Novel7 days ago · 1.9w chars · 1 pages

交差

千夜千夜

シリーズの続き。同級生パロぎゆしの。 もともと接点のなかった二人が今は一緒に勉強をしたり、共に過ごす時間が増えていきます。 ━━━⚠注意⚠━━━ ●設定の甘さはご容赦下さいませ。 ●捏造入り交じってます。モブも関わっています。 ●何でも許せる方のみ、お読み頂きますようお願い致します🙏💦 ━━━━━━━━━━━ ■拙作に目をとめて頂き本当にありがとうございます🙏✨頂けるブクマやいいね、コメントなどがとても嬉しく、創作の励みになっております✨ 少しでも楽しんで頂けましたら嬉しいです。感謝の気持ちで書き続けます🙏🏻💕

「ここ、よく間違えます」
しのぶは白く細い人差し指で模試の過去問題の設問を指した。
英語の記述問題。
義勇はその設問を目で追いながら手元にあったテキストを開いてしのぶに見せる。
「あぁ…ここの問題には癖があってな…」
「癖ですか」
「俺は癖と呼んでいる。意地の悪い問題には大抵、癖がある」
義勇の説明にしのぶは真剣に頷く。

しのぶと義勇は胡蝶家のリビングで勉強会をしている。
ひょんな事からそうする事になったのだが、今はそれが日常的な事になり、二人と少し離れた所でカナヲもお描かきをしたり、平仮名の練習をしたりしている。

義勇はしのぶの入れたアイスティーを飲み干す。
「そろそろ帰る」
「あら、もうこんな時間ですね」
しのぶは夕ご飯の仕上げをせねばならない事を思い出す。

「お茶 ありがとう」
義勇は立ち上がり、グラスをキッチンへ持っていこうとする。
「置いておいて大丈夫ですよ」
しのぶはグラスを預かる。
「すまない」

義勇が荷物をまとめて玄関で靴を履いていると、カナヲが義勇に折り紙を差し出した。
「うん?」
「あさがお」
紫色の色紙で折られた朝顔だった。
「俺が貰っていいのか?」
カナヲはコクリと頷いた。
カナヲはしのぶにも折り紙を差し出す。
「あら、私にも?」
「うん。ねえさんにもあさがお」
コクリと頷いたカナヲはしのぶに青い色紙で折られた朝顔を渡した。
「ありがとう、カナヲ」
「ありがとう。凄くかわいい。上手に折れたのね」
二人に頭を撫でられるとカナヲは嬉しげに「へへ…」と笑った。

交差

「胡蝶はゴリゴリの理系だな」
義勇の呟きにしのぶは半目を向ける。
「褒め言葉でしょうか」
「理系科目に傾斜配点のある大学を選んだ方がいいかもしれない」
「そ、そんなに文系科目がまずいですか」
学校の課外室は、放課後 生徒が自由に学習出来るスペースである。
ここは放課後から二時間だけエアコンの使用が認められており、快適に勉強が出来る。
「文型は出来るが 読解力でなんというか、斜め45度の解釈を…」
「いやだって この主人公、ここでさめざめと泣いているのに、何故 最後は晴れ晴れとしてるんです?情緒不安定なんですか」
「………主人公は悲しみに暮れたのちに、客観的に自分を見て、これだけの事をやったと漸く己を認められたという事では」
「この文章のどこにそんな表現が…」
しのぶは愕然とする。
横で聞いていた蜜璃がニコニコ笑っている。
「村の人達が、主人公のした事を木の板に書き記していたって所じゃないかしら。それを主人公が年老いてから見つけて読んで、自分の事だと分かって、漸く自分を許せたってところじゃないかしら?」
隣にいたしのぶと義勇は 目から鱗が落ちた様に蜜璃を見た。
「み、蜜璃さん!今わたし 凄く腑に落ちましたよ」
「甘露寺、今の解釈は完璧かもしれない」
しのぶと義勇が蜜璃を絶賛すると蜜璃は頬を赤く染めた。
「やだ!ほんと?! 二人にそう言ってもらえて嬉しいわ!!」
「ぁぁぁ、蜜璃さんみたいに人の気持ちに寄り添える人になりたいです」
しのぶは頭を抱える。
蜜璃は慌ててしのぶの両手を握った。
「そんな! しのぶちゃんは今でも充分に人の気持ちに寄り添える人よ!私いつもしのぶちゃんの優しさに救われているもの!こんな文章問題が苦手だからって自分を卑下しないで!」
「蜜璃さん〜」
「ねっ! 冨岡さんもそう思うでしょ?」
蜜璃は義勇に同意を求めた。
義勇も頷く。
「胡蝶ほど人の気持ちに寄り添える人間を知らない」
「心情の動きを問われる問題が壊滅なのにですか?」
落ち込むしのぶを見て義勇はふ、と頬を緩めた。
ふわりと しのぶの頭に義勇の手が触れる。
優しく撫でるその手はカナエのものとよく似ていて、しのぶは目を瞬いた。
「問題が解けないのと、ひととなりは関係ない。胡蝶は優しい」
「むぅ…… 過分に褒めて頂いて恐縮です」
その様子を傍らから見ていた蜜璃は内心で『キャーッ』と黄色い声を上げていた。

(や、優しいわ!冨岡さんが しのぶちゃんに物凄く優しいわ!)
(頭 撫でちゃったわ!)
(冨岡さんってこんな顔するのね!)
(えっ 二人 凄く仲良しじゃない…?!)
(とっても自然に頭撫でたもの!)
(素敵! ときめいちゃう!)

