軍人パロkiis♀
*無理やり、下衆kis注意
「黒名、他のメンバーは……」
「………俺以外は全滅だ、それに俺も脚を撃たれて、もうまともに走れそうにない」
硝煙と火薬の匂いが立ち込める森の中、俺たちは木の影で呼吸を荒げて座り込んでいた。
小隊は壊滅状態、味方の生存者は俺と部下である黒名一人だけ。銃火器の類は弾薬が残っておらず、丸腰といっても過言ではない。それに加えて森の中にはまだ敵国の軍人が俺たちのことを探して徘徊している。
そんな絶望的状況に俺は顔を俯かせた。
俺、潔世一が指揮するのは部隊「ブルーロック・第11班」は近接戦闘に特化した特務部隊。
今回のターゲットが敵国の主力部隊とはいえ、こちらが壊滅状態になるほど追い込まれるのは完全に想定外だった。
今回の敗戦の原因を一点挙げるとしたらそれは敵国の内通者が部隊に紛れ込んでいたこと。内通者を通じて、俺たちの配置や作戦が敵国に筒抜けとなり、奇襲をかけるつもりが逆に攻め込まれてしまった。その結果、十数名いた俺の小隊は壊滅。生き残ったのは隊長である俺と副官の黒名蘭世のみ。
そして黒名は奇襲を受けた際に右脚に弾丸を受けてしまい、走ることはおろか、適切な治療をしないとこのままでは脚が壊死しまう可能性もある。今は茂みに身を潜めているが、このままではいつ敵軍に見つかってもおかしくない。
「………潔、俺が囮になる。どうせこの脚じゃもう逃げられない。だからせめて…お前だけでも国に帰ってくれ」
打開策を脳裏で思考していた俺の耳に届いたのは黒名からの決死の提案だった。
バッと顔を上げて黒名を見ると、その顔色は青白く撃たれた痛みを押し殺しているような、死の恐怖を誤魔化しているような、そんな苦しげな表情をしていた。
俺は両手の拳を自分の膝元でぎゅっと握ると、黒名を真っ直ぐ見つめた。
「ダメだ。お前を置いて逃げるわけにはいかない。それなら俺が囮になる」
「何言ってるんだ、この脚じゃ…俺はもう…お前はまだ動けるだろ、国に帰って、司令官に…戦況を伝えてくれ」
司令官、絵心甚八。
俺たちは司令の命令を元に各部隊が任務に就いている。今回の内通者騒動からの第11班の壊滅はきっと絵心さんにとってもイレギュラーに違いない。確かにできることなら軍と連絡を取ることを一番に優先するべきだ。
けれども、まだ生きている仲間を見捨てて敵地を後にするなんて真似俺にはできない。
それに黒名は部隊の中でも副官としてこの班に配属されてからずっと俺のことを支えてくれた盟友。男ばかりの軍部で女の身でありながらも小隊長を務める俺を隣でサポートし続けてくれた大切な友人だ。
ここで黒名を切り捨てるなんて選択肢、俺のなかにはなかった。
「諦めるな黒名、打開策は絶対にある。俺に任せろ、絶対にお前を死なせはしない」
「…………いさぎ」
俺は黒名を安心させるように言葉を掛け続けた。しかし、励ましの言葉をいくら繰り返しても俺たちが今窮地にいる事実は覆らない。
そう遠くない場所からまだ俺たちを探している敵国の声が聞こえる。
いつこちらに向かって歩いてくるか、見つかるのは時間の問題だった。
いっそ俺が囮になって黒名と反対側に走るべきか。いや丸腰のままでは相手を撹乱することも難しい。それに足を動かせない黒名をここに残しておくことも生存率を下げるだけだ。
________考えろ、考えろ。
思考のパズルを何度も崩して何度もはめて、俺たち二人が生き残る道を探し出すんだ。目を閉じて必死に考えを巡らせていたとき、遠くから馬の足音が聞こえた。
しかもそれは一つや二つではない、馬車の車輪を引く音、装備している貴金属が揺れてぶつかる音が近づいてくる。
「………………!」
「……敵襲か?」
顔色の悪い黒名が茂みの影から様子を伺い、俺もその後を追うように視線を音の方角へと向けた。
俺たちの視線の先には武装した兵士が集団で馬を走らせていた。ついに見つかったかと冷や汗が額に滲んだのも束の間、幸いなことに、兵士が腰に下げる剣についた紋章は俺たちがつい先程まで戦闘していた国のものではなかった。
____薔薇と剣のエンブレム、それは西の大国、バスタード帝国の紋章だった。
バスタードは大陸西部に位置する大国。
ここ数年領土拡大のために近隣諸国と戦争を繰り返している好戦的な国である。
そしてもちろん、俺たちの祖国とは敵対関係に当たる。大きな戦争をした過去はないが、いつ戦争を仕掛けられてもおかしくないと以前絵心さんが危険視していたことを覚えている。とはいえ、俺たちが先程まで戦っていた敵国ともバスタードは敵対関係にあるため、二国が協力することはないというのは不幸中の幸いだろう。
「潔、あれってバスタードの軍隊だよな…」
「ああ、軽く見積もって三十人以上兵士がいる。遠征帰りの主力部隊なのかもしれない…きっと彼奴らがいるから追手もあまりこっちに近寄ってこないのかもしれないな」
