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ふたりバケーション!

まやまや

マンダロリアンとグローグーは、リゾート地へ旅行する。(触手あり)

「ねえ、もうわかったから……! お前の……いえ、あなたの依頼主の三倍は払うわ! それで手を打ってちょうだい!」
 この銀河において、悪いやつはふたつに分かれる。貧乏ゆえに悪に走るやつと、悪ゆえに大金を懐にこさえたやつだ。今回のターゲットは後者だった。
 彼女を守り固めていた部下を全員崖下へ吹き飛ばされ、青ざめた顔で腰を抜かして震える女に、ジャリンは銃口を突きつけたまま首を傾げた。
「生きたまま行くか、冷たくなって行くか」
 女はヒイと息を呑んだ。爆発に当てられて煤けた白スーツに、縮れた金髪。罪のない原住民を奴隷のように扱って違法な商売で儲けに儲けていた、帝国軍出身のマフィアには見えないような有り様だ。
「もう、わかったわよ……! 降参、降参だわ、まったくもう……」
 女は涙声でそう答え、ジャリンは銃を下ろそうとしたそのときだった。女が懐からレーザー銃を取り出したのだ。
 当然、ジャリンは女がそうしようと思いついたときには気づいていた。だから自分も引き金を引いたのだが、弾が発射されるほんのわずか手前でやめた。
「ノン!」
 息子が足元に立って片手を上げ、フォース──ジャリンはこの力がいったいどんなものなのか、いまだによくわからない──で女の銃を取り上げたからだ。
「グローグー」
 彼の名前を呼ぶと、グローグーはにっこりと目を細めて見上げてきた。ジャリンは息子の全身をくまなく確認する。怪我をした様子はない。ほっと胸を撫で下ろす気持ちで、彼の小さな顔を覗き込んだ。
「退避経路は確保できたか?」
「んーま!」
「よし」
 得意げにふんふんと鼻息を鳴らす愛息子に頷くジャリンの前で、ターゲットはとうとうガックリと項垂れた。
「まさかこの早撃ちで名を轟かせたあたしが、マンダロリアンならまだしもこんなシワくちゃなおまんじゅうにしてやられるだなんて……」
 ブブブと女に向けて唾を飛ばしたグローグーは、胸元のアーマーを拳で叩いた。ジャリンもフンと鼻息荒く女の腕を掴み、きっちりと手錠をかける。
「この揃いのマッドホーンが見えないのか? お前はまさしくマンダロリアンにやられたんだ」
「ヤ!」
「あら、そうなの。こんなに小さいのにがんばってえらいのねえ」
 ジャリンが女を引き摺っていく傍ら、大急ぎでグローグーが停泊したガンシップへ続くトンネルに向かって駆けていく。
「ぷーわ、んま、ふわわ」
「わかってる、大丈夫だ。あの恒星の方角を見ろ。夕方のセールには間に合う時間だろう」
「ぃんわ、いんわ、ぃんわ!」
「そうだ。今日の目玉はイクラだな」
 ジャリンはグローグーとともにレイザー・クレストをかっと飛ばした。しかし結果からいうと、ネヴァロ中央商店街の夕方限定タイムセールには惜しくも敗れ去ってしまったのだった。ターゲットを新共和国軍に引き渡すのに、担当者がいないとかなんとかで手こずったからだ。ロッタも任務に出ていて不在だったし、とんだ不運続きである。
「ぽわ……へやや……」
 すっからかんになった鮮魚屋のワゴンを前に、耳を下げたグローグーはへなへなと崩れ落ちた。かわいそうなグローグー、新鮮なイクラを炊き立てのご飯の上にたっぷりと乗せてかっ喰らうのを楽しみに、今日一日をがんばってきたというのに!
「グローグー。今夜は別の好物を食べよう。お菓子も特別にふたつ買おうか」
 息子の哀れな姿にすっかり胸を痛めたジャリンは、彼をそっと抱き上げた。しくしくと小さな体を震わせるグローグーは、ひしとしがみ付く。
「んぐく、むわ、ぷわん」
「わかった。じゃあまずはアイスだな。パチパチする飴が入ってるやつだろ」
「ンププイ」
 ジャリンは、耳元で飴が弾ける音を聞きながら商店街を買い回った。いつもお菓子は夕食のあとだけれど、今日は特別だ。
 そして通りが街灯の光に満たされた頃、両手に買い物袋を下げたジャリンと腹を鳴らすグローグーに、オイと声がかけられた。
「マンドーの親父、今日もまたずいぶん買い込んだね。福引やってきなよ。三回は回せるよ」
 そのトワイレックの店員の前には、木造りの抽選器がある。背後の棚には、お菓子とジュースがパンパンに詰まった袋。
「ひゃー!」
 グローグーは父の肩からヒョイと飛んで長机に降りた。店員がいそいそと抽選器を彼へ向けてくれる。
「そうだ、坊や。この取手をぐるりと一周回すんだ。ガラガラってな。おや、ちょっと重いかな」
「ムイーッ!」
「がんばれ、グローグー」
 グローグーは力んで頬を膨らまし、一生懸命に取手を回してみせた。すると、コロンと白い玉が受け皿に転がった。ああ、と店員が肩を落とす。
「坊や、残念だ。参加賞のティッシュ一箱」
「プ……」
「いや、助かるよ。いくつあってもいいから」
 ティッシュを脇に挟んだジャリンの前で、グローグーはもう一度抽選器を回した。
「んー! 親父、はいティッシュ箱」
「左脇にくれ」
 最後の一回、グローグーはなにやら真剣な眼差しで抽選器を見つめている。頭を右へ左へと揺らし、ムムンと唸る。
「グローグー?」
 まさかフォースで当たり玉を出せるのだろうか? 顔を覗き込んできた父に、グローグーはムンと勇ましい顔つきで頷いた。
「ムワーッ!」
 そして抽選器を数回左右に揺らして玉を混ぜてから、彼は一気に力を込めて取手をぐるりと回した。ふうふうと息をつくグローグーの前に、穴からコロンと玉が躍り出る。
「おっと、これは……!」
 店員の目が見開かれると、彼はハンドベルを景気よくカランカランと鳴り響きかせた。玉の色は金色だ。
「すごいぞ坊や! 一等! 一等賞! 大当たりー!」
「きゃーっ! んわ、んわわ!」
「おお」
 グローグーはぴょんぴょんと飛び跳ねて、今にも向こうの好物がたくさん詰まった袋に手が届きそうだ。けれども店員の手は袋の隣、薄く小さな紙箱に伸ばされてしまう。
「はい、じゃあこれね! リゾート旅行二人組チケット。いいなー、お父さんと楽しんでおいでね」
「ぺわ……ンン?」
「ああ、あれかい? あれは四等だよ、坊や。青い玉が出たらあげられたんだが」
「はャ」
 あまりのショックにコロンと後ろに倒れ込んでしまったグローグーを、店員はそっとジャリンの左肩へ乗せてくれた。
「来月もまたやるからね、お父さんとおいで」
「んぎぎ……」
 そうして落ち込んでいたグローグーだったが、食後にコンソメ味のポテトチップスを食べて、湯桶でさっぱりと汗を流し、頭の産毛を櫛でといてもらうと、機嫌はすっかり治っていた。ジャリンはマグカップにあたたかいミルクを注ぎ、蜜を少し垂らして彼に差し出してやる。
「今日はよくがんばったな、グローグー」
「んむー……」
「眠いか、そうだな。それを飲んだらもう寝ようか」
 口のまわりについたミルクをさっきもらったティッシュでぬぐい、ジャリンは片腕に息子を抱えてその小さな歯を磨いてやった。そしてフロスまで仕上げると、こくりこくりとグローグーの頭は船を漕ぐ。寝床のクッションにそっと横たえて、すこし腹をとんとんと叩いてやると、彼はすぐに夢の世界に入っていった。
「おやすみ、グローグー」
 彼の小さな鼻を通り抜ける寝息に耳を澄ませながら、ジャリンも隣の寝床に横たわった。こうして息子が毎日健やかに生きている音を聞いていると、ジャリンの疲れきった体はゆったりと寝床に沈んで、眠気がとろとろとやってくるのを穏やかに感じる。
 ひとりだった頃、睡眠は必要最低限死なないために取る、ちっとも気を抜けず煩わしいとさえ思えるものだった。けれどもう今となっては、宇宙一愛おしい子とまた新しい日をはじめるための、毎晩不可欠な通り道だ。
 明日が待ち遠しいのも、もうすっかり当たり前になってきた。そして当たり前なはずなのに、ジャリンの胸はまだ新鮮に息子との日々にときめいている。