蜜璃の脳内は大忙しである。
「蜜璃さん? どうかなさいました?」
しのぶは蜜璃へ視線を移す。
蜜璃は頬を赤く染めたままニコニコと笑っていた。
「何でもないのよ!うふふ。あっ! もう時間だわ。部活行かないと」
「もうそんな時間ですね。私も帰らなければ」
「あぁ。カナヲが待っているな」
義勇の言葉に蜜璃はしのぶの小さな妹の存在を思い出す。
「カナヲちゃん、今年で5歳よね? 保育園は楽しそう?」
蜜璃は鞄に問題集をなおしながら問いかける。
蜜璃にも小学生の弟や妹がいる。
「えぇ。大人しいので友達は少ないですが、いい子達が仲良くしてくれているので」
「そうなのね! 良かったわ。また夏休みにうちの妹達と一緒に遊ばない?」
「いいですね、是非!」
しのぶは声を弾ませた。
「胡蝶、俺も来ていいか」
しのぶと蜜璃は目を丸めて義勇を見る。
「えっ! 冨岡さんが?」
「来てどうするんです?」
「…一緒に遊びたい、夏休み。楽しそうだ」
見た目は無表情なのに、しっかりとワクワクしているような様子が眼差しに滲んでいる。
しのぶと蜜璃は吹き出して笑った。
「冨岡さんて面白い人だったのね!」
「あははは! いいですよ! 混ぜてあげます」
「ありがとう」
義勇はムフフと笑みを零した。

蜜璃は部活がある為、二人と昇降口で別れる。
「バイバイ、二人とも。また明日ね!」
「えぇ、蜜璃さんも。部活頑張って下さい。また明日」
「また。甘露寺」
蜜璃は二人に手を振る。
義勇達も蜜璃に手を振って、玄関口を出た。

帰っていく二人を蜜璃はニコニコしながら見つめる。
後ろから自転車を押して通ろうとする生徒に気付いた義勇がしのぶの腕を掴んで引き寄せる。
しのぶはそのまま義勇の方に詰める。
義勇の制服の襟元に何か付いていたのか、しのぶが取る仕草をする。
ついでに、とでも言うように、しのぶは義勇の袖や背中をパンパンとはたいていた。
埃か、チョークの粉が付いていたのだろう。

蜜璃は小さくなっていく二人を見守りながら、ニマニマにやけ顔を抑えられない。

(友達……なのかしら?友達って言ってたけれど)
(とっても仲良しだわ)
(しのぶちゃんがあそこまで男の子に気を許してるの初めて見るわ…!)

「蜜璃〜。そんな所でどうしたの!早く着替えないと遅れるよ〜」
部活の仲間が蜜璃に声をかける。
「きゃーっ! 遅刻!」
蜜璃はハッとして 体育館の傍にある部室へ急ぐのであった。

カナエの仕事が定時で終わる日は、カナエが迎えに行く事になっている。
あまり有る事ではないので その日しのぶは義勇との勉強はせずに、行きつけの整形外科で肘の様子を診てもらってから帰ることにした。

しのぶが帰宅して玄関のドアを開けるといつもはしない香りが漂ってくる。

(いい香り)
しのぶがホワホワした気持ちで靴を脱ぐと、台所からカナエとカナヲが顔を出した。
「しのぶ、おかえりなさい!」
「しのぶねえさん、おかえりなさい」

姉と妹の出迎えにしのぶは頬を緩ませる。

「ただいま。姉さん、カナヲ」

いそいそと廊下から洗面所へ入り、手洗いとうがいを済ませる。
それから台所へ向かった。
「いい匂い〜」
「うふふっ。今日は肉じゃがよ〜!」
カナエが煮汁の味を確認する。
「ありがとう、姉さん。仕事で疲れてるのに…」
しのぶがそう言うと、カナエはクルッと振り返り、しのぶの頬を手で撫でた。

「いつもはしのぶが頑張ってくれてるんだから、たまには姉さんらしい事しなくちゃ!」
カナエは柔らかな口調で告げた。
「ありがとう、姉さん」
「カナヲもサラダ作るの手伝ってくれたのよね〜!」
カナヲはコクリと頷いた。
「レタス、ちぎってあらったよ」
「お皿に盛り付けもしてくれたの〜!」
姉と下の妹が楽しげに報告してくれる。しのぶは幸せな気持ちでたまらなくなった。
「うちの姉妹たち、最高。尊い…」
しのぶは目を閉じ、幸せを噛み締める。

「さっ。そろそろご飯が炊きあがるわ。しのぶ、着替えてらっしゃい」
カナエの言葉にしのぶは「はぁい」と返事をし、自室に着替えに迎った。

夕食。

「しのぶ、肘の状態はどう? 今日帰りに病院行ってきたんでしょう?」
しのぶは腕の痛みをカナエ達に隠していたので、それを話した時には黙っていた事を怒られた。
「前回撮ったCT検査からだいぶ良くなってるみたい」
しのぶの言葉にカナエはホッとした表情を見せる。
「そう、良かった。きっちり完治するまでちゃんと定期的に診てもらいましょうね」
しのぶは素直に頷く。
「はい」
「あまり無理しないでね。しのぶが無理して体壊したら悲しいわ。頼りない姉だけど、ちゃんと頼ってちょうだい」
カナエの言葉にしのぶはウルッと目を潤ませる。
「ありがとう、姉さん」

カナヲは思い出した様に「あっ」と声を漏らす。
「そういえばしのぶ、カナヲから聞いたんだけど。男の子のお友達がいるそうね?珍しいわね」

肉じゃがを頬張りながらしのぶは義勇のことを頭に浮かべた。
「あぁ、冨岡さんの事ね。そうなの。模試1位常連の凄い人でね。最近うちで一緒に勉強しているのよ」
「とみおかさん、すごいひと」
カナヲも追いかけて義勇の事を話す。
カナエは興味津々だ。
「模試1位常連なの? 凄く努力している子なのね」
「すごくて やさしいひと」
カナヲは率直な説明をする。
カナエはカナヲの言葉にニッコリと笑った。
「やさしい子なのね」
しのぶは思い返す。
「確かに親切ではあるわね」
カナエはますます笑みを深くする。
「そうなの〜? 姉さんも会ってみたいわ」
「放課後うちでちょっと勉強して夕方には帰るから姉さんが帰ってくる頃はもういないのよ」
カナエはパッと良い事を思い付いたと言わんばかりの表情を浮かべる。
「今度うちでごはんを一緒に食べてもらったらどうかしら」
「えぇ? 」
しのぶは目を見開く。
カナヲも口を開いた。
「とみおかさんとごはん たべたい」
カナヲが義勇に懐いている。
初めての事なので、カナエとしのぶは嬉しくなった。
「冨岡さんに聞いてみるわ。あちらの都合もあるでしょうし」
カナエもニコニコしながら頷いた。
「私の仕事が早く片付く日や…日曜日のお昼なんていいかもね」
しのぶはふと気が付く。
友達と自分の家族が食事をするという経験は今までになかった。
普通なのだろうか?
誘ってもおかしくないのだろうか?
少しの戸惑いとワクワクした気持ち。
しのぶはあれこれと思いを巡らせながら、最後の肉じゃがを白飯と共に咀嚼した。

