需要ありそうだったので、けーくん成り代わりトレイパイセン目線。(+α)
長くてすみません。本当にこれで終了。ここまで長らくお付き合いありがとうございました。
本編知らない人は読んでも意味分からない気がするので1話からぜひお読みください。
勘違い物。
全部夢。
8章までのネタバレあるかも。7.5章もネタバレあります。
(サイレント加筆修正あります。達成感のために一度アップするので、あとでお読みいただいた方がより良いかも。)
🌟独自解釈・未来捏造あります。苦手な方はブラウザバックお願いします。🌟
ちゃんと見ておいてやらないと、不味い奴かもしれない。
そう気が付いたのは、入学して数カ月経ったころだった。
魂の資質が認められ、入学したNRC。振り分けられたハーツラビュルの寮は4人部屋で、少しプライベートが無いのが困ったが…まあ、慣れればなんとかなるだろう。入ったばかりなのだから、悲観するのもよくないな、なんて考えて、ドアノブをひねった。
「おっ!同室のトレイくんだよね!俺はケイト・ダイヤモンド。けーくんって呼んでね☆」
「ああ。よろしく、ケイト。」
「厳しい~(笑)」
部屋に入った途端、明るい笑顔に迎えられた。元気そうなやつだな、という印象を抱いたケイトは、生活していくとその印象がより強くなった。ただ、うるさすぎるわけじゃない。気を使うのが得意な奴らしく、つかず離れずの距離感が心地良い。気が付いたら、なんだかんだ一緒にいる関係になっていた。
「あ。しまった、魔法薬学の教科書を忘れたみたいだ。」
「え!大変じゃん。」
「ああ。昼休みのうちに取りにいくよ。」
「え゛、あ、あ~…でも寮まで遠いじゃん?誰かに借りるってのはどう?」
そんなある日。俺は寮に忘れ物をした。昼休みの間に気が付いて良かった、とホッとしながら隣にいたケイトに声をかければ、ケイトはゲッとでも言いたげに顔を引き攣らせた。普段なら、「いいよ〜サッと取りに行こ!」とか言いそうなのに、困った顔をするなんて珍しい。「授業遅れちゃうよ。」やら「オレの知り合いに頼むからさ。」とか纏わりついてくる。こんなに引き留めてくるケイトは初めてで不思議に思ったのだが、時間は十分にある。何故か妨害してくるケイトを躱しながら寮の部屋に向かえば、そこには。
「え。」
「あ。」
ケイトが、いた。
さっきまで、一緒にいたはずの、ケイト・ダイヤモンドがそこにいた。だが、教室で制服を着崩しているケイトとは見た目が違う。寝起きですら見せないボサボサの髪に、目の下の彩られた隈。疲れをにじませた顔は、入学してから見たことがないくらいの無表情。その顔が、俺を見た途端、驚愕に染められていく。
「な、なんでここにいるの。」
「俺は忘れ物を取りに…。」
「あ、そう…。」
いつもの明るい調子ではなく、やや掠れた声で、呆然と呟くように聞いてくる。忘れ物を取りに来たと伝えれば、ケイトは俺の後ろにいるケイトに目をやった。まあ、ここまでくれば予想がついているが…。
「そこにいるケイトは分身なのか?」
「まあ、うん。」
「どうしてだ?」
やはり分身だったらしい。ケイトは顔を真っ白にして、固まっている。まるで、何かまずいものが見つかってしまったとでも言うような表情。まあ、そりゃそうか。自分の分身を自分の代わりに学校へ行かせているのがバレたのだから。問題は、なぜ、ケイトがそんなことをしたのか、だ。
「…何か嫌なことでもあったのか。」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。」
まさか嫌がらせでもされているのか。そう思って聞いてみたが、される否定。黙ってケイトの言葉を待っていたら、ぽつり、とケイトがつぶやいた。
「ちょっと、体調悪くて。」
明らかに、嘘にしか聞こえない言い訳。いや、疲れた顔をしているから、本当にそうなのかもしれないけれど。だとしても、普通に連絡をすればいいものだ。それをしなかったってことは…おそらく、サボりに近い類だろう。
「そうなのか?」
「うん。」
「…体調悪いのを隠すために、分身に授業行かせていたってことか?」
「…うん。」
それでも、俺はケイトの言い訳に乗ってやることにした。なんだか、このまま問い詰めたら、ケイトを酷く傷つけてしまうような気がしたから。額に手をやれば、案の上ない熱。熱はないけど頭が痛い、というケイトの言葉を受け止めてやって、俺はそっと頭を撫でる。
「分かった。我慢しすぎるなよ。」
「うん。」
「後で薬と食事持ってくるから。」
「いらない。」
「お、おい!」
そうして、心配の言葉をかけたのだが。ケイトは表情を歪めて、ガチャリ、と扉を閉じた。慌ててドアノブをひねれば鍵をかけられている。普段のケイトがしないような行動に声をかければ、「まあまあ」とケイトの分身が話しかけてくる。
「オレくんそういうところあるからさ…でも大丈夫だと思うよ!」
「そういうところって…アイツ、何かあるのか。」
そういうところ、という意味が分からず問い返せば、分身はヘラッと笑う。
「オレくん、誰かに頼るのが苦手なの。だから冷たくなっちゃっただけ。」
気にしないで、オレに免じてこのとーり!なんておどけて両手を合わせてくる分身。
同時にチャイムが鳴る音も聞こえてきて、これ以上聞く時間も取れないと思った俺は、「ああ。わかった。」なんて納得したフリをした。
2年生になった。ケイトは、相変わらず明るくて元気で気遣いのできるやつのままだった。まるで、あの日に見たケイトが見間違いだったと思うくらいには。
「トレイくん、リドルくんにお茶持っていってあるからね!」
「ああ、ありがとう。ケイト。」
「1年生ちゃんたちが泣いていたから慰めてくるね。」
この寮は、今年度に入ってから、180度反転するくらい様変わりした。原因は俺の幼馴染の、リドル。
リドルは、自分の記憶とはかなり異なっていて、なんというか…すごく、感情的で厳しい奴になっていた。入学して1週間で決闘に挑み寮長の座を勝ち取り、寮を変えていった。ルールで縛り上げる方法で寮を統治するリドルは、どんどん浮いていく。だけど、誰も逆らえないから、寮内には重苦しい気配が漂っていた。
「やばーい、リドルくんが激おこ!3年生がめっちゃ首刎ねられてた~…」
そんな中で、ケイトは寮長のリドルを、そして副寮長の俺を支えてくれた。トホホ~なんて言いながら、飄々と助けてくれる。ありがたかった。
「…なあ、ケイト。」
ただ、1点。気になることがあった。1年間、ずっと一緒にいたから分かるようになったことがある。それが、ケイト本体と、分身の見分け方だ。どこが違うかは明確には説明ができないが、なんとなく、今日は分身、今日は本体、それが見分けられるようになった。もちろん、全てを見分けられるわけではないが。
「なぁに?」
だから俺は分かる。このケイトが、本体ではないってことを。ここ最近、ケイトは分身を使いすぎている。俺が分かる範囲でも、4日に1日は分身だ。なぜ、こんなにもケイトが分身を使っているのか。その答えを、俺はなんとなく分かった気がした。
アイツは、無理をしすぎるんだ。一緒にいたから、もう一つ気が付いたことがある。ケイトは、周りをよく見ている。それこそ、異常なくらいに。そして、周りを見て最適な言動を選択する。それがケイトの長所ではあるが…体力も、気力も、多く使わないと成り立たないことだ。だから、疲れているんだと思う。定期的に、分身を出してガス抜きをしなければいけないくらいには。
「…なんでもないよ。」
お前、分身だろ。本体の様子はどうなんだ。そう聞きたいのに、俺は聞けずに誤魔化した。
「はぁーーーー。」
「随分と大きなため息だな。」
「あ、トレイくん。居たんだ~。」
3年になっても、ケイトは相変わらず飄々と寮を、リドルを、支えてくれた。だがその分、ケイトが分身を使う日がどんどん増えていく。それが心配だった。
今日のケイトは珍しく本体。なんでもない日のパーティー用にタルトを作っていれば、カップラーメンを片手にケイトが厨房にやってきた。
「も~、お腹ペコペコだよ…。」
「お疲れ。1年生たちの様子はどうだ?」
「フツー。でもハートの女王の法律、全部覚えた方がいいよって教えてあげたら、『流石に冗談ですよね?』って言われちゃった。」
顔に疲れを浮かべながら、ヘラ、と笑顔を浮かべるケイト。ケイトはビリビリと持って来たカップラーメンのパッケージをはがす。そのラーメンは一度味見をさせてもらったことがあるが、辛くて到底俺には食べられない代物。だが、ケイトはそれが好きらしい。特に疲れた時に食べたくなる、なんて言っていた記憶がある。
「そうだよな。まあ、誰かが首を刎ねられたら流石に危機感持つだろう。」
「できれば誰も刎ねられて欲しくないんだけどねぇ。」
寮は相変わらずルールに縛られてばかり。文句ばかりの上級生と、入ったばかりで緊張感のない1年生の板挟み。そんな状況、誰だって疲れるに決まっている。
「タルト焼けたやつないの~?味見したーい。」
だから、ケイトの悪癖が出てくるのもしょうがない。
「駄目だ。最初の1ピースは寮長のものだろ?」
「そうだけどぉ。」
「それに…いや、なんでもない。」
「何それ。変なトレイくん。」
ケイトは甘い物が苦手だ。それに気が付いたのは1年生の中盤の頃。基本、できるだけ避けようとするのだが…疲れた時に、わざわざコイツは苦手な甘い物を自ら食べようとする。一種の自傷行為だ、と気が付いたのはここ最近のことだ。
「…なぁ。ケイト。」
「何?」
しかも最近は回数が多い。俺がお菓子作りをしているところに出くわすたび、ケイトは甘い物を要求する。分身の使い具合も心配だから、俺はついに踏み込むことにした。
「最近、分身を使いすぎじゃないか?昨日も入学式準備に来たのは分身の方だったろ。」
「はァ!?」
「おっと、大丈夫か?」
意を決して、それでも冷静さを取り持って聞けば、ケイトはびっくりした声をあげ、スマホを取り落とした。俺にバレていると思っていなかったらしい。「な、なんのことかな~、なんて…。」と、取り繕おうとするケイトに、俺は言いたいことだけ言うことにした。
「別にお前を責める気はないよ。誰かに言うつもりもない。」
ただ、心配なだけなんだ。胸元の刺さったマジカルペンの魔法石が、濁っていくたび、心配になっただけだ。追及する気もこれ以上なかった。が、ケイトにとっては大問題だったらしい。顔を真っ青にさせて、呼吸がどんどん荒くなっていく。おいおい、大丈夫か。
「き、昨日はその。」
「ああ。」
「課題!課題が終わってなくて。でも、準備も大事だからオレくんにお願いしたんだ~。」
心配になりながらも、ケイトの言葉を待って入れば、しどろもどろに言い訳がされる。分かっている、ケイトがそうやって誤魔化そうとすることくらい。いつも、それに乗っかって誤魔化されてやっていたから。
「ケイト。俺はお前が心配だよ。」
「………なんて?」
けれど今回は違う。踏み込むと決めたから。
「お前、無理をしがちだろ。」
「え」
「色々考えているのは見ていて分かっているが、分身に頼りすぎるのは良くないんじゃないか。」
全部を教えてくれなくていい。つかず離れずでもいい。だけど、何かあった時くらい、しんどい時くらい、頼ってほしい。そう思ったから。