追手がここまで捜索にこないのはバスタードの軍隊が通り過ぎるのを待っているからなのかもしれない。
大陸のなかでも最強と名高いバスタードの軍隊と争うことは奴らにとって無益どころか不利益だ。軍隊が去るのを待ってから、俺たちの捜索範囲を広げるつもりなら、勝機は今この瞬間しかないのかもしれない。
俺はぎゅっと拳を握ると覚悟を決めた。
そして、身を守っていた軍服の上着を脱ぎ捨て、結っていた髪を解くと腰元まで伸びた黒髪をそっと手櫛で溶かした。
「い、いさぎ、お前なにを………」
「どの道ここにいたら俺たちは二人とも共倒れだ。だから一か八かの賭けに出る」
少し先のポイントでバスタードの軍隊は休息を取るつもりなのか、馬を走らせる速度が遅い。この機会を逃せば、俺たちは敵国に殺されてしまう。となれば、ここはもうバスタード軍を隠れ蓑にしてこの場を脱するほかない。それが俺の作戦だった。
「黒名、ルーダニアという国を知っているか」
「あ、ああ…大陸南東にある中立国だろう」
「そうだ、お前は今からルーダニアの貴族令孫だ。俺はお前の侍女。旅行中に賊に襲われて負傷した俺たちはバスタードの軍隊に助けを求めた、この設定を忘れるなよ」
軍人であることが悟られないように、軍に繋がるものはすべて捨て、身を軽くする。
賊に襲われて身包みを剥がされたと言えばある意味信憑性を得られるだろう。
ルーダニアはどの戦争にも争い事にも介入しない中立国。バスタードにとっては敵でも味方でもない。そんな中立国の貴族令孫に助けを求められたら、頭のキレる者ならきっと手を差し伸べる。そうすることで後々に得られる利益は大きいからだ。貴族を助けたことによる謝礼金などの報酬や中立国を自国側に傾けるための交渉材料にだってなり得る。
だが、もちろんリスクもある。
後の利益よりも目先の面倒ごとに意識を割かれた場合、助け舟どころか俺たちは最悪バスタード兵に殺される。そして俺たちがルーダニアの貴族を騙る偽物であるとバレた場合も命はない。
上手くいけば、この窮地を脱することができる。しかし下手を打てば、この場で俺たちは殺される。
______それは一か八かの賭けだった。
「潔、お前正気か」
「ああ、どうせなら1%でも生存率の高い道を選ぼう。俺はこの選択に俺の人生を全賭けする」
◇◇◇◇◇◇
日も暮れ始め、バスタード軍はこの山奥で野営をするつもりなのか、馬を停泊させて焚き火をあげはじめた。
兵士たちの緊張が解け、警戒心が緩んだタイミングを見て俺は茂みのなかからゆっくりと姿を現し、火の番をする兵士に近寄った。
どうやらここに集められた兵士はそこそこのエリート部隊のようで寸前まで気配を消して近づいたつもりであったが、すぐに姿を察知され、腰元の剣を抜かれた。
「おい、そこの女、お前何者だッ」
一人の兵士の声を聞きつけ、近くにいた兵士の視線と殺気が一気に俺に注がれる。
俺は怯えたふりをしながら両手を上げ、自分に敵意がないことを示して兵士の前に膝をついて座り込んだ。
「も、申し訳ありませんっ…私はルーダニア王国ライデン伯爵のもとに仕える侍女でございます…外出中に賊に馬車を襲われ、主人とこの山で遭難しておりまして、どうか、お助けください…」
涙ながらにそれらしい貴族の名前を騙り、助けを乞う俺を見て兵士たちは自分たちの優位性を自覚したのか、警戒心を緩めたことが伝わってきた。
中には軍服を脱ぎ、薄手のタンクトップ姿の俺の上半身を見て下劣な視線を送ってくる男もいる。遠征中の軍隊ともなれば、そういった欲を滾らせている者も多い。心底気色悪いが、今は同情を誘うために利用できるものはすべて利用しなくてはいけない。
俺は貴族に仕えるか弱い侍女を演じきるために、身体を震わせて兵士に助けを求めた。
「どうかお助けくださいっ、主人は賊に脚を撃たれて動けないのです、助けていただければ自国に帰った暁には、ライデン家より謝礼をさせていただきます」
俺の声と共に後ろに控えていた黒名が姿を現す。右太腿から出血をしており、そこから衣類に血が滲んでいるのを兵士たちは確認する。すると、兵士の中の一人、顔に傷をつけた大柄の男が剣を携えて俺と黒名のもとに近寄ってくる。
「ルーダニア国か…あそこは中立で有名なとこだったな。だがこの山地からは遠く離れている。一体何の目的でこんな場所に?」
「お忍びで旅行に行かれることが主人の趣味でして、今回はこの先のモニカ国に向かうところで、その途中で賊に襲われたんです」
「軟弱そうなお坊ちゃんと華奢な侍女の二人旅ねぇ…あんまり現実味がねぇな」
「他にも護衛が二人いましたが、賊に殺されてしまい、私たちだけでどうにかここまで来たんです」
男は俺たちを疑っているのか、矢継ぎ早に質問を繰り返すが、俺もボロを出さないように瞬時に聞かれたことに答えていく。
____一つのミスが命取りだ。
動揺さえも悟られるな。