義勇はスマートフォンを片手に眉根を寄せていた。
LINEに父親からメッセージが入っている。
そこには見知らぬ名前と連絡先が載っていた。

───赤西樹里

知りたくもない異性の個人情報が記されている。
もちろん父親は本人の了承を得て義勇にこの連絡先を送ったのだろうが、義勇はひとつも望んでいない。
(どうしろと)
(どうもする気はないが)

メッセージの下の方に、大学病院で一緒に働いている放射線科医の名医、赤西教授の孫娘と記されている。
最後の文章で義勇は頭を抱えたくなった。
『美人で利発な娘さんだ。会ってみたらどうだ』
(会わない会わない会わない)
父親が近頃何気に交際を進めてくるのは、シンプルに息子がいわゆる極端な草食系男子だと思っているせいだろう。
冨岡家を途絶えさせる訳にはいかない。
あまりに浮いた話ひとつ聞いたことのない息子を心配しての事だろうとは義勇にも分かるが、どうにも居心地が悪い。

『ごめん、父さん。せっかくだけど本当に今はそういうのはいい』
一応 正直にメッセージを返しておく。
それからスマートフォンの画面を暗転させた。

それで終わった、と思っていたのは義勇だけだった。

マンションのエントランスを抜けるとそこの壁ぎわに女子が立っていて義勇の方を見ている。
肩までのボブヘアで大きな目、ティントで艶のある唇。
義勇の通う高校とは違う学校の制服を着ている女子だ。

義勇は当然知らない人なので 前を通り過ぎる。

「冨岡義勇君?」

通り過ぎると同時に女子は口を開いた。
義勇は無表情で顔を向けた。

「………」
女子は義勇をジッと見ていた。
気の強そうな眼差しは 性格を表している。
「ちょっと。返事くらいすれば。あたし樹里。赤西樹里。お父さんから聞いてない?」
義勇は憮然とする。
「…聞いてはいるが」
「だったら連絡くらい寄越しなさいよ」
「用がない」
「それでも挨拶くらい送ってくるものよ」
「何故」
「何故って! 」
樹里は眉を釣り上げた。
微動だにしない義勇の表情に樹里は苛立つ。
「あなた冨岡先生から聞いてたイメージと全然違うわね」
「…どんなイメージかは知らないがうちの父が勝手にした事で迷惑をかけた事は息子として謝罪をする」
義勇は甘んじて樹里に謝罪の意思を伝える。
自分に非があるとは思えないが。
「別にいいわ。とりあえず歩きながら話しましょ」
義勇はあからさまに嫌そうな顔を見せた。
何が良くて親しくもない女子と通学を共にせねばならぬのか。
何の苦行だ。
「ほんとに失礼な人ね。途中までよ、途中まで」
樹里は憮然としてため息をついた。

「あたし 彼氏と別れたばかりなのよね」
「……………」

興味が1ミクロンも無い。

「あたしの付き合う男ってクズばっかでさ。結局男って顔と体で選んでるのよね」
尋ねてもいないのにペラペラと話しかけてくる。
「……………」

「そしたらパパが冨岡先生の息子さんの事話してくれて。頭良くて顔も良くて優しくて誠実な子だって。そんな子いる??って思ったんだけど確かに見た目は合格だわ。でも性格がちょっとねー」

勝手に採点が始まっている。

「ねぇ聞いてる?さっきからあたしばっかり喋ってるんだけど」
樹里は義勇の顔を見上げた。

「………俺は話すのが嫌いだ」

義勇の言葉に樹里は表情を険しくした。
「やば…っ。 え、あなた本当に冨岡義勇くん?人違いじゃないよね?」
「俺は冨岡で間違いはないが、その、交際とかそういうのは一切断っている」
樹里は目を見開いた。
「ちょっ! なんであたしが振られてる感じになってるの?!心外なんだけど!」
「勝手に会いにくるからだ」
ギャァギャァ言い合っていると樹里の高校との分かれ道に来た。
義勇が無言で離れていこうとすると、樹里は頬を膨らませる。
「ちょっと! パパに言いつけるわよ!」
義勇はスンとして振り返り樹里を見た。
「言ってどうする。別に俺は構わない」
そう返し、今度こそ背中を見せ 樹里から離れていった。
樹里は肩を震わせながら下唇を噛む。
(なにあれ! )
(感じ悪っ!)
「顔はいいのに!」
樹里はハッと我に返り、スマートフォンで時間を見る。
「やば、遅刻する」
そう声を漏らし 自分の通う学校の方角へと早足で去っていった。

午前の授業が終わり、昼休みになる。
しのぶは蜜璃と共に弁当を食べ終わった。
「しのぶちゃん!私 今から 部のミーティングがあるんだったわ」
蜜璃は三段の弁当箱をランチョンマットで包んでキュッと結ぶ。
「あら、それはお忙しいですね」
しのぶも弁当袋に空になった弁当箱を片付けた。
「ごめんね…! じゃ、またあとでね」
「はい。またあとで。頑張って下さい」
「ありがとう!」
蜜璃はしのぶに手を振りながら教室を後にする。

しのぶは手洗いを済ませて 図書室へ向かう。
借りていた本を返す為だ。
中へ入ってひとまず受付にいる図書委員の生徒に返却の本を見せて返す。

次に何か借りようか軽く見てみようと奥へ入る。
女子がひそひそと一つの方向をチラチラ見ながら頬を染めていた。
「ねぇ、声かける?」
「でも塩対応だったらヘコむ〜」
「それな〜」
小声できゃっきゃっと喋る女生徒達を視界の隅に、しのぶはその方向へ足を進めていった。