俺は、「お前が言いたくなかったらいいよ。」と、できるだけ平静を装って作業に戻る。
ちらりと横目で見れば、ケイトは慌てた様子で…混乱した様子で何かを言おうとして、そのまま口を閉ざした。
ああ、溜め込んでいるな。
そう確信したのは、イデアからケイトの様子を伝えられたときだった。
あの日、ケイトの内側に踏み込んだ良いものの。ケイトは、全くと言っていいほど、頼ってくれることはなかった。それに対して若干のもどかしさを抱きつつも、アイツにはアイツのペースがあるだろうと見守っていたのだが。
「と、トレイ氏。ちょっとケイト氏のことで話したいことが…」
新入生が色々やらかして、対応に追われていた日の授業終わり。浮いているイデアのタブレットに話しかけられた。珍しいこともあるもんだ、と思いながら聞けば。
ケイトが昨日、エナジードリンクを大量に買い込んでいたらしい。しかもその時の様子が変だったと。
「な、なにが変だったかは説明しづらいんですが…なんかこう、心ここにあらずっていうか…ちょとっと危ない雰囲気がして…ってすんません拙者の勘違いだったら腹切って詫びます、はい…。」
「いや、共有ありがとう。助かるよ。」
おそらく、イデアが見たのは、あのケイトだろう。やっぱり、俺に見せていないだけだった。それが…なんだか酷く、悔しかった。
それからの日々は怒涛だった。
新入生のエース・デュースとリドルの機嫌を直すために作ったタルトが法律違反だったり、エースとデュースが決闘を申し込んだり。流石に、俺も疲れた。多分、ケイトはもっと疲れていたのだと思う。タルトを一緒に作った時、アイツ、2切れ目を要求してきたんだ。いつも食べたとしてもほんのちょっとなのに。量を増やさないとストレスを発散できないのかと思うと、心配だったが、これ以上踏み込むのは良くない気がして黙っていた。それでも、いつ助けを求められてもいいように、なるべくアイツの側にいた。
そうしてやってきた決闘の日。
リドルが、オーバーブロットした。始まりは、エースがリドルを殴ったところからだった。殴ったのを皮切りに、不満を持っていた寮生たちが卵を投げつけて。それに激怒したリドルが感情のまま魔法を使ったせいで、起こってしまった悲劇。もう滅茶苦茶だ。
とにかくリドルをなんとかしよう、と動けば、後ろにいたケイトが魔法に不慣れな1年生たちを庇って前に立つ姿が目に入った。コイツはやっぱり視野が広い。やりやすくなった、と攻撃魔法を打ち、なんとかリドルを正気に戻せるように努力する。俺自身も、後ろに攻撃魔法が飛んでいかないよう工夫していたのだが。
「っまずい!」
「大丈夫、任せて!」
力の全てを使ってくるリドルの攻撃を避けきれず薔薇の木が魔法を使えない監督生のもとへと向かっていく。まずい、と思わず叫べば、ケイトが自分の分身を監督生たちの前に滑りこませた。ケイトの分身が衝撃を受けて吹っ飛ばされる。
「監督生ちゃんたち、怪我はない!?」
「は、はいっ…!」
「なら良かった!トレイくん、こっちはなんとかするから、とにかくリドルくんを正気に戻して!」
どうやら全員怪我はないらしい。良かった、と思う暇もなく、また飛んでくる攻撃。
「ドゥードゥルスート!」
それを躱しながら、とにかく攻撃をすれば。
「あ゛あ゛ああああああああ」
「リドル!」
やっと終わりの時間がやってきて、ブロットの化身がリドルの後ろから消えた。力なく倒れていくリドルを寸でのところで支えて、安全な場所に移動させて寝かせる。
「なあ、ケイト。濡らしたタオル、を…」
そして、傷つき汚れてしまったところを拭ってやろうと、ケイトに声をかけたのだが、振り向いた先にケイトはいなかった。あれ、アイツならすぐこちらに近づいて様子を伺いに来そうなものなのに。不思議に思って辺りを見渡せば、滅茶苦茶になった庭の隅に、ケイトはいた。
「けい、…」
声をかけようと思った。けど、かけられなかった。ケイトが、青い顔をして、体を小刻みに震わせていたから。
「は、…っ、ふぅーーーー。」
落ち着こうと深呼吸をする姿。こんなの、何かがあったなんて一目瞭然だ。声をかけたかった。けど、必死に1人でなんとかしようとする姿を直視して、俺は良い言葉が見つからず、結局リドルの方に視線を戻した。
「ごめん、オレくん回収してた!」
しばらくして戻ってきたケイトは、ほとんどいつも通りだった。
「ケイト、大丈夫か。」
「大丈夫!ほら、リドルくんそろそろ目を覚ますんじゃない?起きた時に他のとこ見ていたらリドルくん、寂しくなっちゃうよ!」
けど、俺は先ほどの様子を見てしまったから、分かってしまう。小刻みに震える手。見られたくないからと後ろに隠している。ニッコリ向けられる笑顔。冷や汗でメイクが崩れている。多分、周りの人間が見たら何も違和感を感じない程度の異常。だが、その異常を俺に感知させるようなミスをケイトは基本しない。だから、何かあったのは明らかなのに。追及したかったが、「何も聞くな」とでも言いたげな笑顔の圧に、俺は言葉を飲み込むしかなかった。
「ケイト。今良いか?」
「トレイくん?ちょっと待って!」
そうして全てが解決したあと。俺は、ケイトの部屋へと向かっていた。
「どうしたの?何かあった?」
出迎えてくれたケイトはいつも通り。さっき見たケイトが錯覚なんじゃないかって思うほどだ。
「いや、何かあったわけでもないが、少しケイトと話したくて。」
「俺と?なあに?」
「…なあ、ケイト。」
「うん?」
お前、さっきなんで震えていたんだ?そう聞きたかった。そう聞きたかったから、わざわざ部屋に来た。なのに、ケイトの笑顔が、いつもよりも大袈裟に見えて。踏み込むな、と言われている気がした。
「…やっぱりなんでもない。」
「なにそれ。」
「…それよりも、ケイト。リドルを一緒に止めてくれたお礼に今度のパーティーでは好きなもの作るよ。何が良い?」
結局、俺は踏み込めなかった。
だからはぐらかせば、それすら見通されているような感覚がする。
「えー、じゃあ、エースちゃんが好きなチェリーパイか、デュースちゃんの好きなエッグタルトかな。」
「違う。俺が聞いているのは、お前が食べたいものだ。」
それが、酷く悔しかった。
「え?えー…なんだろ。」
「…キッシュはどうだ?野菜とか、パイ部分を工夫すれば写真映えもするものが作れると思うぞ。」
「お!いいね!でもトレイくんがしょっぱい系作るの珍しいね?」
だから、これは俺からの悪あがき。
「お前、甘い物苦手だろ?」
「え…あっ、え、知ってたの?」
「ああ。なんだかんだ言って毎回俺にユニーク魔法を使わせてくるからな。」
ケイトが隠していた中で1番軽い秘密。それを知っていることを暴露してやった。ケイトはポカン、とした表情をして。それから、少し焦ったような顔で「なーんだ、気づいてたなら言ってよ~。」と言ってくる。
「まあ、なんだ。無理はしなくていいから。」
「なにそれ、お父さんみたい。てか、気付いていたのに言わないの、良くないと思うよ。」
「はは、悪い悪い。」
気付いていたのに言わない。それが良くないことだって、リドルの件で身を持って理解している。でも、ケイト、お前は違うだろ。気づかれていることを知ったらもっと隠そうとするはずだ。隠して、無茶をする。それが分かっているから俺は踏み込めない。踏み込んでいいものなら踏み込んでしまいたいさ。
ケイトの様子が変になっていったのは、この時期からだった。
「クローバー先輩。」
「ジャミルじゃないか、どうした?」
「実は、ダイヤモンド先輩のことでご相談が。」
マジフト大会が近づいてきて、寮長・副寮長会議が盛んになってきたころ。会議終了後、スカラビアのジャミルが話しかけてきて、俺は少し驚く。と、いうのも、あまり接点がないからだ。時々、寮のための話をすることはあるが…なかなか2人きりで話すこともないので、何かあったのだろうかと聞けば、話題はケイトについてらしい。
ケイトとジャミルって仲が良かったか?なんて思いながら聞けば、数日前の夜に、泣きはらした顔でケイトがミステリーショップに買い物に来ていたと。それを聞いて、ああ、と合点がいく。数日前、泣いたあとのような顔でケイトが話しかけてきたと、リドルから相談があったから。明らかに泣きはらした顔なのに、いつも通り話しかけてきたからどう対応すれば良いか分からなかったとため息をついていた。まさか、そんな状態で外も出歩いていたとは。
「そうか、共有ありがとう。」
「お役に立てたのなら。では。」
以前のケイトなら自分が落ち込んでいる様子を外に出さないはずだ。なのに他寮の寮生に目撃されるなんて何かがおかしい。アイツのこと、ちゃんと注意して見ておいてやらないと。
「と、れいくん。大丈夫?」
「ああ。心配かけて悪いな。」
そう思っていた矢先。まさかの俺が、足を滑らせたリドルを庇って階段から落ちてしまった。足を怪我してしまって保健室で治療をしてもらっていれば、ケイトが心配の言葉をかけてくれる。かなり痛むが、まあ、生活ができないほどではない。マジフト大会に出れるかどうかが怪しいのが困るが、とりあえず静養に努めることにしよう。
「今回の連続怪我人事件、犯人が分かった。」
などと思っていたのだが、俺の怪我は不注意ではなかったらしい。サバナクローのラギーが犯人だと怒りながら報告してくるリドル。マジフト大会までに問い詰めてやる、と顔を真っ赤にしている。おそらくの狙いはディアソムニア。それを止めるための作戦を伝えられる。
「…だからケイトは分身を出して、ディアソムニアの生徒に成りすましてほしい。」
「OK!任せて☆」
トントンと進む作戦会議は進んでいく。俺自身も、サバナクローには苛立っていたし、すんなり解決すればいい、なんて思っていた。
俺は、この時のケイトの様子を伺い忘れていた。
「あ、いたいた、トレイ先輩!」
「エース?」
マジフト大会が終わった。レオナがオーバーブロットしたり、まあ色々あったが、とりあえず悪事を止めることができて、ディアソムニアから怪我人も出さずに済んだ。
大変だったが、一件落着してよかったと談話室で一息ついたとき、エースが小走りでこちらにやってきた。
「今ちょっといいっすか?」
そうやって聞いてくるエースに、勿論と返せば、ちょいちょい、と招き寄せられる。どうやら耳を貸せと言いたいらしい。言われた通りに耳を傾ければ、エースがこそ、と耳打ちをしてくる。
「実はケイト先輩がさ、マジフト大会終わったあと、寮の廊下で蹲ってて。」
「えっ。」
「もう落ち着いてはいるんだけど、ちょっと心配だったっつーか。」
そして告げられる、かなり心配になる事情。
詳しく話したいから場所移して良いっすか?なんて言ってくるエースの後を追って、人の気配のないところに移動した。
そこでエースが改めて説明をしてくれた。どうやらケイトは、マジフト大会後に過呼吸を起こしてパニックになっていたらしい。それを、偶々エースが見つけたと。
「んで、理由も聞いたんだけど…ケイト先輩、誰かが倒れている姿とか怪我してる姿とかを見るのが苦手なんだって。」
そして、落ち着くまで一緒にいたあと、原因を聞いたらしい。昔に遭った事故がトラウマで、誰かが怪我して倒れている姿を見ると、体が勝手に反応してしまう。そう、ケイトは力なく笑って言ったらしい。…今回の作戦、ケイトの分身が観客の群衆に落ちつぶされるのが前提だった、よな…?