 朝、ジャリンとグローグーは畑仕事に取り掛かった。ジャリンは土を耕し、グローグーは土のふかふか度を隅々までチェックしてから種を植える。
 そうして仕事を終え、軒先のベンチで水とジュースで一服していると、約束の時間が迫っていた。二度もこの快適な我が家をプレゼントしてくれたこの街の上級執政官、カルガとの昼食だ。
「おー! よく来たな、ふたりとも。さあ座って」
 カルガは今日も大忙しで、昼食は執務室のとなりの会議室だった。大きなテーブルの上に、ドロイドが続々と湯気の立つ皿を乗せていく。
「ハワッ、んまんまんま」
「こら、グローグー。ちゃんと席に着け。それに手づかみはもうやめただろう」
「ンイーッ」
「まあまあ。ほら、グローグー。これも食べると良い。あーん」
「おい。あまり甘やかさないでくれ……」
「いいじゃないか。マンドー、お前ばかり毎日この子を甘やかしていて羨ましいんだ、俺は」
「……甘やかしてない」
「プププン」
 すっかり皿を空にした三人は──カルガはグローグーの底なしの食欲に毎回新鮮に驚いている──食後の茶を啜って一息ついた。
「バァッ」
「おい、誰だグローグーに熱い茶を淹れたのは!」
「カルガ、いいんだ。グローグー。そのまま飲んだら熱いに決まっているだろう。フーフーして、舌を奥に引っ込めてからほんの少しだけ飲むんだ。前に教えただろう。やってみろ」
「ブブーッ、ブーッ」
「その調子だ。でもやっぱりお前には熱すぎるから、スプーンから飲もうか。貸してごらん」
 小さなティーカップを空にしたとき、ジャリンはふと思い出した。
「そうだ。お前にこれを譲ろうかと」
 ジャリンは横下げのバッグを探り、カルガに紙箱を差し出した。片眉を上げたカルガは箱を開け、あっと声を出す。
「ずいぶん良いところのリゾート地じゃないか。新興の独立都市で、あたりの金持ちがこぞって集まってるっていう」
「昨日、商店街でこの子が当てたんだ」
「あの福引でこのチケットをか? どこで入手したんだ、アイツ……」
 首を傾げるカルガを前に、ジャリンはグローグーの口をナプキンで拭いた。
「俺たちには必要ないから、お前が使ってくれ」
 カルガはおいおい、と言って立ち上がり、グローグーに手を伸ばした。グローグーはすぐに彼に抱きついて上機嫌だ。
「せっかくこの子が当てたんだろ。お前が興味なくても行ってやれよ、お父さん」
「グローグーが欲しかったのはスナックとジュースだ。高級ホテルやサンセットビーチやショッピングモールやカジノなんてものは」
 捲し立てるジャリンにやれやれとカルガは肩をすくめ、グローグーの頭を撫でた。
「いいか、マンドー。せっかく訪れたチャンスを無駄にするほど、人生は長くないぞ」
「カルガ」
「この子といろんな場所に行って、いろんな経験をするんだ。何も仕事や普段の生活だけが人生じゃない」
 カルガはグローグーを高く持ち上げて、にっこりと笑いかけた。
「な、グローグー。パパと一緒にリゾート地の遊び方を学んでこい。きっと楽しいぞ! 帰ってきたら、おじさんにも土産話を聞かせてくれ」
「ン!」
 そういうことになった。ふたりで仕事や生活に勤しんでいる間に日々は過ぎ、あっという間にホテルの宿泊日がやってきた。
 チケットには航空券も付いていたが、ジャリンもグローグーも飛ぶならレイザー・クレストが一番だ。いつもどおり乗り込んで、ジャリンは操縦席でグローグーを膝に乗せた。
「よし。グローグー、やってみろ。最初は?」
「ンン」
「正解だ。次は?」
「パ」
「いいぞ。その次は……そうだ、あのスイッチだ。それ、押してみろ」
「アイー」
「行き先の惑星はこの座標だ。そう、ここで設定する。ここからは俺がやろう。よくできたな」
「ぐヮ」
 ハイパードライブを使うと、その惑星には数時間で到着した。大気圏内に入り、アナウンス通りに停泊場に降り立てば、もうすぐそこには晴れ渡る空の色をそのまま写した海原が広がっている。
 太陽の光を反射して輝く水面が、息子の大きな瞳の中でゆらゆらと凪いているのを、ジャリンはじっと見つめた。
「前にロッタと浜辺で貝殻やサンゴを拾ったな、グローグー」
「ンー!」
「きっとここにも固有の生き物がいるだろう。あとで浜に降りて、見つけてみようか」
「ヤ」
 そうして、ひとまず今夜泊まるホテルはどこだったかとあたりを見渡すと、モーニングコートを羽織ったドロイドが近づいてきた。
「ネヴァロよりお越しのお客さまですね。遥々当国までようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
「なんだお前は」
「お客さまが本日よりご宿泊される当ホテルへのリムジンサービスでございます」
 ロッタがゆうゆうと縦に五人は寝そべれる長さの車に乗り込んだジャリンは、グローグーが車内を駆け回り、ソファーの上で飛び跳ね、色とりどりのジュースを五口ずつ味見する様子を後方に座って眺めた。
「だめだ、グローグー。ジュースは座って飲むんだ。ストローが喉に刺さったら危ないだろう。こっちにおいで」
「パトゥ、んー」
「俺にくれるのか? 待て、何味なんだこれは。虹色に光っている」
「ンマンマ」
 ふと窓の外を眺めると、清掃ドロイドが外壁のポスターを熱心に剥がして回っていた。行方不明者、との表記がチラリと見えたが、すぐに通り過ぎていく。ジャリンはグローグーの手で唇に押し付けられるまま、スナックを食べた。
 リムジンはあっという間にホテルのエントランスに到着した。ホテルはずいぶんと背の高いビルディングで、すこし長く見上げていると首を痛めそうだ。
 そしてドロイドに差し出された手を無視して車から降り回転ドアを抜けると、田舎の集落ひとつ分は収まりそうなほど広々としたエントランスに出た。
「ぐるる……プふン……」
 グローグーは大理石の床に写った自分の顔を覗き込んでいる。ジャリンは遠くの天井にぶら下がる巨大なシャンデリアに目を細めた。都市の年間予算くらいしそうだ。
「あら坊や、あーん、なんてかわいいの。でもこういうところはじめてかしら。どうしたのそのおべべは」
「ぶぶぶん」
 そしてちょっと目を離すと、グローグーはすぐに他の客に絡まれる。多種多様な種族が多種多様に着飾って歩くさまは、さながら装飾品の博物館だ。自分たちのベスカー製アーマーの方が、貴重度は高いに違いないけれど。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
 通された中層階の一室は、我が家がふたつ分収まる広さだった。
「わァァァ」
 グローグーは寝室のキングサイズベッドに乗り上げて、さっそくトランポリンにしている。その間、ジャリンは居間もパウダールームもバスルームもすべて回って安全を確かめた。どこもかしこも新居のように傷ひとつない。もちろん、リゾートホテルにあってはならないものもなかった。
 寝室に戻ると、グローグーはベッドで寝返りをたくさん打って遊んでいた。ジャリンは隅に腰掛ける。
「そんなに楽しいのか、グローグー」
「んわーっ」
「そうか。ふふふ」
 すると、グローグーはころころ転がって太腿に乗り上げてきた。父の顔を見上げて首を傾げる。
「パパパ、んー?」
 興奮気味で濃い桃色に染まった子の頬を、ジャリンは指の腹でそっと撫でた。
「うん。俺も楽しいよ、グローグー」
「ィエー」
 なにも目新しいものはなかった。美しい海、よく整備された道路、機能的で清潔な部屋、若干の座りの悪さ。何十年の人生で何回も巡り合ってきた。そのうちの数回は感動を覚えたことがあったかもしれないが、もう遠い向こうでおぼろに瞬いている。
 けれども、この子どもの隣でふたたびありきたりな世界と巡り合うとき、不思議とあらゆるものが彩度を増すのだった。自分よりも長く生きてきたこの子どもがいまようやくさまざまなものに胸を躍らせるとき、ジャリンのどこか柔い部分が鮮やかに息を吹き返して、あらためてこの世界を強く強く求めるのだった。
「グローグー」
「ぺャ」
「ははは」
 ジャリンはグローグーを肩に乗せて街に繰り出した。