全てが真実かのように振る舞え。
男は訝しげな顔をして、俺の腕を掴もうとした。けれども寸前のところで「何の騒ぎだ」という一人の男の声を聞き、その手は静止した。声が聞こえた方向へ視線を向けると、そこには目を見張るほどに美しい金髪を携えた男が立っていた。
「カイザー様、お騒がせして申し訳ございません!!実は野営の支度をしていたところで怪しげな二人を発見しまして…」
俺の腕を掴もうとしていた大男は金髪の男に振り返るとペコペコと頭を下げて状況の説明をした。周りの反応から見て、どうやらこの金髪の男、カイザーと呼ばれていた此奴がこの部隊のトップのようだった。
____となれば話は早い。
俺は大男を避けるように瞬時に動き、カイザーと呼ばれた金髪の男の前に膝をついて首を垂れた。
「私はルーダニア王国ライデン伯爵家に仕える侍女でございます。外出中、賊に襲われまして主人が大怪我を……どうかお助けください。国に帰り次第、謝礼をさせていただきますので…」
全てはこの男にかかっている。
この金髪男の一存で軍隊は動くだろう。
俺と黒名を生かすのも殺すのも全てはこの男の発言次第だ。
俺は男の反応を確認するために、そっと顔を上げた。男の藍玉色の瞳が俺の頭からつま先までを舐め回すように写していく。
その居心地の悪さに目を逸らしたい気持ちを必死に抑えて、俺は敢えて媚びるような目で男を見続けた。
すると男はニコリと人当たりの良い笑みを浮かべると、スタスタと俺の元に駆け寄り、下ろした黒髪をそっと撫でて俺の耳元でこう囁いた。
「助けてやってもいい。だが条件がある」
「……条件とはなんですか」
「ここ最近戦闘続きでな、娼婦を天幕に呼び寄せる暇もなかった。ゆえに溜まっていてな」
「……………….」
「お前が娼婦の代わりになるというなら、薬と食事も提供してお前の主人を助けてやろう」
「………っ」
「さぁ、どうする?主人を助けるために俺に抱かれるか?」
カイザーはわざと俺だけに聞こえる声で囁いているのか、少し後ろに立つ黒名は不安そうに俺たちのやりとりを見守っていた。
きっと今の発言が聞かれていたら、痛む脚を引きづりながらカイザーに殴りかかっていたことだろう。
救済の対価として身体を要求されることは正直想定内だった。戦地は基本女人禁制。それでいて生死をかけた戦闘によって精神と身体は日々欲を溜めていく。戦地から少し離れたところに陣を構えれば、兵士の性欲発散のために近くの街から娼婦を連れてくることもある。野蛮な部隊になれば、侵略や略奪の末に捕らえた村娘たちを強姦することもある。
この場に俺が愛用している二丁拳銃があれば、このスカした金髪野郎の脳天に鉛玉をぶち込んでやりたいところだったが、この道が俺たちが生き残る最善の道と言われたら、ここは大人しく従うほかない。
合理的になれ、余計なノイズは捨てろ。
生き残るためのマシーンとして自分の全てを利用して生を掴み取れ。
「………わかりました。その代わりに主人をすぐ治療して、ください…」
「いいだろう。ネス、赤毛の餓鬼を治療してやれ。俺はその間にこの女と遊んでくる」
ネスという言葉に反応して赤紫色の癖っ毛をした青年が素早くカイザーの元に駆け寄ってくる。そして黒名の容態を確認する。
「カイザーの命令とあれば承知しました」
「ああ頼んだぞ、あと俺の天幕には誰も入れるなよ。久々に好みの女を思う存分抱けるんだ、邪魔したら殺すからな」
「もちろんです。ごゆっくりお楽しみください♪」
カイザーはそう言うと、俺の身体を抱き寄せて自分の天幕へと戻っていく。
チラリと後方に視線を向けると、青ざめた顔でこちらに訴えかけてくる黒名と目が合ったが、俺は黒名の訴えから目を逸らして、カイザーに導かれるまま、天幕へと誘われた。
ここは戦地だ。自分の持ちうる全てを利用してでも生き残る、それが最適解。
今はこの男の機嫌を取り、少しでも良い待遇を獲得しなくてはいけない。
俺は強張る肩の力を抜き、男に手を引かれるがまま天幕へと向かった。
気を失っていたのか、ぼんやりとした視界が最初に写したのは天幕の天井だった。幕の隙間からは朝焼けの光が漏れ出しており、現在時刻が早朝であることを悟る。
寝台から抜け出し、隙間から漏れる光を頼りに外に出ようとしたところで背後から伸びてきた手に腕を掴まれて、俺は再びシーツの上に押し倒される。
「な、なにを………」
「もう少し俺の腕のなかにいろ、ヨイチ」
「………でも、もう朝日が出て、ます…早朝には出立すると、言ってたじゃないですか…」
「敬語はやめろと言っただろう。今頃ネスたちが出発の手筈を整えているはずだ」
カイザーはそう言うと体を押さえつけながら、俺の唇を奪った。
「んっ、んんっ……」
「ふふっ、よいち、んっ、ちゅっ」