「…なんで、断らなかったんだ、アイツ…。」
「なんでだろうね。絶対、トラウマ刺激するって分かってたっぽいのに。ケイト先輩、トレイ先輩が怪我したときも、なんつーか、心ここにあらずって感じだったし。多分あの時も、表には出さなかっただけでパニックになってたんだと思う。」
3年も一緒にいるのに、全く知らなかった事実に上手く言葉が出ずにいれば、「まー、ケイト先輩、隠したかったみたいだけどねー。」とエースが補足をしてくれる。
「寮長には言わないでって言われたけど、トレイ先輩に言うなとは言われてないから、一応報告でーす。」
「あ、ああ。ありがとう。」
礼を言えば、「良い後輩っしょ。」なんて冗談めかして笑ってくる。調子の良い奴だな、と思っていれば、「あ!」と声をあげる。どうかしたのかと尋ねれば、これはオレが聞きたいことなんだけどさ、とエースが言う。
「聞きたいこと?」
「そ。ケイト先輩って何か裏事情的なのあったりする?」
結構危なっかしい気がするんすけど、と続く言葉。ジッとこちらを探るように見てくる。…コイツも、ケイト程ではないけれど、観察眼があるんだよなぁ。ここで下手に誤魔化すのも悪手なような気がして、「ちょっとな。」と俺は言う。
「無茶をしやすいんだ。本人は否定するだろうが…良かったら様子を見てやってくれ。」
具体例は伏せて、完結に。あまりにも概念的になってしまったが、エースは「了解でーす。」とだけ言ってにっこり笑った。
俺は、この日、初めてケイトの内側に踏み込んだ。そしてそれが失敗だったと身を持って証明した。
エースから、マジフト大会後のケイトの様子が変だったという話を聞いてからというものの、俺はずっと感情がモヤモヤしていた。何故俺に伝えてくれなかった。何故、リドルの作戦を断らなかった。聞きたいことが山ほどあって、俺はついに、今まで避けに避けていた行動をとることにした。
「最近、テスト勉強で寝不足なんだろ?」
眠そうに談話室のソファでウトウトとしているケイトに声をかける。ハーブティーを差し出せば、「ありがと。」なんて言って受け取るケイト。飲み干した頃合いを見て、俺は「話したいことがあるからついてきてくれ。」とケイトを自分の部屋に誘導した。不思議そうに「話したいことってなに?」と聞いてくるケイトに、俺はできるだけ冷静に喋る。
「なあケイト。隠していること、あるだろ?」
「…なんのこと?」
「エースから聞いた。マジフト大会の後のこと。」
「うわ。」
ケイトはうげ、とでも言いたげに顔を歪めた。
「心当たり、あるよな?」
「…ありまーす…。」
どうやら、ちゃんと心当たりがあるらしい。そこはまず、良かったと思うべきだろうか。
「いやー、エースちゃんにはダサい姿見せちゃったよ。」
「そういうことじゃない。ケイト、お前も分かってるだろ。」
トホホ~なんてふざけた様子のケイトに、俺は苛つきながら窘める。何に苛ついているのか、自分でも分からなかった。
「なんで話さなかった。話していたら、お前が無理にユニーク魔法を使ってしんどくなることもなかっただろ。」
それでも聞きたいことは決まっていた。だから冷静に話せた。なぜ、3年間も一緒にいるのに俺に相談の1つもしてくれなかった。なぜ、トラウマを真正面から刺激するような作戦を受けた。それが、知りたかった。
「別に、話すほどの内容じゃないと思ってただけ。ほんと、いつもは大したことないし。今回はたまたま酷くなっちゃって自分でもビックリするくらいだったんだから。」
「嘘をつくな。」
「…嘘じゃないよ。」
「いいや、嘘だ。」
ケイトはしらばっくれる気らしい。いつもは大したことない?今回はたまたま酷くなっただけ?
俺は、ケイトのこの言葉が嘘だと知っている。
「リドルがオーバーブロットしたときから、変だとは思っていた。お前、自分の分身を消しに行った時、震えてただろ。」
「…見られてたんだ。」
「そうやって体が分かりやすく異常を起こしているのに、大したことがないって?冗談は程々にしておけよ、ケイト。あの時は、ケイトが隠そうとしていたから、言わない方が良いかと思って黙ってた。でも、今回みたいなことがあるのなら、話は別だ。」
あの時のケイトは、周りの様子に気を向けることもできないほど、動揺していた。観察眼が鋭くて、普段調整役をしているケイトがだ。リドルがオーバーブロットした、という緊急事態だからこそ、言えなかったのだろうと黙っていた。だが、今回に関しては全く別。作戦だって、何度だって練り直すことが可能だったはずだ。
「お前はどうして自分を後回しにする。何を隠してるんだ。」
なのにケイトは何も言わなかった。そんな様子などおくびすら見せず、作戦が終わるその時までボロを出さなかった。普通に考えて、そこまで無理をする必要はないというのに。
「ケイト。答えろ。」
「ほーんと、もう。思ってたのに言わないってとこ、良くないと思うよ。」
「それはこっちのセリフだ。」
「てか、終わったんだから良くない?めでたしめでたしで良いじゃん。蒸し変えされるのけーくん嫌いだな。」「良くない。ちゃんと話せ。なんでリドルの作戦を全部受け入れたんだ。」
何か理由があったんだろ。教えてくれよ。
「トレイくんがそんなに知りたがるなんて意外。いつも過程はどうでもいいって言ってるくせに、珍しいね。」
「話をはぐらかすな、ケイト。そういう問題じゃないだろ。」
「じゃあどういう問題なわけ?俺の事情も知らないくせに、勝手なこと言わないで。」
「だからその事情とやらが聞きたいんだ。」
ケイトが苛つき始めているのがよく分かる。でも、今回だけは絶対折れない。折ってやりたくない。
「………帰る、自分の部屋。」
「話は終わってないだろ。」
「は、だる…。」
そう思って、追及していたのだが。ポツリ、と不機嫌そうにつぶやいたケイトは、俺の手を振り払った。引き留めたが、ケイトは酷く冷めた目でこちらを睨んだあと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
ああ、やってしまった。即座にそう思った。
「ホントごめん!ちょっとイライラしてて、めっちゃ態度悪くなっちゃった。」
だから次の日、ケイトがいつもの調子で謝ってきたときは、「ああ、距離を取られたな」と察するしかなかった。
「俺も言葉が強くなりすぎた。悪かったよ。」
「……ケイト、やっぱり話すつもりはないんだよな?」
「そうだね、話せない。ごめん。」
「分かった。変なことを聞いて悪かったな。」
ケイトは踏み込まれることが嫌いだ。それを知っていて、踏み込んだのは俺。
それでもあきらめきれず、性懲りもなく話してもらえないか聞いたが、ケイトはただニッコリ笑って話せないと拒否をした。
ケイトが内側を見せてくれたのは、ホリデー明けの時だった。…望んだ形ではなかったが。
「ケイトも、実家に帰るのか?」
「うん♪せっかくのホリデーだし、家族と過ごしてくるよ☆」
あの言い争いのあと。俺たちは、ずっとギスギスとした状態が続いていた。もちろん、俺たち2人とも寮の中心的メンバーである自覚はある。だから表立って争ったり、仲の悪そうな様子を見せたりということはしなかったが…付き合いの長いリドル、それからエースとデュースには俺たち2人が他所他所しいことを見抜かれているようだった。まいったな。
そんな状態で、なんとかホリデー前には元の関係に戻りたいと思っていたのだが。こりもせず、ケイトがオクタヴィネルのオーバーブロットに巻き込まれたりしていて、さらに俺は自分の感情が上手く整理できなくなって。なかなか良い声のかけ方が分からず、気づけばホリデー開始前日になってしまった。
「その…いや、なんでもない。何かあれば連絡して来いよ。」
「え?あ、うん。」
いつも、ケイトはホリデー後、帰って来た時に酷く疲れたような表情を見せる。家に何か事情があるのだろう、とはずっと思っていた。今までは見守っていたが、最近はケイトの様子が少しずつ変になってきている。だから、できるだけ逃げることができる場所の提供をしたいと思っていたのだが、こうして仲たがいしてしまっていては、伝えようにも伝えずらい。そのせいで、「何かあったら連絡して来い」なんて、あやふやな声かけしかできなかった。…ケイトは一瞬考えるそぶりをしたものの、すぐにいつもの飄々とした表情をしてきたので、ああこれは連絡が来ないだろうなと痛いほど分かってしまった。
「あと、これ。良かったら持っていってくれ。」
「なにこれ、可愛い~!クッキー?」
「これくれるの?」
「ああ。ケイトのお姉さんたちは可愛いものが好きなんだろ?良ければ渡してくれ。」
「ありがと~!これでちょっとご機嫌取りできそう!」
せめて、これだけは。そう思って、俺は用意していたクッキーを渡した。いつも、ケイトはホリデー後、姉たちの愚痴を少しだけもらす。可愛いものが好きで、買い物に連れていかれるとか、お土産を買っていかないと不機嫌になるとか。…少しでも、問題のありそうな家で過ごすケイトの助けになりたかった。
その思いで渡せば、ケイトは受け取って、嬉しそうに笑った。どうやら、気に入ってくれたらしい。