 ビーチは思いのほか日差しが強いように感じて、ジャリンは急いで赤ん坊用の麦わら帽子と日焼け止めを買い求めた。レンタルしたパラソルの下で、グローグーにローションを塗りたくってやる。赤いしま模様のロンパースをめくり、縁まできっちりと。
「なんだか白いままだな。塗り過ぎか? まあ、足りないよりは良いだろう。皮が剥けてはいけないから」
「ペロン」
「こら、グローグー。舐めてはいけない」
「ぺぺぺっ」
 耳の先までしっかり塗り込んだら、さっそく海水浴だ。浮き輪を通したグローグーは波打ち際まで駆け寄って、白く泡立つ波に足を洗われて笑った。
「グローグー。今日はもっと海の中まで入ってみよう」
「んーっ」
「焦るな。波にさらわれるぞ」
 すこし沖の方へ進んでいくと、グローグーの足はあっという間に底につかなくなった。彼は水面を覗き込んで、足を揺らしている。
「プワ……プワワン……?」
「そうだな。川よりもよく浮かぶ。海の方が浮力が大きいからだ」
「ンァ」
「塩分濃度が濃いと、液体の密度が……ほら、すこし舐めてみろ。ほんのすこしな」
「ン……ぺァァ」
「ふふ。しょっぱいな。さあ、もっと深くに行ってみよう」
 そうしてひとしきり波に揺られたあと、グローグーの腹の虫を収めるためにジャリンはあたりのキッチンカーで食べ物を買った。いろいろ買った中でもタコスを特に気に入ったようで、グローグーはみっつも平らげた。けれどもまだまだ満足できなくて、しきりにキッチンカーの方を指さして父を引っ張る。
「ンー! ンー!」
「もう終わりだ、グローグー。夕食も豪勢なやつが出るんだから」
「ンググ……」
 ジャリンは息子の関心を、浜辺に転がるたくさんの貝殻や小石、小さなカニに移してやることにした。グローグーは四つん這いになって、みんなのお土産になりそうなものを探している。
「ふぉー」
「それはガラスだ。波に磨かれて丸くなったんだ。そうだな、宝石みたいだ」
「ボー」
「わかった。ボ=カターンのな。この石はアーマラーか?」
「ろっ」
「おお、立派な貝殻だ。内側もきれいだな。ロッタにあげようか」
 そうして袋にお土産を詰めたりまた海に出たりしていると、いつの間にか水平線の向こうで太陽がオレンジ色に燃えていた。あたりの人々は、一斉に言葉少なく海へ向いている。
「うに」
 グローグーは夕日に見向きもせず、何かを掘り出そうと一生懸命、砂に手を埋めていた。ジャリンはふとうつ伏せになって、彼と頭の高さを揃えてみる。
「ふン……ん、ンー……」
 砂の熱気と焼けた匂いを感じる。空は高く、海原は近く波は大きく盛り上がっている。恒星の膨大なエネルギーが、惑星を包み込むように禍々しく光っている。
 ジャリンは息子を見た。丸い頬、とんがった唇。三つ指が砂をひと掻きするたびに、小さな鼻がすこしだけ膨らむ。輪郭が夕日に照らされて光っている。どうしてこんなに愛おしいのだろう、と思う。
「やィー」
 グローグーはついに獲物を掘り上げた。砂を払いながら、いつの間にか自分の視線のところにいた父に目を見開く。そしてその楕円がゆるみ、手のひらの石を差し出した。
「パパ」
「俺にくれるのか」
「ン!」
 息子の揺れる耳を横目に、ジャリンは受け取った石をじっくりと見つめた。その形、模様……。
「俺だな。俺のヘルメットだ」
「ンイー!」
 グローグーの耳がぴんと横に張る。ジャリンは彼の麦わら帽子を取って、ほかほかに温まった頭を撫でた。
「よく見つけたな。ありがとう。お守りにするよ」
「エッエッ」
 ジャリンは起き上がりながら息子を抱き上げた。当然と胸に預けられる小さな頭の重みを感じながら、ずっとこうだったらいいのに、と思う。ずっとこのまま何年も何年も幼く、父をまっすぐに信頼して、どこへでもこうしてふたりで一緒に行く。
「そろそろホテルに戻ろう。飯の時間だ」
「イェイ」
 いや、もっともっとはやく成長してほしい、と思う。その足と力で、父を超えてどこへでも行けるように。彼が望むところへ、遠く、遠く、どこまでも……。

