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そらいろドッグファイト

夏木実寒夏木実寒

マスターがリチャジョン(仮)と極小特異点に行くお話。影上もごいっしょに! 2026/06/07の[小説] 女性に人気ランキング47位、6/8 68位に入りました!ありがとうございます!リチャジョが喋ると延々止まらなくなります。なかよしが過ぎる

「♩〜」
「おい…おいマスター!まだ着かないのか?余をこんなに歩かせて不敬だぞっ」
「ならば俺が目的地まで抱き上げていこう!優雅に快適に格調高く!」
「いら!ない!」

片や上機嫌な鼻歌混じりの軽やかな足取り、片やあからさまに不機嫌の重い歩み
見た目も相俟って対極な図となって…面白いなどと口が裂けても言えなかった

「大体、余が出向く必要があるのかこれ…」
「あーそれは…」
「無論、俺がマスターにお願いした!ジョンと遠出がしたいと!」
「というわけでして」
「あぁそんなことだろうと思ったよ!」

あっけらかんと言い放ったリチャードにジョンはキィッと憤慨しながら叫んだ

「マスター!兄上のワガママにいちいち取り合うな!キリがないぞ?!」
「ワガママではないぞ。ちゃんとQP(報酬)を積んだ上での正当な交渉だ」

すごいだろうとばかりに胸を張るリチャードによもや金を積んでまでのことなのかとサーヴァントの身でありながら気の所為ではない頭痛にジョンは頭を抱えた
作戦行動が始まる前から疲労感がすごい。願わくば今すぐ帰って愛犬達と戯れて癒されたい…当の犬達は外に連れ出してもらえた解放感と喜びで先程からジョンの足下をぐるぐると走り回っているが

こんなことなら部屋に飛び込んできて「マスターからのお呼びだ!共に行くぞ!」と嵐の勢いで連れ出したリチャードの言葉を信じなければよかったと後悔するが既に遅い
こんな些事はさっさと済ませるに限ると思い直してジョンは歩く脚に力を込めた

「ジョン?」
「さっさと終わらせましょう。レイシフトだってロハじゃないんだろ」

乗り気になったと思われたのかリチャードの表情が目に見えて華やぐ。全く違うからそんな顔するなと舌打ちしたいのを堪えてジョンはマスターへと言葉を向けた

「本当に俺に用がある時は兄上に言伝を頼むなよ。今度から無視するからな」
「そんな!ひどいぞっ」
「はは…」

そうこうしているうちに見えてきた砦のような建物に一行は足を止めると通信でダヴィンチ達に指示を仰いだ
解析の結果、聖杯のかけららしき魔力反応はその最深部からするとのことでリチャード達は顔を見合わせた

「では先ずは俺が行こう」
「待った」

さも当然のように先陣を切ろうとするリチャードのマントを掴んで引き留めるとジョンは溜息をひとつついた

「マスターを置いて単身で突入する奴がありますか」
「ここにいるな」
「いなくていい。どうしていつもそうやって…」

止まらなくなりそうな小言をぐっと飲み込んでジョンは言った

「俺がやる」
「ジョンが?」

疑問符を浮かべた二人の前でジョンはぱちりと指を鳴らすとふっと身体の力を抜いた
すると背後からまさに豪華絢爛を形造ったような玉座が現れ、ジョンの身体をすとんと受け止める

「おぉ、すごいな。ジョンにこんな才覚があったなんて知らなかった」
「いつもあの玉座を担いでくる訳にもいかないだろう。…来い」

ジョンが玉座へと収まるとほぼ同時にジョンの足元から影が湧き出し人の姿へと変わる
獅子の立て髪を思わせるような頭に毛皮の縁取りの入ったマントを羽織るそれは全身の色こそ漆黒そのものだが誰かを思わせるそれだった