とりあえず、良かった。何事もなく、ホリデー後に会えたらいい。その時は、このすれ違いをなんとか解消しないと。
そう思いながら、俺は実家に帰った。
ケーキ屋の手伝いで忙しかったが、家族とも過ごすことが出来て、かなり充実していた毎日。…ケイトからの連絡が来ないことが気がかりだったけど、マジカメは相変わらず更新されていたから、なんとか生活できているのだろう、と信じることにした。そうしてクリスマスも過ぎてやっと落ち着いてきたころ。
「…?リリアからの連絡?珍しいな。」
ケーキ屋の営業時間を過ぎてから見たスマホに、大量の着信が入っている。それも、全て同級生のリリアから。
『おお、トレイ。ようやく繋がったか。』
「悪い、店の方に出ていて電話に出られなかった。何かあったのか?」
同じ副寮長だから、それなりに関わりがある。それでも、普段から連絡を取り合う中ではないため、何かあったのだろうと踏んで、聞いてみたのだが。
『わしは今学園にいるのじゃが…ケイトがな、部室でいきなり吐き戻して、そのまま気を失ってしまっての。』
「えっ、ケイトは大丈夫なのか!?」
予想外の、緊急事態を告げられた。
ケイトが体調不良。
あのケイトが人前で倒れるほど具合が悪さ。なかなか想像できなくて驚いて問えば、『大丈夫…ではないのう。』と電話越しのリリアが困ったように言う。
『今は眠れておるが…熱も上がってきておるし、一番仲の良いお主にだけは連絡をしておこうと思っての。』
「そうか。」
倒れた直後から熱が上がりだして意識も曖昧、保健室に担ぎこんだものの、良くなる気配が一向にないと。
『それで保険医がケイトの家にも連絡したのじゃが…ちと、厄介での。』
そんな状態だったため、一度家での静養をした方が本人の体が楽だろう、と保険医がケイトの家に連絡をした。何十回ものコールのあと、ようやく出たのは母親らしき女性。だが、その女性はケイトの状態を告げられても、心配をする素振りを見せず、『1人で解決できるはずだから、連絡はしてこないでほしい』という内容を言ってきたらしい。
家庭の方針、と言われてしまえばそこまでではあるが、あまりにも扱いが雑すぎないか。ケイトが、毎回のホリデーで帰りたがらない理由が分かった気がした。
「そうだったのか。連絡、助かったよ。用意が出来次第、すぐそちらに行く。」
もう、居てもたってもいられなかった。
母さんに帰ることを報告して、俺は荷物を引っ掴んで電車に飛び乗った。
「おお、来たか、トレイ。」
公共交通機関を乗り継いで、やっとの思いで学園にたどり着く。玄関を通って、そのまま真っ直ぐに保健室に向かえば、リリアと保険医がいた。
「ケイトは!」
「起きてはいるが…まだ良くはなっていないのう。」
案内されるがままカーテンを開けば、顔を真っ赤にして苦しそうな顔をしているケイトがいた。額に手を当てれば、酷い熱が伝わってくる。なのにまだ寒気がするのだろう、体を丸めて震えている姿は、見ているだけでこちらが辛くなってくる。
「ケイト。」
「…と、れ、ぃ…」
ポンポン、と肩を優しく叩けば、ぼんやり目を開けたケイトに、掠れた声で名前を呼ばれる。どうやら意識は薄っすらとあるようだ。
「辛いな。」
本当に辛そうだ。だからそう声をかけたのだが、あまりにもボーっとしていて、言葉の意味を理解しているかどうかも怪しい。…こんなに体調を悪化させるなんて、もしかして家で何かされたのか。そうじゃないとしても、この状態を説明されたのにも関わらず、「連絡してくるな」と言った母親に、怒りがこみあげてくる。
「何か欲しいものはないか。すぐ用意する。」
どうか、ケイトが少しでも楽になれば良い。多分、色々我慢して、こうなってしまったのだと思う。せめて、俺だけでもケイトの希望を叶えてやりたかった。お粥でも、ポリッジでも、水でも、氷嚢でも、何でも用意してやる。だから、何か願ってくれ。
「…りょう、もどる。」
その気持ちが通じたのか。ゆっくりまばたきをしたケイトは、ぽつり、とつぶやいた。普段、めったに我儘を言わないケイトの、小さな願望。
「…寮で、見させてくれませんか。」
保健室に居させた方がいいことは分かりきっている。だが、俺はそれを叶えてやりたいと思った。
保険医にお願いをすれば、勿論断られた。が、何度も頼めば、授業中以外は誰かが必ず側についていること、何かあったらすぐに連絡することを条件に、許可が下りた。俺はすぐにケイトを抱き上げて、ハーツラビュルへと向かった。ケイトの部屋に勝手にお邪魔するのは気がひけたが、落ち着ける場所が一番良いだろうと入らせてもらい、ベッドに寝かせた。
「おい!おい、ケイト。動くな!」
ケイトの看病は、思っていたより何倍も、…いや、何百倍も大変だった。
「起きたか、ケイト。」
「…あ…、ね、ちゃ…」
寮のベッドに寝かせて数時間後。ケイトは、ぼんやりとした顔で、目を開いた。起きたのか、と思って声をかけたが、違ったようで、まだ意識は眠りこんだままらしい。そんな状態にも関わらず、ケイトはフラフラと立ち上がった。
「おい!どこに行くんだ!」
慌てて声をかけるが、ケイトは無表情でゆらゆら歩き始める。一歩歩く事につんのめり、すぐに倒れ込んでしまいそうな、そんな足取りで部屋の隅っこに移動したケイトは、そこで体育座り。体をぎゅ、と縮めて動かなくなった。
「ケイト、ケイト。」
慌てて声をかけて揺さぶるも、ケイトは瞼閉じたままをピクリとも動かさない。どうやらたった数歩移動するのに体力の全てを使い切ったらしい。膝を抱えたまま気絶するかのように眠っているケイトを担ぎ上げて、俺はベッドに寝かせた。それを夜中の間、何度も繰り返した。
「なあ、ケイト。何か食べられそうか?ポリッジを作ってきたんだ。」
「い、らな…」
次にケイトが目を開いたのは、翌日の朝。まだぼんやりとしているケイトに、そろそろ何か食べないと不味いだろう、と思って作り置いていたポリッジを見せれば、弱々しくいらないと口にする。だが、このまま栄養が取れなければ治るものも治らない。
「1口だけでいいんだ。」
「いいっ…」
だから、なんとか食べてほしいと1口だけでいいと伝えるも、ケイトが泣き出した。この3年間でケイトが泣いている姿を見るのは初めてで、思わずギョッとしてしまう。それでも弟たちが熱を出したときのことを思い出して、とにかく冷静に宥めた。が、ケイトは弟たちみたいに簡単には落ち着いてくれなくて。
「ケイト、落ち着け。」
「う゛ぅ゛う~゛ッ」
泣いて、取り乱すように髪を掻きむしった。パラパラと数本、髪の毛が落ちる。慌てて手を掴めば、拘束から逃れようと身体を暴れさせる。そのせいで熱が上がってはぁはぁと肩で息をしている姿が、とても苦しそうだ。感情も、体も、きっと全てが辛いのだろう。
「お、おい!ケイト!」
なんとかしてやりたい、どうしたらいい、そう思うのと同時に、ケイトがピタリと動きをとめ、スースーと寝息を立てはじめた。落ち着いたのは良かったが何故急に。
「仔犬。」
驚いていたら、後ろから聞きなじみのある声。
「クルーウェル先生。」
「鎮静の魔法をかけた。クローバー、お前は授業へ行け。」
部顧問の、クルーウェル先生がいた。ケイトを止めることで必死だったから気が付かなかったが、どうやら、様子を見に来てくれたらしい。そういえば、今日から新学期が始まるんだったな。ケイトを見ていたいという気持ちと、授業に行かなければならないという気持ちで動けずに行けば、「この俺が見てやるんだ。心配せずに早く行け。」と言われてしまう。クルーウェル先生の言うことは最もで、後ろ髪を引かれる思いで、俺は授業に行った。
「クルーウェル先生。ただいま戻りました。ケイトの様子は…。」
「良くはないな。ユーリスが点滴を追加していった。疲れが原因だから、とにかく休むしかないらしい。」
授業が終わり、俺はチャイムと同時に寮へと駆け出した。ケイトの部屋に入れば、予想通りクルーウェル先生の姿があり、ケイトの様子を簡潔に述べられる。保険医の先生が来て、点滴を処方していったらしい。はぁ、はぁ、と荒いケイトの息遣いが聞こえてくる。顔は真っ赤なのに、顔色は酷く悪い。そんなケイトをジッと見下ろしたクルーウェル先生は、くるりとこちらを振り向いた。
「…クローバー。本当に寮でそのまま様子を見るのか。」
難しいんじゃないのか。そう言われていることに気がついて、俺は息を呑む。
「今日、一日様子を見ていた。お前も、コイツの異常な行動を目撃してるだろう。」
異常な行動。勿論心当たりがある。体が怠くて動かせないはずなのに、部屋の隅に行こうとする姿。暴れて泣く姿。どれもこれも、ケイトが普段ならしないような行動ばかりだ。
「正直学生には荷が重い。保健室で様子を見るべきだ。」
分かってる。さっきも、クルーウェル先生がいなかったら、俺はケイトを宥められていた自信がない。それなら、保険医に任せて、何かあったらすぐに対応してもらった方が良いことなんて分かってる。
でも、それでも。
「…でも、ケイトが。コイツが、寮に戻りたいって言ったんです。」
いつも、どこか冷めた目をしているくせに。寮が苦手だって雰囲気を出す時があるくせに。コイツは、紛れもなくハーツラビュルに帰りたいと言った。コイツが安全と思えている場所に、居させてやりたい。