「大変申し訳ございませんが、お客さま。会場内ではドレスコードの遵守をお願いしている次第でして」
 と、扉の手前で執事風情のドロイドに止められた。
「コース料理ではなく食べ放題を選択したはずだが」
「はい。食べ放題──ビュッフェ会場でも同様のお願いを」
「このアーマーは我々にとって──」
「はい、マンダロリアンさま方のご教義は存じ上げております。そちらが正装でございますよね。あなたさまではなく、その、お子さまのお召し物が」
「プェ」
 グローグーはおいしそうな匂いが漂う部屋の手前で止められて、かなり不機嫌になってしまった。地下のブティックにやってきても、父の首元に顔を埋めたまま、メジャーを持った店員の猫撫で声に見向きもしない。
「あれでいい」
 ジャリンは壁にかかった赤ん坊用のフォーマルスーツを指差した。
「サイズの方は……」
「あれがぴったりだ。ほら、グローグー。あれを着たら飯が食えるぞ」
「イャ゛」
「いい加減にしろ、グローグー。ずっとそうなら、部屋に戻って今日はもう寝ようか」
「やァー」
 グローグーはしぶしぶ父から降りた。そして更衣室で白シャツを羽織り、グレーのチョッキとゴム紐ズボンを着て、首元に黒い蝶ネクタイを付けてみる。ジャリンの見立て通り、ぴったりだ。
「ゥオー」
 グローグーは鏡に映る姿に目を輝かせて、それから父へ向いてくるりと一回転してみせた。どうやら気に入ったようだ。ジャリンは膝をついてしゃがみ、フォーマルな息子をじっと見つめた。
「似合うなあ、グローグー」
「ヤィヤィー」
 打って変わって上機嫌な息子と共にビュッフェ会場に入ると、きらびやかな衣装が集ういくつものテーブルの向こうに、豪勢な料理がこれでもかと並べてある。
「パトゥ……」
 グローグーは父の左肩の上でよだれを垂らしている。
「いいや、金は払わなくていいんだ。あれ全部、自由に好きに食っていい」
「ほわ」
 ジャリンはプレートを持って、息子が指差すままに料理を盛ってやった。それから席に着き、吸い込むように皿を平らげていく彼に、合間を見てストロー付きのグラスを差し出してやる。
「ん、んん、んま」
 隣のローディアン一家が、グローグーの食べっぷりを口を開けて眺めている。見せ物じゃないとジャリンは思ったが、グローグーは気にせずオイスターを口に放り込んでいる。
「なくならないから大丈夫だ、ゆっくり食え。ほら、お前が全部取った皿がまた山盛りになっている」
「ワワワッ」
 ジャリンはグローグーの頬が丸く盛り上がっては萎んでいくのを見つめ続けた。たまに彼の耳がしゅんと下がるときは、その食べ物を摘んで代わりにさっと食べる。出会った頃はなんでも食べていた子にも、近頃はっきりと好みが出てきたようだ。
 父がつまみ食いだけで腹が満たされて苦しくなってきた頃、グローグーもデザートのケーキと果物を満足するまで食べてフォークを置いた。
「げぇぇっぷ」 
 特大のゲップをかました息子の口まわりを拭きながら、ジャリンは彼のお腹を触った。ズボンのゴム紐が限界まで伸びきっている。
「ほんとうによく食べたな。今までで一番じゃないか?」
「ケプ」
 椅子から下ろそうと抱き上げると、いつもの倍以上重かった。
「不思議な体だな……もしかして、あれか。フォースとかに関係があるのか」
「んェ?」
 ふたりは部屋に戻り、食休みのあとに湯を浴びることにした。ジャリンが楽に足を伸ばせるくらいのバスタブがあったので、湯を張って泡もよく立ててみるとグローグーは大喜びした。父の立てた膝に寄りかかって腹に立ちながら、何度も自分の頭に泡を被せて笑っている。
「よくよく洗うぞ。ほら、シワの間からまた砂が出てきた。あんなにシャワーを浴びたのにどうしてだろうな」
「ェへ、ェへ」
 ジャリンが息子の足の指を念入りに擦っていると、彼は大あくびをして胸に頭を預けてきた。
「体を拭くまではがんばってくれ、グローグー」
「ン……」
 かろうじて歯磨きをすると、グローグーは眠ってしまった。ジャリンは彼を囲い込むように横たわり、ブランケットを被った。いつものように、息子の寝息に耳を澄ませる。どうしてこの子がこんなにも好きなんだろう、と思う。
「んく……っ、んく……っ」
 異変を感じて目を覚ますと、グローグーが脇に顔を埋めてえずいていた。ジャリンは咄嗟に彼を抱き上げて部屋の電気を付けた。グローグーの普段はほの赤い頬の色が褪せている。
「どうした、グローグー……!」
「ふぇ」
 息子のきつく閉じたまぶたからぽろぽろと涙がこぼれていくのを見ると、ジャリンはゾッと身体中が冷えていくのを感じた。病院に駆け込もうと考えて、そしてここがネヴァロではないと気づく。
 舌打ちをひとつすると、
「ケプ……ッ」
 グローグーの唇の端から吐瀉物がすこし漏れた。ジャリンはトイレに走り、彼に便器を覗かせながら震える背中を擦った。心臓がどきどきして苦しかった。
「大丈夫だ、グローグー。そうだ、全部吐いてしまおう。そうしたら、楽になるから。大丈夫、大丈夫。そうだ、上手だよ。良い子だ……」
 吐き気の落ち着いた息子の頭をしきりに撫でながら、ジャリンは便器を覗き込んで洗浄スイッチを押した。ふう、と息をつく。
「消化不良だ。さすがに食べすぎたな、グローグー」
「プェ……」
 グローグーの耳はぺったりと伏せている。
「さあ、まずは口を濯ごう。歯磨きのあとみたいにぐちゅぐちゅして、飲まずに吐き出すんだ。できるな」
「ン」
 ふたたびふたりでベッドに腰掛けた頃には、グローグーはケロリと水を飲んでいた。
「グローグー」
 ジャリンは太ももに乗せた子の顔を覗き込む。
「すこしでも変だと思ったら、どんなときでもかまわず俺に声をかけて起こして良いんだ。わかってくれ」
「ン、ン」
「良い子だ。さぁ、朝までまだ時間がある。もうひと眠りしようか」
 けれども、グローグーはいつまでもジャリンの腕の中で手足をパタパタさせたり唇をプルプルさせて遊んでばかりで、しまいには腹をぐううと鳴らしてしまうのだった。
「んー、ンァーァ」
「……ああ、わかったよ。なにか食べに出よう。ただし、ほんのすこしな。腹をあたためる程度だ」
「ぶぶ」
 そうしてジャリンは息子を両腕に抱いて外に出てみたが、あたりの飲食店は軒並み閉店して、街灯だけがぽつぽつと光っているだけだった。けれども吹き抜ける海風が涼しく心地よく、ゆっくりと足が前に進む。
「見ろ、グローグー。ここは星がよく見えるな」
「ぷ」
「星座という文化がある。星を線で繋げて、動物や物に見立てるんだ。俺の遠い故郷にもあった……この惑星の住民はどうだろう」
「プゥン……」
 海沿いの道路にでたときだった。先の傍に明かりが灯っている。キッチンカーだ。