「おぉ…」
「なっ…?!」

マスターの感嘆とリチャードの絶句が同時に上がる。それはさながら御伽話のような光景だった
ジョンがおもむろに右手の甲に唇を押し付け、それから影の方へと差し出す
恭しく片膝をついた影はジョンの手をとり、同じ場所へと唇を寄せる
まるで姫に仕える騎士のようなそれにリチャードはわなわなと肩を震わせて叫んだ

「何だ今の?!ずるい!羨ましい!俺はっ!そんなことさせてもらったことがない!」
「させた覚えはありませんね」
「俺は今不公平に断固抗議するぞジョン!俺の影がそんな待遇を受けているなら俺は同等かそれ以上をしてもらう権利がある!」

先程の上機嫌はどこへやら、言っていることは兎も角毅然と理不尽に立ち向かうかのように声を張り上げるリチャードに、ジョンはやれやれとばかりに溜息をついて返した

「最近コイツに自我が芽生えてきたのか、こうしないと拗ねるんですよ」

(使い魔なのに拗ねるんだ…)

マスターの内心のツッコミを他所に尚も食い下がるリチャードは未だジョンの手を握ったままの影を忌々しげに指差した

「なら俺にも考えがある!マスター、しばし時間をもらえるか?これより全力で駄々を捏ねさせてもらう。俺の本気の駄々はすごいぞ、本当に!」
「止めてください、みっともない。どうせ貴方は何もしなくても嬉々として戦ってくるでしょう?」

ジョンの尤もな指摘にぐぬぬ…となりつつもそれでも引き下がる気は更々ないらしい。リチャードは子供のようにむぅと唇を尖らすと尚も声を張り上げた

「戦えるが!ジョンが行ってらっしゃいのキスをしてくれないと元気よく戦えない!」
「行ってらっしゃいのキスじゃ!ない!変な言い方するな!」

いつも戦さ場を生き生きと駆け回っているリチャードに元気の有無は関係あるのか?とマスターが首を傾げた時だった

「いたぞ!曲者だ!」
「者共、であえであえ!」

隠れていた茂みの向こうから数人の気配がバタバタと駆け寄ってきて口々に騒ぎ立てた

「しまった、気付かれてしまったか」
「兄上が騒ぎ立てるからでしょうが!」
「むぅ、やむを得んか」

元凶がよくもいけしゃあしゃあと!冷静に辺りを見回してやれやれと肩をすくめたリチャードに文句のひとつも言ってやろうとジョンが玉座から腰を浮かせた時だった

「っ……?!」

ごく自然にジョンの顎を掬い上げたリチャードがジョンの唇へと口づける
咄嗟の事に固まっているのをいいことに薄く開いた唇をこじ開けて舌まで入れるとぬるりと口腔を軽くなぞり上げた

「な…にを…」
「うん、先ずは満足した」

美味なものを堪能したかの様にぺろりと唇をひと舐めするとリチャードは砦の方へと向き直り剣を構えた

「これより進軍を開始する!敵将の首級を俺の手で上げた暁にはジョンからの褒賞を賜りたし!」

高らかな宣言と共にリチャードは疾駆の如く駆け出した
戦は速きこと風の如しとはよくいうが、リチャードのそれはずば抜けていた

そしてそれはジョンが呼び出した影も同様で集まり始めていた砦の衛兵達を悉く斬り伏せていく

「相変わらず凄まじいな。本当に僕の出る幕なんてかけらもない」

溜息混じりに呟くジョンの眼前では一方的な蹂躙が展開されていた
侵攻を止めようと砦からぞろぞろと湧き出してくる兵に対して、たった二人だというのにハンデにすらなっていない状況だった

そうして粗方を沈黙させると主人が危険なことを悟ったらしい残りの兵達が慌てて砦へと逃げ込み、固く扉を閉ざした

「ふむ、往生際が悪いな」

宝剣を軽く振って血を落としながらリチャードは扉を見つめた
しばし何事かを考える素振りを見せてからリチャードは何かを思いついたように小さく頷くと剣を鞘へと納めてからぐっと脚を折り曲げた