(やっぱりそうだった)
「あら、冨岡さん」
しのぶは極力抑えた声でそこにいた男子の名を呼んだ。
「胡蝶」
義勇は本を開きながらしのぶを見る。
「こんにちは。図書室では初めて会いますね」
しのぶは小声で話した。
「本を探している」
「宜しければ探すのをお手伝いしましょうか?」
しのぶの言葉に義勇は目を瞬いた。
「いいのか?」
「えぇ。私借りていた本を返しに来ただけですので。どんなものをお探しですか?」
しのぶは義勇の持っている本へ視線を移す。
本の背表紙には『折り紙 全集』と書かれていた。
「……? おりがみ?」
しのぶは頭上に大きなクエスチョンを浮かべた。
義勇はそれを察して口を開く。
「カナヲが、折り紙を覚えたいと言っていたから」
「あぁ、カナヲ」
しのぶは目をパチパチと瞬かせた。
先日からカナヲは色紙でアジサイを作ったり他の花や動物を作って園から持って帰ってくる。
折り紙にハマっているのだ。
しのぶは頬を緩ませた。
「本を見ながらなら俺でも教えられるかと」
「ふふふっ 冨岡さんて案外 面倒見がいいですよね」
「そんな事は…」
「ありがとうございます。今日もうちに来られます?」
「うん」
「カナヲも喜びます」
「うん」
そして二人は折り紙の作り方が載っている本を探し 貸出しのカードへ記入するのだった。

「ねぇねぇ、しのぶ」
しのぶに放課後 声をかけてきたのは香澄というしのぶの友人だった。
「どうしました、香澄さん」
「しのぶって 最近 よく冨岡君と話してるよね」
香澄は興味津々でしのぶに問いかけた。
しのぶは思い返す。
「そうですかね? まぁ、普通に話しますよ」
「友達なの? 付き合ってるの?」
香澄はぐいぐいと聞いてくる。
しのぶは目を点にした。
「お友達ですよ! 付き合ってるだなんて有り得ません」
「え〜〜、そうなの? しのぶとならお似合いだと思うけど」
「私はそういうのは興味ありませんから」
しのぶは苦笑いを向ける。

そこで荷物を鞄に詰めていた篠原が口を開いた。
「胡蝶さ、本当に興味ないのかよ? 」
香澄としのぶは篠原を見る。
篠原は前にしのぶに告白をして玉砕している。
その後も先日しつこく言い寄っていたところを義勇に助け舟を出された。
香澄は篠原を一瞥し 眉を釣り上げる。
「篠原は黙っててよ。あたし達の会話に入ってこないで」
「うるせえ伊東。結局お前ら女子ってのは見た目と実家の太さで男を選ぶんだよな」
「はぁ? マジでうざ」
香澄は篠原を侮蔑を込めた目で睨む。
しのぶは小さく息を吐く。
「篠原君、失礼な言い方はやめて下さい」
「胡蝶こそ 興味ないふりして 優良物件見つけたら唾つけるあたり 結局女子なんだな。ガッカリだぜ」
しのぶはこれ以上時間を無駄にしたくないと、鞄を手に取る。
「残念残念。貴方は少しでも優良物件に近付ける様 頑張って下さいね」
冷笑を浮かべつつ香澄の袖を引いて 教室を後にする。
「あいつマジでムカつく」
「嫌ですよね、女子だ男子だとひと括りにする人って」
階段を降りながら二人はぷんすか怒る。
香澄はチラッとしのぶを見た。
「その、しのぶ。冨岡君と最近仲良いなとは私も思うんだけど」
香澄の言葉にしのぶはキョトンとするが、すぐに笑みを返した。
「本当に友達ですよ! たまに一緒に勉強するくらいです」
「勉強?」
「えぇ。北の方から順に旧帝大の過去問をさらってます」
ニコニコしながら答えるしのぶに香澄は顔を顰めた。
「…旧帝大…」
「北大、東北大に 名大、東大、阪大、京大、九大…」
「いやそれは分かる」
「共通試験対策も」
「分かった。勉強ばかりしてるのは分かったわ。っていうか、まだ二年生なのに、三年生の内容もやってるって事?」
「はい。予習で三年の内容は終わっているので」
香澄の顔の影は濃ゆくなる。
(…次元が違うわ)

しのぶは昇降口の先に義勇がいるのに気付く。

「あ、冨岡さんを待たせてるのでした。では香澄さん、また明日。部活頑張って下さいね」
靴を履き替えたしのぶは香澄にニッコリ笑って片手のひらを小さく振る。
香澄はハッとして笑顔を返した。
「あ、うん。また明日ね! しのぶ」

しのぶは昇降口の扉の向こうで待つ義勇の方へ早足で向かう。
その後ろ姿を香澄は見送った。

(友達? うーん、友達ねぇ…)
しのぶの一瞬見せた表情を香澄は見逃さなかった。
義勇を見つけた瞬間、パッと眼差しが華やいだ。

香澄はしのぶが中学の頃に両親を一度に喪った事を知っている。
残った姉と小さな妹と支え合って生活していることも。
小さな妹の世話をしながら家のことをして勉強もしっかりこなしているしのぶを人として尊敬している。
だから放課後、しつこく遊びに誘ったりはしない。
一度声はかけつつも、しつこくはしない。
遊べなくても、付き合いが良くなくても友達だと思っている事をいつも行動で示す様にしている。

冨岡義勇という人間のひととなりが実はよく分からない。
本人があまり喋らないから、というのもあるし、誰でも彼でも付き合う社交的な人間ではないから余計に分からない。

だからこそ、しのぶを傷付ける様な人間ではない事を祈るばかりだ。

香澄は昇降口に横目に、体育館の方にある部室へ向かう。

(どうか、あのこがもう悲しい思いをしませんように)
そう願って部活の方に意識を切り替えた。

その様子を、誰にも気付かれずに見ていたのが、後から追ってきた篠原だった。

胡蝶家には色とりどりの色紙と、それで折られた花や動物たちがテーブルの上に並んでいた。

(今日は勉強じゃないわ、香澄…)

しのぶは頬杖をついて、カナヲと義勇を見守る。
図書室から借りてきた本と、帰りに買って帰った色紙を使って絶賛折り紙大会である。
自分の妹と自分の同級生が、真剣に折り紙を作っている。
(不思議な光景……)

しのぶはボンヤリと思いながら、出来上がっていく茶色いダックスフンドを見ていた。
既に出来上がっている馬と熊と、リス。
立体的で自立する色紙の動物たち。
そしてコスモスや桃やリンドウ。花もころころ転がっている。
今年5 歳になる妹と、17歳になる同級生が熱心に折り紙に集中している。

(夢中…)
(かわいー…)