「俺は、無茶と言われてもケイトの希望を尊重したい。」
クルーウェル先生が言っていることは正論だ。分かってる。それでも俺は、ケイトの気持ちを優先したい。
そう考えて、折れずにいれば、クルーウェル先生はため息をつき、不服そうだが了承してくれた。代わりに、何かあったらすぐに教員人に連絡すること、それから…「ダイヤモンドの最近の様子を教えろ。」と言われ、俺は驚く。
「最近の様子って…何か気になることでも?」
「お前らが気づいて、教員が気づかないわけがないだろう。最近のコイツは目に見えておかしい。」
目に見えておかしい。
クルーウェル先生の簡潔な物言いにあまりにも心当たりがありすぎて、俺は一瞬固まった。
「ダイヤモンドは3年生にあがる前までは、所謂『普通の生徒』だった。」
「そう、ですね。」
「が、今はどうだ。色々目につく部分が多すぎる。」
クルーウェル先生はため息をつきながら眉間を抑えた。
「サムも、コイツが泣きはらした姿を見たといっていた。俺自身、コイツの魔法石が濁っている姿を見た。」
「…はい。」
「何か、お前も気がついていることがあるだろう。それを話せ。」
まさか、教師陣までケイトの異変に気がついて居るとは思ってもいなかった。…とりあえず、と俺はケイトについて話す。とにかく無茶をしすぎること、トラウマがあること、そしてソレを…わざと引き出すような作戦にのったこと。洗いざらい話せば、クルーウェル先生は大きくため息をついて、「そうか」とだけ言った。
「…とにかく、何かあったらすぐに連絡すること。トラブルは起こすな。」
そして、クルーウェル先生はケイトについて触れることはなく、それだけを言ってそのまま部屋を出て行った。
「トレイ。看病を代わるよ。」
代わりに入ってきたのは、リドル。どうやら、ずっとケイトの側に付きっ切りな俺を心配して来てくれたらしい。そう言えば、食事を摂っていなかったな、と思い出して、俺はありがたく看病を交代してもらった。
「ただいま。助かったよ。」
「なんだ、早かったね。…もう少し、ゆっくり来てもよかったんだよ。」
急いで戻れば、穏やかな寝息を立てているケイトと、それを困ったような顔で見ているリドルがいた。
「ケイトの様子は?」
「…さっき目を覚ましたと思ったら、酷く取り乱してね。…ずっとこうなのかい?」
何かあったのか、と思い聞けば、ケイトが先ほどのように取り乱したらしい。気休めだけど、楽になる魔法をかけたよ、と伝えてくるリドル。…俺はさっき、上手く対応ができなかったのに…流石だな。
「ああ。早く良くなると良いんだが。」
「…そう、だね。トレイ、ボクもケイトの様子を見ていたいんだけど、いい、かな。」
「勿論。…もしかして、何かあったのか?」
感心していれば、少し困ったように…歯切れ悪く、自分も看病をしたいと伝えてきたリドル。いつもみたいにハキハキとした喋り方じゃないことに違和感を覚えて何かあったのかと聞けば、リドルはギュっと、拳を握りしめた。
「…ケイトが、さっき、寝ていたんだけど。」
「ああ。」
「突然、魘されだして慌てて起こしたんだ。そしたら…ケイトが、外に出ていこうとして、そのまま窓から落ちそうになった。」
「は?」
衝撃的な内容に、俺が絶句していれば、少し震えた声で、リドルは言った。
「本当に、自然な足取りで窓に向かって行ったんだ。咄嗟に止めたから、なんとかなったよ。けど、何度も同じことをしようとするから…。」
だから魔法をかけて、無理やり眠らせた、らしい。よくよく見れば、リドルの顔は真っ青だ。相当、ショックを受けたんだろう。
「トレイ。ケイトの看病はボクも協力する。けど、トレイだけではおろか、ボクたちだけではこの状態のケイトを見ていられない。せめて、他に誰かに協力してもらわないと。」
それでも普通を貫き通そうとするリドルは、誰かの助けが必要だと冷静に言った。もともと、ケイトをこの寮で引き取るにあたって、大体の事情はリドルに話している。だから、保健室に戻すのではなくて、この寮でどうにかする方法を提案してくれたのだが。
「協力って…でもコイツ、自分が弱っている姿を見られるのは苦手で…。」
「そんなことを言っている場合かい!?」
いや、分かっている。そんなことを言っている場合ではないとは分かっているが…。ケイトが望まない形にはしてやりたくない、と渋っていたら。
「ねー、ケイト先輩大丈夫っすか?様子見に来て…」
「ダイヤモンド先輩、体調…」
丁度良い…いや、最悪なタイミングで、後輩2人が部屋の中に入ってきた。そしてその後輩が目撃したものは…怒っている寮長と、怒られている副寮長、それからかけられた魔法が切れて、虚ろな目で窓から落ちようとしている寝込んでいるはずの先輩。
「「ウワー―――――――――ッ!」」
途端、大声を出した2人は、ケイトの元へ向かって一直線。
…と、いうことで、協力者が2人増えた。
それから、授業の時間以外は交代でケイトを看た。
「ケイト!危ないから部屋から出るんじゃないよ!」
「な、で…」
そんなある日。俺とリドルで見ていたとき、ケイトはまたフラフラと外に出ていこうとし、ついに痺れを切らしたリドルが、ケイトに怒った。…実は、昨日、少し目を離した隙に薔薇の迷路で遭難しかけたばかり。いい加減にしてくれと言いたくなる気持ちも、分かる。
だが、それを意識も曖昧なケイトに言うのも酷だ、と思っていれば、ケイトはぼんやりとしたまま、口を動かす。その嗄れ声で囁かれた言葉を聞いて、俺たちは心臓が冷たくなるような感覚に陥った。
「いつも、出て行けっていうくせに。」
それから、リドルはケイトの側を離れようとしなくなった。消灯時間が過ぎても、仮眠を取りながら近くに居続けた。エースとデュースも何かを感じ取ったのか、部屋に入り浸るようになった。かくいう俺も…様子を見ていないと不安で、授業の時以外はケイトの側にいた。ケイトは…ずっと寝ているんだか分からないようなぼんやりとした目で、天井を見つめていた。熱があがれば呻いて、食事を与えようとしたら泣いて、このまま回復なんてしていないんじゃないかと思ってしまうような有様だった。
そんなある日。
パチリ、とでも音が聞こえそうに瞬きをしたケイトは、不思議そうに辺りを見渡し。俺に気がついて。
「……………………………おはよ♪」
お前は何でここにいるんだ、とでも言いたげな間と声でおはようと挨拶をしてきた。あまりにも、いつものケイトだった。どうやら、しっかりと意識が戻ったらしい。
「体調はどうだ?大丈夫か?」
「う、うん。平気…。」
「嘘つけ、まだ熱があるぞ。」
ホッとしつつ、体調を伺えば平気と言うケイト。…それが真っ赤な嘘であることを、俺は知っている。
「トレイくん、これどういう状況…?」
「覚えてないのか?まぁ、無理もないか。」
こんな状況でもコイツは強がるんだな、と一周回って呆れれば、ケイトは戸惑ったような顔をして聞いてきた。どうやら、寝込んでいる間の記憶がないらしい。まあ、無理もないか。熱も酷かったし、ずっとぼんやりしていたから。
「カリムとリリアから凄い勢いで着信が入ったから、驚いたんだぞ。部室で吐いて、そのまま気を失ったって。」
「あッ……なんっか思いだしてきたかも…。」
軽く事情を説明すれば、酷い顔色のまま、ケイトがグシャリと顔を歪めた。どうやら、倒れたあたりまでの記憶はあるらしい。
「カリムくんとリリアちゃんに迷惑かけちゃったな…。トレイくんもごめんね。」
「気にするな。…ただ、かなり辛そうだったから、心配なんだ。」
寝込んでいた間の様子をかいつまんで伝えれば、「マジか」とでも言いたげな顔で驚いている。どうやら自分でもそんな行動をするなんて予想外だったようだ。
「あとでみんなにごめんねしなきゃ…。」
「そうだな。早く良くなって元気な姿、見せてやれよ。」
「ほーんと最悪。マジカメに投稿しちゃお。#今起きた #これがタイムスリップ #誰か授業ノート見せて っと…。」
「はは。こんな時にもマジカメなんて、流石だな。」
それでもなんとか平静を装おうとしているのか、マジカメを触り出すケイト。おいおい、辞めとけって。「ちゃんと休養しろ。」と言いながらスマホを奪えば、ケイトは文句を言いながらも、大人しくスマホを諦めた。どうやらまだ相当具合が悪いみたいだ。
「なあ、ケイト。聞いてもいいか?」
「うん、何?」
そんなケイトを眺めつつ、俺は1つ、ケイトに問いかけた。
「ホリデーはどうだった?」
そう。こうなった原因。…家での、出来事について。
「大変だったよ~、姉ちゃんたちにこき使われて…ま、でも充実してたよ☆」
ケイトはニッコリ笑って、なんでもないことのように答えた。
「…そうか。」
なあ、ケイト。クルーウェル先生は、疲れが原因でこうなったと言っていた。ここまで酷く体調を崩すほど疲れるって、何があったんだ?ただ熱が出るとかではなく、無意識で体が勝手に動き出すくらい、異変が起きるって何なんだ。いつもホリデーが終わったあと、姉ちゃんと母さんにこき使われて疲れた~って冗談めかしていってるよな。こき使われるって、どんな風に?
