水底から浮上するような柔らかな感覚。はふ、と乾いた唇から零れた吐息は心なしか熱を持っている。
気だるい体を起こして、じんわりと下腹部が熱を持っていることに気付き眉を寄せた。ああ、と音になることも叶わぬ声が喉から漏れて、絶望に委ねるまま柔らかな褥へと身を沈める。
………どうか、どうか、兄上が気がつきませんように。
ちらり、と縋るように視線をやった先には、かつてジョンがその手で霊核を貫いた男が残していった鎧が、深い闇色を宿したまま鈍く輝いている。
知られてしまえば、きっとろくなことにならない。それに兄を失望させてしまう。
顔を埋めたふかふかの枕には目元に滲んだ涙のせいで小さな染みが出来ていた。けれど、どうせ兄は知ることもないのだ。いずれ乾いて消えてしまう、この涙の痕も。
…………そして、ジョンが胸にしまい込んだ、ささやかな願いさえも。
*****
「ジョン!」
しまった、と思った時には既に遅い。瞬く間にジョンの背後に現れた兄は、慣れた手付きでジョンの腰へと手を回す。つつ、と指先で尾てい骨付近をなぞられ、堪らず、ひ、と小さな悲鳴が漏れた。
「兄上!このような往来の場で何を考えていらっしゃるのですか!?」
「なあに、可愛い弟が見えたものでな。当世風に言うのであれば、すきんしっぷ、と言うやつだ!」
溌剌と声を上げて笑う兄に、ああ、この人はそうだったと、諦め半分に溜め息をつく。今は兄と距離を置きたい時期でもあり、このような邂逅は出来れば避けたかった。
理由はある。あまり大っぴらに話すことではないだけで。
「なあ、ジョン」
「なんで、す、……ッ!?」
いつもは果敢に剣を振るう手が、さらりとジョンの髪を一束すくいとる。慈しむように口付けられて、ジョンの中の本能は、体の持ち主であるジョンの意思に反して歓喜に震えた。
ぴたりと体を密着させられて、至近距離で感じる兄の匂いに、吐息に、鼓動が増して、はくはく、と呼吸も自然と早くなっていく。
この空気は些か良くない。呑まれる前に、ジョンに触れるその手を払おうとすれば、先を読んだ兄が逆にジョンの手を簡単に捕らえてしまった。
「……そろそろか?」
「ッ!!?」
耳元で囁かれた情欲を孕んだ声。鼓膜から脳へと直接響くようなそれに、今朝から熱を孕んで鬱陶しい下腹部が、ずくり、と重みを増したような気がした。
くちゅ、と耳朶を食まれ、舌先が肌を伝う。最後に牙を立てられたたのは、首元を覆う衣服に隠されたうなじ。そこには、ジョンが兄のものである証があった。
「っ、このッ……!」
もうこうなったら拳の一発でもいれてやらねばならないのでは。ジョンのひ弱な拳など、兄には痛くも痒くもなかろうが。渾身の力を振り絞って兄の拘束から逃れようと踠けば、案外、簡単に兄はジョンを解放してくれた。
「ははっ!すまない、あまりにもお前からいい匂いがするものだから。……とは言え、実際、今日明日、と言ったところではないのか?」
先程の獲物に食らいつく獣みたいな仕草が嘘のようにけろりと表情を変えた兄がジョンに尋ねる。だからこそ、今は会いたくなかったのだ。
その嗅覚は獣のそれと違わないのですね、と皮肉のひとつでも言ってやりたい気分だったが、どうせ兄は気にもしないだろう。
「……はあ。兄上のことですから、分かっておられるのでしょう?明日にでも僕の部屋にいらっしゃれば良いのでは?」
「ふむ、今から共に行くという選択肢は?」
「ありません」
きっぱり言いきると、そうか、と少しだけ肩を落とした様子の兄に、ほんのちょっぴりだけ罪悪感が沸くが、今ここで流されてはいけない。
