Novel5 days ago · 5.8k chars · 1 pages

この恋は誤判定です。

七瀬七瀬

実装前 ローエン夢 幻影見てる とんちき秘境により、ローエンへの感情を強制開示される○○の話。 ○○本人は最後まで「これは恋ではない」と言い張っていますが、秘境はもう判定済みです。 超特急でかいたから気が向いたら地の文追加する努力をしたい所存

白い壁に、文字が浮かんでいた。

『両想いにならないと出られない部屋』

○○は、死んだような顔でそれを見上げていた。

読み間違いであってほしかった。
誤訳であってほしかった。
あるいは、秘境特有の悪趣味な冗談であってほしかった。

よりによって。
ローエンと。
この条件で。

ありえない。

○○がその一文を認識した瞬間だった。

背後で、ガチャリ、と音がした。

「よかったな、○○♡」

○○は本気で絶望した。

ローエンは、障害だった。
目標でもあった。
そして、○○の誇りをいちばん深く傷つける相手だった。
○○が必死に守ってきた場所へ、何食わぬ顔で立ってしまった男だった。

騎士団に入ってから、○○はずっと戦場で役に立つことだけを考えてきた。
前に出ること。敵を引き受けること。仲間が進む道を開くこと。
戦場では迷わずにいられた。剣を取れば、役目がある。敵を倒せば、誰かの役に立てる。
危険な場所へ踏み込めば、自分がここにいていい理由になる。
血の匂いの中でだけ、○○は自分の輪郭をはっきり感じられた。

だから戦場で笑った。
花が咲くように。舞うように。危うい足取りで、けれど誰より綺麗に。
戦場の中で、○○はひとりだけ別の音楽を聞いているように動いた。
怒号も、剣戟も、魔物の咆哮も、すべて拍子に変えて、血の上を滑る。
刃が頬をかすめても、矢が髪を裂いても、足は止まらない。

怖くないわけではない。
痛みを好んでいるわけでもない。
それでも、傷を恐れて後ろへ下がるくらいなら、前へ出て役に立ちたかった。
返り血を浴びて笑う○○は、味方から見れば頼もしい戦力であり、敵から見れば赤い花のような悪夢だった。
それは○○の誇りだった。

ローエンは、その光景を一度だけ見ていた。
傷を負うほど鮮やかに笑う女を、止めるでもなく、褒めるでもなく、ただ少しだけ目を細めて見ていた。
その視線が何を意味していたのか、○○にはわからない。
ただ、その日から時々、ローエンの目がこちらを追うようになった。
そして、ローエンは○○が守ってきた場所へ踏み込んできた。

彼は強かった。
ただ強いだけではない。
判断が速い。無駄がない。
危険な場所へ迷わず踏み込むくせに、味方への被害は最小限に抑える。
自分が命を削って立っていた場所に、当然のように立つ。
○○が必死に磨いてきたものを、ローエンは涼しい顔でやってのけた。

悔しかった。
憎いと思った。
認めたくないと思った。
それでも強いと、わかってしまった。
だから目が離せなかった。

戦場でローエンが前へ出るたび、○○は笑顔の裏で奥歯を噛んだ。
ローエンが敵陣を割るたび、心臓の奥が熱くなった。
ローエンが軽く褒めるたび、腹立たしいほど胸が跳ねた。

違う。
これは恋ではない。

競争心、向上心、敗北感、屈辱。

何度もそう言い聞かせた。
けれどローエンは、その全部を面白がっていた。
一人で強敵を狩りに行った日もそうだった。

狩れはした。
生きて帰ってきた。結果だけ見れば十分だった。
けれど、○○にはわかっていた。
ローエンなら、もっと早かった。もっと正確だった。もっと少ない傷で戻った。
その事実が悔しくて、唇を噛み切るほど悔しくて、血の味を隠しながら帰ってきたところを、よりによってローエンに見つかった。

「ずいぶん派手に遊んできたな」

そう言われた瞬間、○○は笑った。
何事もなかったように。
穏やかに。
血まみれのまま、花が咲くように。
だがローエンはすぐ見抜いた。
悔しがっていること。負けたと思っていること。自分に届きたくて、頭の中がいっぱいになっていること。
そして、楽しそうに笑った。

「俺に勝ちたかったんだろ」

違う、と言った。
何度も言った。
けれどローエンは信じなかった。
信じないどころか、その日からローエンはことあるごとに○○を連れ出すようになった。

「暇か」

「暇ではありません」

「ならちょうどいい。魔物狩り行くぞ」

「会話が成立していません」

「俺に届きたいなら、見て覚えろ」

それだけで、○○は黙った。
命令ではない。
頼みでもない。
ただ、目の前に餌を置かれただけ。
行かなければいい。
無視すればいい。
ローエンに乗せられる必要など、どこにもない。

けれど、○○は行った。
鍛錬のためだ。
勝つためだ。
あの男が何を見て、どこへ踏み込み、どうやって敵を崩しているのか知るためだ。
そう自分に言い聞かせて。
それから、魔物狩りが始まった。