「やば!めっちゃ深夜じゃん。俺、もう1人でも大丈夫だよ。今まで看病ありがと~!」
「……大丈夫じゃないから、まだ隣にいるよ。」
色々聞きたくて、頭の中で質問をめぐらせていれば、ケイトはその静寂を気まずいと思ったようだ。わざと明るく声を出して、もう一人でも大丈夫だと言ってくる。嘘ばかりのくせに。昨日まで、意識すらなかったくせに。今だって、十分高熱が出ているくせに。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうな中、必死に冷静になろうと深呼吸をすれば、部屋の隅から「う…」と呻き声が聞こえた。どうやら、先ほどまで眠っていたリドルが起きたようだ。
「あ、リドルくん!おはおは~♪」
「け、いと…。」
「うん、けーちゃん先輩だよ☆看病ありがとね、ってええ!?」
そして起きたリドルは、ケイトを見て静かに泣いた。リドルが泣くなんて珍しいと思ったが、理由は明白。リドルはあの日以来、ずっとケイトのことを心配していた。
「心配かけてごめんねぇ。もう大丈夫だよ!」
が、ケイトにとっては寝耳に水の大惨事。慌ててベッドから起き上がって、リドルを慰めに行こうとする。そしてリドルはというと、「毛布から出るんじゃないよ!ベッドにお戻り!」とまたケイトを叱って、さらに泣いた。ケイトは焦っているが、本当にお前は周りの感情を滅茶苦茶にした自覚を持った方が良い。
「ちょっと体調崩しただけだよ~、平気だから泣かないで。」
「これがちょっととお言いかい!?」
…なんだか、リドルが自分の感情を出せるようになったことに安心したのも束の間。すぐにケイトが水に油を注ぎに行く。お前はなんでこれをちょっとと言うんだ。またリドルが怒り始めた。これに関しては至極真っ当な怒りではあるのだが、起きたばかりで説教はしんどいだろうと流石に助け船を出してやった。
「ケイト。本当に起きてよかった。周りに人がいると休めないだろうから、僕たちはもう部屋に戻るよ。」
「うん、ありがと♪」
「エースとデュースを起こさなくては…。君たち!起きろ!!おい、エース、デュース!…ッ、全然起きない…。」
「深夜だもん、しょうがないよ。…あっ、オレくんたち出して運ぼうか?」
が、流石にこれはいただけない。ケイトの癖なのは分かるが、こんな時まで周りに気を使おうとするなんて。またリドルが怒ったが、俺は助けなかった。いい加減にしろ。そのまま怒られて反省しておけ。
「けーくん完全復帰☆」
「よかったな。」
それからまた1週間。意識がちゃんと戻ったは良いものの、その分、ケイトは悪化したり良くなったりを繰り返した。…ケイトはもともと気を使われるのを得意としない。それから、人に心配をかけるのも好きじゃないから、俺やリドル、後輩が来ると無理に体を動かして元気さを演出しようとする。そのせいでまた体調を崩して…の不のループを繰り返し、たっぷり1週間かけて、ようやく復活した。
治ったと嬉しそうに笑うケイトは、寝込んでいたせいで頬が少しこけている。それを見て、早くコイツが誰かに頼れるようになれば良いと、俺は心の底から思った。
ケイトの身体が悲鳴をあげ始めたのは、VDCの頃からだった。
「あ。トレイ先輩。」
「監督生じゃないか。どうした?」
ある日の授業終わり。すれ違った監督生に声をかけられ、俺は寮へと向けていた足を止めた。監督生とは比較的話す仲だが、大体いつも隣にグリムやエース、デュースがいるので、2人きりの状況で話しかけて来られるのはなかなかに珍しい。
「えっと…ちょっと、聞きたいこと、というか報告がありまして。」
聞かれたくない話だからと、オンボロ寮に招かれた。どうやらグリムは、ハーツラビュルに遊びにいっているらしい。人払い…ならぬゴースト払いをした監督生は、少し迷った様子で、それでも何かを決心したらしく、口を開いた。
「あの、ケイト先輩って…こう、何かあったりしますか。」
…いや、正直予想は出来ていた。最近、普段話さないヤツに話しかけられるが、その話題は9割の確率でケイトのことについてなのだから。
「何か、か。」
「はい。ケイト先輩って、自分にとっては頼れる先輩…なんですけど。エースとかデュースとか、それこそリドル先輩、トレイ先輩がかなりケイト先輩のこと、気を使っているような気がして。」
監督生は言葉を選びながら、慎重に話す。
「それで、なんでだろうって気にかけてみたら、その。ちょっと抱え込みやすいタイプなのかな、とか色々思うところがありまして…。」
「…そうだな、アイツは色々複雑な奴なんだ。ところで監督生、お前が気づいたケイトのことについて、聞いても良いか?」
勿論、と監督生は了承した。これはあくまでも憶測なんですけど、と前置きしてから話し出す。
「ケイト先輩って、多分女性が苦手ですよね。苦手…っていうか、恐怖、が正しいのかな。自分が女なの、トレイ先輩って知ってましたっけ。」
「ああ、エースたちから聞いてるよ。」
「そうなんですね。ここ男子校だし、普段は認識阻害の魔法薬を飲んでるから、自分の性別を知らない人が結構いて。ケイト先輩も、最初自分のことを男だと思ってたみたいなんですけど。自分が女だって知ってから、分かりやすく態度が変わったんです。優しくなった…というか、怯えている、っていうか。」
女性が苦手。あまり意識をしたことはなかったが、家のことを考えると妥当かもしれない。ただ、怯える、というところに少しひっかかる。
「怯える?」
「はい。アズール先輩と契約を結んだときも、『女の子にそんな危険なことさせちゃダメでしょ!』ってグリムたちに怒ってくれたんです。でも、なんというか…単純に、心の底から心配しているってわけじゃなくて、怖がっているような、そんな感じで。」
上手く言えないけれど、と監督生は歯切れ悪く話す。
「自分が女って分かってから、モストロラウンジに連れて行ってくれたり、プレゼントしてくれたり。普通に考えたら女の子に優しい先輩ってだけで終わると思うんですけど、ケイト先輩の場合は、自分の機嫌を取ろうと必死になってる感があって…。」
目が、なんというか怯えてるんですよね。自分を怒らせたらとんでもないことが起こるって思ってるみたいに。そう、監督生は呟いた。…女の子を怒らせたらとんでもないことが起こる…これはもう、2人の姉が関係している予感しかしない。
「それでここからが本題の報告、なんですけど。」
どうしたもんかな、そう思っていたら、監督生は気まずそうに言う。
「ケイト先輩、自分のために、アズール先輩から契約書を借りて、ヴィル先輩と契約をしたんです。」
「…は?」
どうやら、今までの話は前座だったらしい。嘘だろ、と思いながら聞けば、監督生の口から信じられない言葉が飛び出した。
アズールと契約?
訳が分からず詳しく聞けば、オンボロ寮がVDCの合宿場にされたと聞いたケイトが、女の子1人のところに男子高校生を放り込むなんて、と怒ったらしい。それで、監督生を守るために契約を結んだと。
「自分も不安だったので、ありがたくはあったんですけど。…。」
その契約内容が、結ぼうとした時の言葉が、ケイトがケイト自身をないがしろにするようなものだったらしい。
「一晩中分身を派遣させようか、とか。自分には分からないけど、ユニーク魔法って使うの結構疲れるんですよね?それをなんともない風にあっけらかんと提案されてしまって…。」
流石にそれは、とジェイドに止められて違う案になったらしいが、結局それも『監督生が〝助けて〟と口に出した場合、ヴィルのユニーク魔法は一時的にアズールの所有物となる。同時に、ケイトがその場に召喚される』という、ケイトにとってかなり負担になる条件。
「助けてもらっておいてなんなんですが、心配になってしまって。だから、せめてトレイ先輩にご報告を。」
「そうだったのか。色々教えてくれてありがとう、監督生。視野が広くて助かるよ。」
監督生にお礼を言って、俺はオンボロ寮から出た。…なんだか、まずいかもしれないな。契約相手のヴィルにでも話を聞こうか。
「トレイ。」
そう思ってポムフィオーレ寮に向かおうとすれば、道中いつになく真剣な顔をしたヴィルに声をかけられた。こっちから呼びかける前に呼ばれたことに一瞬びっくりしたが…こういう時の話題は…もう考えなくてもわかる。
「ヴィル。…ケイトについて、か?」
「あら。話が早いじゃない。」
ヴィルはさほど驚かなかった。
「じゃあ本題に入るわ。伝えたいことは2点。まず、先週の毒薬精製の授業でケイトが作ったマンドラゴラ、1体明らかに変だった。」
マンドラゴラ?不思議に思って聞けば、毒薬精製の授業でマンドラゴラを育成をしたと。その際、魔力を注いでユニークなものにしようとケイトが言いだしたらしい。ケイトが作ったマンドラゴラは、ほとんどが可愛くて、楽しくてハッピーに見えるようなモノだったそうだ。ただ、1体。明らかに、異質なマンドラゴラがあった。
「そのマンドラゴラ、酷く怯えてたの。頭を隠して、物陰で小刻みに震えていた。」
怯えて、泣いているマンドラゴラ。
「ケイトは魔力の注ぎ方を間違えただけって言っていたけど、アタシも同じようにマンドラゴラに魔力を注いでいたから分かる。アレは、ちゃんと魔力の主の影響を受けていた。」
ヴィルは、その時点ではケイトの言い訳を聞いて流してやっていたそうだ。だが、最近の様子を見て、このまま放っておいたら良くないと俺に教えてくれたらしい。
「そのマンドラゴラはどこにある?」
「リリアがクルーウェル先生に渡していたわ。気になるなら見せてもらいなさい。…それから、2点目。」
いずれ見せてもらおう、と算段を立てていれば、ヴィルがピッ、と指を立てる。
「アイツ、アタシに契約を持ちかけてきた。それに関しては別にいいけど、ケイト、最近変でしょ。いつもの様子で話しかけてきたけど、何か変だった。だからこれは報告よ、ハーツラビュルの副寮長さん。」
じゃあ、用事があるからもう行くわ。そう言ってヴィルはスタスタと去っていく。
聞きたいことは聞けたが、悩みの種が増えてしまったことに頭を抱える。マンドラゴラ、なんだそれ。とりあえず、副寮長である俺と…正直年下には見せたくないが、寮長であるリドルも見ておくべきだ、と思いリドルに声をかけ、クルーウェル先生の元へと向かった。部屋に入れば、サムさんやトレイン先生、他数人の先生と何かを話していたクルーウェル先生は俺らを見るなり、何かを察したように鉢植えを取りだした。そこには。
「っ、」
ヴィルが言っていたように、頭を隠して、物陰で小刻みに震えているマンドラゴラがいた。
「…ケイト。」
まるで、熱で魘されて、それでも部屋の端に移動して小さくなったケイトとそっくりだ。声が出せなくなった俺達2人に対し、クルーウェル先生は「仔犬共が見たいだろうものは見せた。帰れ。」と言ってくる。それに、従うしかなかった。
ドアを閉めれば、聞こえてくる微かな声。
「あんなに薬を買っていくなんて今までの小鬼ちゃんじゃありえなかった。」
「それとなく保健室に来るように声をかけたけど、本人大丈夫しか言わないんだよね。」