____昨晩の記憶は曖昧だ。
黒名の治療と引き換えにこの男の天幕に連れ込まれた俺は宣言通りカイザーが満足するまで体を暴かれた。途中で名前を執拗に聞かれ、混濁する意識で「ヨイチ」と答えてからカイザーはさも自分の所有物のように俺の名前を呼ぶ。気を失う前にはなかった鬱血痕や自分の股に伝う白濁とした液体の量から見て、この男はきっと俺が意識を飛ばした後も好き勝手俺の身体を使っていたのだろう。
鍛錬や戦闘では経験したことのない倦怠感と節々の痛みに俺は顔を歪めることしかできなかった。
「ヨイチ、お前の体は最高だ。それに生意気なその目も俺はクソ気に入ったぞ♪」
「……………っ」
「まだお前の主人の怪我は良くならないだろう。この先にある山を降ってしばらくしたら城下町がある。そこまで俺の部隊で送ってやろう。その代わり、お前にはまた対価をもらうがな」
カイザーは俺の腰元をすりすりと撫でて、うっとりと微笑んだ。どうやらこのクソ男は俺の身体がたいそう気に入ったらしい。
こちらとしては最悪だが、久々に性欲を思う存分発散したことで、頗る機嫌が良いようだった。
「今日は俺の馬に一緒に乗せてやろう」
「いえ私は主人と同じ馬に……」
「お前の主人は怪我人だ。それにお前も腰を痛めているだろう。昨晩は無理をさせてしまったからな。だから俺の馬に一緒に乗れ」
カイザーはそう告げると、俺の身体を抱きしめておでこや頬にキスを落としていく。
俺の身体を撫でるその手はまるで本物の恋仲の相手を模倣しているようで、その悍ましさに鳥肌が走った。
けれども、ここで奴の手を叩き落とすわけにもいかず、カイザーの腕に大人しく囚われることしかできない。
「朝食にしよう、部下に果物を取って来させた。ヨイチにも食べさせてやるからな♪」
「…………」
一刻も早く黒名の容態を確認したいという思いを押し殺しながら、俺は上機嫌に声をかけてくるカイザーの戯言に静かに耳を傾けた。
中立国の貴族を装ってバスタードの主力部隊に救援を求めてから五日。もともと対峙していた敵国は俺たちの姿を見失ったのか、バスタードの部隊に恐れをなしたのか、追手の気配は完全に消失していた。
そして撃ち抜かれた右足の怪我も万全とは言えないが、薬と治療のおかげで回復しつつある。数日もすれば走るまでとはいかないが、ある程度自分の足で動けるようになるだろう。
あとはバスタードの部隊を上手いこと撒き、自国あるいは協力関係のある他国まで退却するだけ。幸いにも大陸内には自国と協定を結んでいる国がいくつも存在する。その国々には軍部との通信ができる連絡地点の設置もあり、そこまで辿り着くことができれば、俺たちの今の状況を伝え、味方に応援を頼める。
けれども、追手を完全に振り切った今、俺たちはもう一つの壁に直面していた。
「殿下はまた例の侍女と一緒なのか」
「余程気に入ったのだろう、移動の際も片時もあの侍女を離そうとしないからな」
「夜になれば天幕でお楽しみってか」
「今までの捕虜や娼婦なら使い終われば俺たちに回してくれていたのにな。あの女だけは絶対に手放そうとしないな」
野営の準備をしている兵士たちの声を天幕のなかから聞きつけ、俺はごくりと息を呑んだ。
俺と潔が帯同しているのはバスタード帝国の主力部隊、この部隊の長であるカイザーという男に潔が気に入られてしまったのだ。
兵士たちの反応からして、カイザーは良いところの貴族かあるいはバスタードの王族。
部隊全体が奴の命令で動いている。
どうにか潔と連携して今後の作戦を考えたいところだったが、カイザーは帯同初日から潔を手元に置き、俺との面会も許さなかった。
本来の俺と潔は部下と上司の関係であるが、今は俺が貴族の令孫、潔が俺に仕える侍女という役割を担っている。
「侍女に会いたい」「怪我の具合を知らせてやりたい」とバスタード兵に直談判しても、カイザーの側近と思われる男に「貴方の傷の具合は僕から報告しますので、どうか安静にしていてください」と笑顔であしらわれてしまう。俺と潔が他国の兵士だと気がついてわざと分断しているのか、その真偽はまだわからない。しかし今こうしている瞬間にも、潔は自分を犠牲にして俺を守ろうとしている、そう考えると居ても立っても居られなかった。
兵士たちの話から察するに、あと二日もしないうちにその先にある城下町に到着する。どうやらそこでこの部隊は最後の休息を取り、バスタード帝国に帰還する手筈らしい。
どうにかその城下町で潔とともにこの部隊から離脱しなくてはいけない、きっと潔も同じことを考えているはずだ。俺と同じで離脱の機会を窺っているに違いない。他国の兵士であることやルーダニアの貴族を偽称していることがバレれば、俺たちに命はない。奴らに勘付かれる前に上手く姿をくらますことが俺たちにとって最優先事項だった。
天幕の外で話す兵士たちの声に耳を傾けていると、雑談をしていた兵士が急に「お疲れ様です」とかしこまった口調に切り替わり、階級が上の人物が天幕には近づいていきたことを悟る。