 キッチンカーの暖簾をくぐると、カウンターの向こうでアルデニアンの店主が四本腕で鍋をかき混ぜたり野菜を切ったりしていた。
「へいらっしゃい。おや、珍しいお客さんだね。今日はどうします」
「この子にあたたかくて胃に優しいものを、すこしだけ」
「じゃあ、ご飯に出汁をかけてあげようね。お兄さんは」
「俺は特に……ああ、いや、適当に飲み物と摘めるものを。酒は飲まない」
「あいよ」
 店主はベンチの上に箱を重ねて、グローグーの椅子を作ってくれた。
「ぶー、ぶー、はふはふ」
 グローグーがふやけた米をすこしずつ口に運んでいく。ジャリンは漬物を噛んだ。
「そうか、旅行でね。どうだ、ここは。なにもかも煌びやかで」
「そうだな。建物も道も海も、こう……シネマのセットみたいだ」
 店主はカラカラと笑った。
「うまい例えだ。確かにここは、なんのしがらみもない夢を異星人に見せるための舞台装置みてえな街だな」
「ここだけはちがうように見える」
 ジャリンがそう言うと、店主はああと頷いて寂しそうに笑った。
「この屋台はあたしのばあさんの代からの連れだからね。ほんの数年前までは、今頃こんなのがたくさんこの辺に並んでたんだが……もうあたし以外は、サッパリ」
 茶を口に含むと、香り良い苦味が鼻に抜けた。
「この街ができたのは最近なんだな」
「そうさ。あのホテルのあたりにあった森に、急にぐるっとバリケードが貼られてね。それからはあっという間だった」
 異星から突如この惑星にやってきた開発事業会社が、ジャリンとグローグーが泊まる高層ホテルを中心に街を丸ごと作ってしまったのだ、と店主は言う。
「農業やってたやつも、漁業やってたやつも、林業やってたやつも、モノ作ってたやつも、あたしみたいに店やってたやつも、みんな今は観光客相手の雇われ仕事さ。昔よりずっと儲かるって」
 確かに、と店主は言う。
「便利ってやつにはなったよ。買えねえもんはねえし、列車がどこでも連れてってくれるし、病気になっても診療所駆け込んだら一日で治っちまうしな、金さえありゃあ……だからみんなさ、前より今の方がずっと良いって言うんだが」
 差し出された煮物の小鉢を、ジャリンは受け取った。
「あたしはどうもね、馴染めなくて……こんなとこで意地張って細々ボロ屋やってんのさ」
「良い味だ」
「へへ、どうもね。秘伝の味だよ……おっといけねえ、お客さん相手にこんなつまんねえ文句ばっかりでさ」
「かまわない」
「やー、男前で。仮面越しでもあたしはわかるよ。なんだか照れちゃうね。はいこれ、おまけ。その黄色いペースト付けて食べな」
「どうも」
 グローグーはお椀を持ち上げて顔を突っ込み、出汁の最後の一滴まで舐めとった。満足げにふう、と息をつく。頬にしっかりと赤みが差していた。
「フワァ」
 そしてあくびをして、両目をくしくしと手の甲で掻く。体が内側から温まったおかげで、眠気が戻ってきたようだ。ジャリンが抱き上げると、すぐにことんと眠りに落ちた。
「ほんと、良い子だねえ。かわいい坊やだねえ」
「ああ……」
 懐から代金を取り出しながら頷いたとき、ジャリンの胸から喉元へなにかが迫ってくる気配があった。堪える隙もなく、口が動く。
「だから、迷う……」
「うん?」
「俺ひとりだった頃は」
「うん」
「信じるべきものがあって、それに正しく従って生きてきた。それでよかった」
 店主は代金を受け取ると、グローグーの首元に飴玉をいくつか差し入れた。おまけ、と言う。
「そしてこの子も俺の……俺たちの道に加わって、同じものを信じて共に生きていくと決めた。なのに、たまに……」
「うん」
「どうしても迷うときがある。何度固く決心しても。ほんとうにこの道でいいのか。このやり方でいいのか。この子のためになっているのか。俺はよかった。でも、この子は、ずっとやさしくて、やわらかくて、まっすぐで」
 店主は微笑んでジャリンにも飴玉を渡した。
「その道とやらがどこに続くかは知らねえが……傍目にゃあ、この子も楽しそうに見えるけどね」
「……そうか」
「どうしても迷うなら、ふたりで決めたらいいのさ。この子はできる子だよ。だって賢い良い目をしてる」
「ああ、そうなんだ」
 ふたりが暖簾をくぐろうとした、そのときだった。
「姉さん! 姉さん! 助けてくれェ!」
 道の向こうからアルデニアンの男がバタバタと腕を振り回しながら走ってきて、バンと車に体当たりするように飛びついたのだ。ジャリンは思わず息子をマントに囲い込んだ。
「急にどうしたんだよ、おまえ! 静かにしな、子どもが寝てんだよ!」
「そりゃ悪かったけどよ姉さん、こっちも大事件なんだってェ! オレん娘がよ、オレん娘がよっ」
「どしたんだよ、また国際ロマンス詐欺か」
「ちげえよォ、もっと悪ィよ! 最近便りがねえと思ったらよ、捕まってんだってよォ、カジノの地下によォ!」
「アァ、なんだってえ⁉︎」
 どうやら面倒事がこの街のどこかで起こっているようだ。しかし馴染みの仲間がいる街ならまだしもただの旅先で、眠る子どもを放ってまで首を突っ込むべき話ではない。独立国らしく警察もしっかりいるようだし……。
 ジャリンがそう思った次の瞬間、肩に袋が押し付けられていた。男が泣きながら縋ってくる。
「あんたみてえなの知ってるよ、マンダなんとかだ! 強えんだろ、これで頼むよ、いま出せる金の全部だ、オレん娘、あの悪徳企業から連れ返してくれ!」
「警察は」
「あいつらはダメだ、全員奴らの手先なんだ! オレん娘だけじゃねえ、仲間の子どもも大勢だ、カジノで騙されてあのホテルの奴隷にされてんだ!」
 うっかり手に取った袋は軽かった。三日分の食事代にもならない額だろう。
 男は眠るグローグーを覗き込んで、またいっそう咽び泣いた。
「頼むよ……大事なひとり娘なんだ。ちょうどこれくらいのときに拾って一生懸命育ててきた娘なんだ。いったいどんな目に遭わされてんのか、正気じゃいらんねえよォ」
「……わかった。引き受ける」
 ジャリンは深く考える前に頷いていた。ほんとうか、と男が四本腕を挙げて喜ぶ。店主が屋台から飛び出してきた。
「ちょっとお客さん! いいのかい、あの会社、えらい数の警備ドロイドがいるって噂だよ。いくら腕っぷしが強くても」
 ジャリンはそっと息子を胸元から離した。この騒ぎにちっとも気づかないまま、ぐっすりと眠っている。
「知り合ったばかりでなんだが、この子を頼む。朝までには必ず戻る」
「えっ、ちょっと……!」
「そうと決まりゃこっちだ、旦那! 着いてきてくれ!」
 男と共に、ジャリンは夜道を走り出した。