「とぅっ!」

丁度屈伸でもするかのように数度脚を伸ばしてから跳躍するとそのまま大きく足を前へと蹴り出した

「金時殿直伝!ライダーキィィック!!」

高らかな掛け声と共に繰り出された蹴りは閂ごと扉をブチ破り、そのまま砦へと攻め込んでいってしまった

「あれって金時の…」
「そういえばこないだ極東のバイク乗りの武士がどうのって言ってたな…何を世迷言をと思っていたけど」

カルデアの英雄と積極的に交流をしているとは聞いていたが、好奇心旺盛なリチャードが相手の武芸まで貪欲に習得していた可能性は…と思いかけてあの男ならやりかねないなと思い直す

「…まぁ、記憶の大半は座には持って帰れないっていうし」
「だといいがな」

一抹の不安を覚えながらも二人は弾丸のように飛び出していったリチャードが消えた方向をただ見送ることしか出来なかった

「む、意外と一本道だな。探す手間が省けそうだ」

兵達が向かっていく方向を追いながら背後から撫で斬りにしつつリチャードは影と共に最深部へと進んでいた
ふとリチャードは自分とほぼ同等の速度で進軍を続ける影を見遣った
敵の首を落とし、心臓を貫く動作には一分の無駄もなく確実に息の根を止めるそれだった

「なかなかの手練れだな。ジョンを護ってくれている件については俺からも改めて礼を言わせてもらおう。ありがとう!」

リチャードの言葉に感じ入っている様子はない。そこまでの自我は備わっていないのか、はたまた理解した上でわざと無視をしているのか…しかしリチャードもまたそれに対してもう気を悪くすることはなかった
血飛沫が舞う中、快活に笑ってからリチャードは言った

「だが、ジョンにとっての一番頼れる兄は俺だ。それを今、行動で示してみせよう」

そう告げてリチャードは更に速度を上げた
勢いのまま敵の首を斬り飛ばし、階段飛ばしの要領で死体を踏みつけて上の階へと跳躍していく

「後からゆっくりと来るといい!その頃にはもう片がついている」

挑発的な物言いに暫し影はリチャードの背中を見つめてから手元の剣をギチ…と握り締めた
そして遅れをとるまいと勢いよく駆け出した

「…何を言ってるんだか。あのバカ兄上は」
「ジョン?」
「今使い魔の視界と音声を拾っている。何しろここからじゃ何も見えないからな」

なんでもないことのように返すジョンにそんなことも出来るのかと感心しながらどんな感じだと訊ねると、ジョンは額を押さえながらうんざりした様子で答えた

「画面は揺れるし、血飛沫がすごくて見れたもんじゃない。よかったな、視界共有がなくて」
「スプラッタはちょっと勘弁だなぁ…苦戦してる訳じゃないならまぁいいけど」
「兄上に限ってそれはないから安心しろ。寧ろ根切りにされる相手に同情するね」

心にもない気の毒にの言葉に苦笑いするしかないマスターは手持ち無沙汰にジョンの玉座の傍らに腰を降ろした

「怒ってる?」
「…怒ってない」
「えぇー本当にござるかぁ?」
「なんだその口調、おちょくってるだろお前。…まぁいいや」

リチャード達が攻略中であろう砦の方に目を向けながらジョンはぽつりと呟いた

「怒ってはない。でも、困る」
「困る?」
「特異点で見ただろ、僕と兄上の望みはどこまでいっても交わらない。語らってどうにかなるものでもない」

少し寂しげな眼差しはここからは見えない誰かだけをただ見つめているようで、マスターは思わず言葉を詰まらせる

「兄上は絶対折れないし、僕だって譲るつもりはない。なのにこんな泡沫の夢みたいな時間なんて欲しくないんだ」
「ジョン…」
「だからもう僕と兄上をこんな風に連れ出すのはこれきりにしておけよ…」