「ランゼ、脚の怪我はいかがですか?」
「………だいぶ痛みも引いてきたところだ」
天幕に顔を出したのはカイザーの側近であるネスと呼ばれる男だった。カイザーの言いつけを第一に守ることを信条にするこの男は嗅覚に優れているため、話しているだけで自分がボロを出してしまうのではないかと緊張してしまう。
「明後日には街に着くと聞いたんだが、一度その前に俺の侍女に会わせてくれないか。国に帰る手筈を話したいんだ」
向かい側の椅子に腰をかけたネスにそう問いかける。ネスは「僕もその件で君に話があって来たんです」と微笑むと、右手に持っていた麻の巾着を俺の前に差し出して来た。
「ランゼ、単刀直入に言います。ここに君が国に帰るのに十分な金貨があります。このお金で君の侍女を僕たちに売ってくれませんか」
巾着袋のなかには溢れんばかりの金貨が敷き詰められており、光り輝くその黄金に俺は思わず身を後ろに引く。
国に帰るための運賃にしては高すぎる、それは手頃な屋敷が軽く買えてしまうほどの金貨だった。
「い、意味がわからない…こんな金を出されても困る。彼女は俺の大切な侍女で、一緒に国に帰らなくてはいけないっ」
即座に取引を拒絶する俺の反応を見て、ネスは眉を下げて困ったように笑った。けれども、その目には妥協や諦めといった文字は微塵も滲んでいなかった。
「僕の主人、カイザーが彼女のことを非常に気に入っておりまして、国に連れ帰り自分の妻にしたいと申すのです」
「なっ!……そ、それは……そう言われても無理だ。いくら金を積まれても潔は渡せないっ」
「ランゼ、この提案を受けることは君にとって最善です。今ならこの金貨を貰えて無事に街まで送り届けてもらえるんですから」
「……………どういう意味だ」
「君が拒否したことを報告すれば、カイザーは交渉から強奪へと行動を切り替えます。君を排除すれば、邪魔者はいなくなりますからね」
つまりネスはこう言いたいのだろう。
今この提案を受け、潔をカイザーに引き渡すなら国に帰る補助と金貨を対価として貰い受けることができる。けれども、ここでその提案を蹴れば、交渉は決裂。カイザーは俺を殺して無理矢理にでも潔を自国に連れ帰る。
殺されるくらいなら、侍女の一人や二人カイザーにくれてやれ、そうネスは言いたいのだ。
潔を見捨てて逃げるなんて選択肢俺には取れない。怪我を負った俺を助けるために自らの身を削ってくれた潔を裏切れるはずがない。だが、ここでこの提案を拒否すれば、もう打開策は見つからない。
追手を掻い潜るために入った巣穴で追手以上に厄介に怪物に捕まってしまうとは。
今頃、潔も頭を抱えていることだろう。
「…………わかった。なら最後に潔に一目会わせてほしい。自分の口から伝えたい」
「申し訳ありませんがそれはできません。カイザーはヨイチに自分以外の男性を会わせたくないようなので」
「…………なら手紙…手紙を渡してくれ、それならいいだろう?」
「そうですね。手紙くらいなら預かりましょう」
俺はやっとの思いでネスからの了承を得て、ペンと紙を受け取り筆を走らせた。直接会えないのならば、すべてこの手紙に込めるしかない。
俺はにこやかな笑みで監視を続けるネスをときより睨みつけながら、手紙を書き綴った。
◇◇◇◇◇◇
「ヨイチ、お前は本当に青が似合うな。お前の瞳はアクアマリンのように美しい…国に帰ったらお前に似合う青のドレスを贈ろう」
蝋燭の灯りが揺れるとある天幕の中。
カイザーは俺を自身の膝の上に乗せたまま抱き寄せると、その手の甲にチュッとキスを落とした。
「…………私はバスタードには行かない、何度言えばわかるんだよ」
口付けされた手が悍ましく、振り払おうと試みるもカイザーは俺の反撃を予期していたのか、仔猫の戯れ程度にしか思っていない様子で俺の手首を逆に押さえ込む。
「ヨイチこそ何度言えばわかるんだ。お前は俺とバスタードに帰るんだ。側室になるのが嫌なのか?心配するな、お前は正室に迎え入れてやる♡」
バスタード軍に帯同してから六日。
俺はこの部隊の長であるカイザーの天幕に監禁されていた。日中帰国のために馬を走らせる際は必ずカイザーの馬に乗せられ、夜になって野営をするとなれば天幕には連れ込まれる。道中で小さい村の近くを通りかかり、食料などの物資や兵士の欲の発散ために娼婦を買い付けることもあったが、カイザーは見向きもせず、ひたすら俺を囲い続けた。
何度も黒名に会いたい、様子が見たいと告げてもカイザーは俺が他の男に会うことを酷く嫌がり、側近であるネスを通じてしか黒名の安否はわからなかった。
ネスの話が事実であるならば、怪我は回復傾向に向かっているようだが、全てを信じるわけにもいかない。
実際はもう黒名の正体に気がついて処分しているなんてこともあり得る、そんな最悪な未来をときより想像してしまい、俺は嫌な想像をどうにか振り切った。
「私は主人と一緒に国に帰る、国に帰ったら今回の謝礼はしっかりと支払う、だから…」