「気が付いたんですけれど」
しのぶは口を開いた。
義勇とカナヲは手を止めてしのぶを見た。
「胡蝶?」
「どうしたの?ねえさん」
「本探さなくてもスマホで検索すればゴロゴロ動画が出てきますね。折り紙の折り方」
そう言ってスマートフォンの画面を二人に見せた。
画面に映っているのは、手と色紙。
それが音声の説明と共に色紙を折っていく動画。
「スマホ」
カナヲが目を見開いた。
「そうか。ネットで調べれば良かったのか」
「ふふっ! 見て下さいよ。結構分かりやすいです」
しのぶがスマートフォンの画面を見せる。
義勇が顔を寄せて画面を見ると自然としのぶの顔に影が差す。
互いの前髪が触れていた。
カナヲも横から覗きこむからついにしのぶと義勇の肩も寄せ合う事になる。
(あれ)
(顔 近い…)
しのぶは急に落ち着かなくなる。
それは義勇も同じだった。
意図せずかなり接近してしまった。
(しまった)
(胡蝶は嫌じゃないだろうか)
だがここで離れるのも不自然な気がして義勇は体を硬直させた。
動揺している内に今観ていた動画が終わった。
「次のもおもしろそうですね」
しのぶはそう言って『次へ』という表示をタップした。
ゾウの折り方の動画が始まる。
三人は身を寄せ合って動画を鑑賞する。
(良かった。嫌ではなかったようだ…)
義勇は内心 ホッとした。
このまま動画を続けて観るということは嫌がっていないということで。
胸の中がホワホワする。
(胡蝶に嫌われてない。良かった)
「これ、つくりたい」
カナヲのひとことに二人はハッと意識を引き戻す。
「え、これ? どれ…?」
「ちょうちょ」
立体的な蝶を折る動画が再生されている。
「…よし、最初に戻して折りながら動画を進めよう」
「そうですね。これは私も一緒に折ってみましょう」
そう言ってしのぶは色紙の入った袋から適当に三枚の色紙を引き抜いた。

暫くすると、玄関のドアが開く音がした。
三人はパッと顔を上げた。

「ただいまぁ〜」
カナエの声だ。
「姉さんが帰ってきたわ」
しのぶは立ち上がる。
義勇はしのぶの背を見送った。
なんとなく自分も立ち上がる。
玄関の方で何か話しながら、二人分の足音がリビングへ近付いて姿を現した。
結構早足だった。
「あら!まぁまぁまぁ! 初めまして〜!しのぶの姉のカナエです〜!」
カナエが普段より高めの声で義勇に挨拶をした。
義勇も立ち上がったまま 折り目正しく腰を曲げ 会釈をした。
「初めまして、お邪魔してます。冨岡義勇といいます。胡蝶さんにはいつもお世話になってます」
「うふふふ。あら、とても礼儀正しいのね。こちらこそ、しのぶがいつもお世話になってます」
カナエはニコニコしながら持ち帰ってきた荷物をキッチンの方へ置いた。
「姉さん今日は早かったのね」
「そうなの。早く片付いてね。予定されてたミーティングが中止になったからそのまま帰ってきちゃった。そうそう!それで途中で寄ったスーパーでお肉と白菜が特価でね〜!」
カナエはそこまで言うと、グリン!と顔を義勇の方へ向けた。
義勇は思わずビクリとする。
「冨岡君!今日うちで晩ご飯 食べていかない??」
「えっ」
しのぶはご飯を誘うという件をすっかり忘れていて「あっ」と声を漏らした。
「冨岡さん、突然ですけどもし良かったら食べていきませんか?」
しのぶも追いかける様にして義勇を誘った。
義勇は後藤が既に夕食の準備をしているだろうと思い出す。
「ごと、…うちの者が用意してるかと」
「もし良かったら連絡出来る?それは明日の朝に回せないかなぁ」
カナエはかなり強引だ。
義勇が遠慮深い人柄だと見抜いている。
「ちょっと失礼します」
義勇はスマートフォンを取り出し、通話をする為に少し離れた場所へ移動した。

その間、カナヲがカナエの元へ てちてちと歩み寄り、先程色紙で折ったダックスフンドをカナエに見せる。
「おかえりなさい、カナエねえさん」
カナエはカナヲを抱き締める。
「ただいま、カナヲ。折り紙してたの?上手ね」
「うん。とみおかさんがいっしょにおってくれたの」
「ふふふっ。そうなの〜。一緒に折ってくれて嬉しいわね?カナヲ」
カナヲはコクリと頷く。
その様子をしのぶは 温かな気持ちで見守る。

義勇がスマートフォン越しに話を終えてこちらへ戻ってきた。

「どうでした?冨岡さん」
「ビーフシチューなので問題ない」
後藤曰く、『明日の朝 弱火で熱を通し直してくださいね。出来れば鍋の中がグツグツ言い出したら二分以上!加熱をお願いしますね。坊ちゃんがお腹壊したら僕がクビになるんですからね!』
そう釘を刺された。

カナエは両手を合わせてニッコリ‪笑う。
「良かった!今日はお鍋よ! すき焼きよ〜!」
「冨岡さん、すき焼き大丈夫ですか?」
しのぶは念の為 確認する様に義勇へ問いかけた。
「あら、普通にお鍋にしてもいいのよ?豆乳鍋も良いわねぇ」
カナエは義勇の様子を伺う。
「すき焼きを食べた事がない」
三姉妹は目を見開いた。
「えっそうなんですか」
「…というか、鍋ものをした事がない」

しのぶは思い出す。
義勇の両親は医者で、確か年の離れた姉も病院で働いている。
毎日の家事は誰がしているのか。
ある程度自分でしている様子だが、今 通話していた相手は誰だろうか。
「冨岡さん、今のもしかして家政婦さんですか?」
しのぶは閃いて尋ねた。
義勇は頷く。
「家政夫の後藤だ」

三姉妹は確信した。
家族で鍋をする様な家庭環境ではない。
家政夫と鍋をする話は世間的にも聞いたことがない。
カナエは片手をグーにして天井に勢いよく上げた。
「鍋に決定ー!!今夜はすき焼きよーっ!!」
しのぶもカナヲもパチパチパチと拍手をする。
義勇は戸惑いながら 控えめに拍手をした。

テーブルは六人は座れる程の大きさだから、義勇が加わっても問題はない。
元々 両親が健在だったら五人家族なのだ。
椅子は処分したのか、どこかに片付けているのか四脚がテーブルに備わっていた。