最初は、ただの実戦だった。
ローエンは容赦なく○○の癖を突いた。
踏み込みが綺麗すぎる。
視線で狙いがわかる。
避け方が上品すぎる。
痛みを嫌うくせに、痛みを計算に入れすぎている。
魔物の爪をかわした直後に言われる。
敵の群れを抜けた瞬間に笑われる。
息を整える間もなく、次の獲物を示される。

「遅い」

「今のは悪くない」

「そこ、綺麗に避けようとすんな。殺すなら踏み込め」

「噛むな。口の中切る癖、いい加減やめろ」

指摘されるたびに腹が立った。
腹が立つのに、どれも正しかった。
ローエンが声をかける。

「来いよ」

○○は行く。
魔物狩りのためだ。
実戦経験のためだ。
勝つためだ。
弱点を正確に分析できる相手が必要なだけだ。
そう言い訳をして。

ローエンが褒めると嬉しい。
煽られると腹が立つ。
名前を呼ばれると反応する。
「噛むな」と言われると、唇を噛むのをやめてしまう。
最悪だった。
まるで、見えない首輪だった。

○○はそれを絶対に認めなかった。
認めてたまるものかと思っていた。
それなのに。

今、秘境の扉は開いている。

『両想いにならないと出られない部屋』

その条件を、何もしないうちに満たしたらしい。

ありえない。
そんなわけがない。
○○は現在に引き戻され、ローエンを睨んだ。
笑顔はもう保てていなかった。

部屋の奥には、一枚の扉がある。
さっきまでなかったはずの扉だ。
しかも今、鍵の外れる音がした。
どう考えても、あれだ。
この部屋の出口だ。
ローエンはためらいなく扉へ歩いていった。

「待ってください」

「何だよ」

「不用意に触れないでください。罠かもしれません」

「開くか確認するだけだろ」

「検証手順が雑です」

「お前が面倒くさいだけだろ」

ローエンは扉に手をかけた。
軽く押す。
抵抗もなく、扉は開いた。
外の光が差し込む。
ローエンは振り返り、にまあ、と笑った。

「両想いだってよ」

「うそだぁ……」

○○の声は、ほとんど魂が抜けていた。
ローエンはもう、完全に面白がっている顔だった。

「まだ認めねえのか」

「……」

「○○♡」

「いや゛!!」

ローエンは声を出して笑った。

「お前、ほんと詰めるとすぐぼろぼろ出るな」

「出てません!!」

出ていない。
何も出ていない。
自分はいつも通り冷静で、穏やかで、理性的で、何ひとつ動揺などしていない。
そのはずだった。

「わたしはあなたが嫌いです!! 意地悪だし、すぐ煽るし、人の弱みを見つけると楽しそうにするし、笑い方もむかつくし、性格が悪いし、近いし、呼び方もずるいし、全部嫌いです!!」