「謝礼などいらん。俺が欲しいのはお前だけだ。お前を一目見たときから欲しいと思ったんだ、ヨイチ…お前を連れ帰り妻にしたい」
ダメだ。このイカれ野郎は話が通じない。
黒名の命を握られている手前、強く拒絶することができないのが歯がゆい。
ここが戦場で俺がフル武装していたら、もう五回は殺している。それくらいカイザーという男は憎たらしく気色悪かった。
「それに今朝、お前の主人からの手紙は受け取ったのだろう。あの赤毛の餓鬼はお前を捨てた。金貨と引き換えにお前を俺に売ったんだ」
今朝ネスを経由して渡されたのは黒名の直筆の手紙だった。手紙の内容は、国に帰るための金貨と引き換えに俺の身柄をカイザーに譲ったことへの謝罪文、そしてこれまで自分に支えてくれたことへの感謝の内容だった。
それは紛れもなく黒名の筆跡で、偽証したものではなかった。第三者が見れば、俺が黒名に捨てられたのは明白。カイザーはその心の隙間に付け入り、俺を籠絡させようと甘い言葉を囁いていた。
「ヨイチ、お前の所有権はもう俺にある。観念して全てを受け入れろ。それにお前の腹には俺の子が宿っている可能性だってあるんだ」
「……………クソが」
カイザーはそうにんまりと笑うと、俺の平らな腹をスリスリと摩った。顔を赤らめてうっとりと蜜やかな目で見つめてくるカイザーを前に俺は殺意を滾らせる。
そう、一番の問題は黒名に会えないことでも、裏切られたことでもない。
このクソ野郎の子供を身籠った可能性がゼロではないこと。それが俺にとっての一番の問題だった。通常戦地に赴く娼婦は避妊のための薬草を持っている。相手の子を孕まないように自己防衛として避妊薬を所持しているのだ。だが俺の所持品にそんな薬草はない。カイザーのクソ野郎は初日から一度も避妊をするそぶりも見せず、外に出してくれという俺の願いも全て無視して、「聞こえなかった」「我慢できなかった」などとふざけた理由で、俺のナカに子種を植え付け続けていた。
万が一、この男の子供を身籠ってしまえば、俺の人生はおしまいだ。他国の貴族の子供を身籠ったとなれば、俺の身柄をめぐって国際問題に発展する。最悪の場合、戦争になるかもしれない。
それが何よりも恐ろしかった。
一刻も早くこの男から離れたい。
これ以上、この関係を続けていたら本当に子供ができてしまう、そんな恐怖に苛まれながらも俺はカイザーからの抱擁を拒絶できずにいた。
だからこそ黒名からの手紙を受け取ったときに俺は自分のもとに降り注いだラストチャンスに全てを賭けることにした。
翌朝の明け方、俺は細心の注意を払って隣で眠るカイザーの腕から抜け出し、天幕を出た。そして傍で火の番をしていた兵士を背後から襲い、その首をどうにか締め上げて気絶させる。倒れた兵士の身体を引きずって茂みまで連れ込むと衣類と装備を剥ぐ。
髪を結い直し、バスタード兵の深緑色の軍服を身に纏い、兵から奪った剣を装備する。
軍帽を深く被り、野営の一番隅にある天幕に向かうと、時を同じくして離脱の準備を整えた黒名が天幕から飛び出して来た。
「潔っ!!」
「黒名、無事でよかった…怪我は大丈夫か」
「俺は大丈夫、大丈夫……潔の方が……」
黒名の視線は俺の首元に無数に咲く鬱血痕に注がれていた。俺は軍服の襟を正し、自分の首元を覆い隠した。
「………俺も大したことない、犬に噛まれたと思って忘れるさ。それより先を急ぐぞ」
暗い表情をした黒名の顔を無理矢理あげさせて笑顔を作る。
黒名からの手紙にはブルーロック所属の兵隊にしか伝わらないアナグラムが使われていた。他者から見れば、黒名が俺をカイザーに売ったことへの懺悔だけしか読み取れないが、本来黒名が伝えようとしていたのは明日の早朝に離脱を図るという案だった。
まだ足の怪我を引きずっている黒名を支えるようにして、東の方角と足を進める。
このまま山を降れば、そこそこ大きな国がある。けれどもそこはバスタード領の一角。逃げ込むのにはリスクがある。
だが森を東に抜ければ小さい農村があるはずだ。しかもそこは自軍の拠点との経由地点、上手くいけば絵心さんのいる本部との連絡がつくかもしれない。農村に数日潜伏して、黒名が万全になったらそこから自国へのルートを考える。これがもっとも俺たちの生存率を高めるルートであることは確かだった。
幸いなことに俺たちの脱走にまだ兵士たちは気づいていない。気が付かれる前に少しでも奴らから距離を取らなくては、そう思い無意識的にバスタード軍の野営場所に視線を戻すと、遠くからキランと一筋の光が反射した。
その光は黒名の後頭部に照準が定められていた。
「……………ッ」
俺は咄嗟に黒名の腕を掴み、茂みの中へと押し倒す。その瞬間一発の銃声が鳴り響き、近くにいた野鳥がバタバタと音を立てて飛びたった。黒名は声を押し殺しながらも何事かと目を見開いて自分に覆い被さる俺を驚愕な目で見上げていた。