テーブルの真ん中にカセットコンロ。
その上に鉄鍋を置く。
先に切った白葱を牛脂を馴染ませた鉄鍋で焼き付け、それから牛肉を敷いて焼いていく。
そこに砂糖、醤油、味醂を混ぜ合わせた割り下を入れて、他の具材も入れていく。
グツグツと具材が煮込まれ、割り下が染み込んでいく。

「ほらほら、冨岡君。ここらへん食べ頃よ。お肉たくさん食べてね」
「溶き卵に漬けて食べてみて下さいよ。ほっぺが落ちますよ〜」
義勇の取り皿にてんこもりと菜箸で色んな具材が入れられる。
甘辛い割り下が白菜や豆腐、牛肉や白滝に染み込んでいて義勇は食べる度に目を輝かせた。
解した卵の器に肉を漬けて食べる。
これまた 味がまろやかになり絶品だ。
咀嚼し飲み込んだら自然と声が漏れる。
「…美味い」

それを聞いた三姉妹達はホワッと表情を緩ませた。
「良かった…!」
「ふふふ。嬉しいですね」

カナエは溶き卵に七味唐辛子を振りながら口を開く。
「冨岡君、しのぶは学校でどんな感じなの?」
義勇はカナエを見た。
しのぶは眉を寄せる。
「姉さん! 冨岡さんが困るでしょ!そもそもクラスが違うんだから」
「クラスが違うのにこんなに仲良くなったんだもの。聞いて悪い事なんてあるかしら」
姉妹が言い合っていると、義勇が口を開いた。
「胡蝶は、──しのぶさんは、人に慕われていてよく声を掛けられてます。成績も優秀ですが運動神経も良いらしく、運動部の人からも助っ人を頼まれてるところをよく見ます」
義勇が惜しみなくしのぶを褒めるので、しのぶはこそばゆくなって頬を染めながら視線を下げた。
「ほ、褒めすぎです…」
「ふふふふっ!しのぶのそういう所変わらないわねぇ」
カナエはとても嬉しそうだ。
「冨岡さんも変わらないわよ。いえ、冨岡さんはもっと人から人気があるわ。ラブレター貰わない日はないんじゃないかしら」
しのぶの言葉にカナエは興味津々な目で義勇を見た。
「冨岡君 凄くカッコイイものねぇ。しのぶから聞いたけど、模試1位常連なんですって?それに運動も出来るとか。絶対モテるわよね。こんな男の子、女子に放っておかれる筈がないもの。ところで彼女はいないの?」
義勇はカナエから浴びせられる褒め言葉のシャワーにタジタジになる。
「…いません。あまりそういうのに興味がないので」
「へぇ…!じゃぁ片っ端からお断りしてるって感じかしら」
「はい」
「しのぶと同じね」
そう言ってカナエは微笑んだ。
「私もそうね。今は学業に専念したいから」
「じゃぁ二人は同士ってことね。だから仲良くなれたのね」
カナエはそう言いながら白滝を口に入れた。
しのぶと義勇は目を合わせる。
それから 自然と笑い合った。
「そうですね」
「俺達は同士だな」

カナヲも大好きな白葱をモグモグと咀嚼している。
かさが随分減ったところで、仕上げだ。

「シメのうどんを投入するわよっ」

残ったすき焼きの中にうどんを加える。
義勇は好奇心に駆られマジマジと見る。
「これが 鍋の締めにうどん、という奴か…」
「ふふっ。冨岡さん今日は初体験いっぱいですね」
隣に座るしのぶは嬉しげに声をかけた。
「うん。楽しい」
義勇は満面に笑みを浮かべている訳ではない。
元々感情を表面に出すのが苦手なのだ。
だがしのぶ達にはちゃんと伝わる。
義勇が楽しんでいると、ちゃんと理解出来た。
義勇が楽しんでいる様子にしのぶは益々嬉しくなる。
嬉しそうなしのぶを見て、カナエもカナヲも嬉しくなる。

「冨岡さん、器貸して下さい。うどん入れてあげます」
「すまない、ありがとう」
義勇はしのぶに残りの溶き卵の器を渡した。
しのぶはそれにたっぷり つるつるしこしこのうどん麺を盛った。
すき焼きのタレが麺に染み込んでいる。
「はい、どうぞ」
義勇はしのぶから器を受け取った。
「カナヲのも貸して。次、姉さんね」
「ありがとぅ」
「ふふっ。うどんをつぐのは いつもしのぶね」
「何故か ついじゃうのよねー」
しのぶは全員の器にうどんをつぎ終わる。
改めて席についたら皆でうどんを戴いた。
溶き卵が絡んだうどんはまろやかでつるつるして、そしてモチモチしているのにコシがあって皆が目を見開く。

「「「「美味しい…!」」」」

特に義勇の感動は大きかった。
正直に言うと、『うどん』という食べ物を食べる機会はそれほどなかった。
後藤の作る食事も文句のつけどころがなく美味しいのだが、8割以上が洋食のメニューだ。
鍋ものもうどんも、こういった食べ方は初めてだった。