そう告げてジョンは砦から視線を外した。どうやら向こうでも片がついたらしいことが何となくマスターにも伺えた

「やー…それはご兄弟で話し合って落とし所を決めてもらわないと…」
「お前カルデアの…一応兄上のマスターだろ。ほらその、令呪とかこう…あるだろ」
「それで止まると…お思いですか?」
「いや止めろよ?!マスターだろ?!…え?止まらないのか?本当に??」

ジョンの言葉に何とも言えない生温かな笑みでマスターはコクリ…と頷いた
その表情に言わんとすることが何となく理解出来てしまったジョンは恐る恐る自分を指差した

「僕が?」
「ハイ」
「自分で?」
「ハイ」
「兄上を…止める??」
「ソッスネ」

「………そ…っかぁ……ハハ…僕かぁ…」

力なく肩を落としてジョンははは、と乾いた笑いをひとつこぼした

ごとり、と歪な楕円が赤を撒き散らしながら石床に転がった
邂逅した際に何かを喚き散らしていた気もするが聞く必要もないなと判断して直ぐ様首を刎ね飛ばした

「聖杯のかけら?は…うーん、とりあえず首でも持って帰るか?」

こういう時ダヴィンチちゃんかサンジェルマンでもいればなぁなどと詮無いことを思いながらリチャードは追いついてきた影へと向き直った

「さて、勝負は俺の勝ち…」
「……」
「とは思っていないみたいだな」

見えない表情から並々ならぬ敵意と殺意を肌に感じながらリチャードは剣を構え直した

「わかるぞ。同じ俺であろうと別霊基として分かれたならそれは俺とは別の人格、意識…つまり最早別人だ」
「……」
「故に、邪魔だ」

目にも止まらぬ速さの踏み込み、だがそれを剣で受け止めながら影が足を振り上げた
ガンっと鎧がぶつかり合う嫌な音と共に距離が空き、再び剣を構え直す

「手を出してくれるなよ!」

背後で動く気配を感じてリチャードは声を張り上げて制止した
途端それは引き絞っていた弓を下ろして小さく肩をすくめた。馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに

「すまない!だが誰かの手を借りた時点で俺はこいつに負けたことになる。それは駄目だ」

言いながらリチャードは後ろへと器用に鞘を構え、いつの間にか背後をとっていた影の斬撃を防いだ

「流石に強いが、まぁ安心してくれ。お前が消えても俺がジョンの側にいる。何も問題はない」

リチャードに挑発の意図はなかった。ただ思ったままの事実を当たり前のように述べているだけだった
それが結果的に影の神経を逆撫でる結果だったとしても

「遅いな…」
「さっきので見られない?」
「ちょっと待て、今……うわっ?!」

マスターに言われながら再び視覚を合わせた瞬間予想外の光景が飛び込んできたのかジョンが素っ頓狂な声を上げた

「兄上と僕の影が戦ってるんだけど…」
「本気度は?」
「多分、殺し合いレベル…」

そこまで口にしてマスターとジョンは顔を青ざめさせながら見合わせた

「なんで?!」
「僕が知るわけないだろ!」

詰め寄るマスターに負けじとジョンもガァっと言い返す。しかしここで論じていてもアタッカー二人が止まるわけもない
そもそもどうしてこんな状況に?うぅんと思案してマスターは先程のリチャードとジョンのやり取りを思い出してあ、と声を上げた

「何だよ」
「その…ジョンの従えてるリチャードの影っぽいのにヤキモチ……なんて?」
「はー?兄上に限ってそんな…そん、な…」

ジョンの言葉がどんどん尻すぼみになっていく。やがて小さく頭を抱えると絞り出すようにぽつりと呟いた

「…ありえない、なんてことはありえないのが兄上だな…」
「わぁ、流石兄弟よくわかってるぅ…」
「褒めてくれるな張り倒すぞ」

玉座へと深く座り直し、ジョンは深呼吸をひとつした
ちらと上を見上げれば、最上部らしき部屋に飾り窓がひとつついているのが見える

「マスター、俺の足下で頭を下げておけ!」
「えっ?うわっ…」

言われるがままに地面に這いつくばった瞬間、頭上に黒い投石の雨が勢いよく降り注ぐ
砦の窓はことごとく割れ、風通しがよくなった
それを視認してからジョンは大きく息を吸い込み、そして大気が震えんばかりの怒号を張り上げた