 大勢が閉じ込められているというカジノの裏手までやってきた。いつもならあの辺の通気口から息子が入り中から扉を開けてもらうのだが、今日は仕方がない。ジャリンは防犯カメラと鍵を撃ち壊した。
「旦那、やるねえ……」
 男が神妙な面持ちで背後に張り付いている。
「ここの掃除やってるやつから聞くに、こっちだ……ゲェ! と、トルーパー……!」
 柱の影から白い鎧がのっそのっそと現れて、こちらに気づかずマヌケに通り過ぎていった。これはもう黒と見ていいだろう。
「行くぞ」
「お、おうよ……!」
 特段、難しいことはなかった。男の記憶を頼りにバックヤードを進み、階段を降り、必要があれば敵を倒す。そして最奥で明らかに重厚で頑丈な鎖に巻かれた血みどろの扉を破壊すると、ライフル銃を持つ大勢のドロイドが現れてぐるりと首をこちらに回した。
「わぁぁあ、旦那ァ!」
「隠れていろ」
 数は多かったが型落ちばかりで、ジャリンの腕に敵う相手ではなかった。バッタバッタと薙ぎ倒していく。すると、足を鎖に繋がれたアルメニアンたちや、その他さまざまな種族が悲鳴を上げて奥の暗闇から湧き出てきた。あの中で、彼の娘が無事生きているといいが。
 そうして最後のドロイドのバッテリー部分を撃ち抜き、最後の奴隷が赤ん坊を抱えて出口へ向かっていくのを見た、そのときだった。彼女があっと振り返ってジャリンに叫ぶ。
「戦士さん、そっちに行ってはダメ!」
 さっと身を固めて銃を掲げたとき、にゅっと巨大な吸盤が現れた。弾を放つもののまったく効果なく、ぬるぬるした粘液に覆われた触手が体に巻き付いてくる。そしてもがけばもがくほど拘束は強まった。
 ジャリンは宙高く掲げられながら、暗闇から這い出てきた触手の全貌を睨みつけた。超巨大タコ、クラーケンだ。
「だ、旦那ァ! どうしよう、どうしよう!」
 下から男が騒ぐ声がして、クラーケンの目がギョロリと探る。ジャリンは咄嗟に手首を傾けて火炎放射器を放った。
 娘を連れてさっさと逃げろ! そう叫ぼうとして、はたと気づく。口周りの筋肉が痺れている。
「ぁ……っ、かふ……っ」
 ぎゅうう、と体が絞られる。苦しい、と思ったのも束の間、どんどん体中が痺れていって感覚が希薄になっていく。どうやら触手の締め付けのせいだけではない。粘液に毒がある!
「う……っ、ひぐ……っ」
 息ができない。次第に視界が黒い靄に覆われはじめた。ここからどう挽回するか。しかし思考がままならない。
 グローグー。それでも息子の姿だけは、はっきりと思い浮かんだ。
 かわいいかわいい愛し子。父がいなくなっても、きっとすぐに仲間たちが迎えに来る。ネヴァロに我が家がある。祖父や姉のような人たちがいる。長寿の友だちがいる。あの子はちゃんと生きていける。だから大丈夫。
「く……っ、ぅ……っ」
 ちがう!
 もっとずっと一緒にいなきゃダメなんだ。もっとふたりでいろんな場所に行って、いろんなことをしないとダメなんだ。あの子の瞳に映る世界が見たい。このどうしようもない宇宙の、果てしない美しさを知りたい。
 あの子を愛している。正しさのその先で、ジャリンはただあの子と一緒にいたい。心の底から、それだけをただひたすら望んでいる……。
「うぁぁぁあ゛っ!」
 かわいらしい威嚇の雄叫びが聞こえて、ジャリンの意識はハッと引き戻された。
 グローグー!
 どうして、と声のする方へかろうじて頭を傾けたとき、触手の拘束が緩まった。落ちる──けれどもジャリンの体は、目に見えない大きくあたたかな力で包まれていた。ゆっくりと地面へ降っていく。
 グローグーは目を瞑り、めいっぱい力んだ右手をこちらに掲げていた。フォースだ。左手でもクラーケンの巨体を押さえ込んでいる。こんなに強い力を自由に使えるようになっていたのか。驚いている間に、ジャリンは地面に横たわった。途端に我が子が駆け寄ってくる。
「お前たち! 現役の頃を思い出しな! 熟練のアタシらに捌けねえ獲物はない! かかれーっ!」
 小さな体の向こうで、あの店主率いるアルメニアンの軍団がクラーケンの方へ駆け抜けていった。
「ぐる、ぐるるっ」
 まだ毒にやられて痺れたまま、息もできない父の体にグローグーは手をかざす。すると、すっと気道が通ってジャリンはむせ返った。咳き込む間、水が何度もかけられて粘液が洗い流されていく。
「はぁっ、ああ、グローグー……!」