義勇は無言で食べる。
否、夢中で食べる。
「冨岡さん、おかわりありますよ。食べます?」
しのぶはあっという間に空になった器を見て声をかけた。
「戴いてもいいだろうか」
義勇は少し遠慮がちに応えた。
カナエもしのぶもカナヲも笑みを零す。
「たくさん召し上がって下さい!」
「ふふふっ。食べっぷりがいいと作る側も嬉しくなっちゃうわね〜!」
温かな食卓。
他人なのに、妙に居心地が良い。
「……ありがとうございます」
義勇は礼を言った。
「どういたしまして」
カナエは麦茶を飲んだ。
「前々から冨岡君とお話したいと思ってたから丁度良かったのよ」
カナエの言葉に義勇は小さく首を傾ける。
「俺とですか」
しのぶも口を開く。
「ご飯に誘えって、姉さんから言われてたの」
「?」
「しのぶが異性のお友達をおうちに上げるのは初めてだから。どんな子なのかしらって気になっちゃって」
「姉さん、変な勘ぐりはやめてね」
しのぶは釘を刺す。
義勇は器を置き、箸も箸置きに置いた。
カナエを真っ直ぐに見据える。
「しのぶさんは学業に対しとても真摯で今でも充分にトップクラスにいるのにも関わらずまだ自分の苦手な部分を無くしていこうとする俺の知る中で一番の努力家です。俺も家柄上、高みを目指さねばならないので その姿勢にいつも刺激を受けています」
そこまでいっきに告げるとカナエは「まぁ」と声を漏らした。
そして義勇は仕上げにこう締める。
「誓って邪な気持ちはありません」
真っ直ぐにカナエを見据えたまま、そう告げた。
カナエはニコニコしながら義勇の瞳の奥を見つめる。
一方のしのぶは気恥ずかしくて肩を僅かに震わせた。
「……すみません、冨岡さん。ありがとうございます」
言い終えたと思った義勇の口はまだ止まらなかった。
「──、ただ密かに随分な無理をする所があるのでそこは短所だとは思っていますが…」
「はぁ!?」
しのぶは思わず声を上げた。
カナエはふるふると肩を震わせる。
「ね、姉さん…?」
そしてついに堪えられなくなり、吹き出した。
「ふふふふッ、…あははははっ!」
「ちょっと姉さん!」
義勇もポカンとする。
「はー…お腹いたい。 ありがとう、冨岡君。しのぶの事をよく分かってくれてるのね」
「いえ、…それほどでは」
義勇は恐縮した。
しのぶは「もー…」と愚痴っぽく声を漏らした。
「これからもしのぶと仲良くしてね、冨岡君」
「はい」
「そうそう、カナヲにもいつも良くしてくれてありがとう」
自分の名前が出てきてカナヲは顔を上げる。
やっと最後のうどんの麺を飲み込んだ。
「いえ。弟妹はいないので新鮮です」
そう言って義勇はカナヲの口に付いた醤油ダレをティッシュで拭き取った。

一緒に片付けると申し出る義勇にしのぶ達は気にせず帰る様にすすめた。
夜も8時を過ぎている。
玄関のドアを開けると外は真っ暗だった。
街灯の明かりが、アスファルトを照らしている。

「ご馳走様でした」
礼儀正しくお辞儀をする義勇にカナエはニコッと笑った。
「冨岡君、またこうして一緒にご飯食べましょうね」
「はい。ありがとうございます」

玄関から出て門扉まで、しのぶは見送る事にした。

門扉を開けて義勇は敷地から出る。
見送りに出てきたしのぶを義勇は見た。

「今日はありがとう」
「いいえ、楽しかったですね。また一緒にご飯食べましょう」
しのぶは目を細めて笑う。
義勇はそんなしのぶを見つめた。
「うん。とても、…楽しかった」
「良かったです。無理にご一緒させたかと少し心配してましたから」
義勇は息を漏らし少し笑う。
「そんな事はない」
「気を付けて帰って下さいね」
「あぁ。胡蝶はもう中へ入れ」
「冨岡さんをちゃんとお見送りします」
「胡蝶が中に入るまで俺は動かない」
しのぶは唇を尖らせる。
「むぅ、埒が明きませんね」
「先に胡蝶が中へ戻れ」
一歩も引く様子のない義勇にしのぶは折れた。
「分かりました。先に戻ります。冨岡さん、お気を付けて。帰り着いたら必ずLINE下さいね」
「承知した」
しのぶは笑みを返し、踵を返して玄関へ戻る。
ドアを開けて中へ体を滑りこませ、顔と片手だけ出してヒラヒラと義勇に手を振った。
義勇も小さく手を振り返す。
ドアが閉まって鍵を締める音が聞こえたら、義勇も体の向きを変えて 進み始めるのであった。

しのぶとカナエは台所を片付け、明日の準備をしてから風呂を済ませる。
今日もカナヲはカナエと一緒に入浴した。

「冨岡君、いい子ねぇ」
風呂上がりに麦茶を飲んでいるしのぶにカナエは声をかける。
しのぶは苦笑いを浮かべる。
「話せば分かるいい人なのよ。普段は愛想がなくて口数も少ないからあのルックスの良さでなんとか大丈夫だけど、告白してくる女子への塩対応は本当に氷の様よ」
「そういう所はしのぶと似てるわね」
「だから気が合うのかも。話してて楽しいし」
しのぶは麦茶を飲み終わるとグラスをすすいで拭いた。
そのしのぶの様子をカナエは微笑みながら見つめる。
「そっか。楽しいのね」
「? えぇ。まぁ、一方的に私が喋ってる感じだけれどね。冨岡さん聞き上手なのよね」
そう言い終わってしのぶはグラスを棚に片付ける。
振り向くとカナエがニコニコと微笑みながら傍に立っていた。
「どうかした?姉さん?」
「うふふー。なんだか嬉しくて」
カナエの言葉にしのぶは首を傾げた。
「どうして?」
「しのぶが嬉しいと、私も嬉しいの」
「それは私も同じよ。姉さんが嬉しいと私も嬉しいし、姉さんが悲しいと私も悲しいわ」
「そうね。ほんとにそう…」
そう言ってカナエはしのぶの頭を撫でる。
「しのぶはもう、無理をしたり我慢をしたりしないで」
「冨岡さんの言った事は気にしないで。私はそこまで無理してないわ」
「進路の事を言ってるの。先生から連絡を戴いてて。志望校の話」
しのぶは目を見開いた。
「まだ二年生だから決めるのは早いわ。考え直しましょう。しのぶならもっと上のランクの大学を目指せるでしょう。それに工学部じゃなくて薬学部に行きたいんじゃなかったかしら?」
カナエの言葉にしのぶは視線を落とし、口を噤む。
「薬学部は……気が変わったの」
「本当に?」
「今日はもう、この話はしたくない。ごめんね、今日はありがとう。姉さん。おやすみなさい」
しのぶはカナエに笑みを返し、すり抜けた。
その背をカナエは視線で追いかける。
「おやすみなさい、しのぶ」