「い、いさぎっ……」
「問題ない、掠っただけだ。それよりも最悪なのは今の状況だ。想定よりも早いなあの野郎…」
茂みの中で声を殺して話し込む俺たちのもとに近寄る一つの足音。
まだ野営の拠点からはそれほど離れていない。それなのにこんなにも的確に俺たちの逃走ルートを割り出すなんて異常だった。
「ヨイチ、そこにいるのはわかっている。悪い子だな、旦那さまの腕から勝手に抜け出すなんて…」
下手に茂みから顔を出せば撃たれかねない。現にやつは黒名の頭を撃ち抜こうとしていた。手加減も容赦もするつもりは一切ないようだ。
「…………黒名、お前は一人で農村へ迎え。そこで馬を借りて国へ戻るんだ」
「な、何言ってるんだ、お前一人でアイツと戦うつもりか?」
「大丈夫、カイザーは俺を殺すことはしない。それよりもお前がカイザーに捕まる方が厄介だ。お前を盾にされたら俺は身動きが取れなくなる」
黒名を人質に取られたリスクの方が大きい。
カイザーが俺を本気で自分の国に連れ帰るつもりなら俺自身が殺される可能性は極めて低い。それなら黒名を先に逃し、援軍を要請した方がいい。
黒名は今にも泣きそうな顔で俺を見つめたが、俺はその頭を軽く撫で「時間は稼ぐから安心しろ」と笑いかけた。そして、そっと身を起こし黒名に走るように合図する。
茂みから飛び出した黒名を撃ち抜こうとカイザーは銃を構えたが、その射線に俺は立ち塞がり黒名への意識を逸らさせる。
カイザーは俺の姿を確認すると、やれやれと呆れた顔を浮かべて、一歩二歩と近寄ってくる。
「部下を逃してやるとは上官の鑑だな」
「………まぁな、いつから俺たちの正体に?」
「はじめからだ。お前の顔には見覚えがあった。南部の戦争でブルーロック隊の司令塔をしていたお前を見たことがある」
「バスタードの皇太子に顔を知られていたなんて、光栄だな」
ミヒャエル・カイザー。
バスタード帝国の皇太子であり、バスタード軍第1師団の隊長。姿見は知らなかったが、その戦術と個人の戦闘スキルはブルーロック内でも度々噂になっていた。バスタード軍が奴のことを「殿下」や「カイザー様」と敬称をつけて呼んでいたことや噂の中で聞いていた皇太子像と重なる部分が多く、俺も出会ってすぐにカイザーが西の大国バスタードの皇太子であることを悟った。
「疑わしく思い調べさせたが、ルーダニアにライデン伯爵という貴族は存在しなかった。お前たちが身分を偽っていることは明白だった」
「……貴族を偽称したことは謝罪する。そうしないと部下の命が危なかったからな、だがお前らバスタードに危害を加えるつもりはなかった」
俺たちは敵国に追われ、負傷した黒名のためにバスタード軍に近づいた。
騙し討ちでバスタードに不利益をもたらしたわけでも、悪意があって近づいたわけでもない。だがギラついた目で俺を捉える男がそんな戯言に耳を貸してくれるはずもなく、俺は近寄ってくるカイザーを避けるように一歩二歩と足を後退させていた。
「カイザー、相談なんだが」
「なんだ、言ってみろ」
「見逃してくれないか、俺は今バスタード軍と事を構えるつもりはない」
「断る、お前は国に連れ帰る。これは確定事項だ」
「…………なら交渉決裂だな」
俺は隠し持っていた剣をかまえると、カイザーの元へと走る。相手がいくら俺を殺すつもりがなくてもカイザーは銃を持っている。足や腕を狙われたら戦闘不能になってしまう。故にここは敢えて相手の懐に入る。
距離を詰め、急所を狙って剣を振るも、カイザーは腰にかけていた愛剣で対抗してくる。男女の力の差から見て純粋な力勝負では俺に勝機はないが、的確に急所を狙うことで攻めの姿勢を崩さない。防御に回れば一気に押し負けてしまう。一方のカイザーは太刀筋を見て軽々と剣をいなしていく。
その余裕を感じる所作に苛立ちを感じるものの、変に熱くなればその隙を突かれる可能性を考慮して俺はあくまで冷静を保つ。
カイザーの右肩を貫こうと剣を横に滑らせる。カイザーはその動きすらも読み切り、俺の己の剣をぶつけてその攻撃を防ぐが、カイザーが見せた一瞬の隙を見逃さない。
奴が剣を構え直す前に、勢いよく軍服の内ポケットから銃を取り出すと、トリガーを外したままカイザーの眉間にそれを押し付ける。
カイザーはひんやりとした銃口が己の肌に押し当てられたことで、目を見開き、その場で剣を落として両手を挙げた。
「銃もパクってたのか、やるなヨイチ」
「俺は剣よりも銃のほうが得意なんだよ」
「俺を殺すつもりか?俺は一国の皇太子、国際問題になるぞ」
「殺していいならもう十回は脳内で殺してるわ、お前は人質だ。俺が国境を渡るまで大人しくしててもらう」
軍からのOKがあれば、こんな男とっくに殺している。だがさすがに国同士の戦争が起きていない今、カイザーの頭を吹き飛ばすわけにはいかない。そんな事をしたら、俺自身も絵心さんに殺されてしまう。