 ジャリンは起き上がって息子に目を見張った。彼は顔をさらにしわくちゃにして、キッとこちらを睨み付けてくる。
「ゔヴァぁあ゛! ブワ! わぁあ!」
 彼は腹を立てていた。唾を飛ばす勢いで、何事かを捲し立てる。
「ぐ、グローグー……っ」
「ダァ! ノンノンノン! バァ!」
 そして、胸元のアーマーをガンガンと拳で叩くのだった。ジャリンが何も言い返せない間に、大きな瞳がみるみる潤んでいく。
「ひっく、ひっく……っ、うえェ……っ」
 うわぁぁあん。とうとう大粒の涙をこぼして泣き出した息子を、ジャリンは胸にぎゅっと抱きしめた。
「悪かった、悪かったよ、グローグー」
「えーん、えーん!」
「もう黙って行かないよ。絶対だ。約束する」
「うあーん、ひっく、バァ! あーん!」
「そうだな、俺が馬鹿だった。二度目はないから。約束、約束だ……」
 そうか、とジャリンは思う。この子は父親の──相棒の無茶にこんなに悔しく怒れるほど大きくなっていたのか。思わず漏れた笑い声に、グローグーがまたギャアと怒る。
「すまん、いやちがくて」
「ブブブブブッ」
 ひとしきりハグし合ったあと、ジャリンは息子を降ろして向かい合った。拳を突き合わせる。
「俺たちはずっと一緒だ。これが我らの道」
「ヤ!」
 そのとき大歓声が聞こえてふたりは振り返った。アルメニアンたちが四本腕を掲げて喜んでいる。あのクラーケンが見る影もなく、バラバラに解体されていた。
「うおぉお、お客さん! 無事かいっ」
 あの店主が粘液や黒墨に塗れてやってくる。
「毒は……?」
「毒? アタシらに海の毒なんか効かねえよ。若え頃からクラゲに刺されまくってたからな。ガハハ!」
「そうか……」
「さァ、さっさとこんな陰気なところ出ようじゃないの。あのタコよく洗ってさ、たこ焼きにすっからさ」
「ンマっ?」
 食べ物らしい単語にグローグーが目を輝かせると、店主はパチンと目配せした。
「アタシのたこ焼きはうめえど、坊や。たくさんお食べ」
「ャたーっ」
 バックヤードから出ると、朝日がさんさんと降り注いでいてジャリンは目を細めた。道に古びたキッチンカーがいくつも並んでいる。アルメニアンたちはいそいそとタコのかけらをそれぞれの愛車に運び込んで、エンジンをかけていく。
 そのとき、どかーんと大きな爆発音がして、ジャリンは息子と振り返った。すると、泊まっていたホテルが轟々と燃え盛っている。
「あー、なんか社長が部下共々違法交易で新共和国にしょっ引かれるらしい。この街はどうなるんだろうなァ」
 と、依頼人の男が娘の肩を支えながら言った。なんにせよ、ジャリンとグローグーが関わる事柄ではない。
 カウンターの向こうで、店主がたくさんの穴ぼこに生地を流し込んで焼き、四つの手でくるくるとひっくり返していく。そしてすぐに、グローグーの前に山盛りのたこ焼きがやってきた。
「召し上がれ!」
「わぁー。ふー、ふー、はちっ、はちはち」
「うまいか」
「ンー!」
 そうして息子が新しい好物を頬張るのを眺めていると、あれ、と声をかけられてジャリンは振り返った。
「見慣れた船があるからもしやと思ったが、やっぱりお前たちか」
 新共和国軍のXウィングパイロット、カーソン・テヴァだ。部下を従えてぞろぞろ歩いてくる。
「かくかくしかじかで」
「へえ、そりゃあ災難だったな。だがおかげで俺たちの仕事は多少楽になったわけだ。ほれ」
 テヴァがぐっと持ち上げたのは、ほとんど気絶している白スーツ姿の男だった。
「お前たちが先日捕まえたマフィアの弟だ。あの女が全部ゲロったもんでな、ここを縄張りにするコイツも逮捕できたってわけだ。見ろよ、そっくりだろ?」
 ジャリンは首を傾げた。男はタコ殴りされたのか顔がぼこぼこに腫れ上がっていて、元の人相などまるでわからない。
「まあ、そんなことはどうでもいい。休暇が済んだらまた依頼するから……あっ、そうだ! ロッタが」
 親友の名前を聞いて、グローグーの耳がピンと張った。テヴァが自分の額をペチンと叩いて言う。
「あいつ、良いものが手に入ったからネヴァロを訪ねに行くって言ってたぞ。なんだお前ら留守じゃないか!」
 そういうわけでふたりは、お土産にたこ焼きをたくさんもらって慌ててレイザー・クレストに乗り込んだ。グローグーがスイッチを押せば、あっという間にハイパースペースに突入だ。