階段を静かに上がったしのぶは、自室に入り、静かにドアを閉めた。

放課後。
課外室に男女五人が群がり、過去問題集に意識を集中させていた。

「むずっ」
「え、でも胡蝶さんの解説分かりやすかった」
「だね。初めて私 "解なし"まで辿り着けた」
しのぶはニコリと笑う。
「ここの場所さえクリア出来れば後は 崩せる筈ですよ」
「ありがとうーっ! 先生の説明じゃイミフでさぁ」
「ふふふ、お役に立てて良かったです」
「また教えてね」
「はい、いつでも声掛けて下さいね」
「めっちゃありがとうね」
「どういたしまして」
「じゃ、また明日ね」
「はい、また明日」
それぞれ荷物を鞄に詰めて退散していく。
しのぶもテキストを片付けるが立ち上がる気が起きず、そのままボンヤリとしていた。
1階の窓際の席だから外がよく見える。
しのぶは背もたれに背を預けてボーッと窓の向こうの中庭を見ていた。
中庭を抜けようとする義勇を見つけた。
中庭には土足厳禁の渡り廊下があり、そこを渡って職員室に向かう途中なのだろう。近道だ。
そのまま帰るつもりなのだろう、リュックを背負い、両手にクラスで集めた提出用のプリントの束を抱えている。
義勇もしのぶに気が付く。
しのぶは小さく手を振った。
義勇は両手にプリントを抱えている為、手を振れずその代わりに顔だけをぺこりと下げて向こうの校舎の中へ消えていった。
しのぶは「ふ」と笑う。
(冨岡さん、今日は用事があるって言ってたな)

「…さて、帰ろう」
先にスーパーに寄って、それから保育園へカナヲを迎えに寄って、帰って洗濯物を取り込んで軽く掃除して…
段取りを組みながら鞄を持ち、立ち上がった。
廊下の足音に気が付く。
課外室に近付いてくる。
しのぶは入り口に顔を向けた。
「胡蝶、今から帰りか?」
「冨岡さん」
プリントを職員室に届けて手荷物は自分のリュックのみになった義勇が姿を現した。
「えぇ。皆と難題を解いてたんです。今から帰ろうかと。冨岡さんは今日はご用事があるのでしたよね?」
「あぁ… 気が進まないが」
義勇は表情を曇らせる。
「? どうなさいました?」
「…親が紹介した人と会う」
「はぁ…そうなんですか。あっ もしや、女性ですか」
しのぶはピンと来て問いかけた。
義勇は苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「………うん」
先日冷たく対応してしまった赤西教授の娘と改めてきちんと会うように、父親に釘を刺された。
「そうでしたか」
しのぶは義勇との家庭環境の違いを改めて感じる。
親の紹介、親同士の繋がり。
そういったもので交際が始まったり婚約を進められたりするのだろう。
そういった相手が義勇に出来たとしたら、今のように家に呼んだり二人で勉強したりする事は出来ない。
きっと今にそうなる。
「あ、今度 庭で七輪使って焼肉しようって言ってるんですけれど、冨岡さんも宜しければ来てください」
しのぶの言葉に義勇はパッと目を輝かせる。
「いいのか。嬉しい。行く」
案外と気持ちが態度に出る。
しのぶは笑みを零した。
「はい。日にちが決まったらお知らせしますね」
「ありがとう。…じゃ、また明日」
義勇は課外室を去ろうとした、が、足を止める。
しのぶが 義勇の制服の袖を握ったからだ。
それはまるで引き止めるかの様に。
「──? …胡蝶?」
「あ、その……、」
(あれ? どうしてだろう)
(冨岡さんを行かせたくない)
しのぶは義勇の制服の袖をキュウッと握る。
「えぇと……、その…」
義勇はしのぶをじっと見つめる。
しのぶは上手く説明出来ないでいる。
何故か このまま義勇を行かせたくないのだ。
誰か知らない人と会う予定だと知ったら。
だが さすがにこれは義勇を困らせる。
しのぶはそう思って、スッ …と義勇の袖から手を離した。
「ごめんなさい!何でもないです。袖にゴミが付いてました」
そう言ってニコッと笑った。
義勇は おもむろに スマートフォンを取り出した。
「…?」
しのぶはキョトンとする。
スマートフォンの画面をタップすると、通話の音が小さく聞こえる。

──『もしもし、樹里でーす!』

「冨岡だ。悪い。やはりこれ以降も会えない。父には俺から言っておく」
──『は…?! ちょっと!?』

ポロン。
通話を切る音がしのぶにも聞こえた。
横で聞いていたしのぶは戸惑う。
「冨岡さん?」
「元々気乗りしなかった」
そう言って義勇はしのぶの空いている方の手を握る。
「えっ?」
「園に迎えに行くんだろう」
義勇はしのぶの手を引いて課外室を出る。
「そうですけれど! 冨岡さん 今の方、良かったんですか?」
「構わない。元々あちらも親に言われて渋々会うつもりだった筈だ」
しのぶは眉を下げた。
「もぉ…… 後でお父さんに怒られるかもしれませんよ」
「上等だ」
そう告げる義勇はとても楽しそうで。
しのぶは今 自分も嬉々としている事に気付く。
義勇が『行かない』選択をした事がそこはかとなく嬉しい。
昇降口で靴を履き替える。
湿気を混じえた空気が肌にまとわりいてきた。
「わ……蒸し暑くなってきましたね」
「…もうじき梅雨に入るな」
5月も終わり、もう6月だ。
「アイスを買って帰るか」
「わぁ。アイス! いいですね! 」
何のアイスが好きかなど 話を始めたらみるみる楽しくなる。

既に手はもう離れてしまっていた。
それでも、
今のこの日常が出来るだけ長く続けばいいと二人は知れず思った。

つづく。

— End —

Comments 16

さなえ1 天前

青春ですねー✨眩しい… すき焼きが美味しそうで食べたくなりました(笑) 押しが強いモブ出てきて、波乱の予感。 続きがめっちゃ楽しみです😄

猫むー2 天前

なぜか読み終わった後にグッと✊二人の嬉しそうな様子が私も嬉しくなります。胡蝶家のすき焼き食べたいです。この時間なのでお腹空きました🤤

ナロ6 天前
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るか6 天前

めっちゃ青春ですね(˶'ᵕ'˶ )︎💙💜 私もこんな青春してみたいですꉂꉂ🤭 しのぶさんが制服の袖を握るのかわいい~って思ちゃいました😊💜 これからお話がどのようになっていくか楽しみです☺🎶 続きも気長に待ってます!!

とびこ6 天前
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レナ6 天前

何気ないことがうれしくて、青春ですね

K
k1oxcv6 天前
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まよまよ7 天前

青い春がそこにはある!😭✨ 🌊さんぼっちゃまだけど、飲んだグラス片付けようとしたり、すべて後藤さん任せやなくていい育てられ方したんだろうなぁと細かいところに目がいきました😂 2人の距離が少しずつ近いてますね🤭✨ 続き楽しみにしてます😊💕

Sakuria
Where every work blooms
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