「そもそも何か用事があったのでは?僕に構っている暇はあるのですか?」
「おおっと!そうだった!今からマスターと茶を飲む約束をしていたんだった!」
そんな大事な約束を忘れるんじゃない、とも思うが、まあこの兄なので仕方あるまい。それに、マスターとの約束よりもジョンを優先しようとする兄に胸がむず痒くなる。
じゃあな!、と慌ただしくその場を去ろうとする兄を、あの、と無意識に呼び止めてしまった。
「どうした?やはり今から一緒に部屋へ戻るか?」
「戻りません!」
「なら他に何かあったか?」
「……い、え……、あの、…………、なんでも、ありません。…………引き留めてしまい申し訳ありませんでした」
「そうか?まあ、何かあったらすぐ言うんだぞ!」
相も変わらず見事な脚力だ。あっという間に小さくなっていく背中を見送って、そろりと、うなじに手をやる。最後に兄に触れられたそこは、先程よりもいっそう酷い熱を孕んでいた。
*****
ーージョン自身、未だに信じがたい事ではあるが、リチャードとジョンは番である。αとΩの番。前世の因縁か、それとも宿命と言いきってしまっていいのか。サーヴァントとして同じマスターの元に集い、そうなるまでの過程にはもちろん紆余曲折あって、話すと長くなるため今は割愛させていただこう。
それでも、断言はできる。
ーーどうしたって自分は兄を愛している。おそらく、兄もジョンを愛してくれている。
でも、でも。
……不安だ、兄に触れられるあの瞬間が。幸せなはずなのに、同じくらいに恐ろしくてたまらない。生前、望んでも決して得ることは出来なかったもの。いざ、手に入ってしまえば、今度は失うことを、こんなにも恐れている。
「……やはり、余は愚王ということなのだろうな……」
乾いた笑いと共に溢れた呟きは、誰に聞かれるでもなく空気に溶けて消えてしまった。
*****
「マスター!すまない、待たせてしまったな!」
「全然だよ~。リチャードも時間つくってくれてありがとうね」
すっかりお茶の準備が整ったテーブルを挟んで、マスターと向き合うように座る。テーブルの真ん中には茶菓子とマスター自ら淹れてくれた紅茶が良い薫りを漂わせていた。少し冷えちゃったかも、と申し訳無さそうに眉尻を下げるマスターに、約束の時間に遅れたのは自分だから気にするな、と赤橙色が揺れるカップに口をつける。
「ん。ちょうど飲みやすい温度で美味しいぞ、マスター!それに、この香りは菫だろうか?」
「お!気づいた?ちょっと珍しい紅茶を分けて貰ったんだ~!」
マスターは空いた時間に、時折こうやってサーヴァントとお茶をして交流を深めるらしい。今回はリチャードの番、なのだそうだ。本当は弟のことが気がかりではあったから断ろうかとは思ったのだが、この機会にマスターに相談したいこともあったので、誘いを受けた次第である。
先日赴いた微小特異点での出来事や、シュミレーターで新たに思い付いた戦術のこと、食堂で作って貰った異国の料理がとても美味しかった、など些細なことをつらつらと。
他愛ない話がメインではあったが十分に充実した時間である。そんな中、話の流れで、弟のジョンのことが話題に上がる。そこで、リチャードは以前から疑問に思っていたことをマスターに尋ねてみることにした。
「そう言えば、俺のジョンは毎回ヒートの度に黒獅子の鎧を側に置きたがるんだ。なぜだと思う?」
リチャードの愛しい弟でもあり番は、ヒートの際、なぜだか、黒獅子の鎧を近くに置きたがった。なんだかんだ第一再臨の黒獅子はジョンに甘いらしい。どういう仕組みなのかよく分からないが、ヒートの際だけ、ジョンの部屋にその黒い鎧が現れる。