俺がカイザーの眉間に銃を突きつけたまま、逃走ルートの確保に取り掛かろうと顔を上げると、にこやかに笑うカイザーと目があった。
「お、残念だったな、ヨイチ。お前が逃したかった部下は俺の子飼いが捕えたらしい。ネスにはあっちを追うように指示していたからな」
カイザーの言葉を聞き、俺はハッと後ろを振り返る。
_____まさか黒名が捕まった?
______カイザーを盾にしてまずは黒名の解放を優先させなくては。
そんな思いが交錯するなか、背後を振り向いてもそこには黒名の姿もネスの姿もなかった。
「かかったな、間抜けめ♡」
「……………….っ!!」
次の瞬間、カイザーは俺の手首を掴むと一気にそれを捻り上げた。俺は突然の激痛に思わず握っていた銃を落としてしまい、自分が騙されたことを痛感する。
するとカイザーは軍服に隠し入れていた白い布を取り出すと、俺の口を覆うようにその布を無理やり押し当ててくる。
「んっ、んーっ!!!んーっっ!!」
「こらこら、暴れるなヨイチ。そんなに暴れると薬の回りが早くなるぞ」
身体を抱きしめられながら、口元に布を押し当てられ続け、次第に意識が朦朧としてくる。そして段々と力が抜け、俺はカイガーの腕のなかでぐったりとその身をカイザーに預けるほかなかった。
「………うっ、……ッ……」
「よしよし、いい子だ。さすがはブルーロックの小隊長を引き受けるだけある。純粋さが玉に瑕だが、そこすらも俺は愛らしく思うぞ」
カイザーはそう囁くと、眉間に口付けをしてから俺の体を抱き抱えて野営の方角へと引き返す。俺は薄れいく意識のなかで、カイザーへの憎悪を滾らせるとともに、先に行かせた黒名の無事を祈りながらゆっくりと意識を失った。
◇◇◇◇◇
半年前、南部地方で戦争が起きた。
バスタード軍は戦闘には参加しないものの同盟国への物資を支援するために戦地に赴いていた。そしてそこで俺ははじめて潔世一と出逢った。漆黒の黒髪を風に靡かせ、小隊の指揮を取るヨイチは可憐で苛烈で一目見て「欲しい」と思った。戦場の女神と呼ばれるヨイチを手元に囲い、俺だけの女神にしたい。そんな欲が沸々と湧き上がった。
どうにかしてヨイチを手に入れたい、そのためならば優秀な特務部隊と名高いブルーロック隊との戦争もやぶさかではない。
そう考えていたのも束の間、幸運なことに俺の欲する女神は俺の手が届く場所に堕ちてきた。
他国の貴族の侍女として振る舞い、助けを乞うヨイチを視界に入れたとき、思わず溢れそうになった笑みを必死に隠した。
部下らしき一人の男を連れ、山奥で息を潜めていたとなれば、敵国に追われていたところなのだろう。部下の男は足を撃ち抜かれて瀕死。このまま放置すれば確実に足が壊死して死ぬ。隊長ならば部下を捨て置いて一人逃げれば良いものを、ヨイチは部下を守るためにその身を削って敵兵である俺たちに助けを求めてきた。
____愚かで純朴で愛おしい。
俺はこの機を逃しまいと、ヨイチに手を差し伸べた。もちろんタダで助けてやるなんて勿体無いことはしない。嫌がるヨイチの身体を組み敷き、まだ誰も触れたことがない場所を蹂躙し、愛を注ぎ続けた。
欲していたものを手に入れたとき、人は「満足」を覚えて堕落すると昔読んだ本に書いてあったが、それは偽りだった。
どれだけヨイチを貪っても、愛情をぶつけても、まだまだ足りない。もっともっと欲しくなる。天幕のなかではヨイチは俺だけの女神だった。
だが、ヨイチも軍人だ。
人里に辿り着く前にきっと部下を連れて姿を消す、そう予見していた俺はヨイチの部下の行動を逐一ネスに見張らせた。
そして思った通り、あと一日で近隣国に辿り着こうとするタイミングを狙ってヨイチたちは動いた。
せっかく手元に落ちてきた女神をそう易々と帰してやるわけがない。
俺は脱走を図る二人の後を追い、結果としてヨイチを連れ戻すことに成功した。
だが、あの赤毛の部下には逃げられた。待機させていたネスをなんとか退け、山を降りた後行方をくらませたようだった。
彼奴が自軍に事の経緯を報告すれば、ヨイチの国が動き出し、それに伴い軍部のブルーロック隊が潔世一奪還のために機動するだろう。
だがその時にはもう遅い。国に帰還したら俺は即日ヨイチとの婚約を発表する。
____筋書きはこうだ。
賊に襲われていた少女が一国の皇太子に救われ、二人は恋に落ちた。身分違いの恋だと頭では理解していたものの、少女と皇太子は惹かれあい、永遠の時を共に過ごすことを誓う。そして最後にはこう書き加える、少女は皇太子の子を身籠っており、二人は王城で幸せに暮らしたと。
民衆は喜劇が好物だ。巷で流行っている恋愛小説に似せた物語を吹聴すれば、国民は俺とヨイチの婚姻を支持するに違いない。
それに単身ではブルーロックの奴らにヨイチの返還を要求されかねないが、その腹に俺の子供がいるとなれば話は変わる。
ヨイチと俺の間にできた子供はバスタードの将来を担う皇子だ。王族の血を継ぐ子供とその母親は我が国の財産。例えヨイチの祖国であっても、身柄の返還は認められない。
「ふふ、幸せな家庭を築こうな…ヨイチ♡」
腕のなかで眠る戦場の女神に祝福のキスを送りながら、俺は野営場所への道を軽やかな足取りで引き返したのだった。
潔世一♀
自国の軍部特務部隊に所属する兵士。
二丁拳銃の使い手でブルーロック隊の小隊長を務めている。軍部では珍しい女軍人であるが、その実力は折り紙つき。ブルーロック司令官である絵心甚八の秘蔵っ子であるとともに、その人柄からブルーロック内では慕う者も多かった。敵兵のカイザーに見初められ、部下である黒名を逃すことを優先したことで、カイザーに囚われてしまう。
カイザーには十割塩対応で、バスタード帝国に連れ去られた後も隙を見て暗殺を試みているが、時間経過とともに若干ストックホルム症候群に近い精神状態へと変化しつつある。
ミヒャエル・カイザー
バスタード帝国の皇太子であり、バスタード軍最強の第1師団の隊長。戦場で見た世一に一目惚れして、どうにか手に入れたいと願っていたところで他国に敗戦した世一と巡り合う。部下の黒名を助ける代わりに、世一の貞操を要求するクズ男。はじめて世一を抱いた日の夜はあまりの幸福から気絶する世一に何度もキスをして眠りについた。
その後も昼夜問わず世一を傍に置きたがり、黒名を含め自分以外の男に会わせないように徹底していた。世一を国に連れ去ったあとは城に監禁し、ひたすらに愛を注ぐ。その後、怒り狂うブルーロックから潔世一の返還要求が来るも「ヨイチと俺は心から愛し合い、ヨイチの腹にはこの国の皇子がいる。そのため彼女を国に帰すことはできない」とニコニコ笑顔で要求を突っぱねている下衆野郎。


















