大分咳が治まったグローグーを抱いて、ナースドロイドに遠巻きにされながらディンは病院を出た。昨夜暴走寸前のスピードでネヴァロを滑走し病院へ突っ込んだ上、布でぐるぐるに巻かれたいかにもまだ病みついている風情の子供を抱いたディンは、それなりに目立つ。
 通りすがりの市場で蜂蜜やブルーミルク、果物と子供が好きそうな物を押しつけられ、支払いは後でいいからさっさと帰って子供を寝かせてやれと追い返された。

 家に辿り着くと荷物を投げ出し、グローグーごと寝床に転がる。
 疲れた。
 子供には到底見せられない姿だが、今日ばかりは許してもらいたい。
 寝転んだまま、外気に当てないようにとグローグーを巻いていた毛布を外してやり、ふわりと掛け直す。帰り道で眠り始めた子供はまだ眠りの中、起こさないようそっと大きな耳を撫でつける。子供の安らかな呼吸音を聞いているうち、ディンは耐え難い眠気を感じて目を閉じた。

「んぱ、ぅんー……ん、けふ、こほっ」

 グローグーの声を聞いてディンは跳ね起きた。置いたままの荷物を漁ったのか、床に座り込んで蜂蜜の瓶を開けようと格闘している。

「グローグー!」

 冷えたのか力んだせいか、案の定咳き込み始めた子供を慌てて寝床へ戻し毛布を巻き付ける。幸いにしてけふん、と一息ついて咳は止まった。

「自分で作ろうとしたのか?」
「ん、ん」
「いや、悪かった。無理して喋るな」

 片手鍋にブルーミルクを入れ火にかける。温まったところで多めに蜂蜜を加え煮溶かす。甘い香りが立ち、カップに入れてやればグローグーの目がきらきらと輝いた。
 普段は寝床で物を食わないよう言いつけているのだが、これもまた今日くらいはいいだろう。
 毛布に埋もれたままホットミルクを啜る子供を見ていると、何か言いたげな瞳が見上げてくる。

「どうした」

 カップを差し出される。

「……俺も飲めってことか」
「んぅ」

 正解らしい。もう一つのカップに甘くしたミルクを注ぎ、子供の隣へ腰を降ろす。少しヘルメットをずらしてカップに口を付けると、それを待っていたようにグローグーもカップを傾ける。

「きゃぁ!」
「甘いな」
「ぱぅ」

 子供の目がしあわせそうに細められる。ホットミルクで腹がくちくなったのか、またうとうとと頭がぐらつきだした子供からカップを取り上げ、横にさせた。
 短い指がディンの手袋をつかむ。今度はすぐ分かった。
 マンダロリアンとグローグーが並ぶとかなり一杯一杯なベッドの上、風邪引きの子供を胸に抱いてディン・ジャリンは祈った。

 この夜はグローグーの咳が出ないよう、苦しくなく眠れるように。
 ディンは祈ることがずいぶん増えた。それはただただ切実で、現実的で、それでいて幸福と背中合わせで、つまりそれを人は愛と名付けるのかもしれない。

 グローグーは静かに眠っていた。
 少なくとも今夜、父親の祈りは聞き届けられるようだった。

— End —

Comments 3

E
endo8 小时前
Sticker
M
myyy15 小时前
Sticker
水月2 天前
Sticker
Sakuria
Where every work blooms
Click anywhere to skip