ジョン曰く、この鎧が側にあると安心するから、と言うので、そういうことならば、とこれまで特に何も言わずにおいたのだけれども。
今まさに紅茶に入れるための角砂糖を瓶の中から取り出そうとしていたマスターは、リチャードからの問いかけに、ぴたりと動きを止める。そうして、何故か角砂糖を取り出さないまま瓶の蓋を閉めてしまった。
「どうした、マスター?」
「いやなに、なんか砂糖いらないくらい甘い話を今から聞かされるのかな、わたし……、と思って」
「俺の話に甘いも辛いもないと思うが……?」
「そういうことじゃあないんだよ……」
ストレートの紅茶を一口飲んでから、で?、とマスターはリチャードに話の続きを促した。
「俺のジョンは大変に愛らしく優秀な俺の番なのだが、」
「おっとそこから?時間は限られているので、要点絞ってお願いします」
「む……、そうか」
まずはリチャードの番である弟のジョンが、いかに優秀で愛しい存在かをマスターに語って聞かせようとした訳だが、残念ながら制止の声がかかってしまった。渋々ではあるが、此度は諦めることとしよう。
「そうだな。簡単に説明すると、いつ頃からか、ヒート間近になると必ずジョンの部屋に黒獅子の鎧が現れるようになったんだ。はじめは気にもとめなかったんだが、ジョンを愛でているときに、ジョンの視線があの鎧に行くことがあってな?一度、しまってはくれないだろうか?、と頼んだらとても悲しそうな顔をしたから、それ以降は何も言えなくなるし、かといって、何と言うか、あれがあの場にあると胸の内側がひりつくような、むかむかする感じがあるんだ。だが、無理やりに取り上げようものなら、ジョンを傷付けてしまうかもしれないだろう?最近は、ジョンの視線があの鎧に行かないよう、まずはとろとろに甘やかして……」
「ストップ、スト-ップ!リチャード!!ストップ!!」
それ以上は十八禁になるから!!、と謎の文言を叫びながら、本日二回目のマスターからの制止がかかる。リチャードが口を閉じると、ふう、と息をついたマスターがポットからすっかり冷えて渋くなっているであろう紅茶を自分のカップへ注いだ。
「マスター?そのポットのお茶はもう渋くなってはいないか?」
「今はこれくらいの渋さがちょうどいいんだよね」
一息に渋い紅茶を飲み干して、カップをソーサーへ置いたマスターが、ふむ、と名探偵の真似事でもしているのか、右手を顎にあてる。
「それってさ、もしかして巣作りじゃない?」
「巣作り?」
「稀にΩはαのために巣を作るんだよ。ヒートを一緒に過ごすための巣を。巣の材料は番であるαが身に付けているものなんだって」
「しかし、黒獅子の鎧と、その巣作りとやらがどう結びつくんだ?」
「確かさ、黒獅子の鎧って、もとはバーサーカーのリチャードの鎧だったよね?」
「……………………………………………………は?」
マスターの言葉に頭の中が一瞬真っ白になる。そして、じわじわと、刺された傷口から血が溢れるように、鮮やかな赤い色に染まっていく。
自分の番が、その持ち物をあつめて、番とヒートを過ごすための巣を作る。確かに、実際、目の当たりにしたらさぞ愛らしいことだろう。それが愛する弟となれば尚更。
ただし、ジョンのあの行動が巣作りだとしてだ。巣の材料としているのは、リチャードのものではない。いや、リチャードのものであると言えばそうなのだけれども。その鎧は、かつて別霊基のリチャードがジョンに残したもの。
ーーよりにもよって、別霊基のリチャードの鎧を!巣の材料にしているだなんて!!