「ブロットが溜まっているのが心配だ。」
「この前の件といい、保護も考えた方がいいんじゃないか。」
どれもこれも、ケイトの身を案じる声。
「…トレイ。」
同じく、漏れてくる声を聞いたリドルは、決心したように言った。
「一度、ケイトから直接話を聞いてみよう。」
「…ああ。」
結論からいうと、失敗した。無理やり理由をつけて開いた、リドルと俺、そしてケイトだけのお茶会。
「…ケイトは、今のハーツラビュルをどう思っているんだい?」
リドルの問いに、ケイトは笑って当たり障りのない言葉を言うだけ。
「…ケイト。単刀直入に言うが、最近、君が無理をしているように見えてね。もしかしたら寮に何か不満があるのかもしれないと思って。」
「無理…?いやいや、してないしてない。」
「…それならいいんだけど。」
踏み込んだリドルの問いにも、いつもの調子で軽く返されてしまう。
「体調のこともそうだが、何かあったら言って欲しいんだ。手遅れになる前に、気がつきたい。ケイト、お願いだ。」
「もちろん。何かあったら言うね。頼りにしてるよ♪」
それでもなんとか、頼ることだけはしてほしい。そう考えて伝えたリドルの言葉も、形だけでしか受け取ってもらえなかった。その後は話をはぐらかされてしまって。
結局、また俺は。俺達は、ケイトのことなんて、分かってやれやしなかった。
ケイトが本当に人に頼れない奴だと知ったのは、この時だった。
VDCが終わって数日後。
「トレイくん、おはよう!」
そう声をかけてきたケイトを見て、俺は察した。ああ、分身だ。
「おはよう。ケイト。」
それでも俺は気が付かないふりをして、ケイトに微笑む。ここまでは良かった。嫌な話だが、いつも通りだ。
「それでね、昨日エースちゃんが…」
ただ、これはいつも通りじゃない。
さっきまで喋っていたケイトが突然喋るのを辞めたかと思うと、すぅっと消えた。残ったのは、ダイヤの8のカードのみ。こんなこと、今まで一度もなかった。何か異常が起きたのかもしれない。そう思ってケイトの部屋を訪ねれば、ケイトは真っ青な顔でベッドに沈みこんでいた。大方、体調が悪くて分身を出したはいいものの、魔法を維持できなくなったのだろう。
「起きたか、ケイト。」
「……………………………おはよ♪」
そんなに酷いのなら、最初から。最初から言って欲しかった。
「トレイくん、なんで。」
「……分身が突然消えた。嫌な予感がして来てみれば…。」
起きたケイトは、いつもの調子で…そしてなんでお前がここにいるんだって顔をして、気まずそうに笑った。
「なあ、なんで言ってくれなかったんだ。」
「1人で休んでいればどうにかなるくらいだったからさ。」
なあ、なんで。
この間、リドルも、俺も、何かあったら頼って欲しいって言ったばかりなのに。
「これで?1人でどうにかなる?」
こんなに顔色が悪いのに。血の気が失せているくせに。それに…
「そこに置いてある薬の量でそれを言うのか?吐き気止めと頭痛薬、それから胃薬。こんなに辛いところが多いのに、1人で大丈夫だって?」
「えっと…。」
ベッドサイドのテーブルには、いくつもの魔法薬が置かれている。部屋に入った時、正直一番最初に目に入ったくらいだ。その薬は、どれもこれも、効きが強いと評判のもの。これに頼ってもなお、酷い顔色をしているのだから、実際はどんなに酷いのか、想像するに難くない。
「リドルも言ってただろ。俺たちは…俺は…。」
ぴろん
必死にどうにもならない歯がゆさと怒りをかみ殺しながら言葉を選んでいれば、俺達2人のスマホが同時に鳴った。流石に俺達2人のスマホが同時に鳴るのは珍しい。話したいことは山ほどあるが、何かあったのかもしれない、とお互い話すのをやめ、スマホを開くと。
「え。」
「は?」
理解ができないくらい、突拍子のない緊急事態が明記されていた。
「…トレイくん、これヤバくない?」
「………ああ。」
「15分後に会議開くって。」
学園に何者かの襲撃。エースとデュースの負傷。
とにかく現状の把握に努めなければ…いや、その前にリドルは大丈夫なのか?思考をしていれば、隣でモゾリと動く気配。ケイトだ。会議の参加者にはケイトの名前も載っている。…でも。
「ケイト、お前は休んでろ。」
今のケイトじゃ、動いて、そして会議の場である鏡の間に行くのすら困難だろう。だから引き止めれば、
「学園がめちゃくちゃ、しかもリドルくんがいなくなったのに休んでる場合じゃないでしょ。副寮長のお前も外に出ずっぱりになることになったら誰がこの寮の指揮をとって動かすの?」
「それは…」
なんて正論を言われてしまう。何も言えずにいれば、ケイトはもう着替えを始めていた。ふらふらとたたらを踏むのが怖くて見守っていれば、「変態」と笑われてしまう。そんなこと言っている場合か。
「先に行っている。」
もう、こうなったケイトは止められない。俺が一番知っている。だから、俺は先にいくことにした。
鏡の間でのケイトは、いつも通り、だった。
「トレイくん、俺、寮のみんなの点呼と報告、やるよ。トレイくんは寮のみんなのケアと、それから状況整理をお願い。」
「……ケイト。お前は休んでろって。」
「もうそれ禁止。良いからやるよ。みんなー!集まって!」
寮に戻ってからも、ケイトは先ほどまでの不調なんて感じさせないくらい、いつも通りの頼れる明るい先輩を演じた。でも、俺は、不安でしょうがなかった。
『やばい、トレイくん助けて~😢』
『動くなすぐにそっち行く。』
だから、そのメッセージが来た途端、俺は考えるよりも先に走りだしていた。
「ケイ、うお!」
そうしてケイトの部屋に駆け込んだのだが…部屋の住人は、ドアから僅か数センチの場所で、床に体を預けていた。勢いあまって踏みそうになってしまったことに焦りつつ、「おい」と声をかける。
「動けなーい(笑)」
そう言って困ったように笑うケイトの顔色は最悪。意識があるようで何よりだが、それ以外の状況が最悪すぎる。俺は黙ったまま、ケイトを抱き上げてベッドに寝かせた。
「トレイくん、ありがと~。」
お礼を言ってくるケイトに、「むしろもっと早く呼べ。」と言い、俺はそれはそれは丁寧に看病をした。
…が、1日経ってもケイトの様子は改善されやしない。
「…なあ、ケイト。普通の体調不良にしては、酷く見えるんだが、心当たりはないか。」
ギリギリ、体を起こせるようになったケイトの背中をさすってやりながら言えば、ケイトは少し気まずそうな顔をして言う。
「正直あるんだよねぇ。多分、毒。」
とんでもないセリフを。
詳しく聞けば、ヴィルのオーバーブロットを止めた際に、毒を吸い込んでしまったらしい。それを、今まで黙って1人でなんとかしようとしていたと。
「お、ま…お前、毒ならもっと早く言えよ!」
慌てて保健室に担ぎこめば、保険医の先生も口には出さないが大仰天。数日間保健室で経過観察となったわけだが…ここまでならないとケイトは助けを求めてこないのか、と俺はため息をついた。
ケイトが隠していたものの大きさを知ったのは、この時だった。
マレウスがオーバーブロットした。それはそれは壮大な夢を見て、マレウスを倒して。ようやく、一息つけることができて。ようやっと日常生活に戻れるという時だった。
「ローズハート先輩!クローバー先輩!ダイヤモンド先輩が!」
突然。デュースの悲鳴のような声が聞こえてきた。ケイトがどうかしたんだろうか?慌てて向かえば、そこには。
「トレイくん!薔薇の庭の手入れは済んでる?」
「エースちゃん、ユニーク魔法の特訓、手伝うよ☆」
「けーくん、課題やらなきゃ!」
「リドルくん、今日もいつもみたいに可愛いね!」
「あれ?なんでみんな不思議そうな顔してるの?」
「そんな顔しないで、みんなでハッピーになろ☆」
不気味なくらい、同じ笑みを浮かべたケイトが大量に溢れかえっていた。明らかな異常事態だ。エースが部屋の中に押し入ろうとしているが、分身に行く手を阻まれている。なんだこれ。オーバーブロット、してるみたいな…。
「おい!本物はどこだ!」
「本物?オレだよ!」
「ホンモノって酷いなぁ、全部ホンモノなのに。」
でも、これはオーバーブロットじゃない。オーバーブロット特有の周りへの空気の汚染がない。
なんだこれ。見たことのない現象に焦っていれば、
「首を刎ねろ!」
リドルが、冷静にケイトの首を刎ねた。
「ケイト!」
ケイトで溢れかえっていた、部屋のベッドの上。そこに、ケイトは横たわって静かに息をしていた。
「リドル、助かったよ。」
「いや。…とりあえず、イデア先輩この現象について伺ってみよう。」
ハーツラビュルに行くのは嫌だ!と駄々をこねるイデアを引っ張りだしてケイトを見せた。…イデアは、ケイトを見た瞬間、ピタリと動きを止めて、どこかへと連絡をし始め、それからケイトは、S.T.Y.Xへと連れていかれた。
「ケイト!大丈夫かい?」
『やほやほ、リドルくん。それにみんなも!けーくんは大丈夫、元気だよ☆』
数日後。イデアから連絡が来たかと思えば、元気そうに笑うケイトが画面一杯に広がった。
「いやいやそんなわけないっしょ」とエースがツッコミをいれる。バレたか…なんて困ったように笑っているケイト。コイツの大丈夫は今後一切信用しない、そう心にきめた。
『簡単に言うと、ケイト氏の今の状態はブロットが関係している。』
『ブロット?…って、あのブロット?魔法使うと溜まるアレ?』
『そう。そのブロット。』
『え、もしかしてオーバーブロット?でも俺、オーバーブロットできるほど魔力量多くないよ。』
『オーバーブロットじゃない。むしろそれより見方によってはタチが悪いよ。』
イデアからの説明も、ケイトは冷静に聞いていた。まるで、他人事みたいに。
『ケイト氏の体はブロットの中毒症状が出ている。』
「中毒症状?」
「…ああ、だからか。」
「…それなら説明がつくね。」
そして、教えられたケイトの体に不調が出た原因。
ブロットの中毒症状。完全に思考の範囲外だったが、言われれば納得ができる。発熱の時も、部屋で倒れていた時も。よくよく考えれば、ケイトが魔法を無理して使った後だった。
リドルも同じく納得が行ったようで、頷いている。ケイトは…ただ、何も言わず、イデアの話を聞いていた。
『オーバーブロットにはならない。ならないけどケイト氏の場合…ここ数年、多分3年くらいかな、ブロットが抜けきった形跡がないんだ。』
ケイトの身体からブロットが抜けきった形跡がない。イデアはそう言った。
『リドル氏達みたいに強力な魔法でドカンと溜まるタイプじゃないから、ブロット許容量も超えることはないしオーバーブロットには至らない。だとしても、朝から晩まで365日ずっとある程度の量のブロットに侵されてれば、そりゃ魔法の制御も出来なくなりますわ。自覚症状なかった?吐き気とか頭痛とか、思考が感情的とか短絡的になるとか、物忘れが激しいとか。』
『あっ……た。』
自覚症状がなかったのかの問いに、ケイトは小さな声で肯定する。
『えっと…自覚症状はあったんだけど、なんかマズイって思わなかったんだよね。なんでだろ…?』
『脳がブロットの影響を受けていたせいで、危険察知能力が低下していたせいっすな。』