「命令だ!今すぐ戻れ馬鹿者!!」

不意に剣を構えていた影が弾かれるように顔を上げる

「む?」

尚も斬りかかってくるものだと思っていたリチャードは訝しんだが、影はそれに構うことなく剣を納めるような仕草をした後さっさと踵を返して走り出した

「おい、どこへ…」

リチャードの声は最早聞こえていないようだった。追いかけた先で影は丁度割れていた窓に足をかけると躊躇いなくそこから飛び降りて行ってしまった

「残念、仕留め損ねたか…っと」

やれやれとばかりに窓を覗き込んでリチャードは思わずゔっと声を詰まらせた
玉座に腰掛け、こちらを見上げる愛らしき…そして今は恐ろしき怒りを湛えた弟ジョンの姿
そしてその足下にはジョンの愛犬達と一緒にしゃがみ込むマスターと、きっちりとジャパニーズセイザをさせられている影の姿があった

「…や、やぁジョン」
「兄上」
「本日はお日柄もよく…」
「兄上」
「あの…」

リチャードは本能で悟った。これは腹を括らなければならないと

「お疲れでしょう?どうぞお座りを。…上等な椅子なんざないがな」

リチャードは観念して窓から地上に降りると、そのまま大人しくジョンの前に膝を揃えて座った

「それで?どちらから仕掛けたんです?」

ジョンの問い掛けにリチャードと影はお互いを一切見ないままお互いを指差した
見事なまでにピッタリ合った息の良さにブハッと吹き出すマスターの隣りでジョンが額を押さえた

「この…狂犬共がっ…」
「まぁまぁ…」

頭を抱えるジョンの前で影は自分は悪くないとばかりに明後日の方向を見ているし、リチャードに至ってはジョンには悪いと思うが申し訳ないという気持ちは1ミリもないといわんばかりの顔で笑っている

「見ろマスター。こんなもんどうやって止めろっていうんだ」
「割りと穏便に止まってる方じゃないかなぁ」
「まったく、これなら野良犬の方がまだ可愛げがあるだろうよ」
「…わ、わん?」

張り詰めた空気を和らげようとでもしたのか、リチャードが小さく犬の鳴き真似をしてみせた
或いは彼の思いついた精一杯の可愛げアピールだったのかもしれない
だがTPOを著しくしくじったそれはただ火に油を注ぐだけだった

「兄上…今のお言葉、もう一度言えるものならどうぞ?」
「…ゴメンナサイ…」
「声ちっさ」

今度こそしゅんとしたリチャードを見遣りながらジョンはどうしたものかと考える
今回こってり絞ったとしても次の戦の時にはさっぱり忘れて同じことをするだろうことが容易に想像がついた

「今度」
「うん?」
「今度似たようなことがあればコイツに先行させます。守る戦はあまりお好きではないでしょうが、貴方はマスターと…ついでに私を守って下さい」

渋々そう提案するとリチャードは途端にパッと目を輝かせた

「わかった!次はジョンとマスターを命に替えても守ってみせよう!」
「ついでです、僕はついでですから」

甘さか諦めか、叱責というにはあまりに軽いそれにジョンはあーあと天を仰いだ
曲がりなりにもこれを上手く導いていた母の手腕には頭が上がらない
流石母上だ、すごい、とてもぼくにはできない

そんなやる気のない夏休みの作文の如き感想を抱きながらジョンは玉座から立ち上がった
それと同時に不貞腐れていた影が足元へと戻っていくのを見届けていると、様子を窺っていたリチャードが口を開いた