おおよそ、自分には程遠いと思っていた感情。マスターがいなければ、沸き上がる激情のまま、宝具をぶっ放していたかもしれない。
「……そうだな、そうだった。あれはジョンのもの、と認識していたから失念していた。少し、というか、多いに由々しき事態だな」
「あれ?待って、これリチャードに言っちゃいけなかったやつだったのでは……?」
此方の様子を恐る恐る伺ってくるマスターににこりと笑いかければ、何故だかマスターは、ひえ、とひきつった表情をしていた。おかしい。自分はただマスターに笑いかけただけなのに。
「ありがとう、マスター。今日は実に有意義な時を過ごせた。少しジョンと話すことがあるようだ。今日はこれくらいでお暇させていただいてもいいだろうか?」
「い、いいけど!ちょっと待って!そのままだと絶対拗れるよね!?特異点以上のことは勘弁して貰えます!?それに、本当に巣作りなら、注意しなくちゃいけないことがあるの!」
ああ、今はマスターの言葉であっても煩わしい。今すぐにでもジョンに会いに行かなければならないのに。返事もしないままマスターの方へ視線だけ動かす。令呪のもと契約を交わしたマスターでなければ首を跳ねていたかもしれない。
恐らくリチャードの纏う殺気にも気づいているだろうに、マスターはそれでも必死にリチャードに巣作りの注意点を説明してくれた。
「あと、たぶんだけど、もし巣作りだとして、ジョンは巣作りの材料をリチャードに貸して欲しい、って言えなくてそうしてるんじゃないかな?」
だから、喧嘩しちゃダメだよ?、とマスターが最後にリチャードにかけた言葉は、果たしてリチャードに届いただろうか。
*****
「ジョン、いるか?」
返事も待たずに部屋に入ってきたリチャードに、ジョンは不思議そうな顔をしながらも、出ていけ、とは言わなかった。
視界に映る、黒い鎧。今ならば何故、あの鎧に対して嫌悪感を抱いていたかの分かる。
「あ、あにうえ……、どうなさったのですか?」
兄の様子がおかしい、と気がついたのだろうか。生前からよくリチャードのことを理解してくれている弟だ。兄の僅かな機微も感じ取ったのかもしれない。
柔らかな寝台の上、ジョンは既に薄い布切れ一枚を羽織っているだけだった。
「ジョン、お前の番は俺だろう?」
「っ、なに、ッ……!?」
とん、と肩を押せばバランスを崩した体が背中から柔らかなシーツへと沈む。素早く両手首を捕らえ、その体を褥へと押し付けた。更には、足を割り開き、間に膝をついてその動きを封じる。
「あ、に、……んっ!?、んンっ、っぐ、ッ!」
この行動の理由を尋ねられるより先に、性急に薄い唇に口づけた。震える唇を舌先で抉じ開けて、口内を蹂躙すれば組み敷いた細い体が小さく戦慄く。
「や……、あにう、え、なんで……?」
与えられる快感に身を捩る弟のなんと愛らしいことか。けれど、今は同じくらいにそれが憎らしい。衣服を合間を縫って、直に肌に触れる。しっとりと汗ばんだ肌をなぞると、ヒート前で敏感になっている体は、すぐに熱を帯び始めた。
「……にい、さま、……あ、やだ、やめ、て……、あにさま、っ……!」
「ジョン」
「あ…………」
哀れに懇願する声も今のリチャードには届かない。
蝶を誘う甘い蜜のような声で、愛しい番の名を呼んだ。誘われるように、涙に潤んだ橄欖石がきらりと輝いて、リチャードの視線と重なる。
「なあ、ジョン。お前が俺を愛してくれているのならば、あれはいらないな?」
「え…………?」
*****
ぎらりと鮮血色の双眸がジョンの視線を縫い止めている。兄があれと指差すのは、黒獅子の鎧。
何で!何で、そんな酷いことを言うんだ!、と。腹の底から怒りが沸いてきて、目の前の番に思い付く限りの罵詈雑言を投げ掛けてやろうかと思った。
しかし、すぐに、ああ、やっぱりと駄目だったのだと、悲しみと不甲斐なさに胸が塗りつぶされていく。
「…………やはり、お気に召しませんでしたか?僕があにうえのために用意したものは、お嫌でしたか?」