「よく見てるな」

「嫌いだからです!!」

「好きなやつの観察量だろ」

「違います!!」

「扉、開いてるぞ」

「秘境が勝手に!!」

「俺は好きだけどな」

「はあ~~~~~!!?」

ローエンは悪びれもせず言った。

あまりにも平然と。
まるで今日の天気を告げるみたいに。
○○の顔が熱くなる。

「やめてください!!」

「何を」

「そういう、条件を満たすための方便を本心みたいに言うのを!!」

「扉はもう開いてる」

「だから何ですか!!」

「俺側は問題ねえってことだろ」

「責任をこっちに押しつけないで!!」

ローエンは一歩近づいた。
○○は一歩下がる。
さらに一歩。
また下がる。
背中が壁に当たった。

「逃げ場なくなったな」

「あなたが悪いです」

「俺を見すぎたお前が悪い」

「見てません!!」

「じゃあ目ぇ逸らせ」

○○は黙った。
逸らせばいい。
簡単なことだ。
たかが視線だ。
ローエンの顔など見なければいい。
なのに、目が動かなかった。
ローエンの笑みが深くなる。

「ほらな」

「……嫌いです」

「はいはい。嫌い嫌い」

ローエンは満足そうに言って、○○の腕を掴んだ。

「出るぞ」

「出ません!! 出たら認めたみたいじゃないですか!!」

「もう認めたようなもんだろ」

「認めてません!! わたしはもっとちゃんとした人が好きなんです!! ディルックさんとか!!」

ローエンの眉が動いた。

「俺の前で他の男の名前出すな」

「まだ付き合ってません!!」

「両想いだろ」

「秘境が勝手に!!」

「じゃあ浮気未遂か」

「罪を作らないで!!」

ローエンはため息をついた。

「はいはい、帰るぞ」

「待って!!」

「待たねえ」

次の瞬間、○○の体がふわりと浮いた。
脇に抱えられていた。
完全に荷物だった。
任務帰りに回収された備品みたいな扱いだった。

「下ろして!! 自分で歩けます!!」

「歩かねえから運んでんだろ。暴れたら落とすからな」

「人の尊厳を荷物みたいに運ばないで!!」

「恋心も一緒に運んでやるよ」

「恋って言わないでぇ!!」

ローエンは笑いながら、開いた扉をくぐった。
○○は最後までじたばた暴れた。

「いやだ!! 絶対に認めません!!」

「扉は認めてる」

「わたしが認めてません!!」

「じゃあ外で続き聞いてやるよ」

「聞かなくていい!!」

秘境の外へ出た瞬間、背後で扉が音もなく消えた。
ローエンはようやく○○を地面に下ろす。
○○は着地するなり背筋を伸ばした。
何事もなかった顔を作ろうとした。
作ろうとしただけだった。

「いや゛~~~~!!」

○○は両手で顔を覆った。
悔しい。腹立たしい。信じられない。ありえない。
ローエンなんて嫌いだ。
意地悪で、性格が悪くて、人の反応を見て楽しむような男だ。
自分の理想とはかけ離れている。
もっとまともで、落ち着いていて、誠実な人がよかった。

明日の魔物狩りには、きっと行く。
呼ばれれば、行ってしまう。
それが何より腹立たしかった。

ローエンはそんな○○を見て、ひどく楽しそうに笑った。

「まだ認めねえのか」

「認めません」

「頑固だな」

「あなたにだけは言われたくありません」

「そうかよ」

言うなり、ローエンが一歩近づいた。
近い、と思った時にはもう遅かった。
顎を取られ、上を向かされる。

「ちょっ――」

最後まで言えなかった。
唇を塞がれた。
乱暴ではなかった。けれど、優しいだけでもなかった。
逃げる余地を与えない熱が、まっすぐ押しつけられる。
息を呑んだ隙間に、すぐローエンの気配が入り込んだ。

○○は反射的にローエンの服を掴んだ。
押し返すためだった。
そのはずだった。
けれど指先は布地を握りしめるばかりで、少しも離れようとしない。
ローエンの手が、逃げ道を塞ぐように腰へ回る。
もう片方の手は、頬に触れたまま、○○の顔を固定していた。

近い。
熱い。
息ができない。

それなのに、苦しいと思うより先に、腹立たしいほど胸の奥が甘く痺れた。
噛んでやろうと思った。
思っただけだった。
唇を食まれ、角度を変えられ、何度も深く重ねられる。
反抗の言葉はすべて口の中でほどけて、情けない吐息に変わった。
「……ん」
ほんの小さく漏れた音を、ローエンは聞き逃さなかった。
唇が離れる。
ほんの少しだけ。

「……今のも、嫌いか?」

低く笑いを含んだ声で問われて、○○は真っ赤になった。

「最悪です」

「答えになってねえな」

「嫌いです」

「なら、目ぇ閉じるなよ」

「閉じてません!!」

「じゃあもう一回確かめるか」

「確かめなくていい!!」

○○が慌てて後ずさろうとした瞬間、ローエンはもう一度だけ唇を奪った。
今度は短い。
けれど、さっきよりずっと意地が悪い。
逃げようとした心ごと引き戻すような、熱の残る口づけだった。
離れたあと、ローエンは満足そうに○○の唇を親指でなぞった。

「噛むなよ。また血ぃ出すだろ」

「……っ、あなたが、そういうことをするからでしょう!!」

「俺のせいか」

「あなたのせいです!!」

「はいはい」

ローエンは、ひどく楽しそうに笑った。

「続きは明日な、○○♡」

「ちょっと!!?」

引き止める声を、ローエンは聞こえなかったふりで流した。

何もなかったみたいな顔で、満足そうに歩き出す。
さっきまであれだけこちらの呼吸を乱しておいて、もう背中を向けている。

最悪だった。

○○はその背中を睨んだ。
追いつきたい背中だった。
叩き伏せたい背中だった。
見失いたくない背中だった。

今は、その背中に向かって文句のひとつでも投げつけてやりたい。
けれど口を開けば、まだ残っている熱までこぼれ落ちそうで、何も言えなかった。

それを恋だなんて、絶対に認めてやらない。

○○は唇を引き結ぶ。
噛まないように。
指摘された通りに。
そのことに気づいて、また腹が立った。

唇には、まだローエンの熱が残っている。
息の奪い方も、離れ際の笑い方も、悔しいくらい鮮明だった。
また血を流したら、あの男に笑われる。
それが嫌で噛むのをやめた時点で、首輪はとっくにかかっていた。
それでも、○○は気づかないふりをした。

気づいたら負けだ。
認めたら終わりだ。
だからこれは恋ではない。
競争心で、向上心で、敗北感で、屈辱で。
それから、少しだけ、腹立たしい熱だ。
そういうことにしておく。

その時点で、もうかなり負けていることにだけは、まだ気づかないふりをした。

— End —

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Sakuria
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