 ロッタが肩を落としてブラーグと戯れている。ジャリンが船を着陸させると、グローグーは急いで外へ飛び出していった。うれしそうに両手を広げる親友の腹にビタンと張り付く。
「へへ、グローグー。今日はもう会えないかと」
「んプァーッ!」
「ああ、俺も会えてうれしいよ!」
 再会を喜ぶふたりにジャリンの頬が緩んだそのとき、ロッタの巨体の裏からひとりの影が現れた。
「マンドー! 久しぶり!」
 両手を広げてにっこりと笑うのは、キャラ・デューンその人だ。おっと声を上げたジャリンは彼女と固く握手を交わした。デューンはバシバシと遠慮なく肩を叩いてくる。
「久しぶりだな。そっちの仕事はどうだ」
「順調だって言いにきてやったんだよ、マンドー!」
 話を聞くと、デューンは任務先でたまたまロッタと知り合ったそうだ。ふたりがそれぞれ会話に上げたとあるマンダロリアン親子が同じふたりだとわかって意気投合し、休暇を取って遊びにきてくれたのだ。
「アイツ、ほんっとに気概のあるタフな新人だよ。気に入った」
「だろうな」
 腕っ節の立つ先輩兵士に褒められたロッタは、グローグーと池の周りではしゃいでいる。ジャリンは叫んだ。
「グローグー! ロッタに渡すものがあるんじゃないか!」
 それでグローグーは一生懸命集めたお土産を思い出して、父から受け取った袋をロッタに差し出した。きれいな貝殻や石がぎっしりと詰まったそれを覗いて、ロッタが小さな友達の頭を撫でる。
「宝物じゃないか! いいのか、こんなにたくさん」
「ンー!」
「ありがとう、グローグー。大事にするよ。じゃあ、俺からも。ほら!」
 そう言ってロッタがバッグから取り出したものを見て、グローグーは甲高い歓声を上げてひっくり返った。
「ぃんわ──ッ! ア──ッ!」
「旅先よりはしゃいでいる」
 ジャリンがキッチンで食事の用意をしている間に、グローグーとロッタは庭でピクニックの準備をして、デューンはせっかくだからとカルガ上級執政官を呼びに街へ向かった。
 カルガがえっほえっほと駆け付けた頃には、パーティーの準備はすっかり整っていた。グローグーがイクラの山にそうっと匙を差し込み、好きなだけご飯にかけていく様子をみんなで見守る。
「ぷーわっ! ぷわっ!」
 やがて満足いくどんぶりが完成したようで、グローグーはうきうきと自分専用のスプーンに持ち替えた。そして大きな口を開けてイクラを頬張るかと思いきや──
「パパー、んっ、ん!」
 彼が満点の笑顔でイクラを盛ったスプーンの先を向けたのは、父の方だった。ジャリンは仮面の奥でぽかんと目を見開く。
 ロッタはハハハ、と笑った。
「よかったな、グローグー。それはじめて食ったときから、ずっと親父さんにもあげたかったんだもんな」
「ェヘェヘ」
 ジャリンがヘルメットを傾けて息子からイクラを食べる間、他の三人はそっぽを向いて待っていた。
「……うまい、グローグー。ありがとうな……」
「ンー!」
 ジャリンが鼻を啜ったのを合図に、みんなそれぞれ好きなものに手を伸ばした。カルガとデューンが酒を煽りながらニヤニヤ笑っている。
「マンドー。お前ってやつは顔が隠れているからといって、実はかなり泣き虫だよな。うーん」
「……泣いてない」
「私たちの仲で誤魔化しが効くと思ってんだ」
「泣いてない」
「ぷわん……?」
「いやちがうよ、グローグー。アイツらは、お前のパパはお前が大好きだーって話をしてんだよ。よかったな」
「ィエィー」
 パーティーは日が沈むまで続いた。

おわり

— End —

Comments 16

B
blue.off1 天前
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藤村あそび3 天前
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浪川椿4 天前

あまりにも尊くて最高です! 単独行動してちゃんととんでもない目にあうディン・ジャリンに思わず笑ってしまいました。 素敵な作品をありがとうございました!

ざついぬ4 天前
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あおくん5 天前
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E
endo7 天前
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やまゆり8 天前
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神咲晶8 天前
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M
maki8 天前
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ひしがた8 天前
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春菜月8 天前
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水月8 天前
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Sakuria
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