あれが、今の自分にできる精一杯だった。兄に対して素直になれない自分は、欲しいものも欲しいと言えない。せめて、と思ったのだ。もしかしたら、及第点くらいにはならないか、と。
けれど、やっぱり駄目だったらしい。
こんな不毛なこと止めるべきだった。分かっていたことだったのに。だから、気づかれてはいけなかったのに。
*****
ぽろり、と。ジョンの瞳から溢れた涙に、今までマグマのように滾っていた熱がすうっと引いていくのを感じた。
こちらを睨み付ける若葉のような橄欖石の瞳からは、次から次へと宝石のような涙が溢れて肌を伝い、白いシーツに染みを作っていく。
愛しい番を守るようにすぐ側にある漆黒の鎧。まるで、お前には相応しくない、と言われているようだった。嫉妬のあまり憎々しげに睨み付ければ、弟は酷く傷付いた表情をした。
マスターは言っていた。Ωが巣作りしてたら、誉めてあげなきゃ駄目だよ。そうしないと傷ついちゃうから、と。
αと過ごすために作った巣。それをαに否定されることはΩにとってとても辛いことらしい。
「…………そんなに、不快でしたか?」
「違う、そうではなく……!」
「違わないでしょう!!にいさまはこれまで一度だって……!!」
ぐすっ、とジョンは嗚咽を漏らして、そのまま口を閉ざしてしまう。ふいっと逸らされてしまった視線に、さすがにリチャードも、マスターの忠告を無視して、自分がやらかしてしまったのだと気づいた。
敵を屠る方法はいくらだって思い付く。けれど、この可愛い弟のご機嫌をとるにはどうしたらいいのか、今のリチャードには皆目検討もつかなかった。
あまり考えることは得意ではない。考えるより先に体が動いてしまう質だ。
ふう、と深呼吸をして頭を冷やす。確かマスターは、巣の材料がなくてどうとかとか言ってなかったか。つまり、リチャードの身に付けているものを渡せば巣の材料にしてもらえるのでは。なるほど、それはいい考えだ!、と後先考えず口に出すのもまた、リチャードの長所でもあり短所かもしれない。
「兄様の鎧をやるからと言ったら?」
「え、」
「鎧じゃなくてもいい。俺が身に付けているもの、なんでも欲しいものをお前にやろう。だから、その鎧は、俺ではない俺のものは、今はしまってはくれないか?」
一息に言いきると、ぽかんと、弟が豆鉄砲を食らったような顔で漸く此方を見た。そのまま新たな反応がない弟に、それから間も無くして、じわじわと羞恥が込み上げてくる。
万が一、これがマスターの言う巣作りではないのなら、すごく、すごく変なことを言ってることにならないか、リチャードは。
ぱちくりと橄欖石の輝きを瞬かせて、こちらをじっと見つめたまま黙してしまったジョンにリチャードもますます気まずくなってくる。
「……いや、はは……。いらないか、いらないよな、可笑しなことを言った……」
長い沈黙に耐えきれなくなって、そろりとジョンの上から体を起こす。既にすっかり冷静さを取り戻していたから、余計居たたまれない。
かっとなって、つい責め立てるような口調になってしまった。責め立てるどころでは無かった気もするが。これ以上、この口が余計なことを口走らないよう祈るばかりだ。
あの鎧の存在は大変に腹立たしい。腹立たしくはあるが、今回ばかりは目を瞑ろう。もとは別霊基の自分の物とは言え、今はジョンの一部でもある。ジョンがそれでいいなら、別霊基の自分の鎧が何だ。いや、やはり、本当は今すぐ宝具を打ってぶっ壊してやりたいくらい腹立たしいが、あの鎧もジョンを構成するものの一つなのだからと、無理やり己に言い聞かせて納得させる。
「ジョン、その鎧は……」
ところが、"鎧はそのままでいい"、とリチャードが言いかけたところで、黒獅子の鎧がはらはらと空気に溶けて消えていった。
「……ほんとうに?なんでも?なんでも僕にくださるのですか?」
いつの間にか涙も引っ込んだ橄欖石の瞳が、じっ、と真剣に此方を見つめてくるから、ぶんぶんと首を縦に振ることしかリチャードには出来ない。
「……じゃあ、それ、その外套、僕にください」