ただ、自覚症状はあったものの、それをマズイとは思っていなかったらしい。そんなことあるのか?と思っていれば、イデアから恐ろしい言葉が飛び出てくる。
『キミ達、ぎっくり腰分かる?あれと一緒。一度なると、再発しやすく悪化しやすいんだ。あとは単純に気が付きにくい。オーバーブロットすれば大荒れするから周りもすぐに異変だって気が付けるけど、この場合は…ケイト氏自身も気が付かないまま、再発して、ブロットが溜まり…あとは分かるね?』
今回はケイトの魔法が暴走したから、俺達は気が付くことができた。そうじゃない場合は…、自分も周りも気が付けないまま静かに…。衝撃的な内容に、俺達は固まるしかなかった。…誰にも気づかれないままなんて、まるでケイト本人みたいだ。
『とにかく完全にブロットが抜けきるまで、S.T.Y.Xで過ごしてもらうことになるっすわ。』
「ちゃんと静養しておいで。」
「ノートの写真はマジカメで送っておくよ。」
二の句が継げない俺に変わって、他のメンバーがケイトに次々と心配の言葉をかける。何も言えない俺にとって、それが、ありがたかった。
「ケイトとは最近連絡をとった?」
NRCを卒業してから数年後。
実家のケーキ屋で働いていれば、リドルが大学の終わりにケーキを買いに来てくれた。丁度休憩だからと仕事を止め、2人で久しぶりに食事をすることになった。
そこで聞かれたのは、ケイトについて。
「ああ。2か月前に、1回直接会ったよ。連絡もつい1週間前にしたところだ。」
「そう。エースとデュースも、この間輝石の国へと遊びに行ったらしいよ。」
俺は、この間あったばかりのケイトの様子を思い出す。
学生の頃よりも少し大人びたケイトは、それでも学生の時みたいな軽薄な笑顔をニッコリと浮かべていた。いつまでたっても内側は見せてもらえそうにないな、と思いつつ、元気そうだったのでホッとした記憶がある。
「まあ、本人も自分の身体について理解しているようだしな。俺達が心配しすぎなのかも…」
そう喋っていた時だった。ピロン、と通知がきて俺はリドルに断ってスマホを見る。差出人はイデア?珍しいな。そう思って確認すれば。
「…は。」
内容は、さっきまで元気そうだったと話していたケイトについて。極めて簡潔に、ケイトの状況を知らせる文章が送られてきていた。
「どうかしたの?」
「……再発した、らしい。」
「は?…再発、って…まさか、ケイトの症状が、かい?」
書いてあったのは、『ブロット中毒症状の再発』について。様子を見に来たければ、簡易転移装置を用意すると書かれている。迷わずにいくと返事をすれば、ノータイムで送られてきた転移装置。…全てお見通しらしい。
「転移装置は1人分…トレイ、君が行っておやり。」
「いいのか?…ありがとう。」
そんな会話をして、俺はすぐに転移装置に手を触れた。
そしてぐにゃりと視界が歪んだと思った数秒後。目の前には、学生以来会っていなかったイデアとマレウスがいた。
「イデア!ケイト、アイツの様子は!」
「久しぶり、トレイ氏。今説明するから少し落ち着いてもろて。」
カタカタと青色の空間でパソコンをいじり続けるイデア。マレウスは、その隣で神妙そうに考え事をしていた。Enterが押された音がして、イデアがコチラを向く。「覚悟してきいてくだされ。」なんて言ってくるものだから、俺は思わず身構えた。
「…今回の定期検査、異常値が出た。で、そのあとすぐに精密検査をしたら完全に再発してることが分かった。今はブロットを抜くためにここに居てもらってるんだけど…検査するたび、数値がどんどん悪くなってる。」
「それ、は…大丈夫、なのか。」
「一応大丈夫ではあるけど、まあマズイっすな。前よりも悪化するスピードが段違いで速い。今魔法を封じて新たなブロットが精製されないようにしているけど、体に残ってる僅かなブロットに過剰反応中。」
S.T.Y.Xに定期検査を受けにきた時は、ケイト自身もあまり自覚症状がなく、ケロッとしていたそうだ。なんなら、「みんな過保護すぎ~」なんて言って、しぶしぶ自分で職場に連絡を入れたくらいには。
そんなケイトだったが、S.T.Y.Xに来てから2日ほど経った頃から、吐き気と動悸を訴え始めたらしい。あの我慢強く、他人に助けを求められないケイトがだ。
明らかな異常だと思ったイデアが精密検査の2回目を行ったところ、最初に行った結果よりも酷くなっていて、再発したことが分かったと。もし定期検査を先延ばしにしていたら何が起きていたか分からない、再発したタイミングで丁度S.T.Y.Xにいて良かったよ、とイデアはいう。
見て、とケイトのマジカルペンを見せられる。ついている魔法石はほとんど濁っていない。それでも、僅かな濁りが、今ケイトを苦しめているらしい。
「…そう、か。」
伝えられた状況をなんとか理解すれば、イデアは「様子を見に行くといいよ。本人、かなりグロッキーになってるから。」などと言ってくる。さらに心配になるんだが…。ケイトのもとに案内してほしい、と伝えれば、イデアは頷いた。ただ、その前に聞きたいことがある、と言われる。
「ねえ、トレイ氏。ケイト氏の家の話って何か聞いたことある?」
「…何か気になることがあるのか?」
「今回ケイト氏が魔法を使った理由、家族のためっぽいんだよね。でも、NRCで発症した当時、学園長がケイト氏の家に電話をかけて説明をしているんだ。」
なんだろう、と思っていれば、ケイトの実家についての話。
「ブロット中毒の内容から、悪化予防やリスクまで、全部説明したはず。…なのに、ケイト氏の家族は止めるどころか、ケイト氏のユニーク魔法をあてにして、かなり魔法を使わせていたっぽい。」
そして告げられる、ケイトのブロット中毒の再発の原因について。今まで、ケイトは自分の管理を比較的ちゃんとしていたらしい。なのに、今回大量のブロットをためていた。理由は、家族。それも、ケイトの身体についてを知っているはずの。家族仲の良いイデアには、何故そんな風に無理をさせたのか、予想はついているものの、確信には至っていないらしい。
「…ケイトが3年生の時、2週間休んだのを覚えているか?」
「まあ、はい。あのスーパー底抜け陽キャがかなり長い間休んでいてクラスでも話題になっていたから、記憶に残ってるよ。」
だから、俺はあの時のことを説明する。ホリデーの度に帰るのを嫌がっていたこと、3年生の時は家から帰るなり高熱を出したこと。それから…電話した家族の言葉を。
「はー…そういうこと。…やっぱ闇あるじゃんケイト氏…。」
全て話せば、イデアはそう呟いた。あまり意味が分からなかったが、何やら納得しているようだ。
「これで良いか。早く、ケイトの元へ行きたい。」
「…いやー…これで終わったらよかったんすけど…」
話が終わったのかと思って、早く行きたいと伝えれば、イデアは困った様子のまま。
「ケイト氏は、もう魔法士として生きていくことは難しい。」
そうして告げられた言葉に、俺は、頭が真っ白になった。
「は、ーっ、はぁ…っ」
「大丈夫だよ、ケイト・ダイヤモンドさん。ゆっくり息をしよう。」
しばらく呆然としていれば、だんだんと冷静になることができた。そうして連れて来られたのは、ケイトがいつもS.T.Y.X滞在中に過ごしているという研究室。
イデアに連れられるまま部屋に入れば、青い顔をして、だいぶやつれた様子のケイトがいた。体が辛いのだろう、服の上から胸の辺りを抑え、荒い息をしている。傍から見ても異常事態なのは明らかだ。隣にはオルトもいて、優しく声をかけ続けている。イデア曰く、数日前からずっとこんな状態らしい。
「薔薇を塗ろう」
「…?…あれ、なんか急に楽に……トレイくん。」
見ていられなくて、ユニーク魔法でケイトの感覚を上書きする。突然回復したから驚いたのだろう。不思議そうに顔をあげたケイトが、こちらに気が付いて、俺の名前を呼ぶ。
「ああ。久しぶりだな、ケイト。」
「な、なんでここに。」
「イデアからケイトの検査結果が送られてきてな。いてもたってもいられなかったから、ここまで来たんだ。」
ケイトは、不味いものを見られてしまったとばかりにハクハク口を動かした。本人的にも、まずい自覚はあるらしい。…ないわけがないか。
「で?」
「で?って何…」
「言い分だけは聞いてやろうと思ってな。」
「…魔法を使いすぎました。」
感情を殺したまま聞けば、ケイトは、素直に魔法を使いすぎたと白状してくる。
「理由は。」
「あー…分身の使い過ぎっていうか…。」
「分身を使った理由は?」
「家族の、手伝い、的な…。」
理由を聞けば、イデアから聞いていたのと全く同じ内容が語られる。
「俺のユニーク魔法って便利じゃん。だから、家族のために、使いたくて!ちょっと無理しちゃった。」
そう言って笑うケイト。ここに来ても、ケイトはこの状況を『ちょっと』と言った。
「ケイト。これは『ちょっと』じゃないだろう。」
ここまで来ると、怒りを通り越してしまった。もう、なんというか。心配で、仕方がない。
「あはは、そうかも。…イデアくんにも魔法を使わない方が良いって言われちゃったし。」
なんでもないことのように笑うケイトが、心配でしょうがない。だって、魔法が使えなくなるってことは。今の仕事も、今まで学んできたことも、ほとんど全てが無に帰すということだ。もっと、戸惑って、混乱してもいいはずなのに。どこか諦めたように、笑うケイトに、俺は…叫び出したくなるくらい、激しい感情を抱いた。
「…ケイト。」
「な、なに。」
「…体調が戻ったら、一回ちゃんと話をさせてくれ。」
だが、ケイトがこうなってしまったのは、俺にも原因がある。何度も、内側に入ろうとして失敗した。それで、諦めた。だけど、踏み込むのを辞めたせいで、ケイトは自分のことを大切にするきっかけを失って、こうなってしまったんだと思う。
「ケイト。俺はお前が心配だよ。」
だから、俺はもう思ってるだけで終わらせない。終わらせてやらない。
俺は、学生時代、伝えた言葉と寸分たがわぬセリフを言う。初めて踏み込んだ時の言葉だ。
「お前が言いたくなかったとしても…お前のことを、聞かせてくれ。」
家のことも、お前のトラウマのことも、全て。
そう伝えれば、ケイトはポカンとした顔をしたあと。
「トレイくんったら、何か変に勘違いしていない?」
なんて、少しおどけた顔をして。
「…まあ、話すくらい良いけどさ。」
と、困ったように笑った。
トレイ・クローバー
ケイトの内側に入るのに3年間かかった男。(なお全て勘違い)
このあとケイトから話を聞こうとするが、もちろんはぐらかされる。(なおケイト本人にはぐらかしている自覚はもちろんない。)
流石にプッチン来てS.T.Y.X出た後は問答無用で薔薇の王国に連行する予定。
サムさん
正直このシリーズで一番の被害者。えっ、小鬼ちゃん、いつもの明るさはどうした?えっ、泣いてる?えっ、薬買いすぎでは…?ケイトが来店するたびに、結構気を張って観察していた人。

























トラウマ発症して過呼吸になるのが闇に入らないんですか……???