「ところでジョン」
「何ですか兄上」
「約束通り首をとってきたのだが」

言いながらどこに仕舞っていたのか、何処ぞの将らしき者の首をごとんと地面に落としながら褒めて褒めてといわんばかりの輝く眼差しでジョンを見上げた

「そうですね、首ですね」

本当にとってきたのか…という言葉をぐっと飲み込んでジョンは淡々と返した
一瞬不満げにむくれたもののリチャードは負けじと食い下がってみせる

「何か俺に言うことやしたいことがあるんじゃないだろうか?」
「……この状況でそれを言い出せる兄上の豪胆さには目を見張るばかりです。その面の皮削いで売ってこられては?」
「うーん、ちょっと惜しいな」

何も惜しくないが??と突っ込みたかったがそのめげなさに免じてジョンは渋々口を開いた

「褒章、ですか」
「そう、それだ!流石はジョン」

一方的に押しつけておいてよくもしゃあしゃあと…と思わなくもないが、事実リチャードの頑張りがあったからこうも早く特異点を攻略出来たといえばその通りなのでジョンは黙った
この場合マスターに強請るのが筋ではないかと一瞬考えもしたがご指名を戴いてしまった以上それは通りそうもなく、少し考えてからジョンは口を開いた

「ではご褒美に」
「おぉ…」
「お望み通り目一杯褒めてあげます」
「おぉ……お??」

前のめりになりかけていたリチャードがぴたりと止まった。意味深な笑みに本能からの警戒心が湧いたらしいのが面白くてジョンは笑いを噛み殺しつつ言った

「嫌ならいいですけど」
「…嫌だとは言ってないが?」
「ではどうぞ」

ほら、と両腕を広げてみせればリチャードは一瞬躊躇いつつも手を伸ばして飛び込む
ジョンには確信があった。たとえ罠だとわかっていてもリチャードは抗うことは出来ない
それは獅子心王であるが故に
そして彼がジョンの兄であるが故に

「此度の戦もその勇猛果敢な戦い振り、大変見事に御座いました。獅子の名に違わぬ働き、後の記録に残らぬのが大変惜しゅうございます」

ジョンからの言葉を一言一句逃さぬように聴覚に集中しているのを覗ってから、ジョンはリチャードには見えないように小さく笑んだ
本能のままに戦場を蹂躙して回り、血の臭いを纏って笑っているくせに、こうして取るに足りない弟の言動に子供のように一喜一憂する

「勇ましくて、強くて、それでいて恐ろしい兄上。けれど…」

含みをもたせてジョンはぐっと爪先に力を込めて少し背伸びをすると、近づいたリチャードの耳元へと唇を寄せて低く囁いた

「かわいいあにさま」
「っ?!」

不意打ちにびくりと全身の毛を逆立てたみたいなリチャードの反応に満足すると、ジョンはトンと後ろへ下がってにんまりと笑んだ

「耳まで真っ赤」
「っ…ジョン…」
「いい気味、ざまぁみろ」

あのリチャードを少なからず動揺させたことにようやく溜飲を下げられて満足したのか、ジョンは状況に置いてけぼりになっているマスターへと向き直った

「おい、この特異点あとどのくらいで閉じるんだ?」
「え?!あ、ま、待って今ダヴィンチちゃんに聞くから!……あと半日くらいだって」
「ん、上等。では余はこれからこいつらを遊ばせてくるから帰り支度をしておくように」

言うがはやいかジョンは尻尾を振って走り出す愛犬達と連れ添ってさっさと行ってしまった

そうしてその場にはマスターと両手で顔を覆ってしゃがみこんだままのリチャードだけが残された

「…えーと…大丈夫?」
「…ちょっと…待ってくれ…今色々落ち着くから…」

声ちっさという野暮なツッコミは良心の名のもとにそっと喉奥に飲み込まれていった

— End —

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