ジョンがきゅっと細い指先で掴むのは、リチャードが肩にかけている深紅の外套だ。
「こ、これか?いいぞ、もちろんだ」
「……ありがとうございます」
肩の装飾から外してジョンに渡すと、ぎゅう、と抱きしめ、顔を埋めて、くんくん、とどうやら匂いを嗅いでいるようだ。ジョンが可愛がっている愛犬のような仕草にたまらず手を伸ばして頭を撫でるが、いつもみたいに直ぐには払われない。
「あにさまのにおいがします、おひさまみたいなにおい」
「……っ、そうか、ジョンが気に入ったのなら良かった」
リチャードが思っていた以上に、ジョンはそれを気に入ってくれたらしい。外套に頬擦りまでして、そのあと外套にくるりとくるまった。その一連の仕草たるや、普段のジョンからは絶対に想像できないものだ。大変に愛らしい弟の姿に、とりあえず一旦考えることを止める。
リチャードが思考を停止させている間、ジョンは赤い外套にくるまったまま、何やらごそごそとしていた。ぱさり、と黒い布がシーツの上に落ちるが、まあ間違いなく、今の今までジョンが身に付けていた衣服だろう。
つまり、今、ジョンは素肌にリチャードの外套一枚しか身に付けていない、と言うことになるわけで。
ふふ、と嬉しそうに頬を染める番を思わず抱きしめそうになるが、ここは耐え時だとわかる。
「……ええ。とても気に入りました」
角砂糖のような甘い声。鼻腔を擽る花の香り。それは、先程マスターにご馳走になった菫の紅茶を思い出させる。
うっとりとジョンが目を細めた。愛らしい、と堪らず薔薇色に染まった頬を撫でようと伸ばしたリチャードの手を、ジョンの手が捕らえる。
その力強さと言ったら、リチャードの手首の骨を軋ませる程だった。一体、そんな力がどこから沸いてくるのか。
「ですから、いますぐ。身につけてるものすべて僕にください。あと、兄様が時折に身に付けていらっしゃる、当世風の衣服も」
あれ?此方に向けられるジョンの瞳は宝具を打つときのそれにそっくりではないか?完全にジョンの目が据わっていないか?混乱するリチャードに、さあ早く、とジョンは捲し立てる。
「…………す、すべて?ジョン??それだと俺は着るものが無くなってしまうと思うのだが……??」
さすがに格好悪くないか、それ。いや、愛しい番が望むのであればやぶさかではないのだが!
「…………………………そんなの、どうせすぐに必要なくなるでしょう」
ぷいっと、顔を反らされてポツリとジョンがこぼしたその言葉。リチャードの目の前に見えるジョンの耳は真っ赤になっている。その言葉の意味を理解するのにわずか数秒余り。
「~~ッ、ジョン!ジョン!確かにそうだな!さすがは俺の可愛い弟で最愛の番だ!」
「う、わっ!抱きつくな!!いいからさっさと服を脱げ!!!」
そういう思いきったところも大変に好ましい。晒す恥など今さら一つ二つ増えたとて構うまい。弟が喜ぶならよし。ついでに黒獅子の鎧もしまってもらえたので万々歳である。
かつて生前の自分は戦において敵わぬ相手などいないと思っていた。けれど、今生ではおそらく唯一、この弟には敵わないのではなかろうか。
ジョンがリチャードの私物で巣を整える間、これでも被っておいてください、と寄越されたシーツも、"兄上の匂いが移ったから"、との理由で後程徴収されてしまう事になるわけだが。
可愛い番がリチャードの物でリチャードの為にこしらえた巣は、想像以上に愛おしく、そのあと過ごした時間はこれまで以上に満ち足りたものであったので、まあ全て良しとしよう!
リチャ
可愛い弟であり番に身ぐるみひっぺがされたけど後悔はない。
ジョ
ジョくんのフェロモンの香りは菫だと思うんですよね、ええ!!!本当は剣リチャの持ち物で巣作りしたかったけど、素直になれなくて狂リチャが残してくれた鎧で巣作りの真似事してた。実際、材料も乏しかったので、巣作りにすらなってた無かった。こたび剣リチャの持ち物で巣作りできて大変満足。























ジョンくんがかわいすぎて尊すぎて読んでてかわいい〜!!!しか出てきませんでした!